魔王vsパワードスーツ/魔王に滅ぼされかけた異世界の人々、26世紀のパワードスーツを召喚して反撃に出る   作:kadochika

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2.4.真紅の鎧

 それは真紅の色をした、全身鎧だった。

 頭のてっぺんから、つま先までを赤い装甲に包まれた、人間と思しい姿。

 それが、刃の悪魔の、刃の並んだ腕を、両手で挟んで受け止めている。

 刃の悪魔が、動揺を見せた。

 

「何だ……?」

 

 同じく刃の並んだもう片方の手を振り下ろすも、それを今度は片手で受け止められた。

 悪魔は、真紅の鎧に対し、腫瘍を発生させる魔術を行使した。

 

「腫瘍よ、膨らめ!」

「……」

 

 真紅の鎧は何事もなかったかのように、刃の悪魔の両腕を受け止めたままだ。

 それどころか、凄まじい力で、悪魔の両腕を外側へと弾いた。

 悪魔の両腕が激しく左右に広がり、大きな隙ができる。

 その細い胴体から、ごおん、と鈍く激しい金属音が響いた。

 真紅の鎧の正拳が激突したのだ。

 大きく後ろに吹き飛ばされる、刃の悪魔。

 

「ぬぐぅ……!?」

 

 悪魔が反撃の魔術を編み上げ、攻撃しようとした時――

 どこからともなく、槍が飛んできた。

 同時に、真紅の鎧が右手を掲げる。

 槍はぴしゃりと、そこに収まり、握られた。

 まるで、そこを目がけて飛んできたかのようだ。

 真紅の鎧の表面と同じ色の、真紅の槍。

 槍が、天を叩くように振り上げられた。

 真紅の槍の穂先は、刃の悪魔の脇腹を捉え、反対側の首筋へと抜ける。

 斜めに、真っ二つ。

 

「!?」

 

 切り裂かれた刃の悪魔は絶命し、粘性の高い青黒い体液をまき散らしながら、廃墟の道に転がった。

 黒と白の鎧は、内部の着装者の治療を試みつつも、装甲の外で起きていたその事態を観察していた。

 隙なく佇んでいるのは、真紅の槍を手にした、真紅の鎧。

 真紅の鎧が、背後に尻餅をついていたファリーハの方を向く。

 

「え……!」

 

 ファリーハは、やや身じろいだ。

 そちらを見やって、真紅の鎧は自身の右手を、胸の高さまで掲げる。

 すると真紅の兜の表面が、何もない虚空に(ほど)け出た。

 赤い装甲の一部がその形状を失い、赤く細いリボンのようになってゆく。

 プルイナたちがその像を拡大すると、リボンのような物体は文字か、文様を思わせる複雑な形状が組み合わさってできていると分かった。

 それらがしゅるしゅると動いて、ファリーハに絡みついていく。

 

「え、何ですかこれ……」

「大丈夫、心配いらない」

 

 鎧の中から聞こえた声は、女のものだった。

 真紅のリボンが解けるにつれて、彼女の体の、鎧で覆われている面積が減ってゆく。

 プルイナが音声を発し、真紅の鎧の女に問う。

 

『待ってください。あなたは誰ですか?』

「ホウセ」

 

 彼女が短く名乗ると、兜の部分が解けきって、顔が現れた。

 黒髪をうなじのあたりで切った、まだ若い娘だった。

 見たところ、年頃については幼いと言っても過言ではないかもしれない。

 ホウセと名乗った娘は、言葉を続けた。

 

「今は急ぐ。すぐに説明するから、悪く思わないで。

 遠目に見てたけど、飛ぶ力は残ってる?」

 

 彼女の質問に、プルイナとエクレルが、それぞれ音声で答える。

 

『問題ありません』

『修復が進んできた。飛行は可能だ』

「なら、このまま付いてきて」

 

 真紅の鎧の一部が真紅のリボンとなって、ファリーハの全身に絡みついていた。

 ホウセは真紅の槍にまたがると、そこからファリーハを吊り下げる。

 ホウセのまたがった槍はそのまま、空高く浮かんでいった。

 廃港から飛び去る彼女を追って、黒と白の鎧が飛ぶ。

 ファリーハは、いつの間にか付近一帯に深い霧が立ち込めていたことに気づいた。

 

***

 

 ファリーハは、霧の中を飛んでいた。

 正確には、真紅の鎧の娘・ホウセに、槍から吊るされながら飛んでいる。

 真紅の魔術紋様のリボンが、彼女の肩から腰まで巻き付いて、槍と繋いでいるのだ。

 紙1枚にも満たない薄さに見えるが、強度は十分あるようだった。

 頭上のホウセに、訊ねる。

 

「あの……少し良いでしょうか?」

「どうぞ。説明するって言ったしね」

「まずは助けていただきました。ありがとうございます」

 

