己を徹底的に痛めつけるのが大好きな超絶ドMウマ娘は周りから世界一の努力家と勘違いされている   作:座敷猫いおり

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今回暴力的な表現や流血描写が挟まりますのでタグにR-15を追加しました。
苦手な方はどうかご注意ください。


九話『ホワイトグリントは周りから不器用で優しいウマ娘だと勘違いされている』

 

 ぐちゅり、と己の口の中に侵入したホワイトグリントの白い美肌に包まれた小さな四本の指の異物感に多少の嗚咽を感じながら、頭の中が大混乱中のライジングフリートはそれでもどうにか冷静に努めようと先程の『お願い』を思い返してた。

 

(噛ん……いや、聞き間違いじゃないよな!? 今、こいつ――思いっきり私の手を噛んでください、って言ったよな!?)

 

 何? 何なのそのお願い? フリートはそのお願いの意図がまるで意味不明で――否、その場でその光景を見ていたジョーンズのメンバーも、レースが終わって二人の元へ集ってきた観客達も全員が頭に疑問符を浮かべて(かし)げるような思いである。

 

 フリートの歯は鮫のような――と言ってしまうと過剰表現ではあるけれど、しかしそれでも尖ったギザ歯であることは間違いないのだ。フリートが密かに若干コンプレックスを感じているその歯で力強く噛んでしまっては間違いなく指に()()()()()最低でも流血は免れないだろう。

 

 いったいホワイトグリントは何を考えているのか。まさか、フリートに傷害事件を起こさせて立場を悪くさせよう、とでも? そんな遠回しで陰湿なことをするだろうか? そもそもこの状況でグリントが怪我をしようともそれをやれと命令したのはグリントであるからしてフリートに咎があるとは誰も思わないだろう。

 

「グ、グリント。どういうつもりなのか全くわからないが――それは駄目だ。私も昔、寝ぼけてご飯と間違えてタマモクロス(タマ)の手を噛んでしまったことがあるけど死ぬほど痛かったって、2日間一切口を聞いて貰えなくなった。それくらい噛まれるのは痛いんだ」

 

 白い稲妻(タマモクロス)のことが気の毒になりそうな体験談を交えながらオグリキャップがその奇行を止めようとする、しかし、すっ…とグリントはオグリを(さえぎ)るように左手を差し出して拒絶の意を見せる。

 

「痛いのはわかってます、()()()()()――なんでも言うことを聞くって約束しましたよね……絶対に守って貰います。もしここで噛んで貰えなかったとしても――後で、誰も止めない場所で()()()()()()()()()()

 

 普段寡黙気味な彼女が似つかわしくないほどそう果敢に捲し立てる。このお願いからは逃げられない――誰がなんと言おうと誰がなんと止めようと絶対に噛ませる(・・・・)という確固とした意志がそこにはあった。

 

「いや、しかしだな……」

 

 敗者にはデメリットがなく、そして勝者にはデメリットしかないまるであべこべなその願い。しかもここで無理やり取りやめてもあとで自分達の見知らぬ場所で実行すると宣言されては、オグリや北原達も何も言えなくなってしまう。

 

 ちらり、とフリートはこのレースに備えてベルノライトが持参していた救急箱を見る。ここで噛まなかったのなら、誰も止めない場所で噛むことになる――どっちにしろ逃げられないのなら、すぐに手当をして貰えるこの場所で噛んでしまった方が――そう思案しフリートは言う。

 

「……本当に、いいんだな(ほんふぉふふ、いふぃんばば)

 

 口に指を突っ込まれている為にまるで聞き取れない日本語ではあったが、その意を汲んでグリントはこくりと頷く。

 

 ならば、もう噛むしかないじゃないか。勝者はグリントで敗者はフリート。その間になんでも一つお願いを聞くという契約があるのならば、意味がわからない願いであろうともフリートにはそれを行う義務があるのだから。

 

「――いくぞ(いふふぉ)

 

 意を決したようにフリートは大口を開けて――。

 

「まっ! 待ってフリート……!」

 

 オグリが止めようとするもそれは止まらず、()()()とフリートの口が閉ざされた。

 

「ひっ!」

 

 フリートの口が閉ざされた瞬間、()()()と大きく震えたグリントの姿を見た目撃者から小さな悲鳴が上がる。

 

