己を徹底的に痛めつけるのが大好きな超絶ドMウマ娘は周りから世界一の努力家と勘違いされている   作:座敷猫いおり

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十七話『ホワイトグリントと天才トレーナー』

 ターフに一筋の白い閃光が走った様なホワイトグリントの怒涛のロングスパートが炸裂し、コースレコードを飾ったその後。

 

 すでにレースを終えたウマ娘達は選手控室に戻って行ったし、当のホワイトグリントなど即座に駆け付けた救急車で病院に運ばれた。それにも関わらず激しい雨が降りしきる中、まだ大観衆の興奮と歓声が収まらないし帰ろうとも動こうとしない。否、凄い物を見た――と動けなかったのだ。

 

 しかし激走が終わった後のターフ上では着々と次のレースに向けて準備が進められていく。ただでさえ荒れた不良バ場。綺麗さっぱり元通りにするのは不可能だが、事故を防ぐ為にも出来る限り整地は必要だし、スリーラブが落とした蹄鉄も探さなければならない。

 

 監視塔(パトロールタワー)からある程度の落下位置は教えて貰っているとは言え泥に塗れる芝の上の小さな蹄鉄を探すのは大変だ。だがその作業を懸命にテキパキとした手つきで行っている彼らは、自分の仕事に誇りを持つプロのレース場スタッフ。彼らのような誠実な裏方が競バ界に居るからこそ、ウマ娘は恐れず全身全霊でターフを駆ける事ができる。

 

 しかしそんな熟練のプロ達が()()を見た時――思わず彼らは手足を止めた。

 

「――なんじゃこりゃ」

 

「そりゃ、お前……足跡、だろ。多分……」

 

 水分を含んだ芝は泥濘んでウマ娘達の足跡がよく残る。しかしそのダメージ自体は晴天の良バ場の方が大きい。ターフに水分が多ければ多い程、衝撃を分散してくれるからだ。けれど彼らが目にした物は――。

 

「まるで怪物の通り道だな……」

 

「馬鹿言え、こんなもん怪物超えてる」

 

「怪物を超えた怪物、か」

 

 長年レース場の整備を努めている彼らさえ今まで見たことがないレベルの、爪先部分から()()()()()()()()()()()()()()()()()が等間隔で並んでいる最終直線の姿。

 

 何も知らない者が見れば、それがウマ娘が作り出した足跡と言われるより、極小の爆弾がターフで連鎖爆発した、と言われた方がまだ信じられるだろう。

 

「あんなお姫様みたいな子がどんな力で蹴ったら……」

 

「――プリンセスが落としていった靴にしちゃ、凶暴すぎるなこれは」

 

 

 ■■■

 

 

「なんであなたのレースは毎回流血騒ぎになるの!? 素直に初勝利のお祝いをさせなさいよー!」

 

 涙目になりながら病院にお見舞いに来てくれたキングさんが吠える。

 

 あのメイクデビューの後、私は即座に救急車にドナドナされて病院送りで念の為と精密検査を受けた。額が多少切れただけなので消毒してガーゼでも貼ってればそれで問題なく済むとは思うんだけど、結構血を流しちゃったし仕方ないね。

 

 ウイニングライブで踊るのも禁止かー。別に好きでも嫌いでもないけど、せっかくトレーナーにダンスを教えて貰ったんだから披露したくもあったな。皆から見つめられるゾクゾクも楽しめたろうに。

 

「まーまー落ち着きなよキング。それにしても本当についてなかったねー、まさか落鉄が当たっちゃうなんて」

 

「せやなぁ、でも逆に考えたらやで? むしろ当たったのが額でラッキーやったんとちゃうか? 目にでも当たっとったら洒落にならへんわ」

 

 と話を広げるのは同じく見舞ってくれているスカイさんとタマさん。うんまあ、ラッキーってかモロ眼球直撃コースだったから自分で()()()んだけどね、額に。ぶっちゃけ――それどころか()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私の動体視力と瞬間視は小さい頃からおじいちゃんが「レース中に視覚と視野を失うのはその時点で敗北と知れ」と鍛えてくれたおかげ並々ならぬ物であるという自負がある。

 

 気持ちよかったなぁ、おじいちゃんの広いお屋敷でウマ娘用の私仕様に魔改造されたルームランナーで走りながら、おじいちゃんが正面から私の顔に向かって投げてくるゴムボールに書かれた数字とか文字を認識するトレーニング……あれは出来るようになるまで本当に時間がかかった。でも痛気持ちよくて楽しくて本当に幸せな時間だったよ……もう一回やりたいなぁ。

