己を徹底的に痛めつけるのが大好きな超絶ドMウマ娘は周りから世界一の努力家と勘違いされている   作:座敷猫いおり

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四話『ホワイトグリントとオグリキャップ(裏)』

「よう怪物――急に呼び出して悪かったな」

 

 オグリキャップが個室のドアを開けると、そこにはニヒルに笑顔を浮かべるかつての恩師(トレーナー)六平銀次郎の姿があった。以前とは少し(・・)だけ違う所があれど、その研ぎ澄まされた日本刀のような雰囲気と鋭い眼光は依然として健在で、オグリキャップもまた懐かしさからか微笑みを浮かべて言葉を返す。

 

「久しぶりだな、ろっぺい。気にしないでくれ今はお互いに引退した身だ」

 

「いよいよ身体にガタが来た迎え(・・)を待つ老いぼれと次の(ステージ)に向かう為の引退は一緒にできねえだろう」

 

 と、六平は指で己が座る車椅子(・・・)をコンコンと小突いて、寄る年波には勝てねぇもんだと大げさに溜め息を吐く。

 

「そのサングラスの下でギラついてる眼で睨まれたら、迎えなんてあと20年は近寄りもしないと思うが」

 

「くくっ……あの地方から来た天然ウマ娘も冗談が上手くなったもんだ。とりあえずは――茶菓子でも食っていけ」

 

 冗談のつもりはないんだが――とオグリキャップは独り言ちて、六平の後ろへ山のように積まれた茶菓子にきらりと目を光らせた。

 

 

 

「なるほど……つまりそのろっぺいの()()()()()()()()()()というウマ娘の様子を私に見に行って欲しい、と。色々言いたいことはあるが……最終的に事の責任も果たさず蒸発するなんて最低すぎないかその男」

 

 もしゃりもしゃりと高級茶菓子の空箱を何十何百と積み重ねながら、穏和なオグリキャップには珍しい他者への攻撃的な批判と不機嫌な顔を隠すことなく彼女は問う。

 

「それが事実(・・)であれば返す言葉もねぇな」

 

「ろっぺいは真相は違う、と考えているのか?」

 

わからん(・・・・)――というのが本音だ。旧知であれ心根知れた親しい仲というわけでもなかったしな……この話だって最初は人伝で偶然知ったくらいだ。だが奴なら指導(スパルタ)が過ぎて周囲に誤解を与えたのではと思う所もあれば、あるいはついぞ狂気(・・)にも似た妄執に取り憑かれたか……と思う所もある」

 

 視界を遮るように深々と帽子を被り直しながら、六平はかつて中央で鎬を削った同朋の姿を思い出す。その男は学園を去る最後まで決して名伯楽や名人などという秀でた者に与えられる敬称で呼ばれることはなかったが――。

 

 その見るものすべてが震え上がるような畏怖を宿した目つきを持つその男を多くの者がただシンプルに、たった一文字にて喩えた。『鬼』()――と。

 

「妄執……?」

 

トリプルティアラ(・・・・・・・・)……普段は寡黙な男が珍しく熱く語る程にはそれに拘っていたよ。いつか自分で花の三冠を取れるウマ娘を育てるんだとな……だがかの“魔性の青鹿毛(メジロラモーヌ)”と他のトレーナーによって史上初のトリプルティアラが成し遂げられて以来、奴は……いかんな、歳を食うと余計な話ほど長くなりやがる――話を戻そう」

 

 仕切り直しとお茶を一口飲み込んで潤しながら、六平は机の上に置かれたファイルから数枚の写真を取り出す。そこに写っていたのは感情(・・)というものを何処かに置き忘れてしまったかのような白毛の美しい無表情のウマ娘だった。

 

「これがその例のウマ娘――ホワイトグリントだ」

 

「――」

 

「本来は俺が直接出向くか『ジョー』の奴に任せるのが筋ってもんだろうが……生憎と俺はこんな有様(・・)で、ジョーも今じゃ中央の有望なウマ娘から逆スカウトされる程の売れっ子トレーナーになっちまったからな……」

 

「――」

 

