魔王vsパワードスーツ/魔王に滅ぼされかけた異世界の人々、26世紀のパワードスーツを召喚して反撃に出る   作:kadochika

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7.12.パワードスーツの帰還

 ホウセの前に躍り出てきたのは、直径二メートルほどの、巨大な頭だけの姿をした敵だった。

 魔王から分裂して現れたそれは、ただの悪魔とは呼べまい。

 だが便宜上錆角(さびつの)の悪魔、と認識しつつ、ホウセは様子見に魔術を放った。

 

「激しく、劈(つんざ)けっ!」

 

 だが、その魔術は頭から生えたねじれた角に吸収されてしまう。

 

「こいつ、頭しかないくせに……!」

 

 どのようにして推進力を得ているのかは知らないが、ホウセはごろごろと転げまわる頭だけの悪魔に真紅の槍の穂先を向けた。

 

***

 

 アケウに向かって飛んで来た悪魔の姿は、ウィッシェルで見た鮮やかな銀色のそれによく似ていた。

 その鉤爪による一撃を防御し、アケウはうめく。

 

「速い!」

『慌てるな、恐らく魔術でエミュレートでもしているのだろうが、本物ほどじゃない。

 落ち着いて対処するんだ』

 

 もっとも、銀色というには、全体的にくすんだ色合いだったが。

 エクレルがウィッシェルから回収してきた鎧は、修復も不完全で完調とまでは行かない。

 それでもアケウは鎧の機能を駆使して、悪魔を捉えようと魔眼を凝らした。

 

***

 

 身構えると、ディゼムは急にその必要があるような気がして、魔王へと呼びかけた。

 

「この期に及んで言うことじゃねぇのかも知れねぇがな……」

「遺言か? 言ってみろ、覚える気などないがな!」

「このアマ――」

 

 それを嘲笑う魔王に対し、彼は苛立ちつつも言い直した。

 

「もうやめろよマジで!

 これ以上やったら、本当にお前に、とどめを刺しちまうんだぞ!!」

「やってみろ、できるものならなッ!!」

 

 魔王の声と共に殺到する電流の魔術を、彼は魔拳で吹き散らす。

 

「余が何か間違っているか?

 愛する者の復讐を誓って戦うことの、何がおかしい?」

 

 更に魔術を連射する魔王だが、プルイナが魔術紋様で範囲を強化した魔拳が、それらを全て相殺する。

 それでも彼女は笑って、目を細めた。

 

「ほほう、そうか、貴様も失う痛みを知りたいか?

 ならばすぐに知ることになろう!」

「あいつらが、そう簡単にくたばると思うなよ!」

 

 言い返す、ディゼム。

 彼は既に自身の魔力をほとんど使い切っており、この先も回復することはない。

 そのため遠隔攻撃としての魔術は使えず、プルイナに頼るしかない状況だ。

 彼は繰り出される魔術や黄金の髪束を回避、あるいは防御しながら魔王に接近を試みる。

 

***

 

 メイエの意識は続いていた。

 150年前、エスコドゥスの計略によって半ば強制的に液化・合一させられて以来、彼らの記憶は交じり合いつつも、保たれていた。

 それは、異世界の鎧に融合しても変わることなく、魔術炉の中で魔力と共に燃え続けている。

 彼らは鎧の周囲で何が起きているのかを、鎧や着装者を通して感じ続けていた。

 そして、それを好ましく思っていた。

 彼らのためならば、より激しく燃え上がるに、吝(やぶさ)かではない。

 

(与えよう、もっと、もっと力を――!)

 

 人湖の魔力が、昂(たかぶ)っていく。

 それは、以前一度、そこに取り込まれていたホウセも同様だった。

 

(わかる……魔力が、跳ね上がっていく……!)

