己を徹底的に痛めつけるのが大好きな超絶ドMウマ娘は周りから世界一の努力家と勘違いされている 作:座敷猫いおり
その日、
熟年の渋い部分だけを抽出したかの様な格幅の良い男性がいれば、生まれた時からビジネススーツに袖を通していたかの様な女性もいるし、かつては中央レースで名を馳せた高名なウマ娘さえ居る。共通して言える事は、確実に誰も彼もが一目で常人とは一線を画す
日本競バ界の総合年間売上は2兆円を遥かに超えると言われる経済規模。その驚異的な数字は同じ国民的スポーツとして長らく地位を確立している日本プロ野球界の年間売上がおよそ2000億である事から考えればどれ程の物であるか想像に容易いだろう。
URAの決め事の一つで平然とウマ娘や誰かの人生がガラリと変わってしまうかも知れない――否、確実に変わる。その責任の重さが彼らの肩に伸し掛かっているのだ。会議一つとってもにこやかな雰囲気で出来るはずがない。
(なんて重苦しい雰囲気なんだ……これがURA……)
9月から人事交流の一環で農林水産省から出向という形でURAの一員に加わったその中年の男性は、初めて経験するURA上層部の厳格な空気の重さに思わず固唾を飲んでしまいそうだった。
(……だからこそ気になる。なんで会議室のテーブルの真ん中にウマ娘の
飾るにしたって花とかじゃないんだ。ぬいぐるみなんだ、ウマ娘の。
なるほどこれがURA。彼らがどれ程ウマ娘達を大切に思っているか、その精神性の現れという事なのだろう。会議室の神棚に白みがかったグレーの毛色のウマ娘のぬいぐるみが守護神の様に祀られているのもその一環というわけか。
「――次に、阪神レース場の総収容人数が少なすぎると各地から大クレームが飛び交ってしまった事案についてですが」
「由々しき事態だ。早急に手を打つ必要があるな」
「ええ、ファンに頑張るウマ娘ちゃん達を満足して応援して頂く事ができる環境を整えるのは我々の責務ですからね」
「前回の10万1138人でも収容数は限界でした。急ピッチで仮設スタンドも増設しましたが……」
「さすがに12万は無理だったか……入場者が減る事はないと思っていたがまさかここまで増えるとは」
「レース場の外周も利用すれば収容自体は可能ですが安全性、視認性の観点から推奨できません」
「利益を優先し安全性が損なわれるのは認められんよ。ウマ娘ちゃんやファンに何かあったらどう責任を取るつもりだ」
「可能な限り東京、中山、京都のレースに出て貰うしかないのでは。そういう点で次走の対策は人員を増やすだけで良かったのは助かりましたね。東京レース場の京王杯ジュニア級ステークスなので」
「ファンが集まりすぎるからと一個人のウマ娘にレースを制限させるのは公平性に欠けますよ!」
「彼女はティアラ路線を予定していると聞くぞ? 次はいいとして阪神のジュベナイルフィリーズと桜花賞はどうするんだ。このまま彼女の人気がオグリキャップの様になっていくなら間違いなく彼女の走りを見届けられないファンで溢れる」
「特別処置として東京などのレース場で開催するのは?」
「1人のウマ娘の為だけに開催地を変えるのもそれはそれで公平ではない」
「ですがいずれ彼女は第二のオグリキャップと呼ばれ――いえ、すでにそう呼ばれています。何かしらの特別処置はしなければ。オグリキャップは大丈夫だったから、という認識では彼女が潰れかねません。彼女はオグリキャップではなく別のウマ娘なのですから」
「オグリキャップがレース場に導いてくれて、そして彼女の引退と共に離れて行ったファンが戻りつつあるんだ。この機を逃すわけには……」
「我々URAはウマ娘の教育委員会という側面も持っています。利益を上げる事は重要ですが一番に考えなければならないのはウマ娘の健全な生活です」
「……」
