己を徹底的に痛めつけるのが大好きな超絶ドMウマ娘は周りから世界一の努力家と勘違いされている   作:座敷猫いおり

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二十一話『ホワイトグリントと怪鳥と怪物』

「オグリキャップだ、よろしく頼む」

 

「ブエノ! オグリ先輩と一緒に併走させて貰えるなんて光栄デース! もうすぐエルのメイクデビューデスからね! こんなに心強いトレーニングはありません!」

 

 夜間。照明にライトアップされた模擬コース場の上でエルコンドルパサーは心が弾んでぴょんぴょんと自然と身体が動いてしまう程に興奮を隠せない。何せ今日の夜間トレーニングは憧れの大先輩の1人である“芦毛の怪物”と共に行えるのだから。

 

 エルコンドルパサーはアメリカで生まれアメリカで育ったウマ娘。日本に留学して来たのも約一年前と比較的日が浅い。故に現役時代のオグリキャップの事は知らない――というわけでは実は無かった。数年前にプロレスラーをやっている父親が日本の興行団体にリングに上がらないかと誘われて何度か来日しており、その時にエルコンドルパサーも付き添っていたのだ。

 

 そこで彼女は日本の競バを見た。オグリキャップの走りを、日本ウマ娘達の熱い走りを――日本のターフには敬愛してやまない覆面プロレスラー(ルチャドーラ)(パパ)が宙を舞うリングの舞台と同じ熱さがあった。

 

 日本に留学を決めたのは様々な要因があったけれど、あの日見たレースがその決め手の大きな一因になっているのは間違いない。そんな理由もあってエルコンドルパサーはオグリキャップに密かな憧れを抱いていたのだが、その人物とこうしてダートとは言え併走が出来る――今日はなんていい日なのだろう、とエルコンドルパサーは小躍りさえしたい気分だ。

 

「でも、どうしてエルを誘ってくれたんデスか……?」

 

「君は今のジュニア級ウマ娘の中で()()()()()()の実力を持つと評判で以前から気になっていた。それにグリントが世話になっている様だからな。そのお礼もしたかったし、色々と聞きたい事もあったんだ」

 

「そんな! グリントにお世話になってるのはエルの方デース! グリントはエルの癒し! 心のオアシス! お礼なんてこっちがしたいくらいデス! そしてエルに聞きたい事デスか? なんでも質問してくださいデース!」

 

「そうか――ならまずは年収を教えてくれるか」

 

「ケッ!?」

 

「今の世の中金がすべて、なんて私自身は全く思ってないしぶっちゃけ気にもしてないんだが。でも経済的に安定した不安のない結婚生活を送って欲しいしその為には収入も大切だからな……」

 

「一体何の話をしているのかまるでさっぱりわからないのデスが、年収……年収!? えーと……ノーマネーデスね……エルはアルバイトとかもしてないデスし、まだぱかプチみたいなグッズも作って貰ってないデスから……」

 

「ううむ……ポイントが下がってしまうな……」

 

「ポイント制!? それ何のポイントなんデスか!? 下がったらどうなるんデス!? というか学生の身分で年収が無かったら下がるような評価項目の正体がエルはムショーに気になって仕方ないデスよオグリ先輩!?」

 

 

 ■■■

 

 

(今期のジュニア級クラスは歴代と比べても非常にレベルが高い――ルドルフはそう言っていたし、私も肌でそう感じていたが……成る程)

 

 デェェェェス! と大声を上げながら張り切って真横で併走するエルコンドルパサーを見て、オグリキャップはその能力に感心する。かつて中央レースで激走を繰り広げ頂まで至ったオグリキャップから見ればフォームも技術も荒削りだしそもそも身体がまだ成長途中なのだろう、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 しかしそれを差し引いても――エルコンドルパサーは紛うことのない“天性の素質”を与えられたウマ娘だろうと断言出来る。現段階ではホワイトグリントの方が一回り完成度で上回っているが、しかしこのまま順当に成長を重ねれば()()()()()()()()()()()()()()、と熱烈にホワイトグリントが大好きなオグリキャップにですらそう思わせる程の規格外の素質と才能が彼女にはある。

 

(だがそれでも、この子とグリントさえ()()()()()()()()……本当にこの世代は豊作だな)

 

 これ程の才気を見せるエルコンドルパサー、そしてそれを上回る異常な完成度を誇るホワイトグリントがツートップではなくトップクラスと一段落として語られる理由。それは彼女達に匹敵する才能を持つウマ娘が()()()1()()()()からだ。

