己を徹底的に痛めつけるのが大好きな超絶ドMウマ娘は周りから世界一の努力家と勘違いされている   作:座敷猫いおり

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五話『ホワイトグリントとオグリキャップとタマモクロス』

「21番テーブルにジャンボ人参ハンバーグと人参ご飯大盛り! 20辛カレーライス大盛りと娼婦風パスタ(プッタネスカ)“キャロライナリーパー”*1トッピング大盛り追加! 急いで!」

 

「もう定量で作らなくていい! 5人前ずつ作れ!」

 

「2000を超えるウマ娘達の胃袋を支えるこの中央の厨房が2人(・・)の大食らい如きに根を上げてられないよ! 頑張りなお前達!」

 

 はいっ! と壮年の女料理人である主任の飛ばす激に部下のコック達が額に汗を伝わせ気合を入れる。場面は打って変わってここは中央の大食堂。現在の時間は食い盛りのウマ娘達が腹の虫を鳴らす昼飯時で、忙しさはピークに達しており厨房はまさに戦場さながらの鉄火場である。

 だがここは日本最高峰にして最大のウマ娘達の教育施設。従来ならたとえピーク時であっても創立から何十年も数多のウマ娘達の胃袋を支え続けて来たこの厨房の調理が追いつかなく(・・・・・・)なるなんてことはなかったしコック達の誇りに賭けてあってはならない――のだが。

 

「21番テーブルヤサイニンニクマシマシ味噌ラーメンと人参炒飯大盛り! 麻婆豆腐激辛大盛りにジャンボピザ“ドラゴンズブレスチリ”*2トッピング追加ァ!」

 

「嘘だろまだ食うのか……!」

 

「オグリちゃんはいつものことだけどあの白毛の子もオグリちゃん並に食ってる……!?」

 

「というかずっと激辛ばっか食べてるけど大丈夫なのかあの子! キャロライナリーパーの辛さ指数(スコヴィル)ってハバネロの6倍くらいじゃなかったか!?」

 

「ドラゴンズブレスチリは10倍だよ……滝みたいな汗掻いてたけどバクバク食べてた……」

 

「むしろそんなもん常備してるトレセンがおかしいな!?」

 

「喋ってないで調理に集中しな!」

 

 次々と途切れることなくいつもの倍の速度(・・・・)で同じテーブルから注文が飛んでくるこの状況に動揺するコック達。檄は飛ばせども料理主任ですら内心驚きを隠せないのだから仕方ないのかも知れない。

 

 食いしん坊怪獣(オグリキャップ)が学園にやって来てからというもの学園の食料消費量を彼女一人でゆうにウマ娘数十人分は跳ね上げたことは衝撃だったが、だからといって彼女が在学してからそれなりの年月が経過している現在、もう慣れた(・・・)

 

 慣れたが――オグリキャップのブラックホールのような食欲に匹敵(・・)するウマ娘がもう一人増えたというのであれば動揺もするというものだ。なにせオグリキャップほど食欲旺盛なウマ娘などあと十年は出現しないであろう――と長い間学園の厨房に勤め主任も任された己の経験則からそう判断していたのだから。

 

 料理を作る手を休めることなく、ちらりと天を突くかのように皿が山積みになったテーブルを眺める。そこに居たのは学園にやって来た時と相も変わらず幸せそうに料理を食べるオグリキャップと、大量の汗を流してはいるが同じくらい幸せそうな笑顔(・・)を浮かべながら食べる珍しい毛色(しろげ)のウマ娘――そしてもう一人(・・・・)の姿が。

 

 

 ■■■

 

 

 普段、己を鍛えるというよりも痛めつけていると言っていいようなハードトレーニング以外では、感情をどこかへ置き忘れてしまったかのように無表情を崩さない彼女(ホワイトグリント)が学園の食事でこれほど笑顔になるのはオグリキャップにとって良い意味で予想外だった。

 

(そうか……こんな風に笑顔になれることが、ちゃんと彼女にもあるんだな)

 

