魔王vsパワードスーツ/魔王に滅ぼされかけた異世界の人々、26世紀のパワードスーツを召喚して反撃に出る   作:kadochika

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5.1.出発の前日

 インヘリト王国の、工業地帯。

 その一角に位置する魔術工房の事務所では、午前の業務が行われていた。

 魔術工房とは、最後の一画を書き加えるだけで発動する魔術文様が印刷された冊子などを製造する事業体だ。

 事務所では、取引先や顧客とのやり取り、総務などが営まれている。

 

「えー、それがただいま原料の生産が滞っておりまして――」

「そうです、なので今日の午後には改めてそちらに――」

 

 事務作業に並行して、印刷された魔術紋様を使った遠話が複数続いている。

 仕事の真っ最中、といったところだ。

 そこに――

 

 バン!!

 

 と大きな音を立て、事務所の入り口の扉が開く。

 従業員たちが一斉に、そちらの方を向いた。

 見れば、そこには黒い鎧が立っている。

 頭からつま先までを覆い隠す、漆黒の全身鎧。

 その眼窩(がんか)は、赤く鋭い宝石のようだ。

 

「!?」

 

 驚いた従業員たちが行動する前に、黒い鎧が動いた。

 

「バインド・シルク、乱舞!」

「のわ――!?」

 

 鎧の指先からびしびしと連射される、無数の白い粘着繊維弾。

 従業員も事務所も、一瞬でそれに埋め尽くされた。

 

「――!」

 

 いや、それを逃れた者がいた。

 一人の魔術師が、椅子や机を盾に、粘着繊維の直撃を免れていた。

 三階の事務所のガラス窓を体当たりで突き破り、飛び出す。

 落下の衝撃は、魔術で減殺する――

 いや、その必要は無かった。

 そうするまでもなく、彼は空中で長大な紙に巻き取られ、動きを封じられていた。

 特大の、魔術封じの札だ。

 

「何――!?」

 

 札に描かれた紋様の作用で、魔力がかき乱される。

 札にくるまれ魔術の使用を封じられた魔術師を受け止めたのは、白い鎧だった。

 翡翠色の目をした、純白の全身鎧。

 白い鎧は、布を巻かれた魔術師を抱え上げたまま、事務所が面する街路へと着地する。

 そこに待ち構えていた保安警察が殺到し、周囲を取り囲んだ。

 囲まれた白い鎧の内部から、着装者が声を出す。

 

「被疑者を引き渡します」

 

 そう言うと、彼は保安警察の隊員に、腕の中の魔術師を委ねた。

 そこに、同じくベランダから出てきた黒い鎧が、上から降りてくる。

 スラスターの噴射を加減しつつ、白い鎧と同様に着地。

 そして並び立つ黒い全身鎧と、白い全身鎧。

 二人は、軽い調子で言葉をかわす。

 

「三階にいた連中は、全員手足を拘束して、魔術封じの札を貼ってきた。

 付近に逃げた人間の反応なし。俺たちは任務終了だな」

「じゃあ、行こうか。

 保安警察の皆さん、あとはよろしくお願いします」

 

 いずれも、声からは、若い男が着ているものと推察された。

 鎧たちが敬礼すると、小隊長たちも返礼する。

 

「協力感謝する」

「それでは」

 

 そう告げて、二人の鎧の男たちは音もなく、空気に溶け込むように姿を消した。

 保安警察の小隊長が、軽くあたりを見回して息を呑む。

 

「あれが、異世界の鎧か……」

 

 彼の部下もそれを見ていたか、声を漏らしていた。

 

「すごいですね。今回みたいな捜査協力だけじゃなくて、うちに正式配備してくれないかな」

「召喚に六百億かかったそうだから……

 一着あたり保安警察(うち)の年間予算が五十年分は必要になるな」

「すっげ……」

 

 異世界の鎧の活躍により、旧世界奪還計画に対して威力行為を伴う反対活動を行なっていた組織『新しい守護者』は、その構成員のほとんどが逮捕されることとなった。

 同団体には、第二次救世主召喚に際して大聖堂に侵入し、召喚の魔術紋様を無許可で起動させた疑いがかかっている。

 

***

 

 場所は変わって、王都の中心の官庁街は、魔術省。

 その五階の一室には書棚が並び、高級木材を使用した重厚な机が設えられていた。

 表札には主席官執務室、と書かれている。

 そこには紙に文章を書き綴る、年若い娘が一人。

 彼女は長い銀髪を後頭部にまとめ、青いリボンで縛っていた。

 そして報告を結び、署名する――ファリーハ・クレイリーク。

 インヘリト王国の第二王女であり、魔術省の役人のトップでもある。

 彼女がペンを置き、眼鏡の位置を直すと、ちょうど扉をノックする音が聞こえた。

 