「だがセンシティブな話だけに適当な奴に任せるわけにもいかん……それにこれは長年トレーナーを続けて来ての経験則(・・・)だがこの子の雰囲気はお前に妙に似ている(・・・・・・)……そういうウマ娘ってのは得てして肌が合いやすい……できれば頼まれてやって……オグリ?」

 

 先程からどうにもオグリキャップの反応がない。食べ掛け(・・・・)の茶菓子にすら手を付けず一心にじっと写真を見続けていた。食事を中断するオグリキャップなど、長い間彼女に目をかけ続けていた六平ですら見るのは二度目(・・・)である。そう――かつて世界を変えたウマ娘(ワールドレコード)“ホーリックス”をオグリキャップが初めて見た時以来*1の――。

 

「――受けた(・・・)、取り敢えず早速会いに行ってくる」

 

「今からか!? いや、引き受けてくれるってんならありがてぇ話だが……」

 

 資料とこの茶菓子は駄賃代わりに貰っていくぞ、とオグリキャップはせっせと口に茶菓子を詰め込んで頬袋をいっぱいにしたリスのようになりながら帰り支度を整え始めて。

 

心配するなろっぺい。(しんふぁいふるなふぉっへい)私に任せておけば大丈夫だ(ふふぁしまふぁふぁふぇぇほへだいふぉふだ)

 

 もごもごと口を動かし六平に向けぐっと親指を立てサムズアップしながら、オグリキャップは軽快な足取りで去っていく。何言ってんのかわかんねぇよ……という六平のツッコミもバ耳東風の有様である。

 

 遠ざかるオグリキャップの背中を眺めながら、六平は静かに呟いた。

 

「頼んだぜオグリ……奴の呪い(・・)が残ってねぇってんならそれが一番だが、もしも俺の不安通り(・・・・)の状況だとしたらそれを変えられるのは……」

 

 規則(ルール)や時代すら変えたウマ娘“芦毛のお姫様(シンデレラグレイ)”くらいかも知れねえからな――と六平は帽子を深く被り直して、オグリキャップが残していった膨大な数の茶菓子の空き箱と包装紙から目をそらすようにお茶を含んだ。

 

 

 ■■■

 

 

 件の少女――ホワイトグリントの写真を見た時、一目でオグリキャップはその感覚を理解した。これは運命なのだろうと。運命的な何か(・・・・・・)というものを今までのウマ生で感じたのはこれで二度目(・・・)なのだから間違いない。

 

 かつて食事をするのも忘れて見惚れてしまった彼女(ホーリックス)もそうだったが、運命とはやはり心がふわふわしてわくわくするものなのだな、とオグリキャップは期待が湧き上がり浮つく気持ちが抑えられなかった。

 

 今でも目を瞑れば鮮明に思い出せる。ホーリックスと触れ合った思い出も、ジャパンカップで命を削るような激走を繰り広げたあのレースも……オグリキャップはレースを通して沢山の大切な人達が出来たが、その中でもホーリックスというウマ娘はトレーナーや最大のライバルであり最高の理解者(ゆうじん)である白い稲妻(タマモクロス)達に並ぶ程心の中で今も尚輝いている。

 

 しかしどうにも今回の感覚はホーリックスの時とは少しだけ異なっていて、わくわくよりもふわふわする気持ちが強い。うまく言葉にできないが、彼女(ホーリックス)との運命が“情熱”であったとしたなら彼女(ホワイトグリント)との運命は“温かさ”と言うべきだろうか?

 

(早く会ってみたいな……)

 

 資料に載っていた彼女の住所を示すスマートフォンの地図アプリによれば、もうそれほど遠くない場所にたどり着いているらしい。冬が近づき吐息が白くなるこの季節でも体の芯が温かくなるような気持ちを抑えるように、六平から預かった資料に目を通す。

 

 虐待、という言葉の字面の悪さにはいつ見ても気分が悪くなってしまう。六平はそれがスパルタが過ぎて誤解を与えたのかも知れない、とは言っていたがしかしながらそもそも虐待にしか見えない(・・・・・・・・・)レベルの指導(スパルタ)はただの虐待に他ならないのではなかろうか。

