己を徹底的に痛めつけるのが大好きな超絶ドMウマ娘は周りから世界一の努力家と勘違いされている   作:座敷猫いおり

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十二話『ホワイトグリントは未だに虐待されていたウマ娘と勘違いされている』

 はてさて話題の白毛のウマ娘ホワイトグリントと担当契約を結べたことでギャンブル・トレーナー沙藤哲夜は外面には(おくび)にも出さないけれど、しかし内心ではガッツポーズを決めたくなるような陽気なテンションで、ホクホクと契約書類を学園の上層部へ提出した翌日。哲夜は理事長秘書であり関係者のサポートを日々献身的に行っている『駿川(はやかわ)たづな』から理事長がお呼びです、といつものにこやかな笑顔で呼び出しを受けた。

 

 はて何かやらかしたか? と哲夜はここしばらくの己の行動を振り返って見たけれど、思い当たる事といえばどうしてクレーンゲームにタップダンスシチーのぱかプチがないのか、とトレセン学園のウマ娘のグッズ化のほとんどを取り仕切っている『サトノ・エンターテイメント・グループ・エージェント』、略して“SEGA”に正当なクレームを入れた所『まだデビュー前のウマ娘のぱかプチ化はちょっと……』と一悶着あったくらいのことしかない。

 

 そのくらいで問題になるわけもないしなんだろう、と首を傾げながら、新たな彼女(ビジネスパートナー)の望むままに三冠ウマ娘(トリプルティアラ)に成れるようなトレーニングメニューをひたすら考えて居たらいつの間にか夜が明けていた為に襲い来る睡魔を噛み殺して、哲夜はキリッと背筋と表情と目つきを正し学園長室へ入室する。

 

「陳謝ッ! 急に呼びつけてすまないな沙藤トレーナー!」

 

 そこに居たのはパシャっ心地よい音を立てて『激熱ッ!』と書かれた扇子を開く、理事長という肩書とは真逆のような未だ少女と呼んで差し支えない年齢にしか見えない可愛らしい美少女――秋川やよいであった。

 

「いえ、秋川理事長の召集とあらばすぐにでも駆けつけます」

 

 しかし自分より遥かに年下であるからといって年功序列を盾にして舐めた態度を取るような哲夜ではない。そもそも哲夜は若くして先代の理事長からその座を(うけたまわ)り、どこか保守的であった先代とは打って変わってウマ娘のことを第一に考えながら次々と革新的な改革を推し進める若き革命家秋川やよいを上司として心から尊敬しているのだ。その見事な手腕や実力を敬う事に年齢など何の関係があるというのか、あと可愛い。重要なことである。

 

 己の矜持からウマ娘の一切を可愛いと思うことを良しとしない哲夜だがしかしウマ娘でないなら話は別である。存分に可愛がっても問題ない秋川やよいという人物は実に心休まるありがたい存在であった――表立って可愛がるような真似はしないが。実は密かに理事長やその秘書である駿川たづなは人前であまりにも帽子を取らないことからウマ娘ではないのか? という噂が学園内で流れていて哲夜もそれは耳にしていたがその噂を一笑に付している。確かに彼女達の口から我々はウマ娘ではない、という言葉こそ聞いたことはないけれどウマ娘であることを隠す意味なんてないし、そもそも彼女達にはウマ娘特有の尻尾が見当たらないではないか。よって二人は人間(ヒトミミ)に決まっているのだ、証明終了(QED.)