「どうぞ」

 

 ファリーハが返事をすると、扉を開けて二領の鎧たちが静かに入室してくる。

 白い鎧と、黒い鎧だ。

 その両方が、兜を脱ぐ。

 白い鎧を着ていた赤毛の若者が顔を見せ、ファリーハに報告した。

 

「殿下。保安警察との合同捜査、ひとまず終了しました」

「こちらでも連絡を受けています。二人とも、お疲れさまでした。

 懸案だった『新しい守護者』について、ようやく片付いたと言えそうですね」

「お力になれて、何よりです」

 

 赤毛の若者が、やや恥ずかしげに微笑む。

 すると、白い鎧の兜から、彼とは別の声がした。

 

『調子に乗るなよアケウ。全て当機の性能と知識のおかげだろうが』

 

 鈴の鳴るような、それでいてやや高圧的な女性音声。

 白い鎧の制御人格、エクレルだった。

 

「そうだね。改めてありがとう、エクレル」

 

 名を呼ばれた赤毛の青年――アケウは、特に悪びれることもなく、鎧に礼を言った。

 そこに、更に扉を叩く音が響く。

 

「どうぞ」

「お邪魔しまーす」

 

 ファリーハが返事をすると、小柄な黒髪の娘が入室してきた。

 首元と腰には真っ赤なマフラーを巻いており、それが目を引く。

 彼女は名を、ホウセ、といった。

 黒い鎧の着装者、ディゼムが彼女を見て、うめくように声を出す。

 

「え、お前も?」

「いいでしょ」

 

 ファリーハは集まった三人を見渡しつつ、答えた。

 

「今後のことについて、せっかくなので顔を合わせつつ共有しておこうと思って、来てもらいました。

 いいですか、三人とも?」

「はい」

「え、はい」

「いいよ」

 

 答えたのはアケウ、ディゼム、ホウセの順だ。

 ファリーハは書類の署名部分にブロッターを当てながら、話を始めた。

 

「アールヴィルにマフと、トラブルや想定外が続きました。

 今回のトラルタ行きについてはもっとしっかりと準備をしていきたいので、今後の予定は未定となります」

「未定……?」

 

 アケウが口にすると、彼女は説明を続けた。

 

「アウソニアに辿り着いたのは偶然ホウセに助けられたからで、アールヴィルでは不慮のトラブルでまともな段取りを踏めませんでした。

 それに加えて、あなた方にはまだ話していませんでしたが、わたくしはホウセから、次の予定地についてより詳しく聞いています。

 ………………」

「え、何スか……?」

 

 言葉を濁すファリーハに、ディゼムが問う。

 少し考えて、彼女はホウセに訊いた。

 

「……ホウセ、わたくしから話して構いませんね?」

「うん」

 

 短く答える黒髪の娘に応じて、彼女は再確認の意味も兼ねて、説明する。

 

「トラルタの代表である書記官長エシア・ルーティスは、かなり強権的な人物のようです。

 ホウセが最初にエリカレスと共にトラルタを訪れた際は、真紅の鎧を巡って争いになったとか」

「え、大丈夫なんスかそれ」

 

 尋ねるディゼムの表情を見るに、やはりホウセからそこまでは聞いていなかったのだろう。

 ファリーハは補足して、続けた。

 

「その時はエリカレスが何とか場を納めたそうですが、彼が亡くなり、ホウセが一人で訪れるようになると、やはり狙われたと」

「……そのトラルタにはもう干渉せず、残りの二箇所を目指すべきではないでしょうか」

 

 そう、アケウが提案する。もっともな意見だ。

 だが、ファリーハは首を小さく横に振って、

 

「幼い頃のホウセが単独で対抗できたのであれば、軍事力に関しては心配ないでしょう。

 鎧の加護もあり、インヘリト王国を背景に持つ我々は、国力でも、場に出せる暴力の質でも上回ります。

 どう出ようとも有利な立場にあると言えますが……

 現状を把握するために、まずはホウセとディゼムに使節として先行し、偵察のようなことをしてもらいたいと思っているのです」

「ヤバかったらすぐに逃げてこられるように?」

「そういうことです」

 

 ディゼムの率直な感想に頷いて、彼女は続けた。

 目下の予定は、以下のようになる。

 

1.ホウセはディゼム、プルイナと共にアールヴィルからトラルタへ先行し、悪魔に発見されることなく入国する。

(アケウ、エクレルは非常要員としてインヘリトに残る)

