己を徹底的に痛めつけるのが大好きな超絶ドMウマ娘は周りから世界一の努力家と勘違いされている 作:座敷猫いおり
当たり前だがウマ娘達が身体一つで鎬を削る競バはスポーツであって
しかしその絶大な人気故に
その思想の根底には“応援バ券”という存在が関与している。
競バはレースの見学だけならレース場事に定められた入場料を払えば自由にできる。しかしレース後のウイニングライブは別個にライブチケットを購入しなければ見ることは叶わない。ライブチケットも値段的にはとアイドルグループのコンサートやロックバンドのライブなどに比べれば破格の安さではあるが、問題はライブチケットの購入と同時に行われる
一着を取ると思うウマ娘、もしくは単に好きなウマ娘――投票する理由は人の数だけあるだろうが、とにかくレースに参加する最大三名までのウマ娘を選んでからライブチケットは受け取れる。
そしてその選んだウマ娘が見事レースで三位内に入着した暁には“マニー”と呼ばれるポイントの配当を貰えるのだが、マニーはURA主催の競バに
だからこそ競バのライブケットはその通称を車券*1や舟券*2のように“応援バ券”と呼ばれている。
しかし健全化に目を光らせていてもどうしたところで反社ややくざ者といった悪用する
その1があるなら当然その2はあって、もう一つは競バは世界中で行われる
レースで活躍したスターウマ娘はどこの企業も広告塔として欲しがるので引退後の就職先など基本的には選びたい放題だし、本人のその後の努力も必要だが将来が約束されていると言ってしまっても決して過言ではない。勿論レースに青春を捧げるウマ娘の皆が皆将来の為に走っているわけではないが。
しかしそんなスターになれるウマ娘は一握りである。レースに心血と情熱と青春すべてを注ぎ込んでも1勝もできないウマ娘がいる、栄光の裏にはその何十倍何百倍と多くの輝けなかったウマ娘がいる。
努力は必要だがレースに勝つにはさらにそこから
かつて、沙藤哲夜がトレーナーになることを志すに至った
『――世界は残酷だ。みんな生まれた瞬間から、配られるカードが決まっていて、選べない。そのカードがどんなに弱くても、少なくても、汚れていても、それで戦うしかない。それがルールだって現実は、あたしたちに突きつけてくる。でも――配られたカードを受け入れて、遠くの眩しい景色を『別世界』だと諦めて、立ち止まるか! 運命に抗って、勝ち筋を探して、『別世界』なんてないって叫んで、必死に前に進んで戦うか! どちらを選ぶのか、決めるのは――あたしたち自身なんだ! あたしは選ぶ! 戦うことを! 不可能なんて、『別世界』なんてないと! 誰だって戦えるんだと! 戦い続けられるんだと! 運命をぶっ壊す、反逆の“エース”として! このあたしの走りで! 証明し続ける! そして――今戦おうとしている誰かを! 運命に抗いたい全ての物を! あたしが全部、応援する! 一緒に、この時を戦おう! あたしもここで、みんなと――戦い続けるから!!!』
勝負の世界は公平ではあっても平等ではない。人にもウマ娘にも生まれ持った格差というものは絶対に存在する。“スペードの
それでも走りたいと、勝ちたいと願って頼りないカードを握り締め運命をぶち壊しに勝負の世界に足を踏み入れるのなら――その偉大な一歩は間違いなく深い谷と谷の間を飛び越すような、無事に向こう側へ辿りつけるかわからないような
ならば沙藤哲夜はそこから目を背けない、そして逃げない。
競バはギャンブルであることを肯定する。強いウマ娘も弱いウマ娘も速いウマ娘も遅いウマ娘も肯定する。
一着になれないのなら二着に。二着になれないのなら三着に入ることを目指させる。応援バ券の中に入り続ける限りそのウマ娘のファンは増えるし喜ぶし人気にもなれる。
そして――
ウマ娘とファン双方を
その矜持を貫く為に――愛しいウマ娘を
■■■
ああ、またこの夢か。
「――俺は、トレーナーを辞めるよ」
「……そうか」
