魔王vsパワードスーツ/魔王に滅ぼされかけた異世界の人々、26世紀のパワードスーツを召喚して反撃に出る 作:kadochika
それは、150年ほど前のことになる。
人類が地上を悪魔から追われる、直前のこと。
エントランザは今日も、焚き木を拾いに山道を歩いていた。
共有地なので、勝手に枝を切ることは出来ない。
許されているのは落ちている枝を拾い、背中の大籠へと放り込むことだけだ。
手頃な大きさならそのまま、大きすぎるなら手や鉈で折る。
ただ、冬が深まるに連れ、拾える量は減ってくる。
籠をいっぱいにするためには、山の奥まで行かなければならないのだ。
獣とばったり出くわす危険が無いではないが、切り開かれている山道ならそうあることではない。
この日は彼女は、だいぶ奥まで進んでいた。
「……」
そんな時、エントランザは休憩を取ることにしていた。
年に二度、村の持ち回りで掃除をしているという、寂れた
祠は寂れてはいるがそこそこ大きく、雨宿りのできる屋根や、腰掛けまであった。
大人たちの話では、
まぁ、彼女にとってはどうでもいいことだ。
「ふぅ」
そこそこに焚き木の詰まった大籠を背中から下ろし、その中に鉈を突っ込む。
あまり雪の降らない地域だが、冬でも温かいわけではない。
フードを被り、ポケットに手を入れる。
エントランザは祠の近くに置かれた古びた腰掛けに、体重を預けた。
そして懐に忍ばせていた小麦粉と乳と蜜の練り菓子を取り出し、ぱくぱくと齧る。
「んふふ……」
甘味が、体を温めてくれる気がした。
日差しもあり、祠がちょうど風よけになって、比較的暖かい。
それを誰かが見ているわけでもない。
なので自然と、うとうとしてしまう。
エントランザは一つ残った練り菓子の包みをすぐ横において、少しばかり眠ることにした。
しかし、
「――!」
ざっ! と、すぐそばで何かが動く音が聞こえて、彼女は目を覚ました。
慌てて周囲を見回すと、何者かが祠の裏手へと逃げ去っていく。
「あ」
気づけば、すぐ横に置いていた練り菓子が無くなっていた。
確と見たわけではないが、しかしそれを盗んだのは、人間ではないように見えた。
まず、ずいぶんと背丈が小さい。
エントランザより、さらに幼い子供くらいか。
何より、毛深い三角の大きな耳と、尻から突き出た尾があった。
彼女は混乱していたが、それでも咄嗟に立ち上がり、声が出せた。
「ちょっと、それあたしの!」
逃げる、小さな獣――いや、獣ではない。
服を着ているし、二本足で人間のように走っている。
(……何なの!?)
がさごそと獣道へ走り去るその後姿を、エントランザは追いかけた。
が、うたた寝して冷やしたのか、身体の動きが普段より重い。
それでも顔をひっかく枝をかき分け、大きく盛り上がった木の根を飛び越え、猛追する。
(獣じゃない、人でもない……)
ならば、獣人とでもいうのか?
息を切らしそうになりつつも山道を走ると、その果てに苔むした、丸い形の大きな岩が見えてきた。
あいつは、そのどちらに回り込む? 右か、左か?
だが、練り菓子を盗んだ小さな獣人は、大岩に走り寄りながら何ごとかを唱えた。
「メクウィス・ウォミノク!」
すると、獣人の姿は、岩に吸い込まれるようにして消えてしまった。
「っ!?」
息を切らしながらも、岩の前で立ち止まる。
エントランザは不思議に思いながら、その表面に触れてみた。
ひんやりとした苔の貼りつく、重く固い岩石。
軽く叩いてみても、それは変わらない。
「…………」
彼女は思い当たり、獣人が唱えていた呪文のようなものを、復唱してみた。
「メクウィス、ウォミノク……?」
すると、身体が岩に引っ張られるような感覚が襲ってくる。
「っ!?」
身体をぶつけると思い身構えていると、既にそこに岩はない。
「…………?」
周囲を見回せば、そこは見晴らしの良い丘の上だった。
なだらかな、広い丘だ。
振り向くと、彼女の背後には丸く大きな岩がどっしりと座っている。
それは苔むしていて、今しがた彼女がぶつかりそうになったものとそっくりに見えた。
(……ていうか、森の中から、丘の上……?)