2.可能であれば元首である書記官長エシアに接触し、親書を渡す。会えなければ、責任を持つ代表者に親書を預ける。

 親書には国王の名義で、インヘリトの旧世界探査、及び悪魔への反攻に協力を要請する旨が書かれている。

3.また、トラルタの出入り口についても調査を申請する。

 許可が得られたなら、可能な限り速やかに、出入り可能な物資の大きさなどの必要事項を調査する。

4.内容を検討する期間を含め、親書への返答の期限は半年。

 ホウセとディゼムは返答を待たずに一度空路でアールヴィルに戻り、そこから転移の魔術紋様で帰国する。

 

「トラルタは異空間にあるそうですから、まずは当地の入り口の詳しい調査ですね。

 ホウセも、異空間にはエリカレスから教わった方法でしか入れないとのこと。

 一度に入れるのは何人か、どのくらいの大きさのものなら出入りできるのか。

 大きな方の保護セルを入れることができるのか?

 ホウセもそれらは知らないそうなので、まずは最低限の人数で検証しなければなりません。

 可能ならば、異空間と外とを、転移の魔術紋様で行き来できるのかどうかも調べたいところです。

 ただ、それらもトラルタと事を荒立てないためには、許可を得て行う必要があります。

 許可が得られればいいのですけどね」

「大丈夫かなぁ」

 

 懸念を口にしたのは、ホウセだ。

 彼女は真紅のマフラーの首元部分をいじりながら、

 

「前にも話したけど、エシアさんだいぶ疑り深いよ。

 あたしが出入りするのもあんまりいい顔しないもん」

「こちらへの協力に利益があると分かってもらえれば、可能性はあります。

 気が進まない所もあるかも知れませんが……」

「もし断られたら?」

「忍耐強く交渉したいところですが、悪魔がインヘリトの本土に攻め込んでくる懸念が未だある以上、あまり長引かせたくもありません。

 場合によっては交渉を凍結して、次の候補地に向かいますが……

 首尾よく行った場合は、さらに踏み込んだ交渉もします」

「それでもダメだったら……やっぱり脅すことになる?」

 

 ホウセの問いに、ファリーハは言葉を選び、答えた。

 

「状況次第では、そうした手段を取る可能性も、完全には排除しきれないと考えています。

 できる限り、人類同士で争うといった事態は避けねばなりませんが」

「まぁ、そこは大暴れしたあたしが言えたことじゃないけど……

 ディゼムはともかく、プルイナも連れて行くんなら、やっぱりまた何か起きないとも限らないからね。

 あたしが聞きたかったのはそんなとこかな」

 

 彼女が言葉を終えると、ファリーハは頃合いと見て、話題を締めくくる。

 

「では、今のところは以上としましょう。

 日程については追って連絡しますので、それまであなた方は休むように」

「了解ス」

「承知しました。殿下もご自愛ください」

 

 ディゼムとアケウはそれぞれ軍隊式の敬礼をして、部屋から去っていった。

 

「じゃあ、あたしも寝るね」

 

 ホウセもひらひらと手を振って、その後を追う。

 だがその直後、再び執務室の扉が叩かれた。

 

「どうぞ」

「失礼いたします」

 

 礼をして入ってきたのは、彼女の母親ほどの年齢の、礼服姿の女だった。

 ファリーハの秘書官だ。

 彼女は王女に近づくと、声を小さく口にする。

 

「お忙しいところ恐縮です。遠話でお話しした通り、保安警察から比較的重大と思われる懸念の情報をお持ちしました」

 

 秘書官は革の書類入れを開き、ファリーハに広げて渡してきた。

 受け取って視線を落とすと、そこには魔術で撮影・印刷された人物の顔写真と、それに付随する情報が記されている。

 

「……これは昨日の……?」

 

 だが、読み進めていくと、そこには意外なことが書かれていた。

 

「え……!?」

 

***

 

 翌日。

 ディゼムは官舎の自室で、魔術紋様の練習をしていた。

 製図器具を使わず、生身のまま単独で魔術紋様を描画する、というものだ。

 フリーハンドによる描画でも紋様は発動するが、コンパスなどを用いて精密に製図した方が効果は上がる。

 彼が練習をしているのは、もし万一黒い鎧が使えない事態に陥った際でも、塗料さえあれば紋様魔術を使用できるようにするためだ。

 熱を発生させる、創傷を縫合するといった日常生活で使うような紋様ならば陸軍でも習ったが、今のディゼムが練習しているのは“条件付き待機”だった。

 多くの魔術紋様は完成させた直後に発動するが、一部の魔術紋様、例えば『地雷』などは完成後、待機状態に入る。

 この待機状態で、紋様の一部が踏まれるなどして破損するといった条件が満たされると、本体の効果――『地雷』であれば爆風――が発生するというものだ。

 こうした“条件付き待機”が可能な魔術紋様は形態が比較的複雑で、軍でもこれを扱う魔術工兵などは専門教育を受ける。

 誤って完成即爆発するような紋様を描いてしまえば、描画者が危害を受けてしまうからだ。

 そうした危険が無いよう、プルイナが監督しているのだが。

 ディゼムが最後の一画――睛画(せいかく)、と呼ぶ――を紙の上に書き終えると、プルイナが言う。

 

