己を徹底的に痛めつけるのが大好きな超絶ドMウマ娘は周りから世界一の努力家と勘違いされている   作:座敷猫いおり

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五話『ホワイトグリントとオグリキャップとタマモクロス(裏)』

「21番テーブルにジャンボ人参ハンバーグと人参ご飯大盛り! 20辛カレーライス大盛りと娼婦風パスタ(プッタネスカ)“キャロライナリーパー”*1トッピング大盛り追加! 急いで!」

 

「もう定量で作らなくていい! 5人前ずつ作れ!」

 

「2000を超えるウマ娘達の胃袋を支えるこの中央の厨房が2人(・・)の大食らい如きに根を上げてられないよ! 頑張りなお前達!」

 

 はいっ! と壮年の女料理人である主任の飛ばす激に部下のコック達が額に汗を伝わせ気合を入れる。場面は打って変わってここは中央の大食堂。

 現在の時間は食い盛りのウマ娘達が腹の虫を鳴らす昼飯時で、忙しさはピークに達しており厨房はまさに戦場さながらの鉄火場である。だがここは日本最高峰にして最大のウマ娘達の教育施設。従来ならたとえピーク時であっても創立から何十年も数多のウマ娘達の胃袋を支え続けて来たこの厨房の調理が追いつかなく(・・・・・・)なるなんてことはなかったしコック達の誇りに賭けてあってはならない――のだが。

 

「21番テーブルヤサイニンニクマシマシ味噌ラーメンと人参炒飯大盛り! 麻婆豆腐激辛大盛りにジャンボピザ“ドラゴンズブレスチリ”*2トッピング追加ァ!」

 

「嘘だろまだ食うのか……!」

 

「オグリちゃんはいつものことだけどあの白毛の子もオグリちゃん並に食ってる……!?」

 

「というかずっと激辛ばっか食べてるけど大丈夫なのかあの子! キャロライナリーパーの辛さ指数(スコヴィル)ってハバネロの6倍くらいじゃなかったか!?」

 

「ドラゴンズブレスチリは10倍だよ……滝みたいな汗掻いてたけどバクバク食べてた……」

 

「むしろそんなもん常備してるトレセンがおかしいな!?」

 

「喋ってないで調理に集中しな!」

 

 次々と途切れることなくいつもの倍の速度(・・・・)で同じテーブルから注文が飛んでくるこの状況に動揺するコック達。檄は飛ばせども料理主任ですら内心驚きを隠せないのだから仕方ないのかも知れない。

 食いしん坊怪獣(オグリキャップ)が学園にやって来てからというもの学園の食料消費量を彼女一人でゆうにウマ娘数十人分は跳ね上げたことは衝撃だったが、だからといって彼女が在学してからそれなりの年月が経過している現在、もう慣れた(・・・)

 

 慣れたが――オグリキャップのブラックホールのような食欲に匹敵(・・)するウマ娘がもう一人増えたというのであれば動揺もするというものだ。

 なにせオグリキャップほど食欲旺盛なウマ娘などあと十年は出現しないであろう――と長い間学園の厨房に勤め主任も任された己の経験則からそう判断していたのだから。

 

 料理を作る手を休めることなく、ちらりと天を突くかのように皿が山積みになったテーブルを眺める。

 そこに居たのは学園にやって来た時と相も変わらず幸せそうに料理を食べるオグリキャップと、大量の汗を流してはいるが同じくらい幸せそうな笑顔(・・)を浮かべながら食べる珍しい毛色(しろげ)のウマ娘――そしてもう一人(・・・・)の姿が。

 

 

 ■■■

 

 

 普段、己を鍛えるというよりも痛めつけていると言っていいようなハードトレーニング以外では、感情をどこかへ置き忘れてしまったかのように無表情を崩さない彼女(ホワイトグリント)が学園の食事でこれほど笑顔になるのはオグリキャップにとって良い意味で予想外だった。

 

(そうか……こんな風に笑顔になれることが、ちゃんと彼女にもあるんだな)

 

 (さなが)ら真夏日の炎天下で熱々の鍋でもつついているかのような汗を噴き出すように流しつつ、しかしとても美味しそうに食事を取るその姿。彼女の祖父が自分のせいで自分の側から居なくなってしまったことを気に病み日々自罰的に生きてる*3彼女にもこうしてちゃんと幸福を感じられることが確かにある。それは彼女の心を救いたいオグリキャップにとっても救いになる話だった。

 

