魔王vsパワードスーツ/魔王に滅ぼされかけた異世界の人々、26世紀のパワードスーツを召喚して反撃に出る 作:kadochika
そして、到着予定時刻が近づいた頃。
時刻は時差を除けば正午が近かった。
「見えてきたよ、アールヴィル!」
先頭を飛ぶホウセが、首の通信機を介してディゼムたちに報告する。
鎧たちのセンサーにも、鬱蒼とした原生林から垣間見える建築物の形状が捉えられた。
ディゼムはプルイナが強調処理を施した映像を見て、感想を述べた。
「分かりづれえ! この距離でよく見えるな、あんなの」
彼らの飛行高度は1500メートルを超えており、高度を落とすにつれて、遠くに見えたアールヴたちの住処が徐々に近づいてくる。
だがその時、アケウが声を上げる。
「待って、今あそこに人が!」
すかさずエクレルが内部のアケウの視線を追い、赤外線センサーで人影を特定する。
方向はすぐに黒い鎧にも共有され、ディゼムはプルイナが視界に投影した矢印を追って、同じものを発見した。
ホウセも二人の視線の先を見て、それを特定したようだった。
「あれは……!?」
二人――若い男女が、森の中を走っている。
プルイナとエクレルは、それぞれの着装者の視界に補正をかけ、更に人影を拡大した。
先頭を行く男は魔術紋様を使った照明を掲げており、耳が長く尖っていた。
インヘリトの伝承に登場するアールヴと、身体的特徴が一致する。
一方、それに手を引かれている女は、外見上は人間との差異はなかった。
アールヴの国が近いのだから、近くにアールヴがいるのは分かる。
だが、人間もいるとはどういうことか?
「あたしが行く! 二人はファリーハをよろしく!」
ホウセはそう言って高度を落とし、走る二人の男女――アールヴと人間に向かって飛んでいってしまった。
『我々も様子を見つつ、後を追いましょう』
「あぁ。アケウ、いいか」
「うん。中の殿下にも事情を説明して差し上げてくれ」
『今、音声で説明している』
二領の鎧はファリーハを収容した保護セルを保持したまま、速度と高度を落としてホウセの後を追った。
***
男女が走っていた理由はすぐにわかった。
悪魔に追われているのだ。
腐朽して砕け、土と草に埋もれた旧時代の舗装路の名残らしき道を、二人は駆けていく。
それを追うのは、体重にして二トンはあろうかという比較的大型の悪魔だ。
悪魔の上半身は人間型だが、下半身にはムカデかイモムシのような無数の足を持っており、それらをせわしなく動かし、獲物を追っている。
障害となる若木などは軽々となぎ倒しながら、二人の逃げ足よりも速い速度で迫っていた。
当然、距離は徐々に縮まっていく。
ホウセは真紅の槍と鎧で発揮しうる最高速度で急行し、空中で槍から離れた。
真紅の槍はそのまま飛んでいき、悪魔に――左手で弾かれた。
「!?」
驚きつつも、ホウセは短く呪文を唱え、真紅の槍を回収する。
「疾く、戻れ!」
悪魔は動きを止め、飛来する彼女に気づいたようだった。
真紅の槍が当たった悪魔の左手も無傷ではなく、傷口から粘性の高い液体が流れ出ている。
ホウセはそのまま鎧を飛ばし、悪魔と、それから逃げていた二人の間に滑り込むように着地した。
真紅の槍を構え、宣言する。
「通さない」
悪魔は立ち止まり、彼女を観察しているようだった。
その頭部は額から角を生やした人間の男、といった様子だが、口元が笑っている。
いや、そこに生じた亀裂の形状が、たまたま笑っているように見えるだけか。
「っ!」
ホウセは反応した。
悪魔の身体の後ろに長く伸びた胴体と尾が、それ自身の頭上を越えて飛び出してきたのだ。
それを、右に回避。
悪魔の尾が大地を打ちのめし、土砂や草が衝撃で舞い散る。
ホウセが右腕に力を込めると、真紅の鎧の右腕の装甲が膨張した。
「鋭く、貫け!」
呪文と、爆音。
同時に投げ放たれた真紅の槍は、しかし、今度は悪魔によって受け止められてしまった。
悪魔は奪い取った真紅の槍を振りかざし、ホウセに向かって突進した。
「激しく、
そこに、魔術の落雷が襲いかかる。
振りかざした真紅の槍を通して、悪魔の体から地面へと、大電流がほとばしった。
薄暗い森の中が、一瞬だけ明るくなる。
ホウセは電流の作用で硬直した悪魔へと飛びかかり、真紅の槍を握ったままの悪魔の手を、思い切り蹴り上げた。
空中に放出された真紅の槍をぱしり、と取り戻し、両手で振りかぶると、ホウセは槍の穂先を悪魔の脳天へと叩きつけた。
そのまま両断される悪魔、湧き出す粘性の血液。
彼女はそこから後ろに跳躍して、警戒した。
「…………!」
注意深く周囲を見回すが、他の悪魔はいないようだった。
追われていた二人の男女――アールヴと人間――は歩みを止め、ホウセを見ていた。
彼女は、彼らに対して声を張り上げた。
「何考えてんの、このバカ!!!」
その声は、そこに接近しつつあったディゼムにも、黒い鎧の集音装置から容易に聞こえる大きさだった。
黒い鎧の視界には、男女二人に接近して説教しているらしい、真紅の鎧の姿が写っていた。
アールヴの男の方の反応から察するに、知り合いのようだ。
「ほら、掴まって! 飛ぶよ!」
「いや、しかし……」
「しかしじゃない! その人が誰だか知らないけど、人間でしょうが!
