己を徹底的に痛めつけるのが大好きな超絶ドMウマ娘は周りから世界一の努力家と勘違いされている   作:座敷猫いおり

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十一話『ホワイトグリントとギャンブル・トレーナー』

 当たり前だがウマ娘達が身体一つで鎬を削る競バはスポーツであって賭博(ギャンブル)ではない。

 

 しかしその絶大な人気故に()()()()()()()()()()()()()()()()以上、沙藤哲夜(さとうてつや)という一介の女性トレーナーはそう断言して(はば)からない――競バは“ウマ娘の未来を左右するギャンブル”であると。

 

 その思想の根底には“応援バ券”という存在が関与している。

 

 競バはレースの見学だけならレース場事に定められた入場料を払えば自由にできる。しかしレース後のウイニングライブは別個にライブチケットを購入しなければ見ることは叶わない。ライブチケットも値段的にはとアイドルグループのコンサートやロックバンドのライブなどに比べれば破格の安さではあるが、問題はライブチケットの購入と同時に行われる()()()()だ。

 

 一着を取ると思うウマ娘、もしくは単に好きなウマ娘――投票する理由は人の数だけあるだろうが、とにかくレースに参加する最大三名までのウマ娘を選んでからライブチケットは受け取れる。

 

 そしてその選んだウマ娘が見事レースで三位内に入着した暁には“マニー”と呼ばれるポイントの配当を貰えるのだが、マニーはURA主催の競バに(まつ)わる特典を得る為に使用可能。例えばぱかプチと呼ばれるぬいぐるみを貰えたりだとか、ウイニングライブの席を指定したりだとか使い道は様々だ。

 

 だからこそ競バのライブケットはその通称を車券*1や舟券*2のように“応援バ券”と呼ばれている。

 

 ()()()()()()()()というだけで概要としてはまあ競輪なり競艇なりのギャンブルに近いシステムだ。得る物が金かポイントかという違いだけに相違ない。そういうシステムを採用しながらも、しかしだからこそ競バを完全な賭博(ギャンブル)にさせない為にURAも国もこぞって健全化に励んではいる。マニーを金銭との交換を全面的に禁止したり、ライブチケットの複数買いを禁止にしたり、当たりバ券のトレードを禁止したり……。

 

 しかし健全化に目を光らせていてもどうしたところで反社ややくざ者といった悪用する(やから)は出てくるのだが、それは今は関係がないので置いておくとして――そんなこんなで実際に金は賭けておらずともやっていることがギャンブルの様相を成しているのなら競バはギャンブルである、と沙藤哲夜は考える()()()()1()である。

 

 その1があるなら当然その2はあって、もう一つは競バは世界中で行われる一大興行(エンターテイメント)であり、そこで成功したウマ娘は掛け替えのない“スター”としての知名度と実績を得るということである。

 

 レースで活躍したスターウマ娘はどこの企業も広告塔として欲しがるので引退後の就職先など基本的には選びたい放題だし、本人のその後の努力も必要だが将来が約束されていると言ってしまっても決して過言ではない。勿論レースに青春を捧げるウマ娘の皆が皆将来の為に走っているわけではないが。

 

 しかしそんなスターになれるウマ娘は一握りである。レースに心血と情熱と青春すべてを注ぎ込んでも1勝もできないウマ娘がいる、栄光の裏にはその何十倍何百倍と多くの輝けなかったウマ娘がいる。

 

 努力は必要だがレースに勝つにはさらにそこから()()が必要だ。

 

 かつて、沙藤哲夜がトレーナーになることを志すに至った()()()()()()()()()が己のファンに――否、世に向けて放った言葉がある。

 

『――世界は残酷だ。みんな生まれた瞬間から、配られるカードが決まっていて、選べない。そのカードがどんなに弱くても、少なくても、汚れていても、それで戦うしかない。それがルールだって現実は、あたしたちに突きつけてくる。でも――配られたカードを受け入れて、遠くの眩しい景色を『別世界』だと諦めて、立ち止まるか! 運命に抗って、勝ち筋を探して、『別世界』なんてないって叫んで、必死に前に進んで戦うか! どちらを選ぶのか、決めるのは――あたしたち自身なんだ! あたしは選ぶ! 戦うことを! 不可能なんて、『別世界』なんてないと! 誰だって戦えるんだと! 戦い続けられるんだと! 運命をぶっ壊す、反逆の“エース”として! このあたしの走りで! 証明し続ける! そして――今戦おうとしている誰かを! 運命に抗いたい全ての物を! あたしが全部、応援する! 一緒に、この時を戦おう! あたしもここで、みんなと――戦い続けるから!!!』