何度夢の中で繰り返したかもわからないこのやり取りには正直いい加減に辟易するが、しかし結局こうやって今でも夢に見るのはそれほど未練があった証左であろう。
「俺はもう、ウマ娘を
その同僚はとても心優しく細かいことにも気が効いて、男女問わず人気があるものだから人の輪ができればいつもその中心にいるような男性だった。トレーナー学校でもその知識と技術は高く評価されていてあいつはいずれ名トレーナーになるべくしてなる男だろうともっぱらの評判で――それが恋心だったのかは定かではないけれど、哲夜もまた彼のことを好いていた。
しかしその男は数年でトレセン学園を辞める。
担当ウマ娘を勝たせられなかったから辞めたわけではない。むしろしっかりデビュー戦で勝ち上がらせるとこもできたしあわよくば重賞だって手の届く位置まで駆け上がっていて、新人トレーナーとしては理想的とも言える好スタートだ。仲も良好で担当ウマ娘は心底トレーナーを信頼していたしトレーナーはパートナーとして彼女を可愛がり愛していた。
しかし、彼の担当ウマ娘はある日を堺にレースに出る度に次々順位を落としていく。
『トレーナーさん……ごめんなさい。私、もっと、もっと頑張りますから……!』
敗走を重ねる度に悔し涙を流し謝る彼女の姿が彼の心をハンマーで叩きつけたような痛みが襲っていた。怪我でやる気を失っただとか、走りに情熱を失っただとかそんな理由ならまだ納得できたし相応の処置を取れる。しかしそのウマ娘は必死にやっていた。トレーニングだってダンスの練習だって必死に頑張っていた。レースに青春を賭けていた。
彼女の才能はここまでだったのか――? いや、才能だなんて言い訳だ。彼女を腐らせているのは紛れもないトレーナーである自分自身。トレーナーである自分の腕が悪いから彼女は苦しんでいるんだ。彼女は悪くない。
しかし敗走を重ねる理由が他のウマ娘に比べて能力不足なのは明らかだった。ならば彼女を勝たせる為にはトレーニングを見直し、増やして更に過酷に追い込むくらいしか手がない。
だけど――敗走のショックで精神は参っているしそもそも普通なら十分なトレーニングをやらせていてもう彼女はボロボロだ。それを更に
ハードトレーニングだのなんだの言うのは簡単だ。しかしそれを実際にやらせられるかは別問題である。どれだけ走るのが好きなウマ娘でもレースに勝ちたいウマ娘でも過酷なトレーニングは当たり前に
担当は愛バである。その文字通り
その後、どうなったかは語るまいがトレーナーを辞めると決心に至った彼の心情を思えば想像に容易いだろう。
彼のそれは優しさではなく
彼にはその覚悟がなかった。割り切れる勇気もなかった。ウマ娘に対して
「俺も少しは――君の矜持を見習うべきだったな。もう、遅いが……さようなら哲夜。俺みたいな半端者に祈られても迷惑かも知れないけど――君のトレーナーとしての成功を祈ってる。君ならきっと上に行ける」
「ああ――さようなら、■■」
去っていく男性を尻目に、哲夜は再び酒を煽る。
今度は味がした。ほろ苦い不味い酒だった。
ぱちり、と哲夜が目を覚ますと視界の先には見慣れたトレーナー尞の天井。
「……大丈夫さ。私がウマ娘を可愛いなんて思う日が来るのは――きっと引退する時だから」
そんな日はあと数十年は来ないよ――そう呟いて、哲夜はベッドから起き上がりパチパチと自らの頬を軽く叩く。今日も
■■■
沙藤哲夜は最近までとあるベテラントレーナーのチームでサブトレーナーをしていたが『君はそろそろ独立して新しい環境でやってみた方が伸びるだろう。担当を望んでくれるウマ娘ができるのはギャンブルかも知れないが……』と太鼓判を押され、晴れてフリーのトレーナーとして旗揚げをした女性若手トレーナーである。
競バはギャンブル、ウマ娘はビジネスパートナーと断言して憚らない中々――かなり癖の強い彼女ではあるがその手腕は他のトレーナーからも評価されており、複数のベテラントレーナーからこの子の担当をやってみないか? と誘われる程だ。