見れば、丘の麓には街が広がっていた。
そう、街だ。彼女たちの村よりも大きく、広いように思える。
それと。
エントランザは、その街に向かってひょこひょこと歩いている小さな獣人の後ろ姿も発見し、そこに忍び足で近づいていった。
そして背後から、両手で胴体を掴み上げる。
「捕まえた!」
「ぎゃあぁぁぁ!!」
逃げようともがく獣人の体重は軽く、彼女でも持ち上げておくことが出来た。
「は、放せぇ! 放せよぉっ!?」
言葉が通じるようなので、エントランザはそのまま、説教をした。
「何で人のものを盗むの! あなたが何者でも、悪いことだからね!」
「あ、謝るっ! 謝るからぁっ!」
「……ホントに?」
「ご、ごめんなさい……」
「もう盗まない?」
「もうしません……」
「なら、よし。
あたし、エントランザっていうんだ。あんたは?」
「えー、言いたくないぃ……」
エントランザは渋る獣人を持ち上げる位置をずらし、脇の下をくすぐってみた。
「ふぐっ!? きゃはっ、きゃははははは!?」
たまらず笑い出す獣人を、エントランザは脅迫する。
「言わないと止めないぞー?」
「きゃははははは!? 言う!? 言うからっ!?」
「で、あんたの名前は?」
くすぐるのをやめると、獣人は渋々といった様子で名乗った。
「……キシュタ」
「キシュタね。わかった。よろしくねキシュタ」
彼女はキシュタを足元に下ろして解放しながら、遠方を指さして訊ねる。
「ところでさ、キシュタ? もしかしてあれ、あんたたちの街?」
「そうだけど……」
「あんたの仲間が、いっぱいいるの?」
「そ、そうだけど……」
「見に行ってもいい?」
「えー、何が起きても知らないぞ。追い出されちゃうかも」
キシュタはなおも渋る。
だが、その反応を見るに、見つかれば取って食われるといった場所でもないようだ。
彼女は好奇心が抑えられなくなり、獣人に懇願した。
「見たい! 見つからないようにうまくやるから、連れてって!」
「えー……」
「お菓子あげたでしょ! 許してあげたでしょ!」
「うーん……」
食い下がるエントランザ、唸るキシュタ。
そうして、二人は獣人たちの街へと入っていった。
「いいか。ここのこと、絶対に外のニンゲンには教えるなよ」
「何で?」
「……ニンゲンの食べ物うまいから、たまにもらっていったりするから……」
「もしかして、たまに村から食べ物が失くなるのはあんたたちのせい……?」
程なくして潜入が露見し、エントランザは他の獣人たちに追われ、這々の体で逃げ帰った。
***
そして、何とか村へと無事に帰り着いた、その翌日。
エントランザは凶報を聞いた。
「悪魔だ! 悪魔が攻めてくるぞ!」
そう言ったのは、東から馬に乗ってやって来た兵士だった。
急いで走らせたのだろう、馬の息も上がっている。
彼は馬を降りて分け与えられた水を飲みながら、村の大人たちに事態を説明した。
「王の軍隊が蹴散らされた。街道沿いの町村もことごとくやられている……!
急いで、西に逃げるんだ!」
「そんな、急に言われても……」
「奴らはとんでもない力で町や村を火の海にして、人間を石ころに変えて食っちまうんだ!
そうなりたくなきゃ、着の身着のままだろうと逃げろ!
俺はこのまま、次の村に危険を知らせに――」
彼が村から分けてもらった井戸水を馬にやっていた、その時。
彼の言っていた西の方角から、やはり広くない道を、別の騎馬がやって来た。
「悪魔だ! 悪魔が攻めてきたぞ!」
乗っているのは、また別の兵士だ。
村人たちは、既に東から来ていた兵士と共に、怪訝な顔で彼を迎えることとなった。
「――何だ……?」
戸惑う彼の話を聞くに、どうやら、西からも悪魔が攻め寄せてきているらしい。
軍隊が破れたのでは、村一つごときが太刀打ちする術などない。
そんな相手が、東西から攻め寄せてくる。
北も南も山地に挟まれているこの地形では、逃げ場がないのではないか?