 

 勝負の世界は公平ではあっても平等ではない。人にもウマ娘にも生まれ持った格差というものは絶対に存在する。“スペードのA(エース)”や“JOKER”という切り札を与えられたウマ娘がいるのなら“クローバーの2(ブタ)”という最弱を配られたウマ娘がいる。

 

 それでも走りたいと、勝ちたいと願って頼りないカードを握り締め運命をぶち壊しに勝負の世界に足を踏み入れるのなら――その偉大な一歩は間違いなく深い谷と谷の間を飛び越すような、無事に向こう側へ辿りつけるかわからないような()()()()()だ。

 

 ならば沙藤哲夜はそこから目を背けない、そして逃げない。

 

 競バはギャンブルであることを肯定する。強いウマ娘も弱いウマ娘も速いウマ娘も遅いウマ娘も肯定する。

 

 一着になれないのなら二着に。二着になれないのなら三着に入ることを目指させる。応援バ券の中に入り続ける限りそのウマ娘のファンは増えるし喜ぶし人気にもなれる。

 

 そして――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということを証明する。

 

 ウマ娘とファン双方を()()()()()()()()()()。それが“ギャンブル・トレーナー”沙藤哲夜の矜持(スタンス)だった。

 

 その矜持を貫く為に――愛しいウマ娘を()()()()()()()()()というもう一つの矜持を己に律して。

 

 

 ■■■

 

 

 ああ、またこの夢か。

 

 人気(ひとけ)のない深夜のバーのカウンター席に自分とすでにトレセン学園を()()()はずのかつての同僚と飲んでいる光景を目にして、哲夜はそう思った。グイッと銘柄のわからない酒を煽っても味がしない。夢なのだからそんなものだろう。

 

「――俺は、トレーナーを辞めるよ」

 

「……そうか」

 

 何度夢の中で繰り返したかもわからないこのやり取りには正直いい加減に辟易するが、しかし結局こうやって今でも夢に見るのはそれほど未練があった証左であろう。

 

「俺はもう、ウマ娘を()()()()()()……」

 

 その同僚はとても心優しく細かいことにも気が効いて、男女問わず人気があるものだから人の輪ができればいつもその中心にいるような男性だった。トレーナー学校でもその知識と技術は高く評価されていてあいつはいずれ名トレーナーになるべくしてなる男だろうともっぱらの評判で――それが恋心だったのかは定かではないけれど、哲夜もまた彼のことを好いていた。

 

 しかしその男は数年でトレセン学園を辞める。

 

 担当ウマ娘を勝たせられなかったから辞めたわけではない。むしろしっかりデビュー戦で勝ち上がらせるとこもできたしあわよくば重賞だって手の届く位置まで駆け上がっていて、新人トレーナーとしては理想的とも言える好スタートだ。仲も良好で担当ウマ娘は心底トレーナーを信頼していたしトレーナーはパートナーとして彼女を可愛がり愛していた。

 

 しかし、彼の担当ウマ娘はある日を堺にレースに出る度に次々順位を落としていく。

 

『トレーナーさん……ごめんなさい。私、もっと、もっと頑張りますから……!』

 

 敗走を重ねる度に悔し涙を流し謝る彼女の姿が彼の心をハンマーで叩きつけたような痛みが襲っていた。怪我でやる気を失っただとか、走りに情熱を失っただとかそんな理由ならまだ納得できたし相応の処置を取れる。しかしそのウマ娘は必死にやっていた。トレーニングだってダンスの練習だって必死に頑張っていた。レースに青春を賭けていた。

 

 彼女の才能はここまでだったのか――? いや、才能だなんて言い訳だ。彼女を腐らせているのは紛れもないトレーナーである自分自身。トレーナーである自分の腕が悪いから彼女は苦しんでいるんだ。彼女は悪くない。

 

 しかし敗走を重ねる理由が他のウマ娘に比べて能力不足なのは明らかだった。ならば彼女を勝たせる為にはトレーニングを見直し、増やして更に過酷に追い込むくらいしか手がない。

 

 だけど――敗走のショックで精神は参っているしそもそも普通なら十分なトレーニングをやらせていてもう彼女はボロボロだ。それを更に()()()()()のか?

