魔王vsパワードスーツ/魔王に滅ぼされかけた異世界の人々、26世紀のパワードスーツを召喚して反撃に出る   作:kadochika

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6.6.人湖の揺動

 子供の頃から、アケウは親友だった。

 だが、何をしてもディゼムは、彼には勝てなかった。

 運動をしても、座学をしても、アケウが長じていた。

 そうした状況に、鬱屈を覚えることがなかったわけではない。

 だが、アケウはひたすらに、善良な男だった。

 多少生真面目すぎるきらいはあったが、そこも美点ではある。

 

「ディゼム、大丈夫かい?」

「ディゼム、あんなの気にすることないよ」

「ディゼム、これ面白いよ。読んでみて」

「ディゼム、困ってることがあれば、言ってくれよ?」

 

 だが、ディゼムは心の底で、そんな優れた彼を妬んでいたのかも知れない。

 同じように偶然から異世界の鎧に選ばれても、彼は優れていた。

 的確に行動し、人に愛され、更には王女の信頼を受けている。

 それに引き換え、ディゼムはどうだったか。

 取り戻したとはいえ一度は黒い鎧を悪魔に奪われ、その行動は不格好で、見苦しい。

 アケウはエクレルと何だかんだとうまくやっているが、ディゼムはプルイナの足かせになってはいないか?

 ディゼムには祖父母はいたが、父を知らず、母もよく知らない。

 異世界の鎧という下駄を履いても、このような差異が生じてしまうのは、彼が人として、生物として、アケウに対し根本的に劣っているからではないのか?

 

「ディゼム、何でそんなこと言うのさ。そんなことないって」

(うるせぇ)

 

 彼を慰めるアケウに、ディゼムは思わずそう言ってしまう。

 

(俺は、お前みたいにはなれねぇんだよ)

「どうして? 一緒に戦ってきたじゃないか」

(それが何かの間違いだってんだよ!

 お前はともかく、俺にはホントは、そんな資質とか、資格とか……ねぇんだよ)

 

 アケウは強く優しく、眩しい。

 それに比べて自分の、何と卑屈なことか。

 ホウセも言っている。

 

「そんなにうじうじしてる男は嫌いだなぁ」

 

 プルイナも言っている。

 

『その姿勢は評価できません。本機の着装者はもっと英邁(えいまい)であるべきです』

 

 ディゼムはいつの間にか、自分以外の誰かが黒い鎧を着て、戦っているところを外から見ていた。

 悪魔は蹴散らされ、人々は喝采する。

 

(ほれ見ろ……俺じゃねぇ方が上手くやってやがるじゃねぇかよ)

 

 彼は石のようにうずくまり、いつしかその表面は苔むして、誰も顧みない暗がりの奥へと後退していった。

 

***

 

 アケウたちは戦いの果てに、人類は地上から悪魔を一掃した。

 人々は未開同然に戻っていた土地を再開拓し、版図を広げ直してゆく。

 ディゼムは戦後は英雄として叙勲され、ホウセも魔術戦士として名が知れるようになった。

 ファリーハはますます仕事が増え、健康に気を使いつつも忙しく働いている。

 エクレルとプルイナは約束通り、送還術によって元の世界に帰還した。

 名残惜しくはあったが、仕方のないことだ。

 アケウも報奨金を元手に食事処を開いたが、しかしこれが上手く行かない。

 料理の修行もしたはずなのだが、いくら努力を重ねても売り上げは良くならず、賃料を払えず引き払うこととなってしまった。

 実家の家族は開拓地へと移住してしまい、容易には頼れない。

 苦境に耐えつつ狭い借家で暮らしていた、そんな彼の許に、ある日報せが届いた。

 

 ――親愛なるアケウへ。

 恥ずかしながら、多忙にてご無沙汰しております。あなたはいかがお過ごしでしょうか。

 早速ではありますが、わたくしファリーハ・クレイリークはこの度、某国の王子殿下と結婚する運びとなりました。

 

「……ッ!?」

 

 一度それを読むなり力が抜けて、彼はその場にくずおれた。

 文面の与えた衝撃が、足腰を無音で砕いたかのようだ。

 

(殿下が……)

 

 ファリーハが、結婚する。

 それは、考えただけで気が遠くなるような概念だった。

 慶事である。理性ではそう理解できる。

 だが心のどこかが、それを認めまいと暴れているのが分かる。

 

(いや……彼女が認めた相手なんだ……大丈夫に違いない……!)