だったら危険だって、判らないわけじゃないでしょ!!」
ホウセの剣幕に怯えて、というわけでもないだろうが、それまでは見ているだけだった人間の女の方が、アールヴの男の袖を引いて告げた。
「トレッド……もういいよ、やめよう?
危ないのは私もよくわかったし……」
「クロナ……」
ディゼムはその場面にどう関わっていいのか判らず、通信機を介してホウセに尋ねた。
「ホウセ、どうすんだその二人」
「連れてくよ。アールヴィルはすぐそこだし」
強引に二人を抱き上げようとするホウセに、プルイナとエクレルが提案する。
『さすがに二人抱きかかえては動きづらいでしょう』
『手狭になるが、ファリーハと一緒に保護セルに入ってもらう。それでいいな、ホウセ』
「じゃあ、それでいい。急ごう、他の悪魔が来たら危ない」
そう言って飛び立とうとするホウセを、プルイナが呼び止める。
『待ってくださいホウセ。悪魔の死体を埋めて行きましょう』
『死体を放置しては他の悪魔に見つかって、アールヴの攻撃によるものだと誤認されるおそれがある』
「……それもそうか」
エクレルの説明に納得し、ホウセは槍をスコップに変形させた。
ディゼムはその会話を聞き、アケウと共に保護セルを降下させながら、ぼやく。
「……このでかい死体を埋めんのかよ」
悪魔の死体は、多数の足の生えた長大な下半身を備えていた。
重量にして、馬で五頭分はあるだろう。
直接手で掘るにせよ、鎧の持つ火力を使うにせよ、それなりに大きな穴を掘らなければなるまい。
ディゼムの言葉に、プルイナが補足する。
『死体だけではありませんよディゼム。
場合によっては、保護セルも土に埋める必要があるかも知れません』
「……透明なまま置いといても、やっぱ不味いのか?」
『熱電・色覚迷彩はそれなりにエネルギーを消費します。
保護セルに分けたエネルギーだけでは、あまり長期間使うことはできません』
「しゃあねぇ、見つからねぇ内にさっさと埋めるか……」
『アールヴたちに持ち込みを拒否された場合だけです。
持ち込めるのなら、アールヴィルの中に置かせてもらうのがいいでしょう』
「だといいがな……!」
彼が黒い鎧を着たまま屈もうとすると、アケウが通信機から声を掛けてきた。
『ディゼム、貨物室にスコップがある。これを使おう』
「そーすっか」
黒い鎧と白い鎧が金属製のスコップを使い、猛烈な勢いで森の土砂を搔き出し始める。
悪魔の死体を埋め終えて離陸すると、アールヴィルは目の前と言っていい距離にあった。
『お邪魔しまーす! 人間のホウセでーす! 寄らせてくださーい!』
先行して呼びかけるホウセの声はやや、不機嫌だった。
彼らがアールヴィルへの入域を許されるのに、さほど時間はかからなかった。
***
アールヴィルへの入域後、一行は熱電・色覚迷彩を解除した。
鎧たちはともかく、全幅が十メートルを超える保護セルの巨体が出現したことで、アールヴの兵士たちがわずかに驚く。
「魔術で隠していたのか? ここまで大きな品を持ち込むとは聞いていないぞ」
「ごめんなさい! 悪魔に見つかるとまずいから、どこかに隠させて!」
手を合わせて懇願するホウセだが、兵士たちは困惑しているようだった。
保護セルの前部が開き、そこからタラップを降りてきたファリーハが言う。
「こちらのトレッドさんに口添えを頼みましょう。
中で自己紹介を受けましたが、彼はアールヴの女王の御子息だそうです」
「お恥ずかしながら……五男ではありますが」
(子沢山なのか、アールヴってのは……)
ディゼムが黒い鎧の中でどうでもいいことを考えていると、彼、トレッドが兵たちに申し渡す。
「ひとまず、分解ができるそうなので練兵場の隅に置かせてもらいます。
女王には……僕から説明しますので」
彼の案内に従い、森の中に開かれた広い運動場のような場所へ、ディゼムたちは保護セルを移動させ、主翼などを分解して配置した。
