アシュリー嬢は呪われてしまった!?   作:磨己途

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46:結果オーライなこともある(例の失礼な故事成語の意味らしい)

 わたしはその場でしゃがみ込み、そこに捨て置かれていた青銅の鏡に向かって語り掛けた。

 鏡の中には、あの悪魔が上機嫌でプカプカ浮いて笑っているのが見えた。

 なんで上機嫌だと分かるのかって?

 そんなの、この憎たらしい顔をひと目見たら分かるじゃない。

 

「お困りかァ? 世話焼いてやろうか?」

「え、助けてくれるの?」

 

 わたしと悪魔の会話に気付いて、ミハイル様も鏡に向かって顔を寄せて来る。

 またわたしが騙されるんじゃないかと思って、心配するようなお顔をしていらした。

 これは安心。

 もしも騙されそうだと感じたら、きっと止めてくださるわ。

 わたしの方は安心して、目いっぱい厚かましく、この不思議な力を持っている悪魔にすがってやろうと心に決めていた。

 

「お前のせいで()()()()()()しなァ。どうあれ、責任は取ってもらわねェと」

「どういうこと?」

 

(ゆる)すって言ったろォ? 俺様のことォ。きっとあれで台無しになったんだ。

 まァったく本当にお人好しだぜェ。あんな目に遭わされた相手のために泣くなんてなァ?」

「あ、あれは貴方が死んじゃうと思ったからで……。元気に戻ってくるなんてっ、貴方こそ台無しよ!」

 

「フフェフェ。まァ、そういうわけだから、また人間と約束しなきゃなんねェ。お前、手伝え」

「破られる前提で約束する馬鹿がいますか」

 

「フェヒッ。違いねェ。まァ、そのことは後だ。急いでるんだろゥ?」

「助けてくれるって話? どうやって?」

 

 わたしが食い入るように見つめると、その鏡の中の景色がぐにゃりと変わった。

 本来は、屋外の空や草木を映していなければならない鏡の中に、今は見覚えのある室内の様子が映し出されていた。

 これは……、わたしの部屋だ。

 わたしの部屋に置いてある姿見(すがたみ)の中から覗いたようなアングルで、遠い王都にあるわたしの部屋の様子が見えていた。

 

「鏡に手を触れなァ。連れてってやる」

 

 言われるがまま手を出したわたしの手首をミハイル様が掴んで止めた。

 

「その約束を破るつもりじゃないだろうな?」

「用心深い野郎だぜ。まァ、普通はそのくらい疑う。それが正しい。クフェフェッ」

 

 カッチーン。わたしは普通じゃないほどお人好しってことぉ!?

 

「言ったろ? この女のお陰で、この世から消え去る方法が分かったんだ。世話になった礼にちょっと人助けしてやろうってことさ。

 まァ、この言葉が真実かどうか、信用するかどうかはお前たち次第ってわけだが……」

 

 今、鏡の中に悪魔は映っていない。

 聞こえるのは彼の声だけだ。

 どんな表情で喋っているのかも分からない彼の真意を想像する。

 本当にこの世から消えてしまうことが彼の望みなら、ここでわたしたちを手酷く裏切ってしまえば、その望みは達成されるはずだけれど……。

 

「ミハイル様。わたしは信じようと思います。いいえ、もうすでに信じております」

「アシュリー……」

 

 正確に言えば、疑いたくはないのだった。

 だって、この悪魔がわたしにやったことで、本当にわたしが困ったことなんてないんだもの。

 王宮での暗殺から逃れられたのも、ヴィタリスの企みを知れたのも、廃屋で野盗から身を守れたのも、さっきここで狙いを付けられていた矢から逃れたのも、全部この悪魔の力のお陰だ。

 

 本当は最初から悪意なんて欠片もなくて、わたしのことを助けてくれるつもりだったんじゃないか、なんて……、それは流石にこの悪魔に肩入れし過ぎかもしれないけど。

 

「分かった。ただし、わたしも一緒だ」

 

 わたしの瞳をジッと見つめていたミハイル様は、力強く頷き、わたしの腰に手を回してギュッと抱き締めた。

 エッガースさんを呼んで幾つか言伝をした後、彼に鏡を持たせ、胸の位置に掲げさせた。

 そして、わたしたちはそれぞれ片手を伸ばし、同時に鏡面に触れる。

 

「おい、俺様が裏切るつもりだったら、そんな抱き合ってくっ付いてても意味なかったんだぜェ?」

 

 閃光とか、浮遊感とか、特別な何かが身に起こると身構えていたわたしは虚を衝かれることになる。

 ある意味、これは裏切られたような感覚だった。

 

 悪魔が喋り始めた段階で、わたしたち二人はすでに王都にあるわたしの部屋の中へ居場所を移していた。

 何の予兆も衝撃もなく、ミハイル様と二人で、抱き合いながら自室の姿見に手を付けて立っていたのだ。

 わたしとミハイル様は驚いて互いに顔を見合わせた。

 

「凄いわ……。凄い! でもでも、こんなことができるなら、最初からわたし一人をあの青銅の鏡の場所へ転送させれば良かったのでは?」

 

 興奮を抑えきれず、わたしはまくし立てるように言って悪魔に迫った。

 おそらく、きっとそんな都合の良い力ではないのだろうなと思いながら。

 

 鏡の中で、わたしの肩の上辺りに浮かびながらドヤ顔をしていた悪魔は、少しの間のあと、ポリポリと頭を掻く仕草をしてから言った。

 

「あー、確かに言われてみりゃそうだよなァ。まァいいじゃねェか、お陰でお前らの敵の企みが分かったんだろ?」

 

 その後、わたしが盛大に脱力したのは言うまでもない。

 色々な安心が重なって、崩れ落ちそうになる身体をミハイル様に支えられる。

 

 それからわたしたちは、これからどのようにメフィメレス家とアダナスの企みを阻止して追い詰めるべきか、それに、鏡の悪魔にはどんな奇跡が可能なのかと、忙しく相談を始めた。

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