村は大混乱に陥った。
「どうすりゃいいんだ……!?」「みんな、悪魔に殺されちまうのか……?」
エントランザはそれを目の当たりにして、迷った。
「…………!」
彼女は、安全そうな土地を知っている。
昨日、行ったばかりだ。
そこに人間を大勢招くのは、絶対に良くないことだとも知っていた。
だが、家族や村人たちが慌てふためくのを見て、エントランザは決断した。
「あの、父ちゃん……」
「ん、どうした?」
「実は私……逃げられそうな場所、知ってるんだけど……」
彼女からの情報で、村人たちは全員が、獣人たちの住む異空間へと渡ることとなった。
生き残った兵士たちを介して、街道沿いの村にもその情報が伝わった。
最終的に、その地域の村々から総勢、一万人あまりが移住した。
先住民である獣人――ネッキーたちとの間には大いに軋轢が生まれた。
そして、150年の月日が経った。
***
アールヴィルから東南東に1000キロメートルほど飛ぶと、マフがある。
悪魔たちがいまだ残留するそこを通過して、更に1500キロメートルほど東に移動したところにある峡谷が、トラルタの入り口の在処だった。
「……降りるよ」
「あぁ」
落下するように高度を落とすホウセの後を追って、ディゼムも黒い鎧のスラスター推力を落とす。
コンテナを背負うようにして、眼下の森へとゆっくりと降下を始めると、
(岩……?)
森の中から、巨大な岩塊が一つ、頭を覗かせていた。
ホウセが目指しているのもそれらしい。
ディゼムの視線がそれに引かれたのを当然検知しているのだろう、プルイナが言った。
『推測ですが、迷子石というものです。
大昔にこの一帯を覆っていたであろう氷河に流されてやってきた岩石が、氷河の後退と共に取り残されたのでしょう』
「ふーん……」
ひょうがって何だ――ディゼムは胸中でそう訝りながらも、着陸に集中した。
スラスターの推力で派手な土埃を巻き上げて、悪魔などの目に付いてはまずい。
そうならないよう注意しつつ、彼らは大岩の側へと降り立つ。
そこはまた、南北を山脈に挟まれた土地でもあるようだった。
先に降り立っていたホウセが、真紅の鎧を解除せずに周囲を見回している。
縫製した隠れ身の衣をまとっているので、手首や足首、顔面以外は透明なままだ。
「周囲に悪魔は……無し。プルイナ、そっちはどう?」
『索敵中です』
コンテナを下ろしてからその脇に着地したディゼムは、黒い鎧の中でプルイナの送ってくるデータに気を配った。
アケウならば魔眼で周囲を見回し、より詳しい索敵ができるのだろうが、ディゼムはそうではない。
「…………」
インヘリトともアウソニアとも、アールヴィルともマフとも違う光景だ。
天気は晴れ、時刻はインヘリト時間ではまだ昼を過ぎたといった所のはずだ。
だが、東に2000キロメートルほども進んだためか、太陽がそこそこ西に傾いていた。
そして、黒い鎧が報告する。
『半径50キロメートル以内に、悪魔らしき反応はありません』
「なら大丈夫か。今のうちに入っちゃおう」
そう言うと、ホウセが槍を掲げ、呪文を唱える。
「合わせて、変われ」
彼女の掲げた真紅の槍の穂先が、鍵を思わせる形状に変形した。
「――!」
ホウセがそれを、無造作に岩壁へと突き立てる。
槍の穂先は、岩に弾かれるでも突き刺さるでもなく、何の抵抗もなくすっとその中へと貫入した。
そして彼女が槍をひねると、そこを中心とした岩肌の表面に、深淵のような暗闇が、丸く大きく口を開ける。
「……!」
魔術紋様の作用か。
「これが出入り口」
『どのくらい広げられそうですか?』
「ちょっと待っててね……」
彼女はプルイナに答えて、槍をゆっくりと捻る。
すると、黒い穴が大型化し、直径は三メートルほどにもなっただろうか。
それを見ながら、ホウセが言う。
「あー、ちょっとあの保護セルは入らないかも……」
『保護セルは本体部分だけでも直径四メートルほどです。
主翼を取り外しても、この黒い穴の直径に収めなければならないのであれば、進入は出来ないと判断すべきでしょう』
「原図に手を加えて、作れる穴を広げることはできると思う。ただちょっと時間が欲しいかな」
プルイナの補足に、ホウセが付け加え、そして提案する。
「もう入っちゃおう。
この穴は向こうからも見えてるから、開けっ放しは良く思われない」
そこに、エクレルが割り込んだ。
『すみませんホウセ、少し待ってください』
黒い鎧はそう言って、ディゼムやホウセにも聞こえるよう、超空間通信を行った。
『エクレル、こちらプルイナ。
これから異空間内部に入りますが、もし超空間通信が途切れるようであれば、一度戻って報告します。以上』
『こちらエクレル、了解』
「それじゃ、入って」
「…………」
ディゼムは無言で熱電・色覚迷彩を解除し、コンテナを担いでその暗闇に飛び込んだ。
すると、目の前の景色が切り替わる。
「……!」
そこは先ほどまでとはまた違った様子で、まばらな草本の生えた、岩がちな下り坂が横たわっていた。
また、前方には防壁のようなものが見える。
目測で高さは十メートル以上、レンガらしきものを重ねて固めたような作りと思えた。
恐らくは古の関所のようなものだろうか、それが左右に広がって、下り坂の向こう側を覆い隠している。
そしてそこには複数の人間が、細長い銃らしき物体を構えていた。
銃口をこちらに向けつつ姿勢をわずかに下げ、警戒していると分かる。
兵士、と解釈すべきか。
(トラルタの人間……だよな?)
