魔王vsパワードスーツ/魔王に滅ぼされかけた異世界の人々、26世紀のパワードスーツを召喚して反撃に出る 作:kadochika
十年ほど、前のことになる。
レブルは当時二十代で、出産で妻を、抗争で弟たちを失ったが、幼い娘が遺されていた。
彼の父も早逝し、母エシアがトラルタの実権を握って十年近くが経とうとしていた頃だ。
不幸な出来事こそあれ、これからも母を助け、トラルタの未来を良いものにしていかなければなるまい。
そう思っていた時分にやってきたのは、二人の魔術師だった。
一人は彼よりも年かさの男で、エリカレスと名乗った。
もう一人は幼い少女で、エリカレスの弟子のホウセという名だった。
150年前、トラルタが悪魔の軍勢から逃れてこの世界に移って以来、初めてやってきた外部からの来訪者だ。
彼らは、生き残ったコミュニティを巡り、いつかまた、人類が元の世界に戻れるようにしたいのだという。
レブルはその時、
彼は後学のためと、エリカレスから外の世界のことを聞いた。
しかし、彼の母、エシアの態度は違った。
「その鎧をこちらに渡しなさい」
彼女は、エリカレスたちの持つ真紅の鎧の性能を知ると、それらを奪おうと試みた。
だがエシアの指揮するトラルタ軍は、鎧の魔術師二人の圧倒的な戦闘力に敗退した。
トラルタにも魔術師はいたが、それでも勝負にならなかったといっていい。
にもかかわらず、エリカレスたちはトラルタ側を敗者として断ずることをしなかった。
それどころか、彼はエシアたちに提案した。
「これ以上こちらに危害を加えず、我々がここに出入りすることを認めるならば、こちらも反撃を行わない……
そんなところで手を打たないか」
「………………」
エシアは、渋々とそれを受け入れた。
そこまでならば息子であるレブルにも、そういうこともあるかと思えた。
真紅の鎧は強力であり、母が統治に使おうとすることも理解できる。
敗北は予想外だったが、彼らはレブルも知らない“外”からやってきたのだから、信じられないことでもない。
だがエシアは――母は一年後、今度は一人でやってきたホウセにも牙を剥いた。
師を失い、その遺志を継いで外国からの書簡を持ってきた少女から、またも鎧を奪おうとしたのだ。
結果的に再び退けられたものの、レブルはそれらの出来事を通して、確信するようになった。
母は、エシアは、間違っている。
彼女にトラルタを任せていては、いつか大きな、取り返しのつかない過ちを犯すだろう。
いや、既にそうした過ちを、犯しているかも知れない。
しかし、エシアが自分から書記官長の地位を退くようなことは有り得ない。
彼女は当分の間、健在であり続けるだろう。
レブルはその息子という立場ではあったが、周囲を腹心や護衛で固められると暗殺も難しかった。
彼は自分の娘と共に宮殿から出奔して身を潜め、地下組織を形成していった。
トラルタ唯一の鉄を産出する鉱山は既に評議会側に抑えられていたため、彼らの武器は魔術しかなかった。
十年という期間を地下組織の発展に費やし、そこでレブルは魔術紋様の研究発展に力を注いだ。
ただ、やはり組織力の差はいかんともしがたく、評議会による青騎士の先行配備を許してしまったが。
それでも何とか、彼の組織も魔術の鎧を形にして、いよいよエシア――母の暗殺が実行できる。
ホウセが黒い鎧を連れて戻ってきたのは、そうした矢先のことだった。
***
「……そんなところだ」
レブルの説明を聞いて、ホウセは不満を口にした。
「じゃあ何、あたしたちが余計なことしたって言いたいの」
場所は、レブルの組織“抗体同盟”の拠点となっている地下道だ。
都市部から離れた山の中の斜面を掘って作られた、拠点にするための施設。
そのアリの巣のように設けられた各部屋の一つに、アケウたちはいた。
椅子に腰かけたレブルが、ホウセに答える。
「しただろう。この失敗で、書記官長の警備がより強固になってしまう」
「仮にも母親でしょ! 何も殺さなくたって――」
「こうしている間にも奴はさしたる対価も無しに、トラルタの市民に過酷な労役を強い続けているんだぞ。
鉱山労働では、死者も出ている。
採掘で出る土砂を使った、湾の埋め立て事業でもだ」
