またやっちゃった。
……というか、やったのはわたしじゃないですよね?
入れ替わっているということは、間違いなくミハイル様の方からわたしに……。
……って、ミハイル様!?
嫁入り前の女性に何てことをしてるんですか!?
段々と冷静になってきて、たった今起きたことを分析し始めるわたし。
でも、何が起きたかを考えるほどに、また別の意味で冷静ではいられなくなっていった。
よりにもよって、ご親友のリカルド様の婚約者相手にキスをするなんて……、そんなことをなさるかただったなんて!
あ、いや、もう婚約者ではないのだった。
わたしは王子の元・婚約者。
……にしたってよ!?
あー、どうしよう情緒不安定かも。
落ち着きなさい、アシュリー。
わたしは若い未婚の女性です。
ミハイル様も確か未婚で、お付き合いされているかたもいないと、以前リカルド様からお聞きしたことがあったけどぉ……。
……いえいえ、そんなことは今全然、関係なくてっ。
当然ながら、わたしとミハイル様はこんなことをする間柄ではないわ。
きちんとお話ししたのも今日が初めてで。
えっとー、そんなことよりー。
いきなり!
どっ、同意もなく、乙女の唇を奪うなんて!
そう、それよ。
だからわたしは怒っていいはずだ。
ミハイル様、なんてことをなさるんですか!?って。
頭の中でそんな取り散らかった問答をしながらも、わたしはずっと床の上に横たわる
本当はミハイル様に向かって文句を言いたいところだったけれど、今はわたしがミハイル様なのだから、どこを向いたってミハイル様のお姿を見ることはできない。
だから代わりに、そこに寝ている
こんな、幸せそうな顔しちゃって。
こんな……、唇で……、キス……したんだ……。
僅かに濡れた質感の自分の唇に目を奪われる。
それが何故だか直視してはいけないもののような気がして焦点をずらす。
ミハイル様の目を通して見るわたしの寝顔はとても可愛らしく映った。
肩だって、薄くて小さく……。
ほら、ミハイル様の大きな掌でなら、こうやって、すっぽり片手で包み込んでしまえる……。
ゴクリと喉が鳴った。
そのことにハッとして、わたしは慌てた。
両手でつかんでいた、わたしの両肩から手を離す(身体を横たえてからも、ずっとそうしていたのだ。無意識で)。
けれど、爛々と見開かれた瞳は、
いつの間に自分が、こんなにいやらしい娘になってしまったのだろうと思う。
あろうことか、無防備に寝転ぶ自分の肉体を触りたいなどと……。
この大きな手であの柔らかな胸を揉みしだきたいだなんていう衝動が、自分の身体の中で熱を帯び、燻ぶっていることに気づくのだった。
寝巻の薄い生地の上からは、艶めかしく隆起した女性的な身体のラインがはっきりと見て取れた。
自分は先ほどまで、こんな煽情的な姿でミハイル様と向かい合い、お話ししていたのかと顔が赤らむ。
ミハイル様はあのとき、わたしに心を奪われていらした……?
わたしが、誘惑してたの?
自分の身体に見惚れるなんて、ナルシストになってしまったのかと思ったけど、そういえば、リカルド様のお姿を借りて自分とキスをしたときにも、これに似た熱い動悸があったことを思い出す。
でも、あのときとは比較にならないほど、今のわたし──ミハイル様の身内にたぎる衝動は大きく、無視できず、抗い難かった。
下腹部が熱い。
ズボンの下がパンパンに膨らんで、痛い。
これって……、そういうことよね?
これまでに体験したことのない奇妙な身体の感覚には恐怖すら覚えた。
内に秘めた猛々しいミハイル様の男性を感じる。
両手で自分の顔を覆い、しゃがんだまま、ジッとそれが過ぎ去るのを待った。
ミハイル様は見境なく女性を襲うようなかたではないわ。
わたしはあのとき、まるでヴィタリスみたいに、ミハイル様の手を握って引き留めて、もじもじしながら、すがるようにミハイル様のお顔を見つめていたんだ。
真面目なミハイル様を誘惑して、情動をあおってしまったのだとしたら……。わたしも同罪だ。
わたしは、少し前の自分の所業と、心の中でミハイル様に向けていた非難を反省した。
そうしてしばらくジッとしていると、股間にあった腫れもどうにか引き始めた。
「…………」
……えっとぉ……。
これは事故よ、事故。
偶発的なもので、誰も悪くないわ。
わたしは自分で出したその結論に満足して立ち上がる。
すると、普段見慣れたはずの自分の部屋が、すっかり見違えて見えた。
視点が高いのだ。
それで自分がミハイル様になっているという実感が湧いてきた。
さっきまで感じていたのとは違った意味で。
そうだわ。せっかくミハイル様になったんですもの。
このまま元に戻るのはもったいない。
というか、これはチャンスだわ。
騎士団長のミハイル様なら、メイドのリゼなんかより、よっぽど自由にどこにでも行けて、いろんな人から話を聞くことができるはず。
妙な高揚感。
居ても立っても居られないようなソワソワした感じ。
そのときのわたしは、いまだ身体の中で燻ぶる熱い衝動を、無理矢理別の意味で解釈していたのかもしれなかった。
それに、すっかり舞い上がったわたしは、ミハイル様自身は既にあれこれ手を尽くしており、それでもメフィメレス家の秘密を探り当てられていない、という当たり前の事実を忘れていたのだった。