魔王vsパワードスーツ/魔王に滅ぼされかけた異世界の人々、26世紀のパワードスーツを召喚して反撃に出る   作:kadochika

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6.3.女児の出現

 その日ファリーハは、魔術省の主席官として、魔術政策についての会議に出席していた。

 他に会議に出席しているのは魔術省副大臣、魔術開発局長、魔術政策局長、インヘリト大学魔術学部長など、錚々(そうそう)たる顔ぶれだ。

 三か月に一度開催され、インヘリト王国における魔術の現状や、今後の魔術政策の方針などについて情報共有を行う。

 会議はつつがなく終わり、ファリーハも次の予定地に向かおうとした時、彼女に話しかける者がいた。

 

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません、ファリーハ王女殿下。ご機嫌麗しゅうございます」

「ごきげんよう、ヴィナンシー副社長」

 

 彼女が名を呼んだのは、まだ若い青年だ。

 だが、王国における魔術塗料生産の最大手であるマクリ商会の御曹司にして、父親の右腕を務めている有能な男だった。

 社交界での評判も高く、夫人の地位を狙う者も多いと聞いている。

 その彼が、物腰も穏やかに言葉を続ける。

 

「近頃は危険な旧世界に出入りされていると聞いて、他の国民同様、私も心配でなりません。

 殿下に於かれましては、どうか身の安全を重んじて頂きたく思っております」

「ありがとうございます、副社長。

 ですが、これは旧世界奪還を推進した、わたくしの義務だと考えております。

 色々と苦労をかけますが、これもあなた方の絶え間ない献身があればこそ」

「尊いお考えです。お忙しいとは存じますが、再来月に我が商会の後援で開催する歌劇の特等席を手配しておりますので、ぜひご観覧いただければと」

「痛み入ります。後日お返事申し上げますので、今日のところは失礼いたします……ごきげんよう」

 

 その場を離れても、行く先々でこうした接触はたびたびあった。

 王室の若き才媛であるファリーハの心を射止めよう、または子弟の伴侶に迎えて王室との繋がりを、と働きかける者は多い。

 ヴィナンシィのような大手企業、あるいは魔術業界の重鎮、またあるいは家柄も確かな貴公子。

 王室庁が牽制してはいるのだが、特に罰則なども無いため、幼い頃から慣れていることではある。

 慣れているので、彼女はすぐにそれを忘れ、次の予定に移った。

 

***

 

 そうしたファリーハを、追う者がいた。

 追うと言っても、単純な追跡者ではない。

 彼女の予定表をどこからか入手して、あるいはそうしたものがなくとも、彼女の行く先々で網を張る。

 話の種となりそうな場所に出入りする姿を捉えて、魔術撮像機(カメラ)で撮影する。

 ファリーハの与り知らぬところではあるが、こうして彼女は一日に何枚か、写像を盗撮されることがあった。

 インヘリト王国の魔術撮像機(カメラ)は、原理的な限界で単色の像しか撮れない代物だったが、それでも写像は取引され、時として大衆紙などに掲載される。

 まぁ、王家の他の者はともかく、自分が直接気に病むところではない。

 そう考えていたファリーハは、メイエに向かう前の最後の打ち合わせに出ていた。

 場所は、魔術省官舎のいつもの会議室。

 出席者は彼女の他に、アケウ、ディゼムとそれぞれの相棒の鎧、そしてホウセだ。

 全員が揃って本題に入る前に、黒い鎧から、プルイナがファリーハへと問う。

 

『ファリーハ、実を言えば先日から気になっているのですが……』

「どうしました?」

『あなたを追っている複数の人物がいます。

 明白な害意はないようなので言及せずにいましたが、もしやあなたは、報道被害を受けているのではありませんか?』

「ほうどうひがい? ですか?」

『行く先々でカメラに撮影され、私生活に関する根拠の不確かな内容を報道されて、困ってはいないかということだな』

 