強まるレブルの語気を感じつつ、ディゼムはプルイナに尋ねた。
「プルイナ、それが本当かどうか、わかるか」
『ドローンが、南の鉱山での人の動きを検出しています。
山を削って露天掘りに近いことをしているようです。
岩崩れが起きやすい地質のようなので、死者が出ていてもおかしくはない状況ですね。
原因は不明ですが、気温もこの島の平均と比較するとそこだけかなり低くなっています』
そうだろう、とレブルが続ける。
「そちらがどのような魔術で調べているかは分からないが、その通りだ。
それを止めるために、君たちには、評議会の打倒に――書記官長エシアの抹殺に、手を貸して欲しいと思っている」
プルイナが黒い鎧の眼窩を点滅させて、意見を言った。
『青騎士部隊を擁する彼女が我々の出国を阻み、あまつさえ攻撃しようとするなら、彼ら――抗体同盟に手を貸すのも悪い手ではないかも知れません。
出国を見逃すことを条件に、暴力革命に手を貸す。
あなた方の意見はどうですか?』
「そりゃクーデターだろ? さすがに、何つうか……」
「あたしは手伝わない」
ディゼムは難渋し、ホウセは明確に拒絶する。
それを見てレブルは、
「ならばどうする。このままエシアの許に戻って、外の世界に戻れないまま過ごすか?」
「それは……」
「外の世界には、あの大岩の周囲からでなければ行けないと聞いている。
あの関所を突破するには、守備の青騎士を排除する必要があるだろうが……
情報では既に、青騎士の総数は二十を超えている。
使い手の訓練が追い付いてないにしても、この数は脅威だ」
その意見を聞いて、黒い鎧からプルイナが言う。
『ならば、残念ですが書記官長の身柄で済ませるというオプションも考慮し得ます。
とはいえ……責任能力のない本機が決断するわけにも行きませんので……
あとはディゼムとホウセにお任せします』
「ったくよぉ…………」
ディゼムは考えた。
黒い鎧に装備できる兵器を十分に使えれば、青騎士たちを皆殺しにして外へ出るのはそう難しいことではない。
だが、そのような一方的な虐殺に等しいことをしてしまえば、トラルタとの関係は大きく悪化するだろう。
しかしそれは、書記官長を討ち取る道を選んだとしても、似たような結果になるのではないか。
プルイナがどう考えているかはともかく、ディゼムにとってはどちらも肯定しがたかった。
もし、エシアの身柄を抑えて退位させる、という形になったとしても、レブルは暗殺まで試みている。
彼がその後、念入りに彼女を亡き者にしないとは言い切れない。
(親殺しに手を貸すのか……俺が……?)
奇しくも再会した母親を憎み直したばかりの彼には、少しどころではなく、思うところがあった。
何かもっと、良い手段はないか? それを考える時間が欲しい。
時間があれば、あるいはインヘリトに残ったアケウとファリーハが突破口を見つけてくれるかも知れないという希望も、無くはないが。
「…………」
ホウセの表情を横目で窺うと、彼女の目はどっしりと座っていた。
未遂ながらも母殺しを試みたレブルに、ホウセとしては協力するつもりなど毛頭ないようだ。
ディゼムが母親を憎んでいるというだけのことでも腹を立てていたのだから、当然と言えば当然だろうが。
ディゼム自身も、気乗りはしない。
上司と連絡も取れない状況で政変に手を貸すのは、どう考えても最善ではない。
だが、書記官長が彼らを元の世界に返すつもりがないとなれば、これはともすれば決断が必要な状況だとも考えられる。
彼の考えがまとまり切らない中、ホウセがレブルへと尋ねた。
「……ていうか、ネッキーたちは?」
ネッキー。人間に追いやられたという、トラルタの先住民の呼び名だ。
絵も交えたホウセの説明によれば子供ほどの大きさで、獣の頭をした種族らしい。
彼女は首に巻いた真紅のマフラーの端を握りしめながら、言葉を続けた。
「あなたがお母さんを殺してトラルタを乗っ取ったとして、ネッキーたちのことはどうするの?」
「……彼らに妥協することはできん」
それを聞くとホウセは身を乗り出して、やや声を荒らげる。
「元はと言えば、ここはネッキーたちの住んでた場所じゃない!