 

 ハードトレーニングだのなんだの言うのは簡単だ。しかしそれを実際にやらせられるかは別問題である。どれだけ走るのが好きなウマ娘でもレースに勝ちたいウマ娘でも過酷なトレーニングは当たり前に()()()

 

 担当は愛バである。その文字通り()()()()()()なのだ。そんな彼女を苦しめるようなことが――いや、しかし彼女は勝てずに今苦しんでいるんだ、だったら勝たせられるように結果厳しいトレーニングをさせることになったとしてもトレーナーとして……。

 

 その後、どうなったかは語るまいがトレーナーを辞めると決心に至った彼の心情を思えば想像に容易いだろう。

 

 彼のそれは優しさではなく甘さ(・・)である、とばっさり切り捨てるトレーナーは多数だ。無論辛く厳しいトレーニングを愛バに施すことを是とするわけではないけれど、勝利を欲するのなら、今のままでは勝てないのならば千尋の谷に愛バを突き落とすような覚悟と残酷さも時にはトレーナーには必要で、それでも尚勝てないのが競バの世界なのだ。

 

 彼にはその覚悟がなかった。割り切れる勇気もなかった。ウマ娘に対して()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「俺も少しは――君の矜持を見習うべきだったな。もう、遅いが……さようなら哲夜。俺みたいな半端者に祈られても迷惑かも知れないけど――君のトレーナーとしての成功を祈ってる。君ならきっと上に行ける」

 

「ああ――さようなら、■■」

 

 去っていく男性を尻目に、哲夜は再び酒を煽る。

 

 今度は味がした。ほろ苦い不味い酒だった。

 

 

 

 ぱちり、と哲夜が目を覚ますと視界の先には見慣れたトレーナー尞の天井。

 

「……大丈夫さ。私がウマ娘を可愛いなんて思う日が来るのは――きっと引退する時だから」

 

 そんな日はあと数十年は来ないよ――そう呟いて、哲夜はベッドから起き上がりパチパチと自らの頬を軽く叩く。今日も()()()()()()()()()であるウマ娘をビシバシ指導してトレーナー業を頑張ろう、と気合を入れるのだった。

 

 

 ■■■

 

 

 沙藤哲夜は最近までとあるベテラントレーナーのチームでサブトレーナーをしていたが『君はそろそろ独立して新しい環境でやってみた方が伸びるだろう。担当を望んでくれるウマ娘ができるのはギャンブルかも知れないが……』と太鼓判を押され、晴れてフリーのトレーナーとして旗揚げをした女性若手トレーナーである。

 

 競バはギャンブル、ウマ娘はビジネスパートナーと断言して憚らない中々――かなり癖の強い彼女ではあるがその手腕は他のトレーナーからも評価されており、複数のベテラントレーナーからこの子の担当をやってみないか? と誘われる程だ。

 

 とは言えトレーナー陣から評価されていてもウマ娘からの評価が比例するかどうかは別問題で、癖の強い彼女の主義に賛同してくれるウマ娘は悲しいかな多くはなく……現在彼女が担当しているのは本格化の兆しもまだまだ見られないとある一名だけである。

 

 そんな唯一の担当ウマ娘は――トレーナー室に入るや否や、書類や教本などが乱雑に置きっぱなしで散らかっているテーブルの上を片手で豪快に端へと寄せてスペースを確保した後、大皿に盛り付けられた料理を置いて哲夜にテンション高めの挨拶をした。

 

Good morning(おはよう)! テツ! ご機嫌な朝に必要なことは? そう、ご機嫌な朝食さ! ママ直伝のピーナッツバター&ジェリー*3がやって来たぜ! どうせいつも通り朝は食べてないんだろう? それじゃあ大海原は航海(わた)っていけないさ!」

 

 彼女の名前は『タップダンスシチー』。金と名声とロマンを全部掴んで踊って笑って暮らすという豪快な夢を持ったウマ娘である。

 

「おはようタップ。朝食を持って来てくれるのは正直、ありがたいし嬉しいんだけど、私達はGive and Take(ギブアンドテイク)の関係で結ばれたビジネスパートナーだろう? ()()()()()()()()()()()()()と何度も――」

 