とは言えトレーナー陣から評価されていてもウマ娘からの評価が比例するかどうかは別問題で、癖の強い彼女の主義に賛同してくれるウマ娘は悲しいかな多くはなく……現在彼女が担当しているのは本格化の兆しもまだまだ見られないとある一名だけである。
そんな唯一の担当ウマ娘は――トレーナー室に入るや否や、書類や教本などが乱雑に置きっぱなしで散らかっているテーブルの上を片手で豪快に端へと寄せてスペースを確保した後、大皿に盛り付けられた料理を置いて哲夜にテンション高めの挨拶をした。
「
彼女の名前は『タップダンスシチー』。金と名声とロマンを全部掴んで踊って笑って暮らすという豪快な夢を持ったウマ娘である。
「おはようタップ。朝食を持って来てくれるのは正直、ありがたいし嬉しいんだけど、私達は
「HAHAHAHA! 利害の一致で結ばれたパートナーだからこそ、ビジネス以外でアンタには私のやりたいことを止める権利はないってのも何度も言っているはずさ! それにアタシはこの作りすぎちまったピーナッツバター&ジェリーが粗末にならないように出来る、テツはご機嫌な朝食を取れる、それはまさに――」
ギブアンドテイクって奴さ! と太陽のような笑顔でタップダンスシチーがそう伝えれば、瞬時に身体の内から湧き上がる何かに耐えるように哲夜は右手で口元を、左手で心臓を押さえつける。
(かっ、かわ……
危うく担当を可愛いと思って引退する所であった、不覚不覚と強靭な鋼の意志でその感情を抑え込み、できるだけ
(大森
大森先生のような実績も貫禄もあるベテラントレーナーが自分を紹介してくれた上にわざわざそのことに一報いれてくれるとはなんともありがたい話である。早速返礼のメールを書きながら、哲夜は件のウマ娘について思いを馳せる。
例の話題になっている白毛のウマ娘、といえばホワイトグリントとハッピーミークのことだろう。というか現在トレセン学園にいるウマ娘の中で白毛はその二人しかいない。
特にホワイトグリントは先週に行われたチームジョーンズのエース格ウマ娘であるライジングフリートを4000mのマッチレースで叩き潰しただの、そのあと自分の手を噛ませて流血騒ぎになっただのちょっと何を言っているのかにわかには信じられないようなことを入学早々行っておりトレーナー達の中でも色んな意味で注目されている新入生だ。
哲夜も話には聞いていて興味はあったのだけれど今は独立しフリーのトレーナーとして旗揚げしてから間もない時期であるし、担当はタップダンスシチーがいるのでスカウトは控えていたのだが――彼女が私の元にやってくる? いや、もしかして
(どちらにしても競争率が高すぎて私のような若手には縁がないと思っていたが)
白毛のウマ娘というだけで雑誌モデルなどに起用されることがある程に白毛とは希少な毛色である。それも入学のハードルがすこぶる高いトレセン学園に入って来られるような素質を持ったウマ娘となれば喉から手が出るくらい担当したいトレーナーで引く手数多だろう。
そんな状況にも関わらず、未だ担当がついてない上に自分の元へやってくるかも知れないとは。
(チャンスだな――いやいや、しかし本当に競バの世界はギャンブルだ。こんな風に一寸先に何が待っているのかわからないんだから)
と、改めてしみじみと己の矜持を思い出すかのように耽っていると――唐突にコンコンとトレーナー室の扉をノックする音がした。
「おっと、
「いや、私が出る。タップは座ってて」
「――あなたが、沙藤哲夜トレーナーですか? 私は、ホワイトグリントと申します」
そこにいたのは、無表情であるが故に一種の芸術性を感じる麗しい人形ような雰囲気を醸し出し。
ぺこり、と名乗りながら優雅さというオーラを感じるお辞儀をする。
初雪が覆い尽くした一面真っ白のゲレンデの如く、白く、どこまで白く美しい毛並みを携えた――。
(――かっ、かわわわわわわわわ!!!!!)
