アシュリー嬢は呪われてしまった!?   作:磨己途

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34:ノイン君と一緒@墓地

 

 それから一刻ほどの後、わたしはノイン君が操る馬の上にいた。

 手綱を握るノイン君と馬の首の間に挟まって跨る。

 すでにリゼのメイド服はしわくちゃだ。これは帰ったとき、ハンナにこっぴどく叱られることになるに違いない。

 

 こうなってしまったのは、やむにやまれぬ事情と成り行きのせいだ──と言いたいところだけど、実際は何もかもが、わたしのせいだった。

 

 わたしの差し出したメモ書きを見て、何か思い当たる節があったと思しきノイン君。それを見たわたしがその場所への同行を願い出たのである。

 このまま行かせては、うっかり情報を教えてしまった自分が罰を受けてしまいますから、と言ってお(すが)りすると、ノイン君は渋々ながらそれを聞き入れてくれた。

 ただの下働きの女の言うことをすんなり聞いてくれたのは、聞き入れてもらえなければここで大声を出して騒ぎますと言ってごねたせいもあるだろう(いや、よく考えたら普通に脅迫ね)。

 そのときの反応を見るに、ノイン君はあの二人にミハイル団長の捜索を止められているに違いなかった。

 自分が単独行動していたことがわたしの口から広まる前に、ミハイル団長の居場所を突き止めたいと思っているようだった。

 

「確かにあの二人に比べたら俺なんて頭も悪いし、見てくれも幼いし、頼りにならないって思われるのも仕方ないけどさあ。俺だって騎士団の一員なんだ。団長の身を心配する気持ちは二人にも絶対負けねー。探す人数は多い方がいいはずだし。なあ、お前だってそう思うだろ?」

 

 王都の中心から離れ、目的の場所に着くまでの間中、ノイン君は普段抱えている不満を赤の他人であるリゼに向かってくどくどと語り聞かせてきた。

 それを聞きながらわたしは、幼いのは見た目だけではないわよねと内心で突っ込みを入れていた。

 

「もしかして、向かわれているのはあそこですか?」

 

 王都の外壁を過ぎて、その周囲の民家も途切れた丘陵に差し掛かった辺りで、わたしは前方の丘の上に見える大きな屋敷を指差した。

 その屋敷のすぐ近くには、墓石のようなシルエットがちらほらと見える。

 下から見上げるようにしているので全体は見通せないが、きっとあの丘の上には結構な広さの墓地が広がっているに違いない。

 そして、それ以外には何もない。

 古びた印象のある屋敷がポツンと一軒あるだけだ。

 そんな侘しい丘陵には、見渡す限り人影もない。

 

「ああ、そうだ。以前、ミハイル様からの指示で、王族の名義で所有されている屋敷の場所を洗いざらい調べたことがあったんだ。理由は教えてもらえなかったけど、団長が意味のないことを俺たちにやらせるわけがないからな」

 

「墓地の近くにあるという条件に当てはまるのはあそこだけだと?」

「ああ。……賢いな、お前」

 

 ノイン君が迷わず真っ直ぐここに向かったことから、そんな予想はしていた。

 それなりに自信があるのだろうと。

 

「あの……、差し出がましいことを申し上げますが、そうだとしたら少し不用心ではないでしょうか?」

「ん? 何が?」

 

 あ、やっぱり分かってなかったみたい。

 

「こちらは丘の上から丸見えでございます。仮にメフィメレスの者が後ろ暗いことをしているのであれば、この丘に近づく者を見張っていることもありえるのではないかと……」

「え? メフィメレス? そうか、団長はあの亡命一家のことを探っていたのか」

 

 駄目だわ。

 ノイン君、全然状況を理解していなかった。

 真剣な表情に騙された。

 事情を打ち明けて助力を乞うのなら、エッガースさんかシュルツさんにしておくべきだったかしら。

 けど、もしもあの二人だったらわたしをここまで連れてきてくれることもなかったわよね……。

 

「とりあえず、もう見つかっているという前提で動きましょう。屋敷ではなく、ひとまず奥の墓地の方へ向かってください。墓前に参りに来た遺族を装うのです」

「う、うん。そうだな」

 

 一目で騎士団の人間と分かる男とメイド服姿の女という組み合わせで、果たしてそんなカモフラージュが効くかは疑問だけど、このままトンボ返りしたって不自然なのは変わりがない。

 もしも見張られていたら、という危惧のとおりだった場合の話だけど。

 

 屋敷を横目に見やりながら、わたしとノイン君は墓地の中へと入っていった。

 怪しいと思って見るからだろうか。それとも折しも太陽が雲で隠れ、灰色が垂れ込めているからそのように見えるのだろうか。丘の上の屋敷は、如何にも何かが隠されているような、おどろおどろしい佇まいに見えた。

 

  *

 

 わたしたちは墓地に入ってから馬を降り、並んで歩いていた。

 

「最初に屋敷で会ったときにも思ったが、お前なかなかの器量だよな。次の年季はいつ明けるんだ? 良かったら俺の(めかけ)にならないか?」

 

 ノイン君があまりにあっけらかんと言うので、わたしは呆気に取られ、思わずマジマジと彼の顔を見つめてしまった。

 

「妾は嫌か? まだ妻は決まってないんだが、使用人相手では流石に親がなあ……。あ、俺は三男だったんだが、先の大戦(おおいくさ)で兄が二人とも戦死してしまったんだ」

「まあ、それはお気の毒に……」

 

 今のオリスルト王国では珍しくもない話。

 それだけ、二年前の戦いが苛烈だったということだ。

 

「うん……。いや、そうじゃなくて。こう見えて家督はあるってことだよ」

 

 分かってる。もちろん、そういうことよね。

 使用人であるリゼの社会的身分は低い。

 妾にしたって、貴族家の嫡男に迎えられるとしたら、相当な厚遇だと言える。

 でも、そんな大事な話、今します?

