己を徹底的に痛めつけるのが大好きな超絶ドMウマ娘は周りから世界一の努力家と勘違いされている   作:座敷猫いおり

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二章 ギャンブル・トレーナー
十話『ホワイトグリントの慌ただしい日常』


「君は未来のアイドルウマ娘だ! 俺なら君という一番星を一際(ひときわ)輝かせることができる! 是非俺のチームへ来てくれないか!?」

 

 うーん、違うなぁ……お誘いは嬉しいですがごめんなさい。

 

「あなたなら日本初の……いえ! 世界初の白毛のG1ウマ娘になれるわ! 誰も見たことがない未到の景色(シンデレラストーリー)を私にプロデュースさせて欲しいの!」

 

 この人もなんかこう、違う……そのお言葉だけありがたく頂きます。

 

「僕はトレセン学園(ここ)に来る前はフランスへ留学していてね。まだまだ日本は設備も技術も意識も多くの物に根本的な差があると世界を見て実感したんだ。僕はそんな日本を強く、気高く変えたい! 君ならその偉大な一歩目を共に歩むウマ娘に相応しい! 僕と一緒に日本を変えよう!」

 

 夢が……夢が壮大すぎるっ! いや、私もトリプルティアラウマ娘になるんだってでっかい夢はありますけれども、さすがに一緒にやっていくにはちょーっと意識が高すぎるかなー……って……。

 

「凄いマッチレースだったなぁ……楽しそうに走る子だったなぁ……帰ろ」

 

 論外。

 

 

 

 ――はてさて、あのライジングフリートさんとのマッチレースから早くも一週間ほど経ちまして、私を取り巻く環境は劇的に慌ただしくなっていた。大きな変化点は二つあり、その一つが上記のように学園のトレーナーさん達からひっきりなしに熱心なスカウトをかけられるようになったことだろう。

 

 曰く、入学したばかりなのに4000mのマッチレースを完走した上に相手の重賞ウマ娘を追い抜いて先着した白毛のウマ娘がいるらしいぞ。しかもその場で土下座してチーム入りを断ったって――という噂が小波を飲み込みながら巨大化していく津波のように、背びれ尾びれがついて学園中に広まりまくった結果であった。

 

 いや勿論私がフリートさんに勝ったことは紛う事のない事実だしそれ自体は私も誇らしいことではあるけれど、あくまでハンディキャップを最大限活用しての戦略勝ち――強いて言えば私が勝ったというよりはほとんど相手の自爆負けに等しい勝利だ。現状ではまともに走ったら100回レースしても100回負けて100回チームジョーンズから追い出され100回脳が破壊(ゾクゾク)することだろう。

 

 それなのに重賞ウマ娘(フリートさん)に勝った勝ったと祭り上げられるのは私としても不本意なんだけど。

 

 まあ私は自分の性格に関してはかなり卑屈気味ではあるけれど、だからと言っておじいちゃんに鍛えて貰ったこの身体と走りが同年代のウマ娘と比べて一回り飛び抜けているのはちゃんと自覚している。でなきゃトリプルティアラを獲るなんて夢みれないしね。

 

 だからトレーナーさん達が今のうちに素質のあるウマ娘を青田買いをしておこう、という気持ちになるのはトレーナーさん側の立場から考えれば想像に容易いし、普通なら選抜レースに出走して結果を出し、実力をアピールし、その果てにようやくスカウトされるという険しい道程(みちのり)を経なければトレーナーに担当なんてされない。にも関わらずトレーナーさん側からあちらこちらと誘って頂けるこの現状は恵まれているなんてレベルじゃないほどラッキーなことであることもわかる。

 

 しかしだ。しかし――。

 

 いないんだよ! 私の求める冷たい目つきをしたサディスティックなトレーナーさんが! 一人も!

 

 どうなってんだトレセン学園は。なんで私の元にこんなにも沢山のトレーナーさんが来てくれたのに一人もSっ気(オーラ)を纏った人がいないんだ。みんな如何(いか)にも僕達私達はウマ娘が大好きだから絶対に大切にしてみせる! という優しい目をして温かい光を纏った人達ばかりじゃないか。

 

 トレセン学園、濃い人はいてもまともなトレーナーしかいねぇ……! これが中央……!

