僕は罪を犯している。それでいて、のうのうと幸せを享受している身だ。そしてそれこそが、僕の罰なのかもしれない。きっと、僕が不幸になることを彼女は縋り付いてでも止めようとするだろう。彼女はそれならばと一緒に堕ちてくれるのだろう。だからこそ、僕は幸せでいる必要がある。僕が幸せになることで、彼女を幸せにする。そんな終身刑を宣告されていた。そんな終身刑の最中の麗らかで眠たくなるようなピンク色のある日、僕の大切だったヒトは無事に大学の入学式を終えたようだった。
「じゃーん! どうどう?」
「どうって……変わんないよ、見た目」
「かわ──っ! 失礼だなぁ、ちゃんと贅肉絞ったんだから」
「変わんない、僕の知ってるリサのままだ」
「……浮気?」
「違います」
全く照れた様子もなく憮然とした表情をする僕にとって大切だったヒト、僕のことを
「いやぁ、もうこれで制服が完璧にコスプレになっちゃうね〜」
「翔さんって、制服フェチだったんですか?」
「ぷっ、あはははは! そうかもね〜」
「まぁ、気持ちはわからなくはないですが」
「えっ」
「冗談ですよ」
「も、もう! 海斗が言うと冗談には思えないんだからやめてよ!」
実は冗談じゃなくて、こう制服特有の短めのプリーツスカートとそこから伸びるスラリとした脚というのは僕のフェチズムを刺激するものなんだけどな。そう考えて、チラリとリサのタイトスカートから見えるタイツに覆われた脚を眺めて、このヒトは多分二十代になってもそんなに脚の露出は変わらないんだろうなと感じた。
「やらしー視線を感じちゃったな〜?」
「間違いなく気のせいだよ」
「わかんないな〜、海斗ってば脚フェチだからな〜?」
「からかわないで、心臓に悪すぎる」
「相変わらず無表情でそういうこと言う」
これはリサの言う通り相変わらずなんだろう。僕は他人に表情から感情を隠すのが上手、というよりもむしろ表現するのが下手というレベルなのだけど、別に内面まで冷え切ってるわけじゃない。むしろバッチリ決めてきたスーツ姿のリサにドキドキしてしまうくらいだった。
──こういうのでも、浮気という判定になるんだろうか。どこからが浮気で、どこからがそうじゃないのかよくわからないのは、僕がリサとガッツリ身体の関係を持っていたからなのだろうか。
「さて、これから着替えて練習行かなきゃ! 」
「本当にスーツ見せに来ただけだったんだ」
「うん、海斗のスーツも見たかったしね」
「……もしかしてリサはスーツフェチなの?」
「いやだなぁ、でも男のヒトのフォーマルなカッコってケッコードキドキしちゃうかもね?」
それを聞いて僕は彼女の恋人である
「……り、リサ?」
「女子の恋愛は上書きだって言うじゃん?」
「なんか、聞いたことあるね」
「忘れらんないもんなんだな〜って今実感してる」
「……うん」
ごめんと心の中で謝罪をしながら、僕はリサを後ろから抱きしめた。何度も抱きしめた、そしてここで交わった記憶が蘇って、あの日の感情がぶり返してしまう。
元通りなんて、やっぱりできっこない。僕とリサは想いを通じ合わせて、通じ合わせたまま離れてしまった。それに対して後悔なんて当然してない。でも、リサのぬくもりは僕の中の悪魔がそのまま囁けば眼の前の女性を欲望のままにどうにでもできてしまうと言っていた。
「──っと、ましろに怒られちゃうね」
「僕こそ、翔さんに怒られる」
「ん、ごめんね海斗」
「リサ、僕は──」
「大丈夫、海斗がアタシのことどう思ってるかなんて、痛いほどわかってるからさ」
そう言って、リサは優しい顔で離れて、自分で玄関を開ける。前だったらここでキスの一つでもしていただろうか、だけど抱きしめた以上の触れ合いはないまま、僕はドアを出て、隣のドアの扉を閉めるまで見送った。そしてため息で処理をしたところでドアを閉めようとすると、いつの間にか鬼の形相をしている白髪の女の子がいた。
「ま……ましろ」
「今、リサさんがカイくんの部屋から出てきた気がするんだけど……気のせいかな?」
「気のせいじゃない」
「浮気だ……またすぐ浮気する……!」