とても
■■■
不安に高鳴る心臓の音をバックミュージックにガチャリと開かれた扉から現れたのは、若い女性のお姉さんで――。
身長は160cmくらいだろうか。レディース用にメンズライクされたのであろうかっこいいビジネススーツに身を包み、
「――あなたが、沙藤哲夜トレーナーですか? 私は、ホワイトグリントと申します」
そう言って私はお辞儀する。何故か、私を見てぽかんと呆けているような様子の彼女だったけれど、少しタレ目でチャーミングなその瞳がキリッとした
「君がホワイトグリントか。大森先生から話は聞いている――よく来てくれた、私が沙藤哲夜だ。
――か、かっけぇ……! まさにクールでデキる大人の女性って感じだ! 私が哲夜トレーナーに抱いた第一印象は、概ねそんな感じだった。
「すまないが今はインスタントコーヒーしか無くてね。砂糖とミルクはあるが?」
「いえ、
私は部屋の中心にぽんと置かれた椅子と机に座りながら哲夜トレーナーから渡されたコーヒーに口をつける。むっ、とても苦いけど苦さより先にくる美味しさとコーヒー特有のいい匂いが際立っていてとても美味しいし火傷しそうになるくらい熱いのもまた素晴らしい。インスタントでもこれかなりお値段張るやつなのでは……? うーむさすが中央のトレーナーさんだ。嗜好品一つとっても高級志向。このままぐいっと一気に飲み干して熱くて苦くて美味しいコーヒーで食道を焼く感覚を味わいたいのは山々だけれど初対面の前なのでぐっと我慢する。
「
天を仰ぐような仕草と共にネイティブな発音で呟いたのは壁際の椅子の上で胡座をかく、現在哲夜トレーナーの唯一の担当ウマ娘だというタップダンスシチー先輩。陽気さと自信満々をミックスしたような明るい雰囲気を醸し出していて、私と同じ
購入は検討してる、もうしばらく待ってくれたまえ――と哲夜トレーナーはそんな前置きをいれて、デザインにも優れた洒落たオフィスデスクに座り両肘を机の上に立て、両手を口元を隠すように組む。厳しい目つきも相まって威圧感が強い。ゾクゾクしてしまいそうになる心を抑えつけるのが大変だ……!
「さて早速本題に入ろうか。君がここに来たのは、将来的に自分の担当トレーナーとして私に興味がある、ということで相違ないかな?」
「――はい。大森トレーナーから哲夜トレーナーの話を聞いて、お話をさせて貰いたいと思いました」
「結構。私も君に興味があってね、有意義な時間になりそうで嬉しい限りだ。ではまず君が
なんかトレーナーとウマ娘の対談というより就職面接みたいだった。実際似たようなものなのだろうけど。
「私は……ストイックに、甘やかされることなく厳しいトレーニングをさせて貰いたいです――その上で
身体がバラバラにぶっ壊れるようなハードトレーニングがしたい! でも本当にトリプルティアラを取るまでにぶっ壊れたら困るのでその限界を見定めてくれる有能トレーナーさんがいい! その上で哲夜トレーナーみたいなSっ気を感じる人ならなお良し! なんともまあ自分で言っててあれだけれどわがままな要求である。
「なるほど――そういうことなら私は確かにうってつけだと自負できるな」
「Wow! 愛らしい姿に反してなんて刺激的なんだ! アンタはハードでスリリングな大海原の冒険をしたいってタイプかい? アタシはそういうウマ娘は大歓迎さ! なぁテツ!」
「タップ――余計なことは言わないように。では次はこちらから私が担当するウマ娘に求める要素の話をしようか。大森先生から聞いているだろうが、私は
トゥンク、とその言葉を聞いて私の心が跳ねたような気がした。
「基本的に多くのトレーナーはウマ娘を可愛い存在だと思っているし愛しい存在だと思っているし尊い存在だと思い普段から接している。それを
