魔王vsパワードスーツ/魔王に滅ぼされかけた異世界の人々、26世紀のパワードスーツを召喚して反撃に出る 作:kadochika
一行はマフへと入った。
ひと気のない一帯の無人の家屋に侵入し、彼らは周囲を警戒する。
エクレルが、白い鎧から音声を発した。
『悪魔の姿がないのは、やはりここを包囲することに人員を割いているようだな。
今のうちに脱出の方策を検討しよう』
「ていうか、さっきの脱出の時に長距離で転移すればよかったんじゃないの?」
『ごめんなさい。我々が組成を知っている塗料とあの描画面積では、あの距離が限界でした』
ホウセの提案に対し、黒い鎧からプルイナが陳謝する。
その声には珍しく、後悔らしきものが滲んでいた。
『どこかのタイミングで、長距離転移用の塗料のサンプルを取っておくべきでしたね』
エクレルが、今度はファリーハに対して問いかけた。
『ファリーハ。理論値で紋様を描画するだけなら、我々は問題なく可能だ。
あとは実際にそれを実現できる塗料があれば、転移で悪魔の包囲を抜け出せる。
遠距離の転移が可能な塗料の組成を知らないか?』
鎧たちはアウソニアの図書館である程度のノウハウを手に入れていたが、塗料についてはデータを取得していなかった。
エクレルに応えて、ファリーハが詫びた。
「すみません、塗料の調合は専門家でないと……」
『そうなると、調合を試行錯誤している時間はなさそうですね。
装備を整えましょう。敵の動きを警戒しつつ、簡易保護セルを作り終えたら、急いで離脱します』
プルイナはそう言うと、黒い鎧の下顎のパーツの中から小さな機械を取り出した。
自己複製プリンターだ。
黒い鎧がそれを床に置くと、機械は活発に動き、周囲の物質を収奪して自己複製を始めた。
エクレルとプルイナが、それぞれ音声を発する。
『少々大きくなってしまうが、その内いっそ、より大きな移動基地のようなものを作るべきかも知れんな。
目立ちはするだろうが、ある程度は熱電・色覚迷彩で誤魔化せる。
大きくなった自己複製プリンターはかさばるのも確かだが、装備を喪失する度にいちいちプリンターの増殖から始めていては、またアールヴィルの二の舞いだ』
『ベースアーマーと保護セルを放棄せざるを得なかったのは、痛手でした』
遠距離を転移するための魔術紋様に必要な塗料が調達できない状況では、最低でも、鎧のないファリーハを高速で輸送できる手段がなくてはならない。
『簡易保護セルの完成まであと三十分あまり……
それまで悪魔が待ってくれる保証はありませんね』
プルイナがつぶやくと、ホウセが疑問を呈した。
「そういえば、さっき潰された地下工房……十年以上もバレてなかったのに、どうして急に攻撃されたんだろう」
『アケウの
「今この瞬間も、あたしたちの行動がバレてるとか? アケウには分からない?」
尋ねると、アケウは白い鎧の兜を外し、周囲を見回した。
「確かに目を凝らすと、遠くや壁の向う側にあるものが見えたりはするけど……
誰がこっちを見てるか特定するっていうのは、ちょっとできそうにないな」
『今のところは、眼の前の敵の欺瞞を看破するに留まるといったところだな』
エクレルが補足すると、アケウは再び兜を被り直した。
ホウセは思い当たったことを、提案した。
「あたし、ここにあるエリカレスの工房に行ってみるよ。転移に使えそうな塗料が残ってるかもしれないし。
あと、試作品の鎧とかが残ってれば、ファリーハを守るのに使えるかも?」
プルイナと、ディゼムがうなづく。
『念のため、我々も同行しましょう』「アケウ、エクレル、姫様を頼む」
「わかった」『任せておけ』
『と、その前にホウセ』
プルイナが、ホウセを呼び止めた。
『これを使ってみてください。悪魔たちが使っていたものです。