 

「うむ! 助かる! 要件は昨日(さくじつ)提出された担当契約のことなのだが、ホワイトグリントと契約を結んだのは間違いないな?」

 

「はい。彼女は私のビジネスパートナーです」

 

「奉祝ッ! 君はその独自の物言いと矜持(スタンス)から誤解を受けやすいが、わたしは君が誠実にウマ娘達に向き合ってるのをわかっている! 他のトレーナーからも注目されるその手腕も疑う余地なし! 君になら大切な学園のウマ娘を安心して任せられるというものだ!」

 

「多大な評価、有り難く思います」

 

 学園のトップ――それも可愛らしい彼女からの絶賛に、哲夜は嬉しさを隠すことなくウマ娘達の前ではできるだけ見せることを控えている素直な笑顔で返した。

 

「だが――問題は君ではなくウマ娘(ホワイトグリント)の方だ」

 

「……彼女が何か?」

 

 はて、ホワイトグリントに何か問題でもあるのだろうか。確かに入学してから今日という僅かな間に様々な話題を生み続ける独特な価値観を持った少女だとは思うが、こうして態々理事長室に呼び出され忠告を受けるような問題を起こすようなウマ娘には哲夜は到底思えない。

 

「彼女の面接を担当した時、君は居なかったのだから知る由もないのは当然だが――我々は彼女に()()()()()()()()()を持っている」

 

 スッ、とやよいは『ホワイトグリントに関する報告書』と銘打たれた資料を哲夜の前に静かに差し出した。

 

「これを読んで――どうか彼女と真に向き合い、誠の相互の理解を経て――その心を救って上げて欲しい」

 

 

 ■■■

 

 

 『祖父によるホワイトグリントの()()()()、それを起因とする()()()()()()()がホワイトグリントに見受けられる――』

 

(……虐待による精神異常、か)

 

 その報告書の内容は睡魔なんぞどこぞの彼方へ消え去る程の衝撃だった。

 

 あれから報告書を読みふけって時は流れて放課後――本格的なトレーニングを始める前にまずは持ち前の運動能力(スペック)を把握する為に測定テストを行っている彼女(ホワイトグリント)の姿を見守りながら、哲夜は考える。

 

(祖父の教えが間違っていなかったと証明する為に――例え自分の身体が()()()()()()祖父の為にトリプルティアラを目指す、と)

 

 担当契約を結んだあの時、彼女から感じたトリプルティアラが取れるのならば自分はどうなっても構わないという確固たる意志を感じたが、その理由の裏付けにはとんでもない爆弾があったということだ。

 

(間違いや勘違い、ではないだろうな――()()()()()、才能があるだとか努力家だとかそういう問題じゃない)

 

 彼女がテストを行う度に更新されていく運動能力データを見て、哲夜は若干目眩がするような気分だった。

 

incredible(信じられない)――! 15-15*1の3セットで、ラップの誤差、0.1秒だって……!?」

 

「トレーニング、しましたから」

 

 興奮と驚愕が収まらない様子で、タップダンスシチーはストップウォッチが示す嘘偽りのない結果を用紙に記録していく。普通のチームと違い我々はビジネスパートナーなのだから自分の分野以外のことはしなくていい……と哲夜はタップに伝えたのだが、Nope.(嫌だね)グリントはアタシの船に乗るクルーなのさ! だから彼女の事を深く知るのは必要だからね! と愛ら――眩しい笑顔で押し切られてしまっては何も言えなかったのだが、まあそれは置いておいてこれはあまりにも刺激が強すぎる。

 

(まさに精密機械だな……本当に、祖父に()()()()()()()()()()()()()この子は)

 

 当然の事ながらレース中に腕時計だのストップウォッチなんて持ち込めないので、レースのタイムの確認は体内時計に頼る必要がある。レース中に走行タイムを知って走るのと知らずに走るのでは当然ペース配分などの観点から天地の差だ。だから体内時計を秒刻みで調整するのは中等部1年生のカリキュラムでも履修するくらい重要視されている分野の一つである。

 

 とある事情で去年アメリカから文字通り飛ぶように日本にやってきた現在中等部二年生のタップダンスシチーもその手のトレーニングは行っており、完璧とは言わないまでも15-15で走れ、と言われたら15秒で合わせること自体は出来る。彼女は豪快な性格とは裏腹にそういう細かいセンスに優れているウマ娘でもあるのだ。