それを山に追いやって、その山も削り倒して……
せめて埋め立ててるっていう土地の分くらいは分けてあげなよ!」
「農地も足りないんだ。ここ十年で不作が増えてきている。
幸い海が豊漁だから、飢え死には出ていないが……
それもそう長く続くと考えるべきじゃないだろう」
「作物が取れないなら、ネッキーたちだって苦しんでるってことじゃん!?」
彼女は更に抗議を続けようとしていたようだったが、それは横合いからの別の声に遮られた。
「ホウセさんの言う通りだよ」
「――!?」
やや幼い、少女の声。
ディゼムがそちらを見やると、後ろ髪を左右に束ね分けた娘が立っていた。
彼女を見て、レブルが言う。
「ヘルディン、何をしに来た」
「新しい人が来たって聞いたから、会いに来たの。
ネッキーたちに危害を加えないかどうか」
少女の年頃は、十二、三といったところだろうか。
彼女はディゼムたちに向かってお辞儀をしながら、名乗る。
「レブルの娘、ヘルディン・ルーティスと申します」
「あ、あぁ……ディゼム・タティだ」
『プルイナです。この黒い鎧だと思ってください』
ディゼムたちが名乗り返すと、ホウセがヘルディンに問う。
「あたしたちはお互い知ってるからいいとして……
ヘルディン、あなた一人?」
少女がその問いに答える前に、
「おれもいるぞ!」
と、地面に出来た彼女の影の部分から声がした。
同時、そこから小さな影が飛び出し、姿を現す。
影は、ヘルディンの横に立って名乗った。
「護衛のウシュタだ!」
それは獣めいた鼻面に大きな耳を備えた、獣人と呼べそうな生き物だった。
ディゼムは内心驚きつつ、それを顔に出さないよう心掛けた。
(こいつが本物のネッキー……マジで頭だけ獣の子供って感じだな……)
「あら、久しぶり」
そちらも、ホウセと知り合いらしい。
ヘルディンは、ウシュタと名乗るネッキーの肩をぽんぽんと叩きつつ、
「まぁ、危険があるなんて思ってませんけどね。
そこにいる私の父は抗体同盟の首領で、その母……つまり私の祖母がトラルタの書記官長なので」
「…………」
彼女はその身の上を、自嘲しているかのようだった。
父と呼ばれたレブルは、娘のヘルディンを睨んだまま口を閉ざしている。
ヘルディンはディゼムに顔を向けて、
「と、話が逸れちゃいましたね。
ディゼムさんと、プルイナさんでよろしいですか?」
「あぁ、それでいい」『同じく』
「ホウセさんのお友達と見受けました。疑いたくはないのですが……
彼女と同じように、ネッキーたちに接してあげて欲しいんです」
それを聞いて、ディゼムは少しばかり戸惑いつつ、答えた。
「そいつらが人間に危害を加えるわけじゃねぇなら、俺がどうこうする理由はねぇよ」
「……ネッキーたちの味方になってくれるということですか?」
「……そこまでは、分からねぇ。
俺らは今、悪魔から人間の世界を取り返そうと戦ってるから……基本的には、人間の味方なんだよな。
明らかに人間側が悪いって場合ならまだ分からんけども……
ネッキーたちに都合の悪い人間を殺せってのは聞けねぇぞ」
『本機も同意見です』
「それで構いません。ネッキーたちだって、人間を苦しめたいわけじゃない……
ただ、裏切られたのがつらいだけ」
裏切られた、とは、過去の出来事を指しているのだろう。
ネッキーたちの異空間に入り込んだ一人の人間が、悪魔の襲来に際して人間たちをそこへ導き、ネッキーたちを追いやる形になってしまった経緯を。
ディゼムはホウセから聞いたその話を思い出しつつ、ヘルディンに問う。