「利益を与える代わりに、別の形でその分の利益を貰う――ビジネス、ですね」
「その通り。私は情愛の上ではなく互いの利益で信用を結びたいと思う。これから出会う全てのウマ娘とそうできればと思う。私と担当契約をするのならば、
ある意味で、それはまだ小学校を卒業したばかりの身分である自分に投げかける言葉としては
哲夜トレーナーの言葉の一つ一つが耳に入る度に、ワクワクしてドキドキして――そしてゾクゾクしちゃうから。
「1つ、聞かせてください。トレーナーさんと違って――いえ、トレーナーという職業の中にもそれはあるかも知れませんが……ウマ娘には、
私が簡単に契約解消をできるなら、その逆は当然――。
「私が利益を貰えるように
君がもしも大企業や有名大学に行けば私の評判だって鰻登りさ、と哲夜トレーナーは厳しさを感じる目つきとは真逆のような優しい微笑みを浮かべて――。
「ウマ娘の方から契約を解除されない限り私はウマ娘を最後までビジネスパートナーとして扱う。ビジネスという言葉はどこか冷たいように聞こえるかも知れないが」
ビジネスの
「……」
この人だ。
この人しかない。
私は、
私は! 沙藤哲夜という人にトレーナーになって欲しい!
心から、そう思った。きっとこの人は本当に私を可愛がったり甘やかしたりなんかせず――Sっ気のあるその目で私を見守りながら最高のハードトレーニングで最高の
■■■
沙藤哲夜という人物は他のトレーナー陣から評価はされているがあまりウマ娘からトレーナーとしての人気がない。
普段から競バはギャンブルと言い放ちウマ娘はビジネスパートナーであると断言して更に目つきは険しく怖そうだと思われていればある意味で当然のことかも知れない。ウマ娘とトレーナーは契約を結んでも比較的パートナー解消は容易いけれど、しかしじゃあものは試しに契約を……と気軽に結べるものではないからだ。
トレーナーはウマ娘の
競バは過酷なスポーツ。どんなスポーツでもそうではあるが死者は出るし、必死にやればやるほど命が燃え尽きることもある。それは競バも例外ではない。レースを走るウマ娘の安全は隅々まで考慮されているが
だからウマ娘はレースに全身全霊で挑む為にも信頼できそうな者にトレーナーになって欲しいし、トレーナーとて信頼できそうなウマ娘の担当をしたい。当然信用だの信頼だのはお互いに触れ合ってみて、育みあってみて初めて生まれるものではあるけれど。
軽薄そうだとか、冴えなさそうだとか、ウマ娘を道具だと思ってそうだとか、目つきが怖いだとか――そういう雰囲気を持つ者達は実際の内面はどうあれ避けられる。さらに目立った実績すらないとくれば
実の所、哲夜が前のチームから独り立ちしてフリーのトレーナーとしての活動を初めてからそれなりの数のウマ娘と契約の話をしたが実現したのはタップダンスシチーだけだった。
哲夜とてまずい、と思わないでもないのだが、しかし己の信条とチーム方針を包み隠して騙し討ちのような形で契約を結ぶのは望ましくない。というかそんな形で契約してもまずまともな信頼関係なんぞ望むべくもないだろう。
競バはギャンブルでありウマ娘はビジネスパートナー。それは哲夜にとって絶対に曲げてはならない主義である。
以前、トレセン学園から去った優しい同僚からは『君はせっかく美人なのに目つきが鋭すぎる。それ、意識してあえてやってるだろう? そんなに睨むように見つめなくてもいいじゃないか』と
何故なら気を抜くとウマ娘を優しく愛おしい目で見つめてしまいそうになるからだ。