 

 しかしコンマ秒まで()()()()となると途端にその難易度は天井知らずに跳ね上がる。数セット繰り返して体力の消耗が重なれば更に誤差は大きくなるだろう。心拍数が上がり脳に酸素の供給が減って思考がぼやければ普段出来ることだって中々出来るものではない。

 

 しかしホワイトグリントは()()()()()()。基本的に誤差はほぼ0秒(無し)。3セット目でようやく0.1秒ほど違って来るような病的なまでに正確な体内時計を備えていた。実は彼女はロボットで世界時計から時刻情報を受信している、と説明されたら哲夜とタップはやはりか、と納得してしまうだろう。

 

 次にやった平衡(バランス)感覚の測定は更に輪をかけて凄まじい。「バランス感覚には自信があります。バランスボールの上でも立てます」と物静かでクールな彼女が珍しく熱く語るので、どんな物かと備品のバランスボールを引っ張り出して来た所、彼女はその言葉通りきっちりと立って見せた。()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――ピンッと垂直に両足を伸ばして、ピクリとも微妙だにせずに、である。

 

平衡感覚(これだけ)は沢山トレーニングして――唯一、祖父に褒めて貰えた、自慢です」

 

「Oh My God……」

 

 思わずタップが神へ問いかけてしまったのもさもありなん。というかこれだけびっくりするくらいの身体能力を叩き出しているのに、唯一褒めて貰えたことがそれだけなのか? どんだけ自分の孫に対して厳しかったんだ君のお爺さん――となんだか目の前の少女がとても可哀想になって哲夜は少しだけ涙ぐんでしまうそうだ。

 

 そんな風に驚愕と衝撃が混じり合って全ての測定が終了し――彼女の数値的な能力が示すことは一つである。

 

 ホワイトグリントは()()であり、()()であるとしか言えないウマ娘であった。

 

 その全てが高水準。あまりにも完成された身体能力――本格化の兆しはまだまだ遠いであろう未成熟の身体で、ここまで己を鍛え上げた彼女の半生を想像するだけで筆舌に尽くしがたい物がある。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ウマ娘は走る為に生まれてきた、と誰かが言った。例外的に走るのが嫌いなウマ娘も当然いるだろうが、ウマ娘はその大勢が走ることが大好きだ。しかしだからと言って身体を鍛えることも好きだ、と言うと答えはノーである。

 

 早く走る為には身体の隅々も鍛えなければならない。下半身だけ強化すればいいというわけでもなく上半身のウェイトトレーニングだって必須だし、筋肉を増やせばそれでいいというわけではないので時には摂生して体重管理も必要だろう。

 

 三冠ウマ娘になりたい、G1ウマ娘になりたい――その為に沢山走り込んできた、というウマ娘は大勢いる。しかしそんなウマ娘でさえトゥインクルシリーズを走る鍛え上げられたウマ娘達が立ちはだかる険しい壁を知って初めて()()()()を得る。ただ走るだけでは届かない、走ること以外でも身体を鍛えるという苦行に耐えられる()()()()()を得られる。

 

 本格化が近づけばどんどん縮まるタイムや、理想通りに理想通りに身体の動きが付いてくる喜びという目に見える結果があるからこそ()()()()

 

 あるいは――小学生(ジュニア)レースなどで勝つ喜びや周りから称賛される喜びを知るのであれば、もっと速くなりたい、もっと強くなりたいと鍛える事に対する貪欲さが生まれる物なのかも知れない。

 

 だがホワイトグリントは――()()()()()()()()()()()()。資料によれば、記録が残るような公式レースに出たことは一度もないと断言されていた。大勢の観客から称賛と拍手の雨が振り注ぐ喜びも知らないまま地道に、ひっそりと陽に当たることもなく――祖父に与えられたおそらく地獄のようなトレーニングを黙々とこなし続けてこの異能とも言える能力を得たウマ娘なのである。

