己を徹底的に痛めつけるのが大好きな超絶ドMウマ娘は周りから世界一の努力家と勘違いされている 作:座敷猫いおり
白毛の超絶ドMウマ娘ホワイトグリントは徹底的なハードトレーニングという気持ちよさと祖父の夢であったトリプルティアラウマ娘になることを夢見てトレセン学園にやってきた。
史実の馬世界では親子関係である運命的な何かを感じるオグリキャップに同じチームに誘われるが、そこでひょんなことから先輩ウマ娘とマッチレースをすることになり、策略を駆使して勝利するもチーム入りはトレーナーがハードトレーニングとかやらせてくれなさそうなとても優しそうな人だったので拒否。
そんな中で紹介された『ウマ娘を可愛がらない』トレーナー沙藤哲夜と出会い、この人ならば凄いハードにトレーニングをさせて貰えそう! と感じたグリントは担当契約を結び、ドMにトレーニングに励むのだった。
十三話『ホワイトグリントは注目されている』
――最近、
人伝で、ネットで、SNSで……決して少なくはない数の嘆きにも似た声が聞こえてくるようになった。ウマ娘が全身全霊を懸けてターフを駆ける競バは野球やサッカーに勝るとも劣らないと言っても過言ではない世界的人気スポーツである。
世界の競バ発展国に比べれば日本はまだまだ競争ウマ娘もそれに纏わる人々も発展途上だし歴史も浅い。けれどもオグリキャップがアイドルウマ娘として世に現れてからというもの、数多の国民はオグリキャップの走りに夢を見てその背中に恋い焦がれ競バに熱中し熱狂し声を震わせ拳を握り彼女を応援した。
1100万個――この数字が何かわかるだろうか。これは日本国内で販売されたオグリキャップのぱかプチ含む各種
単純計算、日本国民の10人に1人がオグリキャップのぬいぐるみを所有していることになる途方もない販売個数。オグリキャップがターフに居た熱い時代の片鱗がそれだけで理解できるというものだろう。
でも、ターフの上に
無論、引退したからと言ってオグリキャップが表舞台から消えるなんて事もないし、彼女の走る姿がもう二度と見れないというわけでもない。オグリキャップ自身の人気は未だに衰える事を知らずテレビ出演や取材で引っ張りだこ、引退後のウマ娘の限定イベントレースなどにも積極的に参加してくれているのだからオグリファンにとっては嬉しい限りだ。
けれど日本競バのメインはやはり
それはある意味、オグリキャップの功罪とも言える悲劇だ。彼女が日本中に焚き付けた業火のような競バ熱。それは彼女という熱源が消えた時、辺り一面にはペンペン草一つ残さず焼き尽くされた焦土が残るのみなのだ。
今の中央レースに人気があるウマ娘が居ないというわけでもない。永遠の生徒会長シンボリルドルフから久しく誕生していなかった、三冠ウマ娘ナリタブライアンなどは
しかしそんな三冠バですら、オグリキャップと比べてしまえば何かが物足りないと人々は感じてしまう。
どんな世界にも世代交代という物はある。強者と呼ばれた者が新たな強者に倒されて、また新たな強者が挑み――螺旋階段の様に歴史が積み重なっていく。その積み重ねが人を引き付ける。
けれど人々は見た、見てしまったのだ。
オグリキャップのラストラン、有マ記念を。オグリキャップはもう終わったウマ娘、そんな風潮の中で起こしたオグリキャップ最後の奇跡。神はいる、そう思った。
まだオグリキャップは終わってない。まだ最後なんかじゃない。オグリキャップ伝説の続きがあるはずだ。否、伝説の続きが見たい!