 白い鎧からそう補足したのは、エクレルだ。

 ファリーハは、言葉を選びつつ、答えた。

 

「あぁ……それはまぁ、決して心地よいことではありませんが……

 わたくしは特に報道されて困るようなことはしておりませんし、取り押さえるのも簡単ではないので」

 

 しかしそこに、ホウセが告げる。

 

「え、でもアケウといるところ撮られてたよ?」

「はい???」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう彼女に、ホウセは答えて言う。

 

「インヘリト・ポストはあたしの部屋に置いてきちゃったけど。

 ファリーハ第二王女に熱愛発覚!? お相手の魔術省職員は元陸軍兵か!? って書いてあるやつ」

「エクレル、プルイナ。今すぐわたくしを尾行している不審者を全て排除してください」

『待て、落ち着け』

『用途外です。王室庁に相談すべきでは?』

 

 ファリーハを宥めようとする鎧たち。

 彼女は眼鏡の位置を直しながら、説明した。

 

「お恥ずかしながら、何者かが王室の私生活の予定を流出させている疑いがあります。

 実家や王室庁が堕落しているとは思いたくありませんが……!」

「姫様、あの、申し訳ねぇんスけど、打ち合わせ……」

「…………!!」

 

 ディゼムにそう言われ、ファリーハは我に返った。

 

「……全く、その通りです。

 すみませんみんな、お見苦しいところを見せてしまいました」

「普通の反応だと思うけど……」

 

 そう応じるホウセを手振りで制止しつつ、

 

「良いのです。それよりも、最終確認ですよ。

 まず、アールヴィルで再製造した保護セルにわたくしが搭乗して――」

 

 その短い打ち合わせ最中、白い鎧の放った円筒形の小型ドローンが、魔術省の官舎上空を飛んでいた。

 ドローンのカメラが、官舎の区域の周辺に留まっている不審な人影を捉えている。

 エクレルは通信に音声を乗せることなく、黒い鎧側のプルイナと情報を共有した。

 

『恐らくは、あの正門から50メートルほど離れて停車している自動車が情報業者だな。

 インヘリトでは自動車は高級品だろうに、それを用意できる程度には羽振りがいいということか』

『そこから伸びた可視波長を含めた光線が、不自然に屈折していますね。魔術でしょうか』

 

 各波長のレイヤーを解析し、プルイナが指摘する。

 

『蓋然性は高いな。魔術で光を屈折させて、官舎の中を覗いているのだろう』

『カーテンに遮られて見えない筈ですが、わずかなチャンスも逃さないようにしているのでしょうね』

『それだけ金になるのか、ある種の職業精神がそうさせるのかは分からんがな。

 プルイナ、危険性は低いと判断して、当機はこの件をファリーハには黙っておきたいが、どう思う』

『……共有したいところですが、身体的には害のない情報で、彼女たちの行動を阻害したくないとも考えます』

『そうだろうそうだろう。我々の帰還の目途が立った時に教えてやればいい。

 もしくは、身体的な危険があると判断した際に改めてだな』

 

 エクレルは、自分がファリーハやアケウの行動を誘導して人間関係の変化を観察しようとしていることは伏せて、そう言った。

 

『そういうことにしておきましょう』

『では、通信終了』

 

 そして、鎧たちは一瞬の電子通信を終えた。

 

***

 

 アールヴィルで再製造された保護セルを組み立てて、そこからおよそ八千キロメートル。

 東南東に八時間ほど飛行して、一行はメイエへと辿り着いた。

 

「ここが、メイエなのですね……!」

 

