魔王vsパワードスーツ/魔王に滅ぼされかけた異世界の人々、26世紀のパワードスーツを召喚して反撃に出る 作:kadochika
悪魔たちは、ダメージを受けて撤退していた。
キノコ雲を背にして飛びながら、闇色の悪魔、ゴウンドがうめく。
「何なんだよ、あれ……!」
その両足に掴まってぶら下がっている空色の悪魔、カーモがうめき返した。
「知るかよ……!」
「それより、諸君らは城に帰って傷を癒せ……私としたことが、敵を見誤った」
銀色の悪魔、ヌンハーがそう呼びかける。
あの大爆発を防御した緑色の悪魔、ドロッズは盾ごと両腕を失う重傷を負って、今はヌンハーに背負われたまま気を失っていた。
他の三人も、ドロッズの防御で直撃は免れたとはいえ、爆心近くにいたため大きな火傷を負っている。
彼らは力なく空を飛びながら、花咲く山々にそびえる魔王の居城を目指した。
***
地底湖の入り口で、アケウはエスコドゥスから事実を聞かされ、
ファリーハは、メイエに溶け果てて、もう元には戻れない。
それを知ったアケウの口からこぼれるのは、現実を認めまいとする言葉だけだ。
「嘘だ……そんな……」
「本当にすまない。わしの力が及ばんばかりにな……」
エスコドゥスが、ぶかぶかの潜水服を着たまま陳謝する。
アケウは白い鎧の兜を脱いで彼女に詰め寄り、迫って言った。
「何とか……何とかできないのか、エスコドゥス!
君が今そうしているみたいに! まだ何か!
僕にも手伝えることがあるんじゃないのか!?」
地底湖に、悲鳴じみた彼の声がこだまする。
エスコドゥスはアケウから目を逸らさず、しかしその提案を否定した。
「すまんが、わしが個を保って分離できるのは、いざという時にメイエに生じた異常を治すための措置であってな。
そうでないファリーハの肉体を無理矢理分離しても、その記憶と人格はメイエから分割しただけの、均質なものになってしまう。
お主らがそれで構わないというなら、やってもみようが……」
「あぁあああッ!!!」
彼が鎧の拳を足場の岩肌に打ち付けると、またも音が反響する。
「…………」
ディゼムとホウセは、それに対して何も言えないままだ。
「クソっ、どうしてッ……何でだぁッ……!!」
アケウの目から、涙が溢れ出る。
「殿下……!」
嗚咽が、地底湖の岩壁に反響した。
その姿を不憫に思ったか、エスコドゥスが彼に声をかける。
「……賭けてみるか? アケウよ」
彼は顔を上げて、その言葉を繰り返した。
「賭ける……?」
「失敗しても構わないというのであれば、まだ可能性がないわけではない。
メイエを救ってくれたお主らが、出来ることをやっておきたいと願うのならばな。
もっともわしは、失敗すると思っているが……」
「それでいい、やろう。僕は何をすればいい……?」
彼は涙をぬぐい、立ち上がってそう言った。
***
ファリーハは、自分の心身が広大な何かに溶け込んでいくのを感じていた。
それは決して、悪い心地ではない。
悲しみも苦しみも、全てが薄らいで、安らかになっていくかのようだ。
(…………やり残したことはあったけれど……)
それは重大な仕事だったが、しかし、ならば、誰かが後を継いでくれるはずだ。
心配するべきことはない。国民たちは優秀だ。
彼女は自分にできることを、やるべき時にやり遂げた。道半ばとはいえ、だ。
人はいつか、終わってしまうものだ。大抵、何かの途中のまま。
自分も、その一人に過ぎまい。
ならば、心残りに何の意味があろうか?
「殿下――!」
(…………?)
ふと、声が聞こえた気がした。
自分を呼ぶ声が。
それに、応えるべきだろうか?