 (さなが)ら真夏日の炎天下で熱々の鍋でもつついているかのような汗を噴き出すように流しつつ、しかしとても美味しそうに食事を取るその姿。彼女の祖父が自分のせいで自分の側から居なくなってしまったことを気に病み日々自罰的に生きてる*3彼女にもこうしてちゃんと幸福を感じられることが確かにある。それは彼女の心を救いたいオグリキャップにとっても救いになる話だった。

 

 しかもそれが自身と同じく沢山食べることが好き、という共通点であることが尚のことオグリキャップの心を気持ちよく弾ませる。ただ、どうにも味の好みは自身とは少し違うようで先程から彼女が注文している料理は真っ赤っ赤(げきから)ばかり。ホワイトグリントはきっと辛党という奴なのだろう、次は私も同じものを頼んでみようか……などと考えていると、先程からオグリキャップの横で苦い顔を続けていた一人のウマ娘がぷるぷると震えだし――彼女(タマモクロス)は突然立ち上がって叫んだ。

 

「あかん! もう我慢できへん! ()()()()()()()が多すぎやろこの空間!」

 

「突然どうしたんだタマ」

 

「どうしたもこうしたもないわっ! お前らどんだけ食うねん!? いや、オグリはいつものことやけどもいつも以上に食っとるし! 皿! 皿の山! 皿で通天閣でも作る気なんか!? うちの家族親戚一同で寿司(回るヤツ)食べにいったってこんなに積み重らんわ! こんな大量の料理全部どこに消えてんねん!? 明らかにその妊婦さんみたいなぽっこりお腹以上に料理食べてるやん!? っていうか腹ぁ! なんやその二人してだらしない腹! 産婦人科かここは!」

 

「落ち着いて聞いて欲しいタマ、ここは産婦人科じゃなくてトレセン学園だ」

 

「知っとるわ!!! しかも新入生(グリント)! 赤い! 食っとるもんが赤すぎるやろ! もう見た目が! 見た目から辛い! 空気が辛い! 辛党にも限度ってもんがあるわっ! 汗だくだくやん! ホンマ大丈夫なんか!?」

 

「……別に(ふぇふに)

 

「舌痺れて呂律回ってないやないか!!! 水飲め水!」

 

 取り急ぎタマモクロスから差し出されたコップを受け取り、ごくりごくりと一気に飲み干して体から熱を取り除くようにふぅ、と一息ついて、いつもの無表情に戻るとホワイトグリントは静かに言った。

 

「ありがとうございます……タマモクロスさん……でも、辛味の成分は水で洗い流されなくて……むしろ味覚を鋭利にしてしまうので、辛さを和らげようとする時はむしろ逆効果なんですよね……」

 

「知っとったんなら飲む前に言えや! 普段辛いもんなんてあんま食べんから知らんかったわそんな豆知識!!! ごめんな!?」

 

「私も知らなかったな。確かに、言われてみれば水を飲んでもあまり辛さが消えてない気がしていたがそういうわけなのか……その場合は何を飲むといいんだ?」

 

「牛乳などの乳製品、ですね」

 

「なるほど――ちょっとクリーク呼んでくる」

 

「待てや!? いくら母親(ママ)キャラのクリークでも()()でぇへんわ!?」

 

「いや、クリークならミルク入りの哺乳瓶とか常備してそうだから借りようと思っただけなんだが……タマ……」

 

「がああああああぁぁぁ!!!!!」

 

 びたーん、とタマモクロスは顔を朱色に染めながらさながら勇者に討伐された魔王のような断末魔をあげテーブルにゴチン、と音を立てながら勢いよく突っ伏す。そんな慌ただしい吉本新喜劇もかくや、という光景を眺めながら……ホワイトグリントは小さくだが確かに、笑っていた。

 

 

 ■■■

 

 

 なんや、確かにオグリ並の大食いだとか尋常ならざる辛いもの好きだとか、食べてるとき以外はほぼほぼ無表情だとか確かに変わった(・・・・)ところもあるウマ娘ではあるけれど、しかし思っていたよりは普通(・・)のウマ娘やないか――と、意外と強く打ち付け過ぎてヒリヒリとする額を撫でながらゆっくりテーブルから頭をあげて、自分とオグリキャップの漫才(ボケとツッコミ)に小さくとも可憐な笑顔を浮かべている彼女を見てタマモクロスはそう評した。

