己を徹底的に痛めつけるのが大好きな超絶ドMウマ娘は周りから世界一の努力家と勘違いされている 作:座敷猫いおり
「「「ようこそ! チーム【ジョーンズ】へ!」」」
ババーン、とあるいは特撮ヒーローショーよろしく背後で大爆発さえ幻視できそうな独自のポーズを三者三様に取る三人組が、声を揃えて高らかと宣言する。真ん中に陣取っているのがトレーナーの北原穣さん、左にはウマ娘でありサブトレーナー見習いでもあるベルノライトさん、そして右には私の尊敬する大先輩オグリさんである。
「……」
おそらく歓迎されている、きっと歓迎されているのであろう……! しかしながらこの眩しい名乗り上げに対しての最適解が全くわからないのでとりあえずぱちぱちぱちと拍手で応対する。というかいつもクールで格好いいオグリさんがこんなにはっちゃけるの初めて見た。フフンとドヤ顔で格好良さげなポーズを取るオグリさんもまた素敵である。心の中のオグリさんフォルダにまた一枚宝物が収まってしまったな。
「ねえジョーさんこれ滑ってないですか? これやっぱり滑ってないですか!?」
「しかしだな……初対面でインパクトと打ち解けやすい雰囲気作りは大事だろ」
「私は良いと思うが」
ポーズを解いて円陣を組むように腰をかがめてひそひそと話し合うオグリさん達。人と比べて耳の良いウマ娘には丸聞こえの
■■■
北原穣トレーナー。ハンチング帽がトレードマークで40代後半のイケオジさん。かつては地方のトレセン学園カサマツに在籍し、そこで数多の強豪ウマ娘を育てあげた実績を掲げて中央へと移籍してきた名トレーナーで、そして何よりもあのオグリさんをカサマツで最初に見出し導き、そして中央へと送り出したのが何を隠そう彼である。ある意味でオグリキャップ伝説の始まりを作った立役者の一人と言っても過言ではあるまい。勿論私も彼のかなりのファンであると自負している、故郷に残した唯一の友くらいにしか語ったことのない自負だけど。
まさに生きる伝説の1人であり、全日本ウマ娘の憧れの的。それが北原穣トレーナーであり彼が中央で作ったチーム【ジョーンズ】だった。あの伝説の有マ記念でオグリさんはトゥインクルシリーズを引退されたけど、今はこうしてドリームトロフィーリーグで継続してタッグを組んでいる二人が眩しすぎる……オグリさんだけでも眩しいのに北原さんまで揃ったら偉大さのレーザービームで失明しちゃうよ私。
しかしながらそれはそれとして。
「……チーム名が星に関係する名前じゃないの、珍しいですね」
なんて思わず聞いてみた。中央のチームは星に関する名前が多い。有名なところでいえばあのシンボリルドルフさんが在籍してるトレセン学園史上最強とも名高いチーム【リギル】がそうだろう。リギルってケンタウルス座のα星のことらしいよ。そう名付ける理由はさだかではないけど夜空に輝く星々のように輝かしいチームになって欲しいとかそんな理由な気がする多分。対して北原さんのチームは星がついてない。ジョーンズ…ってなんだ? 鮫? 鮫は好きだよ小さい頃、将来の夢に鮫に齧られたいって書いたらふざけるなって怒られたくらい。
「ああそれはなぁ、俺も最初は星に関する名前を考えてたんだが、どうもしっくり来なくてな」
と北原さんはトレードマークのハンチング帽の位置調整をするように触りながら呟いて、続いてベルノライトさんが答える。ちなみにこのベルノライトさん、今はまだサブトレーナー見習いという立ち位置で一般ファンの知名度は中々広まってないのだけれど、私のような熱心なファンにはオグリさんとカサマツ時代からの付き合いでオグリさんのトゥインクルレースをサポートし続けたというその確かな手腕は有名で、いずれ名のあるトレーナーになること間違いなしと評判のウマ娘だったりする。
「だからいっそ、ジョーさんが思い入れ深い名前にしちゃえってことでジョーンズになったんですよ! でも、ジョーンズはあくまで略式! 私達のチームの本当の名前は――」
ばっ、と手を大仰に広げて力強く、そして笑顔を浮かべながらベルノライトさんは言う。
「Jones for winning! その意味は――
「まあ本当は英語の文脈としてはちょっとおかしいんだけどな……そこはご愛嬌ということで……ん? どうしたグリント?」
――はっ。ベルノライトさんのあまりの眩しさに一瞬気絶していた。私のような日陰のウマ娘にはあまりにもこのチームは放つ光が眩しすぎる……! 私は苦痛はご褒美だけどこういう純粋な光には耐性がないんだよぉ!