「……俺らに何かさせたいのか、ヘルディン?」
彼女は真剣な眼差しで、答えた。
「実は、ホウセさんと一緒に、ネッキーの長老の病気を診て欲しいんです。
前回ホウセさんがトラルタを出てから、病状が悪化して」
「病気……?」
それを聞いて、プルイナが言う。
『魔術の呪病などでないのであれば、本機の出番があるかも知れません。
確実なことは言えませんが、麻酔や、最悪の場合は安楽死も可能です』
「お前またちょっと怖いこと言ってねぇ?」
「んじゃ、すぐに行こ」
ホウセが動こうとすると、レブルが問う。
「引き止めはしないが……用が済んだら、ここに戻ってきてくれるか」
アケウはそれに、正直に答えた。
「それは分からねぇ。
ただ、この場所は、あんたのお袋さんには教えねぇようにはする。
さすがに自分の母親の頭を叩き割ろうってのは、賛成はできねぇけどな」
「……今日明日にまた試みるのが現実的ではないのは確かだ。
返答は待ってもらいたいな」
「宮殿は飛び出しちまったし、また戻ってくるつもりだけど……悪りぃが、急ぐ」
ディゼムたちはヘルディンの後について、抗体同盟の拠点から立ち去った。
***
そこは抗体同盟の拠点から、徒歩で一時間ほどの距離にあった。
海に面した急勾配の山肌に、魔術で掘り進めたらしい滑らかな洞窟が口を開けていた。
ネッキーたちの集落、ということだろう。
「うぉ、ホウセだ!」「ヘルディン、そいつら誰だ?」
集落に近づくと、槍――といっても、大人の背丈程度の長さだ――を構えた獣人たちが彼らを出迎えた。
ホウセとヘルディンがいるためか、その反応はさほど敵対的には見えなかった。
「ディゼムさんと、プルイナさんよ。
今日は長老の病気を診てもらいに来たの」
ヘルディンが手ぶりを示すと、ネッキーたちは槍を天へと向けて、ディゼムと黒い鎧に視線を向ける。
「イシャかー?」「治せるのかー?」
『可能な限り善処します』
「その兜を取って、顔を見せろー!」「見せろー!」
ネッキーたちがそういうと、黒い鎧は両手で頭部装甲を外し、天に向かって持ち上げた。
無論そこには、誰も入っていない。
ネッキーたちはひどく驚いて、狼狽えていた。
「~~~っ!?」「うぉおおおおお!? お化けぇえええええ!?」
『驚かせてすみません、今は無人ですので』
「…………!」
首無し全身鎧の姿を見て、ネッキーたちだけでなくヘルディンも、声には出さないまでも驚愕しているようだった。
「……ややこしいから、着装すんぞ」
『そうですね』
ディゼムが呆れつつ提案すると、プルイナが黒い鎧を分割し、兜を除いて相棒へと着せる。
そうこうしつつ、彼らは通路を抜けて、ネッキーの長老の臥せっている部屋へと着いた。
ヘルディンが、先頭になって入室しながら告げる。
「長老、病気を診てくれる人を連れてきたよ」
アケウが部屋の奥を見ると、そこには人間の子供用程度のサイズの寝床に、ネッキーが仰向けに眠っていた。
その顔には深いしわが刻まれ、体毛の一部が白髪になっている。
その看病をしていたネッキーが寝床から離れ、ヘルディンに尋ねた。
「治る見込みはあるのかい、ヘルディン?」
彼女は答え、
「まだ分からない。でも、最低でも痛みを和らげることはできるって」
プルイナが黒い鎧の兜から、ディゼムに言う。
『ディゼム、診断には五分ほどの着装が必要です』
「わかった」
彼はその意味を察して、ヘルディンに尋ねた。
「ヘルディン、少しだけ、長老様にこの鎧を着せてぇ。問題ねぇか?」
