魔王vsパワードスーツ/魔王に滅ぼされかけた異世界の人々、26世紀のパワードスーツを召喚して反撃に出る 作:kadochika
母親は、彼が一歳の時に彼を捨てて逃げた。
祖父母から忌々しげに、ディゼムはそう聞かされて育った。
母親の名も、知らなかった。
祖父母からは教えてもらえなかったし、名の分かる品も残っていなかった。
(そんな母親が、今更生きてますって言われてもな……)
困惑するディゼムをよそに、ファリーハは警察官と共に彼を先導して、部屋へと入った。
ディゼムも続いて入室するとそこは、魔術紋様の照明で明るかった。
中には、鉄格子を嵌められた小窓の開いた、分厚い壁。
それを隔てた向こうで、中年の女が椅子に座っているのが見える。
肩の上で切りそろえた黒髪に、中肉中背。
何も言わずに俯いている様子は、明らかな犯罪者だとまでは思えない。少なくとも、ディゼムにとっては。
ファリーハが、女に呼びかける。
「ミカレ・グリマー」
それが、彼女の名らしい。
入室して距離が近づいてみれば、目元に小じわの浮いた、物静かだが小ざっぱりした印象だ。
それに加えて眼鏡などをかけているところからして、困窮しているわけではないようだ。
彼女は王女の呼びかけに対し、格子窓の向こうで顔を上げる。
「はい、あなた様はもしや……」
女――ミカレに対して、ファリーハが言葉を続けた。
「わたくしのことは構わず。
それより、あなたの生き別れた息子だという人物を連れてきました。
名はディゼム・タティ」
それを聞いて、ミカレの目に光が宿ったように思われた。
彼女は身を乗り出して、訊ねる。
「ディゼム……? 本当にディゼムなの……?」
「えーと、まぁ、そう……スけど……」
歯切れも悪くそう答えると、ミカレは椅子から身を乗り出して口にする。
「ディアムの面影がある……本当にディゼムなのね」
「……あー……」
ディアムとは、彼の父親の名だった。
ディゼムが何を言うべきか分からずにいると、彼女は小さく苦笑した。
「こんな形で会うことになって、何と言ったらいいのか分からないけど……元気でいるなら嬉しい」
彼はそれに対し困惑しつつ、思うところを答えた。
「悪いけど……俺はあんたのこと覚えちゃいねぇ。母親かどうかも分からねぇ」
「うん、それはしょうがない――」
その言葉に、ディゼムは思わず、全身がこわばった。
「しょうがない……?」
「…………!」
その声に怒りを感じたか、ミカレは口をつぐむ。
彼は、続けた。
「あんたが俺の母親だってんなら、なんで赤ん坊だった俺を捨てて出て行った……?
親父が死んだ時、俺には母親さえいなかった……!」
「それは……言い訳になるけど、事情が――」
ディゼムはそれを遮って、舌を動かし声を絞り出す。
「生きてたならなぁ、会いに来づらくたって……
それなりに小ぎれいな服着てんじゃねぇか……!
手紙の一つくらい書いてもいいじゃねぇかよ!」
今一つまとまらない思考を、無理矢理言葉にしているような感覚だ。
プルイナどころか上司であるファリーハにも傍で聞かれているが、彼は舌を止める気にはなれかった。
だが、それを聞いたミカレは悲しげに視線を落とす。
「……やっぱり、読んでないのね」
「何がだよ!」
「十年くらい、半年に一度、手紙を書いて養育費と一緒に送ってたんだけど……
あなたが知らないってことは多分……」
言葉を濁す彼女に対し、ディゼムは激高した。
「……爺ちゃんと婆ちゃんが、金だけ抜いて俺に手紙を隠してたって言いたいのか!?」
「ディゼム、私だって言いたくて言うつもりじゃないのよ、分かっ――」
「分からねぇよ! 何があろうと、今更出てきて母親面なんかされたって――」
そこにファリーハが一歩進み出て、割り込む。
「ディゼム、今日はここまでにしましょう」
