魔王vsパワードスーツ/魔王に滅ぼされかけた異世界の人々、26世紀のパワードスーツを召喚して反撃に出る 作:kadochika
その二日後。
王都南部の陸軍工廠に、議員や貴族、財界の有力者などが集まっていた。
広く開けられた屋外作業場に置かれたとある機械が、彼らの見守る中、その筐体をゆっくりと展開する。
長さ5メートル、高さは3メートルほどに大型化した自己複製プリンターだ。
『扉が開きます。ご注意ください』
電子音声と共に、前方に設けられた扉が左右に開く。
その中には長さ3.2メートル、重量650キログラムほどの大砲が格納されていた。
大砲には架台と車輪もついており、プリンターの内蔵機構によって押し出されたそれは、ゆっくりと作業場に姿を現した。
そこで、主事が工員たちに命じた。
「牽引準備!」
「牽引準備ィ!」
工員たちはそそくさとプリンターに近づき、大砲の各部へとロープを引っ掛けていく。
「牽引準備完了!」
「牽引、始め!」
工員たちがロープを引っ張ると、再びゆっくりと大砲が動き始めた。
コンクリートの床を噛んで、新兵器が全容を見せる。
王族や閣僚、工場の関係者などが、どよめいた。
「おぉ……」
王国の一般的な大砲よりも短く、有名な海防砲よりもスリムだ。
しかし射程は前者の倍以上、威力も後者に勝り、重量は半分以下。
王国の砲兵部隊が、現在の編成を大きく変えずに使用可能。
それでいて悪魔の皮膚に対して有効な火力を持つ、太陽系の過去の製品を選定したものだ。
臨席していたファリーハが、鎧たちから聞いていた内容を一同に説明する。
「運用については、すでに供与された書籍のとおりです。
悪魔の大群に対して、より効果的な砲撃が可能となるとのことです。
複製装置は、原料と性能の及ぶ限り、これを生産することが可能です」
「移動、始め!」
陸軍の兵士たちが四人やってきて、大砲の載った架台に取り付く。
「移動、始めます! ご注意ねがいます!」
彼らは周囲に警告しながら、ゆっくりと架台を移動させ始めた。
こうした要領で、鎧たちはファリーハや軍関係者の監修のもと、武器供与を行っていた。
大砲に加え、下級悪魔を掃討するのに十分な威力の小銃、および重機関銃。
そしてそれらに必要な弾薬や、一部の整備用品などだ。
いずれもインヘリト王国の工業設備でも製造可能と考えられるものを選定し、設計図、取扱説明書とともに供与した。
必要とあらば、彼らの持つ既存の設備でも製造可能だ。
また、太陽系――主に地球――で使用されていた戦闘・戦術の要領も、紙の手引書として供給している。
インヘリト王国軍は、それを元に強化されることだろう。
勝利を至上とするならば、戦闘車両や航空機、艦艇、その運用に必要な燃料と支援に用いる無数の機材なども供与したいところだ。
だが、それら全てを整備するには山一つを全て自己複製プリンターに変えたとしても、長い時間がかかる。
インヘリトの人々に扱えるように訓練を施すならば、更に時間が必要だ。
しかも生産された兵器群は、生産性を重視して自壊機能を持たせていない。
プルイナたちが悪魔の脅威を排除し、元の世界に帰還した後でも、先ほど製造を完了した大砲などは残るのだ。
それはこの世界の人類たちが悪魔を駆逐したあと、人類同士の紛争で使われることになる。
それを止めることは不可能だ。
気の早い話ではあるが、そうした“戦後”を考えたなら、あまり強大な兵器を供与するのも望ましくないことだ。
技術レベルに見合った、やや強い武器の供与で、ひとまずは様子見をする――というのが、プルイナたちの判断だった。
ただ、それを受け入れたファリーハには気がかりもあった。
(大叔父様の主導だったとはいえ、反乱を起こした海軍にも導入しちゃって大丈夫かな……)
難しいところではあったが、不公平感を減らすためという理由もあり、小銃と重機関銃は海軍にも配備が予定されている。
実際に性能試験を行い、両軍が納得したなら、配備は速やかに進むことだろう。
***
ファリーハが新式大砲の生産に立ち会っている頃。
ディゼムは黒い鎧をまとい、魔術省の研究施設にいた。
立ち会いの魔術師二人に見守られながら、黒い鎧が、実験用の皿から塗料を指で
鎧の検出装置が、その成分を分析していった。
『主成分は酸化亜鉛、酸化コバルト、酸化アルミニウム……我々の世界と違う成分は無し』
地球産の典型的な顔料に、近い組成だ。
黒い鎧の内部で合成回路が作動し、解析情報と同等の成分が生成される。
