己を徹底的に痛めつけるのが大好きな超絶ドMウマ娘は周りから世界一の努力家と勘違いされている 作:座敷猫いおり
おそらくは未来永劫語られ続けるであろう伝説を、その“芦毛の怪物”は生み出した。
芦毛の怪物に立ち並ぶ数々の好敵手達との名勝負。人々はオグリキャップという存在に、そしてその時代に熱狂し夢を見た。
そして有マ記念、トゥインクルシリーズにおけるオグリキャップのラストラン。神はいる――三女神さえもオグリキャップを
オグリキャップの時代は終わり、新たなウマ娘達がその夢と熱を受け継いで走り出していく。その繰り返される歴史の積み重ねがあるからこそ
だからこそ、思う。
だからこそ、願う。
だからこそ、見たい。
終わってしまったはずの伝説の続きを。
彼女の魂を受け継ぐ伝説の再誕を。
人々は待っている。
オグリキャップ伝説から続く新たな物語を。
■■■
中央トレセン学園は素質があればどのようなウマ娘でも受け入れる。
優等生であれ問題児であれ強く、そして速く……もしくは走ること以外の“特別な才能”が見受けられれば入学する資格が誰にでもあり、競走ウマ娘にとって日本最高峰のサポートを受けられる。
才能こそすべて。
持たざるものにはその地に足を踏み入れることすら許されない、あるいは残酷とも言えるシステムだ。しかしながら競争社会というのは文字通りそういうものだろう。
入学へのハードルは
もっとも重要視される実技であれば地元では負け知らずだったウマ娘ですら規定タイムに足りず脚切りという憂き目に合うことも珍しくはないのだ。
完全なる実力主義。たとえどこぞの権力者がぜひこのウマ娘を中央へ、と強引に申し出たところで入試がパスなんてされるはずもない。全国から集められた2000人規模の天才ウマ娘達の中で勝利を目指すもの、そして輝けると判断された物だけがその場所に立ち入ることを許される。
それを知るからこそ、トレセン関係者は安易な気持ちで
「今度の新規入学試験を受けるウマ娘の中にホワイトグリントというウマ娘がいるんだが、絶対に中央へ入れたいんだルドルフ」
あのオグリキャップが推薦するウマ娘がいる。オグリキャップというその者の人柄と実績を知るものであればそれは青天の霹靂でありちょっとした事件であった。
「ふむ、君が推薦するウマ娘か……それだけで興味津々ではあるが、入れろと言われて簡単に入れるほど中央の門は広くはないぞオグリ?」
「そんなことはわかっている。普通に試験をしてくれればいい……そうすれば
「ほう。孔明臥竜――君がそういうのであれば、名は聞かないが余程の才を持ったウマ娘のようだな。しかしつまるところオグリ、君の心配は能力面ではなく
問題なく受かる能力があるならこうやってオグリキャップがわざわざ生徒会室に乗り込んでくる必要もない。
しかしながらそのホワイトグリントいうウマ娘は余程の気性に難のある問題児なのだろうか? と思案しつつルドルフは数年来の友人となって長い来客者を持て成す為に紅茶を淹れる。
確かに能力があってもゲートに入ることを極端に嫌がってしまうなどの問題を抱えるウマ娘は実のところ中央ですらそう少なくない。だがその程度の問題ならば訓練を続ければいずれ解決する話。トレセン学園はそのようなことでダイヤの原石を逃したりはしない。
「どうぞ。丁度君の好きな銘柄の差し入れを頂いてね」
「ありがたくいただく……ズゾゾゾ」
口をすぼめ音を立てて啜る様はちょっと品がないとは思うが、相変わらずオグリキャップの紅茶の飲み方は面白いものだとルドルフは苦笑して、自らも紅茶に口をつける。
「ズゾゾ……性格の問題、なのは間違いないが……端的に言うと彼女は
「オーバーワーク、か」
「さすがルドルフは察しがいいな。だが、そこじゃないんだ。オーバーワークをすることも問題だがそれ以上にそれをやる
■■■
オグリキャップとルドルフのあの会話から少しの日々が過ぎ去り、トレセン学園に夢と情熱を持ってやってくるウマ娘達の入学試験はつつがなく執り行われた。
今期の新入生はまさに大豊作と言っても過言ではないだろう。特にセイウンスカイ、キングヘイロー、グラスワンダーといった面々は歴代の新入生の中でも頭一つ飛び抜けている印象を抱かせる。
この世代は確実にレベルが高い。幾人ものスターウマ娘が生まれ
そんな中でまずその