 

「トレーナーさん、どうでしたか? 私は、トレーナーさんから見て――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼女は何もその表情に映さない。これだけの異常な身体能力を見せて、唯一少しだけ誇ったことは祖父から褒められたというバランス感覚だけである。おそらくは、本当に他人の称賛だとか、栄光だとか、そんなものは()()()()()()()()()()

 

 彼女にとって大切なのは、祖父の栄誉を守るため、取り戻す為に必要なトリプルティアラを取れるか取れないかだけなのだ。

 

 その為だけに――どんな地獄の日々を送ろうが、一切合切構わない、と。

 

「君は現段階だったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと断言しよう。しかしトゥインクルシリーズで重要なのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。だから今の段階で君がトリプルティアラを取れる、とは約束できない。レースに絶対はないからね」

 

「――はい」

 

「しかし、これだけは約束する――君が望む限り、このトレセン学園の()()()()()()()()()()()()()()()()()を、私は君に与えるよ」

 

 君が壊れないギリギリを見定めてね。そう哲夜が呟くと、一瞬だけ()()()とホワイトグリントは身体を小さく震わせて――。

 

「それこそが、私の望みです」

 

 かすかな笑顔を浮かべて、言葉を返した。

 

(……ああ。この子は、私達トレーナーにとって間違いなく運命のウマ娘(ファム・ファタール)だな)

 

 運命のウマ娘(ファム・ファタール)という言葉がある。それは赤い糸で結ばれたような運命的に出会うウマ娘を指す言葉であり――同時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()のことである。

 

 その魅力に全てを奪われ、狂わされ、時には国家や文明さえも崩壊させてしまう傾国の美女。彼女は間違いなくそういった類の、あるいは()()とさえ形容してしまっても間違いではないような存在。

 

 哲夜には、彼女の祖父が虐待と断言され断罪される程の、健気な少女のその精神性に異常を(きた)すようなスパルタトレーニングを彼女に与えてしまったとて――()()()()()()()()()()()()()()

 

 どんなトレーニングをさせても、それを全てこなし、吸収して――成長し、能力として結果に出せる。

 

 目の前にいるウマ娘は――数十年、あるいは数百年に一人か二人産まれてくるような奇跡。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだから。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(――この子のトレーナーになったのが、私でよかった)

 

 ウマ娘に情がない自分ならば――限界までトレーニングをさせることが出来ても、決してラインを超えることがないのだから。ウマ娘にビジネスパートナーとしての関係性を望むギャンブル・トレーナー沙藤哲夜であるからこそ、目の前の運命のウマ娘(ファム・ファタール)に狂うことはない。

 

 理事長に頼まれた彼女の心を()()()()は、正直哲夜にはわからなかった。

 

 しかし――トレセン学園はウマ娘のアスリートとしての育成機関であると同時に、ウマ娘の健全な成長を育む()()()()である。

 

 だからこそ――やれることはやらねばならない。

 

 トレーナーは教鞭を取る学徒の教師では決して無いが――しかし人生の師として、うら若い彼女達ウマ娘を導く義務があるのだから。

 

 

 ■■■

 

 

「ルドルフは、沙藤哲夜と言うトレーナーを知っているか?」

 

 まだ登校時間にもならないような朝早くから生徒会室に颯爽と現れたオグリキャップは一目散にそう切り出して、シンボリルドルフは「勿論だ。彼女は色々と有名だからね」と返しいつもの様に風来坊を持て成す為に紅茶を入れようと用意を始める。

 

「通称ギャンブル・トレーナー……先日、君の昼想夜夢のウマ娘ホワイトグリントの担当になったトレーナーでもあるな」

 

「そうなんだが……彼女は()()()なトレーナーなのか? その、グリントからはとてもクールで頼れる人だ、とは聞いた……だがギャンブルだとかビジネスだとか、なんだかトレセン学園には似つかわしくないような不穏な単語が聞こえて来て……グリントは怪しいセミナーみたいなのに入ったんじゃないよな……?」