「HAHAHAHA! 利害の一致で結ばれたパートナーだからこそ、ビジネス以外でアンタには私のやりたいことを止める権利はないってのも何度も言っているはずさ! それにアタシはこの作りすぎちまったピーナッツバター&ジェリーが粗末にならないように出来る、テツはご機嫌な朝食を取れる、それはまさに――」

 

 ギブアンドテイクって奴さ! と太陽のような笑顔でタップダンスシチーがそう伝えれば、瞬時に身体の内から湧き上がる何かに耐えるように哲夜は右手で口元を、左手で心臓を押さえつける。

 

(かっ、かわ……鋼の意志(いやなんでもない)……)

 

 危うく担当を可愛いと思って引退する所であった、不覚不覚と強靭な鋼の意志でその感情を抑え込み、できるだけ愛バ(タップ)を視界に入れないようピーナッツバター&ジェリーに舌鼓を打ちながら、哲夜は机に向かってPCの電源を入れる。トレーナー室に来たらまずはメールの確認が彼女の日々のルーティーンだ。すると新着の数件のメールの中に珍しい差出人の名前があった。

 

(大森先生(トレーナー)から……? ふむ、例の話題になっている白毛のウマ娘に私を紹介したからもしかしたら尋ねてくるかも知れない……か)

 

 大森先生のような実績も貫禄もあるベテラントレーナーが自分を紹介してくれた上にわざわざそのことに一報いれてくれるとはなんともありがたい話である。早速返礼のメールを書きながら、哲夜は件のウマ娘について思いを馳せる。

 

 例の話題になっている白毛のウマ娘、といえばホワイトグリントとハッピーミークのことだろう。というか現在トレセン学園にいるウマ娘の中で白毛はその二人しかいない。

 

 特にホワイトグリントは先週に行われたチームジョーンズのエース格ウマ娘であるライジングフリートを4000mのマッチレースで叩き潰しただの、そのあと自分の手を噛ませて流血騒ぎになっただのちょっと何を言っているのかにわかには信じられないようなことを入学早々行っておりトレーナー達の中でも色んな意味で注目されている新入生だ。

 

 哲夜も話には聞いていて興味はあったのだけれど今は独立しフリーのトレーナーとして旗揚げしてから間もない時期であるし、担当はタップダンスシチーがいるのでスカウトは控えていたのだが――彼女が私の元にやってくる? いや、もしかして白毛のやばい方(ホワイトグリント)ではなく白毛のやばくない方(ハッピーミーク)かも知れないが。

 

(どちらにしても競争率が高すぎて私のような若手には縁がないと思っていたが)

 

 白毛のウマ娘というだけで雑誌モデルなどに起用されることがある程に白毛とは希少な毛色である。それも入学のハードルがすこぶる高いトレセン学園に入って来られるような素質を持ったウマ娘となれば喉から手が出るくらい担当したいトレーナーで引く手数多だろう。

 

 そんな状況にも関わらず、未だ担当がついてない上に自分の元へやってくるかも知れないとは。

 

(チャンスだな――いやいや、しかし本当に競バの世界はギャンブルだ。こんな風に一寸先に何が待っているのかわからないんだから)

 

 と、改めてしみじみと己の矜持を思い出すかのように耽っていると――唐突にコンコンとトレーナー室の扉をノックする音がした。

 

「おっと、guest(客人)の登場だ。アタシが持て成そうか?」

 

「いや、私が出る。タップは座ってて」

 

 It is what it is(仕方ないね)、と大人しく言われた通りに優雅に椅子に座るタップにまた内から湧き上がる何かに耐えながら哲夜は扉に向かって歩き出す。もしや例の白毛のウマ娘が早速尋ねに来たのだろうか? 期待感に内心胸を踊らせてガチャリ、と扉を開けると――。

 

「――あなたが、沙藤哲夜トレーナーですか? 私は、ホワイトグリントと申します」

 

 そこにいたのは、無表情であるが故に一種の芸術性を感じる麗しい人形ような雰囲気を醸し出し。

 

 ぺこり、と名乗りながら優雅さというオーラを感じるお辞儀をする。

 

 初雪が覆い尽くした一面真っ白のゲレンデの如く、白く、どこまで白く美しい毛並みを携えた――。

 

(――かっ、かわわわわわわわわ!!!!!)