 

 そう自分に言い聞かせて、文面の続きを心して読むと、こうあった。

 

 ――つきましては、この度開催いたします婚儀に、あなたを招待申し上げたく存じます。

 わたくしの新たな門出を、是非とも、あなたに(よみ)して頂きたい次第です。

 どうか我が夫と嫁ぎ先の国を、よろしくお願い申し上げます。ファリーハ・クレイリークより。

 

(…………ッッ!?!?)

 

 彼は、言葉が出なかった。

 こうした時に形にすべき概念が、心の中に浮かばない。

 周囲の世界が形状と色彩とを失って、無色の混沌になり果てる。

 これが、放心状態というものか。

 そこに、すっと声が入り込んでくる。

 

『なぜ苦しむ、アケウ?』

「……!? エクレル!?」

 

 そこには、純白の装甲をした全身鎧が佇んでいた。

 異世界に帰ったはずの、彼の相棒が。

 白い鎧は鈴の鳴るような高い声で、彼に告げた。

 

『お前のことが気がかりでな、戻ってきた』

 

 戻ってきた? そんな簡単に?

 だがそんな疑問を他所に、彼女は問いかける。

 

『それより、どうなっている? お前は世界を救ったはずだろう?

 命がけで働いた分、報われなければならない。

 なのに何故だ?

 今のお前は、不幸のどん底にいるように見える』

 

 アケウは声を振り絞って、答えた。

 

「そんなことは……ないよ。

 ディゼムも、ホウセも、殿下も……みんなそれぞれ幸せになろうとしてるんだ……

 何も間違ってなんか……」

『本当にそうか?

 ならばなぜ、誰もお前を助けてくれない?』

 

 白い鎧は、両手を左右に広げて更に問う。

 

『こんな世界が間違っていないと、なぜ断言できる?』

「だって、そんなの前提が……おかしいっていうか……」

『当機は悲しいぞ。自分が不幸になっているというのに、お前はこの世界を庇うんだな』

「別に、庇うとかそんなんじゃ……自分が不幸だからって、世の中のせいにするのは正しくない――」

『それは両親か、それとも恩師の教えかな? だが当機はそうは思わないぞ』

 

 するとその言葉には、抗いがたい魅力があるように思われてきた。

 白い鎧は、言葉を止めない。

 

『アケウ。お前が世界の方を正しいと感じるのは自由だが、もしその世界が間違っていたらどうする?

 もし人類ではなく、悪魔が正しいとしたら、お前は悪魔たちを尊重するのか?』

「それはおかしい! エクレル、どうしたん――」

 

 その時、白い鎧がバラバラになって、彼へと襲い掛かった。

 

『さぁ、その邪魔な殻を脱ぎ捨ててしまえ!

 そんなもの、お前には不要だ!!』

「エクレル!?」

 

 彼は絶句しつつも、ただただ当惑するしかなかった。

 

***

 

 ファリーハは地底湖の中をさまよいつつも、呼びかけていた。

 

(メイエ、地底湖のメイエ! わたくしの言葉をどうか、聞いてください!)

(うぅううう……)

(あなた方は悪魔などではありません! 悪魔に追われて姿形を失っただけの、真正の人間です!

 思い出して! あなた方の思い出を!

 互いに心を通わせた、ホウセという娘のことを!)

(わ、我々は、魔の戦士……!)

 

 十数度ほどもそうした問答を繰り返して、ファリーハは一度、考え直した。

 

(これはもしかしたら、ただ呼びかけるだけでは意味がないのかも知れない……

 もっと根本的、魔術的に、メイエに対して働きかけることが必要なのでは?)

 

 だが、その手段は見当が付かない――

 

(いえ、わたくしには、魔術がある!)

 

 そう、彼女には、思い当たる所があった。

 

(翻訳の魔術なら……!)

