魔王vsパワードスーツ/魔王に滅ぼされかけた異世界の人々、26世紀のパワードスーツを召喚して反撃に出る   作:kadochika

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3.7.奇跡のおかわり

 インヘリト王国の宰相によって公式発表された事件の概要は、以下のものだった。

 まず、何者かが深夜、大聖堂に強行的に侵入し、翌日の召喚の儀式に用いられる予定だった魔術紋様を起動した。

 結果、その召喚の魔術によって、異世界から巨人が召喚されたと考えられる。

 異世界の巨人は大聖堂を半壊させて市街地に移動し、その後黒い鎧及び白い鎧と交戦し、破壊された。

 第二次救世主召喚計画は失敗した。

 この場を以てそれを悔やみ、遺憾を表明し、税役を捧げし国民に対し深く陳謝する――

 それならばまだいいのだが、責任を取るということで内閣が解散し、ファリーハは苛立っていた。

 

(あぁっもうっ……代議士は選挙のことばかり考えて!

 また引き継ぎやら委員会の再任やらで余計な時間が……!)

 

 王女の身――票田の意向を気にせずに済む立場で勝手なことを言っていると、頭では理解しているつもりだ。

 だが、選挙の間は議会も開けず、当然新たな立法も出来ない。

 旧世界の奪還に向けて国内法の整備を進めたいファリーハにとっては、苛立つ要素が圧倒的に多かった。

 加えて、異世界の巨人のもたらした市街地への被害についても頭が痛い。

 異世界の巨人が出現した大聖堂は半壊するほどの被害を受け、当分は使用できない。

 巨人は大聖堂以外の建造物を積極的に破壊することこそしなかったが、それでも把握できた被害は少なくない。

 巨人が通過した跡は、その重量で大通りの舗装が陥没し、使い物にならなくなっていた。

 その道路に隣接していた建物も基礎部分が損傷し、一部の建物は基礎からの解体再建が必要となるほどだった。

 また巨人は異世界の鎧に撃破された際にも巨大な爆発を生じ、これによって生じた衝撃波が、やはり近傍の建物に大きな被害をもたらした。

 先の召喚による被害は大聖堂の天井や床といった一部に留まっていたのが、今次との差異を浮き彫りにした。

 その上、侵入してきて勝手に魔術紋様を起動したとされる正体不明の不埒者たち。

 やはり、奇跡のおかわりなどは無かったということか。

 唯一奇跡と呼べるものがあるとすれば、あれ程の事件だったにも関わらず、死者が出なかったことだろうか。もっとも、負傷者は多数出ていたが。

 議会――ひいては有権者――からの強い要望があったとはいえ、召喚の儀式を主催した魔術省は強く責任を追求された。

 来年度以降の予算編成に響くであろうことは間違いない。

 魔術省の主席官を勤めていたファリーハも、王族とはいえ例外ではなかった。

 翌日、海軍会館から出てきた彼女――魔術省の建物が破損したため、被害の軽かった海軍会館に間借りしていた――に、新聞社やラジオ局の記者たちが群がる。

 

「ファリーハ殿下、大聖堂の再建と、今後の教会との関係改善に向けて、何かご意見を――」

「本当に申し訳なく思っております。教会とは調整中です」

「アウソニアから来たという、赤い鎧の少女についてですが、先日遷都横丁で――」

「プライベートも関わってくるので、そちらは話せません」

「国土省の関係筋によると、大聖堂を含む被害額は五百億トゥーカに及ぶ見通しとのことですが、魔術省としての見解は――」

「そちらはまだ関知していませんが、今後協議する予定です」

 

 引け目もあって、彼女は一人ひとりに丁寧に答えていった。

 事態を整理し、旧世界探査に向かう準備が整うまでに、最終的に一か月もの期間が必要となった。

 

***

 

 事件から四日後。

 ディゼムは官舎の自室で、読み慣れない新聞を読んでいた。

 紙面には、堅い見出しと堅い文章が並んでいる。

 いわゆる、高級紙だった。

 気まぐれを起こして、試しにと買ってみたものだ。

 

「ノヴァン・インヘリト特別市、王国議会に対し補償増額を要請」

「召喚事業の正当性を問う――タント教授の提言」

「魔術省、相次ぐ資材の誤発注」

 

「……やめやめ」

 