「…………?」
ヘルディンもネッキーたちも、理解が及ばないなりに、儀式めいたものとして了承してくれたようだ。
集まったネッキーたちに長老の身体を慎重に持ち上げてもらい、その背中に、黒い鎧の背部装甲を敷く。
動力源が集中している都合で背部装甲にはそれなりの厚みがあるので、背中が浮きすぎないよう予備の敷き布などで長老の体に負担がかからないようにする。
そして再び寝かせた長老の上から胸部装甲を被せ、胴体部を着装させる。
更に、頭には兜、左腕には黒い鎧の前腕部を着装させる。
ネッキーは成人でも人間の子供程度の体格しかないので大いに不格好になるが、プルイナの指示によれば、これで診断が可能らしい。
『…………………………』
「どうだ?」
ヘルディンやネッキーたちが不安げな視線を向ける中、ディゼムが尋ねた。
少し間を開けて、答えるプルイナ。
『……老化も著しいと言えますが、主症状は
体組織の推定1.6%が、悪性腫瘍に占有されています』
「治せるか?」
『抗がんマイクロマシンを投与すれば、人間ならば16時間ほどで症状の緩和が始まります。
恐らく人間で言えば百歳を超える超高齢と推定できる上、ネッキーは人間と体質が違うでしょうから、寛解までの時間は不明ですが』
「……それって、副作用とかあるのか?」
『寛解したかどうかはマシン群が判断してくれます。
ただ、それまでは拳大のマイクロマシン治療機を装着する必要があります。長ければ数か月かかるかも知れません。
また、寿命が来て分解されたマイクロマシンが尿中に排出されるので、治療中は尿の色が変わる可能性があります』
「……お前ら、それでいいか?」
「キシュタが助かるなら」「長老、助かるのか!?」
ディゼムの問いに、ヘルディンもネッキーたちも頷く。
自己複製プリンターを使ってマイクロマシン治療機を製造し、ネッキーの長老キシュタに装着させる。
また、装着型の点滴も実施した。
あとは、経過を見るだけだ。
ディゼムはしわと白髪に埋もれたような長老の寝顔を見つつ、小さな声で黒い鎧に呟いた。
「やっぱすげぇな、お前ら……」
『ありがとうございます。
ですが今はそれよりも、外に出る手段です。ネッキーたちに何か、聞いてみましょう』
「外に出たいんですか?」
ヘルディンの質問に、ディゼムは多少気後れしつつ、答えた。
「あぁ……お前の婆ちゃんは、ダメっつってたけどな」
「で、お父さんには、お婆ちゃんを殺せば行けるって言われたと」
「……そういうことになっちまうんだよな……」
すると、ヘルディンが何ごとかを唱える。
「セディオ・セディアク!」
「ん?」
「って唱えれば、外に出られますよ。
まんまる岩の側じゃないとダメですけど」
彼女は微笑んで、そう言った。
ディゼムは驚き、
「え、マジで……?」
「ホウセさんは槍で入って来られるみたいだけど……
本来は合言葉で出入りするんです。
私が子供の頃に使ったのがバレて、今は関所なんてものが作られちゃいましたけど」
それを聞いて、部屋の隅の椅子に腰かけていたホウセが目を丸くする。
「え……何それ……」
ディゼムはその反応を見て、困惑しつつ問う。
「お前……ヘルディンやネッキーたちと知り合ってそれなりに経つんじゃねぇのか。
それで知らなかったのかよ……?」
『ホウセ、当機もそれは少しどうかと思います』
「うっさい、 槍で出入りできるんだからそんなの要らなかったの……!」
長老が臥せっているので声量を抑えているが、ホウセは髪を逆立て口にした。