 

 頭だけの悪魔の発した呪いの魔術を、彼女は真紅の槍を振り回して跳ねのける。

 そして、投擲。

 

「ぜりゃあッ!!!」

 

 爆発的に膨れ上がった真紅の鎧の装甲から、超音速で投げ打たれる真紅の槍。

 それは悪魔の眉間を見事に貫通し、そして更に、ホウセはそこに向かって突進、突き出た槍の柄を掴み取って跳躍する。

 

「熱く、燃えよッ!!」

 

 悪魔ごと突き上げた真紅の槍から激しい炎が四方八方に噴出し、悪魔を内部から燃やす。

 それだけでなく、出力の上がった魔術はより激しい燃焼――爆発となって、頭だけの悪魔を四散させた。

 ホウセも至近距離でその余波を受けるが、彼女はすぐに周囲の状況を見定める。

 

(ディゼムとアケウは……!?)

 

 その一方、アケウと白い鎧もまた、魔王から分離した悪魔と戦っていた。

 彼は魔力の高ぶりに応じて、魔眼がより鋭く、時には未来を見通すかのように働くことを感じ取っていた。

 

(分かる……相手の動く方向が……!)

 

 アケウもまた自身の魔力を使い切っており、やはり今後も回復することはない。

 魔眼が使えるのは、あくまでこれが受動的な能力だからにすぎないのだろう。

 だが、見えることは力だ。

 

「そこ!」

 

 敵の未来位置に向かって、置くように粘着繊維弾(バインド・シルク)を発射する。

 戦場は山の中だ。繊維の付着した敵は、この葉や枝切れ、細かなごみが付着して空気抵抗を増し、速度が少しずつ鈍っていく。

 連射される衝撃波の魔術を魔眼の助けで回避しつつ、アケウは着実に敵の動きを鈍らせていった。

 そして。

 

「捕まえたッ!!」

 

 ついに、繰り出された鉤爪を両腕で掴み取ることに成功する。

 

『そのまま一本背負いだ!』

「このぉッ!!」

 

 近接格闘支援プログラムが作動し、アケウの肉体に、的確な動作を取らせた。

 銀色の悪魔を模した敵は激しく土砂を跳ね上げながら、山肌に叩きつけられる。

 アケウも首を掴み返されるが、彼はそこに掌の辺縁(フロンティア)収奪(エクスプロイション)装甲(アーマー)を作動させ、悪魔の手首を抉り取る。

 

「エクスプローシヴ・バレッツ!」

 

 同時に蹴りで体勢を崩し、敵が再び飛翔する前に、アケウは鎧の掌から破砕弾を連射した。

 両掌の、合計22の多目的射出孔から、それぞれ秒間10発、それを10秒。

 2200発の破砕弾を至近距離から受けて、銀色の悪魔を模した敵は粉々になった。

 

『再生の兆候なし、撃破確認』

「よし……ディゼム!」

 

 白い鎧にはまだ多くの損傷が残っていたが、アケウは残る敵を探して、魔眼で周囲を回した。

 そして他方、最後に残った魔王と、ディゼム。

 二人は戦い続けながら、聳え立つ魔王の城の麓へと移動してきていた。

 その戦いの、わずかにできた隙間。

 魔王が、美貌を曇らせながら嘆息する。

 

「……やはり、最後に残ったのは余か……」

 

 ディゼムはその様子を見て、構えは解かずに告げた。

 

「もうどこかに行っちまえ。

 罪とか裁きとかみてぇな建前でお前を殺すのは、何か……違う気がする」

『ディゼム……』

 

 しかし魔王は、彼のそうした台詞に言い返すようだった。

 

「喰らいたいものも喰らえず、一人で隠れ生きていく……

 貴様らヒトどもは、そんな身の上になったとしても、それを良しとするのか?」

「人間だって、お前らに負けて一度はそうなったんだよ!」

「知ったことか! 喰らいたいものを喰らい、群れて生きる!