 数度目の挑戦を諦めて、ディゼムは新聞を畳んでテーブルへと放り出した。

 見出しだけざっと読んだが、既に異世界の巨人の事件の扱いは大幅に小さくなっていた。

 ディゼムは鋼鉄色の巨人が爆発した、まさにその中心にいた。

 とはいえ、彼は黒い鎧の防御力によって守られ、怪我は一つもなかった。

 鎧はそれなりのダメージを受けたようだったが、自己修復によって今や新品同然だ。

 そのプルイナは、今は彼から分離して、部屋の隅にたたずんでいる。

 アケウとエクレルに関しても、同様だった。

 巨人の残骸は、細かな部品の欠片に至るまで全て、爆発現場から回収された。

 それらはプルイナとエクレルによって分析された後、国立の研究施設で研究対象となることが決まった。

 もっとも、それに使われている先進材料の精髄を解明するのには、長い時間がかかるだろうが。

 

『これは異世界で製造された、巨大な機械兵士とでも呼ぶべきものです。

 我々のいた世界より、更に高度な技術の産物と言えます。

 しかし我々はそのような存在を勝手に召喚し、攻撃を受けたとはいえ破壊してしまった。

 不可抗力ではありましたが、同時に残念でなりません』

 

 解析時のプルイナによれば、そういう事であるらしかった。

 

『本来の名前は不明だが、我々は彼を、フンババと呼ぶことにした。

 ついては、フンババの墓を作ることを提案したい。

 異世界の住人の尊厳を踏みにじった我々の、自己満足でしかないが』

 

 エクレルの発案のとおり、第二次救世主召喚によって出現した鋼鉄色の巨人はフンババと名付けられ、インヘリト王国の公式の場でもそう呼ばれるようになった。

 また、大聖堂前の広場の隅に、許可を得たプルイナたちが即席の墓碑を作っていた。

 のちに魔術省の働きかけで、正式な墓碑も作られる予定だった。

 フンババの墓には、ラジオや新聞で大きく報道されたこともあり、かなりの数の花が供えられていた。

 ディゼムたちも、一度そこに跪いて祈った。

 とはいえ、それも一段落した。

 事件直後こそ残骸の解析や移動回収などでプルイナと共に駆り出されていたものの、今は平穏そのものといえる。

 だが、その平穏を乱す者がいた。

 

「ディーゼームーくーん」

「…………開いてるよ」

 

 返事をすると、扉を開けてホウセが入ってきた。

 

「お邪魔しまーす」

 

 爆発の時、彼女だけは真紅の鎧に大きなダメージを受け、本人も軽度の火傷を負っていた。

 彼女自身が外傷を治療する魔術を扱えるため、火傷は既に消えていたが、鎧はそうも行かないようだ。

 普段から首に巻いている、長い真紅のマフラーが、目に見えてぼろぼろになっていた。 

 

「それ、まだ直んねえのか」

「自己修復にも限度があるの。

 魔術紋様で出来てるから、ファリーハに頼んで塗料を分けてもらって直さないと」

 

 ホウセはぼろぼろのマフラーを撫でながら、そう言った。

 

「姫様、死ぬほど忙しそうだぞ」

「だから困ったなーって話をしにきたわけ」

「……そうだな」

 

 普段なら「だから何だよ」といって追い出していたかもしれないが、今は待機とはいえ、暇だった。

 プルイナが部屋の隅から、ホウセに提案した。

 

『本機が調合できる塗料であれば、提供しますが』

「そう? ちょっと試してみようかな?」

『サンプルを分けてください』

「じゃあ今広げるから――あ、ディゼム、ちょっとぶわってなるからね」 

「ぶわって」

「明かして、広がれ」

「うおぉ……」

 

 ホウセが小さく呪文を唱えると、ディゼムのいる部屋いっぱいに、真紅の文字の集合体が広がった。

 決して狭い部屋ではないのだが、それでも小箱に薄紙を丸めて詰め込んだかのようだ。

 部屋の隅に佇んでいたプルイナにも、薄布のようなそれが襲い掛かり、黒い鎧が自動でバランスを取る。

 ディゼムも自分に降りかかるそれを手で押しのけながら、訝る。

 

「おい、何だよこりゃ……!?」

「“原図”ってやつ。壊れたりした時はこの状態にして直すの」

 

 それは小さな真紅の文字で描かれた、図形、記号、注釈の大群だった。

 大きな紙や、布に書かれているというわけではない。

 強いて言えば、空気でできた不可視の幕に、密集するように印字されているといったところか。

 

「原図ねぇ……ちょっと嵩張りすぎやしねぇか」

「書きたての部分以外は触っても大丈夫だよ。厳密には違うんだけど、すぐに乾いたのと同じ状態になるから」

 

 既に触れていたが、改めてつまんでみると、暖かく、羽のように軽い。

 ただよく見れば、そこかしこで線が途切れたり、文章が大きく欠損している箇所があるとも分かる。

 真紅の鎧の負ったダメージが、この状態にも反映されているということか。

 プルイナが黒い鎧を無人のまま動かし、その手で真紅の原図の表面を撫でる。

 