『ではこれを再現して合成し、魔術紋様を描きます』
そして再現された顔料が指先の多目的射出孔に届き、外部へと送られる。
黒い鎧の5本の指が、それぞれ別個の軌道を描き、木の板の上を滑った。
それに合わせて動かされる、内部のディゼムの指。
奇妙な感覚ではあったが、彼は慣れて、身構えることもない。
「…………」
今回プルイナは、“描いた場所から運動エネルギーを放出する”という魔術紋様を描画した。
成功したなら、紋様から運動エネルギーが放射され、その影響を受けた周囲の空気に対流を生じる――
つまり、紋様を起点に微弱な風が吹く。
ディゼムの指に、再び違和感が走った。
「あっ、何か押されてる感あるぞ!?」
『本機のセンサーでも、圧力を感知しています。成功のようですね』
黒い鎧の伝達機能が、ディゼムの指に同等の感覚を伝えていた。
立ち会いをしていた魔術師二人は、怪訝な顔でそれを見ていた。
本来であれば魔術紋様とは、同じ塗料、同じ図形を描画すれば、誰でも同じ成果を期待できるというものだった。
彼らにディゼムたちのやり取りは聞こえていないが、なぜこんな当たり前のことを、という気持ちがあったことだろう。
プルイナにとっては、不思議だった。
この世界では、彼女たちのいた世界とはわずかに異なる物理法則が作用しているようだ。
同じ組成の塗料をカリスト軌道に持ち帰って魔術紋様として描画しても、同じ効果を顕すことはあるまい。
その後もマニュアルに従い、ディゼムたちは魔術紋様を試し続けた。
熱を発するもの、音声を遠方に転送するもの。
紋様を描いた対象の強度を、劣化させてしまうもの。
より大型のもの、より複雑で緻密なもの。
さらには理論書に基づくアレンジを加え、意図通りの効果を出す紋様を描くことまで行った。
様々な塗料の配合も、プルイナには法則性が理解できた。
二時間ほども色々と試して、彼女はディゼムに報告した。
『ディゼム、問題は解決しました。
魔術紋様というもの、実際にはこの世界の人々が持っている魔力が必要なのではないかと本機は考えていましたが……そうではなかったようです。我々にとって有益な事実です』
「よかったじゃねえか」
『あなたももっと喜んでくれていいんですよ?』
「喜んでねえわけじゃねえよ……俺は紋様のこととかまるでわからんから、任せる」
『では……用も済みましたから、魔術師たちに挨拶をお願いします』
「あぁ。えーと……」
プルイナも外部音声を発することは可能だが、明らかな別人の音声では混乱させるという理由で、鎧の素性を知る者以外には許可されていない。
実際にはディゼムと全く同じ声質に変えることさえ可能だったが、それはそれで紛らわしい。
ディゼムはプルイナがバイザーの画面に示した内容を、外部音声で口にした。
「あー、成功のようです。異世界の鎧を使っても紋様が描けるのかという懸念は、払拭されました。ご協力に感謝します」
「ええ、はい……お疲れさまでした……?」
少々言葉がぎこちなかったようだが、問題はないらしい。
魔術師たちは、いそいそと機材の片付けに取り掛かった。
理屈の上では魔術紋様限定とはいえ、プルイナとエクレルは最上級の魔術師となり得ることが分かった。
実際にはそう単純なことでもないだろうが、これは再度の旧世界探査に向けての大きな収穫といえる。
後始末を魔術師たちに任せ、ディゼムとプルイナは研究施設を後にした。
***
魔術紋様の形状は、理論に基づいて決定される。
図形や記号、注釈などの形状と配置次第で、効果が変わってくるのだ。
魔術紋様を扱う魔術師は、前提条件と求める結果から、理論的な計算で紋様の形状を導き出すことになる。
基本的には、大きな結果や強い効果を得たければ、必要な紋様はそれに比例して大きく、複雑になる。
魔術の効果を強める特定の材料が知られており、これらを塗料に用いることで、さらに効果を強めることができた。
また、建物などを用いた立体的な魔術紋様というものも存在した。
こうした立体構造は形状などの算出に高度で複雑な計算が必要となるが、それさえできれば面積要件を大幅に緩和可能となる。
知識や手管に優れた者が、高品質の塗料を用いて立体構造で紋様を描くことで、得られる結果は限りなく理想に近づく。
なお、求めている結果が厳密に定められていて、かつ小さいほど、魔術紋様による魔術は成功しやすい。
――では、「曖昧」で「大きな」目的を達成するためとなると、必要な資材、労力、成功率はどうなるのか?