その思いを乗せて走れるウマ娘は、どれほど強い三冠バであろうと無敗馬であろうと、駄目なのだ。
オグリキャップを受け継ぐ者でなければならないのだ。
人々は待っている。
人々は待ち望んでいる。
オグリキャップ伝説が受け継がれる――夢の続きを。
■■■
夜間、人気のないトレセン学園のプール施設を月光だけが照らしていた。無数の大窓によって吹き抜けた開放的なその空間では、自然光の明るさだけで視認性は十分である。
こぽこぽこぽ……とプールの水面にきちんと継続的に気泡が浮かび上がってるのを確認しながら、ギャンブル・トレーナー
(オグリキャップブームと言われた時代に比べれば確かに著しい程に各種数字は落ち込んでいる。だが一過性のブームでブーストされた数字と比べればだ。それがなくなっても日本競バの未来に悲観を感じる程の物ではないと思うが……しかしそうやって油断をしていては、
強いて言えば斜陽化しているのではなくオグリキャップが出現する前の状態に戻りつつあるというのが正しいのだろうが、けれどそれはオグリキャップが呼び込んだ競バの新規ファン層が定着せずに離れつつあることを意味している。
全くオグリキャップは素晴らしく、そして恐ろしい存在だ。彼女が中央レースから引退して数年しか経過していないのに
(オグリキャップのようなアイドルウマ娘が現れれば、またファン達は戻って来る。彼女のような日本中から愛されるウマ娘など、誰かがあと20年は現れないとボヤいていたが――
哲夜はニヒルに唇の端をつり上げた。“芦毛の怪物”と称されたオグリキャップとはある意味“別種”の存在ではあるが――オグリキャップのように必ずや数多の人々から愛される事が出来るウマ娘が。
オグリキャップを継ぐウマ娘が、ここに居るのだ。
水面を見る。こぽ……こぽ……と水中から上がってくる気泡が明らかに少なくなっていた。
(――そろそろやばいか?)
哲夜は冷や汗を流して、雑誌をベンチの置くとすぐにプールの中に飛び込める様に備える。本当なら今すぐにでも飛び込んで
しかし小さな気泡がプールの脇に設置されている
「っぜ、はぁ! はぁー! はぁー! はぁぁぁぁ――!」
ザブンザブンと水面を揺らしながら彼女はタラップに手を掛けて、プールから頭を出し掃除機のような凄まじい呼吸を繰り返す。無理もあるまい、何せ彼女が前回の息継ぎをしてからゆうに
まだ息が荒いまま、彼女はタラップを登り水中から出てきて、哲夜の前にゆっくりと歩いてくる。
――綺麗だ。彼女の数々の奇行にも似たハードトレーニングにはもはや慣れっこの哲夜であるが、その長い白毛に水が滴り鍛え上げられた肉体のシルエットの美しさは何度見ても慣れない。その芸術的な彼女の美しさには、例え同姓であっても色を覚えるような感嘆が溢れてしまう。
……手足と腹回りに合計80キロ分の鉛が詰められたアンクルウェイトを付けて、露出も飾り気も何も無いウェットスーツでなければもっと綺麗だった気もするが。
「問題は――あるはずもないな。満足したか? グリント」
「はぁ、はぁ、はぁ……はい、トレーナー」
そりゃそうだ。何せ一時間近く80キロの重りを付けて
――しかも、ぶっちゃけてしまうとこの危険極まりないトレーニングは効率という面で見れば普通にプールを泳ぐ事に比べてそこまで効果が期待できるわけでもない。プールトレーニングの目的は本来脚に負担を与えず身体の筋肉をバランスよく鍛えカロリーを消費し心肺機能を向上させる事にある。重りを付けて沈めては負担軽減のメリットが消えてしまうし、浮力の関係で水上の10倍の抵抗があると言われる水中であっても、水上よりも筋トレの効果がある――というわけでもない。
普通にするより効果がないわけでは決してないのだろうが、しかし
されどホワイトグリントはそれをする。苦しかろうが疲れようが関係ないと言わぬばかりに己を徹底的に苛め抜く。幼少期に祖父によって狂気のようなトレーニングを課せられた彼女にとって――この程度のトレーニングを行うのは
哲夜にとっても、苦しい所だった。意味がないのならただ危険な事などやらせないのだが、しかし決して意味がないわけではないし効果自体は確かにある。となれば強く拒否できない。
徹底的なハードトレーニングをさせる事がビジネスパートナーとしての契約内容だ。危険だから駄目、と断り続けてしまっては契約違反だし担当解約を申し出されるかも知れない。ホワイトグリントというダイヤモンドのような光り輝くウマ娘を逃すなどもはや哲夜には考えられないし出来ないのだ。
「トレーナー、ありがとうございます」
「……何がだ?」
「
(――か、かわっ……いや、違う。尊い、そう尊い。あぶないあぶない、危うく担当を可愛いと思ってしまう所だった……)
ウマ娘を決して可愛がらない、そう思うようになってしまった時は引退しようとストイックな主義を持つ哲夜はホワイトグリントと契約を結んでから一年半、通算半日ぶり2180回目の引退の危機を無事乗り切ると、表情には出さず言った。
「それがビジネスパートナーの仕事だ。お互いに敬意は必要だが、感謝はいらない」
「はい、トレーナー。ではプールトレーニングには満足したので、次のハードトレーニングをお願いします」
■■■
哲夜トレーナーと担当契約した日から、1年半。夜間トレーニングを終えて自室に戻る私ホワイトグリントは――本当に幸せ者のウマ娘であると言わざるを得ない!