 フリートは望み通り思いっきりその指を噛んだ。とはいえ噛みちぎる程の力を込めたわけでもなく、加減はしたが――しかし自分のギザ歯がグリントの指に食い込んだ瞬間に、口内から全身へ伝播していく他人の肉体を傷つけたという罪悪感が、そして他人の肉を噛むという生理的嫌悪感がフリートを包み込む。

 

(――()()()()()……)

 

 フリートは比較的粗暴なウマ娘ではある。しかしそれはその己の弱い心を虚勢で覆って誤魔化しているだけで、別に他人を傷つけることが平気へっちゃらな乱暴者というわけではないのだ。喧嘩くらいはしたことはあるけれど、他人に血を流させたことなど一度もないし、むしろ相手が自分のせいで怪我しようものなら数日は凹むだろう。

 

 歯が食い込んだ先から自分の舌に滴っていくぬめりとして生温かい()()()を感じて吐きそうになりながら、フリートは思う。()()()()()()()()? つまり色々とやらかしてしまったフリートの罰則(おしおき)のつもりで、このような行為をさせたのでは――。

 

 グリントの顔を見れば、どこか呆けたような顔をして、その両方の瞳から涙を零している。泣いてる――そりゃ歯が指に食い込むほど噛まれれば誰だって泣くほど痛いに決まっているのだ。

 

 ぐちゅり、と湿り気のある音を立ててグリントは指をゆっくり抜く。唾液と血が混ざりあった粘り気のある液体が糸を引き、ドクドクと鮮血が滴る四本の指。

 

「うああああ!? 何やってるの本当に――!」

 

 青い顔をしてすぐさま手当をする為にオグリや北原、救急箱を持ったベルノライトが一目散にグリントに駆け寄った。すぐさま消毒液や包帯を取り出して、テキパキと治療が行われていく。

 

「あ、うぁ……そ、その……グリント……」

 

 彼女のお願い通りに実行したとはいえ、目の前の美しい白いウマ娘の柔肌を自分が傷つけてしまったことにぐわんぐわんと景色が歪みそうになるほどの罪悪感がフリートの脳内を駆け巡る。

 

「……痛い。痛いな……でもね、フリートさん。私――これだけはわかって欲しかったんですよ」

 

 治療を受けながらグリントは、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を浮かべて、静かに告げた。

 

 

 

「あなたが私のおじいちゃんのことを馬鹿にした時――私は、こんな怪我よりもずっとずっと……もっと、痛かったんだって」

 

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、フリートは――いや、フリートだけでなくジョーンズの部室で彼女達のやり取りを知っていた者達すべてがやっと彼女の行動の意図を理解する。

 

()()()()()()()()()()()――!)

 

 彼女はずっと、()()()()()()()()

 

『祖父がトレーナーなんて随分羨ましいが――聞いたことのない名前だな。お前のじいちゃん、あんまり大したことなかったのか?』

 

 フリートが虚勢を張って敵愾心を煽ろうとしたゆえに、関係のない彼女の祖父に悪口を言ってしまったあの一言。彼女にとってその一言がどれだけ痛くて辛かったのだろう。

 

 目に見える外傷なんかより、言葉のナイフで傷つけられた心の方がもっともっと痛かったのだと()()()()()()()()()()()()――グリントは自分の手を噛ませて見せたのだ。

 

 器用なレースをする癖に、なんて――()()()()()()()()()()

 

 きっとその一言を言われた瞬間、そんなことない! おじいちゃんは凄い! そう叫んでしまいそうになる程の怒りがきっとあって、殴ったり蹴ったり思わず手を出してしまいたくなる程の悲しみがきっとあって――。

 

 だけどこの目の前の白いウマ娘は、そんなことをすることが出来ない程に優しい子なのだろう。

 

 ()()()()()という手段でしかその思いを伝える(すべ)を持たない程に――誰かを傷つけることができないんだ。

 

(――いつから、いつから私は忘れてた)

 

 『芦毛は走らない』という言葉のナイフで――走れなくなるくらい()()()()()()()()()()()()()()()()()はずなのに。自分だって同じはずだったのに。言葉の重みと鋭さを心から自覚していたはずなのに。

 