『ではディゼム。深呼吸してから、用紙を破いてください』

「おう」

 

 頷いて、言われたとおりに深呼吸をしてから、用紙を掴んで二つに破く。

 すると同時、パン、とやや大きな音が立つ。

 紙は魔術紋様の効果によって細かく裁断され、規模の小さな紙吹雪となってディゼムの足元に散った。

 成功だ。

 ディゼムはちょっとした達成感と共に、声を上げる。

 

「おっしゃあ……俺もしかして才能あるんじゃねぇのか?」

『おめでとうございます。しかし慢心は禁物です。

 出来る限り謙虚な姿勢を保ってください』

「わーってるよ、ったく……もうちっと褒めたっていいだろ」

 

 彼は箒とちり取りを持ってきて床に散った紙吹雪を掃除しつつ、プルイナにぼやいた。

 すると彼女は、別のことを告げてくる。

 

『ディゼム、ファリーハから通信です』

「え、また……?」

 

 ホウセと次の国に先行していく用件は聞いていたが、その関係だろうか。

 ひとまず彼は、通話に応じた。

 

「もしもし、ディゼムです」

『ディゼム、今から中央警察署に来られますか?

 ここで具体的な内容は話せませんが、あなたに用があります』

 

***

 

 ファリーハに呼び出され、ディゼムは怪訝に思いつつも出頭した。

 場所はインヘリト王国の王都、インヘリト特別市。

 その中心のやや南に位置する、特別市中央警察署だ。

 黒い鎧は持って来ていない。

 レンガ造りの重厚な建築を見上げながら、ディゼムはぼやくように口にした。

 

「……本当に何の用だろうな、姫様の用事って」

『話すだけでは済まない事柄。

 また、トラルタへの出発の直前である今の時点であろうと取り掛かっておくべき……

 そう彼女が判断する程度には重要な要件と思われます』

 

 首に巻いた通信機から、プルイナが答える。

 

「……まさか警察署で食事のお誘いでもねえだろうしな……」

 

 観念して、彼は署内へと足を進めた。

 

「すんませーん。魔術省のディゼム・タティ准尉なんスけど……ファリーハ殿下との約束で」

「ご用件でしたら、身分証を拝見します」

 

 ディゼムは言われるまま、魔術省の身分証――裏には陸軍から出向中との記述が追加されている――を見せた。

 手続きが進み、彼は警察官に、警察署の地下へと案内されていく。

 そこは分厚い壁と、檻で仕切られた小部屋の並ぶ肌寒い空間だった。

 

「どうぞ、こちらで殿下がお待ちです」

「ども」

 

 言われるままに扉のある小部屋に入ると、殺風景なその中には、簡素な椅子とテーブルが置かれていた。

 そして一人、ファリーハが書類にペンを勢いよく走らせている。

 彼女はディゼムの到着に気づくと、ペンを鞘に納めて立ち上がり、彼の名を呼んだ。

 

「来ましたね、ディゼム。足労を掛けました」

 

 ディゼムは廊下の奥に視線を向けつつ、王女に尋ねる。

 

「いえ……あの、姫様……ここって……刑務所スか?」

「留置場です。対象はあくまで、裁判で量刑が決まる前の被疑者。

 その身柄を確保しておくための仮の牢屋ですよ」

「その留置場に、何の用で俺を……?」

「あなたに、会って欲しい人がいます」

「俺に……? 罪人スか……?」

 

 ファリーハは机の書類を手早く鞄に仕舞って肩に下げ、ディゼムに同行していた署員に声をかけた。

 

「彼女を面会室に連れてきてください」

「かしこまりました」

「ディゼムは、わたくしと来てください」

「あの、誰なんスか……俺に会わせたいのって?」

 

 膨れ上がる疑問を口にすると、ファリーハは短く目を伏せ、また視線を戻して告げる。

 

「昨日あなたが捕縛に協力してくださった反王国組織ですが……

 その構成員の中に、あなたのお母様と思しき人物がいたのです」

「は……!?」

 

 頭を殴られたような衝撃を感じ、ディゼムは間抜けな声を上げることしか出来なかった。

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