「姫様、悪りんスけど、まだ言いたいことが――」
なおも言わんとするディゼムを、王女は語気をやや強めて制止した。
「いけません、わたくしのミスです。
任務の前に肉親同士を面会させるというだけのつもりでしたが……
お母様に対して、あなたにここまで思うところがある。
そう考えなかった、わたくしが甘かった。
分かってくれますね、ディゼム」
「…………!」
それは聞けぬ、とまでは言えず、ディゼムは脇へと目を逸らして黙った。
ファリーハが、格子窓の向こうのミカレに呼びかける。
「ミカレ。残念ですが、また次の機会を待ってください」
「もったいないお言葉……恐縮でございます、殿下」
ミカレが立ち上がり、頭を垂れる。
ディゼムは肩を怒らせ、ずかずかと。
ファリーハは小さく嘆息して、留置所を後にした。
***
ディゼムが官舎の自室に戻ると、鍵が開いていた。
かけ忘れたならプルイナが通信を入れてくるはず、と思いながら扉を開けると、
「おかえりー」
机の前でホウセが、逆立ちをしていた。
豊かな乳房が重力に負けて、彼女の顎の位置まで垂れさがってきている。
その光景から目を逸らしながら、ディゼムは吐き捨てた。
「勝手に人の部屋に入るんじゃねぇ」
「プルイナが入っていいって言ったんだもん」
「野郎……」
魔術対策の施された錠前になっているはずだったが、ホウセにとっては解除も難しいことではないのだろう。
彼女が器用にその場で倒立を終えると、首に巻かれた方の真紅のマフラーがひらりと広がる。
そしてホウセは、ディゼムにすたすたと近づいてきて言った。
「……怒ってる?」
「……んなこたねぇよ」
否定するが、ホウセは食い下がる。
「何かあった……? あたしのせいだったりする?」
「違げぇよ……」
それを振り払ってベランダに向かうと、ホウセが口を尖らせた。
「じゃあ、何でそんな不機嫌なの。
教えられないんなら、最低限取り繕ってよ」
「…………」
それは正論だったが、ディゼムを苛立たせた。
すると今度は部屋の隅で直立したまま佇む黒い鎧から、プルイナが音声で告げる。
『ホウセ。ディゼムは今、敏感な問題に直面しているようです。
あなたの気持ちも理解しますが、そっとしておいてあげてください』
そう気遣われて、気分が変わった。
「……いや、いい。プルイナ」
黒い鎧にそう言うと、ディゼムはベッドに座り込んで、ホウセから目を逸らして言った。
「姫様は知ってるからな。あの人に言われるよりは自分で言いてぇ」
「隣、座るよ?」
「……あぁ」
肩幅ほどの距離を開けて、ホウセがベッドに腰かける。
ディゼムは少しばかり驚きながらも、胸中を整理して話し始めた。
「……昨日捕まえた反王国組織の連中の中に、俺の母親がいたんだよ」
「えっ、お母さん……?」
「……俺が生まれてすぐに、父親が死んだって話はしてなかったよな」
「あ、ごめんアケウに聞いた。この間お墓参りに行ってたって」
「ッ、あの野郎……」
悪態をつきつつも、流れを続ける。
「……まぁ、そういうことだけどな。
そのあと一年くらいで、母親が失踪した」
「失踪?」
「消えたんだよ。まぁ爺ちゃん婆ちゃんから聞いた話で、俺は当然、物心なんてついちゃいなかったから覚えてねぇんだが」
「そうなんだ……」
「で、それから今までそいつが何をしてたやがったかというと、反王国組織に居たわけだ。
俺を捨ててそんな連中とつるむのを選んだ女なんざ、母親だなんて認めねぇけどな」
ホウセが、小首を傾げて彼に問う。
「……お母さんのこと、嫌いなの?」
「口もききたくねぇ」
「あたしは肉親ってのはいないけど……親なんでしょ?」
「血の繋がりは関係ねぇ。お前にだってエリカレスがいただろ」
「別にディゼムに攻撃してくるわけじゃないんでしょ?