 

 オグリキャップが普段行っているトレーニングとて普通の競争ウマ娘に比べてもハードすぎる気はあるし、トレセン学園にはそんな彼女を上回る激しいトレーニングを行っている者だって存在する。

 

 だが――それはあくまで“それに耐えうる身体”が出来上がっているからこそ実践に耐えうるのだ。いかな種族・ウマ娘とて本格化が近づく年頃にならなければ幼少期の肉体的強度はそこまで強くない。

 

 にも関わらず、資料によれば彼女は推定3歳前後(・・・・)から――彼の祖父の指導を受けていたという。彼女の祖父が起訴されて行方不明になるその時までずっと。下手をすれば取り返しのつかない負傷を負ってもおかしくはなかったはずだ。彼女が今でも無事健康でいられるのは運がよかったか余程彼女が頑丈(・・)だったかだろう。

 

 私が3歳の頃は何をしていただろうか、とオグリキャップは物心もつかないような時代に思いを馳せる。

 生まれた頃から膝が悪く、満足に歩くこともままならなかった……母親による日々のマッサージをして貰えていなかったら――まず走ることすら夢物語であっただろう。

 

 オグリキャップにとって走れる(・・・)ことそのものが奇跡であり……母親から与えられた()の証明だった。

 

 だからだろうか……それを潰しかねないことをする輩が人一倍許せないという義憤を湧き上がらせるのは。無論、あるいはそのスパルタとて祖父の愛ゆえに、というものであったかも知れないのは否定できないし……そのスパルタをホワイトグリントが自ら(・・)望んでいたという可能性もないわけではない。

 

 いずれも、すべては会って確かめてみなければ始まらないな――とオグリキャップが考えていると。

 

 オグリキャップの横をふらふらと、今にも崩れ倒れそうに蛇行しながら過ぎ去る影が1つ。ピコピコと揺れるウマ耳と淡雪のように白い髪がその人物を白毛のウマ娘であることを告げていた。

 

 ドクン、と鼓動が大きく高鳴ることを感じながら、とっさにオグリキャップは大地を蹴って追いつき様に彼女を抱きかかえ、彼女の顔を見てみれば――。

 

(ああ、やっぱりこれは運命(・・)だな)

 

 運命レベルの繋がりを感じるウマ娘――ホワイトグリントその者であった。

 

「大丈夫か?」

 

 オグリキャップが不安そうに尋ねると、意識が朦朧としているのかぼーとしたままその少女はオグリキャップの顔を見つめていた。そしてしばらくして彼女は静かに口を開き――。

 

「……大丈夫です。ありがとう、お父さん」

 

 そう言った。

 

 ――お母さん聞いてほしい。私はウマ娘(おんな)なのにいつのまにか一児の父親になっていたらしい。

 

 しかしむしろこの子に対しては母親というより父親と呼ばれる方が何故かしっくりくるな――と普通とは少し思考がずれているのがオグリキャップという天然のウマ娘であった。

 

 

 ■■■

 

 

「わざわざ私の為にありがとうございます」

 

 六平に頼まれて君を訪ねて来たんだ、という件を掻い摘んで話すと眉一つ動かすことなくそんな率直な返事だけがあっさりと返って来た。

 

 しかしこうして一目見たからそれでミッションコンプリート、トレセン学園に帰還する――で済ませるわけには当然いかないのだ。つまるとこ六平が心配しているのは虐待(・・)と疑わしき指導を受けた結果、彼女の精神的な現状(・・)が問題ないか調べる為なのだから。

 

 というわけでオグリキャップは先程彼女がふらふらと走っていたのも心配だったし、単純に彼女の能力も気になったのでこのあとトレーニングするのなら一緒にやらないか、と誘ってみたわけだが――彼女はしばし黙り込み、やはり無表情でわかりましたと静かに答えるだけだった。警戒されているだとか嫌われている……というニュアンスの嫌悪感はおそらくだが感じられないので、どうにも単純に彼女は感情表現が苦手なのかもしれない。

 