(――やはり似ているな、オグリキャップに)
一目でそう連想させるくらいには、彼女とオグリキャップの面影が重なる。容姿自体も部分部分で似てはいるのだが、それ以上に彼女が纏った
行雲流水。雲や水があるがまま穏やかに流れるように、彼女の在り方は人生の分岐路と成り得るかも知れないこの試験会場において尚自然体だった。皇帝シンボリルドルフという偉大な存在の前では多くの者が緊張し背筋を正す中、何も動じず対等に接することのできたオグリキャップのように。
ただ、オグリキャップの顔つきはどちらかといえば愛らしくも凛々しい面持ちだったがホワイトグリントは西洋人形のように美しい顔立ち寄りで、オグリキャップは動じずとも感情表現が豊かだったがホワイトグリントは感情をどこかに置き忘れてしまったのかと思えるほどに無表情だが。
(しかも似ているのは姿形だけではなく――
白毛という毛色の珍しさゆえに目立つことには慣れているのか、今も周囲のウマ娘達から見つめられ、ざわざわと噂話をされていてもどこ吹く風。その噂話に耳を傾けてみれば、やはり彼女とオグリキャップの関係性、そしてまだ本格化を迎えていないのにも関わらず
『あの白毛の子、オグリキャップさんの親族か何かなの? なんだか似てるよね』
『さっきのあの子の走り方みた!? 超速かったよ!』
『しかもオグリさんと同じ
『見なよあの
『スレンダーなのに全体にしっかりと筋肉がついてて……本当に同年代なのかよあいつ』
『あれがまだランドセル担いでるって嘘でしょ……』
『胸おっきい』
つい先程行われたホワイトグリントの入試レース。距離は1000mと比較的短いが未成熟のウマ娘の安全性を配慮した上で素質を見るのには十分な距離であろう。
そこで見せた彼女の走りは、ルドルフですら軽い衝撃を覚える程のものであった。地面を這うような超前傾姿勢での疾走はオグリキャップだけの
(オグリキャップの超前傾姿勢というフォームは筋肉の柔らかさとダートを蹴り割るようなパワーがあってこそ成立する走法だと思っていたが……まさか
周囲のウマ娘達はさもオグリキャップと同じ走法だと思っているようだが、ルドルフだけは見た目は似通っていたとしてもあの走りが全く別のアプローチによって生み出されたものだと瞬時に理解する。数多のスターウマ娘達を見届けて来たその観察眼の
(なるほど……あれが、彼女の祖父による“
ルドルフは目を窄めて思い出す。彼女の入学願書に付属された調査書につらつらと書き綴られていた彼女の過去を。
ホワイトグリントの母方の祖父にあたるその男は、かつて中央トレセン学園に勤めるエリートトレーナーだった。若かりし頃の彼は競争だけでなくスポーツ全般が根性論でなんでもできると信望されていた時代の例に漏れず、現代では考えられないような非効率のスパルタ教育を担当に施すことで有名であったらしい。
彼の指導についていけず脱落や脱退するウマ娘も多かったがそれでも重賞ウマ娘を何人も生み出すことに成功していたので中堅以上のトレーナーとして一定の評価はされていたのだが、根性万能の時代は終わり科学的なトレーニングや効率、合理性、安全性、自主性が重視される時代が来ると彼の指導は
『無念だ。俺の手で“トリプルティアラ”を取れるウマ娘を生み出せずに終わるのは』
彼はそう言い残して学園を去り隠居した――はずだった。
果たしてそれは幸か不幸か。彼の娘の子、つまりは孫に珍しい毛色を備えたウマ娘が生まれて来た。それこそがホワイトグリントである。
彼とホワイトグリントの間にどのような経緯で“師弟関係”が結ばれたのかは本人達だけしか知りようもないが、周囲の人々が気づいた時にはすでに彼の指導の下でホワイトグリントがトレーニングを始めていたようだ。
ホワイトグリントの母親は人間だがかつての鬼のような厳しさでウマ娘を指導する父親の姿を知っていたから、大恩ある実父とはいえそんな彼に可愛く幼い我が子を預けるのは不安だった。しかしホワイトグリントから弱音や苦言など一切聞いたこともなくむしろ日々のトレーニングを楽しそうに受けに行っていたものだから父も変わったのだろう、と安心していたのだが――。
『――何を! 何をしてるのお父さん!?』
『トレーニングの邪魔をするなら帰れ。グリントはいずれ偉大な――』
『ッ! ふざけたこと言わないで! こんなの!