 下方にスラスターを噴射してゆっくりと降下する保護セルの機内から、通信を介してファリーハの声が聞こえた。

 アケウは先日ホウセと共に訪れていたので見ていたが、直径三十メートル、高さ五十メートルほどの縦穴の底に、地底湖が広がっている。

 もう少し時間が経って日が高くなれば、陽光を反射して美しく映ることだろう。

 黒と白の鎧、そして保護セル自身の推力が下方に投射され、メイエの湖面が水しぶきを上げる。

 ただし、そのすべてが熱電・色覚迷彩を使用して透明になっている。

 そのため、先行して湖岸に降り立ったホウセの目には、メイエがひとりでに水柱を立てているように見えたことだろう。

 黒い鎧の中から、ディゼムが懸念する声が聞こえる。

 

「大丈夫なのか、この湖が元は人間なんだろ?」

「大丈夫だよ、そのままゆっくり!」

 

 ホウセが誘導し、保護セルは徐々に湖面へと近づく。

 そして膝ほどの高さで推力がカットされ、その巨体がざぶりと地底湖に波を立てた。

 それを、アケウはディゼムと共にそれぞれの鎧の推力を使って引っ張り、ホウセのいる湖岸へとゆっくりと近づけていく。

 

「オッケー、その辺でいいかな?」

 

 ホウセの合図と共に、保護セルが湖岸へと接し、再び揺れる。

 白い鎧の中から、エクレルが言った。

 

『安全性は確認できている。足元に注意して渡れ』

「えぇ。みんな、ここまでありがとうございました」

 

 ファリーハがそう言うと、透明なままの保護セルの前方が開き、内部が見える。

 着水した保護セルのタラップが展開されて、ホウセのいる湖岸へと渡る橋となった。

 今回は動きやすい服装ということで、ファリーハは官服ではなく、作業用の衣服に、簡素な丸い鉄兜を装着した姿だった。

 

「では早速、コンタクトしましょう。

 ホウセ、紹介を頼みます」

 

 彼女が告げると、ホウセは真紅の鎧の右手首の着装を解き、しゃがみ込んで湖水へと触れる。

 だが、その時だった。

 

「――!?」

 

 湖水が大きく盛り上がり、ホウセを飲み込む。

 彼女は湖水にさらわれ、一瞬でそこへと沈んでしまった。

 

「ホウセ!?」

 

 ディゼムが悲鳴を上げて、黒い鎧と共に湖水へと飛び込む。

 

「殿下、一旦保護セルの中に――」

 

 アケウが王女を守ろうと保護セルに近づいたのも、束の間のことだ。

 次の瞬間には、更に激しい渦が巻き起こった。

 

「うっ――!?」

 

 縦穴全体に高波が起こるような、激しい湖水の流れだ。

 アケウはこの不意の異変から、ファリーハを何とか守ろうと試みた。

 が、果たせなかった。

 白い鎧が確保した視界の中で、彼は信じ難いものを見た。

 王女が一瞬にして、湖水に溶け去る様子を。

 アケウは度を失い、思わず叫んだ。

 

「殿下……!?

 殿下ーーッ!!」

 

 彼に対し、エクレルが呼びかける。

 

『アケウ、落ち着け! 一度上昇する!』

「エクレル、よく探してくれ! 殿下が!

 殿下はどこだッ!!!」

 

 狼狽える彼に、今度は黒い鎧から、プルイナが告げた。

 

『アケウ、全ての探査装置を動員しましたが、ホウセとファリーハの姿が近傍に見当たりません。

 何らかの魔術紋様で転移したわけでもないようです』

 

 そこに続けて、エクレル。

 

『異常事態が起きている。一度ここから離れて、お前たちにも状況を共有する』

「待ってくれエクレル、もっとよく探させてくれ!!」

『落ち着けと言っている』

「ぐ……!」

 

 アケウは鎧の内部に電気ショックを与えられ、うめいた。

 

『お前も魔眼で、当機よりも詳細に見たはずだろう。

 ファリーハは何らかの理由で、メイエの水に溶解したように見えた。

 ホウセも恐らくは同様だ。

 まず我々は、今しがた何が起こったのかを理解しなければならん』

「くそっ……」

 

 また、エクレルは急性の鎮静剤も投与したのだろう。

 アケウは自身の感情が急速に沈められていくのを感じ、悔しさにうめいた。

 だが今度は、エクレルの操作で上昇していく視界の中で、別のものを見た。

 

(何だ、狼煙……?)

