己を徹底的に痛めつけるのが大好きな超絶ドMウマ娘は周りから世界一の努力家と勘違いされている 作:座敷猫いおり
別に、彼女にGⅠウマ娘になるだとか
でも地元のウマ娘の中じゃ彼女が一番走るのが速くて、小学生レースなんかで勝つ度に天才だ秀才だと煽てられれば当たり前に悪い気なんてしないし「私って凄い才能があるのかな?」と舞い上がってしまうのも仕方ないだろう、当時の彼女はまだ子供だった――それは今もだが。
だから彼女はトレセン学園を受験した。そして割とあっさり受かった、拍子抜けするくらいに。そんな風に彼女の人生ならぬウマ生は順風満帆で、頑張って重賞レースに出走できるオープンウマ娘くらいにはなりたいな、でもそれは目標のハードルとしては志が低すぎるかなぁ――なんてまるではちみーみたいに甘く舐めた妄想を入学当初は考えていたくらいである。
けれどもそれから1年半の月日が経過して、彼女は
だからこそ
■■■
スリーラブから見て、同級生のホワイトグリントというウマ娘を一言で形容するならば――彼女は、1年半も一緒にいるのに
100年に1人の美少女ウマ娘と呼ばれる
そんな彼女だが入学してからしばらくは、本当に話題に事欠かないウマ娘でもあった。
初日の自己紹介でかの皇帝シンボリルドルフに立ち並ぶウマ娘
今度はあのオグリキャップの後を追うようにカサマツからやってきたスーパートレーナー“北原穣”が中央で結成したチーム【ジョーンズ】の重賞ウマ娘ライジングフリートと4000mという超々長距離マッチレースを繰り広げ
件のマッチレースの翌日からホワイトグリントはまるで
「ねぇねぇ! 今までどんなトレーニングして来たの!? クラシック級の先輩に勝つとか凄すぎない!? もしかしてフリースタイルレースの経験あったり!?」
「好きな距離は!? やっぱり長距離!? 私はマイラーなんだけど長距離にも興味があってさ! 長距離の走り方教えて!」
「胸のサイズ聞いていい? あと揉んでいい?」
「ふぇー、綺麗な白毛……すっごいふわふわ……どんなシャンプー使ったらこんなに滑らかに……?」
「オグリキャップさんとの関係は!? オグリキャップさんやタマモクロスさんと一緒に食事できるなんて羨ましいなぁ!」
「どうしてチーム入り断っちゃったの!? ジョーンズなんて今トレセンでもトップレベルの有名チームなのに勿体ない!」
思うだけで
ダンッと机を叩いて教室中に反響するような大きな音を轟かせ、ウェーブのかかったセミロングの鹿毛を
「静まりなさい!」
まさに鶴の一声とはこの事で、先程までの喧騒が嘘のように教室が静まり返る。質問を投げ続けていたクラスメイトや、無表情で分かりづらいけれども当のホワイトグリントさえどこかポカン、とした表情でキングヘイローの次の言葉を待っていた。
「グリントさんとお話をしたい貴方達の気持ちはわかるけれど、彼女は怪我をしているのよ? そうも騒がしくされたら傷に響くし、治りも遅くなってしまうじゃない」
――あっ! とその言葉でクラスメイト達はホワイトグリントの包帯に巻かれた傷を見て、キングヘイローが言わんとする事を察する。彼女はマッチレースの後に右手を
「ご、ごめんなさいキングさん……」
「謝る相手は私じゃないでしょう?」
と、今度は優しい声色で諭すように言うと、クラスメイト達は打って変わって傷に響かないように静かにごめん、ごめんねと謝罪しながら蜘蛛の子を散らすように自分の席に戻っていった。
――こういう事をさも当たり前の様にするものだから、キングヘイローはクラスメイトの多くに慕われ、頼られ、好かれている。カリスマ性と言えばいいのだろうか、そういうものが彼女にはあった。するとホワイトグリントはキングヘイローに向かってペコリと一礼。
「……ありがとうございます、キングさん」
「――っ! べ、別に貴方の怪我や身体が心配だとか、そういうのじゃないわ! ただ一流のウマ娘に相応しくない行いを咎めたかっただけよ!」
だからお礼なんて言わなくていいの! と顔を真っ赤にしてプイッと顔を背けるキングヘイロー。「ツンデレだ…」「ツンデレだわ…」「リアルでツンデレ初めて見た」といった彼女を褒め称えるかのような微かな喧騒の中で、ホワイトグリントは立ち上がりクラスメイト達に静かに告げる。