 そして彼女が普段よく利用しているという運動公園へ移動し、ひとまず彼女の走りを見学してみたが――オグリキャップは素直に驚いた。自身と同じ超前傾姿勢(フォーム)に走り方が似ている(・・・・)のもそうだが、それ以上にトレセン学園に入学前だというにも関わらず彼女の走りは完成度(・・・)が異様な程高い。

 

 特筆すべきは体幹のブレなさ(・・・・)だ。オグリキャップが日本が誇るアイドルホースになってからというもの、彼女に憧れてその走りを真似するウマ娘は多かったがほぼすべてのウマ娘が挫折してフォームを元に戻した。その理由は至ってシンプルでまずまとも(・・・)に走れないのだ。

 

 その理由は様々だが一例をあげると地を這うような前傾で速く(・・)前に進むには、それは人間の身体能力を遥かに超えるウマ娘であっても尚要求されるバランス感覚は筆舌に尽くしがたい。もはや走っているというよりも飛んで(・・・)いる事に近い走法である。

 

 それを彼女は完璧に近い精度で行っている……オグリキャップにとっては母親の献身的なマッサージのお陰で非常に柔らかくなった筋肉によって自然(・・)と出来上がった走法スタイルだったが、彼女もそうなのだろうか?

 

(違うだろうな……先程抱きしめた時も思ったけれど彼女の筋肉はむしろ硬い(・・)この体(・・・)でこの走り方を成立させているのは凄まじいバランス感覚だ……これは――)

 

 才能や素質がどうのこうのでやれることじゃない。おそらくは気が遠くなるような膨大な練習の果てに作られた異能(のうりょく)とも言うべき賜だろう。

 

(これが祖父から虐待に匹敵するトレーニングを与えられ続けたウマ娘、か)

 

 少なくともオグリキャップには一体どのようなトレーニングを続ければまだ小学校(・・・)も卒業していないウマ娘がこうなる(・・・)のかわからなかった。この結果だけ見れば彼女の祖父はトレーナーとしてもしや優秀だったのか? と思ってしまいそうな程だ。

 

 淡雪のような綺羅びやかな長い髪を持ち、人形細工のように整った美貌と豊満な胸を持つこのどこぞの名家(メジロ)のお嬢様と言われても不思議ではないような少女が、いったいどれほどの――。

 

「オグリさん。私の走り、どうでしたか」

 

「――ああ、すごく凄いと思う」

 

「そうですか……すごく嬉しいです」

 

 なんだか語彙が壊滅(ナリタトップロード)したような会話であった。だがオグリは心から思ったことをそのまま告げたのであったし、ホワイトグリントもまたそれが通じたのか心なし嬉しそうである。無表情ではあったが。

 

「次は併せてもいいだろうか?」

 

「……はい、喜んで」

 

 

 

 楽しい(・・・)

 

 本当に素晴らしいことがあった時の感情とはその言葉以上の物が出てこなくなるのかも知れない。

 どうして彼女に接しているとオグリキャップはこんなにも多幸感(こうふく)な気持ちになれるのだろう。確かにそういう気持ちはホーリックスにも感じたものだが……。

 

 ホーリックスに対する思いが“恋情”であったとするなら、ホワイトグリントに対しての思いは“親愛”だった。出会って間もなく、そもそも会話だって数えられるほどなのに……いや、もしやそれ以前からあるいはオグリキャップは彼女のことが好きだったのかも知れないと錯覚するような感覚。まるで()が愛しい我が()を見守っているような……。

 

 もしもこれが三女神に与えられた運命であるというのならば――オグリキャップは両手を握って神様に感謝したい気持ちになる。

 

 少し飛ばそうか、と言ってはやる気持ちを表現するかの如くオグリキャップは加速する。さすがに本格化(ピーク)を終えてしまっているし、全力の6割にも満たない余裕を持たせた走りではあったのだが彼女は芦毛の怪物(シンデレラグレイ)

 

 その速度はトレセン学園のウマ娘であろうと下から数えた方が手っ取り早いような者では併せて走ることすら難しいだろう。しかし彼女は併せて(ついて)来た。本格化もしていない少女のその追走はちょっとした異常事態といっても過言ではない。

 

(本当に凄い……)

 

 オグリキャップは頭を撫でて褒めたくなる気持ちが芽生えるが、だからこそ同時に気になってしまう。

 

 彼女は普段――どんなトレーニングをどれだけ(・・・・)積み重ねているのだろう、と。走り終わってから二人で一息吐いて、オグリキャップはおもむろに口を開く。

 

「君は……普段どんなトレーニングをしているんだ?」

 

「――そうですね。最近は息を止めたまま全力ダッシュを動けなくなるまでやったりとか」

 

 ――は?