 

「日本ウマ娘の未来は安泰だな……」

 

 そんなことをボヤきながら私は喧騒を逃れる為に学園のあまり人気のない中庭に設置されたベンチに腰掛けて、オヤツの青唐辛子をポリポリと(かじ)る。はーやっぱりオヤツは生で食べる青唐辛子に限りますなぁ。この適度な痛味(いたあじ)が落ち着くというか、(ソウル)に響く故郷の味というか……ずっと昔からなんか好きなんだよね青唐辛子。

 

 ふと、懐のオヤツ袋から追加で取り出そうとした折に目に入ったのはまだ生新しいカサブタが目立つ自分の指。ベルノさんのお医者さん顔負けの治療のお陰で化膿などもしないでバッチリ回復に向かうその噛み傷をじっと見つめてつくづく思う。

 

 ――本当に痛気持ちよかったなぁ、この噛み傷……。

 

 あの時はよくわからない寂しさや悲しさで胸がいっぱいになってしまって十全に痛みだけを感じることはできなかったのが勿体ない。とっても気持ちよかったはずなのに、何かが違う、これじゃないって気分になって――。

 

 ……嚙まれ方や、噛んでくれる人に何か違いがあったのか?

 

 生まれて初めて知ったこの刺激(いたみ)。そして生まれて初めて気づいた私が真に求めていたのはこれなのだと思わされたこの快感(いたみ)

 

 そう、噛まれることこそがまさに運命的な私のマゾ欲求で――。

 

「……もしかして」

 

 これが運命というのなら、私を噛んで完璧な気持ちよさをくれる相手こそが()()()()()()()……ってコト!? わぁ……ぁ……そんなもんどう探せと!? 見つけられるわけないでしょ!

 

 フリートさんに噛んで貰えたのはそれこそ一生に一度あるかないかの『勝ったら何でも言うことを聞く』って再現性のないシチュエーションがあってこその結果でどうにか誤魔化す算段があったから出来たこと。

 

 そんな特殊な状況でもなければ噛んで貰うには単純(シンプル)に次々と代わる代わる私を噛んでください! 一嚙み! 一嚙みだけでいいですから! と土下座でもしてお願いするしかない。これじゃあまるで私が変態みたいじゃん。

 

 シンデレラが落としていったガラスの靴から持ち主を探そうとした王子様より、私が運命の相手に出会う方が遥かに難易度高いな?

 

 まあ愛だ恋だ運命だなんてものはトゥインクルシリーズを走り切ってから考えるとして、だ。現状の早急に解決しなければならない問題はトレーナーさん探しである。

 

 通常日本で一番のウマ娘教育施設であるトレセン学園であっても入学してから一年近くは中学生としての義務教育とレースの勉強や基礎訓練をみっちりやって本格化に備える。入学から一週間とちょっとしか経過しておらずまだ本格化の兆しも見られない私のようなウマ娘がトレーナー探しを考えるには早すぎるのは確かなのだが、こうも日常的にスカウトされてお話を聞かないといけないとなるとプライベートな時間が無くなる。

 

 つまり気持ちいいこと(ハードトレーニング)ができない! トレセンの豪華な施設を使って沢山痛気持ちいいことをするって夢を叶えにここに来たのに全然叶ってない!

 

 そもそもオグリさんが早々と自分のチームへ入って欲しい、とジョーンズへ招待してくれたのは身体を壊しかねないハードトレーニングをするのならちゃんとしたトレーナーさん監修の元でやるべき、という思いやりからである。私も身体を壊すくらいのトレーニングをしたいのは山々だがトリプルティアラを取る前に壊れて走れなくなるのは困るし確かに正論だ。

 

 それに施設を利用するにはトレーナーさんや教官さん*1、施設の管理人さんなどの許可を得なければ使えないのがまた一手間かかってネックになる。まー勝手に施設利用して怪我でもされたら目も当てられないのだからしっかりしてるなぁと個人的には思うけど。

 

 あっ、ちなみに土下座してジョーンズへの加入を断った後は結構一悶着あった。北原さんとベルノさんは「考えなおして」と両手で顔を覆ったりターフに横になってメソメソ泣いてしまって、フリートさんは「私か!? 私のせいか!?」と私を噛んで貰った時より顔を青くして吐きそうになっていたし、オグリさんに至っては反応がなくてあれ? と思っていたらその場で立ったまま気絶していた。

 

 さらにジョーンズに入らないならうちへ! いや俺のチームに! とたまたまレースを見ていたトレーナーさんから詰め寄られるし今度は私と走ろう! 私も一緒に! とウマ娘からはわちゃわちゃと併走に誘われるし何故かいつの間にかレース場にいたミークさんはその後ろで仁王立ちしてうんうん、と後方同室白毛面をしていたりとまさしくカオスの権化。

 

 いや本当に申し訳なかった……! 何一つ気持ちよくなれない心の痛さがやばかった!