そうか、いやぁしかし時が経つのは早いもので、フリート先輩とのマッチレース、そして哲夜トレーナーと出会ってあれからもう1年半になるんだなぁ。もう身体も本格化を迎え始めた今現在、いよいよもうちょっとでメイクデビューができるくらいだ。
あれから色々あった――ハードトレーニングしていっぱい
でも、それ以外にもちゃんとした思い出もある。例えばこんな私にもしっかりと胸を張って言える
1人はセイウンスカイさん。彼女もなんと祖父が大好きなおじいちゃんっ子で、私が金剛八重垣流という古武術を教わっているヤエノムテキ先輩と合わせて、おじいちゃんっ子同盟を結んだ仲だ。ちなみにヤエノムテキ先輩は尊敬しているし仲良くさせて貰っている自負もあるが友達――と呼ぶには恐れ多いな。どちらかと言えば彼女はオグリさん枠だから。
そういう縁もあって今一番仲がいいのはスカイさんだろう。なんというか彼女の側はとても居心地がいいんだよね。仲は良好なのだけれど彼女の性格に由来する近づきすぎず離れすぎず的な適度な距離感と空気感が一緒に居て凄く楽だし話しやすいし楽しい。うーん、本当に好きだなスカイさん。
次はキングヘイローさん。私だけでなく何かとクラスメイト達を分け隔てなく面倒を見てくれるみんなの頼れるお母さん的存在だ。本人は「せめてリーダー的存在って言いなさいよー!」と怒る事もあるが意外と気に入ってると思う。そんな彼女を慕う者は多くて毎日キングさんの側には誰かが付き添っているのだから凄い。いずれキングさんは本人が目指す一流のウマ娘でなく超一流のウマ娘になることであろう。
次はエルコンドルパサーさん。最近アメリカからトレセン学園に転校して来て付き合い自体は一番短いのだけれど、何故かエルさんは私を「グリントはエルのジャパニーズオヨメサンデース!」と言ってよく抱き締めてくる。私はあまりベタベタした距離感は苦手なのだけれど、不思議とエルさんには不快感を感じないんだよねー。オヨメサンか……意外とエルさんならまんざらでもないな、私。
次はグラスワンダーさん。彼女もアメリカからやってきた帰国子女なのだけれど、クラスメイトの誰よりも大和撫子らしい凛々しさと綺麗さを持っている慎み深い女性だ。一年経ってクラス替えがあったのだけれど、その時に席が隣同士になってよく話かけてくれたから仲良くなれたんだよね。でも時々ちょっと怖い。
そして最後は――。
「ただいまです」
「おかえり」
ルームメイトのハッピーミークさん。一番仲が良いのはスカイさんだがミークさんとはもはやそういう仲がいいとか悪いとかの関係じゃない。運命共同体と書いてマブと呼ぶようなもはや友好を超えたもう一人の私! と言っても過言じゃないくらいの存在なのだミークさんは。
何せ現状おじいちゃんとオグリさんしか知らない私がドマゾであるという特殊性癖を
「グリントー、オグタマがテレビに出てる」
「本当?」
ベッドの上に寝転ぶミークさんに覆いかぶさるようにして私も彼女が眺めているスマートフォンの画面を見る。そこにいるのは「ヨンマのナンでもダービー」という日本でもトップレベルに大人気らしい(といえど私は普段バラエティとか見ないので知識として人気があるという事しか知らないのだが)長寿バラエティ番組にゲストとして出演しているオグリさんとタマモクロスさんが居た。
オグリさんとタマさんはまだ
まあでも仕方ないよねぇ。引退したってオグリキャップ人気はそれはもう凄まじいのだから。1100万個売れたという伝説的なオグリさんのぬいぐるみは現在もどんどん売れて記録を更新しているらしいし、こうしてオグリさんがテレビに出るというだけで視聴率が5%とか場合によっては10%近くガチで動くと聞いている。