「……私なんかを気にしてくれて……嬉しかった、です。ただ、私は話すのが苦手なので――もし私に質問があったら、手紙などに書いていただければ――返事、返します、から……」
それだけ言って、ホワイトグリントはゆっくりと椅子に座った。口ぶりはたどたどしかったけれど、しかしそれとは裏腹に一挙一動が何だが優雅で堂に入っている様に感じるから不思議な物だ。
そして、瞬時カリカリカリカリカリカリ……と教室中に一心不乱にペンを走らす音が聞こえて来て、キングヘイローさえも物凄い勢いで手紙を書いているものだから思わず吹き出しそうになるのを堪えて、スリーラブもメモ用紙にペンを走らせる。
――ということがあって以来、基本的にホワイトグリントとそれを取り巻くクラスメイト達は概ね会話よりも文通で関わる事が多かった。
スリーラブは『レース以外で将来の夢はありますか?』と手紙に書いたのだけれど、帰って来た返事は『サメに齧られたい』という怪文書だったのは本気で頭を捻っていたが。なんだったんだろうあれ、ホワイトグリント流の冗談だったのか、誰か別の質問と間違えたのだろうけど……と彼女は深く考えず気にしない事にした。
その後、ホワイトグリントはクラスで誰よりも早く担当トレーナーと契約を結んで、それからは今までの話題製造機が嘘のように大人しくなった。ずーーーーーーーっと地道に、担当トレーナーと何やら秘密特訓をしているらしく遊びに誘ってもトレーニングがあるから、と断られている人がほとんどのようだ。
――それから一年半後の現在。
クラス替えがあったり留学生のエルコンドルパサーがやって来たり、ホワイトグリントがトレーニング中に怪我をしたのか顔に青あざを作り身体に包帯を巻いて登校してきたり、そんな彼女が
それ以外の数え切れない思い出がスリーラブにはあったけど、やはりホワイトグリントについては『努力家だけどよくわからない子』というイメージが拭えていない。まあよくわからないならよくわからないなりになんだかんだ付き合えてはいたのだから問題はないのだが。
そんな中でスリーラブとホワイトグリントは同じ日、そして同じレースで
……ここだけの話だが、スリーラブのトレーナーからは出走する新バ戦を変えよう、と何度も打診されていたのだ。彼女を気遣って直接言うことはなかったが、その意味はスリーラブにもはっきりとわかる。『お前じゃホワイトグリントには勝てない』と。
そんなのやってみなきゃわかんない! ――と、心から言えれば立派だったのだが、スリーラブ自身ホワイトグリントに絶対勝てるなんて気持ちはほとんどなかった。割合で言えば100%中1%もないくらいだ。
体操服に着替えたホワイトグリントの身体を見れば自然と分かる。
だからこそスリーラブはホワイトグリントと走りたかった。レースを通して感じて、知りたかった。
ホワイトグリントが遊んでいる姿など、スリーラブは一度だって見たことがない。クラスのまとめ役になっているキングヘイローや、気が合うらしいセイウンスカイ、クラス替えで席が隣同士になったグラスワンダーとか彼女を『オヨメサン』と称してよく抱きついているエルコンドルパサー達と仲良くしている事はあるのだが、強いて言えばそれだけだ。
授業以外のトレセン学園でホワイトグリントの姿を見かけることがあれば、いつも体操服姿で何かしらの激しいトレーニングに励んでいた。
辛くないのだろうか。苦しくないのだろうか。痛くならないのだろうか。遊びたくならないのだろうか。飽きないのだろうか。休みたくならないのだろうか。疲れないのだろうか。しんどくないのだろうか。だるくならないのだろうか。
なんでそこまで、彼女は
その答えを、スリーラブは知りたかった。ホワイトグリントの根底にある
……そんな他力本願で神頼みのような甘えた気持ちで走るなんて、とても明るくクラスのムードメーカー的存在だけど、身体が病弱で休みがち――だからこそレースに対して誰よりも真摯で本気のツルマルツヨシあたりからは『勝つ気がないなら走るな!』と叱られてしまうだろうか。