 

 しかも決してその3人だけが突出しているわけでもなく、その一歩後ろには続々と個性を持ったウマ娘達が控えていると推察されているのが今のジュニア級なのである。まさに大豊作の年。

 

 引退した身でも胸が熱くなる。ウマ娘の本能がざわめく。ピークを過ぎた今、もう叶わぬ事ではあるが――彼女達と全力で本気のレースをしてみたかったとオグリキャップは心が切なくなる程だった。2()()()()()()

 

(……故に、惜しい。エルコンドルパサーがどれ程速くとも……もう1人のウマ娘、『グラスワンダー』がどれ程強くとも……()()()()()には……)

 

 

 

 

 

 

「ゼェ、ゼェ……さ、さすがオグリ先輩デス……全く追い抜ける気がしませんでした……」

 

「ふぅ――引退したとはいえまだまだジュニア級のウマ娘には負けられないさ」

 

 数セットの併せを終えて、汚れる事も構わずエルコンドルパサーはぐったりとダートに大の字になって寝転んだ。マスクで若干わかりづらいが、楽しさと悔しさが入り混じった表情にオグリキャップは額の汗を拭いながら微笑みを向ける。

 

「だけど本当に凄い走りだった。君ほどのウマ娘は滅多に居るものじゃないと思う」

 

「イェェェス! ありがとうございますデス! エルはいつか、世界一のGⅠレースと名高い凱旋門賞を勝って! そして世界最強のウマ娘になるんデス!」

 

「世界最強か……それは大きく出たな。あまりにも険しく高い山だぞ?」

 

「ドンと来いデース! エルは世界に羽ばたくコンドル! どんな高い山だって飛んで超えてみせるデス!」

 

 あまりにも夢見がちなとんでもないビッグマウス。しかしオグリキャップは笑う事もしなければ馬鹿にする事もない。

 

 彼女は本気だった。エルコンドルパサーのマスクから覗ける目が、必ず夢を叶えて見せると――宝石の様に煌めいていたから。ああ、なんて綺麗な目なのだろう。なんて純粋な目なのだろう。まるで私の大好きなホワイトグリントと同じ目をしている。きっとエルコンドルパサーとホワイトグリントが立ち並ぶ姿は……お似合いだろうなと何故か温かい気持ちにオグリキャップはなってしまう。

 

「……失礼かも知れないが聞いてもいいだろうか。それほどの力と夢があるなら、なぜ日本に来たんだ? 日本ウマ娘の私が言うのは口惜しいが……日本の競バは海外の大国に比べればまだまだ発展途上。アメリカの方が技術もウマ娘の質も上だろう。君ならアメリカで走ればクラシックだって――」

 

 その言葉を聞いた瞬間、エルコンドルパサーの表情から感情が消えた。

 

「……エル、合衆国(ステイツ)は好きデス。生まれ故郷デスから。まあ途中でパパの仕事の関係でメキシコにも行ったりしてたんデスけどそれは置いておいて……そりゃ良い所ばかりじゃないし、悪い部分もまーあったんデスけど……でも国って、そういう物だと思うんデス。良いも悪いも全部引っくるめて、エルを育ててくれたアメリカが大好きデス。でも……今のアメリカの競バは……」

 

「……?」

 

「……エルは留学するよりずっと前に、この国でレースを見ました。凄く、凄く胸が熱くなったんデス! 全力で闘志を燃やして走るウマ娘達! そしてそれを同じくらいの闘志を燃やして応援する観客達! エルは思いました! この国で走りたい! この国なら絶対にエルを強くしてくれるって!」

 

 エルコンドルパサーは上半身を起こして、ぎゅっと拳を握り空へ突き上げた。

 

「日本はレベルが低い、日本の競バは遅れてる――アメリカでそう言うウマ娘は沢山いたデス。でも、全然そんなことなかったデス! もの凄い努力家でどんなハードトレーニングでも毎日頑張る白毛のウマ娘なんてアメリカにもいません! 凄い才能を持った同じアメリカウマ娘だからこそ絶対に負けたくないグラスはアメリカにいたら出会えませんでした! いつもゆるふわにしてるけど、影でこっそり猛練習してる恥ずかしがり屋のセイちゃんもいません! 留学して来たエルを真っ先に手助けしてくれた優しいツンデレなキングもいません! 病気がちなのにそれを出来ない理由にしない気高いツルちゃんもいない! そしてつい最近出会ったばかりなのに大好きになっちゃったスペちゃんもいません! チームに沢山のウマ娘が居るのに一人一人精密なトレーニングプランを考えてくれるトレーナーさんもいないんデス! エルの直感は正しかった! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って日本に来たのは正解でした! エルはひとりでは強くなれません! 日本のライバル達がエルを強くしてくれます!」