勿論哲夜はトレセン学園でトレーナーを初めてから一度もウマ娘を可愛いなどと思ったことはない――思いそうになったことはあっても思ったことは一度もない。多分。ウマ娘のことが大切な存在であるのは間違いないが情が湧いてしまっては厳しく彼女達を追い込めない。それでは彼女達の為にもならないし自分の為にもならない。そうなる可能性は僅かであっても排除せねばならないのだ。
己はファンの為にウマ娘をギャンブルに勝たせ、ひいてはそれがウマ娘を勝たせることになると信じるギャンブル・トレーナーなのだから。
そうして、そんな哲夜の前に不意に現れた白毛の少女。
ふむ、愛ら――美しい見た目に反して中々の克己的*4なウマ娘である。トレセン学園は全国各地から天才秀才の集まる実力者が
面白い、と哲夜は素直に思った。目の前の白毛のウマ娘は重賞も制したことがある相手を4000mで追い抜くことが出来るほど己を鍛え上げてこの学園にやってきた傑物の類である。その言葉が嘘やハッタリや甘い見通しで口から出たものでは決してないだろう。どこまでも己を鍛え上げることに一切の容赦も甘さもないウマ娘など滅多にいるものではないのだ。
この時点ですでに哲夜はホワイトグリントというウマ娘の担当をしたい、という確かな気持ちが心の中に渦巻いていた。この子を育ててみたい。この子がどこまで行けるのか見てみたい。トレーナーとしての本能が彼女を求めている。
しかしだからこそ哲夜は己と信条やスタンスを包み隠さず彼女に伝えた。
大森トレーナーから話を聞いてここに来たということは哲夜の主義をある程度聞いていて、それをわかった上でここに来ているのだろうけれど、ビジネスライクな関係性などここトレセン学園でははっきり言ってマイナス要素である。
トレーナー側もウマ娘側も、双方心からの無償の愛という固い絆で結ばれた関係性を求めたがるものだ。哲夜は別にそれを否定はしない。間違っているとも思わない。他人は他人、他所は他所。
だからこそビジネスパートナーという関係性を否定されてもそれはそれで仕方がない。縁がなかったということで、目の前の大いなる可能性を秘めたウマ娘を逃すのは歯がゆいどころか歯を噛みしめる勢いで悔しいだろうがすっぱり諦めるつもりである。
それがギャンブル・トレーナーという沙藤哲夜の生き様だ。
ビジネスの根源はWin-Winである、とある程度まで話したところで――ホワイトグリントは無表情を崩さず、しかしどこか哲夜の言葉に感嘆したかのようなまっすぐな瞳で目の前のトレーナーを見つめてこう言った。
「――私は桜花賞、オークス、
その言葉に
「だから――トリプルティアラを勝てるトレーニングを、私にギブしてください」
「――それを成すには、まさしく地獄のようなトレーニングを課すことになる。
「はい。その為に私は
――嘘偽りなく、その言葉は事実なのだろう。彼女は本当に
彼女は何かが違う。何かが――けれど。
「契約成立だ。ホワイトグリント――今から君も、私のビジネスパートナーだ」
「よろしくお願いします。私の
グリントもまた差し出された手を握り返し、こうして沙藤哲夜とホワイトグリントはお互いが利で結ばれたパートナーとなった。これが後に、数多の伝説をターフに刻み込んでいく二人のファーストコンタクトである。
「しかしだグリント。一つ間違ってる」
「間違い、とは?」
「実は今年からエリザベス女王杯はシニアクラスのウマ娘も出走できるように改定されることになってね。その代わりトリプルティアラ路線最後のレースは
だから別にエリザベス女王杯は取らなくていい、と哲夜が言うと――。
「え゛!?」
と無表情でクールな彼女が初めて見せたびっくり顔と共に部屋中に響いた汚い悲鳴に似た声を聞いて――。
(かっ…かわ……!)
哲夜は再び心中に湧き上がる“何か”に
「