 

 つい先日トレセン学園に入学したばかりのピチピチの新入生ホワイトグリント――彼女は入学する少し前からかなり話題になっているウマ娘だった。なにせ現状間違いなく日本で一番の知名度を誇るアイドルウマ娘灰色の怪物(オグリキャップ)が太鼓判を押している白毛(・・)のウマ娘であるらしい――というのだから。

 

 あのオグリキャップが目をかけているなんて、どれほどの素質を持ったウマ娘であることか。オグリキャップはその功績と人柄から多くの後輩達に慕われていて、本人も先輩らしく別け隔てなく後輩達の面倒を見る方ではあるものの、特定個人を推したり吹聴して歩いたりといったことなど今まで無いに等しかった。それだけにトレーナー陣や学園側の関係者は無論のこと一生徒だって気になるのは至極当然の流れで。

 

 辺りを見回せば、ちらちらとこちらに目線を忍ばせ、他人の井戸端会議を盗み聞きしている者達がかなりの数ひしめいている。これだけ大声でコントを繰り広げたり二人大食い大会をやっていれば意識せずとも気になってしまうのは当然の結果ではあるので責められまいが。

 

 それにオグリキャップのかけがえのないライバルであり親友の一人で、さらには同室でもあるタマモクロスは本人の口から話を聞くことも多かったから、ホワイトグリントというウマ娘はなおのこと興味深い対象だった。

 

(普段クールというか天然というか動じないというか……そんなオグリをああもやきもきさせとるウマ娘いうからどんなもんかと思っとったけど)

 

 最近のオグリキャップといえばスマートフォンがピコンと着信を告げる度に食い入るように見つめては、彼女の返信と思わしき文面を見て笑顔になったり青くなったり考え込んだり何故か表情が曇ったり……気に入っている後輩の入学を楽しみにしている先輩というよりは、もはや我が子の入学を心待ちにしていた母親のような有様である。

 

「グリント、学園にはもう慣れたか?」

 

「いえ……まだ……」

 

「新入生の入学式終わったの昨日やぞ」

 

 慣れるもクソもないやんけと普段の5割マシくらい天然ボケとニコニコの笑顔が加速している芦毛の親友にツッコミを入れる芦毛。

 

「そうだ、遅くなったが紹介しよう。彼女は有名だからすでに知ってると思うがタマモクロスだ。私のライバルで、親友なんだ」

 

「数十分遅いわ! 紹介が!!! 飯食う前のいただきますよりも先に済ますことやろそれ!?」

 

 ……いや、オグリに天然が入ってるのは間違いないけど半ばわざとやなこれ、とタマモクロスは分析する。彼女(ホワイトグリント)が打ち解けやすいように必要以上におどけて見せているのだろう。そもそもこの昼食会にわざわざ自分が呼ばれたのだって、どうにもコミュニケーションが苦手らしい彼女がはやくトレセン学園に馴染めるようにとオグリキャップの気遣いなのだ。

 

(ホンマにこの子のことが大好きなんやなぁ……ちょっと妬けるわ……)

 

 ターフで魂と魂をぶつけ合いレースを通してお互いを理解し合った間柄の親友が、自分の知らないウマ娘にご執心というのは中々に面白くない部分もある。しかしそんな親友がそこまで大切にしたい相手なのであればいくらでも協力してあげたいし自分だって可愛がってあげたいという気持ちも勿論タマモクロスにはあった。

 

 時折、何故かオグリキャップと会長(シンボリルドルフ)が彼女について話しているとやたら表情が暗くなったり、普段は明るく彼女のことを語るのに特定の話題になると口を濁らせたりするものだから、おそらく()()()()()()()()が彼女にはあるのだろうとなんとなくは感じていた。だが知り合ってもいないウマ娘の深い事情(プライベート)を根掘り葉掘り尋ねるのは憚られる。

 