 

 それは、彼女が異世界から召喚された相手と言葉を交わすために培った魔術だった。

 自身と相手、二者の意図を繋げる魔術を、応用したならば――

 ――あるいはメイエにもっと強く、確かに言葉を届けることもできるのではないだろうか?

 

(やってみる価値はある……

 言の葉の橋よ、橋渡る言の葉よ!)

 

 呪文を媒体とする魔術には、本来ならば魔術師の血液と肉声が必要だ。

 だが、この試みは結果的、部分的に成功を見た。

 魔術はファリーハの心とメイエの心とをより強く接続し、メイエの思惟がファリーハへと流れ込む、情報の濁流を引き起こした。

 押し寄せる巨大な意識と思考に、彼女は驚愕する。

 

(げぇっ、これはもしや逆効果!?)

 

 もしや、これは彼女の意識がメイエに溶けて消えるのを後押ししただけなのか。

 ファリーハの意識は、薄れていった。

 

***

 

 時を同じくして、ホウセもまた、茫洋と漂っていた。

 

(う、うかつ……強制同化されるなんて……)

 

 だが、メイエとホウセの魔力の量の差を考えれば、致し方のない所ではある。

 一行の中で最初に同化されてしまったホウセにとっては、他の三人と鎧たちがどうなったかなどは関知する術がない。

 

(……でもまだ、意識はある……!)

 

 拳を握り込むつもりで――無論いまは肉体がないのだが――意気込むホウセの意識に、しかし、何かが聞こえてきた。

 

(ぉぉぃ……!)

(……? 気のせいかな?)

 

 声と思えるそれは、徐々に大きくなってくる気がした。

 

(おぉい! ホウセよ、いるかぁ!)

(……誰の声? 悪魔の罠じゃないよね……?)

 

 そちらに意識を向けると、自然と体が動く――ような気がした。

 

(確かめておく必要はあるかも)

 

 そう考えた彼女の意識が、湖水の中を漂っていくと。

 

(おぉ、ホウセ!!)

 

 彼女の意識が、何かに突き当たる。

 ごく近い距離で接しているのか、その声はひどく大きく聞こえた。

 声は、ホウセに対して続けて言う。

 

(わしはエスコドゥス……こうして直接話したことはなかったが……

 この地底湖メイエを生み出した魔術師だ! 分かるか?)

 

 今のホウセには、自分が溶け込んだ水の塊が、何やら物体を包み込んでいるらしいことが理解できた。

 液体化した人間の感覚に慣れてくるとは、こういうことなのだろうか?

 だがとりあえず今は、害はないらしいその相手に、尋ね返す。

 

(えーと、誰?)

(知らんかぁ、知らんよなぁ……まぁいいわい。

 今、お主らの仲間が難儀している! 理解できるか!?)

 

 ホウセは思い当たって、それを意識した。

 

(あっ……もしかして、あたしと同じことになっちゃってる?)

(娘の方はそうだが、男子二人は鎧に守られて無事だ!

 わしは今、彼らの助けを借りて、メイエに潜ってお主に接触しているのだが……)

 

 エスコドゥスなる意識はそう言って、彼女に提案する。

 

(メイエから伝わってくる意識の波を感じ取るに、お主の仲間の娘が、何かやらかすつもりらしい。

 何とか彼女を助けるために、手助けをしてはくれんか?)

(手助けって、具体的にはどうするの?)

(お主らはまだ、メイエに完全に溶けきってはおらん。溶けたばかりで、自我が強く残っている。

 だが今は敢えてお主とメイエとの自我の境界を繋げて、お主がもう一人を援護できるようにする!)

 

 それは妥当なようでもあり、不安を感じる内容でもあった。

 ホウセはエスコドゥスに尋ねる。

 

(大丈夫かな、っていうか、あなたも危険じゃない?

 メイエに敵だと判断されるかも)

(今のメイエは、判断を悪魔に委ねておる状態と見た。

 湖水に入ったわしを即座に捻り潰していないのが、その証拠!

 お主も強い魔術師だ。お主らが強くメイエを揺さぶってくれれば、悪魔もそれに気づいて鎧の男子たちへの手出しが疎かになる!