 

 とても引退の危機(かわいらしさ)を感じるウマ娘がそこに居た。

 

 

 ■■■

 

 

 コミュ障(わたし)にとって見ず知らずの人が居る部屋の扉を叩くというのは、それはもう42.195km(フルマラソン)を完走することなんかより遥かに高いハードルだ――いや別によく考えるとそれはただのご褒美だから困難に対する例え話としては間違ってる気もするのだが、とにかくここで行動を起こさねば物事が前進も後退もしない以上勇気を絞り出さねばならない。そうして5分くらい扉の前で直立不動のまま固まっていた私はようやく意を決してトレーナー室の扉をノックする。

 

 不安に高鳴る心臓の音をバックミュージックにガチャリと開かれた扉から現れたのは、若い女性のお姉さんで――。

 

 身長は160cmくらいだろうか。レディース用にメンズライクされたのであろうかっこいいビジネススーツに身を包み、胸がない(スラッとした)シルエットは中性的だけど髪は少し短めのセミロングで整った綺麗な顔でバリバリ仕事ができそうなキャリアウーマンといった風貌だった。

 

「――あなたが、沙藤哲夜トレーナーですか? 私は、ホワイトグリントと申します」

 

 そう言って私はお辞儀する。何故か、私を見てぽかんと呆けているような様子の彼女だったけれど、少しタレ目でチャーミングなその瞳がキリッとした厳しい目つき(サディステック)に変わると、やはりその見た目通りのハキハキとした力強い口調で声を出した。

 

「君がホワイトグリントか。大森先生から話は聞いている――よく来てくれた、私が沙藤哲夜だ。Time is money(タイムイズマネー)、レースもビジネスも時間のロスは少ない方がいい。さぁ、中に入りたまえ。商談(・・)を始めようじゃないか」

 

 ――か、かっけぇ……! まさにクールでデキる大人の女性って感じだ! 私が哲夜トレーナーに抱いた第一印象は、概ねそんな感じだった。

 

 

 

 

「すまないが今はインスタントコーヒーしか無くてね。砂糖とミルクはあるが?」

 

「いえ、ブラック(そのまま)で頂きます……」

 

 私は部屋の中心にぽんと置かれた椅子と机に座りながら哲夜トレーナーから渡されたコーヒーに口をつける。むっ、とても苦いけど苦さより先にくる美味しさとコーヒー特有のいい匂いが際立っていてとても美味しいし火傷しそうになるくらい熱いのもまた素晴らしい。インスタントでもこれかなりお値段張るやつなのでは……? うーむさすが中央のトレーナーさんだ。嗜好品一つとっても高級志向。このままぐいっと一気に飲み干して熱くて苦くて美味しいコーヒーで食道を焼く感覚を味わいたいのは山々だけれど初対面の前なのでぐっと我慢する。

 

bummer(残念だ)! ここに豆とコーヒーメーカーがあればアタシの故郷の味をごちそうしてあげられたんだが」

 

 天を仰ぐような仕草と共にネイティブな発音で呟いたのは壁際の椅子の上で胡座をかく、現在哲夜トレーナーの唯一の担当ウマ娘だというタップダンスシチー先輩。陽気さと自信満々をミックスしたような明るい雰囲気を醸し出していて、私と同じ巨乳(シンパシー)を感じるお人だった。

 

 購入は検討してる、もうしばらく待ってくれたまえ――と哲夜トレーナーはそんな前置きをいれて、デザインにも優れた洒落たオフィスデスクに座り両肘を机の上に立て、両手を口元を隠すように組む。厳しい目つきも相まって威圧感が強い。ゾクゾクしてしまいそうになる心を抑えつけるのが大変だ……!

 

「さて早速本題に入ろうか。君がここに来たのは、将来的に自分の担当トレーナーとして私に興味がある、ということで相違ないかな?」

 

「――はい。大森トレーナーから哲夜トレーナーの話を聞いて、お話をさせて貰いたいと思いました」

 

「結構。私も君に興味があってね、有意義な時間になりそうで嬉しい限りだ。ではまず君が(トレーナー)に期待する方針を聞こうか」

 

 なんかトレーナーとウマ娘の対談というより就職面接みたいだった。実際似たようなものなのだろうけど。

 

「私は……ストイックに、甘やかされることなく厳しいトレーニングをさせて貰いたいです――その上で()()()()()()()()()()()()()ラインを見定めて欲しい――」