「……いえ。とても素晴らしいチーム名だな、と」
なんとか気を強く保って私は答えた。頑張れ、頑張れ私……! オグリさんのチームの人達に失礼だろ! こんなんじゃ三冠ウマ娘なんかになれないぞ!
「――そうか! それは嬉しいな!」
にこっ、と優しい笑顔を浮かべる北原さんを見て私は再び意識が飛びかけた。
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「君のことはオグリからよく聞いている。本格化も始まってないのにオグリとまともに併走できるなんて、すげぇよ。ウマ娘をスカウトするのは最初の選抜レース*1が終わってから、ってのが常識だが……なにこのチームに居る奴らなんてみんな常識外れだし、名家生まれや有望株のウマ娘なら入学前や入学直後に担当がもう決まってるなんてザラにあることだ。だから……」
北原さんはそっと私に告げる。
「俺で良ければ、君の担当をさせて欲しいと思ってる」
控えめに言って、その誘いは至福の喜びだった。オグリさんのトレーナーさんが私のトレーナーさんになる。オグリさんと同じチームで一緒に走れる。そう思っただけで心中に何かポカポカ温かいものが溢れかえって、あるいは大好きな
しかし、だ。だがしかしだ。
こうしてちょっと触れ合っただけでわかる。
北原さん、めっっっっちゃ
だから! この人は!
いやそりゃカサマツで担当を何百勝もさせて中央でも移籍からそれほど経ってないのにすでに結果を出しまくってる人だから頼めば私の望みに近い相応のトレーニングメニューを作ってくれはするだろう。能力のあるトレーナーとはそういうものであるはずだ。
科学的だとか、効率的だとか、合理的だとか――普通のウマ娘ならばきっとまともに強く、そして健康的に速くなれるトレーニング方法を私に与えるだろう。いっそ今までのトレーニングは捨てなさい、と言われてしまうかも知れない。
だからこそ私は安易に返答が出来ない。
北原さんの元でならトリプルティアラを……三冠ウマ娘になる夢は叶うかも知れない。だけどこのチームに入ってしまったら……もう一つの夢である本気で死ぬくらいのトレーニングをして気持ちよくなりたいって夢が叶わないかも知れないのだから――!
どうする私。どうするよ私! オグリさんが、そして北原さんがせっかく私なんかにかけてくれた温情を無下にするのか? 唾を吐くのか!? だからって
誰か、誰か教えて……どうするのが正解なの? どうすることが正しいの? 私に必要な答えのすべてを与えてくれたおじいちゃんは今は居ない。自分で考えなきゃ、自分で決めなきゃ……!
――
「
それは、凜として透き通った綺麗な声でありながら、どこか拒絶と嫌悪が混ざったような声だった。その声のした方向に視線を向ければ、むすっとした表情で壁際にもたれかかって、片手をあげるウマ娘が一人。
私は彼女を知っていた。
なぜなら彼女はこのチームで……否、
「ど、どうしたんだフリート?」
戸惑いがちに北原さんが彼女の名を呼ぶ。『ライジングフリート』。トゥインクルシリーズで今年クラシック級になった芦毛のウマ娘であり――7戦4勝、内
「選抜レースの結果もなし、入学前の小学生レースでの情報もなし。いくらオグリ先輩の
キッ、と右耳の稲妻模様を描く耳飾りを揺らしながら彼女は私を軽く睨むように目線を送る。
――怖っ!