 もう解決(ハッピーエンド)したことだし今は自分もレースに復帰したとはいえ、タマモクロスとて見知らぬ他人に有マ記念後の()退()()()()()()()()()()を興味本位だけの軽い気持ちで聞かれたら握った拳で殴りかかってもおかしくはないだろう。人だろうとウマ娘だろうと触れてはならぬ(いたみ)が大なり小なり誰にでもあるのだ。

 

 その痛みを知るのはもっと仲良くなってからにすべきだろう。今は、食事以外では大体無表情で辛党の彼女が早くトレセン学園に馴染めるよう、この天然ボケで大好きな親友と共に面白おかしく触れ合ってやればいいのだ――。

 

 まあ、ただ。

 

 小学校(ランドセル)を卒業した身でこのスタイル抜群(おっぱいでかい)の体はちょっと超えて大分許せへんけどな!!!

 

 あとで揉んだろ――と密かに誓う面白い稲妻(タマモクロス)であった。

 

 

 

 だが、タマモクロスは知らない。意外と普通と判断した彼女が普通とはあまりにも逸脱(・・)した存在であることも、彼女の心に深く刻まれている()も。

 

「――ところでグリント、大切なことだからよく考えるべきだし、実際に今日の放課後あたりに見学して貰ってからとは思っているんだが……勿論私の()()トレーナーのチームに()()()()()()()?」

 

 オグリキャップが、周囲の想像を遥かに超えて彼女に()()していることさえ――まだ知る由もない。タマモクロスもまた、大いなる()()()に巻き込まれる運命を持った哀れなウマ娘の一人なのだから。

 

 

 ■■■

 

 

 (いた)い。

 

 (いた)い、(いた)い、(いた)(いた)(いた)(いた)い――!

 

 一口料理を頬張る度に、口の中を鋭利なメスで抉られているようなこの快感(いたみ)。噛みしめる度に口の中でダイナマイトが爆発しているようなこの爽快感(いたみ)! 五臓六腑をガスバーナーで直火焼きされているようなこの熱さ(いたみ)! それすなわち、私にとって辛さは最高の気持ちよさ(スパイス)であることの証明であった。

 

 トレセン学園の激辛料理、美味し(きもちよ)すぎるよぉ!!!!

 

 いやぁ、メニュー表を見て驚愕したよ本当に。私の好きな超のつくほどの激辛料理とかあるかなぁ、でもここは料理屋さんじゃなくてエリートウマ娘の養成所だからなぁとさほど期待してなかった自分を殴ってやりたい。殴った。気持ちいい。

 

 ずらりと2ページに渡って写真入りで特集されている激辛料理シリーズ……! しかも辛さも甘口中辛激辛(ごく)辛と選べる至れり尽くせりという(マゾ)仕様。トッピングにハバネロどころか辛さのギネス記録に乗っているようなキャロライナリーパーやドラゴンズブレスチリまで用意されているなんて……もうこんなのトレセン学園じゃなくてマゾセン楽園でしょ正体見たりって感じだな。うおォン私はまるでウマ娘火力発電所だ。

 

 ……いかんいかん食欲と性欲(リビドー)を同時に満たすという奇跡的相性(マリアージュ)にテンションが上りすぎて頭がおかしくなり始めて来た。私がおかしいのは生まれつきではあるのだけれど。

 

 まあそれは置いておいて、はてさて皆様ごきげんよう。春風が踊り桜が舞い、つまるところすっかり春がやってきて道行く人もウマ娘もぽかぽか陽気に皆ご機嫌のこの季節。大好きで大恩人のオグリさんとその親友兼ライバルのあの(・・)白い稲妻タマモクロスさんにランチを誘われ激辛料理に舌鼓を打って全身から汗水を垂れ流しているのは何を隠そうこの私、痛みが快楽にしか感じない摩訶不思議体質な白毛のウマ娘ホワイトグリントです。

 

 あの合格通知が届いてから指折り数えて待ちわびたこの瞬間。ついに()()! 不肖ホワイトグリントはトレセン学園へと入学を果たすことができました! やったよおじいちゃん! これから始まるんだ、私の物語が!