 

 身体がバラバラにぶっ壊れるようなハードトレーニングがしたい! でも本当にトリプルティアラを取るまでにぶっ壊れたら困るのでその限界を見定めてくれる有能トレーナーさんがいい! その上で哲夜トレーナーみたいなSっ気を感じる人ならなお良し! なんともまあ自分で言っててあれだけれどわがままな要求である。

 

「なるほど――そういうことなら私は確かにうってつけだと自負できるな」

 

「Wow! 愛らしい姿に反してなんて刺激的なんだ! アンタはハードでスリリングな大海原の冒険をしたいってタイプかい? アタシはそういうウマ娘は大歓迎さ! なぁテツ!」

 

「タップ――余計なことは言わないように。では次はこちらから私が担当するウマ娘に求める要素の話をしようか。大森先生から聞いているだろうが、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そしてこれからも君達を可愛がるつもりもない」

 

 トゥンク、とその言葉を聞いて私の心が跳ねたような気がした。

 

「基本的に多くのトレーナーはウマ娘を可愛い存在だと思っているし愛しい存在だと思っているし尊い存在だと思い普段から接している。それを(よこしま)だと思うつもりもないし軟弱だと揶揄するつもりも一切ないが、私はウマ娘(きみたち)に対してそういう感情は徹底して持たないように努めている――しかしだからと言って君達を自分の名声を上げる為の道具や結果を出す為の機械として利用することを意味しないし、大切にしないわけでもない。そういう情愛がなくとも信用関係は結べる、と私は信じている――私がトレーナーとウマ娘との関係性に求めるものは“Give and Take(ギブアンドテイク)”だ。意味はわかるかな?」

 

「利益を与える代わりに、別の形でその分の利益を貰う――ビジネス、ですね」

 

「その通り。私は情愛の上ではなく互いの利益で信用を結びたいと思う。これから出会う全てのウマ娘とそうできればと思う。私と担当契約をするのならば、()()()()()()()()()として君を大切にして、育てる。私が君に利益を与えられなくなった、と思ったらその時点で契約を解消してくれても構わない。そういう関係性だ」

 

 ある意味で、それはまだ小学校を卒業したばかりの身分である自分に投げかける言葉としては()()()と言える言葉なのかも知れない。トレセン学園は教育機関である、競バという興行の側面も強いスポーツをやっているにしても決してビジネスの場ではない――と思う。しかしどうしてか私はそのビジネスパートナーという言葉に惹かれて堪らなかった。

 

 哲夜トレーナーの言葉の一つ一つが耳に入る度に、ワクワクしてドキドキして――そしてゾクゾクしちゃうから。

 

「1つ、聞かせてください。トレーナーさんと違って――いえ、トレーナーという職業の中にもそれはあるかも知れませんが……ウマ娘には、()()()というものがあります。もしも、私のピークが過ぎて――哲夜トレーナーに利益を(もたら)すことができなくなったら――その時は、どうなりますか?」

 

 私が簡単に契約解消をできるなら、その逆は当然――。

 

「私が利益を貰えるように()()()()()()()()()()()()()()。私はチームを大きくしていくつもりだからサブトレーナーとして今後の経験の為に働いて貰ってもいいし、競バの世界から離れるつもりなら就職や進学になるだろうが、就職活動でも進学活動でも私が手伝えばいくらでも利益になることは山程あるからね」

 

 君がもしも大企業や有名大学に行けば私の評判だって鰻登りさ、と哲夜トレーナーは厳しさを感じる目つきとは真逆のような優しい微笑みを浮かべて――。

 

「ウマ娘の方から契約を解除されない限り私はウマ娘を最後までビジネスパートナーとして扱う。ビジネスという言葉はどこか冷たいように聞こえるかも知れないが」

 

 ビジネスの()()Win-Win(ウィンウィン)()()()()()()()()ってことなんだ、と言葉を続けた。

 

「……」

 

 この人だ。

 

 この人しかない。

 

 私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私は! 沙藤哲夜という人にトレーナーになって欲しい!

 

 心から、そう思った。きっとこの人は本当に私を可愛がったり甘やかしたりなんかせず――Sっ気のあるその目で私を見守りながら最高のハードトレーニングで最高の苦痛(しあわせ)を与えてくれるはずだから!