 

 どうにかジョーンズの皆様には、優しさと頼もしさを合わせ持った方々が集まっていてジョーンズは本当にいいチームだけれど、ここまでいいチームだと精神的に甘えてしまいそうになるのが目に見えている、申し訳ないがもっとストイックに出来るチームの元でトレーニングに励みたい、という理由で納得して貰い、併走に誘ってくれたウマ娘とは学園生活が落ち着いたらその時は是非ご一緒にと落ち着かせて、他のトレーナーさんはあとで一人ずつお話を伺ってその時考えさせて貰うということでなんとか事なきを得て今に至る……。

 

 特に意識を取り戻したオグリさんの説得は本当に大変だった。私のことが嫌いなのか……? と、ウルウルと涙目になるのはあんなもん卑怯(チート)や! 何度コロっとやっぱりジョーンズに入るの辞めるの辞めます! と言いそうになってしまったことか。タマモクロスさんが取り成してくれなかったらどうなっていたことだろう。

 

 ありがとうタマモクロスさん――好き。まあ他にぐっと来るトレーナーさんが居なければやっぱりジョーンズに入って欲しいし、他のチームに所属してもこっちへ遊びに来て欲しいと言われてしまったが。ありがたい話である……オグリさんにチーム入りの話を蹴るという大失礼を重ねても私をこんなにも思ってくれるなんて――やはりオグリさんは優しさの化身だな……。

 

 ちなみに私の環境の変化点その二があれ以来、クラスメイトを含めた同級生のウマ娘達がやたらと私を構おうとしてくることである。私なんかに構ってくれるのは嬉しいけれど、元来のぼっち気質のコミュ障には辛いものがあってね……寡黙なミークさんと一緒にいるくらいがホント丁度いいんだけど……手紙でやり取りをする、という小学生時代では不可能だった女の子らしいやり取りを出来ているのは素晴らしいのだが、特にセイウンスカイさんという芦毛のウマ娘と、キングヘイローさんというアメリカ生まれの鹿毛のウマ娘の二人はぐいぐい来るので嬉しい反面緊張してとても辛い……私の唯一の友とだけは、普通に接してても別に何の気疲れもしなかったのになぁ。

 

 はぁぁぁ……何も難しいことなんて考えずに、ひったすら痛気持ちいい(ハードトレーニング)してたいよ……。

 

「こんにちは、オヤツ休憩中にすまないね。それ、唐辛子かい?」

 

 ギョッ、と不意に投げかけられた言葉に思わず身体が一瞬跳ねる。はっと思考の海から意識を現実へ戻してみれば、そこに居たのはとても私好みの壮年のお爺様(ナイスミドル)であった。

 

「俺も昔は辛いものが好きだったけれど、こうも老体になると中々ね」

 

「……はぁ。あの、失礼ですがあなたは」

 

「おっと失礼。初めまして俺は大森稔(おおもりみのり)――トレーナーだよ」

 

 

 ■■■

 

 

 大森さんが声をかけてくれた要件は他のトレーナーさんと違わずスカウトの話だった。どうにも彼のチームのサブトレーナーさんが私のレースの動画を撮ってたらしく、それを見て大いに私を気に入ってくれたのだとか。

 

 俺のチームはこういう感じ、俺ならこういう風に君を育てる――と具体的なビジョンを恙なくPRしてくれたその内容はさすが年齢相応のベテラントレーナー、間違いなく凄腕なんだろうなとわずかな会話するだけで感じ入ってしまう程だ。

 

 しかし、やはりこの人も――()()。おじいちゃんよりちょっと若いけど皺の入ったいぶし銀と言った風体は間違いなく好みなんだけど、チーム方針の話からしてもやっぱり優しそうな人で、求めているトレーナーさんじゃないなーって……。

 

「ありがたい話ですが……ごめんなさい」

 

「そうか――いや、急な話で悪かったね。担当ができないのは残念だけれど、一介のトレーナーとして君のこれからの活躍を祈ってるよ」

 

「ありがとうございます――」

 

 深々と私は頭を下げる。自分の誘いを振った生意気なウマ娘相手にこんなにも優しい言葉を投げかけてくれる――これだけで大森さんが人としてどれだけ素晴らしい器を持ったお人なのかがにわかでもわかるというものだ。本当にごめんなさい!