それはつまり、必要な予算が指数関数的に大きくなることを意味した。
まして「追い詰められた人類を救ってくれる者を異世界から召喚する」などとなれば、雲を掴むがごとき条件だ。
前回、人間たちに協力的な異世界の鎧などという代物がやってきてくれたのは、奇跡にも等しい。
だが、人はそうした都合の良い結果が出れば、ならば次も、と求めてしまうものだ。
こうして、莫大な予算を費した二度目の召喚――第二次救世主召喚事業が、急遽、実施される運びとなったのだ。
ファリーハは、再び図形や記号まみれになった大聖堂を見て、ため息をついた。
作業が早い。
(うちの魔術省も、請負業者の人たちも、優秀だなぁ……)
最初は設計も含めてほぼ一年を費やしての大事業だったため、なおのこと感慨深かった。
魔術紋様の計算自体は、前回使用したものを流用するので、当然工期は短くなる。
大聖堂の天井などには魔王の“影”の襲来で破損した箇所が残っており、これを回避して紋様を描く必要はあったが、その部分の修正もごく短期間で終わっていた。
そして、前回からさほど間も空いていないので、魔術省の人員も、民間の協力業者も、作業に手間取る部分が減る。
作業が早まるのは当然とはいえ、やはり感慨深かった。
今日で作業は、紋様の再計算作業から含めても四日目だ。想像以上に早い。
報告によれば、検図も含めて明日には完成するらしい。
儀式は明後日。余裕を持って当たったとはいえ、素晴らしい進捗と言えた。
(また魔王が攻めてくる懸念はあるけど……これは正直、期待してしまう……)
とはいえ、彼女がそこで見ていなくとも、作業は問題なく進む。
ファリーハは大聖堂を眺めるのをやめて、次の仕事へと向かった。
***
翌日。
その日は、ディゼムとアケウに休暇が与えられていた。
休暇といっても、特に予定はない。
「…………」
ディゼムは鎧の通信機能を使って、隣室のアケウと話そうと試みた。
ベッドに寝転びながら黒い鎧の兜だけを被った、傍から見ると滑稽な姿だった。
アケウも休日なので、鎧を着てはいないはずだ。
鎧を介しての通信なので、まずはエクレルに呼びかける。
「エクレル、アケウを出してくれ」
『何の用だ?』
鈴の鳴るがごとき女性音声が、疑わしげに返事をした。
「お前別にあいつの母ちゃんじゃねえだろ!
今日の予定を聞きてえの。代わってくれ」
『まぁ、いいだろう。代わってやる』
「何様だお前は……」
エクレルを非難していると、声がアケウに切り替わった。
『あ、ディゼム。代わったよ。今日の予定?』
「あぁ……俺は何もねぇから、お前の用事にでも付き合おうと思ってたんだけども」
『特にないよ?』
「何もねぇなら実家にいてもいいんじゃねぇか?」
『いいよ……あんまり頻繁に行くと、暇な仕事なんじゃないかと疑われそうだし』
「いや、実際ヒマだろ俺ら」
『これは正式な休暇だろ? ていうか、ホウセはどうしてるの?』
「えーあいつ? 何であいつ?」
『てっきり君のところにでもいるのかと』
「何でだよ……俺はあいつの保護者じゃねえ」
そこまで話すと、ディゼムの部屋の扉を叩く音がした。
「ディーゼームー。起きてるー?」
ホウセだった。
扉を無遠慮に叩きながら間延びした声で名を呼ばれ、ディゼムは頭を抱えた。
「何なんだよ何で俺なんだよ……」
「ディーーゼーームーーくーーん!」
「あぁもう、うるせぇな……!」
ディゼムは黒い鎧の兜を脱ぐと、ベッドから飛び起きて玄関扉へと向かった。
扉を開けて、
「何だよ」
拳を振り上げたまま扉の前に立っている娘を睨んで、ディゼムは訊いた。
ホウセは手を下ろしながら、
「いや、そろそろ観光案内でもしてもらおうかなぁって」
「本気でやる気なのかよ……」
渋っていると、そこに、隣室からアケウもやってきた。
「いいんじゃないかな。そういえば、ホウセはインヘリトの生まれじゃないわけだから、もしかしたら遷都以来最初のお客さんかも?」
「……それが何で、俺のところに来るんだよ」
「アケウより暇そうかなって」
「ふざけんな! まぁ暇なのはそうだけども!」
悔しいながらも、ディゼムはそれを認めた。
「僕も休みだし、手伝おうか?」
親友にそう言われ、ディゼムは考えた。
予定がないことに変わりはない。
「…………まぁ……暇だしな……」
「鎧は私用では持っていけないから、遠くまでは行けない。王都の案内だけになるけど、いいかな?」
自室の方を見ながら、アケウが条件をつけた。
「うん。よろしくね」
ホウセがうなづいて、笑う。
そして、即席の観光案内が始まった。
官舎に残された鎧たちは、無音で交信する。
『いいのか、プルイナ』
『まぁ、いいでしょう。彼らは通信機を首に巻いていますから、王国内にいるならいつでも駆けつけられます』
『……音声だけでも聞こえるようにしておくか』
『何があるかわかりませんから、それがいいでしょうね』
交信が終わると、二領の鎧は待機状態に入り、彼らの帰りを待った。