 

 ――え? 普通物語は入学した日から始まるものじゃないのかって? くっくっく……それが初日から()()()()()()()()()()()()? いや、大したことないといえばないのかも知れないのだが、僅か初日にして発生した真っ白毛色な私の黒歴史(青春の1ページ)をこの口から語るのはその……ごにょごにょ……閑話休題閑話休題(まあいいじゃないか細かいことは)

 

 そんなことよりもオグリさんとタマモクロスさんだ。昨日は入学式やらクラス割りやら入学案内やら寮の振り分けで忙しく(ちなみに私はオグリさんタマモクロスさんと同じ栗東寮だったよ! 三女神様にマジ感謝)触れ合う時間がなかったけれど今日はこうしてわざわざランチをお誘いして貰うという至高の権利を拝領しているのだ。

 

 オグリさんったらお昼が近づく度に『一緒にランチを食べないか?』『いい機会だから私の親友を紹介したいんだ』って感じで一分刻みくらいにチャットを送ってくれるものだから、私みたいな木っ端ウマ娘にさえ無限大の優しさで接してくれるオグリさんの御心を感じるだけでもうお腹と心がいっぱいになりそうだったよ……。

 

 というわけで今現在ランチをご一緒させて貰っているわけなのだけど、オグリさんとは何度も触れ合っている間柄だからコミュ障の私でもそれなりに落ち着いていられるが、タマモクロスさんはそうはいかない……。

 

 “白い稲妻”タマモクロス。オグリさんに並ぶ伝説的(レジェンド)ウマ娘の一人。

 

 彼女は一時期、オグリさんと死闘を繰り広げたあの伝説の有マ記念を最後のレース(ラストラン)にすると宣言してターフを去っていたのだけれど、引退を決心せずには居られなかった諸事情が無事に解決したのかターフに帰ってきた。

 

 タマモクロスさんの復帰は大々的にメディアで報道されて、ファンは両手をあげて彼女の帰還を喜んだし何より彼女の一番のライバルであるオグリさんがむせび泣きながらタマモクロスさんを抱きしめ歓迎したという芦毛の美しい友情物語には日本どころか全世界が泣いた。私も泣いた。無表情のまま泣くという逆に器用なことをしながら涙が枯れるまで泣いた。

 

 そんな凄いウマ娘とご飯を一緒にするというのは勿論天にも登るような栄誉であるし嬉しいのは間違いない。間違いないが……話かけづれぇ~~~~~。

 

 ただでさえ私は自分から話題の振り方なんぞ1ハロンもわからないのに会話が良バ場のターフのように弾むわけもなく適当に相槌を打ったり黙々と美味しい料理を口に運ぶしかない無様さ。

 

 なにせ今現在こうしてランチタイムに入ってから数十分ほど立っているが未だお互いの自己紹介すら済ませていない体たらくっぷりである。いや、オグリさんが「この子は新入生のホワイトグリントだよろしくしてやってほしいタマ」と一応の説明はしてくれたのだけれど私はぺこりと頭を下げるだけですませてしまった……痛恨の出遅れ(ミス)である。

 

 タマモクロスさんに対して無礼すぎるし、彼女を紹介してくれたオグリさんに対しても無礼で無礼無礼(めっちゃ失礼)すぎていっそ舐めていると取られてもおかしくはない。『ウチを無礼(なめ)るなよ』と冷たい目で睨まれたところで文句を誰がつけられようか。そうなれば恐怖と後悔と羞恥で気持ちよくなってしまうだろう。

 

 ――と、そんなことを考えているとタマモクロスさんが立ち上がって、吠えた。

 

「あかん! もう我慢できへん! ツッコミどころが多すぎやろこの空間!」

 

「突然どうしたんだタマ」

 

「どうしたもこうしたもないわっ! お前らどんだけ食うねん!? いや、オグリはいつものことやけどもいつも以上に食っとるし! 皿! 皿の山! 皿で通天閣でも作る気なんか!? うちの家族親戚一同で寿司回るヤツ食べにいったってこんなに積み重らんわ! こんな大量の料理全部どこに消えてんねん!? 明らかにその妊婦さんみたいなぽっこりお腹以上に料理食べてるやん!? っていうか腹ぁ! なんやその二人してだらしない腹! 産婦人科かここは!」

 