これってURA上層部が考える事なのか? いやきっと考えなきゃいけない事なんだろうな……と白熱する会議に耳を疑いたくなる中年の男性は無言のままどうにか言葉を飲んだ。
「では続いて今期デビューを迎えたウマ娘達のぱかプチの確認を。委託しているサトノエンターテイメントグループエージェント*1より完成版の見本が届いていますので、配らせます」
「ほう……さすがサトノグループだな。いい仕事をしている」
「個人的にはエルコンドルパサーのマスクが一体化しているのが残念ですね。着脱式には出来なかったのでしょうか」
「本人から素顔はNGと断られたらしい」
「素人考えで恐縮なのですがホワイトグリントの目はもう少し小さくした方が似るのでは?」
「いや、それだと本物には近くなるかも知れないがデフォルメされたぱかプチとしての愛らしさが損なわれてしまう」
「なるほど……だからこの目の大きさなのですね。私が浅はかでした、さすがですね理事長」
「ッ……」
これ本当にURA上層部がやるべき事かなぁ!? ねえ本当に必要かなぁこのぬいぐるみの批評会って! と中年の男性は無言のままどうにか限界ギリギリ叫びだしてしまいそうな言葉を飲んだ。
はてさてウマ娘に片っ端から脳を焼かれているURA上層部に揉まれ正気を失いそうになっているこの中年の男。
実は意外な形でホワイトグリントと出会い、そしてお互いがお互いに恩人という深い関係になる運命が待っている。
その男、後の農林水産大臣。『呪われたポスト』と呼ばれたその職務を全うし、『近代競バの大恩人』とまで称される事になるのは――今はまだ関係ない、未来のお話。
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URAが熱く
「ついにこの時がやって来たデスね……グリント、そしてグラァス!」
「ええ。良いレースをしましょうね」
「……うん」
「軽い! 軽いデスよ2人共!? エル達の対決がどれだけ世間の注目を集めてると思ってるんデスか!? 今日なんてどこのスポーツ紙もエル達を一面で載せてて嬉しくて全部買っちゃったデス!」
そう言ってエルコンドルパサーは手にしていたスポーツ紙を机の上に叩きつける様に広げた。そこには『白雪姫vs怪鳥vs怪物! ジュニア級最大の決戦!』だとか『全勝対決! 無敗を賭けた大一番!』だとか『勝ったウマ娘はジュニア級最優秀賞受賞確実! か?』とか『リュージリハビリ順調 私待つわ いくらでも待つわ』と書かれていたのだが、グラスワンダーは微妙な顔をしていた。
「無駄遣いはいけませんよエル。というか貴女、『グッズ収入で年収があると言える様になったデース! 沢山お金を貯めてポイントアップデース!』って言ってませんでしたか?」
「新聞買うくらいいいじゃないデスか!?」
「それに、私とて応援してくださるファンの皆様を蔑ろにするわけではありませんが、あまりこういう風に騒ぎ立てられても困ります。いいですか、レースとは常に己との戦いであり――」
「うわぁ! すごいです! 私もグラスちゃん達が一緒のレースで走るって聞いてから、本当に楽しみでワクワクしっぱなし! 皆の事、一生懸命応援しますね!」
「絶対に負けませんよグリント、エル。勝つのは私です」
「恐ろしく速い手の平返し……セイちゃんじゃなきゃ見逃しちゃいますね~」
スペシャルウィークとホワイトグリントがお友達になってからというもの、すっかりこの輪の中に溶け込んでいる彼女を何故だか無性に気に入っているグラスワンダーの身代わりの早さにセイウンスカイのツッコミが飛ぶと、プルプルと拳を震わせながら目尻に涙を溜めていたキングヘイローはついに我慢の限界が来たようで、パシィ! と心地のいい音を立てながら新聞を叩いた。
「なんでこのキングが仲間外れにされてるのよ~! 私だって2戦2勝のパーフェクト一流ウマ娘なのよ!?」
「いやだってキングこのレース出ないじゃん」
「~~~~~~~~!!!!!」