 そんな私が、どうして――他人の気持ちを考えてやれなくなってしまったんだ。

 

 ――自分よりも何歳も年下なのに、ホワイトグリントには本当に――レースに大切なことを、そしてウマ娘として大切なことを教えられる。

 

()()()()()()

 

 ライジングフリートは、そう言って深々と頭を下げる、それは心からの謝罪だった。

 

「お前のじいちゃんは、本当に凄いトレーナーだ――ホワイトグリントって白毛のとんでもないウマ娘を育てあげてみせたんだから」

 

 それだけ告げてフリートが顔を上げれば、そこに広がっていた光景は――ならばよし、と言わぬばかりに左手でサムズアップを決める――。

 

 

 誰よりも不器用で、そして優しい笑顔の白毛のウマ娘の姿だった。

 

 

 ■■■

 

 

 実は密かに、フリートさんとジョーンズの部室で対面するずっと前から、ライジングフリートというウマ娘を知った時から心の中で思っていることが一つだけあった。

 

 あの素敵なギザ歯で噛まれてみたい――!

 

 というギザ歯をみたら世の中で誰もがきっと一度は思うであろう根源的欲求! そんな願いを叶える機会(チャンス)が残り長い人生とは言えどもいったい何回あるというのだろうか?

 

 この機だけは、絶対に――絶対に逃したくない。トリプルティアラと同じくらいそれは大切なことだから――!

 

 しかし本当にうまい具合にレースが進んだなぁ。長距離レースによるスタミナ切れ狙いの後の我慢合戦しか私には勝ち目がほとんどなかっただけに、結構な綱渡りだった。

 

 もしもフリートさんが100バ身差つけようとせずにスタミナを温存して4000mきっちり完走するくらいのペースで走られたら、まず間違いなく()()()()()()を切らなきゃどうにもならなかっただろう。現状そのどちらもまだまだ未完成なだけに使いたくなかったからね。

 

 いやぁ本当に私の唯一の友には感謝だな。なにせ私と唯一の友では実力差が大きすぎて、こういうハンデ戦は何十回も何百回もしたものだからレースに応用できそうな経験はいくらでもあった。あの子、マジで負けず嫌いだからあの手この手で勝とうとするからなぁ。まあでもいずれ私の唯一の友はきっととてつもない偉業を成すようなウマ娘になると思う間違いなく。

 

 ちなみになぜここまで私と友の差があるかというと向こうはまだ小学校低学年(ロリ)だからである。いやもう今年から三年生に上がったから中学年か。

 

 まあそれは置いておいて、さあドキドキワクワクの夢を叶えるときだ――! 勿論客観的に見たらただの変態行為なこのお願いではあるが、大丈夫。どうにか誤魔化す方法はばっちり考えてあるからね。

 

「少し、口をあけて貰えますか」

 

「……?」

 

 無警戒に言われた通り口を開くフリートさん。その口からきらりと鈍い光を放つギザ歯達。はぁん、とあまりの素敵な光景に嬌声を上げてしまう。私にとってこの素晴らしい口内の中は夢の国に等しい楽園に見えて仕方ない。

 

 すかさず、ズボッと私は右手の指を入れる。ぬるりとした感触と温かい体温が私の指を包み込む。うわぁ……フリートさんの中、すごくあったかいよぅ……。

 

「それではお願いを聞いて貰いますね――そのまま、思いっきり――その素敵なギザ歯で――私の手を噛んでください」

 

 ――何言ってんだこいつ!? とあからさまに混乱した様子でそう目で訴えかけてくるフリートさん。まあそれは仕方ない、誰でもいきなりこんなことを言われればびっくりするだろう。

 

「グ、グリント。どういうつもりなのか全くわからないが――それは駄目だ。私も昔、寝ぼけてご飯と間違えてタマモクロス(タマ)の手を噛んでしまったことがあるけど死ぬほど痛かったって、2日間一切口を聞いて貰えなくなった。それくらい噛まれるのは痛いんだ」

 

 そう言ってオグリさんが止めようとしてくるが私は左手で遮って、ここで噛んでくれなかったら邪魔が入らないとこで噛んでもらうよ? と伝えて、止めても無駄だということをアピール。

 

