魔王vsパワードスーツ/魔王に滅ぼされかけた異世界の人々、26世紀のパワードスーツを召喚して反撃に出る 作:kadochika
周辺の悪魔の殲滅を終えたアケウは、メイエが地上に顔を出していた縦穴へと向かった。
メイエから攻撃された場合のことも考えてはいたが、今の地底湖は静かだった。
ディゼムとエスコドゥスとも合流すると、彼は通信を介して発言した。
「僕は悪魔――ルイストって呼ばれてたけど、メイエに潜ってそいつを探す」
「そいつ、まだここにいるのか?」
「配下の軍団らしい悪魔たちもいたから、自分だけ離れてるってことはないんじゃないかな。
盗み聞きした話から察するに、メイエをどうにかして取り込む方法を模索しているんだと思う」
「ま、離れてるとしてもこの地底湖が欲しいなら、何にせよ戻って来るか」
「ディゼムはエスコドゥスがメイエに潜っても同化されないよう、潜水服を取って来てくれ」
ディゼムは頷いて、
「あぁ。このお子様に潜水服を着せ終わったら、俺も悪魔探しに加わろうと思うが……
お前らは意見とかないか?」
『今は特にない』
『同じく。溶けた二人が気がかりです、急ぎましょう』
エクレルとプルイナが返答し、エスコドゥスは自身の身体をぱたぱたと触りながら項垂れた。
「まぁ今のわしはお子様か……そうだな……」
「よし、待ってなお嬢ちゃん!」
「おう、頼んだぞ!」
ディゼムも黒い鎧で、地底湖の底へと潜行を始めた。
その間も、メイエは不気味に沈黙している。
***
彼らには知る由もないが、メイエの沈黙は、悪魔ルイストの影響によるものだった。
ルイストは湖水の中を泳ぎ、無数に枝分かれした地底湖の奥深くへと隠れていた。
一方、メイエの湖水で満たされた地底湖の岩壁に、魔術紋様が描かれていく。
ルイストは自身の記憶の魔術を介してメイエを半ば自在に操っており、今はメイエ自身に、地底湖の湖底や岩壁に魔術紋様を描画させている最中だった。
魔術紋様の効果は、メイエそのものを、凝縮された魔宝に変換すること。
想定通りに発動すれば、地底湖メイエは拳ほどの大きさの宝玉となるだろう。
それを体内に取り込めば、彼がヌンハーを超える王配候補者になることも夢ではない。
だが、紋様の描画の最中に、メイエがルイストへと告げてきた。
(鎧たちが戻ってきた)
ルイストは地底湖に、改めて命じた。
(ダフニアどもは何をしていた。取り込め)
(取り込めない。魔術の鎧ではないようだ)
即答するメイエに苛立ちながら、ルイストは考えた。
(魔術の鎧ではない、だと……ならば何だというのだ。
なぜヒトごときがそんなものを持っている……?)
(鎧たちが更に深く、我々の中に入ってきた)
(いいから潰してしまえ!)
メイエに更に命じるも、その答えは芳しくない。
(……無理だ。相当に硬い)
(何だと……)
想像以上の威力を感じ、ルイストは憤りながら決意した。
(私が出るしかないというのか……おのれ!)