「ああ、当然忘れてたわけじゃないぞ? 勿論テストレース自体はして貰うつもりで――」
「オグリ先輩の併走についていくのは、私もできる」
「――フリートはG1
ベルノライトさんのツッコミにむしろ出来なかったらあなたどうやってG2勝ったんだよと同意する。しかしどうして私はこうも見ず知らずの彼女になんだか若干、ツンケンした態度を向けられているんだろう――なんて考えなくても答えは一つだ。
いや、わかるよ。ライジングフリートさんの気持ちすっごくわかる。むしろ今まで日本で一番のアイドルウマ娘であるオグリさんにこんなに優しくされてて明確に敵意向けられたのが今日が初めてなのがおかしいくらいだよ!
だって面白いわけないもん。仮にオグリさんが私じゃなくてよく知らないウマ娘を特に可愛がってたとしよう――。
『いぇ~いグリントちゃん見てる~? これからオグリさんは私だけのオグリさんになりま~す❤』
『そういうわけなんだ。これからはグリントの面倒なんて見てる暇はないんだすまないな』
――そ、そんなの嫌だ! オグリさんを独占するウマ娘がいるなんて……! せめてあと3年くらい……いややっぱり
「というわけで――」
短いグレーのかかった綺麗なポニーテールを揺らしながら、彼女は凄みを増して私の前に近づいてくる。
「私と
ついに、彼女の額と私の額がスレスレになるくらい接近して、ある者にとってはとてもチャーミングに映るであろう
「ただのテストレースじゃつまらないだろ? 賭けないか。負けた方は、
■■■
ライジングフリートにとって大げさでもなくオグリキャップは
かつて『
しかし時の移ろいで美しい白みが毛色にかかる芦毛のウマ娘はとても
フリートは幼い頃から高い能力を持ったウマ娘だった。地元で同世代の中で行われるかけっこではいつも一番だったし、
私もいつかは、
走ることに自信があるウマ娘は――いや、きっと自信がなかったとしてもウマ娘に生まれたからには一度は誰もがそんな夢を見るものだろう。しかし周囲の心無い者達はこんな陰口をボソりと呟いた。
『今は凄いけど、あの子は芦毛だからきっと勝てなくなるんだろうな……可哀想に』
それが単なるライジングフリート本人への侮辱だったらどれほどマシだったか。ただの妬みからくる負け惜しみならばどれほど気が楽だったか――芦毛だから走らなくなるという
いつしか芦毛であることが“
ライジングフリートは言葉のナイフ一つで
もう走るのを止めてしまおうか――そんなウマ娘として絶望の境地にフリートが陥っていた時……そのヒーローは現れた。
芦毛の怪物“オグリキャップ”。
自身と同じ毛色を持った彼女はまさに伝説をその走りで作り上げて見せた。日本中が一人の芦毛のウマ娘に熱狂し魅せられたその激動を五感で体感したフリートは、泣いた。大粒の涙を流しながらオグリキャップの走りに感動し、そして自分の心の弱さを恥じた。
芦毛が走らないなんて、ただのくだらない世迷い言じゃないか!