 やってはくれんか!)

(ぃよし……こんな状態じゃ、出来ることも限られるしね。

 一肌脱ぐか!)

 

 ホウセはエスコドゥスに身を任せ――元より魔術以外に何かができる状態ではない――、メイエと接続した。

 

***

 

 メイエとは、五万人の人々が液化・合集して地底湖となった存在である。

 液化・合集は魔術師エスコドゥスの開発した魔術紋様の作用によって行われたが、これは本来、悪魔の脅威が去った時、元通り個別の人間の姿に立ち戻ることが前提となっていた。

 メイエはその気になりさえすれば、元の通り、五万人の人間の姿に戻ることもできるはずだった。

 だがしかし、ここには誤算があった。

 液化・合集した人々の意識が相互に強く作用しあい、同期してしまうことを予期していなかったのだ。

 これは、同じ壁に設置された多数の振り子同士の見せる挙動に似ていた。

 最初はバラバラに動いていても、振り子たちは壁を通して微細な振動を互いに伝えあい、最終的には完全に動きが同じになってしまう。

 メイエは150年の間、意図せずして同期を続けた。

 こうしてほとんど均一化しつつあったそこから、五万人の個々人を分離することは、果たして可能か?

 もし可能だとしても、均一化された五万人の人間が出現するだけではないか?

 メイエはそれを恐れていた。

 悪魔の魔術によって巨大な意識がたやすく変容してしまったのも、そのためだったかも知れない。

 ファリーハはメイエの記憶に翻弄されながら、そうした事実の一端を推測していた。

 

(急がなければ、わたくしも徐々に同期され始めている……!)

 

 彼女は翻訳の魔術でメイエと強く繋がったまま、訴えかけた。

 

(メイエ、地底湖のメイエ!

 聞いてください、あなた方は悪魔ではありません!)

 

 だが、すぐさま反論が返ってくる。

 

(それは違う、我々は魔の戦士だ)(我が友ルイストもそう言っている)

 

 その答えは一様で、不気味さを感じさせた。

 精神に働きかける魔術の効果と思われたが、均質化しつつあったとはいえ、五万人分の意識を変えてしまっている。

 恐るべきは悪魔の魔術、と言うべきか。

 ファリーハはしかし、ならば彼女にも同じことができると考えた。

 記憶操作ならば、矛盾を突けば、あるいは疑念が生じるのではないか。

 

(でしたら、語ってください! 友との思い出を!)

(思い出……?)(ルイストと……?)(何があっただろうか……?)

 

 どよめくような意識の波が、液化したファリーハを揺さぶった。

 彼女は怯みそうになるのを堪え、問いを続ける。

 

(ルイストは本当に、あなたの友ですか?

 互いに助け合い、心を許して語らい合えるような間柄でしたか?)

 

 ルイストがメイエの精神に植え付けているのだから、悪魔にも友情か、それに近い概念はあるのだろう。

 だが、これまで悪魔の目から逃れていたメイエに、ルイストとの交友があるはずもない。

 五万人に相当する意識に、細かく友情の来歴を刻み込むことはしないだろうと踏んでの、これは一種の賭けだった。

 ともあれそれは、一定の効果を発揮したようだった。

 

(うぅううう……! 友……!!)

 

 メイエが激しく揺れ動き、湖水が大きく震えた。

 そこに、別の声が響く。

 

(そうだよ! 本当に友達だったら、あなたたちに偉そうに指図なんてしないはずでしょ!)

 

 それは、ホウセの声だった。無論肉声ではないが、ファリーハにはそう思えた。

 しかし、動揺するメイエの湖水を媒体として、更なる別の声が聞こえてきた。

 

(惑わされるなメイエ! お前は我が朋友、魔の戦士だ!

 そのようなヒトどもの言葉などかき消して、完全に取り込んでしまえ!)

 

 悪魔ルイストが、ファリーハたちの干渉に気づいたのだろう。

 だが、矛盾する二つの情報を突き付けられたメイエは、苦悶で更に揺れた。

 

(うぐぉおおお……!!)

 

 地底湖が、心身を激しく震わせていく。

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