これも、彼が王配となるための試練だというのか。
魔王の祝福を信じて、彼は地底湖を泳ぎ進んだ。
***
ディゼムは地底湖を潜行する黒い鎧の中で思い至り、思わず口にした。
「あ! 潜水服持ってっても着替える場所がねぇか……?」
『保護セルを浮上させて、内部を排水して着替えてもらいましょう。
ずぶ濡れだとは思いますが』
「しゃあねぇ、そうすっか」
彼はプルイナと共に湖底に沈没した保護セルへと近づくが、その時、黒い鎧が警告音を発した。
プルイナが鎧の関節をロックしているのか手足を動かせず、ディゼムは戦慄しかけて尋ねる。
「お、おいどうした?」
『原因不明の超高圧を検知。
本機は現在、周囲の湖水から1500気圧ほどの力で押し包まれています』
「まずいのか?」
『許容範囲内ですが、行動が制限されます』
「保護セルは大丈夫かよ?」
『そちらは問題ないようです』
そして数分ほども経つと、不意にプルイナがアナウンスした。
『原因は不明ですが、高圧状態が解除されました。
警戒しつつ、今のうちに保護セルを浮上させましょう』
「おう」
ディゼムは黒い鎧を動かして、湖底に沈みこんだ保護セルの下へと潜り込んだ。
そして水中モードに移行したスラスターを作動させ、ゆっくりと上へ押し出す。
保護セルには高度一万メートルを有人で飛行可能な気密性能があったが、入り口を解放してファリーハを降機させた際にメイエの波に巻き込まれたため、それらは全く意味を為さなかっただろう。
さすがに自動で排水する機能なども付いてはいないため、ディゼムが保護セルを湖面に押し上げるには、多少の時間を要した。
「すごいな、異世界の鎧は……!」
岸辺で待っていたエスコドゥスの驚く声が聞こえてくる。
「エスコ、悪りぃが十歩ばかし、下がってくれるか」
略して呼ばれても気にせず、彼女は言われた通りに後ずさる。
「こうか?」
「そんなもんだな。こいつを岸に寄せるから、ぶつからねぇようにな!」
ディゼムは鎧のスラスターを切り替えて湖面から空中へと浮かび上がり、保護セルの背面に設置されたハンドルを持って移動させていった。
保護セルの中は水浸しになっていたが、黒い鎧が内部に入り、水分を物質資源として吸収した。
結果として、保護セルの中は『びしょぬれ』程度で済む状態となった。
格納庫にあった潜水服を回収して、プルイナが黒い鎧の中からエスコドゥスに呼びかけた。
『潜水服を確保しました。しかし、先ほどのような超高圧に晒されるとなると、この軟式の潜水服では非常に危険ですね。
やはり彼女には、安全な場所で待っていてもらった方がよいでしょう』
エスコドゥスは保護セルの入り口から中を覗きつつ、それに反対する。
「待て待て、お主らだけで悪魔とメイエを相手にするつもりか?
侮ってはいかん。恐らく敵は、メイエを操って攻撃してくるぞ」
『先ほど、それらしき現象が発生していました。
やはり先ほどの超高圧は、攻撃だったと判断するべきでしょうね』
「ダメージはねぇか、プルイナ」
『問題ありません。あの規模の攻撃が本機に向けられるのであれば、具体的な被害はほぼ出ないと言えるでしょう。
報告が遅れましたが、アケウとエクレルも、同様の状況にあったようです』
彼らの会話を聞いて、エスコドゥスがその細い首をひねった。
「うん? 何か思ったより問題なさそうな感じか?」
「アケウ、そっちはどうだ?」
ディゼムが通信を介して訊ねると、アケウはすぐに答える。
「問題ない。悪魔がこっちに向かってる。
このまま接触して殿下たちを元に戻す方法を喋らせるか、状況次第では殺す」
「……無茶はするなよ。俺たちもいる」
敬愛する王女を奪われた彼の心情を慮って、ディゼムはそう言った。
「分かってる、ありがとう」
声を聴くに、アケウにも余裕はなさそうだったが。
***
宣言した通り、アケウは白い鎧と共に悪魔を追っていた。
無数に枝分かれした地底湖の中を、超音波と魔眼の複合探査で的確に進んでいく。
白い鎧の頭部に設置された増加装備“ルーシーズ・レンズ”は、アケウが頭部装甲を着装したままでも魔眼を使用できるため、こうした局面で非常に強力な効果を発揮した。
微小なバクテリアや動物プランクトンを除けばごく限られた生物しか存在しないこうした地底湖に、悪魔が紛れ込んでいる。
メイエ自体が魔力を帯びているため背景ノイズとなってはいたが、それでもアケウの魔眼は地底湖を泳ぐ悪魔を、光るシルエットのように認識できていた。
「エクレル、僕の見えてるものが分かるか」
『お前の目と脳をスキャンして、焦点距離はおおよそ把握している。
悪魔までの距離、推定約二百メートル』
「逃がさない……!」
と、そこで彼は、悪魔が自分に向かって泳ぎだすのを捉えた。
(来るのか?)