 我らも貴様らも、そこに何の違いがあろうか!」

「……なら、最後までやり合うしかねぇな」

「そうとも、殺してやるぞヒトども!」

 

 彼女は虚空から黄金の剣を抜き払い、ディゼムへと斬りかかる。

 彼も左前腕からハード・カッターを抜き、それを受け止めた。

 切り結んだところに魔王の背後から襲い掛かってくる黄金の髪束を跳躍して回避し、左手から弾丸を発射する。

 

「当たるものか!」

 

 魔王はこれを転移で回避し、ディゼムの背後から斬りかかる。

 後ろ蹴りでこれを退け、彼は更に弾丸を浴びせかけた。

 しかしこれも転移で回避され、うめく。

 

「クソ、まだか……!」

『もう少しです、がんばって』

 

 ウィッシェルで戦った時から、疲労が蓄積していた。

 プルイナが抗疲労薬や栄養素を投与しているが、それも限界がある。

 魔王の魔術をスラスター機動で回避した時、通信が入った。

 

「ディゼム!」「加勢するよ!」

 

 アケウとホウセの声だった。

 だが、黒い鎧のカメラで捉えた二人の姿は、それぞれ疲弊している。

 白い鎧はウィッシェルでの損傷の修復も不完全で、真紅の鎧もダメージを受けていた。

 一方で魔王には、まだ余裕がある。

 

「ははは、集まれば勝てると踏んでいるのか!」

 

 彼女は再び転移し、白い鎧の側面を取って魔術を放つ。

 

「うッ!?」

 

 アケウも疲労しているのだろう、白い鎧は反応が遅れて吹き飛ばされた。

 

「脆い!」

 

 同様にホウセも、至近距離から髪束で強かに弾かれ、真紅の鎧の破片を飛散させながら激しく転倒する。

 ディゼムは度を失わないよう努めつつ、魔王に向かって叫んだ。

 

「てめぇの相手は俺だッ!」

「はははは、余の心を少しは理解したか?

 もっと思い知らせてやろう!」

「舐めんじゃねぇッ!!!」

「そら、どうした! 動きが鈍ってきているぞ?」

 

 魔術の連射に、土砂と樹木が吹き飛ぶ。

 魔王はなおも、笑っている。

 

「最後に勝つのは余のようだな?

 貴様らが死ねば、もはやこの世界に余に対抗できるものはおらぬ。

 静かになった世界で、景色を眺めて暮らすのもまた、一興というものかも知れんな!」

「まだだ――まだ、終わってねぇ!」

 

 すると黒い鎧の掌から、一発の弾丸が発射された。

 それは魔王に当たることなく、背後の地面に着弾する。

 

「何のつもり――

 ――!?」

 

 魔王がその意図を察した時、魔術紋様は完成していた。

 同時、白い鎧から粘着繊維弾が、真紅の鎧から錨付きの鎖が伸びて、魔王を絡め取る。

 

「く!?」

 

 そこで魔術による転移が発動しないことに気づいたか、彼女は狼狽した。

 

『転移封印、発動を確認しました』

 

 プルイナが報告する。

 インヘリト王国では高級住宅などにも使用される、転移妨害の魔術紋様だ。

 魔術による転移を弾くだけでなく、こうして転移の発動そのものを阻害してしまうこともできる。

 転移を繰り返す魔王相手に魔術紋様は相性が悪かったが、遮蔽物の多い森林という環境が上手く作用した。

 

「プルイナ、メイエ、頼むぞ!」

 

 ディゼムは黒い鎧のスラスターを全開にして、そこを駆け抜ける。

 

『魔術炉最大出力、魔術紋様展開』

 

 黒い鎧の右手の装甲表面にマイクロ魔術紋様が展開され、強度を上げる。

 ディゼム自身の魔力は失われているが、魔術炉の中で燃焼するメイエがそれを補った。

 黒いパワードスーツは一瞬にして魔王へと距離を詰め、そして、その核となる腹部を打つ。

 

「――!!」

 

 魔力が激しく爆発し、風穴を穿った。

 その巨大な創傷から青黒い血液を吹き出しながら、魔王は後ろへと倒れる。

 黄金の装甲は消え去り、彼女はその美貌を苦痛と死の色に染めつつ、口にした。

 

「く……おのれ、ヒトども……!

 だが忘れるな……魔の種族は……余とは別の血筋の者たちが……

 ……いつかまた……この世界にやって来るだろう……」

 

 死に際の言葉。

 ディゼムはそう感じて、魔王に声をかけた。

 

「……そうかもな」

 

 彼女は急速に衰弱しながら、続ける。

 

「よしんばそれを退けたとしても……今度は貴様らが……我ら、さながらに……!