母親が目撃したのはもはやトレーニングというのもおこがましいような常軌を逸した
母親は自らの父親を児童虐待の名目で法的に訴え、彼はその訴えに対して何一つ弁解することもなく粛々と受け入れ、執行猶予つきの有罪判決が下されたあと人知れず消えた。
彼の行方は、今では誰も知らないらしい。
己の父親という取り替えも取り返しもつかない唯一無二の存在と引き換えに母親は娘を守ったのだ。こうしてホワイトグリントにはまともな日常が戻って――。
『なんで、おじいちゃんはいなくなったの? 私もっと、おじいちゃんとトレーニングしたかったのに』
来ることは、なかった。
願書に付属されていた母親の手紙にはその思いが綴られている。
『あの子が今でも毎日のように血を滲ませるような無茶なトレーニングを続けてるのは、きっと父の間違った教えが正しいと信じているのでしょう。どうかトレセン学園のお力で――あの子を、父の呪縛から解き放ってください』
一説に、虐待を受けた子供はそれが虐待であると気づかないか、むしろそれこそが愛だと
『ルドルフ。私は彼女を助けたい』
オグリキャップの言葉を思い出す。どうやってオグリキャップが彼女の境遇を知り助けたいと願うようになったのかまでは聞かなかったが、それはすべてのウマ娘の幸福を願うルドルフや秋川やよい理事長にとっても同じ思いだ。
入学試験の実技と筆記が終わり残すところは面接だけ、というところでルドルフは理事長へ願い出た。
『ホワイトグリントの面接試験――どうか私も加えてくださらないでしょうか』
生徒会長として様々な権限を持つルドルフと言えど本来は生徒である。入学試験の担当までさせられるはずもないのだが、ルドルフはどうしても直に、今の段階で彼女に問い質したいことがあった。ウマ娘の為ならいくらでも無理を言うし頭を下げよう。それこそが誰もが憧れ慕う生徒会長シンボリルドルフなのだから。
■■■
「一つ、いいだろうか。君は……何のためにそこまでして己を鍛える?」
その嘘偽りは許さないという気迫を込めたルドルフの質問に、先程まですらすらと質疑に答えていた彼女がその鉄仮面のような無表情は崩さないにせよ初めて言葉を詰まらせた。
少しの沈黙と静寂が面接室を支配したあと、彼女は覚悟を決めたように力強い口調で答える。
「
「――ほう?」
「決して祖父の教えが間違ってなどいなかったという、証を立てます」
やはり、そういうことなのか。彼女にとって祖父は尊敬し愛してやまない
祖父から教わったトレーニングを止めないのは、止めれば祖父が間違っていたと、その絆は偽物だったということを認めることになるのと同意義なのだろう。
思わずルドルフは目を閉じ顔をしかめてしまう。この哀れな少女を救いたい。しかしさすればこの少女の心は深く傷つくに違いない。
なにせ常人ならば数日とやり遂げられないであろう苦痛にまみれたトレーニングを、居なくなった祖父の教えと絆を守るという思いだけで彼女は何年もの間毎日続けているのだ。
その思い、その覚悟の重さは果たしてどれほどのものだというのだろうか。グスりグスりと涙を堪える音がする。おそらくは理事長が慟哭の涙を流すことに耐えているのだろう。
ルドルフとて生徒会長や皇帝といった肩書のないただのウマ娘であるのならばこの少女の為に涙したい。だが、彼女は生徒会長シンボリルドルフ。
ホワイトグリントの実技においての入試結果はトップレベルである。中央トレセン学園への入学は何の問題もない。もはや同じ学園の仲間になるのは決定的。
なればこそ、シンボリルドルフが彼女の為に泣いていいのは、真に彼女を救ってからであるべきだ。
ルドルフは願う。
三女神よ――どうか、己が為ではなく誰かの為に死中求活の
ネタバレ
ーーオグリキャップ
┃
ホワイトグリントー
┃
ーー???????