 

 っと、おじいちゃんとの思い出話は置いておいて、いやね? 確かに私はこれはマゾれるチャンスだぞ! と思えばイノシシの様に突進して己を痛めつけるドマゾヒストで、レースで負荷や負担が増せば増すほど力を溜められる天性のド変態であっても、さすがに落鉄が当たっちゃったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()――というのはわかるくらいの常識と倫理観はある。SとMはそのプレイに合意と愛がなければSMではない。

 

 だけど、私が避けたとすると今度は真後ろに居た2人のウマ娘がめちゃくちゃ危険だった。落鉄が飛んだコースから考えてまず高確率でお腹とか足に直撃しただろうからね。私は認識できるし鍛えた瞬発力で避けられるけど、いくら中央レースに出れるくらい同じく鍛えてるウマ娘とは言え他の子が突発的に飛んで来たアルミニウム合金に反応出来るか? むずくね?

 

 そう考えると――100%の精度で出血しても目に血が入らない位置で受けられる私が当たった方が事態は絶対に軽く済む、そして私も痛気持ちよくなれて一石二鳥! そう思って額で受けたのが真実。あの間0.1秒くらいでそこまで考えた私凄い。ちゃんとレース中にスリーラブさんに「大丈夫だよ、私は無事だから。気にせずレースに集中しよう」と一応、声に出したんだけどちゃんと伝わったかな? レース中は足音がうるさいからな……。

 

「まさに不幸中の災いと言う事か」

 

「もうオグリさん、それだと良いこと一個もないじゃないですか」

 

 あっはっはっは! とオグリさんの素敵な天然ボケにスカイさんのツッコミが炸裂して明るい笑い声が病室に響く。

 

 ――嘘みたいだろ? こんなに明るそうな雰囲気なのに、私のお見舞いに来てくれた全員目が笑ってない(死んでる)んだぜ、これ。

 

 キングさんは涙ぐんでるし、スカイさんはハイライトが消えた深海の様な目で乾いた笑い声をあげているし、オグリさんとタマさんも同じくハイライトの消えた目で無理やりこの場を明るくしよう、という気遣いが凄く伝わってくる。

 

 心痛っっっってぇ――! 全然気持ちよくなれない系の痛みが凄い! 女の子の顔に傷がついたら優しい皆はそりゃ気にしちゃうよね! 私はズキズキと甘いハーモニーを奏でるこの傷が気持ちよくて嬉しくて仕方ないのに! なんとか、元凶の私こそなんとかしないと! そ、そうだ! こんな傷なんでもないという事をアピールすれば、少しは皆も気が楽になるはず!

 

「気遣ってくれて、ありがとう……でも大丈夫、これくらいの怪我は慣れてますし、傷跡も前髪で隠れます。だから……気にしないでください」

 

 

 ――シーン、と静まり変る病室。

 

 

 あっ駄目だこれコミュ障(わたし)じゃ。焼け石に水どころかガソリン撒いてる気がする。誰か! 誰か助けてください……! この際、魔でも誰でもいい! この空気を変えてくれるなら!

 

 そんな願いが三女神様に通じたのか、コンコンと病室に響いたのはドアのノック音。もしや!

 

「グリント、私だ。入るぞ」

 

 私の為に飲み物とか食べ物とか祝杯品兼お見舞い品を買ってくる、と買い出しに出かけてくれた哲夜トレーナーが帰って来てくれたんだ。さすが私の大好き(ドS)な目をしたトレーナー……レースでも日常でもこんな空気の悪い空間でさえ私を支え助けてくれるのだから……!

 

「色々買ってきたのと――あぁ、その……お客さんを拾ってきた。どうぞ、先輩」

 

 お客さん? はて誰だろう……と、花束を抱えたその人の姿を見た瞬間。

 

 私と、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「君はクリークのトレーナーの……」

 

「久しぶりかな、オグリキャップ。そしてホワイトグリント。初勝利おめでとう――とは、素直に言えないな。怪我は、大丈夫かい?」

 

 私には、この世に絶対に許せないものが3つある。

 

 1つ、おじいちゃんを侮辱する人。

 

 2つ、激辛を謳ってるのに全然辛さが足りてない料理店。

 

 そして、最後はこのトレセン学園に入って最近追加されたもの。

 

 3つ、現トレセン学園で最強と名高いチーム【リギル】に比肩すると称されるチーム【アルフェルグ】を率いるトレーナー……奈瀬文乃(なせふみの)