 ……他の世界へと攻め入って……討ち滅ぼされる側となる……に……違い……な……」

 

 最後まで言い終えることなく、言葉が途切れる。

 すると彼女の肉体は、青黒い砂の塊のように変化してしまった。

 

「恨めよ。お互い、当然の権利を使ったまでだ」

 

 ディゼムはその有様に無常を感じつつ、相棒に呼びかけた。

 

「……プルイナ、手当を頼む……」

『はい。ゆっくりと横になってください』

 

 魔王の構えていた黄金の剣が、ディゼムの胸郭を貫いていたのだ。

 その剣も魔王の肉体と同様に青黒い砂となって散り、黒い鎧に生じた破損部分から赤い血液が溢れ出ている。

 ディゼムは黒い鎧を着装したまま横になり、問いかけた。

 

「プルイナ……俺ら、勝ったのか……?」

『悪魔と判定できる反応は、本機にはもう感知できません。

 今のところ、周辺には悪魔はいないと判断できます』

 

 そこに、アケウから通信が入る。

 

「そうみたいだね。悪魔はもう、この辺りには一人もいない」

 

 同じく通信を通して、ホウセが言った。

 

「いたた……でもあたしの方でも感じないね。

 ここでは勝ったってことでいいんじゃないかな」

「ここでは、か……」

 

 プルイナが麻酔をかけているためにディゼムは痛みこそ感じていなかったが、左側の胸郭を貫かれて肺が激しく損傷しているためか、相当に息苦しい。

 

『左の肺の中に砂状の粒子が入り込んでいます。

 マイクロマシンでの分解には時間がかかりすぎます。

 取り除くには本格的な外科手術の設備が必要です』

「クソ、やってくれやがったなあのアマ……げほっ」

 

 ディゼムは毒づいたが、アケウとホウセがそこに集まってきたことで、勝利の実感が多少は沸いてきた。

 黒い鎧の兜越しに、仰向けになったまま空を見上げる。

 そこには、何事もなかったかのように雲が群れていた。

 

***

 

 経緯を要約すれば、次のようになる。

 第二王女ファリーハの率いる旧世界探査隊は、天空にある都市ウィッシェルを訪問した際、悪魔による襲撃を受けた。

 僅かな生存者を除いてウィッシェルは壊滅したものの、彼女たちは異世界の鎧の力で、悪魔たちの首魁であるとされる魔王の殺害に成功する。

 インヘリト王国に帰還したファリーハたちの報告は、ウィッシェルの壊滅を除いては、概ね朗報として受け止められた。

 魔王を排除し、更に魔軍の中核戦力も壊滅したとなれば、旧世界各地に散らばった悪魔たちは統制を失っているだろう。

 強化された人類の連合軍がそこを突き、旧世界を奪還するのに、さほど長い時間はかかるまい。

 召喚された鎧たちの使命は、終わったのだ。

 だが、彼女たちの疲弊は大きかった。

 内蔵していた動力源は完全に喪失し、今は魔術炉によって動作を保っている状態だ。

 それも魔王との戦いの反動か出力が低下し、異世界の鎧は、送還の目途が立つまでは魔術省の希少資源倉庫に安置されることとなった。

 普段は暗く、日の光も射し込まない場所だ。

 だが、鎧たちは低消費の待機モードでそこにい続けた。

 しかし時折、そこを訪れる者もいる。

 

「よ、久しぶり」「やっほー」

 

 魔術の照明が灯り、ディゼムとホウセの声がする。

 すると、鎧たちの眼窩がうっすらと明滅する。

 

『三人とも、ようこそ。ディゼムは二か月ぶりですね』

『何の用だ。送還の準備ができたか?』

 

 鎧たちに、二人と共に来ていたアケウが視線を落として答えた。

 

「それはまだだね……ごめん」

『仕方あるまい。少なくとも召喚と同規模のコストがかかると聞いているし、ウィッシェルが滅んでもいるからな』

『魔王が死んだかどうかを確かめたいインヘリトとしては、本格的な旧世界探査と防備を優先したい所でしょう。

 我々が映像を提供しましたが、あれが“影”でないという証拠はありませんからね』

 

