己を徹底的に痛めつけるのが大好きな超絶ドMウマ娘は周りから世界一の努力家と勘違いされている 作:座敷猫いおり
「あ、み、見つけた! ホワイトグリントちゃん、ですよね! あの! 私、この前トレセン学園に転入して来たスペシャルウィークといいます! 隣のクラスです! えっとえっと――その! 好きです!!!」
ガラッと勢いよく私のクラスの扉を開いて、一目散の私の側に近づいて来て私の前に立ったかと思えば、彼女の口から飛び出したのは
時が、止まった。
クラスの皆は一時停止ボタンでも押されたみたいに固まって、隣の席のグラスさんは目が見開いたままになっているし、さっきまで「どれだけグリントが傷ついてもエルがオヨメサンに貰うので安心して欲しいデス!」と私が怪我したのをアメリカンジョーク?で慰めてくれていたのだろうエルさんも開いた口が塞がっていない。
人生においてここまでなんの脈絡も無い告白をされることなど、一体全体世の中の何人に経験があるのだろう。
でも、しかしだ。
本当に不思議な事なのだけれど。
私は、嫌ではなかった。いや、嫌じゃないどころかさ。
彼女の愛嬌のある可愛らしい顔とアメジスト色の目を見た時、彼女の綺麗な黒鹿毛にバッサリと入った前髪の流星*1を見た時、そして――“
そしてそんな彼女から「好き」と言われたその瞬間。
苦痛を味わったわけでもないのに、私の“魂”が歓喜に震えた様な気がして。
――凄く、
「あなたの走りが! 大好きです!」
机に肘をついて手に頭をもたれかけていたまま固まっていたスカイさんがズコーと崩れ落ちる。姿勢正しく優雅に座ったまま固まっていたキングさんが頭を机に打ち付けた。「ああ、好きってそういう」と突然の告白の意図を理解したのだろうグラスさんと「盗られるかと思ったデス……」とよくわからない事を呟くエルさんが何故か胸を撫で下ろした。
……なるほど!? 好きって私の走る姿がってことね!? あー、あーあーあー! 恥ずかしい! あっぶない! 勘違いして大恥かくとこだったよ! ドMコミュ障白毛筋肉ゴリラウマ娘にさぁ! こんな可愛い子がいきなり愛の告白してくるなんてそりゃないよね! っていうか女の子同士だしねぇ! いくらトレセン学園が女子校でもねぇ!?
「……ありがとう。嬉しい」
「よろしければ! 私と、友達になって貰えないでしょうか!」
とスペシャルウィークさんが両手を差し伸べるので、私はおそるおそるその手を握り返して、言った。
「……私で、よければ」
瞬間、パァァァァアっという擬音が見えてきそうなくらいの笑顔が光り輝く。なんて心が洗われるかの様な純粋無垢で綺麗な笑顔。
私の
■■■
彼女の話を聞くに、昨日傷も塞がって「坂路を普通に走るだけなら許可する」と哲夜トレーナーにトレーニング再開の許しを得たのでハッスルしていた私の姿をスペシャルウィークさんが目撃していたらしく、それがとても綺麗でその走りに一目惚れした、という事の様だ。
うう、恥ずかしいけど嬉しいな……地元にいた頃の唯一の友達なんて私の走りは「トラとかチーターみたいで怖い」なんて言われてたからね……あの時は思わず「だったら私とフォームが似てる美しいオグリさんも肉食獣みたいだっていいてぇのかゴラァ!」と怒鳴り返してしまったよ心の中で。
「グリントの走り方って特別だもんねー。よっ、さすがオグリキャップを受け継ぐ者」
その呼び方やめてスカイさん。
マジで誰なのあのスポーツ新聞の記事書いたの!? オグリキャップを受け継ぐ者とか! 白雪姫とか!? 100歩譲って白雪姫はまだ良い! 全然よくないけど良い! オグリキャップを受け継ぐ者はいくらなんでも恐れ多すぎる! 嬉しいは嬉しいよそりゃ!? オグリさんも私が一面トップのスポーツ紙眺めながら「私の後継者か……」ってなんかはにかんで喜んでくれてたし! 目をかけてくれてるオグリさんの期待に応えたい気持ちもあるけどさぁ! 天下の日本一のアイドルウマ娘オグリキャップを受け継ぐ者がこんなドMウマ娘でいいわけ無いでしょ!? 他の誰でもないオグリさん激推しの私が嫌だわ!