 

 ついさっき、私はこの場の空気を変えてくれるなら誰でもいい、と言った。前言撤回。誰でもよくない。この人だけは、駄目だ。この人だけは、絶対に許せない。

 

 彼女は――私の()()()()を奪った敵なのだから。

 

 

 ■■■

 

 

 競バの主役は当然ながらウマ娘達だが、そんな彼女達を導き育み支え、その全責任を背負う一心同体の存在であるトレーナーもまた輝かしい主役の1人だ。担当ウマ娘が勝てば勝つほどに、輝かせれば輝かせる程にトレーナーの名声もまた積み上がり世に広まっていく。

 

 現在、トレセン学園で最強と言われるチームは超一流と言う言葉を擬人化したら彼女の姿になるであろうとまで語られる敏腕トレーナー東条ハナが率いるチーム【リギル】だ。

 

 しかしその栄光を支える古参メンバーであるシンボリルドルフ、マルゼンスキーは事実上の引退状態であり、新たに生まれた三冠ウマ娘ナリタブライアンや幻の三冠ウマ娘フジキセキなどは故障でレースを長らく休止中。その他にも名高いウマ娘はまだまだ在籍しているが伝説的偉業を成した多くの者が活動を止めているのが実情である。

 

 そんな中で、全盛期のリギルに匹敵する勢いで躍進を続けるチームがあった。それがチーム【アルフェルグ】――そしてそれを率いるトレーナーこそ、今の競バ界の『主役』と言われる存在。かつて中性的なその甘いマスクから“王子様”と称されていた彼女は、今は世間からこう呼ばれている。

 

 “天才” 奈瀬文乃。

 

 オグリキャップが唯一無二のアイドルウマ娘として中央レースで活躍していた頃。そのライバルの1人であるスーパークリークのトレーナーであった彼女は、敏腕トレーナーとしてすでに才気を放っていたがそこにはどこか青さと若さという未熟な点があったのは否めない。

 

 だがスーパークリークとの出会いと絆と経験が()()()()()()()()。オグリキャップが引退した後の日本競バ界はまさにウマ娘でもない人間のトレーナーである彼女の時代だった。彼女が指導するウマ娘達は瞬く間に速く、そして強く成長し勝利をもぎ取っていく。ここ数年のトレーナー成績順位(リーディング)は不動の一位からぴくりとも動かない。

 

 以前はテレビや取材などで取っつきにくい部分を見せた時もあれど、精神的にも成長し「日本競バの活性化の為、そしてウマ娘達の為に」とユーモア溢れる営業トークや営業スマイルで対外を意識した反応を披露するようになれば、元々麗しく甘いマスクの持ち主である彼女の事、男女問わず競バファン達をメロメロにしていったのが奈瀬文乃というトレーナーである――担当達(主に引退してから母性が大活性化したクリーク)からはかなりイジられキャラのように弄ばれていたりするのだが。

 

 そんな彼女が、花束を抱えて突如としてホワイトグリントの病室に現れると――その場に居た全員に緊張が走る。彼女が天下を取ったトレーナーだから……ではない。

 

「――見ての通りです」

 

 ホワイトグリントの普段の口調は、親しい相手ですら小さな花のような声でたどたどしい喋り方をするのだが、奈瀬相手にはその声色に明確に()()()()()が宿っていた。

 

「そう、か……ああ、レースを見て居たがやはり君は素晴」

 

帰ってください

 

「ッ!」

 

「いやちょ、グリントさん……」

 

「お見舞いに来てくれたのは感謝します。花も受け取ります。心配してくれたのもお礼を言います。でもあなたと話したくありません」

 

 フォローを入れようとしたキングヘイローさえ取り付く島もないという程の拒絶である。ホワイトグリントは積極的に他者と関わろうとするタイプではないが基本的には誰にでも優しいし礼節を持って接するし特別枠としてご年配(ナイスミドル)の方々にはことさら親身にしてくれる。無表情だが。

 

 だから奈瀬文乃が唯一と言っていいのだ。トレセン学園で――否、この日本でホワイトグリントがここまで敵意を持つ相手など。

 

「――君が僕を忌み嫌っているのはわかっている。だけど、申し訳ないが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。僕に至らない点があったのはわかる、しかしどうかその理由をちゃんと教えてくれないか。僕は君を気に入っている……関係を改善したい」

 

「諦めてください」

 