考えてみれば、向こうにとって彼は突然現れた侵入者のようなものだ。
彼はゆっくりとコンテナを置き、敵意がないことを示そうと両手を掲げた。
「よっと」
続けて、黒い穴からホウセが入ってきた。
彼女が槍を引き抜くと同時に穴は消え、そこには大きな岩が鎮座しているのが分かる。
(元の空間にあった迷子石と同じ……?)
それをホウセに尋ねようとすると、その前に、プルイナが警告してきた。
『ホウセ、外部との超空間通信が途絶しました。機器の不調ではありません。
一度外に出て、インヘリトに連絡を入れようと思います』
「じゃあ、ちょっとそれを説明してくるね。
あんまり気軽に何度も穴を開けて出入りするのは気まずいから」
ホウセは鎧の兜だけを解除し、頭と顔を露出させた。
「あたしあたし! ホウセだよ!」
彼女が手を振りながら近づいて行くと、兵士と思われる男たちの警戒が緩んだように見えた。
「ホウセか」「鎧が変わったか?」「あの黒い鎧は誰だ?」
ホウセは残りの鎧も解除し、真紅のマフラーを首と腰に巻き付けながら彼らに告げた。
「実はね、新しい国を見つけたんだ。
あれはそこから連れてきた、友だち。ディゼムと、プルイナ」
「異邦人か? 何の用だ?」「見物か?」
男たちの疑問の視線に応じるように、ホウセがディゼムに向かって手招きをする。
彼はやや、迷った。
「あ、えーと」
『ホウセと彼らは、互いにそれなりに気を許しているようですね。
万一の時は装甲を緊急射出して防御するので、ここは思い切ってメットを取ってみましょう』
「……あぁ」
プルイナの言葉に、ディゼムは黒い鎧の兜を取り外し、トラルタの男たちに顔を見せた。
ゆっくりと歩み寄りながら、棺ほどの大きさのコンテナを包む隠れ身の衣を取り外し、名乗る。
「あ、初めまして、ディゼムです。この度は、その……ここからはるか西の、インヘリト王国から参りました。
お近づきの品と、国王からの親書を預かっております。
使者として、書記官長殿にお目見えできればと思うんスけど」
男たちの一人が、困惑したように言った。
「……まぁ、取り次いではみるが」
「どうも……」
慣れない外交儀礼――のようなものにもどかしさを感じていると、ホウセが男たちに言う。
「ごめん、仲間と遠話で話したいから、もう一回、ちょっとだけ外に出てくるね」
すると、兵士は少し驚いた表情をして、
「悪いが……少し待ってくれるか?」
「え……?」
彼が関所の脇に設けられた扉に入っていって、数分が経ったか。
その時、エクレルが警告を発した。
『警報、高速飛来物!』
「っ!!」
関所の壁の向こうから、何かが高速で飛び出してくる。
ディゼムがそれに気づくより早く黒い鎧が反応し、腕部を動かして兜を強制着装した。
次いでコンテナを投棄して、防御態勢を取る。
わずかに遅れて、ディゼムも警戒した。
(何だ!? 人間……?)
飛び出してきたのは、人間大の物体だった。
ディゼムたちと異空間の出入り口――迷子石との間に立ちふさがるようにして、身構えている。
そして、青い。
ホウセが驚いているのが、声で分かる。
「青い……鎧……!?」
そう。そこにいたのは、青い全身鎧だった。
しかも単独ではなく、四人いる。
四領の青い全身鎧――全て同型のようだ――と、恐らくはその着装者たち。
そのうちの一人が発したようで、兜の中から、ややくぐもった声が聞こえた。
「異邦人――お前たちに、外の世界へ出ることを禁じる」