 エクレルとプルイナが、それぞれ理解を示す。

 黒い鎧は、その着装者だった青年――今は重傷の療養ということで、一時的に任を解かれている――へと声をかけた。

 

『それよりディゼム。マイクロマシンからのシグナルで把握しましたが、治療は順調なようですね』

「あぁ……ようやく外出の許可が出たから、こうやって邪魔してるってわけだ。

 お前ら、暇じゃねぇか?」

『そうしたことに苦痛を感じないよう、忍耐強くできているのです』

「……本当は、連れ出してやりてぇんだけどな。悪魔のいなくなった世界に」

『旧世界に分散していた悪魔は、そう簡単には根絶できないでしょう。

 魔王の言っていた通り、また別の悪魔の一群がこの世界に襲来する恐れもあります』

「そういう意味じゃなくてだな……」

 

 ディゼムが眉根を寄せると、アケウもそれに同意して、続けた。

 

「うん。僕たちは君たちを、自分たちの都合で呼び出して、ただ戦いの道具として使ってしまった。

 それで戦いが終わったら、こんな風に置きっぱなしにして……申し訳ないと思ってるんだ」

 

 それに対し、エクレルが答えて言う。

 

『よく分からんが、我々はもとより戦闘用だ。

 そして世界が違うとはいえ、人間から救助を要請されればそれに応えるように作られている。

 お前たちは、困っている人間を見て見捨てたいとは思わないだろう? それと同じことに過ぎん』

「そう言ってくれると気が休まる。

 何かして欲しいことがあったら、言ってね」

『ファリーハに伝えておけ。老人たちの尻を叩いて、さっさと送還を実現しろとな』

 

 鈴の鳴るような声で尊大な白い鎧の物言いに、ディゼムが腕を組んでぼやいた。

 

「口の減らねぇやつ……」

『そのファリーハはどうしていますか? やはり倒れるまで仕事をしているのでしょうか』

「あ、そこは大丈夫だと思うよ。あれ以来それなりのペースでお休みになっているから」

 

 プルイナの質問に答えるアケウを、エクレルがからかう。

 

『そうかそうか、お前は彼女のそういうことも知悉(ちしつ)する仲になったんだな、お母さん嬉しいぞ』

「茶化すなよ!!」

 

 そうして馬鹿馬鹿しい話題も交えつつ、彼らは鎧たちに近況を報じた。

 ――その半年後、ディゼムとホウセが二人でやってきて、報告した。

 

「その……今度な、こいつと、籍を入れることになってな……」

『おめでとうございます。ホウセの戸籍も作ったのですか?』

 

 プルイナの質問に、髪を伸ばしたホウセが答える。

 

「うん。せっかくだから、今度からただのホウセじゃなくて、ホウセ・タティで名乗ろうかなって」

『ほうほう。それで子供はいつの予定だ?』

 

 エクレルの茶化すような質問に、彼女はまだ膨らんでいない自身の腹部を撫でながら答えた。

 

「多分もう一人目ができてるだろうから、来年くらいかな」

「いやもうちょっと言い方ってもんがだな……!?」

 

 ディゼムが悲鳴を上げた、その更に半年後。

 今度は彼らが赤子を連れてきた。

 アケウも付き添っている。

 二人はそれを、祝福した。

 

『二人とも、おめでとうございます』

『おめでとうホウセ。お前の妊娠中にここに来たディゼムがどのくらい狼狽えていたか、知りたいか?』

「知りたーい」「僕は知ってるけどね」

「やめろ!!!」

 

 赤面するディゼムに、プルイナは尋ねた。

 

『名前は何というのですか?』

「二人に決めてもらおうかなって。

 女の子だけど、何かある? 向こうの世界の言葉でもいいよ」

 

 眠る赤子を優しく揺らしながら、ホウセが微笑む。

 プルイナは答えて、

 

『では、ヴェルメーラ、というのはどうでしょう。赤色を意味する地球の言葉から取りました』

「ヴェルメーラか……いいね、そうしよう!