ならば捕らえるか、討ち取るのみ。
白い鎧の速度を上げたアケウは、悪魔へと接近するが、そこに。
『圧力、再度上昇』
「く、振りほどけないか!?」
『敵、接近!』
エクレルのアナウンスと共に、暗闇の中を敵が近づいてくる。
距離にして数メートルというところで、悪魔の口から光る粒子のようなものが放出されるのが見えた。
そのきらめきは湖水全体に伝わっていき、暗闇だった地底湖に光が広がっていく。
「……!!」
身構えるアケウだったが、しかし、何も起こらない。
彼は輝きの中を悪魔へと接近し、白い鎧の掌を触れた。
「ヴァリアブル・パラライザー!」
手首から伸びた針が悪魔へと刺さり、そこに向かって高圧電流が流れ込む。
「ぐぁあああッ!?」
悪魔が悲鳴を上げた。
そして脱力して水中に漂う悪魔を回収し、アケウはディゼムたちのいる場所へと合流した。
縛り上げた悪魔を説得すると、
「わかった……メイエを元に戻す……」
彼はそう言って、メイエにかけた洗脳を解いた。
すると、メイエに溶けていたファリーハとホウセも、元の姿に戻っているではないか。
「やりましたね、アケウ」
「ディゼム、あたしがいないうちに、そんな小さい子と仲良くしてたわけ~?」
「人聞きの悪そうな表現をするな!」
ファリーハは優しく微笑み、ディゼムとホウセもいつものように漫才をしている。
(ありがとう、異邦人たち。私も魔王退治に出来る限り協力しよう)
メイエの協力を取り付けて、彼らはインヘリト王国へと帰還した。
***
その時ファリーハは、ふと、我に返った。
(…………ここは……?)
ただ、我に返りはしたものの、現状が理解できなかった。
いま彼女はどこにいて、何をしていたのだったか?
(……何も分からない……!?)
意識だけはある。
だが、どうやら視界は無いようだった。
暗いのか明るいのかすら、判別できない。
そのような状態は経験が無く、ファリーハはひどく戸惑った。
が、そこに、声が聞こえる。
(お前は何者だ?)
それは果たして肉声だったのか、老若男女の判断のつかないものだった。
ただ、意味は明瞭に理解できるので、彼女は迷いつつ、返答した。
(ファリーハ・クレイリークと申します。
失礼ですが、あなたは……?)
恐る恐る尋ね返すと、すぐに返事が来る。
(我々は……魔の戦士メイエ)
(メイエ……!?
しかし、魔の戦士とは……低位ではない悪魔の自称だったはず)
(我々は魔の戦士……魔の王に仕えるために生きて、戦う者だ……)
ファリーハは、そこで、どうにか自身の現状を察していた。
ここは――と場所を指すべきなのか分からなかったが、彼女は今、恐らくは地底湖メイエに取り込まれた状態でいる。
人間を液化して一体化させてしまうような魔術が存在するのだから、新たに別の人間を取り込むこともできるのだろう。
確かホウセも、メイエから一度、そのような提案を受けたと言っていた。
(そう、ホウセも……!
彼女もわたくしの直前、メイエに飲み込まれていたはず……!?)
それを思い出して、ファリーハは愕然とした。
彼女たちはメイエに取り込まれて、液状化して混ざったのではなかったか。
視界が無く、メイエの声が届いてくる理由も、それで説明が付きそうに思える。
ならば彼女の後で、アケウたちも同様に取り込まれていてもおかしくはない。
ファリーハは動揺しつつ、分析した。
(とりあえず、まだわたくしは個人の意識を保てているはず……
ならばホウセたちもどこかに……?
どうすれば……メイエ! 何か知りはしませんか!?)
そう尋ねてみると、
(知っている……知っているが……何故だ……おぉおおお……)
ファリーハの意識の周囲から、苦悶が直接伝わってくる。
激しく、生々しい感覚だった。
そうした反応を見るに、メイエから正常な説明を聞くことはできないように思われた。
(……ならば、何とか自分で足搔いてみるしかない……!)
ファリーハは決意した。
彼女が人間に戻る方法は、あるはずだ。
メイエになった人々も、元の姿に戻る希望も無しに液化したわけではない――そう思いたい。
希望的観測に過ぎないが、その方法は存在していると仮定するべきだろう。
少なくとも、このまま溶けて漂っているよりは、そう考えて抗うべきだ。
ファリーハには、己に課した義務がある。
旧世界から悪魔を退け、人類の世界を取り戻すという義務が。
(……それ以外にも、やりたいことだってある……!)
彼女はそう付け加えて、メイエの中を探り始めた。