 い、いかん……タマモクロスさんが怒っている……! 確かに今の私はアスリートにあるまじきどっぷりとお腹が肥えたウシ娘。しかしこんな辛くて痛くて苦しくて美味しい料理を前にしたら食べずにはいられないのが私なんですよ……! と言うべきだろうけど、実をいうと私はいわゆる大食漢(おおぐらい)である――と()()()()()()が、別に食欲旺盛だから食べているというわけではない。

 

 というか今、とっくに満腹で死ぬほど苦しい(きもちいい)し。

 

 如何(いかん)せん強引にでも大量に胃に詰め込まないとどんどん体重が減っていく(ガレる)んだよね。もっと極端に言うと()()()()()()()()()。体が嬌声(ひめい)をあげるようなハードトレーニングに日々明け暮れている思わぬ弊害だった。根本的に一日の消費カロリーが多すぎて普通の食生活じゃとてもじゃないがこの肉体を維持できないのだ。

 

 だったらどうすればいい? 沢山食べればいいじゃん! というだけの理由で私は普段からフードファイターも顔負けに大量の食事を取っている。

 

 苦しければ苦しいほど気持ちよさを感じる私にとって満腹中枢がこれ以上胃に物を送ってくんじゃねえ! と発する警戒信号すら快楽(バフ)だから限界を超えて食事を取るなんて満腹なのに朝飯前さ。

 

 まあ流石にいくらでも限界を超えて食べられるとはいえガチで()()()()()()いかに優れたウマ娘の身体であろうと諸々の問題が発生してしまうのでラインの見定めは必要なのだが。小さい頃それで数回()きかけた。

 

 だから私は特別食べることそのものが好きだ、というわけではない。勿論、美味しい食事に舌鼓を打って幸せな気分になれるのは間違いないし、こうしてオグリさんとタマモクロスさんと一緒に食事ができるなんて、コミュ障を拗らせている食事は一人で取りたい派(ぼっち気質)の私であっても最高にハッピー! なのは間違いないけどね。

 

「落ち着いて聞いて欲しいタマ、ここは産婦人科じゃなくてトレセン学園だ」

 

「知っとるわ!!! しかも新入生グリント! 赤い! 食っとるもんが赤すぎるやろ! もう見た目が! 見た目から辛い! 空気が辛い! 辛党にも限度ってもんがあるわっ! 汗だくだくやん! ホンマ大丈夫なんか!?」

 

 怒りつつもこんな私を心配してくれるなんて、タマモクロスさんもオグリさんと同じなんて優しいウマ娘……。大丈夫どころか今とっても口の中で剣山を噛み砕いているように痛くて食べたものが逆流しそうになるくらい苦しくて気持ちいいよ!

 

 だから私はそれを伝える為に意を決して、言う。

 

「……別に(ふぇふに)

 

 舌痺れてた。

 

 

 

 それからしばらくテーブルに頭を打ち付けて気持ちよさ(いた)そうなタマモクロスさんを見ては羨ましくなって思わず笑ってしまったり、食事が一通りすんだ辺りでタマモクロスさんの紹介をされてタマモクロスさんが遅いわ! とツッコミを入れたりする楽しい時間が流れて(相変わらず私は舌が痺れてなくとも上手く喋れなかったが)いたのだけれど。

 

「――ところでグリント、大切なことだからよく考えるべきだし、実際に今日の放課後あたりに見学して貰ってからとは思っているんだが……勿論私の()()トレーナーのチームに()()()()()()()?」

 

 と、笑顔を浮かべながらもどこか圧のある口調でオグリさんが告げる。私なんかをあのオグリさんのチームに!? そんなのむしろこっちが土下座をしてお願いしたいくらいだよぉ!

 

 と、()()()()()()()()()

 

 正直、悩む。

 

 オグリさんと一緒にいられることは、オグリさんと一緒に走れることは私にとって苦痛を感じて気持ちよくなるのと同じくらい幸せなことなのだけれども!

 

 オグリさんと一緒にいたら、間違いなく死ぬほどキツイ練習(ハードトレーニング)がやり辛くなる気がする……!