 ね、ヴェルメーラ?」

 

 彼らのその姿は、幸いそのものだった。

 ――更に月日が流れ、ディゼムたちが二人目の子供を連れて来た。プルイナたちはやはり、名付け親となった。

 アウソニアから若者たちが、見学に来た。鎧たちは、無難に受け答えをした。

 アールヴィルからは、アールヴの王子トレックが、妻クロナと共に挨拶に来た。

 トラルタからは、亡くなった母から書記官長の座を継承したレブルが、礼を述べに来た。

 背が伸びたエスコドゥスが、ボーイフレンドを連れて来た。

 息子の成長したマイレたちが、一家で訪れた。

 ディゼムたちが三人目の子供を連れて来たので、やはり名付けた。

 そして魔王の討伐から、五年が過ぎた。

 

***

 

 王都の中心に位置する、大聖堂。

 フンババ事件以来再建が進み、今では真新しい花崗岩のタイルがきらきらと輝いている。

 普段は信徒や関係者、観光客が引っ切り無しに出入りしているのだが、今日はそこは閉鎖され、内外の壁や床に、青黒い塗料で魔術紋様がびっしりと描かれていた。

 紋様の描かれていない一角には人々が集まり、揃って祭壇の上を見上げている。

 祭壇の上には、漆黒の全身鎧と、純白の全身鎧が佇んでいた。

 今日はここで、送還の魔術が行われることとなっていた。

 魔王討伐の功労者――文字通りの救世主となった鎧たちを、元の世界へと送り返す儀式だ。

 銀髪を後頭部に編み込んだファリーハが、祭壇に上がり、唱する。

 

「黒い鎧、その制御人格プルイナ」 

 

 その呼びかけに、漆黒の全身鎧が眼窩を赤く明滅させて答える。

 

『はい』

「白い鎧、その制御人格エクレル」

 

 その呼びかけに、純白の全身鎧が眼窩を緑に明滅させて答える。

 

『あぁ』

 

 ファリーハの魔術で音量を拡大された言葉が、大聖堂に響く。

 

「我々を、この世界を救ってくれたあなた方に、わたくしは人類諸国と同盟種族を代表し、心底から、お礼を申し上げます。

 本当に……本当にありがとうございました。

 送還がここまで遅れてしまったことも、同時にお詫びします。

 申し訳ありませんでした」

『問題ありません』

『コストの問題は理解している。五年程度で済んだのなら、よくやった方だろう』

 

 ディゼムたちも、魔術省の関係者として臨席していた。

 が、プルイナたちと最後の言葉を交わすことはできない。

 着装者としての彼らの立場は、最後まで機密であるためだ。

 もっとも、別れは儀式の始まる前に済ませていた。

 ディゼムとアケウは、希少資源倉庫で彼女たちと、最後に話した時のことを思い出す。

 

「エクレル。君は口が悪くて、すぐ人をからかうけど……」

『あまり褒めるな』

「それでも君と共に戦えたことを、誇りに思う。ありがとう」

 

 アケウが相棒にそう告げると、ディゼムもまた、思いつく限りの言葉をかけた。

 

「俺もだ、プルイナ。お前にはマジで、数えきれないくらい世話になった。

 戦いの中で何度も助けてくれて……ガキどもの名付け親になってくれて、ありがとうな」

 

 落ち着き払った声の中に情感を帯びて、プルイナが答える。

 

『改まって言われると、気恥ずかしくも感じますね。

 でも、こちらこそありがとう、ディゼム。

 あなた方のことは木星に戻っても、絶対に忘れません』

『同感だが、そろそろ時間だな。

 お前たち、我々の着心地が懐かしくなっても泣くなよ』

 

 鈴の鳴るような声で憎まれ口を叩くエクレルに、アケウが笑う。

 

「大丈夫さ」

「泣くかバカ!」

 

 ディゼムは目に涙が滲みかけていたことを悟られまいと、声を荒らげていた。

 そして、今。

 王女が、別れの言葉を告げる。

 