 

 それは、魔力によって生じた煙か何かのようだと思えた。

 縦穴から数百メートルほど離れた、森の中から上がっている。

 鎮静剤の作用で、うわごとのように、アケウは呟く。

 

「あの煙……何だろう……」

『アケウ、何か見えているな?

 プルイナ、ディゼム。ディスプレイにアケウの目が焦点を結んでいる地点を投影する。

 そこに向かうぞ』

『了解です』

「クソ、何がどうなってやがる……!?」

 

 動揺しているのは、ディゼムも同じようだった。

 鎧たちは着装者を半ば強引に、アケウが見ている地点へと飛ばす。

 すると。

 

『助けてくれ! 誰か、助けてくれ!』

「人間の声……!?」「クソ、何なんだよ!」

 

 耳に聞こえた悲鳴に、彼らは少しばかり、冷静さを取り戻した。

 鎧たちも着装者の脳が信号を処理しているのを察知し、尋ねる。

 

『どうした、お前たち』

『我々には聞こえない……魔力の信号が届いているのかも知れません。

 二人とも、方向はこのままですか?』

「あぁ」「狼煙を上げてたのと同じ人かも知れない」

 

 内部の二人には更に、声が届いた。

 

『こちらは人間の魔術師、エスコドゥスだ! 誰か、近くにいる誰か!』

「人間だって……!?」

「クソ、人間がこんなとこにいる訳ねぇだろ!?」

 

 そして鎧と着装者たちは、低空を飛んで現場にたどり着く。

 森が開けて、草原が広がり始めていた。

 見ればそこには、童女と呼べそうな外見の人間と、それを取り囲む下級悪魔の群れがいるではないか。

 

『緊急救難!』

『同意だ!』

 

 鎧たちが声を上げると同時、中の二人も動いていた。

 

「エクスプローシヴ・バレッツ!」

 

 片手に十一基、二領の鎧で合わせて四十四基の多目的射出孔から、炸薬弾が発射された。

 射撃は一弾として外れることなく下級悪魔に命中し、射殺する。

 

『効果確認』

『周囲に残敵なし』

 

 二領の鎧はスラスターの推力を弱めて、悪魔たちに囲まれていた童女から、やや離れた草地に着地した。

 アケウは白い鎧の中から、ディゼムに告げる。

 

「よく分からないけど、怪しすぎる。僕が先に接触していいか」

「わかった、頼む」

 

 アケウは白い鎧と共に前進し、女児に近づいた。

 

「エスコドゥス、と言っていたね? 僕はインヘリト王国の、アケウ・ハーン。

 助けを呼んでいたのは君か?」

「そうだ、危ういところを助かった。ありがとう鎧の者たち」

 

 魔眼で見たところ、魔力は高いが、十歳程度の女児に見える。

 彼女はローブのように見えなくもない布の塊のようなものをまとっており、一見すると戦災か何かで焼け出された子供のようにも見えた。

 そこに攻撃の意思はないと判断し、アケウは兜を脱いだ。

 

「エスコドゥス、君がこんなところに一人でいる理由を聞きたいんだけど……

 まずはどこか、安全な場所を探さないと」

 

 鎮静剤の効果を疎みつつも、アケウは落ち着いて彼女に接することができた。

 が、エスコドゥスが告げたことは、彼を更に動揺させるのに十分な内容だった。

 

「事情はある程度分かっておる。お主ら、仲間を溶かされたな?」

「――っ!?

 知ってるのか!?」

 

 彼が尋ねると、エスコドゥスは眉根を寄せて答えた。

 

「それなりにな。わしがあの地底湖、メイエを作った張本人ゆえに」

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