 助けて愛バ(クリーク)、涙が零れそう。奈瀬は天を仰ぎたい気持ちになった。どうしてこうなった? そもそもまともに接したことさえ、半年前のたった一度きりだというのに――。

 

 

 ■■■

 

 

 奈瀬文乃はオグリキャップが嫌いだ。

 

 時代の主役、唯一無二のアイドルウマ娘、ターフのヒーロー……競バのルールも常識も変えてしまった芦毛の怪物。そんなオグリキャップが嫌いだ。誰にでも愛されるようなその愛嬌が、一度火が入ればとてつもない速度でターフを駆け上がってくるその末脚が、日本中が彼女を熱く見つめるその空気が嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで――。

 

 そして、それと同じくらいそんなオグリキャップの事が大好きだ。

 

 彼女にとってオグリキャップとはそんな矛盾するかのような感情で溢れかえらせる困った存在だった。だが彼女は有マ記念のラストランで最後の奇跡を起こして中央レースから去った。

 

 正直、奈瀬は辛かった。まるで自分の半身をもがれた気分だ。あまりにもブルーすぎて引退後母性を活性化させたクリークに甘やかされ危うく幼児退行する寸前まで行ったくらいである。

 

 愛するスーパークリークと愛憎渦巻くライバル、オグリキャップの引退。ウマ娘の世代交代は彼女達の駆けるスピードの様に速い。競バの世界で走る事はウマ娘にとって人生の分岐点となり得る重要な期間だが、しかしあくまでそれは長い長いウマ娘の一生の一部分でしかないのだ。ウマ娘達には次の新しいステージが待っている。いつまでもターフに括り付けているわけにはいかない。そんなことは奈瀬にもわかってはいるけれど――。

 

 その寂しさを埋めるように一生懸命トレーナーとして働いて、新たな担当ウマ娘を育て支えている内に、気づけば誰一人『親の七光り』や“魔術師”の異名を持つ彼女の実父に絡めて『奈瀬英人の娘』と陰口を叩かなくなった。もはや奈瀬文乃は自身の威光で光輝いているし、父親を『奈瀬文乃の父』にして久しいのだ。

 

 それでも、何かが足りない。そんな何かを気づけば探している自分が居た。

 

 

 そんなある日――奈瀬は、運動場のベンチで横たわる体操服姿の白毛のウマ娘と出会ったのである。

 

 

 最初は具合でも悪いのか、と心配になって一目散に駆け付けたが、どうやら春の陽気に誘われたのかそれとも単にトレーニングに疲れて眠ってしまったのか……すやすやと心地よさそうな吐息と健康状態の良好を示す顔色を見て、ふぅっと胸を撫で下ろし……そのまま開いているベンチのスペースへと腰をかけ、彼女の顔を見る。

 

(……間近で見ると、噂通り本当に似ているなオグリキャップに)

 

 愛嬌のあるオグリキャップとは違う美麗系の顔つきだが、ホワイトグリントはライバル陣営としてオグリキャップを眺め続けた奈瀬から見ても、太鼓判を押せるくらいに彼女は雰囲気が似ている。似ているのだが――。

 

(綺麗だ……)

 

 彼女は、あまりにも美しい。ウマ娘の中でも奇跡的な確率で生まれてくる白毛という個性の時点で凄いのに、それが彼女の美貌を引き立てる要素にしかなっていない程に。

 

(もっと早くスカウト出来るようになっていれば)

 

 僕が君の担当トレーナーになれたかも知れないのに、と奈瀬は目を伏せる。当時、白毛のウマ娘がトレセン学園に二人も入学してきた――というのは話題になったし、しかもその1人は次の日に重賞ホルダーの先輩ウマ娘に4000mのレースで勝ってしまった、という話も耳にはしていた。

 

 しかし入学式がある4月はクラシック戦線の一冠目が始まる大切で多忙な季節。基本的にチームの管理を1人でやっていた奈瀬はその名声が上がるにつれどんどん増えていく担当ウマ娘のサポートで死ぬほど忙しくスカウトをしている暇すらなかったのだ。そして前々から友好があったサブトレーナーを陣営に加えスカウト活動に精を出せる余裕が出来た頃には、すでにホワイトグリントは他のトレーナーと契約を結んでしまった後の祭りである。

 

 奈瀬は無意識の内に、ホワイトグリントの白髪を撫でる。癖になりそうな程の滑らかさとふわふわさだ。チームに所属するとあるウマ娘(ふわふわソムリエ)が絶賛するはずだと感心し、続いて二の腕やトモにも触れてみると――。