 

「祖父の家にある大型タイヤに向かって全力タックルを出来なくなるまでやったりとか」

 

 ――まて。まてまてまて。

 

「バランスボールの上でバーベルスクワットを立てなくなるまでやったりとか――」

 

「そんなことを毎日やってるのか!? ターフを走る前に身体が壊れてしまうぞ! まさかあの時倒れそうになってたのも……!」

 

 思わず彼女が喋り切る前にオグリキャップは大声を上げた。対してホワイトグリントは無表情のままきょとんとしていて小さく「ぁ」と零す。

 

「……駄目でしょうか?」

 

「駄目に決まってるだろう!? なんだその無茶苦茶なトレーニングは!? 何の為にそんな……!」

 

 少なくともオグリキャップには意味がわからなかった。

 

 息を止めたまま全力ダッシュを動けなくなるまで? タイヤに向かって全力タックルを出来なくなるまで? バランスボールの上でバーベルスクワットを立てなくなるまで……そんなものトレーニングではなく“自虐(・・)”しているのと一緒だ。

 

 オグリキャップとて必要ならば時には激しいトレーニングをする。するが少なくとも出来なく(・・・・)なるまでなんて出鱈目なことはしない。かつてヤエノムテキのトレーナーが休息とは走れなくなった時にするものではない、と己に教えてくれたのだと語っていたのを聞いたことがあるがその通りだ。

 

 過剰なオーバーワークは()でしかない。筋肉は細胞がトレーニングによって破壊され修復という過程を経て初めて成長するように鍛錬と休息とは相互関係なのだ。それを無視しても大した効果がないのは科学的に証明されているとトレーナーも言っていた。

 

 それ以上に――いつ故障して走れなくなるかわからないようなトレーニング、まともな精神(・・)をしていたら絶対にしない。続け(・・)られっこない。

 

 何の為にどれだけ辛い思いをして。

 何の為にどれだけ痛い思いをして。

 何の為にどれだけ苦しい思いをして――

 

 彼女は今日という今を迎えているというのか。

 

 オグリキャップの理解を超える現実がぐるぐると脳内を駆け回る。そんなオグリキャップをじっと見つめ、ホワイトグリントは鉄仮面のようだった表情を辛そう(・・・)にして、意を決したようにぽつりぽつりと語りだした。

 

「痛くないと、意味が無いんです」

 

 何故?

 

「苦しくないと、意味が無いんです」

 

 何故だ? 

 

「だって私は……そうじゃなきゃ、満たされないから――!」

 

 ――満たされ、ない? どういう……ことだ?

 

 オグリキャップは必死に混乱する頭で考える。彼女の言葉の真意を。満たされない……つまりは彼女は己を徹底的に痛めつけることで何かを満たしていることだ。何を……何を満たしているんだ? まさか痛みや苦しさで心地よいから心が満たされる、というわけでもないだろう。

 

 こんな自虐的な行いで……こんな自罰的(・・・)な行いで何が――。

 

 まさか、とオグリキャップは思いざまに言葉を絞るように吐き出した。

 

「……それは、自分を罰しなければ気がすまないということ、か」

 

 彼女は――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか?