テレビ人気が衰退しテレビ離れが加速していると言われる世の中でとてもじゃないが信じられないような人気だ。すっごい……そりゃ土下座したってどこもかしこもオグリさんを呼びたがるというものだ。そんなとてつもない影響力がある人に可愛いがられているウマ娘がいるらしいな。おっとそれ私だったわ。
――いつか恵まれすぎてバチが当たって死ぬんじゃないか私? その時は今まで味わったことのない無限大に匹敵するような地獄の
『なるほど。このAかBのどちらかがカニカマでどちらかが本物の高級蟹なのか』
『ぐぇー、うちはこの手のは苦手や。頼んだでオグリ、大食いウマ娘の意地見せい』
『任せろタマ――もぐもぐ。なるほど、わかったぞ』
『さすがやなオグリ!』
『両方すごく美味しい。タマも食べるといい』
『味も趣旨も全くわかっとらんかった……!!!』
ドッ、と画面の中で笑いの渦が起きる。さすがオグタマだ、一流の競争ウマ娘は一流のエンターテイメントと同意義なのである。
それからしばらく経って、私が寮室の備え付けシャワーで汗を流し寝間着に着替えると、番組はオグタマへの質問コーナーに映っているようだった。
『ずばり! 今のトレセン学園でオグリキャップさんとタマモクロスさんが一番注目しているウマ娘は誰ですか!?』
『ふむ……トレセン学園にいるウマ娘達は、みんな頑張っている。個人個人のペースはあれど、努力をしていない者など誰もいない。そういう意味で、注目しているのは全員だ』
はぁぁぁん! さすがはオグリさん! オグリさんの優しさと博愛の大きさと来たらもうトレセン学園全ウマ娘を愛して包みこんでくれているかのよう! 本っっっ当に格好いいんだからぁ!
『――と、ルドルフ辺りは言うだろうし、私も本心からそう思ってはいるが……それでも、
……ん?
『そのウマ娘の名前は、ホワイトグリント。彼女は珍しい白毛で、そして凄い努力家なんだ。もうすぐメイクデビューを迎えるから楽しみにしている』
ざわざわざわざ、とテレビの中で大きなざわめきが起こる。他の出演者からもホワイトグリント? ホワイトグリントって誰だ!? と動揺を隠せない声が上がる程の。
『まぁ、オグリはそうやろうなぁ。入学前からずっと目ぇかけとったんや。贔屓ではあるかも知れんけどしゃあないわ、人の気持ちに公平性なんて必要やないやろ。好きなもんは好き、嫌いなもんは嫌いでええんや。ちなみにうちも注目してるのはあえて言うならそのグリ子やで。いろんな意味でホンマビビるで? あの子は。でもまあさすがにテレビで言うのは影響が大きすぎるやろし、すんませんけどヨンマさん、ここら辺カットしといてな?』
あははは、と苦笑いしながら両手の人差し指と中指を立ててまるで蟹のようにチョキチョキと動かすタマさん。
『いや、あのタマちゃん……これ、生放送や……』
『――あ゛』
■■■
曰く、しかもウマ娘の中でも滅多にお目にかかれない白毛のウマ娘。
曰く、曰く、曰く、曰く――。
テレビの影響力が落ちたと語られる現在であれ、それでも腐ってもゴールデンタイムであり何より視聴率すら平然とアップさせてしまう超大型ゲストが出演しているテレビ番組の生放送である。
SNSなどのサジェストが『ホワイトグリント』の文字で埋め尽くされるのも無理はなかった。
こうして、デビュー直前を迎えたホワイトグリントはデビュー前に時の人になってしまったのである。画面を死んだ目で見つめながら口をあんぐりと開けて固まっている当の本人を置き去りにして、話題は尾びれ背びれがついてゲレンデを転がる雪だるまのように大きくなって行く。
しかし、それですら後に
次回、衝撃のメイクデビュー。