 

(――かなり筋肉にダメージがあるな。筋肉痛に成長痛、そして疲労か)

 

 奈瀬クラスの超一流トレーナーとなれば、わずかに触れただけでウマ娘の身体の調子を触診するなど朝飯前である。しかしながら担当でもない……否、担当であってもそもそも寝ているウマ娘に勝手に触るのは同性であろうと限りなくアウトに近い何かではあるが、奈瀬はどうしても彼女に触れてみたかった。担当(主にクリーク)にウマ娘との距離感を破壊されつつある彼女であってもさすがに普段はそんなことはしないのに、何故だが無性に“魂”が彼女との触れ合いを求めてしまう。

 

(……とてつもない痛みが身体にあるはずだ。それでも休まずトレーニングを続けるのか、この子は……)

 

 と、奈瀬はトレーナー式マッサージ施術をホワイトグリントに行い始める。超一流のトレーナーのマッサージはその道のプロと遜色ない効果と効用でウマ娘達を癒やす事ができるのだ。それが中央のトレーナーというものなのだから。

 

 それから数十分の優しいマッサージを終え、これで少しは身体も楽になるだろうと、一息ついて。奈瀬はゆっくりとホワイトグリントの顔に、自分の顔を近づけ始めた。あと少しで唇同士が触れそうな距離で、止まる。

 

 本当に、吸い込まれそうになるくらい綺麗な君を。

 

 本当に、オグリキャップにとても似ている君が。

 

 ――担当したかった(欲しかった)よ。

 

 っと、未練を断ち切ろうとしていると――ぱちり、と突然閉じていたホワイトグリントの目が見開かれた。びくぅ! と奈瀬は驚き近づけた顔を離す。

 

「や、やあ。僕は奈瀬文乃、君はホワイトグリントだよね? 駄目じゃないか、いくら陽気がよくてもこんなところで寝て――」

 

()()()()()()()()

 

 無表情のまま、ホワイトグリントはそう言った。しかしその声には――何故か失望と激怒が混ざり合っている。

 

「……? ああ、申し訳ない。かなり身体に疲労が溜まっていたようだから、勝手ながらマッサージをさせて貰ったんだ。同意も無しに身体を触るのは不躾がすぎたかな」

 

「――許さない」

 

「え?」

 

「私は、あなたを絶対に許さない――! あなたは! 私から大切な物を奪ったんだ!」

 

 えぇ……? 背景に宇宙が広がっていそうな困惑顔を浮かべながら、奈瀬文乃はこうしてホワイトグリントから絶対に許されなくなったのである。

 

 

 ■■■

 

 

(冷静になって考えて見れば無許可で身体を触られたら確かに嫌われるのも無理はない。だが……そうすると大切な物を奪った、という意味がわからない……)

 

 無許可で寝込みを触られたから怒っている――なるほど、そうであればとても納得出来る理由だし奈瀬には申し開きの余地すらない。許して貰えるまで謝り続けるだろう。しかし奪った? 一体何を?

 

(私は彼女から何を奪ってしまったんだ……思い出せあの時の状況を。あの時、私はマッサージをした後、もっとその綺麗な顔が見たくて、顔を近づけて……)

 

 顔を、近づけた――唇が触れそうなくらい――。

 

(――ッ! あ、あああああああああ! ()()()!!!)

 

 もしや彼女は――寝てる内に僕に勝手に初めての口づけ(ファーストキス)()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「違うんだホワイトグリント! 僕は決して! キス()してない!!!」

 

 確かにこれなら彼女が自分に対して取り付く島も無い程軽蔑するわけだ。誤解を招く真似をしていた自分が悪いのだ、とようやく奈瀬は自分が嫌われていた理由に思い当たった。なるほど、知らない人に唇を奪われたと思い込まれていたら関係改善など出来るはずもない。

 

 

 

奈瀬――君はグリントに何をした?

 

奈瀬トレーナー。キス“は”ってなんですか? 他の事はしたんですか

 

詳しく、説明して頂けるかしら。私は今、冷静さを欠こうとしているわ

 

 

 

 ガシッ、と奈瀬は凄まじい握力で両腕と頭を掴まれて、油の切れたブリキの様に視線を後ろに向ける。

 

 そこに居たのは――シングレ顔(マジギレ)で佇む、芦毛の怪物と青雲の空と超気性難(ヘイローの血の定め)を覚醒させたキングの姿だった。




ちなみに作者は奈瀬文乃も武◯も大好きです。
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