あなたが隠れ身の衣と呼んでいたかと思いますが』
黒い鎧が、脇の下の格納スロットから何かを取り出すような仕草をしてみせる。
ホウセが手を伸ばしてみると、そこには確かに、布状になった繊維のような手応えがあった。
「こんなの拾ってたんだ。ありがとう、使わせてもらうね」
二人は出発し、エリカレスがマフで構えていたというもう一つの工房を目指した。
黒い鎧は熱電・色覚迷彩を。
ホウセは敵から奪った隠れ身の衣を。
それぞれの手段で目に見えない姿となって、彼らはマフの街を早足に歩いた。
この街に初めて来たディゼムは、すれ違う住民たちの顔を見た。
道端で遊ぶ、子供の姿もあった。
表情が笑っていないのが不気味だったが、そこ以外は平穏、といった印象だ。
(こんなとこで戦うわけにゃ、間違ってもいかねえが……)
ディゼムはそう考えつつ、ホウセに対して別のことを話しかけた。
ただし、透明になっていることが露見しないよう、黒い鎧の音量を下げて。
「何か……活気こそねぇけど、それ以外は普通の街って感じだな」
「そう?」
ホウセも、小声で反応した。
ディゼムが、続けて言う。
「悪魔が人間を家畜にしてるなんつうから……
てっきり家畜小屋みたいなところで並べて飼われたりしてるようなのを思い浮かべてた」
「……強制的なアレコレはあるみたいだけど、別に四六時中働かされてるわけじゃないよ。
労役はあったけど、死ぬほどじゃない」
ホウセの方は声を聞き取ろうと、黒い鎧に肩を寄せた。
実際には通信機の音量の問題なので、距離は関係なかったが。
プルイナも通信を介して、やや小声で分析した。
『家畜化ということは、繁殖も行わせているということでしょう。
非倫理的な仮定になりますが、人間を、特に妊婦をそうしたストレスのかかる状態に置き続けると、胎児の成長に悪影響があると考えられます。
恐らくは、マフの人々はさほど過酷な生涯を送ったわけではないのでしょう。
無論寿命の短さや、“石”なる物資に加工されるという最期を除いてですが。
これは本機の推測に過ぎませんが、瀕死の怪我人や病人では、資源としての質も落ちるのではありませんか?』
「……どうだろうね。でも一定の歳になると、男の人はみんなどこかに連れて行かれた。
多分、“石”にされてるんだと思う。子供を産めなくなったら、女の人も。
私、髪が白い人間がいるなんて、アウソニアに連れて行ってもらうまで知らなかったもん」
「そういう施設だけでもぶっ壊していくわけにゃ行かねえかな……!」
義憤で、ディゼムの鼻息が荒ぶる。
『分かっているとは思いますが、都市ごと悪魔に包囲されている状況では非現実的です。
あなたの気持ちは我々全員が共有しています。ここはこらえてください』
「……あぁ」
プルイナに諭されて、彼は何とか怒りを収めた。
やや歩いて二人は、悪魔エリカレスが使っていた工房の跡地にたどり着いた。
ホウセが一言、簡潔につぶやく。
「ここだよ」
「……更地じゃん」
そこは伸び放題の雑草に埋もれた、何もない区画だった。
他の三方の土地は、全てに住宅らしき建物が建っている。
だが、プルイナがすぐ、何かに気づいたようだった。
『反響定位で確認しました。
地下に部屋が残っていますね。入り口は埋め立てられていますが、そう深くはありません』
「……あの光るやつ、やるのか?」
ディゼムは、ビョーザ回廊への入り口を開いた方法を思い出し、目立つことを危惧した。
が、プルイナの回答は違った。
『人通りもありませんし、ここは素早く掘ってしまいましょう。
本機は単純な土木作業も目的として製造されています』
「掘れるのか」
『この程度ならすぐです。騙されたと思って、やってみてください』
「しゃあねえ、やるか」
スコップすら持たない無手の状態だったが、黒い鎧は雑草に覆われた土を掘り始めた。