オグリキャップという太陽がフリートの心の影を払ってくれた。オグリキャップが居たからフリートは再び走れるようになった。オグリキャップがいたから――芦毛であるという“
だからこそ、ライジングフリートにとってオグリキャップは単なるチームの尊敬する先輩ではない。自分を救ってくれた恩人であり、ヒーローであり、憧れであり――そして
オグリキャップのような偉大なウマ娘になりたくて、そして近づきたくて――これ以上やったら死ぬ、というような血の滲むような努力を重ね中央トレセン学園に入学し、必死に選抜レースで結果を出してアピールし、オグリキャップを追うように中央へやってきた北原穣が作ったチーム【ジョーンズ】に入れた時の喜びと来たら、重賞レースで勝てた時よりも嬉しかったとフリートは思う。
だからこそ。
だからこそ、ホワイトグリントというオグリキャップに
丁度4ヶ月くらい前だっただろうか。オグリキャップの様子が明らかに変わったのは。やたらとホワイトグリントという見知らぬウマ娘の話をするようになって、彼女と連絡を取り合っているのだろうスマホを眺めながら一喜一憂するようになって――。
そんなオグリキャップを見る度に、フリートは嫉妬で心が灼かれる気がした。
別段、いくら意中のウマ娘がオグリキャップの元に現れたかといって、ずっとそのウマ娘にかまけているわけでもない。ちゃんとフリートを含めたチームメンバー全員のことの面倒や練習を見てくれていたし、いつも通り優しくしてくれた。でもだからこそいつも通り
それが、あるいはもう一人の尊敬する芦毛のウマ娘であり、オグリキャップの最大のライバルであるタマモクロスだったのならば。それが、あるいはオグリキャップに匹敵する存在感と実績を持ち互いに尊敬し合っている生徒会長“皇帝”シンボリルドルフだったのならば。
それが、あるいはジャパンカップという大舞台で世界を震撼させた世界レコードという記録を共に作り上げた芦毛のウマ娘ホーリックスだったのならば――納得できた。悔しいけれどそんな彼女たちならばオグリキャップの特別なウマ娘になったとしても……
勿論頭ではフリートもわかっている。オグリキャップが誰を好きになろうが誰を特別扱いしようがそれはオグリキャップの自由だ。特別目をかける後輩ウマ娘がいたところで誰に文句をつける権利があるというのか。けれども、どうしても心が納得してくれない。
再び、ライジングフリートは子供時代のように心のバランスが取れなくなっているのをひしひしと感じていた。その乱れが不調となりレースにも影響を及ぼすほどに。惜しむらくも2着に終わった朝日杯から次いで出走した
共同通信杯に挑む前からトレーナーもオグリキャップもこれはおかしい、と気づいていて何かあったのか? 話をさせてくれと心配してくれたのは嬉しかったがフリートは言えなかった。将来的に可愛いチームの後輩になるのであろう一人のウマ娘に対する
勝たせることが仕事であるトレーナーに申し訳ないとすらフリートは思っていたしこのままでは今後のレースも無茶苦茶になってしまうと理解もしている。否――すでにもう
それでも、一応うちのチームに入るなら、テストレースをして実力を見させて欲しい――と尤もらしい提案はねじ込んだが、『オグリキャップに特別視されてるウマ娘がチームに入るのは嫌』、なんてそんなことは言えないままその日は来てしまった。
オグリキャップが優しげな表情で、そして嬉しそうな仕草でチームの部室に連れてきた謎のウマ娘、ホワイトグリント。
息を呑みそうになるほど、綺麗な子だった。誰もが容姿端麗で生まれてくるウマ娘の中であってもそう思ってしまうほど。純白の白くて長い髪を靡かせて、彼女は精巧なマネキン人形であると言われたら信じてしまいそうなほどの無表情で立っている。本当に白毛なんだ、とフリートは心の中で独り言ちた。
芦毛がウマ娘の中で少ない毛色というのなら、白毛のウマ娘は更に超えて
そして、どこかオグリキャップに似通った雰囲気が彼女にはあった。彼女達が血の繋がりのないただの赤の他人であることを知らないものが見れば妹だとか従姉妹だと勘違いしてしまうかも知れない。
『……いや、似てない。オグリ先輩はこんなつまらなそうな表情しない。というかなんでトレーナーやオグリ先輩と触れ合っててこんなに無表情なんだよこの娘……』