それでも同級生や同期*1の注目されているウマ娘達の走行タイムと自分のタイムを見比べる度に、このままじゃいけないという思いが募っていく。トレセン学園に入って、それなりに頑張っていれば偉大な先輩達が叩き出したレースタイムに0.1秒ずつでも地道に近づけるだろう――それがどこまで楽観的な考えだったのか、一向に縮まらないストップウォッチのタイムを見て焦りが募っていく。
――スリーラブは何者かになりたかったわけじゃない。何か大きな夢があったわけでもない。でも、何も残せないままトレセン学園を去りたくなかった。このままじゃそうなる未来しか見えなかった。
軽い気持ちで入ったトレセン学園だったし、トレーニングは大変できついけど――学園の大切な友達や仲間、そしてこんな普通の私に目をかけてくれたトレーナーと触れ合う度に、人生で
変わりたい、強くなりたい、速くなりたい。そのきっかけが欲しい……それが甘えと言われるなら甘えでいい。才能のないウマ娘が出来る事など、現状考えられたことはそれくらいだった。
少なくともその日、ホワイトグリントを除いて新バ戦に集まった9人のウマ娘は……大なり小なり、似た気持ちを抱いて彼女に挑もうとしているとスリーラブは感じるのだ。そうでもなければ……わざわざ同期のウマ娘の中でもトップクラスに注目されている者と同じレースでメイクデビューなんて選ばない。
ぼんやりとした
「観客多すぎるよ! 何万人いるのさこれ!」
「私もうすでに吐きそうなんだけど……」
「こんな空気の中で走らなきゃいけないの私達……しかも雨降ってるしバ場ぐちゃぐちゃだし最悪だよもう……」
「すでに自分の選択を後悔してるアタシがいる」
やっぱり止めておけばよかったかも知れない、とGⅠの入場者をも遥かに超える数多の観客達を見て後悔を感じ始める彼女達だった。
■■■
『阪神レース場、芝1600メートル右外、ジュニア級
「――囲まれた、か」
実況者の言葉通りのその光景を、一般観客席から眺めるのはギャンブル・トレーナー沙藤哲夜。本来は彼女にも主賓席だとか関係者席などの特室が用意されていたけれど、哲夜はそこへは行かなかった。
例え雨が降っていようが雪が降っていようが槍が降っていようがやはりレースは屋外スタンドの最前線で眺めるに限る。まあ本当に槍が降って来たら哲夜達トレーナーは一目散にウマ娘達の元へ我が身を盾に庇いに行くのだろうが。
特に今日は哲夜がフリートレーナーとして旗揚げしてから初めての担当の
(それにしても、随分と極端な展開になったな)
オーソドックスなレースであれば最初のポジション争いが終わり第一コーナーを目指す頃には基本的に走るウマ娘達の列は縦に伸びていく。しかし今日のレースに限っては、常識など当てはまらない。異様なまでにホワイトグリントを中心に密集したままレースが進んでいる。その光景はさながら
(ほぼ全員から、ホワイトグリントがマークされている故の
レースに出走しているほぼすべてのウマ娘からマークを受けているような、蟻の子一匹抜け出せそうにない輪の中に居るホワイトグリントの窮地だというのに、哲夜は何一つ焦りも悲観も感じなかった。否、それどころかその状況を楽しんでるかのようで――。
(想定内、すべてが私の集めたデータ通り。他の9人の彼女達は実に可愛――ん゛ん゛っ。立派なウマ娘だ。最初はこの大観衆に戸惑っていたようだが、レースが始まればメイクデビューと思えないくらいにしっかりと走れているし特にグリントの前方を走るスリーラブ……彼女が良い、走りながら後ろのグリントをよく観察できている。フェイントを混ぜ合わせた進路ブロック――上手い。彼女の後ろが
実に基本に忠実。教科書に手本として載せたいくらいの走りだ、今日の為にトレーニングに励んできた脚だ。全身全霊を懸けて自分の得意な走りとペースを維持するのがレースなら、相手に得意な走りとペースを
故に競バという物は単に速ければそれでいいという単純なものではない。作戦の兼ね合い、思考の読み合い、意地と意地のぶつけ合い――速いウマ娘ではなく
スリーラブ達がやっているのは、パッと見た体裁自体は確かに悪いがレースの王道だ。レースの真理だ。レースの極意だ。