プルイナの誘導で、すぐに地下室への階段を掘り当てることが出来た。
***
それから、十年ほど時間を遡る。
「
ホウセはその日は一人、マフにある工房の地下で魔術の練習をしていた。
具体的には、鎧の微調整だ。
その頃には、既に自分が工房の外に出てはいけない存在だと理解していた。
外に出るのは、エリカレスと一緒に“連絡係”をやる時か、マフの外にある第二工房に行く時だけ。
それも魔術紋様を使って転移してのことだ。街中は、久しく歩いていない。
それでも、特に不満はなかった。
今、エリカレスは何やらやることがあるといい、工房の外で作業をしているらしかった。
詳細は教えてもらえなかった。
するとふと、地上からエリカレスの声が聞こえた。
「何だ、お前たちは?」
ホウセはそれが気になり、階段を上がってこっそりと、外を覗いてみた。
そこには、エリカレスと向かい合うようにして、マフの悪魔たちが並んでいた。
彼らは不意に左右に分かれ、するとそこから、別の悪魔が転がり出てきた。
「はじめまして、魔宝の作り手エリカレス」
直線状の刃が放射状に集合したような姿の、手も足も、頭もない悪魔。
悪魔は全身の刃状の器官をきらきらと輝かせて、自己紹介をした。
「私は魔の戦士フェゾム。
新たにここ、マフの管理者を任ぜられた」
不気味だった。
だがエリカレスは動じず、尋ねる。
「何の用だ? 魔の戦士フェゾム」
「私は君を、取り締まりに来た」
「取り締まる、だと?」
「私の目は誤魔化せない。知っているのだよ。
君が数年前から、他の悪魔から預かった人間を、隠れて飼っていることを」
(――!?)
ホウセは、自分の覗き見が露見したように思えて、戦慄した。
フェゾムの周りの悪魔たちが、工房へと入ろうとしていた。
「――よせ!!」
それを止めようとしたのだろう、エリカレスが声を上げる。
更に、
「
呪文と共に、彼は赤い鎧を身に着けた。
しかし、悪魔フェゾムも動じない。
「君の抵抗も、全て見切っている」
「がっ!?」
腕が胴よりも太い、岩のように巨大な悪魔と、獣のような素早い悪魔。
二人の悪魔が協力してエリカレスを打ちのめし、拘束する。
エリカレスを拘束している岩のような悪魔が、彼に怒声を浴びせた。
「作り手が、戦士に勝てると思うな!!」
ホウセは衝動的に、槍を構えて外に飛び出した。
「え、エリカレスを、離せっ!」
槍を振り回して、悪魔たちを威嚇する。
何とか彼を奪い返せないかと思案するも、頭の中は真っ白だった。
そんなホウセに対し、
「来るな!!」
「――!?」
エリカレスは、彼女を拒絶した。
それを見ていた悪魔ファゾムが、剣林のような体を揺らす。
「
最近は人間の収量が落ちている。
素材はいいそうだから“石”にして、我らが魔王に献上してしまおう」
「あ……」
気付けば、ホウセは悪魔に囲まれつつあった。
槍を握りしめたまま、身体が恐怖で動かなくなる。
その時、エリカレスが絶叫した。
「俺の弟子に触れるなッ!!」
「何っ!?」
彼は全開にした鎧の力で悪魔の拘束を引き剥がし、槍を振り回して
そしてホウセに駆け寄ると、エリカレスは優しく彼女の名を呼んだ。
「すまない、さよならだ。達者でな、ホウセ」
「え――」
別れを告げると、エリカレスはホウセを、工房の方へと突き飛ばした。
彼が槍の穂先で、自身の指先を切り裂くのが見える。
そして、自分の指を工房の前の地面に押し付けて、血の線を描いた。
「…………!?」
すると、その線は、工房を取り囲むように描かれていた魔術紋様と繋がった。
最後の一画が、結ばれたのだ。
次の瞬間、彼女は魔術の閃光に包まれて、転移していた。
その時、ホウセにはなぜか、理解できていた。
エリカレスには、もう、会えないのだと。