 

 

 ■■■

 

 

 沙藤哲夜という人物は他のトレーナー陣から評価はされているがあまりウマ娘からトレーナーとしての人気がない。

 

 普段から競バはギャンブルと言い放ちウマ娘はビジネスパートナーであると断言して更に目つきは険しく怖そうだと思われていればある意味で当然のことかも知れない。ウマ娘とトレーナーは契約を結んでも比較的パートナー解消は容易いけれど、しかしじゃあものは試しに契約を……と気軽に結べるものではないからだ。

 

 トレーナーはウマ娘の競バ(レース)における()()()()()()()()()()である。それが基本原則。

 

 競バは過酷なスポーツ。どんなスポーツでもそうではあるが死者は出るし、必死にやればやるほど命が燃え尽きることもある。それは競バも例外ではない。レースを走るウマ娘の安全は隅々まで考慮されているが()()()()()()()()。それは決して目を背けてはならない事実。

 

 だからウマ娘はレースに全身全霊で挑む為にも信頼できそうな者にトレーナーになって欲しいし、トレーナーとて信頼できそうなウマ娘の担当をしたい。当然信用だの信頼だのはお互いに触れ合ってみて、育みあってみて初めて生まれるものではあるけれど。

 

 軽薄そうだとか、冴えなさそうだとか、ウマ娘を道具だと思ってそうだとか、目つきが怖いだとか――そういう雰囲気を持つ者達は実際の内面はどうあれ避けられる。さらに目立った実績すらないとくれば役満(フルコンボ)である。基本的に担当を選ぶ権利があるのはトレーナー側ではあってもウマ娘の方から避けられれば担当も何もない。

 

 実の所、哲夜が前のチームから独り立ちしてフリーのトレーナーとしての活動を初めてからそれなりの数のウマ娘と契約の話をしたが実現したのはタップダンスシチーだけだった。

 

 哲夜とてまずい、と思わないでもないのだが、しかし己の信条とチーム方針を包み隠して騙し討ちのような形で契約を結ぶのは望ましくない。というかそんな形で契約してもまずまともな信頼関係なんぞ望むべくもないだろう。

 

 競バはギャンブルでありウマ娘はビジネスパートナー。それは哲夜にとって絶対に曲げてはならない主義である。

 

 以前、トレセン学園から去った優しい同僚からは『君はせっかく美人なのに目つきが鋭すぎる。それ、意識してあえてやってるだろう? そんなに睨むように見つめなくてもいいじゃないか』と(たしな)められたことがあるが、しかしそれもできない。

 

 何故なら気を抜くとウマ娘を優しく愛おしい目で見つめてしまいそうになるからだ。

 

 勿論哲夜はトレセン学園でトレーナーを初めてから一度もウマ娘を可愛いなどと思ったことはない――思いそうになったことはあっても思ったことは一度もない。多分。ウマ娘のことが大切な存在であるのは間違いないが情が湧いてしまっては厳しく彼女達を追い込めない。それでは彼女達の為にもならないし自分の為にもならない。そうなる可能性は僅かであっても排除せねばならないのだ。

 

 己はファンの為にウマ娘をギャンブルに勝たせ、ひいてはそれがウマ娘を勝たせることになると信じるギャンブル・トレーナーなのだから。

 

 そうして、そんな哲夜の前に不意に現れた白毛の少女。

 

 ふむ、愛ら――美しい見た目に反して中々の克己的*4なウマ娘である。トレセン学園は全国各地から天才秀才の集まる実力者が跋扈(ばっこ)する世界。その中で勝利を掴みたい、と熱望するウマ娘ならストイックな環境に身を置きたい、と望むものは少なくはないが()()()()()までもを覚悟するウマ娘はそうはいない。

 

 面白い、と哲夜は素直に思った。目の前の白毛のウマ娘は重賞も制したことがある相手を4000mで追い抜くことが出来るほど己を鍛え上げてこの学園にやってきた傑物の類である。その言葉が嘘やハッタリや甘い見通しで口から出たものでは決してないだろう。どこまでも己を鍛え上げることに一切の容赦も甘さもないウマ娘など滅多にいるものではないのだ。

 

 この時点ですでに哲夜はホワイトグリントというウマ娘の担当をしたい、という確かな気持ちが心の中に渦巻いていた。この子を育ててみたい。この子がどこまで行けるのか見てみたい。トレーナーとしての本能が彼女を求めている。

