魔王vsパワードスーツ/魔王に滅ぼされかけた異世界の人々、26世紀のパワードスーツを召喚して反撃に出る   作:kadochika

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6.9.悪魔の小麦畑

 エスコドゥスがメイエの中に具象化したのは、人々の営みだった。

 無造作にある街並み、行き交う人々、あるいは雑多な騒がしさ。

 それは、現実でも見られる光景であると思えた。

 メイエに溶け込んでいる人々の姿を見られるようにしたなら、このようになるということだろう。

 ただ、同期が進んでいるということだった。

 恐らく、この人々の心の中はほとんど同一になっているということか。

 ファリーハとホウセは街並みを歩きながら、悪魔の姿を探した。

 

「……それらしき影はありませんね」

「五万人いる訳だから、しらみつぶしってわけにも行かないよね。

 何かいい方法があるはず」

「悪魔はメイエを支配しようとしていましたね。

 ならば、人々を支配下に置こうと行動している……?」

 

 思案する二人の耳に、声が聞こえてきた。

 

「いかがですかー! 無料ですよー!」

 

 声のする方を見ると十字路があり、そこに立って道行く人々に、何かを配っている男がいた。

 首から下げた大きな平籠に載せているのは、どうもパンらしい。

 焼きたてだというのか、やたらと鼻をくすぐる芳香が漂ってくる。

 ホウセが半眼で、ファリーハに問いかけた。

 

「怪しい……行ってみる?」

「そうしましょう。まずはわたくしが」

 

 二人は近づいて、ファリーハが先行して男に接触した。

 

「すみません、お一ついただけますでしょうか?」

「いくつでもどうぞー!」

 

 男が微笑んで平籠を差し出すので、ファリーハはそこからパンを一つ、手に取ってみた。

 真紅の鎧に身を包んだホウセに向かって真剣に、告げる。

 

「食べてみますよ、ホウセ?」

「うん」

 

 そして、一かけらを千切って口にする。

 同時、香りと共に柔和な塩の味が舌の上に広がり、ファリーハは唸った。

 

「む……おいしい……!?」

「そ、そう? まぁあたしはお腹空いてないから、いいかな」

 

 それを見たホウセはやや興味を示すものの、パンを食べようという気にはならないようだった。

 ファリーハは彼女の目を見て、告げる。

 

「それよりホウセ」

「何?」

「あなたも悪魔になりませんか?」

「ファリーハ!!」

「ぶふ!?」

 

 真紅の鎧に強く頬をはたかれ、ファリーハは転倒した。

 そこで彼女は自分の口にした言葉の意味に思い至り、痛む頬を押さえつつ、愕然とする。

 

「は……!? わたくしはいま何と……!?」

 

 ホウセが地面に転がった食べかけのパンを指さして、叫んだ。

 

「それ! 食べた人の自認が、悪魔になるパンじゃないの!?

 パンを配って、他の人たちの認識も悪魔に変えようとしてるんだ、多分!」

 

 彼女は駆けだして、パンを配っていた男を殴り倒した。

 

「悪魔退散!」

「ぐはぁッ!? ……お、俺はいま何を……!?」

 

 パンが散らばり、正気に戻ったらしき彼はそこから去っていった。

 これらの一連の出来事は、あくまでエスコドゥスによる具象化の結果としてそう見えるに過ぎないのだろう。

 実際には、液化したままの二人が、悪魔の意識を広めている人間の意識の一つを、魔術で正気に戻したといったところか。

 ファリーハは立ち上がりつつ、うめいた。

 

「悪魔の支配が広がっているようですね……早く本体を探し出さないと」 

 

 二人の腰から下がったスクロールも、焼けて徐々に短くなっていた。

 今の長さは脛の中ほどで、残された時間が更に減っているようだ。

 ホウセが、思案する。

 

「パンで悪魔の心を広めてるなら、パンの工房を探せばいいのかな?」

「……あそこに煙が上がっていますね」

「行ってみよう!」

 

 そして二人は、途中で遭遇した悪魔のパンの売り子たちを殴打――もとい正気に戻しつつ、煙突から煙の上がる工房に辿り着いた。

 しかしそこは既に情報が回っていたのか、数十もの人間たちによって守りが固められていた。

 掃除用具や角材など、雑多な武器を持って立ちはだかる人々を睨んで、ホウセが言う。

 

「突っ込むよ、ファリーハ!」

「え、しかし、この人数相手にわたくしでは足手まといに……」

 