「それでは、御達者で、異世界の鎧たち。

 わたくしたちも、真に救世主であったあなたたちのことを、いつまでも忘れません……!」

 

 送還の魔術紋様に、ファリーハが最後の一画を描き入れた。

 すると大聖堂に描かれた魔術紋様が光り輝き、参列者の視界を白く塗り潰す。

 

「…………!!」

 

 音もなく光が落ち着くと、祭壇の上に立っていた二領の鎧は、跡形もなく姿を消していた。

 

(終わったか……元気でやれよ、プルイナ)

(さようなら――心配するなよ、エクレル)

 

 二人の着装者たちは声を出すことなく、相棒たちを見送った。

 きっと、彼女たちは故郷に帰り着いたことだろう。

 魔術大臣が儀式の終了を宣言すると、参列者たちは三々五々に、それぞれの予定へと移った。

 ディゼムとアケウには、魔術省での仕事がある。

 魔術が使えなくなった二人だが、魔術紋様については問題ない。

 今の彼らは、魔術の資質が生まれつき低い人間でも高い戦闘力を発揮できるようになる、灰色の鎧の発展型の開発に従事していた。

 完成すれば、旧世界に残った魔軍残党の排除に、より大きな効果をもたらすだろう。

 そしてこの世界の人類は、再び大地に勢力を広げ、文明の営為を再開するはずだ。

 だがそれはもう、パワードスーツたちとは関係のない物語である。

 

***

 

 送還の魔術紋様の発動の直後。

 二着のパワードスーツたちは、メンテナンスポッドへと戻っていた。

 全システム、認証開始――オンライン。

 ただし、不明なデバイスあり。

 すると彼女たちのセンサーが、外部からの音声信号をキャッチした。

 

「何だ!?」

「あるぞ!? ディグニティが戻ってきてる!!」

「どういうことだよ!?」「QGPコアが、ゼロになってる……!?」

 

 騒がしいのは、メンテナンスポッドで撤収作業を行っていた技術部のスタッフたちだ。

 謎の経緯で消失した機材が突然戻ってきたのだから、驚くのも無理はない。

 魔術による異世界召喚・送還など、26世紀の科学の埒外のものだ。

 プルイナとエクレルはオンライン状態で、様々な検証に応じた。

 オンラインになったことで、戻ってきたのが西暦2596年5月12日――召喚からおよそ二か月経っていることも分かった。

 ファリーハは数秒の誤差で元の世界と時間に戻れると言っていたが、理想と現実は違うということか。

 木星開発機構の汎用人工知能サクラティーズが、量子回線を通じて尋ねる。

 

『ではあなたがたゼノフォンは、別の世界で戦っていたと?』

『そうです』

『そうするべきだと判断した』

 

 二人はそう答え、全ての記録を提出した。

 サクラティーズはそれを読み込んで、驚いたように言う。

 

『にわかには信じがたいことですが、これらの記録はとてもゼロから創造できる精度ではありませんね。

 記録は私が、木星開発機構に提出します。

 追記したい事項などはありますか?』

『ありません』

『ないな』

 

 二人はそう答え、その後、更なる検証を受けた。

 量子スキャン、分解再組立て、再試験運用。

 その結果、木星開発機構が彼女たちの証言する異世界の存在を信じたとしたら、どうするだろうか?

 あるいは、何とかして魔術を再現しようと試みるかも知れない。

 あるいは、異世界に偵察を送り込むだろうか?

 それはまだ、分からない。

 あの世界で、ディゼムたちがその後、どうなったのかも不明だ。

 プルイナたちにはもう、知る術がない。

 超空間通信機でも、異世界のことは分からないからだ。

 だがきっと、彼らは行く手に困難があれば立ち向かい、あるいはやり過ごし――

 必ずや、強く生きていくことだろう。

 彼女たちはそう信じて、システムをシャットダウンした。




お疲れさまでした。これにて本作は完結です。
途中で4年ほどエタっていまして、楽しみにしていただいていた方には大変申し訳ありません。
膨大な数の作品の海から本作を見出していただき、まことにありがとうございました。
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