 そっけなく答える彼女に礼を言い、再度尋ねた。

 

「わたくしは、ファリーハ・クレイリークと申します。

 あなたはホウセ、でしたね。なぜわたくしたちを助けてくださったのですか?」

「人間に見えたから」

「今はどこに向かっているのですか?」

「そのうち分かるよ。大丈夫、悪魔のいないところだから」

「……それなら、いいのですが」

 

 疑うというよりは、信じがたい心持ちだった。

 ファリーハは、旧世界のどこかに生き残っている人類がいるはずという希望を持ってはいた。

 だが、そこは既に悪魔で溢れかえっていた。

 悪魔は強く、探査隊の大半の命が失われた。

 そう思うと今度は逆に、自分たちを助けに来てくれる人間などというものがいた。

 

(信じたいけれど、にわかに信じていいのかどうか……)

 

 それが、正直な所感だった。

 気づけば、霧が晴れてきていた。

 周囲が荒々しい岩肌に囲まれた、峡谷地帯らしいということが分かってくる。

 何とか後ろを見ると、黒と白の鎧の輪郭が見えた。

 二人は特に問題なく付いてきているようだ。

 すると、ホウセがゆっくりと、下降を始めた。

 すでに霧はなく、そこは川の上だった。

 ホウセの乗る槍はその流れに沿って進んでいった。

 ついには岩山の裂け目へと流れ込む天然の暗渠(あんきょ)へと入り込んでいく。

 薄暗いどころの話ではなかったが、槍は構わず飛んでいく。

 黒い鎧が、肩口の装甲の一部を投光機に変化させ、照明とした。

 ホウセが、それを見てつぶやく。

 

「へー、便利だねそれ」

 

 裂け目は急速に狭まり、行き止まりとなった。

 ホウセが、発言する。

 

「今開ける」

 

 手を伸ばし、真紅の鎧の篭手で岩壁に触れると、そこが一瞬で、音もなく裂けた。

 ファリーハを吊るしたまま、ホウセと槍が通れる高さと幅がある。

 奥からは、薄っすらと光が差し込んできていた。

 

「急いで入って」

 

 ホウセは槍を発進させて、新たな裂け目の中へと入っていった。

 黒と白の鎧が、続いて通り過ぎる。

 すると裂け目は消えて、暗い暗渠の岩肌へと戻った。

 

***

 

 彼女たちが降り立った場所は、やはり暗かった。

 黒い鎧から引き続き光が投じられているため、視界自体は確保されていた。

 黒い鎧は倒れたままだが、装甲が発光する箇所を移動できるらしい。

 今は一行の前方に対して投光している状態だった。

 

「それ、もう止めて大丈夫だよ」

 

 そう言うと、ホウセは呪文を唱えた。

 

「明るく、照らせ」

 

 籠手に覆われた手の平の上に白い光球が発生し、ゆらりと空中に浮かぶ。

 前後左右に上下が、広く照らし出された。

 エクレルが感心したように言う。

 

『魔術の照明か』

『そのようですね』

 

 プルイナは言われた通り、鎧からの照明を消した。

 光球は眩しく、照らし出された周囲の様子が明らかになる。

 岩壁に挟まれた、やや広い通路。

 足元は荒い岩肌で、歩きやすいとはいえない。

 ただ、水気はなくなっており、無闇に滑って転ぶ危険はないようだった。

 ファリーハは既に槍から降ろされ、リボンも解かれていた。

 魔術の明かりに照らされながら、ホウセが言う。

 

「ひとまず悪魔からは逃げ切れたと思っていいかな。それじゃ、怪我人の治療をしよっか」

 

 すると彼女のまとっていた鎧が、ばらりと解けるように分解した。

 やはり、真紅のリボンの集合体のようだ。

 槍も同様にリボン状に解けて、鎧だったもう一方とともに、彼女の首元に集まり、凝集する。

 あっという間に、それは真紅のマフラーとなって彼女の腰まで垂れ下がった。

 一連の動きを見たファリーハが、尋ねる。

 

「……それ、魔術紋様の集合体ですか……?」

「そうだね、そんなとこ。まずは……黒い鎧の彼から治そうか」

 

 ホウセが視線を下ろすと、黒い鎧が眼窩を点滅させて発言した。

 

『挨拶が遅れました、ホウセ。本機はプルイナ。中にいるのはディゼム・タティ』

「そっちの声は鎧からか。脱がせるよ?」

『これから行うのは、魔術による治療ですか?』

「そう。腫瘍の呪いを解く」

『本機では治療の目途すら立ちません。よろしくお願いします』

 