「それにしてもスペシャルさん――」
「あっ! 私の事はスペとかスペちゃんって気軽に呼んでくれると嬉しいです! 地元では皆からそう呼ばれてたので!」
「それではこれからはスペちゃん、と。ふふっ、なんだかとても可愛らしい響きです。私の事もグラス、と呼んでくださいね……それはさておき。この時期に転校なんて珍しいですね? 北海道出身と伺いましたが、ホッカイドウトレセン学園から中央にスカウトされたんですか?」
「いえ、私は北海道でもずっと離れた田舎に住んでたので、地方トレセン学園にも入学していなかったんです。勉強とトレーニングはずっとお母ちゃんに教わってました」
「あら? とすると中央の関係者から直接スカウトを? 凄いじゃない、トレセン出身でもない個人のウマ娘が中央にスカウトされるなんて滅多にあることじゃないのよ」
確かに、とキングさんの言葉に相槌を打つ。中央トレセン学園に入るには主にバカみたいに高い倍率の入学試験を突破するか、地方トレセン学園などに在籍し実力を示してスカウトを受けるかこれまたバカみたいに難易度の高い編入試験を受けるのが基本だ。スペさ――スペちゃんのように個人的にスカウトを受けて入学してくるウマ娘なんて私が入学してからは聞いたことすらない。一応フリースタイル草レースなんかで見どころのあるウマ娘を発見してきた、って事例も以前はあるにはあったらしいけど。
「去年か今年の入学試験は受けなかったの? 直接スカウトされるくらいの実力なら普通にトレセン受かったんじゃ?」
「それがお恥ずかしい話ながら――去年も今年も入学試験で落ちちゃって……あと直接スカウトされたというか、微妙に違うというか……たまたま出会ったとあるウマ娘さんのご厚意で編入試験を特別に受けさせて貰える事になったんです。それで運良く合格できました!」
――ん? 入学試験は落ちたのに編入試験は受かったの? どっちかっていうと入学試験より編入試験の方が難易度高いって聞いた事あるんだけどな。
「オゥ……苦労したんデスねスペちゃん! でもこれからはエル達は強敵と書いて“とも”と読むトレセン学園の仲間デース! 一緒に頑張りましょー! でもグリントは渡さないデス」
「となるとまずはトレーナー探しだねー。むしろ今の時期に転校してきてよかったんじゃない? 秋の選抜レースにギリギリ間に合ったんだし。うまく行けばすぐ見つかるかも」
「……選抜、レース? え? ギリギリ間に合ったって……」
「トレセン学園で年4回行われる未契約ウマ娘の模擬レースよ? 常識じゃない」
「いや、それは知ってるんですけど……あの、いつやるんですかそれ……?」
「明日」
私がそう告げると、スペちゃんは目をパチクリとさせて――。
「えぇーーーー!?」
悲鳴を上げた。かわいい。
■■■
翌日。秋空の下は肌寒いけど、しかしトレセン学園にはそんな寒さを吹き飛ばす情熱が渦巻いていた。
まだ本格化は遠くとも、早めにトレーナーと契約を結びたいと願う新入生から、そろそろトレーナーを見つけなければまずい、と本格的に焦りだしているウマ娘など多種多様な思いを胸に秘め、彼女達は本気で選抜レースに挑むのだから。
「スペちゃーん! 頑張るデェェェェェス!」
「一流の走りを見せるのよー!」
「スペちゃんファイトー!」
「負けんなスペー!」
そして昨日、滑り込みでどうにか芝1600mの枠が開いていたレースに登録したスペちゃんの出番がくれば、彼女を熱心に応援する声が次々と飛んでくる。彼女がトレセン学園に入学してからまだ一週間と経っていないはずなのになんだろうこの愛され様。コミュニケーションの怪物か何かか? 陰の存在である私にはスペちゃんは眩しすぎるよ……太陽の光と暖かさで溶けるアイスクリームみたいな気持ちになる。
「がんばれ……スペちゃん」
それでも、私も勿論本気で応援するのだが。ちなみにスペちゃんの番号はラッキー7。幸運が宿ると良いのだけれど。
そして――ガシャン、とゲートが開き、レースが始まった。スペちゃんのレースぶりはというと……。
「おっっっそ!!! ――って程もないけど! 決して遅くはないけどさぁスペちゃん!?」
「ゲート下手すぎるデスよスペちゃん!? 思いっきり開いてからしばらく突っ立ってちゃったデス! もしかしてゲート練習とかしたことなかったんデスか!?」
「フォームが、フォームが明らかにおかしいです……!」
「これじゃ一流にも日本一にも程遠いわよスペさーーーん!」
スペちゃんを応援するウマ娘達は阿鼻叫喚の声を上げるこの有り様だよ。
遅くはない。スカイさんの言うように決して遅くはないのだが、しかしスペちゃんは速くもなかった。そもそもエルさんが叫んだ様にまずゲートで大きく出遅れて最後尾スタートだし、グラスさんが青ざめて震えた声を上げた様にフォームがおかしい。
普通、凄まじい性能の脚を持つウマ娘の走行フォームは個人差はあるけど前傾姿勢がデフォルトだ。重心を下げればラインの移動もやりやすいしトップスピードは上がる。デメリットがないってこともないのだがメリットが有り余る程に多すぎて前傾姿勢以外の選択肢が無い。というかウマ娘のスピードだと
というのにスペちゃんは
なんて、なんて勿体ないんだ……! 地元でトレーニングはしていた、というだけあって身体はかなり鍛えられているように見受けられるのに、素質は凄くあるように感じるのに、それが走りに一切活かされてない! なんなんだこの
入学試験に落ちたというのも納得だ。
「うーん……駄目ねあの7番。全然走り方がなってない」
「あんな子学園に居たっけ……? 悪い意味で記憶に残ると思うけど」
「悪いがあの子のスカウトは絶対にないな……」
「かわいいんだけど……」
そんな生徒達やトレーナーやボヤキが聞こえてくる。くそぅ……確かにめちゃくちゃなフォームなのは事実だけど一生懸命走ってる子をバカにして……! かわいいのは同意だけど! 心底同意だけど! 気持ちよくない! 全っ然気持ちよくない!