そこにいたのは倉田ましろ、僕にとってたった一人の恋人であり、カイくんと僕のことを呼ぶヒト、色々あって僕が一番傷つけた相手でもある。そして今回ばかりは本当に否定しにくいところまで来ていたから僕としても言葉を探すことになる。だが、それだけでましろは否定できないことを察知してますます怒りの表情をした。
「す、スーツでだなんて。シワになっちゃっても知らないんだから……!」
「それは誤解だよましろ」
「じゃあ脱いでもう一回着たの?」
「そういうことじゃない」
ましろは衝撃の瞬間に立ち会ってしまったかのように──というか、そもそもましろって僕とリサが明確に浮気している場面を見たことがないから、当然といえば当然だけど、暴走してしまっているみたいだった。だから、僕はましろを部屋に上げてとりあえず落ち着かせることにした。お茶を出して、その間にスーツから部屋着に着替えて、イチから全てましろに明かした。
「──だから、ちょっとだけ揺れたけど」
「うん……」
「でも、僕はましろの恋人だから……僕がほしいのはましろだけだから」
「う……あ、し、信じられないもん……カイくんは、そうやって、そうやってすぐ……ばか」
ましろは僕の前までやってきて、両手を広げる。泣きそうな顔で、ひどいくらいに顔をぐしゃぐしゃにして──それが、羨ましいとすら思えた。僕はきっと、泣きたい時もそっと泣くことしかできない。こうやって誰かに縋るような泣き方ができはしない。でも、僕にはましろがいる。ましろが、僕の分まで表情を変えてくれるから。僕はそれを抱きしめるだけで、気持ちを伝えることができる。
「カイくん……」
「ましろ、大好きだよましろ」
「うん……私も、カイくんのこと、すき」
「……ましろ」
「ん、うん……いいよ、私も、ほしい」
リサの時は悪魔の囁きを振り払う必要があったけど、ましろが相手の時にはそんな誘惑すらも必要がない。ましろが僕の欲も全て一緒に受け止めてくれるって信じてるから。飲み干して、受け止めて、全部吸い出してくれるって、知ってるから。
──思えば少し前回から間が空いていたように思えた。だからこそましろからも煽って、誘ってくれるし、僕も遠慮なくましろを誘うことができる。そうして、誰にも邪魔をされない二人だけの時間を過ごしたあと、ましろは僕の脚の間に座り、鏡を見ながら文句をこぼした。
「これ、絶対アトついたまま学校だよ……」
「ごめん、我慢できなくて」
「首って、どうやって隠せばいいの? 絆創膏でも絶対バレちゃうよ」
「……うん」
「どうしたのカイくん?」
「いや……制服姿にアトついてるのを想像したら、少し」
「え、ちょっと」
ましろ、僕はね──やっぱりリサのこともまだ好きなんだ。振り子のように揺れてしまう時だってあるし、リサの姿に触れたい、愛したいと感じてしまう時ももちろんある。これからも、その気持ちは長く長く続いていく。
でも、それでも僕が心の底から愛しているのは、ずっとずっと傍にいたいと思うのは、ましろなんだ。ましろに触れたい、愛おしい、そして、僕のというシルシのついたましろの首筋にどうしようもなく興奮する。
「カイくんって、制服フェチだよね」
「そうかな?」
「だって制服の時……脱がせないもん」
「じゃあ、そうなのかも」
「認めちゃわないでよ、ばか」
こんな、王子様には程遠い僕の欲望を受け止めてくれて、そして愛してるという言葉と態度で返してくれるましろが、僕は大好きだ。この先どれくらい経っても、この気持はちゃんと言葉にしていく。それが僕のましろを幸せにするための終身刑だから。罪を背負って、僕はましろを愛していくよ。
所謂「汚いラブストーリー」というコンセプトで、キレイな恋愛である処女性や一途、誠実なとどいった言葉から最もかけ離れた作品となっています。不快感を感じることもあるでしょうが、まぁこれは一種の挑戦なのでとても楽しんで執筆していた記憶があります。というか完結してるので良くも悪くも楽しんでます。全部。
こちらは時系列的に本編最終話の少し前になっているので、まだまだリサへの未練があるみたいな感じでしょうか。ましろを愛すると決めたのに後ろから抱きしめちゃうところもまたこの作品がキレイな恋愛からはかけ離れている所以でしょうね。
次回は「ノスタルジー・サマー」をお送りします