そこから更に、王子トレッドは彼らを、宮殿へと案内する。
一行は簡単な身体検査を受け、何とかアールヴの宮殿へと招かれることとなった。
宮殿と呼ぶにはいささか慎ましい佇まいだったが、そこで女王が待っているのだという。
鎧を身に着けたディゼムとアケウについては、兜を脱いで素顔を見せた状態という条件で入室が認められた。
(だったら脱いだ方が楽でいいんだが……説明も面倒だからいいか)
ディゼムは兜を小脇に抱え、仲間たちと共に兵士の案内に従った。
短い廊下を抜けた先、謁見用らしき広間に、彼女はいた。
アールヴの、女王。
腰より下まで伸びているであろう黒髪を束ね、複雑な紋様の編み込まれたローブを羽織り、玉座に腰掛けている。
異世界の鎧たちのセンサーは、ローブの模様が魔術紋様の一種に類似していることを認識していた。
女王が立ち上がり、小さな口を開く。
「私はアールヴの女王、ムア。まずは息子を助けていただいたこと、礼を申し上げる。本当にありがとう」
王子であろう彼――トレッドと呼ばれていた――は、ファリーハたちから見て左手に立っていた。
一行を代表してファリーハが進み出て、挨拶を返した。
「人間の国、インヘリトの王女、ファリーハ・クレイリークです。
こちらこそ、突然お邪魔した所を丁重にお迎えいただき、ありがとうございます」
本当に実在していたアールヴ、そしてその長。
入殿の際に国王からの書簡も渡し、事情は伝えてあるが、ファリーハは改めて、女王に説明した。
人間が、悪魔から旧世界を取り戻す戦いを始めようとしていること。
そのために異世界の鎧を召喚したこと。
そして、その戦いと魔王の居場所の捜索のために、アールヴィルの土地か、近隣の一部を貸してほしいこと。
だが、彼女の態度はすげなかった。
「それはできない。我々が人間の反攻に手を貸せば、悪魔は我らのことも攻撃しようとするだろう」
ファリーハは女王ムアの言葉が終わるのを待った。
「我らの魔術が悪魔に劣るとは思わないが、数の利は悪魔にある。
あなた方には気の毒だが、このアールヴィルの安寧こそが、我らには大切なのだ。
準備が整ったなら、帰られるが良い。ホウセと同様、寝床と食事、そして帰還のための魔術紋様を描く場所が必要ならば、それも提供しよう」
あまりに冷淡、というほどではないものの、協力的とも言い難い。
アールヴの立場からすれば、当然ではある。
アールヴたちの人口はさほど多いようには見えない。
彼女の言う通り、いかにアールヴの個々人が強力であろうとも、万の単位でやってくるであろう悪魔の軍勢に、正面から対抗するのは難しいだろう。
あわよくばアールヴを、戦力としても取り込めないかと考えていたファリーハの目論見は、出会い頭に叩かれた形となる。
せめて、転移のための『駅』を域内に常設することだけでも認めさせたい。
そのために今の彼女がアールヴたちに提示できる見返りといえば、やはり自己複製プリンターしかない。
だがそれは、注意深く見極める必要があった。
物資不足にあえいでいたアウソニアと異なり、アールヴたちは特に困窮しているようには見えない。
保護セルに対する態度を見ても、彼らは外来の技術に対して、興味というよりは異物感を抱くようだった。
精密機械の製造を実演してみせたところで、不要だとはねのけられ、それどころか逆に不興を買う恐れもある。
だが、とファリーハは考えた。
(でも、トレッド王子は人間を連れていた……彼女はどこから?)
元々アールヴィルにいたと考えるべきだろう。
ホウセの証言では、アールヴたちは彼女に、隠し事をしているという話だった。
(まさか、悪魔に追われた人間を、どこかに住まわせている?)
ファリーハは思い切って、その点を尋ねてみようと決意した。
※2026.03.16.改訂によりサブタイトルを変更しました。