 しかもそれが自身と同じく沢山食べることが好き、という共通点であることが尚のことオグリキャップの心を気持ちよく弾ませる。ただ、どうにも味の好みは自身とは少し違うようで先程から彼女が注文している料理は真っ赤っ赤(げきから)ばかり。ホワイトグリントはきっと辛党という奴なのだろう、次は私も同じものを頼んでみようか……などと考えていると、先程からオグリキャップの横で苦い顔を続けていた一人のウマ娘がぷるぷると震えだし――彼女(タマモクロス)は突然立ち上がって叫んだ。

 

「あかん! もう我慢できへん! ()()()()()()()が多すぎやろこの空間!」

 

「突然どうしたんだタマ」

 

「どうしたもこうしたもないわっ! お前らどんだけ食うねん!? いや、オグリはいつものことやけどもいつも以上に食っとるし! 皿! 皿の山! 皿で通天閣でも作る気なんか!? うちの家族親戚一同で寿司(回るヤツ)食べにいったってこんなに積み重らんわ! こんな大量の料理全部どこに消えてんねん!? 明らかにその妊婦さんみたいなぽっこりお腹以上に料理食べてるやん!? っていうか腹ぁ! なんやその二人してだらしない腹! 産婦人科かここは!」

 

「落ち着いて聞いて欲しいタマ、ここは産婦人科じゃなくてトレセン学園だ」

 

「知っとるわ!!! しかも新入生(グリント)! 赤い! 食っとるもんが赤すぎるやろ! もう見た目が! 見た目から辛い! 空気が辛い! 辛党にも限度ってもんがあるわっ! 汗だくだくやん! ホンマ大丈夫なんか!?」

 

「……別に(ふぇふに)

 

「舌痺れて呂律回ってないやないか!!! 水飲め水!」

 

 取り急ぎタマモクロスから差し出されたコップを受け取り、ごくりごくりと一気に飲み干して体から熱を取り除くようにふぅ、と一息ついて、いつもの無表情に戻るとホワイトグリントは静かに言った。

 

「ありがとうございます……タマモクロスさん……でも、辛味の成分は水で洗い流されなくて……むしろ味覚を鋭利にしてしまうので、辛さを和らげようとする時はむしろ逆効果なんですよね……」

 

「知っとったんなら飲む前に言えや! 普段辛いもんなんてあんま食べんから知らんかったわそんな豆知識!!! ごめんな!?」

 

「私も知らなかったな。確かに、言われてみれば水を飲んでもあまり辛さが消えてない気がしていたがそういうわけなのか……その場合は何を飲むといいんだ?」

 

「牛乳などの乳製品、ですね」

 

「なるほど――ちょっとクリーク呼んでくる」

 

「待てや!? いくら母親(ママ)キャラのクリークでも()()でぇへんわ!?」

 

「いや、クリークならミルク入りの哺乳瓶とか常備してそうだから借りようと思っただけなんだが……タマ……」

 

「がああああああぁぁぁ!!!!!」

 

 びたーん、とタマモクロスは顔を朱色に染めながらさながら勇者に討伐された魔王のような断末魔をあげテーブルにゴチン、と音を立てながら勢いよく突っ伏す。そんな慌ただしい吉本新喜劇もかくや、という光景を眺めながら……ホワイトグリントは小さくだが確かに、笑っていた。

 

 

 ■■■

 

 

 なんや、確かにオグリ並の大食いだとか尋常ならざる辛いもの好きだとか、食べてるとき以外はほぼほぼ無表情だとか確かに変わった(・・・・)ところもあるウマ娘ではあるけれど、しかし思っていたよりは普通(・・)のウマ娘やないか――と、意外と強く打ち付け過ぎてヒリヒリとする額を撫でながらゆっくりテーブルから頭をあげて、自分とオグリキャップの漫才(ボケとツッコミ)に小さくとも可憐な笑顔を浮かべている彼女を見てタマモクロスはそう評した。

 

 つい先日トレセン学園に入学したばかりのピチピチの新入生ホワイトグリント――彼女は入学する少し前からかなり話題になっているウマ娘だった。なにせ現状間違いなく日本で一番の知名度を誇るスターウマ娘灰色の怪物(オグリキャップ)が太鼓判を押している白毛(・・)のウマ娘であるらしい――というのだから。

 

 あのオグリキャップが目をかけているなんて、どれほどの素質を持ったウマ娘であることか。オグリキャップはその功績と人柄から多くの後輩達に慕われていて、本人も先輩らしく別け隔てなく後輩達の面倒を見る方ではあるものの、特定個人を推したり吹聴して歩いたりといったことなど今まで無いに等しかった。それだけにトレーナー陣や学園側の関係者は無論のこと一生徒だって気になるのは至極当然の流れで。

 

 辺りを見回せば、ちらちらとこちらに目線を忍ばせ、他人の井戸端会議を盗み聞きしている者達がかなりの数ひしめいている。これだけ大声でコントを繰り広げたり二人大食い大会をやっていれば意識せずとも気になってしまうのは当然の結果ではあるので責められまいが。