 するとそこに、エスコドゥスの声が届く。

 

(ここは具象化魔術の世界だから、自分が強くなれる何かをイメージしてみなさい)

「む、そうですね……?」

 

 強いものとは何か。

 折れず、曲がらず、強靭なる。

 彼女が具体的にそうした存在を思い浮かべると、それは形となって表れた。

 

「――!?」

 

 見ればファリーハの両手両足の先が、純白の鎧に包まれているではないか。

 彼女の体格に合わせてやや小さいが、エクレルの宿る白い鎧と同じ形状をしている。

 それを見て取ったホウセが、にやりと笑った。

 

「ふーん、アケウとお揃いがいいんだ?」

「茶化さないでください!」

「まぁいいでしょ、行くよ!」

 

 恥じらうファリーハを誘って、ホウセが飛び出す。

 二人は守備の人々を蹴散らし――もとい正気に戻しながら、悪魔のパン工房へと突入していった。

 そして程なく、悪魔のパンの製造拠点は壊滅した。

 瓦礫の山と化した工房の跡地で、ファリーハは額の汗をぬぐった。

 

「……悪魔はいませんでしたね」

「工房長も知らないみたいだし……どこにいるんだろう」

 

 彼女たちの腰から下がったスクロールは、火にゆっくりと蝕まれ続け、更に短くなっている。

 するとそこに、がらがらと砂利道を噛んで、荷馬車の列がやって来た。

 

「こ、工房がー!」「誰だこんなことをするのは!」

 

 荷馬車の御者と、帯同してきた人足たちが愕然とする。

 ファリーハは彼らを見て、思い当たった。

 考えてみれば、パンを作るには工房より前の工程があるのだ。

 

「パンの原料、即ち小麦粉……!」

「ってことは、悪魔の粉挽小屋とか、悪魔の小麦畑があるってこと……!?」

 

 バカバカしいと言いたげに頭を掻くホウセに、彼女は提案した。

 

「風車か川を探しましょう、その近くに小麦畑もあるはず――」

 

 そう言うとファリーハは、念じて空からそれらを探そうと試みた。

 アケウがやっていたように、足からのスラスター噴射で飛べるはず――が、飛べない。

 それを見たホウセが、彼女に告げる。

 

「あ、ごめん。言うの忘れてたけど、飛んで空から探すのは無理みたいだよ。あたしも飛べなくなってるから」

 

 そこに溶けてはいても未だ個を保っている状態では、メイエの意識全体を俯瞰することはできないのだろう。

 ファリーハは気を取り直して、小麦粉を乗せた荷馬車へと近づいた。

 

「ならば――失敬!」

 

 馬を荷馬車に繋ぐハーネスを引きちぎり、馬にまたがり御者から手綱を奪い取る。

 乗馬の心得はある。荷馬車の馬なので(あぶみ)はないが、そこは具象化魔術の世界ということで構わないだろう。

 

「ホウセ、後ろに乗って!」

「あっ、あたし馬乗ったことない――」

「今はそんなことを言っている場合ではなく!」

 

 ファリーハはホウセの側まで馬を早足で歩かせて、彼女を馬上へと引っ張り上げた。

 二人乗りで疾走させることになる――現実ならば、馬の負担が大きいのでさせるべきではない――が、やはり具象化魔術の世界ということで、ファリーハは馬に陳謝した。

 彼女は馬の横腹にかかとで軽く触れ、馬を発進させる。

 荷馬車の(わだち)を遡っていけば、原料の生産地、もしくはその近くへと辿り着くはずだ。

 

***

 

 悪魔ルイストの朝は早い。

 蒔いた種から手間暇かけて育てた小麦を、いよいよ収穫するのだ。

 刈り取った麦は乾燥させて脱穀し、篩にかけて、病気や害虫に侵されていない良い実を選ぶ。

 そうして集まった小麦の実は、粉挽小屋で小麦粉となり、そこから工房でパンに加工され、売り子を通じてヒトどもの口に上るのだ。

 こうして悪魔の心は、地底湖の中に順調に広がり続けている。

 これぞ、労働の喜びというものだ。

 ルイストは小屋の外で、一仕事を終えた心地よさに大きく息を吐いた。

 

「ふーっ!」

「お黙りなさい、このド外道ーっ!!」

「ぼふぁあああっ!?」

 

 白い鎧に覆われた脚からの飛び蹴りを食らって、ルイストは刈り入れの終わった小麦畑へと大きく吹き飛んだ。

 蹴りを放ったのは、馬でそこに駆け付けたファリーハだ。

 彼女は転倒した悪魔を指さして、糾弾する。

 

「悪魔、悪あがきもここまでです!