 

 高らかに彼女は叫ぶ。瞳の中に炎が燃える。その熱い言葉の一つ一つがオグリキャップの胸を打つようだった。

 

「エルは! アメリカ生まれの日本ウマ娘として誇りを持って走るんデス! そして! 日本のライバル達を全員倒して! 世界のウマ娘も全員倒して! 世界一のウマ娘になるんデェェェェェス!」

 

「――そうか。君がどういうウマ娘なのかよくわかった。今日は君と走れてよかった、心から思う」

 

「こちらこそデース!」

 

「ちなみに話は変わるんだが君はグリントの事を普段から『オヨメサン』と呼んでいるそうだな」

 

「ケッ!?」

 

 本当に唐突に変わった話にエルコンドルパサーはビクリと身体を揺らす。先程までにこやかにしていたオグリキャップの顔から何か物凄い圧を感じる。表情は微笑んでいるけれど目が全く笑っていない。

 

「それは、あれか。英語で言えばワイフか」

 

「オ、オォォ……いや、あの……ワイフというか、ハニーというか、スィートハートというか……その……」

 

「そういう将来的な意味でグリントの事を思っていると、そう取っていいのか」

 

「お、オグリ先輩……徐々に近づいて来るのがちょっと怖っ」

 

「好きなのか?」

 

「……なんと言うデスか……グリントは()()()()()()()()()()と言いますか……好きデス……」

 

「君にお義父さんと呼ばれる筋合いはないんだが!!!」

 

「ケッ!!!???」

 

 突如興奮する患者の様な支離滅裂なオグリキャップに名状しがたい恐怖を感じて涙目になりかけるエルコンドルパサーだったが、しかし大声を上げて満足したのか憑き物が落ちたかのように落ち着いて、ポンとエルコンドルパサーの頭を優しく撫で静かに言った。

 

「――グリントの好きなタイプは、どうやら黒鹿毛の子らしいんだ」

 

「…………えっ!?」

 

「私は、応援することに決めた。君の夢も――グリントの事もな」

 

「……え? えっ……グリントは黒鹿毛が、好き……? それって……!」

 

 それ以上はオグリキャップは語らず、振り向きながら親指を上げて、サムズアップをしながら去っていく。エルコンドルパサーは顔がりんごの様に真っ赤になって、ドキドキと心拍数が上がっていく心臓の音が直に聞こえるようだ。

 

 オグリキャップという偉大なウマ娘の格好いい背中が見えなくなるまで、彼女の身体は動こうとはしなかった――格好いいのは背中だけで正面を向けば「ルドルフ、タマ……めっっっっっっちゃ辛いんだが?」とボロボロ泣いているオグリキャップを見ることがなかったのは良かった事なのだろう、多分。

 

 

 ■■■

 

 

(グリント、オグリ先輩――見ててくださいデス! エルは、エルは!)

 

『エルコンドルパサー! 大外をつきましたエルコンドルパサー! ぐんぐん上がってくる! エルコンドルパサーが先頭だ! マンダリンスター二番手に変わりました! 先頭は完全にエルコンドルパサー! なんというスピードだ!』

 

(世界一のウマ娘になります! そして――!)

 

『一気に4バ身から5バ身のリードを取った! そのままエルコンドルパサー圧勝ゴールイン! これは強い! 前評判に違わぬどころか軽々と羽ばたいていったぞエルコンドルパサー!』

 

 東京レース場ダート1600mで行われたそのメイクデビュー戦の逆転圧勝劇に、観客席から盛大な歓声が飛ぶ。

 

「嘘やろ……なんつー末脚なんや……あの子、ゲートで出遅れて最終直線入口まで最後尾やったんやぞ……それが終わってみれば七バ身差つけての勝利って……」

 

 黒眼鏡を身につける記者の男、藤井泉助は興奮と衝撃で身体の震えが止まらない。編集長権限で仕事を部下に押し付けて取材に来て本当によかったと心から思った。

 

「あれが白雪姫に匹敵すると噂されとったウマ娘なんか……ホンマに次元がちゃうやんけ……」

 