 

 それにオグリキャップのかけがえのないライバルであり親友の一人で、さらには同室でもあるタマモクロスは本人の口から話を聞くことも多かったから、ホワイトグリントというウマ娘はなおのこと興味深い対象だった。

 

(普段クールというか天然というか動じないというか……そんなオグリをああもやきもきさせとるウマ娘いうからどんなもんかと思っとったけど)

 

 最近のオグリキャップといえばスマートフォンがピコンと着信を告げる度に食い入るように見つめては、彼女の返信と思わしき文面を見て笑顔になったり青くなったり考え込んだり何故か表情が曇ったり……気に入っている後輩の入学を楽しみにしている先輩というよりは、もはや我が子の入学を心待ちにしていた母親のような有様である。

 

「グリント、学園にはもう慣れたか?」

 

「いえ……まだ……」

 

「新入生の入学式終わったの昨日やぞ」

 

 慣れるもクソもないやんけと普段の5割マシくらい天然ボケとニコニコの笑顔が加速している芦毛の親友にツッコミを入れる芦毛。

 

「そうだ、遅くなったが紹介しよう。彼女は有名だからすでに知ってると思うがタマモクロスだ。私のライバルで、親友なんだ」

 

「数十分遅いわ! 紹介が!!! 飯食う前のいただきますよりも先に済ますことやろそれ!?」

 

 ……いや、天然が入ってるのは間違いないけど半ばわざとやなこれ、とタマモクロスは分析する。彼女(ホワイトグリント)が打ち解けやすいように必要以上におどけて見せているのだろう。そもそもこの昼食会にわざわざ自分が呼ばれたのだって、どうにもコミュニケーションが苦手らしい彼女がはやくトレセン学園に馴染めるようにとオグリキャップの気遣いなのだ。

 

(ホンマにこの子のことが大好きなんやなぁ……ちょっと妬けるわ……)

 

 ターフで魂と魂をぶつけ合いレースを通してお互いを理解し合った間柄の親友が、自分の知らないウマ娘にご執心というのは中々に面白くない部分もある。しかしそんな親友がそこまで大切にしたい相手なのであればいくらでも協力してあげたいし自分だって可愛がってあげたいという気持ちも勿論タマモクロスにはあった。

 

 時折、何故かオグリキャップと会長(シンボリルドルフ)が彼女について話しているとやたら表情が暗くなったり、普段は明るく彼女のことを語るのに特定の話題になると口を濁らせたりするものだから、おそらく()()()()()()()()が彼女にはあるのだろうとなんとなくは感じていた。だが知り合ってもいないウマ娘の深い事情(プライベート)を根掘り葉掘り尋ねるのは憚られる。もう解決(ハッピーエンド)したことだし今はレースに復帰したとはいえタマモクロスとて見知らぬ他人に有マ記念後の()退()()()()()()()()()()を興味本位だけの軽い気持ちで聞かれたら握った拳で殴りかかってもおかしくはないだろう。人だろうとウマ娘だろうと触れてはならぬ(いたみ)が大なり小なり誰にでもあるのだ。

 

 その痛みを知るのはもっと仲良くなってからにすべきだろう。

 今は、食事以外では大体無表情で辛党の彼女が早くトレセン学園に馴染めるよう、この天然ボケで大好きな親友と共に面白おかしく触れ合ってやればいいのだ――。

 

 まあ、ただ。

 

 小学校(ランドセル)を卒業した身でこのスタイル抜群(おっぱいでかい)の体はちょっと超えて大分許せへんけどな!!!

 

 あとで揉んだろ――と密かに誓う面白い稲妻(タマモクロス)であった。

 

 

 

 

 

 

 だが、タマモクロスは知らない。意外と普通と判断した彼女が普通とはあまりにも逸脱(・・)した存在であることも、彼女の心に深く刻まれている()も。

 

 

「――ところでグリント、大切なことだからよく考えるべきだし、実際に今日の放課後あたりに見学して貰ってからとは思っているんだが……勿論私の()()トレーナーのチームに()()()()()()()?」

 

 

 オグリキャップが、周囲の想像を遥かに超えて彼女に()()していることさえ――まだ知る由もない。タマモクロスもまた、大いなる()()()に巻き込まれる運命を持った哀れなウマ娘の一人なのだから。

*1
2013年にギネス記録に認定された世界一辛い唐辛子のようななにか。

*2
2017年にキャロライナリーパーを抜いてギネス認定されそうになった世界一辛い唐辛子のようななにか。

*3
とオグリキャップは勘違いしている。


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