 

「……最後に一つだけ。君はもしかして――()()()()()()なのかい?」

 

「っ――! はい! おじいちゃんを、ご存知なんですか?」

 

「そうか……懐かしいな、竜堂さんの孫がこんなに大きく……俺も歳を取ったわけだ」

 

 大森さんの口から出た意外な言葉に思わず食いついてしまう私。大森さん、おじいちゃんのことを知ってる人なのか! そうか、年齢的に昔のトレセン学園で一緒に仕事しててもおかしくないんだ!

 

「昔、竜堂さんの孫に白毛のウマ娘が生まれたという噂を耳にしたことがあってね。白毛のウマ娘はとても珍しいから、まさかとは思ったが」

 

「大森さんは、おじいちゃんとはどういうご関係だったんですか?」

 

「親しい間柄ではないよ。大昔のトレセン学園で一緒に働いていたというくらいさ。竜堂さんは……あまり孫の君の手前で言う事ではないかも知れないが、気難しくて、他人と壁を作るような人だったからね……」

 

 ああ、なんか凄いわかる。おじいちゃん私にはとっても優しかったけど、あんまりお父さんとかお母さんとさえもベタベタ親しくする人じゃなかったからなぁ。

 

「それにあの目つきがね……怖くてね……やくざ者さえ彼の前では背筋を伸ばすだろうともっぱらに言われていたよ」

 

 わかるー! でもあの目つきが本当に私は大大大好きでぇ……! もうトレーニング中にあの鋭い目つきで見つめられてたときはそれだけでゾクゾク興奮できたもん……!

 

「だから彼の詳しい話はできないんだ。ごめんね」

 

「いえ……おじいちゃんのことを知っていてくれる人がトレセン学園に居た。それだけで私は――嬉しいです」

 

「――君は竜堂さんのことが本当に好きなんだね。安心したよ、彼が学園を去っていく背中は、とても寂しく見えたから……君が生まれて、きっと竜堂さんは幸せだったんだろうね」

 

 ――う、ううぅ。マジで泣きそう。本当かなぁ、おじいちゃん私が生まれて、私と過ごせて幸せを感じてくれてたかなぁ……! 私はいつもいつも気持ちいいことも嬉しいことも楽しいことも貰うばっかりで、結局最後は色々あって今は離れ離れになっちゃって……会いたいよぅ……おじいちゃん……。

 

「しかしそういうことなら――老婆心に一つだけ、よかったら推薦させて貰えないかい」

 

「推薦……?」

 

「君と話して感じたことだが、君はおそらく――ストイックにトレーニングをさせて貰えるトレーナーを望んでいるんだろう?」

 

「……はい、その通りです」

 

「だったら()()だったら、うってつけかも知れないな」

 

「彼女――女性トレーナーさん、ですか?」

 

「ああ。前に所属していたチームから独立したばかりでまだ目立った活躍はないけれど、彼女はいずれ立派なトレーナーになると俺は思ってるんだ。ただ、少し()()()()()があるものだから、あまり彼女に担当をされたがるウマ娘が少なくて――」

 

 特殊な主義? それ故にウマ娘から避けられるほどの主義って何……?

 

「彼女は――自分の担当を決して()()()()()()ことを徹底している。そしてその独自の主義から付いたあだ名は――『()()()()()()()()()()()沙藤哲夜(さとうてつや)』。もしよかったら――彼女と話をしてみないかい?」

 

 ギャンブル・トレーナー沙藤哲夜――その名前を聞いた時、私は不思議と胸の奥が熱くなって――。

 

 ゾクゾクした。

*1
まだトレーナーと契約していないウマ娘たちの指導をまとめて行う自分の専属を持たないトレーナー。立場的には教師に近い。

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