 

 オグリさんには出会った日に私が痛ければ痛いほど快楽を感じるドM変態ウマ娘であることはカミングアウトしているし、そんな私を許してくれてはいるのだが、それはそれとして『ハードトレーニングをするのであればちゃんとしたトレーナーが見ているところでやるべきだ』とぐうの音がでない程の正論も頂いている。

 

 いやまあ、そうだよねぇ……未熟なウマ娘が一人だけでキツイ練習やってたら、如何(いか)に苦痛が快楽にしか感じないからといっても、むしろ()()()()()下手をすれば身体のどこかが記念すべき初出走(メイクデビュー)を迎える前に壊れてもおかしくないわけで……私は歴とした元トレセン学園のエリートトレーナーだったおじいちゃんに()()()()()()()()()()()()()しかしてないから大丈夫! なんて言ってもオグリさんからしたらそりゃ心配だろう。

 

 あと単純にオグリさんはあまりにも優しすぎてさ……それこそ天使のように、聖母のように! 三女神様のように! 優しいから! そんな彼女に己を痛めつけているかのようなトレーニングに励む私自身を見せたくない気持ちがあるのも事実なわけで……。

 

 私はウマ娘に生まれたのなら誰もが一度は夢を見て、そしてその夢の難しさに誰もが目を覚ますというクラシック三冠、もしくはトリプルティアラを()()()と良いように言えば自信があって悪いように言えば自惚れてはいるが、それは普通(・・)のウマ娘なら()()()()()()ようなハードトレーニングを日夜続けているからの自信だ。鍛えに鍛えなきゃそんな夢は見れないし届かない。私は苦痛を快楽に感じる体質と珍しい白毛という体毛を除けば()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 トリプルティアラウマ娘になりたい。例えそれがトリプルティアラという対象レースが設立されてから今まで()()()()()しか成し遂げられていない果てしない偉業であってもだ。

 

 だってそれは、こんなへんてこで気味の悪い()()()()()()()()()()()()()()()()()()()おじいちゃんの夢だから。

 

 私の大好きなおじいちゃん。今はどこかへ行ってしまったおじいちゃん。いつも死ぬほど辛くて厳しいトレーニングで私を笑顔にしてくれたおじいちゃん。

 

 そんなトレーニングが終われば優しくて、そして神妙というか味わい深いというかなんだか不思議な表情をして私の頭を撫でてくれたおじいちゃん。

 

 『グリントなら、できる』っておじいちゃんが言ってくれたから。おじいちゃんの夢は、私の夢だ。

 

 だから……。

 

「放課後伺わせて貰います。それから、考えさせてください」

 

 とだけ、私ははっきりと告げた。その言葉に「えっ……」と一言漏らして私でもはっきりとわかるくらいにしゅん、とウマ耳も表情も落ち込むオグリさん。心が死ぬほど痛い。この痛みは気持ちよくない。とっても死にたい。

 

「い……いやいや、オグリ。トレーナーの話なんて今はまだ早すぎるやろ。グリントも即答できへんて。そりゃトレーナーが付くのは早いに越したことあらへんけどまだ入学二日目やで?」

 

 そんなオグリさんに見かねたのかタマモクロスさんがすかさずフォローに入ってくれる。本当になんっっって優しい人達なのだろう。芦毛ウマ娘は天使しかいないのか。  

 

「それはそうだが……」

 

「大体、オグリのトレーナーさんはそりゃええ腕しとるしサブトレーナーも豊富な立派なチームやけど、だからってグリントとウマが合う*4かはわからんやん? ちゃんとグリントとトレーナーさんと話おうて、それから決めた方がええやろ。な?」

 

 

 ■■■

 

 

 かくして、幸せと悲しみが混ざった昼食が終わり、どことなーく重くなった私の足取りを気にも止めることなく時間は進む。午後の授業もつつがなく終わったところで私は一度運動服(ブルマ)に着替える為に栗東の自室に戻る。チームの見学をするんだから運動服の方がいいだろうからね。

 