 

 その疑問を肯定するかのようにホワイトグリントはこくりと頷いた。

 

「だが……それは君が悪いんじゃ……」 

 

 どうしてそれがホワイトグリントの罪になるというのか。そこに本当に祖父の愛があったとしても、絆があったとしても彼は客観的に虐待を行っていたと見做される程のことを彼女に行っていたのだ。

 

 気にするな、なんて軽口は決して挟めない。けれども――君は何も悪くない。罪の意識が満たされるまで己を自罰する必要なんてどこにも――。 

 

「……そうやって生きていくことしか私はできないんです」

 

 そのオグリの考えを否定するかのように、涙ぐみながら彼女は言った。

 

 違う。祖父が悪いんじゃない。すべては敬愛する祖父を犯罪者にまで貶めた自分が悪いのだから――己を罰しながら生きていくことしかできないのだと。

 

「許せない」

 

 それは紛れもなく己に対しての強い怒りだった。彼女はきっと――祖父が居なくなってからずっと、ずっとずっと――自分を痛めつけることなんて大したことがない(・・・・・・・)くらい――。

 

 

 苦しかったんだ。

 

 

 自分の両目から流れてくる涙を拭うことも忘れオグリキャップは彼女を抱きしめた。どんな言葉であれば彼女を苦しみから救ってあげられるのかわからない。それでもオグリキャップは伝えたかった。これだけは言ってあげたかった。

 

「……たとえ、君が自分を許せなくても……私は……私が……君を許すよ」

 

 今しがた出会ったばかりのウマ娘から与えられた免罪符に何の意味があるというのか。そうわかっていても、言わずにはいられない。

 

 ホワイトグリントは、泣いた。思いっきり、泣いた。それはおそらく祖父に対しての謝罪の涙であり――同時にきっと、許されたい(・・・・・)という彼女の心の底の願いだと信じたかった。

 

 

 ■■■

 

 

「――そう、なっちまってたか」

 

「ああ……彼女は、重症(・・)だ。多分……私一人じゃ彼女は救えないし……変えられない」

 

 六平の元に戻ったオグリキャップは憔悴した顔つきのままことの有様を告げる。しかしその目には、絶望は見られない。かつての大レースに挑む時のような強さが宿っていた。

 

「それでも……私がそうであったようにトレセン学園に来て、大切な人達が沢山できれば……彼女は自罰以外でも、満たされるかも知れない」

 

「……俺も、ガタが来たなんて言ってられねぇな。できることは少ねえが、あの子の祖父を――リンドウ(・・・・)を探して見る。必ず見つけて、ぶん殴ってでも引きずり連れて来てやる」

 

「頼む……彼女が自分を許す為には、その男もきっと必要だから」

 

 おそらくオグリキャップは彼女の祖父(リンドウ)が許せない。呪いを残して彼女の前から身勝手に去っていったその男を。

 

 だが、同時にホワイトグリントがどれだけ祖父のことを思っていたのかがわかるから――。

 

(きっとこの運命は、私が学園を卒業する前に成すべき最後の使命なんだ)

 

 オグリキャップはそう確信する。

 

 だからオグリキャップはもう泣かないと決めた。泣いていいのは、彼女が心から自分を許せる日を迎えた時だ。

 

 お母さん、見てて欲しい。お母さんのようにはいかないかも知れないけど……。

 

 かつて無償の母の愛によって碌に立ても走れもしなかったウマ娘が1つの伝説を時代を作り上げる程のウマ娘に成長したように。

 

 私も愛で――。

 

 あの子を、救って見せるから。

*1
ウマ娘シンデレラグレイでは再現されていないが、馬世界のオグリキャップは一度飼桶に首を突っ込んだら食べ終わるまで決して首を上げないと言われていた程なのに食事中のオグリの前をホーリックスが通り過ぎたら、食べるのを止めて彼女をじっと眺めていたという逸話がある。




 これまでの勘違い

 シンボリルドルフ
 祖父の名誉を回復させる為に身を削るようなトレーニングをしていると思っている。

 オグリキャップ
 自分のせいで祖父が逮捕されてしまったから自罰的な行いをしていると思っている。

 ホワイトグリント
 オグリキャップには性癖カミングアウトが済んだと思っている。

 ネタバレ
 ろっぺいさんは実は足を怪我しているだけ。
 速く怪我を直したいなら車椅子に座って安静にしてください! とキタハラとベルノに無理やり座らされている。ありがてぇが爺扱いすんじゃねえよ……爺だけどよとは六平の談。
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