ホワイトグリントの持つ圧倒的なフィジカルの差だけで、駆け引きも何もかも成立さえせず問題なく擦り潰せる。
(さらに言えば、私の
ニヤリとサディスティックに哲夜は笑う。チームの仲間であり大切な
■■■
ウマ娘達がゲートから解き放たれ、雨粒を弾きながらターフを駆ける。
そのただただ当たり前の光景に、先程まで白いウマ娘の美しさに見惚れ静まり返っていた10万人近くの観客達は、ダイナマイトが爆発したかの如く一斉に歓喜の声を轟かせた。
「おい嘘だろ……!? あの
「地を這うような超前傾――! まるで、まるで!」
長年“芦毛の怪物”のその勇姿を目に焼き続けた往年のファン達は次々と言葉を零す。観客席で父親に肩車をされて、世界で一番大好きなウマ娘のぬいぐるみを力強く抱き締める小さな
「おぐりきゃっぷみたい!」
観客達の血が沸騰し、胸が熱くなる。しかしそれも仕方のないことだろう。何せ本日レース場に集まった、普段の倍もの観客の半数近くはオグリキャップが集めたと言っても過言ではない層なのだ。
「オグリキャップの弟子か何かなのかあの子!?」
「容姿も割と似てる気がする……妹とか親族……?」
「何でもいいさ……あの走りがまた
熱い夢を見させてくれた愛するオグリキャップが一番注目しているウマ娘がいる、それだけで一目この目で確かめようと集まった猛者達。彼らにとって、誰にも真似できないはずのオグリキャップの
――しかし、その興奮と感動も、異様なレース展開によって徐々に不安と焦燥が折り混ざったざわめきに変わっていく。
「何か……囲まれてないか……?」
「内に密集しすぎだろこれ。抜け出せる隙間さえねーぞ」
「ちょっと待ってよ! こんなのアリなの!? 複数で1人を囲むなんてズルいよ!」
「ああ、あの綺麗な白毛が跳ね上げられた泥で汚れちゃう……」
ホワイトグリントが、完全に囲まれている。その事実に気づき始めた観客がぽつぽつと不満を漏らし始めたのを見て、セイウンスカイは内心苛立ちを感じながら呆れた様にボヤいた。
「ありもなしも、先行に回ったウマ娘以外全員グリントの徹底マークしてるから結果的にああなってるだけでしょ。そりゃもしも囲んだ子達が結託してやったなら、退学処分レベルにやばい事なのは間違いないけどさ。自然とああなったのはレースを全体的に見てればわかるのに」
いくら凄く綺麗で珍しい白毛で、日本一のアイドルオグリキャップの一押しのウマ娘だからって皆グリントだけ見すぎだ、とセイウンスカイは一生懸命に自分の出来る事をして走っているだけの各ウマ娘達に失礼な物言いを投げる観客に文句が言いたくなってしまう。というかそもそも――。
「むしろ私にはグリントさんが自分から
「あっ、やっぱりキングもそう思った? グリント――抜け出そうとしなかったよね」
ホワイトグリントは抜け出そうと思えば別に囲まれる前に抜け出せたはずだ、とキングヘイローとセイウンスカイは推察する。グリントを包囲している彼女達は何も最初から一斉に囲みに行ったわけではない。
各ウマ娘がグリントをマークしつつポジションを争っている内に、ホワイトグリントが緩やかにラチに当たるか当たらないか、というくらい内側に寄ってペースを上げることも下げることもせずそのラインを死守している物だから、それに他のウマ娘が追従してマークした結果自然と包囲網の様な形になってしまったのだ。
具体的にはかなり密集気味にホワイトグリントの後ろを二人が追走し、2人のウマ娘が左横に並走し、左斜め前に1人と、前方に2人が行く手を塞ぎ、そして右側は内ラチという天然の要塞。断崖絶壁のような隙のなさである。
「脚を溜める為……? 何か理由はあるとは思うけど、さすがにグリントの狙いがわからないや」
「自分から窮地に足を踏み入れる――普通に考えたら意味がわからない。だからこそ彼女達はあそこまで接近して窺い、探っているのよ。その真意をね」
わからない。キングヘイローとセイウンスカイには……否。そのレース場にいる者達すべてがわかるはずがなかった。わざわざ自ら包囲されることを容認するかのようなホワイトグリントのレース運びが。
そうわかるはずがない――彼女が、己を徹底的に痛めつけるのが大好きな超絶ドMだと、知っている者以外は。