 トレセン学園には中等部ならここ、高等部ならここってシャワーとか個人のロッカーとか洗濯機とか快適な備品完備の豪華な更衣室があって本来ならそこで着替えてトレーニング場に向かうのだがまだ荷物を移してないのだ。なにせまだ体育の授業すら受けてない入学二日目だから。決して初日の()()()()で荷物を移し忘れていたわけでない。決して。

 

 がちゃりと部屋の扉をあけると、私より先に帰っていた同室のウマ娘がいた。私は授業が終わってから真っ先に教室を出たはずなのだがいつの間に先に帰っていたのだろう。

 

「おかえり」

 

「……ただいま、です」

 

 トレセン学園に入学するにあたってコミュ障な私の最大の難関(ネック)()()()()()()()()()だった。他人と話すことさえ時にはガタガタと震えかねない私が他人と同じ部屋で暮らしていけるのか? というある意味でトリプルティアラを取ることよりも難しい命題である。学園は別に全寮制というわけではない。通学可能であれば尞に入らずともいい、しかし私の実家はトレセン学園からはかなり遠い為尞に入るしかなかったのである。

 

 流石に通学でトレーニングの時間が減るのは困るし、学園の近場のアパートだとかマンションを借りるという手段も当然頭をよぎったが、普段私一人で実家のエンゲル係数を跳ね上げ蹄鉄だとか運動靴だとか消耗品で家計を圧迫していた身の上では口が裂けても言えなかった。私の家はかなり裕福な方だけど、これ以上金銭面で家族に苦労をかけてしまうのはちょっとさ……。

 

 希望としては一人部屋がよかったのだが原則として寮生活は二人部屋の共同生活がデフォルト。明確な理由がなければ一人部屋の一人暮らしは認めて貰えない。他人とのコミュニケーションが苦手って理由じゃ駄目なんだってさ……コミュニケーションが当り前のように取れる奴らいつもそうだ! コミュ障をなんだと思ってるんだ……!

 

 まあそんなわけで同居人と反りが合わなければ最悪こっそりどこか近場でテント生活でもしようかと考えていたのだけれど、奇跡的(ラッキー)にも同居人は存外反りが合いそうなウマ娘であった。

 

 同居人の名はハッピーミークさん。私と同じ珍しい白毛のウマ娘である。ちなみに同じ新入生。

 

 ……毛色で部屋選んでない? トレセン学園の偉い人。まあ私としてはとても助かったのだから感謝しかないけれど。

 

「……」

 

「……」

 

 彼女は基本、口数が少ない。先程のように部屋に帰ればおかえりと言ってくれたり、必要なことは喋ってくれるのだがこうして何もない時はぼーっと虚空を見つめていたりしていて、静かに過ごすのが好みのウマ娘らしい。

 

 なにせ、昨日一日ミークさんとは一言二言自己紹介したくらいでほぼ会話をしなかったにも関わらず、彼女は何も気にしていないようだった。助かる。マジ助かる。彼女が同室で本当によかった……珍しい白毛同士というシンパシーもあるし、お互いゆーーーーーーーーっくり分かり合っていこうね、ミークさん。学園生活は長いんだからさ。

 

「……ミークさん、ありがとう」

 

「……よくわかんないけど、ぶい」

 

 ゆっくり腕を胸元でクロスさせ、ダブルピースをしながらミークさんは答えた。

 

 かわいすぎかこの白毛?

 

 ――さて、着替えも済んだところでそろそろ行こう。

 

 偉大なオグリさんの偉大なトレーナーさん。

 

 オグリさんの後を追うようにカサマツから最多勝(リーディング)トレーナーという確かな実績を引っ提げて現在中央でも大躍進中のスーパートレーナー……北原穣(きたはらじょう)の元へ。

*1
2013年にギネス記録に認定された世界一辛い唐辛子のようななにか。

*2
2017年にキャロライナリーパーを抜いてギネス認定されそうになった世界一辛い唐辛子のようななにか。

*3
とオグリキャップは勘違いしている。

*4
【ウマが合う】。ウマ娘とトレーナーの呼吸がぴったり合うの意から生まれた慣用句。稀に隠語としても使われる。




ネタバレ
この作品の北原穣トレーナーは元ネタの一人と言われているアンカツの愛称でお馴染みなあのトップジョッキー成分多め。
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