 普通に考えれば二つ返事で受けるべきお話だけど、わたしには決められないわ。

 

「ありがたいお話ですが、即答は致しかねます。旦那様とお嬢様に相談いたしませんと」

「もちろんそうだろう。分かった。良い返事を期待している」

 

 こちらが大分用心しながら応答したというのに、ノイン君は、これまたあっけらかんと笑ってこの話を終わらせた。

 助かった。けど、お妾さんのお誘いって、こんな気軽にするもの?

 こちらを低く見ている、というよりも……、これはノイン君の太平楽な性格の成せるわざなのかもしれない。

 鼻歌でも歌いださんばかりに上機嫌にする彼のあどけない横顔を見ていると、そんな気がしてきた。

 帰ってリゼにノイン君のことを薦めるうえでも、彼の人と成りはよく観察しておかなければ……。

 

 まず、絶対にロマンチストな性格ではないわよねぇ。

 そう思いながら、わたしは今歩いている陰気な墓地の様子に目を移した。

 

 この墓地は、丘の下から見上げた印象よりもかなり広大だった。

 馬から降りたこともあって、墓石の先も見通しにくい。

 これはちょっとした迷路のようだわ。

 わたしたちの姿を遮ってくれるのはありがたいけど、ここからじゃあの屋敷の様子を窺うのも難しい。

 

 そうだわ、暢気(のんき)に色恋のことを考えている場合ではなかったのだったと気持ちを切り替える。

 これからどうやって屋敷に近付いたら良いかと考えていると、何もない場所で不意にノイン君が立ち止まった。

 

「出てこい!」

 

 先ほどまでとは一変したノイン君のキリリと締まった声が響く。

 その声に呼ばれて、墓石の陰から風体の卑しい男たちがゆらりと姿を現す。

 気が付くとわたしたちは大勢の男たちに囲まれていた。

 

「騎士様がこんな場所に何の用だい?」

 

 中の一人が意地悪そうに笑いながら言った。

 

「墓参りだ」

 

「なんでぇ? 逢引きじゃあねーのか」

「よせよせ、こんな場所で、騎士様がお盛り合いになるわけないだろ?」

「俺たちじゃあるめぇしなあ」

 

 ゲヒヒと下衆な笑い声が四方から響く。

 とても嫌な感じ。

 相手にせず逃げ去りたいけど、わたしがモタモタと馬に跨り直すのを黙って見逃してくれるとも思えなかった。

 そうこうするうちに男たちはわたしたちとの距離をどんどん詰めてくる。

 

「女を置いてけよ。そしたら見逃してやる」

「馬鹿を言うな」

 

 ノイン君が腰に下げた剣の柄に手を掛けた。

 そのことで場の空気が張り詰めたのがわたしにも分かった。

 

 や、やめて……。

 絶対に敵わないわ。この人数。

 

 わたしは恐ろしくて、ろくに周囲を見回すこともできなかったけど、声の感じからして、少なくとも十人はいそうに思えた。

 ノイン君が倒れたら、わたしは一人。

 

 ど、どのみち助からないのなら、せめて、ノイン君だけでも……。

 

 そう言ってノイン君を逃がすことが最善。

 頭ではそんな計算が働いていたけど、この唐突に訪れた危機を前に、わたしは完全に声を詰まらせていた。

 声を出すどころじゃなくて息をするのも難しい。

 苦しいのだけれど、今自分が息を吸いたいのか、吐き出したいのかも分からなくなっていた。

 何も動けないでいる中、わたしの周囲で激しく人が動きだす気配があった。

 

 剣と剣がぶつかり合う不快で大きな音。

 バタバタと鳴る足音。

 男たちの怒声。叫び声。

 

 何が起きたのか分からなかった。

 身体が金縛りにあったように動かなくなり、視界はどこでもない空間をジッと見据えていた。

 ノイン君がどうなったのか、気になるのに、怖くて、彼の行方を目で追うこともできない。

 

 ふと、目の前に騎士団の隊服が揺れていることに気づく。

 肩に手を置かれたのを感じ、おそるおそる顔を上げると、目の前にはノイン君がわたしと向かい合って立っていた。

 

「大丈夫か?」

 

 その、なんでもない普段どおりの口調に、わたしはようやく落ち着きを取り戻す。

 よかった、大丈夫なんだ。ノイン君は無事だ。

 ということは……?

 

「奴ら、逃げてったよ」

 

 周囲を見回すと、確かにわたしたちの周りを取り囲んでいたはずの男たちの姿はどこにも見えなくなっていた。

 

 信じられない。

 あの人数相手に一人で?

 

 その気持ちが顔に表れていたのだろう。

 ノイン君が少し照れ臭そうに、鼻の頭を掻きながら言った。

 

「団長に鍛えられてるから。騎士団の人間はあの程度のゴロツキ相手に遅れは取らないよ」

 

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