 

 普段は威風堂々と何事にも動じないオグリキャップの珍しくソワソワと耳と尻尾までもを振るわせるその姿が何だかおかしくて、ルドルフは思わずクスッと小さく笑ってしまう。

 

「学園でそんな悪徳を働くトレーナーが居たら理事長や理事会と結託してとっくに追い出しているさ。とはいえ、少し前の私も彼女のそんな噂を聞いて不安になったのは同じ気持ちだった。だから当時彼女がサブトレーナーとして所属していたチームの代表者に彼女の人柄を聞いたり、一対一で腹を割って直接対話もしたな」

 

「そうなのか……それで、ルドルフから見て彼女はどう映ったんだ?」

 

「謹厳実直、彼女は誰よりもウマ娘に対して真摯。()()()()()“ビジネス”という言葉を用いてウマ娘との一定の距離を保とうとしてるのだろう。時には私や君のようにウマ娘から疑心を持たれ不利益を招こうともだ。彼女は若くして心に一本の真っ直ぐな矜持があって、それにきっと殉ずることができる有望なトレーナーだよ」

 

「……ルドルフがそこまで言うのなら、真面目な良いトレーナーなんだろう……いや、でもどうしてトレーナーなのにウマ娘と距離を取ろうとする? 別に、仲良くしたって何も問題ないというか仲を深めるのが普通じゃないか?」

 

 中央で行われるトゥインクルシリーズのレースは過酷極まる勝負の世界だ。類まれなる身体能力と勝負根性を持つオグリキャップであっても、間違いなく“独り”では走りきれなかったと断言できる。北原譲や六平銀次郎(むさかぎんじろう)という全幅の信頼を寄せられるトレーナーが居たから、ベルノライトのような一般常識などに疎い自分を必死にサポートしてくれた者達が居たから、最後までトゥインクルシリーズでライバル達と鎬を削り高め合うことができた。

 

 簡略に一言でいえば――“絆”が、オグリキャップに実力以上の力をくれた。

 

 それなのに担当と距離を置いてしまってはそういう絆は生まれないのだろうか? 勿論、どのトレーナーとウマ娘が皆々仲良しではないし、ある程度サバサバした関係性の方がやりやすいし強くなれる、という者達だっているだろうけれど。

 

「情が深ければ深いほど、思いが強ければ強いほど盲目的に見えなくなってしまうこともあれば出来なくなってしまうこともある――例えば」

 

 ルドルフは握り込んだ拳を人指し指と親指だけピンっと立てて、ピストルのような形を作ってオグリキャップに向けた。

 

「今の君のようにな。彼女のことが可愛い気持ちはわかるが――大分、()()()()()()()()オグリ? 聞けば先に行われたマッチレース、強引にグリントを自分のチームに引き入れようとしたから起こったそうじゃないか」

 

「うっ……いや、あれは事前にチームの皆に許可を取っていて……その、勿論フリートのことをちゃんと見てやれてなかった私が悪かったんだが……でも二人共乗り気で……なんでああなってしまったのか、私も予想外すぎて……」

 

 オグリキャップはしどろもどろになりながら狼狽えて、目線を反らす。こんな彼女を見るのは生徒会室に備えてあった来客用のお菓子を思わず全て食べてしまって謝る機会(タイミング)を見計らっていた時以来だった。

 

「それで最終的に流血騒動になってしまっては世話がない」

 

「……」

 

 まあ流血騒動については、ホワイトグリントの不器用な優しさ故のことだったのも聞いているが――と付け加えたけれど、オグリキャップはもう泣きたくなりそうな表情でプルプルと震えていたので、ふぅっとルドルフは一息ついて、出来上がった二人分の紅茶を持ってテーブルへ戻った。

 