だったら、話くらいしてあげてもいいと思うけど……」
ホウセが母親の肩を持っているように思えて、ディゼムはやはり苛立った。
「話すことなんかねぇ……あの女が俺を捨てた時点で、そういう関係じゃなくなってんだよ」
「あのさ、これはあたしの自分なりに考えてきたことなんだけどね?」
「……何だよ」
聞くと、彼女はわずかに距離を詰め、ディゼムの目を覗き込むようにして言う。
「人間ってさ、何やったって後悔するものなんだよ。
思い切ったつもりで何かを選んでも、後で多少は、やっぱりあっちの方が良かったかも……って考えだすしみったれた生き物なの。あたしも含めてね」
「……だったら何だよ」
「だったら、話さないまま後悔するよりは、話して後悔した方がいいんじゃないかなってこと」
「どっちみち後悔する前提かよ……」
「そうだよ!」
更に横に身を乗り出して、ホウセは彼に説いた。
「あたしたち、悪魔の支配する世界を行き来してるんだから……
こんなこと言いたくないけど、死ぬことだってあり得るし。
なら、お母さんの話くらい聞いてあげてもいいでしょ……!?」
「うるせぇ、お前には関係ねぇだろ!」
「あるよ! 仲間でしょ!?」
「仲間でも友達でも、
お前の言う通りにあの女の言い分を聞くなんざ、まっぴら御免だわ!」
「…………!」
ディゼムがそこまで言うと、切なげだった彼女の表情が、一転して不満に染まる。
ホウセは彼から顔を背けてベッドから立ち上がり、
「……じゃあいい」
小さな歩幅でのしのしと歩きながら、無言で玄関で靴を履きつつ言った。
「お邪魔しましたっ!」
彼女はがちゃりと乱暴にノブを捻り、乱暴に扉を閉じる。
「…………」
しばし訪れる、沈黙。
ディゼムはそこで初めて、自分が感情に任せてホウセと喧嘩をするに至ったのだと理解した。
部屋の隅に黙って佇む黒い鎧に、うめくように告げる。
「……今あったこと、アケウや姫様には言うなよ」
『ホウセが言えば無意味になりますよ』
「……言わねぇだろ、多分」
『必要な状況だと判断すれば、本機は記録したままを再生して証言します』
「やめろ、消せ!」
命じるが、プルイナは従わない。
『本機はあなたを着装者としますが、あなたに盲従する存在ではありません。
極端な例ですが、道を歩いている他人を殺せと命じられれば拒否します。
あなたが今下した、妥当ではない命令には従えません』
「この石頭が……」
ディゼムは毒づいて問答を打ち切り、ベッドに仰向けになって倒れ込んだ。
(クソ、まさか姫様に、ホウセと喧嘩したんでトラルタには行きたくないですなんて言えるわけがねぇしな……)
プルイナに相談すれば、何がしかの慰めの言葉でもかけてくれるだろうか?
だがそんな気にはなれず、ディゼムは目を閉じた。
***
その日、ホウセはディゼムと共に、アールヴィルへと転移した。
二人とも、身元が割れるのを防ぐために着装したままだ。
また、ディゼムは黒い鎧を着装した状態で、更に棺ほどの大きさのコンテナを牽引している。
中にはトラルタへの贈答品である精密時計や最高級の布帛、耐G容器に収めた菓子などが入っていた。
アールヴィルからは空路でトラルタを目指すことになるが、空を飛んでも目立たないよう、コンテナは先日、悪魔たちから鹵獲した隠れ身の衣で包んでいる。
このコンテナは贈答品の保護容器であると同時、小型化した一人用の保護セルがトラルタに入れるかどうかを試す意味合いもあった。
これが異空間の入り口を通過できるならば、一人用の保護セルもトラルタに持ち込めるので、こちら側に残していったものを悪魔に発見される心配もなくなる。
もし通過できない場合は中身だけをトラルタに持ち込み、コンテナは破壊して地中に埋めることになっていた。
また通常、ホウセが世界を旅する際は、真紅の鎧に備えられた、悪魔を探知する性能が役に立つ。
彼女はこれを用いて悪魔たちを避けながら、アウソニア、アールヴィル、トラルタといった地域を巡回していたのだ。
だが今回彼女は、やはりマフで手に入れた隠れ身の衣を、真紅の鎧の上から着られるように縫製したものを着ている。
ホウセもディゼムほどではないが、手足の先や顔面を除いたほとんどが透明な状態になっていた。
彼女は、黒い鎧の中のディゼムに、そっけなく呼びかける。
「……行くよ」
「……あぁ」
ディゼムの返事も、ごく短いものだ。
『ディゼム、最終確認です。本当に問題ないのですね?』
「あぁ。任務に私情は挟んじゃいけねぇ」
「…………」
ホウセが黙って、透明なまま先に離陸する。
ディゼムも黒い鎧の熱電・色覚迷彩を起動して透明になり、コンテナを吊り下げて後に続いた。
真紅の鎧には隠れ身の衣からわずかに露出した部分もあり、また熱などを含めたわずかな電磁波が放射されているため、追尾に問題はない。
黒い鎧の中で、プルイナがディゼムに呼びかけた。
『本機が本当に支障があると判断した時は、薬物を投与します』
「やかましい」
そうして透明になった二人が飛び去った東の空には、日がやや高く昇り始めていた。