 というか何だその羨ましいエピソード。オグリさんと同室だったら噛んで貰えるの? 私ならいくらでも噛んで貰っても構わないのに。 

 

「……ほんふぉふふ、いふぃんばば」

 

 まるで何を言っているのかわからないけれど、しかし多分本当に噛んでいいんだな的なニュアンスだと思われるので私はコクリと頷いた。

 

「――いくぞ(いふふぉ)

 

 はい、来てくださいフリートさん――! ゆっくり大口が開いていく光景は今にも遊園地の絶叫マシンがスタートするようなワクワク感。ああ、速く、速く、速く噛んで――誰かに噛まれる痛みとはいったいどれくらい気持ちいいのだろう。今まで他人はおろか動物にだって噛まれたことなんてないし、まさに夢の初体験だ。

 

「まっ! 待ってフリート……!」

 

 オグリさんが止めようとするも、それは叶わず――。

 

 ()()()()、という肉に歯が突き刺さる感触が手を貫いた。

 

 

 

 ――え?

 

 

 

 気持ちいい(いたい)。それは間違いない。びくんと大きく身体が震える程で、私が人生で今まで味わって来た痛みの中でも上位に来るくらい。さながら年代物で高級なワインをテイスティングするような甘くて濃厚な気持ちよさだ。ワイン飲んだことないけど。

 

 ――しかし、それは私の想像していた痛みと違っていて……いや、違っていたというより――なんだろう、なんなんだこの感覚は。

 

 私の(ソウル)が叫んでいた。私が、私の魂が求めているのは()()()()()()()であると。

 

 そして同時に――だけど、欲しいものは()()()()()()

 

 この嚙み方じゃない(このウマじゃない)

 

 ぽたり、と知らない内に私は涙を流していた。まだ12年しか生きていない私の脳裏に溢れ返るこの私の()()()()()()()()()()()。あまりの懐かしさとこの痛みは違う、違うんだという悲しい魂の叫びが全身に溢れかえってくる。

 

 なんなのこれ。

 

 こんなにも気持ちいいのに――()()()()()()()()()()()。 

 

「うああああ!? 何やってるの本当に――!」

 

 はっ、と別次元(どこか)へトリップしていた意識がベルノライトさんの悲鳴で現実に戻される。今のはいったい、なんだったのだろう?

 

 知らないうちに私は指をフリートさんの口から引き抜いていて、ドクドクと指から血を流していた。さながらハイテンションのロックンロールみたいなビートを刻むこの痛みの気持ちよさが、瞬時に私の顔を笑顔にしようと強制していく――。

 

 あっやっべ! やばいやばいやばい!

 

 ここで普通に笑うのはまずいのだ! ここでただ笑顔になってしまっては普通に変なウマ娘(やべぇ奴)だ! だから私はレース中のように必死に笑顔を我慢する――! できてるかな!? できてるかなぁ私! 

 

「……痛い。痛いな……でもね、フリートさん。私――これだけはわかって欲しかったんですよ」

 

 そしてそんな絶頂を我慢しながら、私は事前に用意していたセリフを口からひねり出す。

 

「あなたが私のおじいちゃんのことを馬鹿にした時――私は、こんな怪我よりもずっとずっと……もっと、痛かったんだって」

 

 つまりそういうことだった。何度も愛するおじいちゃんをダシにして申し訳ないが、しかしおじいちゃんのことは謝って欲しい故の誤魔化し方(さくせん)である。

 

 これはとある芸能界で活躍するウマ娘のドMエピソードを参考にしたものだ。そのウマ娘は今ではソロで活躍しているが昔はとあるグループに所属していたのだけれどやりたいことの方向性がどうにもならないくらいに違ってしまって、グループへ「私は今のこのグループでやっていくのはこれくらい嫌なんだよ!」と激情のあまり自分のフサフサの尻尾の毛を引きちぎって叩きつけて訴えたそうな。

 

 つまり自分の意をわかりやすく示す為に自傷を行ってみせたのだ。

 

 自らを傷つけるほど私はこんなにも怒ってるんだ! ということを見せてみればだいたいの人が納得するだろう。そうか! ホワイトグリントはおじいちゃんを貶されて、その怒りを示す為に噛まれてみせたんだ! と思ってくれる()()()()()

 

 私はフリートさんに噛まれて気持ちいいし、フリートさんはそこまですればおじいちゃんを馬鹿にしたことを訂正してくれるであろうという二段構えの一石二鳥!