『サンプルを採取しました。これを元に、塗料を合成します。ディゼム、皿を借ります』

「あぁ」

 

 黒い鎧は原図を押しのけ、戸棚から深皿を取り出すと、指先の多目的射出孔からそこに、赤い液体を練りだした。

 ホウセはそれを見て、

 

「お、いい感じ。じゃあ早速……」

 

 懐から小さなペンを取り出し、深皿の塗料に浸す。

 無造作にペンを走らせて、彼女は部屋の床やテーブルに、図形や記号を描いてゆく。

 ディゼムは慌てて、それを制止した。

 

「えっ、おい! 借りもんなんだぞ!?」

「大丈夫だよほら」

 

 彼女はそう言って、本物の布をそうするように、魔術紋様の集合体の、端を掴んで翻す。

 ホウセが今しがた描いた文字は、すっかりそこに同化して、ふわりとめくれ上がった。

 文字と図形の集まりが、自分は布だ、繊維だと強弁しているかのようだ。

 

「インクが乾けばその部分は、修理完了ってこと」

 

 彼女は得意げに言うが、ディゼムは床板の凹みを見逃さなかった。

 

「……ペンの跡が付いてるじゃねぇか! 机で書け机で!

 これ使え! 下敷き板!」

「しょうがないなぁ~」

 

 ディゼムが指示すると、ホウセは魔術紋様の集合体を布のようにして引き寄せた。

 

「…………」

 

 机に腰かけ、磨かれた石板の上にカリカリと魔術紋様を書き始める。

 率直に言って、不思議だった。

 ディゼムはベランダに出て、日差しを背にしゃがみ尋ねる。

 

「いつ終わるんだよ」

「順調に行けばあと……四時間くらいかな。完全修復にはもっとかかるけど」

『プルイナ、手伝ってやってくれ』

「あ、悪いけどだめ。自分で直すから……インクだけちょうだい。配合は完璧だと思う」

『了解しました。紋様の形状データだけ、記録しておきます』

「え……まぁいいけど」

 

 日はだいぶ高くなっていた。

 ディゼムは何となく立ち上がり、ベランダから官舎の外を眺めてみた。

 やはり、暇だった。

 

***

 

 一か月後、全ての調整が完了した。

 幸いにも、魔王やその軍によるインヘリト本土への侵攻はなかった。

 ようやく、第二次旧世界探査隊が発足するのだ。

 内訳は、政治的交渉要員、兼隊長となるファリーハ自身。

 そして護衛である二領の異世界の鎧と、その着装者であるディゼムとアケウ。

 最後に旧世界の出身者にして、その案内人であるホウセをあわせた四名だった。

 彼女たちは、転移の魔術紋様を用いて、インヘリト王国からアウソニアに設置された“駅”へと転移し、アウソニアに変化がないことを確かめた。

 また、アウソニア理事会に対してあらためて国王の書簡を渡し、悪魔に対抗するための協力と、武器の供与を打診した。

 結果としては、保留。

 

「先日君たちが置いていってくれた分の機械だけで、とても助かっているよ。

 強力な武器を作ってくれるというのはとても興味深い提案だが……

 我々はまだ、自身で悪魔たちと戦う決心まではできないでいる。

 既に転移の“駅”を設置するという協力の関係にはあるが……

 君たちがそうした提案をしてくれたということを元に、理事会と国民で話し合いをしなくてはならない。

 返答をするのは、それからということにさせて欲しい」

「ご判断を尊重します。“駅”のご提供に、改めて感謝します」

 

 理事会とファリーハの会談は、比較的短時間で終わった。

 その後、理事会の許可を得て秘匿された通路から、アウソニアの外へと出る。

 異世界の鎧のセンサーを作動させ、ドローンも放って外の情報を集めた。

 果たして悪魔は――いなかった。

 先日苦労して北へと誘導した成果か、周辺には下級のものも含め、悪魔が徘徊している様子は見られなかった。

 彼女たちはそのまま、近くの川沿いの森の中で休止した。

 移動の準備のためだ。

 森の中の入り組んだ河原の側にかがんで、ファリーハが口にする。

 

「……この調子で、悪魔のいない地上、あるいは限られた土地に悪魔を封じ込めた世界を目指したいものですね」

『悪魔の根絶は、必ずしも必要ではないということですか?』

 

 彼女は質問をしたプルイナに、通信機越しに答えた。

 