プルイナが、黒い鎧から発言する。
『しかしそれなら、ホウセがあの関に配置された青騎士たちを陽動し、その隙を突いてディゼムと当機が合言葉で外に出ることもできそうですね』
「それがいいか」
そこにヘルディンが、補足する。
「またトラルタに入りたい時は、まんまる岩の側でメクウィス・ウォミノク――って言えば大丈夫です。
試したことあるので。
今は、青騎士を何とかしておばあちゃんの作った関所を通れるなら、ですけど」
ディゼムは気がかりを感じて、尋ねた。
「いいのか、俺らにそんなこと教えちまって」
「ネッキーたちはみんな知ってますよ。
トラルタの人たちは、もうほとんど忘れてるみたいだけど……」
ならば、もはや迷うまい。
彼は決断して、ホウセに呼びかける。
「なら、試してみるか。
ホウセ、陽動を頼んでいいか」
「やってみる」
『もう少し作戦を立ててから……と言いたいところですが、少し待ってください。
市街地の外れで動きがあります』
「……動き?」
ディゼムがそう聞くと、プルイナは黒い鎧のプロジェクターを起動して、岩壁に映像を映し出した。
***
バクラヴァは、書記官長の
彼はその権限で、宮殿からトラルタ各地に転移する魔術紋様を利用することが出来る。
ホウセたちの来訪を青騎士たちから報告され、すぐに関に現れたのも、その権限があってのことだ。
今、バクラヴァはトラルタ市街の外れに転移し、情報員からの報告を受けていた。
「……なるほど、分かりました」
小さく頷くと、情報員の気配が消える。
周囲に人影はない。
バクラヴァが宮殿に戻るべく歩き始めと、そこに。
「凍りつけ!」
突如到来した魔術で、彼の足は地面へと縫い付けられたように停止した。
下から生えてきた氷柱によって両足が凍りつき、感覚が消え失せている。
「む……!」
バクラヴァは短くうなり、覚悟を決めた。
(抜かった……!)
周囲には複数の兵士、魔術紋様で転移してきたのだろう。
彼はすぐに羽交い絞めにされ、腕一本も動かせなくなっていた。
抗体同盟への協力が、露見したのだ。
そこに書記官長エシアが現れ、取り押さえられたバクラヴァを見てうめく。
「お前の跳梁を許すとは、私も老いたな……!」
へへ、と彼は力なく笑いつつ、言った。
「お戯れを……!」
「釈明があるなら、聞くくらいはしよう。聴聞官によってな」
「私があなたの忠実なしもべであったなら、疑いをかけられたことを恥じて死ぬしかありません。
反逆者であったなら、観念すべきです。言い逃れなど許されますまい」
「口上もそこまでだ。引っ立てい」
聴聞官。エシアが本当に重用しているのは、彼らだろう。
その恐るべき手管にかかれば、バクラヴァは知っていることもそうでないことも洗いざらい吐いた挙句、無惨に死ぬに違いない。
エシアは意味もなく人間を痛めつけるようなことは絶対にしないが、意味があると判断すればどんな残酷な行為でも実行する。
そういう女だ。
両腕は既に固く縛られており、隙を見て魔術紋様を使うこともできない。
彼の凍りついた足を、青騎士たちが熱の魔術を放って強引に地面から引きはがそうとする。
「ぐぁあああ……!?」
下半身が炙られ、バクラヴァは苦悶した。
そこに、黒い流星が飛来する。
「――!?」
青騎士たちが吹き飛んだかと思うと、尻餅をついた彼を守るように立つ、黒い全身鎧の背中が見えた。
その中から、ホウセと共にいた青年の声が聞こえる。
「それ以上はさせねぇぜ、書記官長さん……!」