 今年のジュニア級ウマ娘はホワイトグリント以外にも豊作揃いである、とトレセン学園のトレーナー達が揃って語っているのは競バ関係者には有名な話で、その中でもエルコンドルパサーというアメリカからやって来た留学生がずば抜けてた素質を持っているとも聞いていた。しかしこれはあまりにも勝ち方が強すぎる。噂通り、どころか間違いなく噂以上だ。

 

「おもろい……おもろいで! ホワイトグリントとエルコンドルパサー、どっちが強いんや!? ただ1人圧倒的強者が君臨するだけの中央レースなんてつまらん! これだから競バは面白いんや!」

 

 確実に新しい時代が来ている。そう藤井泉助は確信していた。いずれ実現するであろうこの圧倒的二大ウマ娘の対決は必ず競バファンの心を踊らせる。白毛のウマ娘ホワイトグリントの出現から現在、競バは日本から大注目されているのだ。その中でこの話題性は劇薬に値するカンフル剤になるだろう。

 

 書かねば、この熱い思いを記事に乗せて全国のファンの元へ届けなれければ。そんな使命感に藤井泉助が突き動かされていた――()

 

 

 

 1週間後。中山レース場 メイクデビュー戦 芝1800m――。

 

(ビルトシェーン……貴女を舐めている訳ではありません、勝負に余力を持って臨むなど無礼である事も百も承知しています。しかし――)

 

『さあ4コーナーをカーブして直線コース! 完全にこの2人の一騎打ちになるんでしょうか! ビルトシェーン! そしてグラスワンダー! さあスパートに入ったビルトシェーン! 残り200mを切って! しかしここでグラスワンダー先頭! 懸命に追うビルトシェーン! だが差は開いていく!』

 

(敢えて言いましょう。東条ハナ(トレーナー)さんの指示(プラン)通り――勝てないと判断した場合のみ、全力を出す事を許される今の私にそう思わせない貴女の鍛錬不足だと)

 

『これはグラスワンダー全く息が上がっていない! その姿は静寂に燃え盛る燐火の如く! 後続は大きく離れました! 勝ったのはグラスワンダー1着でゴールイン! ホワイトグリント、エルコンドルパサーに続きとてつもないウマ娘が再び現れた!』

 

(――否。それはただ不甲斐ない自分を認めたくないだけの言い訳ですね……今日に至るまでグリントの様に()()()()()()()()()()()()()()()()()程に鍛え上げればよかっただけではないですか……トレーナーさん、ビルトシェーン。申し訳ありません……)

 

 エルコンドルパサーが圧勝劇ならばこちらのグラスワンダーはまさに完勝劇。だというのに勝者の顔は晴れず――。

 

「アホな……! なんやこの横綱相撲ならぬ横綱レースは……!? あの子汗一つ掻いとらんとちゃうか!? 本気で走るまでもないレースやったとでも言うんか……それで3バ身差勝ちなんて……“怪物”やんけ……」

 

 しかしそのレースを見ていた観客達の喝采が雨あられの様にグラスワンダーへ向けて注がれる。本気を出さなかったのではなく()()()()()()()()()彼女の心情を慮れる者などそれこそ彼女のトレーナーくらいだったのだから。彼女の今日見せた走りはまさに圧倒的強者の余裕としか群集には映らない。

 

「なんなんやこの世代は――! 次から次へととんでもないウマ娘が出てくるやん! あかん……こんなもん編集長なんてやってられへん! この目で直接見んかったら何が競バ記者なんや!」

 

 山の様なデスクワークを押し付けられた後輩記者遊佐よし子が聞いたら激怒しそうな事を叫びながら藤井泉助はキラキラと子供のように目を輝かせる。

 

 ――彼女が本気を出したらどれだけのタイムが出てしまうんだ? 彼女とホワイトグリントはどちらが強い? エルコンドルパサーとどちらが強い? 

 

 そんな夢のレース(もしも)を夢想するファンの思いが募っていく。レース場を渦巻く熱が高まっていく。

 

 彼女達の手に汗握る勝負が見たい、意地と意地のぶつかり合いが見たい、ドラマティックな決着が見たい――見たい、見たい、見たい!

 

 情熱は一人のウマ娘だけでは作れない。可能性が人を熱くするのだから。




ネタバレ
尚このクラスのウマ娘があと2人出てくる模様

※史実ではグラスワンダーがエルコンドルパサーよりずっと早くデビューしてますがこのウマ娘世界では同時期デビューしています。
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