「そうです。あるいは魔王が、人間に敵対的な態度を変えてくれるなら、話し合いをする余地もありそうですが……今のところは無いようですしね」

『話し合いというのは、王国の上層部の人々と共有された考えですか?』

「選択肢の一つとしては、考えられています。

 魔王か、それに準じた悪魔と、必要に応じて話し合う……わたくしの見る限りでは少数ですが。

 何せ旧世界に戻った途端、我々は悪魔の襲撃を受けました。

 身を以て思い知った今では、まずは方法収集と安全の確保が第一です」

『今のところは、本機もそれで良いように思います。

 交渉などを考えるのは、この世界の人類が悪魔に十分に対抗できるようになってから。

 あるいは、我々が武力で敵の力を減殺してからでも遅くはないでしょう』

「同意が得られて嬉しく思います」

『切りの良いところで、そろそろ保護セルが完成します』

 

 プルイナがそう告げると、王女から十メートルほど離れた所で小さな音が鳴った。

 チチ、と何かが軽く擦れたようなその音に振り向くと、そこには船を思わせる白いシルエットが、鳥のように翼を広げていた。

 胴体部の高さは四メートルほど、翼を含めた全幅に至っては十メートルを超える。

 

「……こんな場所で組み立てると、船渠で見た時より大きく思えますね」

『我々と同じ熱電・色覚迷彩を装備していますので、被視認率は大幅に低下します』

 

 プルイナがそう言うと、胴体の前部が扉のように展開した。

 内部への通路が現れ、そこに登るためのタラップが出現する。

 ――ここから先、アールヴィルまでは転移の魔術紋様が使えない。

 だが悪魔の闊歩する旧世界を徒歩で進むのは、鎧の護衛があろうとも危険だ。

 彼女を抱え上げて空を飛ぶことが出来ないわけではないが、安全を重視すると速度が落ちて、アールヴィルまでは十時間以上を要する見積もりだった。

 十時間以上も風圧に晒されたまま移動するのは厳しい。

 休止を設ければその度に速度が落ちて、悪魔に発見される危険が増す。

 この問題に対して鎧たちの提案した解決策は、ファリーハを収容して飛行が可能な簡易航空機を製造する、というものだった。

 それがその簡易航空機、通称を『保護セル』と言った。

 ファリーハの乗る客室、及び荷物などを納める貨物室を備えており、黒い鎧と白い鎧によって左右から胴体を保持し、空中を牽引していくという代物だ。

 これならば、それなりの速度を出して三時間程度でアールヴィル周辺に到着できる見込みだった。

 機体各部に鎧と同じ仕組みのスラスターも付いているので、ある程度の垂直離着陸や自動飛行も可能だ。

 ただ、インヘリトで製造してアウソニアから持ち出すには、大きすぎた。

 保護セルの大きさでは、アウソニアから外への出入り口を通過できないのだ。

 これに関しては、簡易組み立ての可能なパーツに分けて製造し、アウソニアの外に出てから組み立てを行うことで解決された。

 鎧の力で部品の接合などを行い、今しがたそれが完成したのだ。

 ファリーハがタラップを踏んで乗り込むと、まず前方に貨物室があり、その奥に彼女の入る客室があった。

 

(……インヘリトで試作品を見てはいましたが、やはりすごい)

 

 簡素な机と座席、ベッドに照明、それに隣にはトイレが完備されている。

 殺風景ではあったが、空を飛ぶ客車と考えれば、ファリーハには破格と思えた。

 部屋の天井に設けられたスピーカーから、プルイナが呼びかける。

 

『ファリーハ、ベッドの下から食料を出しておいて、座席に座ってください。

 離陸の際は危険があるので、壁面の表示に従ってシートベルトを締めて、身体を座席に固定すること。

 必要に応じて減速するので、トイレに行きたくなったら教えてください』

「わかりました。準備が出来たら言います」

 

 準備はすぐに完了し、周辺警戒に出していたドローンを回収、二領の鎧によって保護セルの空輸が開始された。

 翼の中ほどに設置された索具を胴にひっかけ、鎧の推力で空中に上昇、加速する。

 鎧と保護セルは同時に熱電・色覚迷彩を起動し、透明になった。

 前方では、真紅の鎧をまとい、真紅の槍にまたがって飛ぶホウセが彼らを先導する。

 このまま北東に三時間ほども飛べば、アールヴの国、アールヴィルへと到着するという。

 ファリーハは状況をノートに書き綴りつつ、保護セルに設けられていた窓から外部を観察した。

 

(…………あれは……)

 

 ときおり地表に現れるのは、太陽に照らされた廃墟だ。

 150年前、悪魔たちが地上の人類社会を破壊し尽くした時の名残だろう。

 廃墟の多くは草木に覆われており、よく見なければそれとわからない。

 ほとんど森になってしまった土地もあるはずだ。

 彼女たちは悪魔を退け、あれらの廃墟を再び蘇らせなくてはならない。

 それはきっと、長い道のりとなることだろう。

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