 

 しかしだからこそ哲夜は己と信条やスタンスを包み隠さず彼女に伝えた。

 

 大森トレーナーから話を聞いてここに来たということは哲夜の主義をある程度聞いていて、それをわかった上でここに来ているのだろうけれど、ビジネスライクな関係性などここトレセン学園でははっきり言ってマイナス要素である。

 

 トレーナー側もウマ娘側も、双方心からの無償の愛という固い絆で結ばれた関係性を求めたがるものだ。哲夜は別にそれを否定はしない。間違っているとも思わない。他人は他人、他所は他所。

 

 だからこそビジネスパートナーという関係性を否定されてもそれはそれで仕方がない。縁がなかったということで、目の前の大いなる可能性を秘めたウマ娘を逃すのは歯がゆいどころか歯を噛みしめる勢いで悔しいだろうがすっぱり諦めるつもりである。

 

 それがギャンブル・トレーナーという沙藤哲夜の生き様だ。

 

 ビジネスの根源はWin-Winである、とある程度まで話したところで――ホワイトグリントは無表情を崩さず、しかしどこか哲夜の言葉に感嘆したかのようなまっすぐな瞳で目の前のトレーナーを見つめてこう言った。

 

「――私は桜花賞、オークス、()()()()()()()()……トリプルティアラ路線全ての勝利という()()を、哲夜トレーナーにテイクします」

 

 その言葉にIt’s amazing(超イケてるじゃないか)! とキラキラした目で叫んだのはタップダンスシチーだった。しかし哲夜は微動だにしない。一人の人間と一人のウマ娘は、お互いを真剣な目でまっすぐ見つめ合っていた。

 

「だから――トリプルティアラを勝てるトレーニングを、私にギブしてください」

 

「――それを成すには、まさしく地獄のようなトレーニングを課すことになる。()()()()()()()()?」

 

「はい。その為に私はトレセン学園(ここ)に来ました」

 

 ――嘘偽りなく、その言葉は事実なのだろう。彼女は本当に三冠ウマ娘(トリプルティアラ)になる為にここにやってきたのだ。あたかもそれ以外はいらない、それさえ手に入ることができれば()()()()()()()()()、それすら覚悟してきっと今この場にいるのだ。その覚悟の重さはいかなるものか――。

 

 ()()

 

 彼女は何かが違う。何かが――けれど。

 

 ()()()()()()()。ビジネスの本懐とは未だ評価の成されていない価値あるモノに正当な評価と価値を付けることにある。こんな素晴らしい逸材を逃して何がビジネスだ。何がギャンブルトレーナーだ。哲夜は彼女に前に手を差し出し、言った。

 

「契約成立だ。ホワイトグリント――今から君も、私のビジネスパートナーだ」

 

「よろしくお願いします。私のトレーナー(ビシネスパートナー)

 

 グリントもまた差し出された手を握り返し、こうして沙藤哲夜とホワイトグリントはお互いが利で結ばれたパートナーとなった。これが後に、数多の伝説をターフに刻み込んでいく二人のファーストコンタクトである。

 

「しかしだグリント。一つ間違ってる」

 

「間違い、とは?」

 

「実は今年からエリザベス女王杯はシニアクラスのウマ娘も出走できるように改定されることになってね。その代わりトリプルティアラ路線最後のレースは()()()という新しいG1になるんだよ」

 

 だから別にエリザベス女王杯は取らなくていい、と哲夜が言うと――。

 

え゛!?

 

 と無表情でクールな彼女が初めて見せたびっくり顔と共に部屋中に響いた汚い悲鳴に似た声を聞いて――。

 

(かっ…かわ……!)

 

 哲夜は再び心中に湧き上がる“何か”に鋼の意志(必死)で耐えていた。

 

 

 

Awesome(最高だ)! その力強い意思、そして覚悟! まさにロマンじゃないか! アタシは待っていたのさ! このチームで共に世界の夜明けまで踊り狂える仲間(クルー)を! ホワイトグリント――アタシの船に乗れ! 金! 名声! ロマン! 全部一緒に掴みに行こうじゃないか!」

*1
競輪やオートレースの投票券の通称。

*2
競艇の投票券の通称。

*3
アメリカの国民的ソウルフードの一つ。略称PB&J

*4
己の欲望を抑えようとし、強い気持ちで物事に向き合うこと。

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