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、とはこのことだろうか。気に入らない。目の前の白毛の何もかもがフリートは気に入らない。彼女は何も悪いことなんてしていない、そんなことはわかってる。わかってはいるがわかりたくないのが心の底にある本心で――。
「俺で良ければ、君の担当をさせて欲しいと思ってる」
北原のその言葉を聞いてフリートは思わずストップをかけてしまった。チーム入りの話はテストレースで実力を見てからってことになってたじゃないか、と。
とはいえ、実際の所はテストレースとは名ばかりだ。本当に実力を見る、という意味合いでしかなくすでにホワイトグリントがうちのチームに入るのは既定路線だ。いくらオグリキャップが彼女の事を特別視してても、ことレースに真摯な彼女が嘘を吐いてまで彼女を強引にチームに入れようとすることは考えられない。
オグリキャップがホワイトグリントは将来有望なウマ娘――というのであればそれはただの事実。本来テストレースすらする必要もない程に。
それでも、自分が死にものぐるいに頑張って、そして血反吐を吐く思いでやっと入れたチームに。
「私と
何の実績もないウマ娘があっさりと入れてしまう目の前の現実に。
「ただのテストレースじゃつまらないだろ? 賭けないか。負けた方は、
――仄暗い嫉妬の炎が、彼女を突き動かしていた。
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「レースで賭け事なんて駄目に決まってるでしょ!? ……いや、オグリちゃんも昔は確かにブラッキーエールちゃんと色々まずい賭け*2したりしてたけど……ごにょごにょ……それにテストレースはやることにはなってたけどなんでマッチレース!? 昨日入学したばっかりのグリントちゃんにさせられるわけないでしょ!? レースの勉強なんてまだ何もやってないんだよ!? というかいくらハンデつけたって本格化前のウマ娘とG1クラスのウマ娘でレースになるわけないでしょ! そして! 一番重要なのは! あなた!
言葉の洪水をワッと正座させられたライジングフリートさんに浴びせるベルノライトさん。ああ、あんな美少女に言葉責めされるなんて羨ま――いや可哀想なフリートさん……。
心底申し訳ないと思う。私が原因で彼女はチームのサブトレーナーに怒られてしまっているわけで……私の今の境遇、特別対応すぎてフリートさんが内心怒ってるのもそりゃ無理ないでしょうと。
事実、私は実績ゼロの癖になんか
まあウマ娘とのレース自体は私の地元の唯一の友と一年ほどみっちりやりまくっていたから、マッチレース自体の経験はむしろ豊富なのだけど。色々
まあそれはさておき、そんな実績のない子がオグリさんの特別扱いでチームに入ってしまうことに(多分)怒ってるフリートさんが一方的に悪者にされてしまっているのは絶対に駄目だ。フリートさんのように素敵なギザ歯が似合うウマ娘に悪いウマ娘なんていない。悪いのは私だ。心の中で深呼吸をして、勇気を出して挙手をしながら――。
「……私、フリートさんとレースしてみたいです」
そう告げる。
「……へぇ、クールな表情に似合わず、意外と乗れるね」
正直、興味はものすごくある。負けたら勝った相手の言うことを一つなんでも聞く――というのも
オグリさんとは出会った時に併走して貰ったけど、勿論
通常、ウマ娘のいわゆる成長期が始まるのはおおよそ中等部二年生くらいからで、そこからどんどん著しく成長しスピードもスタミナも桁違いになるほど
ウマ娘の同世代って同じ年代に生まれたウマ娘達じゃなくて、本格化を迎えて
重要なのは本格化だ。これをトレーナーが見誤って不適切な時期にデビューしてしまうとかなーり辛いレース生活を送ることになってしまうという恐怖のメカニズム。新人だとまれに見誤る人がいるらしくて、新人トレーナーが最初のぶち当たる壁なのだとか。実際、かなり難しいらしいねぇ本格化を判断するのって。本格化しました、なんて合図がウマ娘の身体が自動で言ってくれるわけでもないし。
でもおじいちゃんの見立てによると私が本格化するのは一般的なウマ娘と同じく中等部2年生くらい。おじいちゃんクラスのベテラントレーナーとなれば幼少期の成長具合だけでウマ娘の成長タイプがわかるんだって。さすが私の世界一の自慢のおじいちゃん。誰にもあげないよーだ。