……ん? なんだ今の記憶? 今、私……
――どうでもいい! 今はそんな事! 考えろ! 考えるんだホワイトグリント! 今から前傾姿勢で走れって言っても多分スペちゃんは
……
「スペちゃん!
「スペシャルウィーク!
――生まれて初めて、恥ずかしさを振り切って死ぬ気で叫んだ私の声と、少し離れた場所にいた
奈瀬文乃……あの人も、気付いたのか。さすが現在日本一のトレーナーと言われる逸材だ。敵だけど。
「かかと…………っ!」
スペちゃんに私達の声が届いたその瞬間――スペちゃんの走りが、
ドンッ、とまるでターボが掛かったかの様な凄まじい加速。フォーム自体はまだおかしいけれど、しかしスペちゃんの姿勢が
「オオッ!? スペちゃんなんだかいきなり速くなったデスよ!?」
「踵!? 踵を上げろって何!?」
「――えっ。まさか、スペちゃんって今まで……」
グラスさんが嘘でしょ? という表情をしているのはきっとその答えにたどり着いたからだろう。いや私もびっくりしたよ本当に。
「
「いや、
私達の元に、グラスさんの言葉に同意しながら奈瀬文乃がゆっくりと近づいてくる。ふしゃー!
「ミッドフット走法は足裏の中心を使って走る。フラットフッティングは――つまり
「えええぇぇ!? そんなことあるんですか!?」
「絶対に走り難いじゃないそんなの!? 普通トレーニングしてる内に気づくでしょう!?」
「彼女は、北海道から来たんだろう? 雪国のウマ娘なら極稀に走り方が矯正されない事があるんだ。フラットフッティングは、日本では別名『雪国歩き』。降り積もった雪で滑らない様にする雪国では比較的ポピュラーな歩き方だからね」
「だからスペちゃんはあんな変なフォームで……?」
「フォームがおかしいのは、まあまた別の理由もあるんだろうけどね……だが踵を上げてウマ娘の基本であるフォアフット走法に
「ブエノ! スペちゃんがどんどん上がっていくデスよ!」
エルさんの言葉通り、水を得た魚の様にスペちゃんの走りがどんどん加速する。大外から一気に1人、2人、3人、4人、5人――まさにごぼう抜き。残り約300m。
スペちゃんの前に残ったウマ娘は、あと4人。
「はぁ、はぁ、はぁ――! はぁぁぁっ!」
レース場を震わす様なスペちゃんの咆哮が響く。芝が跳ね跳び、土埃が舞い、スペシャルウィークの末脚がターフに炸裂する。
「これは……!」
「――すっごいじゃん……!」
「そのまま一気に行くのよー! スペさーーーん!!!」
「飛っべええええぇ! スペちゃーん!」
グラスさんの目が、スカイさんの目が、キングさんの目が、エルさんの目が、そして私の目が彼女のスパートに釘付けになる。速い。本当に速い……! ジュニア級でこの末脚は、
なんでだろう。
ワクワクする。
ドキドキする。
彼女の――スペシャルウィークの走りを見てると。
『スペシャルウィークか! ホワイトグリントか! スペシャルウィークか! ホワイトグリントか! 壮絶な一騎打ち! 壮絶な叩き合い! モンジューは一杯か!? もう誰も入り込めない! 誰も踏み込めない! 総大将と白雪姫が踊っているッ! 二頭だけの舞踏会! 二頭だけのジャパンカップ! 勝つのはどっちだ――』
私の脳裏に、
ゾクゾクしちゃうっ!!!
「夢は、日本一のウマ娘――か」
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その日の、夕食時。
「ごちそうさま、でした」
「えっ、もういいのか? いつもより全然食べてないが……具合でも悪いのかグリント?」
「まあ普通に考えたら超大盛り激辛麻婆豆腐と超特盛カレーライス食ったらパンパンになるとは思うで? けどホンマに大丈夫なんか? 調子が悪いならすぐにうちらに言うんやで」
すでにトレセン学園の食堂名物となりつつあるオグタマ&グリントの食事会にて、普段の半分程度しか食べずに食事を終えるグリントを心配するすっかり保護者役が板についた2人である。無理もない、いきなり食事量が減ったら誰でも不安になるだろう。
「……体調不良、じゃないんですけど、なんだか胸が苦しくて」
「なるほど、グリントの胸は服を虐めてるようなもんやからな……」
「いくら君でも叩くぞタマ」
「……あの、オグリさん、タマさん。私……多分なんですけど……」
珍しい物を、オグリキャップとタマモクロスは見た。ハードトレーニング中でもないのに、ほんのりと無表情で頬を染めるホワイトグリントの姿を。
「――好きな人が、できました」