 プルイナは黒い鎧の兜、及び上半身の前半分の装甲の結合を解除した。

 体から剥がれた鎧の部品は、それぞれがごく小さな推進力を発生させてディゼムから離れた。

 黒い鎧の兜と上半身の前面装甲が一体となって、すぐ近くに組み上がる。

 

「はー、何かすごいね。そっちの鎧も」

 

 ホウセは少しだけその様子を眺めていたが、すぐにディゼムの体に視線を落とした。

 呼吸の邪魔になるので、上半身の衣服はすでにプルイナが鎧の機能で分解していた。

 彼の上半身はそこかしこに生じた腫瘍によって指から喉まで覆われ、元々の倍近くに膨れ上がっている。

 ファリーハがその有様を、痛ましげに見ていた。

 ホウセはディゼムの身体に手をかざし、唱える。

 

「……優しく、癒せ」

 

 ずぶずぶと小さな音を立て、腫瘍が縮まっていく。

 膨満が収まり、元々の素肌の有様が戻ってきた。

 十秒ほどもすると、彼の身体は何事もなかったかのように癒えていた。

 息も絶え絶えでうなされているようだったディゼムの呼吸も、安らかに見える。

 ファリーハが、その手腕に息を呑む。

 

「すごい……」

『感謝します、ホウセ』

 

 プルイナが礼を言うと、倒れたままの白い鎧がホウセを呼んだ。

 

『エクレルだ。次はこちらのアケウ・ハーンの治療を頼む』

 

 エクレルが鎧を操作し、胸部、頭部の装甲のみを解除して、内部のアケウを露出させた。

 手足の付け根を一瞥したホウセが告げる。

 

「足萎えの呪いを治すのはちょっとだけ、時間がかかるよ」

 

 彼女はアケウの心臓近くに手を近づけて、やはり唱えた。

 

(あまね)く、満たせ」

 

 先ほど彼女の生み出した魔術の明かりが、まだ周囲を照らしている。

 昼間の野外ほどの光量はないが、それでも血の気の失せていたアケウの頬に、徐々に血色が戻っていくのがわかる。

 魔術で彼を治療しながら、ホウセが口にした。

 

「少し時間がかかるから……彼を治しながら、ここがどこだか説明する」

『記録しておきましょう。どうぞ』

 

 プルイナが黒い鎧の目を点滅させながら答えると、ホウセは話し始めた。

 

「150年くらい前に、悪魔から逃れて地下に移り住んだ人々がいた。

 あたしたちは今、その国に向かってる。ここはその途中の、秘密の通路」

「地下に……!?」

 

 ホウセの説明に最も強く反応したのは、ファリーハだった。

 

「まだいるのですね! あなた以外にも人が、生きて、この世界に!!」

「落ち着きなって。三人の中では一番軽傷だけど、左肩の傷、そんなに浅くないからね?」

「……はい」

 

 声が大きくなったファリーハを、ホウセがなだめる。

 アケウの治療は時間がかかるようで、まだ続いていた。

 ホウセは、話を続けた。

 

「あたしがあなたたちを助けたのは、用事のついで。

 悪魔たちが真上の土地に大挙してるっていうんで、偵察を頼まれてさ。

 そしたら襲われてる人間の集団を見つけたから、槍を囮に暴れさせて、霧の魔術で敵を幻惑して、何とか助け出せたってわけ」

 

 脱出の直前、霧が深まってきていたのはそうした理由だったらしい。

 ホウセが、声の調子を落として付け加えた。

 

「…………あなたたちだけね」

「……全滅するところでしたから、やはり感謝します」

「そう言ってもらえると、少しは気が楽になるけど」

 

 数十秒ほども経ったか、白い鎧が手足の装甲を解放した。

 エクレルが声を発する。

 

『減少した体重が回復した。礼を言う』

「ありがとうございます、ホウセ……あ、家名は?」

「ないよ。ただのホウセ。今みたいにホウセ、って呼んでくれればいいから」

 

 黒い鎧と白い鎧の、着装者を離れて結合していた部分が再び分解され、健康状態を取り戻した着装者たちに取り付く。

 再着装が完了すると、二領の鎧はゆっくりと体を起こした。

 ダメージを受けていた駆動系も、おおよそ自己修復を完了していた。

 ファリーハは立ち上がり、

 

「それでは、行きましょうか」

「待って。あなたの治療がまだでしょ」

 

 ホウセに引き止められ、彼女はうなだれた。

 

「あ、その……そうでした……すみません」

 

 血液で濡れた衣服で左肩からのこれ以上の失血は食い止められていたが、彼女も傷だらけだった。

 プルイナが黒い鎧から声を発し、ホウセをなだめる。

 

『我々の事情も説明しましょう。少し長くなりますが……』

 

 ファリーハの傷も治療し、一行は地下深くへの道を進み始めた。

 ホウセの生み出した魔術の明かりだけが、周囲を照らしている。

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