故に、そういうわけで同じウマ娘であっても成長期すら迎えていない私と中央レースの最前線で戦うフリートさんでは文字通り桁が違う。例えるならば原付バイクとスポーツカーくらい違う。ベルノさんがハンデをつけてもレースにならないと言うのは一般論としては紛うことなく事実なのである。
――まあ
だから、私は彼女と走ってみたい。
「え、えぇ……? いや、いくらグリントちゃんがそういっても……」
ベルノさんが困ったように眉を潜めて、横目でオグリさんにSOSを求める。
「グリント――速いウマ娘と競ってみたい気持ちは、わかる。君が速いのも知ってる。しかし併走なら許可できてもレースは早すぎるだろう……それにフリートもどうしたんだ? なんだか、喧嘩腰だし、それに急に賭けなんて……」
しょんぼりとした声色で、そしてやはりしょんぼりとした顔でオグリさんはフリートさんに尋ねた。ションボリラグレイである。
「……すみません、オグリ先輩、ベルノさん、トレーナー。でも……私は、やっぱり……」
ぎゅっと、フリートさんは拳を握りしめ、視線を落として小さく震えていた。く……空気が重い……! 居た堪れない! もう私的にはいっそその握った拳で私を殴って欲しかった。フリートさんはすっきりするだろうし私もすっきり気持ちよくなれてwin-winだと思うのだが。
「――レース、してみるか」
その空気を打ち破ったのは、他の誰でもなくこのチームのトレーナーである北原穣その人である。
「ちょっ、ジョーさん!?」
「キタハラ……!?」
「併走じゃ、駄目なんだろう二人共?」
こくり、とほぼ同時に私とフリートさんは頷く。併走はあくまで併走であって、レースじゃない。無論マッチレースも二人で走るのだから客観的にみれば似通っていても、やっぱり全く違うと確信できる。レースとは全身全霊をかけて
ベルノさんが心配してくれる気持ちは、とても嬉しい。オグリさんが心配してくれる気持ちも、すごく嬉しい。でも大丈夫。私はちゃんと走れるから。だって私には――。
「大丈夫です。レースに必要なことはすべて――祖父から教わってますから」
おじいちゃんの教えがあるからね! ドヤァ、と私の表情筋がまともに機能していればそれは見事なドヤ顔を披露できていただろうな!
「……」
――あれ? なんか今、一瞬オグリさんが見たこともないくらい怖い顔をしたような……そ、そんなに私の発言信用ないかな……? いやぁ、そりゃ
「ああ、君の祖父は昔ここでトレーナーをやっていたんだったな。オグリから聞いたよ、よかったら名前を教えてくれないか」
「――
中央トレセン学園という日本で一番のウマ娘を育てる学校でトレーナーをやっていた凄いおじいちゃん。全くそんなおじいちゃんを持てる孫はさぞや幸せものだろうなぁ! おっとその孫私だったわ。
「吉城、竜堂……」
うーん、と何かを思い出すようにハンチング帽に手を添えながら考える北原さん。いやぁ、残念だけど多分北原さん知らないと思うな……おじいちゃんがトレーナーとしてぶいぶいいわしてたの日本の競バ界が
「祖父がトレーナーなんて随分羨ましいが――聞いたことのない名前だな。お前のじいちゃん、あんまり大したことなかったのか?」
――ぶちっ。
と、フリートさんの発言で明らかに私の中で何かがキレた。おじいちゃんをバカにしたことに北原さんやベルノさんがフリートさんをかなりの剣幕で叱っているような気がするが頭がぐわんぐわんしてて聞こえない。
いや。
いやいやいやいやいや。
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。
だがそれでもおじいちゃんの悪口だけは許せない――!
正直、つい先程までハンデ付きのマッチレースをした結果別段負けるつもりで走る気はなかったけれど、負けたら負けたでチーム入りを体よく断る理由になるからそれでもいい――と思っていた。
撤回だ。
「
「――そうこなくっちゃな。そういうギラギラした目、できるんじゃないか」
絶対に勝っておじいちゃんをバカにしたことを謝らせてやる……!
『ライジングフリート』
チーム【ジョーンズ】に所属する芦毛の若手エース各のウマ娘。
名前でわかる人はわかる通りに元ネタとなった競走馬は存在しますがほぼオリジナルウマ娘となっています。