 メイエを支配しようと魔術を行使するのを、今すぐお止めなさい!」

「く、バレてしまっては仕方がない……!」

 

 すると、起き上がったルイストを目がけ、辺り一帯の小麦畑から、刈り集められた小麦がわさわさと集まってくるではないか。

 悪魔はそれに覆われ、あっという間に形状も不明瞭な怪物と化してしまった。

 ルイストが、咆哮する。

 

「ヒトごときが、魔術で魔の戦士に勝てると思うなよ!」

「負けるものですか――わたくしには使命と、やりたいことがあるのです!」

「いやあの、あたしもいるからね?」

 

 身構えるファリーハの後ろで、ホウセがそう呟いた。

 

***

 

 地底湖の上空で、戦いが続いていた。

 

「爆炎よ、咲き乱れよ!」

 

 空色の悪魔の呪文に応じて、爆裂の魔術が空中に猛烈な勢いで連鎖する。

 黒い鎧は空中を激しく運動し、辛うじてこれを回避したが――

 

『近接警報!』

「くそッ――」

 

 銀色の悪魔が鋭角の運動を繰り返し、黒い鎧に突撃と離脱を繰り返した。

 その手に持っている剣は恐ろしく鋭く、強固で、黒い鎧の装甲に無数の傷が走る。

 同時に表面に描かれていた対呪いの魔術紋様が破壊され、意味をなさなくなった。

 

『魔術紋様、再計算――』

「呪毒よ、食いつけ!」

「させっかァッ!!」

 

 ディゼムはジャイガンティク・ゴーントレットを分離、スラスターを全開にして呪いの魔術を回避する。

 

『遠隔・攪乱機動』

 

 プルイナがその黒い巨腕を操作して、地表から魔術を投射していた空色の悪魔へと突撃させた。

 空色の悪魔がこれを回避した隙に、ディゼムは黒い鎧の速度を全開にしてそこへ追撃をかける。

 が、銀色の悪魔が高速で回り込んできて、それを阻んだ。

 

『エクスプローシヴ・ショット・シェルズ、行使!』

 

 そこを狙って、大地に着弾したジャイガンティク・ゴーントレットが、大型破砕散弾で迎撃する。

 これは銀色の悪魔に命中してその軌道を狂わせ、ディゼムも空色の悪魔へと魔拳を見舞う。

 

「うぉらッ!!」

 

 しかし空色の悪魔は跳躍して後退し、その威力を減殺する。

 

「マジかよ……!」

 

 ディゼムはすぐさま空中へと跳躍し、銀色の悪魔による背後からの攻撃をかろうじて回避した。

 埒が明かないどころか、押され気味だ。

 毒づきつつ、アケウの様子を気遣う。

 

「くっそ、アケウ、そっちはどうだ!?」

「厳しい……そっちと合流したいけど、させてくれない!」

 

 白い鎧の側も、二人の悪魔に苦戦していた。

 魔眼で魔術の予兆と軌道が読める点は有利といえたが、増加装備は全て使い切って分離している。

 

「光よ、飲み込め!」

 

 高速運動を繰り返す闇色の悪魔の口から閃光が走り、白い鎧の装甲を苛む。

 更にそこに緑色の悪魔が突撃してきて、両腕に備えた盾を叩きつけてきた。

 

「く――!」

 

 超小型とはいえ純粋水爆を防ぎきるその盾には魔術の効果もあるらしく、単なる突撃とは思えない威力が乗っている。

 白い鎧は大地に向かって吹き飛ぶが、アケウはスラスターの噴射で墜落を防ぎ、追撃をかわした。

 

(理想を言えばディゼムと協力して、一人ずつ孤立させて潰していくべきだ……

 でもそれは敵も分かってて、常に僕らに対して二対一で当たるように心がけてる……!

 そのための訓練を積んだ悪魔なのか……!?)

 

 実態は不明だったが、敵はアケウの意図など読んでいることだろう。

 彼が離脱してディゼムと合流しようという動きを見せれば、闇色の悪魔が先回りして、緑色の悪魔もそれを阻もうと魔術を置いてくる。

 

『これを破るには、何か不意を衝く奇策が必要かも知れん』

「奇策……奇策か……!」

 

 アケウは戦いに集中しつつ、それが思い浮かばない自分に歯噛みした。

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