バンバンバンバンバンバンとスポーツ紙にキングの闘魂注入が飛ぶ。エルのスポーツ紙が!? とコンドルの悲鳴も飛んだ。
「今からトレーナーに言って来週の東京スポーツ杯から京王杯に変えるわ!」
「この前もそう言ってたけどもう無理だって~。京王杯明日だし」
「くうううぅ……! せめて一週間以上前に知っていたら……! というかエルさんとグリントさんの登録がそもそもギリギリすぎるのよ!」
「いやぁそれは申し訳ないデス。こっちもトレーナーさんと話し合って突然決まった事なんデスよ」
「……私も」
「くっ、なら仕方ないわね……」
「まあグリントも出るかもってその時トレーナーさんが言ってて、どっちかって言うとグリントが出るなら出るって感じだったんデスが」
「……私も」
「だったら言ってよ! 私に! 誘いなさいよ! 私を! その時にぃ!!!」
バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンと机を破壊する勢いの高速連打。しかし怒り狂っていてもトレセン学園の大切な器材を破壊するなど一流のやる事ではないと言わぬばかりに力加減をコントロールしている辺りがさすが一流を目指すウマ娘キングヘイローである。エルのスポーツ紙は無事犠牲になったのだが。
グリントの『別に無視してたわけじゃなくて……もうキングさんは東京スポーツ杯に登録してたのを知ってたから……』という説得で、確かに2週間前とは言え不可抗力があったわけでもないのに登録したレースを変えるのは一流のする事じゃないわね……と落ち着きを取り戻したキングがせっせとぐしゃぐしゃになったスポーツ紙を丁寧に直しているのを尻目に、エルコンドルパサーは再びグリントにビシッと指を差して叫んだ。
「グゥリント! エルは! このレースで! お互いのプライド以外に賭けて欲しいものがあります!」
「……賭け?」
「エルがこのレースで勝ったら――グリントはエルのオヨメサンになってください!」
ざわっ、とその発言を聞いたクラス中のウマ娘達がどよめき惑う。中には顔を赤くしながら『きゃー! ついにエルちゃんがグリントちゃんに告白よ!』と黄色い悲鳴を上げる者までいる始末だ。おそらく腐っている。
「エル……神聖なレースを賭け事に使うとは何事ですか……」
にこりと笑顔を作るグラスワンダーにヒィ!? とエルコンドルパサーは恐怖した。グラスワンダーが一番怒っている時はあからさまに不機嫌な時ではない。この背後に暗黒が渦巻いているかのような笑みを浮かべる彼女こそ一番危険だと知っているからだ。
しかしそのデンジャラス状態のグラスワンダーを手で遮って御したのは意外にもホワイトグリントだった。
「……オヨメサンになったら、どうなるんですか? 具体的に」
「ケッ!? 具体的!?」
……あっ絶対これ特に何も考えずに言った奴だ、とセイウンスカイは察する。
「えーっと、えーっと……その……グリントがエルのオヨメサンになったら……いちゃいちゃ、とか……したいデス……」
『乙女だ』『乙女かよ』『いつもいちゃついてるじゃん』とクラス中から心の中でツッコミが入る中、ホワイトグリントはいつも通りの無表情のまま、静かに再び聞き返す。
「……もっと、具体的に」
「ケッ!? ……て、手とか、繋いだり……」
『乙女だ』『乙女かよ』『いつも思いっきり抱きついたりしてるのに手を繋ぐ方が上なの……?』という総ツッコミが入る中で、ホワイトグリントは何かを考える様な仕草をして、数十秒――。
「――いいですよ」
「いいの!?」
とセイウンスカイが驚いて。
「いいんですか!?」
とスペシャルウィークが顔を青くして。
「いいんデス!?」
と言った張本人すらびっくりした刹那、続け様にホワイトグリントは言った。
「エルさんが勝ったら、私はエルさんのオヨメサンになります。その代わり――私が勝ったら、