 

 さあ、どうなる!? とフリートさんを見つめれば――。

 

「ごめんなさい」

 

 と頭を下げてくれていた。

 

「お前のじいちゃんは、本当に凄いトレーナーだ――ホワイトグリントって白毛のとんでもないウマ娘を育てあげてみせたんだから」

 

 ――許す、許すよフリートさん。

 

 一緒に4000mのレースを走った私にはわかる。フリートさんは口が悪いだけで決して悪いウマ娘じゃない。いやちょっと口が悪いのは間違いなく改善すべき悪癖ではあると思うけど。

 

 ベルノライトさんが消毒液で私の傷を拭いたことによってさらなる気持ちよさが発生してしまい、笑顔が我慢しきれなかったがもういいだろう。

 

 私はグッ、と空いた左手でサムズアップをしてみせた。

 

 あれほど気持ちいいレースをしてくれて、なんだか不思議な感覚にはなったけど、こんなにも気持ちいい嚙み傷をくれたウマ娘を――そして何よりも私と同じオグリさんを嫉妬で暴走しちゃうくらい大好きなウマ娘を――嫌いになれないよ。

 

 私は推しの同担歓迎(OK)だから――!

 

 

 ■■■

 

 

 はたしてどうなるかと思われた重賞ウマ娘ライジングフリートと新入生ホワイトグリントのマッチレースは、衝撃的な大番狂わせ(ジャイアントキリング)で幕を閉じた。

 

 二人のウマ娘のレースの前の不満や怒りが募った隔たりさえもすっかり解消されて、最後に流血騒ぎが起こってしまったが、しかしそれを含めてまさしく大団円といったハッピーエンドである。

 

 グリントの指の手当が終わってワイワイと一息ついたあと、北原は改めてホワイトグリントの前へ向き合っていた。

 

「レースの途中、俺は君よりもフリートを優先した――それに思うところもあると思う」

 

「いえ……オグリさんに誘われただけで、私はまだただの部外者です……あそこで部外者を優先して自分の担当を応援しないトレーナーなんて……そんなトレーナーを……私はトレーナーだと思いたくありません」

 

 そうか、と北原はハンチング帽を丁寧に被り直し、グリントの両手を握りながら、真っ直ぐにキラキラとした優しい目を輝かせながら声をあげる。

 

「改めて言わせて貰う! 俺は北原穣! 俺と一緒に天下を取らないか!? 君ならクラシック三冠だろうがトリプルティアラだろうが夢じゃねぇ! 絶対に後悔させねぇ! だから――俺のチームで! 一緒にやろう!」

 

 もういい歳だというのに、まるで宝物を見つけた少年(こども)のように興奮しながら北原は叫ぶ。しかしいつまでも情熱を失わない男、それが北原穣の良さでもある。

 

 オグリも、ベルノも、フリートさえもその光景を見て笑顔を浮かべ――レースが終わったというのに未だ解散していない見学者達も尊いものを見るかのように眺めていた。

 

「――チームジョーンズは、本当にいいチームだと思います……トレーナーさんは情熱的で……サブトレのベルノさんはサポートに必要なことが的確になんでもできて……フリートさんは口は悪いけど速くて強いウマ娘で……口は悪いけど……そして何より尊敬するオグリさんがいる……オグリさんもトレーナーさんも、私なんかを誘ってくれて、本当に嬉しいです――()()()

 

 グリントは優しく北原の手を振り払い、心底申し訳無さそうにしながらターフに座って――。

 

「ごめんなさい」

 

 すっ、と頭を地面につけて土下座した。

 

 やっぱり私――北原さんのようなとっても優しい目をしたトレーナーさんより――もっと冷たい(クール)な目をしたトレーナーさん(ドS)がいいから――!

 

 という声に出せない思いを胸に秘めて。

 

 

 

 第一章『登場!白い毛色のウマ娘』 完

 

 第二章『ギャンブル・トレーナー』へ続く――。




ネタバレ
スペシャルウィーク(馬)は種付けの時に牝馬の鬣《たてがみ》がボロボロになるくらい首を激しく噛む癖があった。
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