「すまない、君を虐めたいわけじゃないんだ。気持ちはわかると言っただろう? 君にとってホワイトグリントは()()()()()()()()()()()()()――ウマ娘の間ではそういうオカルトめいた話が多いし、私にも経験がある」

 

「ルドルフにも……?」

 

「私のレースやライブをキラキラした目で熱心に見てくれた子達が居てね。不思議と彼女達が私を応援する姿だけはレースに集中してる時でさえ流れる景色の中でもクリアに映って、その声援は私に力をくれた……名前はツルマルツヨシにトウカイテイオー……私はトレセン学園の生徒会長として、ウマ娘の幸せを願う者として全てのウマ娘を平等に、そして誠実に接しようと努めている――しかし今は私と古琴之友である君しか居ないから、包み隠さず言おう」

 

 一口だけ紅茶を含み香りと味を味わい、静かにコーヒーカップを置いてルドルフは力強く、しかしちょっとだけ照れながら断言した。

 

馬鹿正直(ぶっちゃけ)、ツヨシとテイオーが滅茶苦茶(めっちゃ)可愛くてしかたない。病弱なツヨシが今年トレセンに頑張って入学できたとの報を聞いた時は生徒会室(ここ)で思わず号泣してしまったし、テイオーが『ボクも来年絶対にトレセン学園に入るからねー! 生徒会室にはボクのティーカップを用意しといてね!』と言った当日に急いでカップを買っていた。しかも急ぎすぎて間違ってコーヒーカップを選んでいたものだから後日また買い直した。あの二人の事になると、何故か愛しい我が子を前にした父親のような感覚になってしまう……ウマ娘(おんな)なのにな」

 

 ぶふぉっ、とオグリキャップは思わず吹き出した。常に冷静沈着で公明正大な皇帝シンボリルドルフから放たれたその言葉の数々があまりにも衝撃的だったからだ。ぶっちゃけだのめっちゃだの砕けた口調や、あからさまに特定のウマ娘を依怙贔屓しているのも友人となってもう長いオグリでさえ初めて彼女の口から聞いた言葉である。

 

「入れ込みすぎだなんて、よくも人のことを言えたな……?」

 

「ホワイトグリントが受かったと、ウェディングケーキのような巨大なケーキをここで食べながら2時間ほど私に自慢して帰った君ほどではないと思うが……まあ何が良いたいかといえば、“愛は人を盲目にする”ということだ。そうならない為にも、沙藤トレーナーは一歩引いた立場でウマ娘達を導こうとしているのだろう」

 

「むぅ……そういうものか……」

 

「ウマ娘が千違万別であるように十人十色のトレーナーがいるさ。一度、君も沙藤トレーナーと話してみればいい」

 

「ああ、それは勿論、そうするつもりなんだが……まだ通信販売(Umazon)で注文した品が届いてなくて」

 

「……品?」

 

「登り鮎というお菓子なんだ。岐阜県で銘菓といえばこれ、というくらい人気があって、美味しいんだ。担当契約を解約しない限り、グリントがこれから先ずっとお世話になる人なのだから、お土産くらい持参して挨拶しないと失礼だろう?」

 

 ――私以上に先輩後輩関係通り越して()()?っと思うくらい()の気持ちになってるな、と言ってから苦笑いを浮かべ、ルドルフは再び紅茶を口に運んだ。

 

 

 第二章『ギャンブル・トレーナー』 完

 

 第三章『白雪姫ブーム』へ続く――。

*1
1ハロン(200m)を平均して15秒程度で走る軽いトレーニングの競バ用語。本格化も遠い新入生には15秒で数セットを繰り返すのは本来かなり大変。




 今作のウマ娘世界はスマートフォンなどが登場する現代ではありますが98世代を中心とした年代のエピソードが融合してとても不思議なふわふわ時空になっています。全世代のウマ娘が集結している世界なので諸々ご了承ください。
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