いや、応えたい気持ちはある。
だが、心は広大な湖に溶け広がってしまい、立つべき形を成そうとしない。
それより今は、安らかな気分なのだ。
波風の立たぬ凪いだ水面に身を任せ、漂っていてもいいのではないか。
このままただ、目を閉じていてもいい。
そのはずだ――
***
「殿下! ファリーハ王女殿下!
僕らの声に、お応えください……!」
捧げるように、白木の拵えのナイフを両手で持って、アケウは地底湖に身を浸していた。
今の彼は身一つで、白い鎧を脱いでいる。
ディゼムとホウセも、それぞれ素手を地底湖に浸して、祈っていた。
「姫様……アケウのためにも、戻ってきてくれ!」
「ファリーハ、借りたお金、返すから……!」
そこに合わせてエクレルとプルイナも、祈るという行為をエミュレートしていた。
『果たして当機の思念とやらが、届くのかどうか。
全くの無駄になってはいないだろうな』
『それでも、我々アルファ級汎用人工知能には、宗教的な概念を理解する能力が与えられています。
祈ることができるのならば、仲間のためにそれをするのは、善いことです』
『悪いとは言わないさ。できることなら戻って来い、ファリーハ』
『我々を送還するためにも、あなたの力は無視できません。戻ってきてください、ファリーハ』
「聞こえておるか、王女様よ。お主の帰りを願う心を、無下にしないでやってくれ……!」
エスコドゥスの魔術を介して、彼らの祈り、念じる心は、地底湖メイエへと溶け広がっていく。
***
「おひいさま、やりましたね! おめでとうございます!!」
ファリーハが初めて魔術を成功させた時、喜んでくれた乳母の顔を覚えている。
中々要領が掴めずべそをかいていた彼女――当時は六歳といったところか――に、根気強く付き合ってくれたものだ。
魔術で身を立てようと決めたのは、その時だったかも知れない。
「我々は、ただ生きているだけではいけない。
国民の手本になるんだ。善く生き、正しく生き、そしてできることなら美しく。
まぁ、最後については余力があれば、で構わないが」
太子である父の言うことは、正直なところ、当時は実感を欠いた。
彼が言っていることを自分なりに理解できるようになったのは、十年ほども後のことだった。
「おめでと~ファリーハ。王族なのにわざわざ忙しい官僚になるなんて、私には理解できないけど」
ファリーハが魔術官僚になることが決まった時、姉であるシャーディヤのかけた言葉はそのようなものだった。
それに対し、当時彼女は、憤慨したのを覚えている。
歌手になりたいと日程に歌のレッスンばかりを入れている姉に、そのようなことを言われる筋合いはない。
もっとも、ファリーハが弱冠十四歳で魔術省の補佐官になれたのは、王族という出自も踏まえてのことだったのは間違いないのだが。
「今こそ我々は、未完成のまま残された救世主召喚の魔術紋様を完成させるべきです。
国民の衣食住、全てが閉塞しつつあるこの状況を打破するには、旧世界の領土を奪還する以外に方法はありません!」
それは決して、彼女が主導したというわけではない。
元から流れとして存在していた人口問題を解決するために、旧世界の再開拓は急務だとする意見も強かった。
だが、救世主召喚が理論上可能であるということを示し、予算の可決を受けて実際に紋様を設計するまでには、かなりの時間を要した。
ともあれ召喚は成功し、旧世界奪還計画が始動することとなる。
ファリーハは、自分がそうした記憶を反芻していることに気づいた。
(……これは、わたくしの思い出……?)
十八年――いや、もうすぐ十九年か――の人生の半分ほどを、彼女は己の課した使命に費やしてきた。
王族として、魔術官として、出来る限りのことをしてきた。
そこに後悔はない。
(……………………)
いや、本当にそうか?
本当に、王家や祖先、そして己の誇りにかけて、そうだと断言できるだろうか?
「殿下、ここは僕が支払いをさせていただきます!
取り立てて頂いたおかげで、こんな真似をする余裕もでてきたということを、ご覧頂きたいのです!」
「いえあの……まぁ、あなたがそう言ってくれるのでしたら、お言葉に甘えて……」
息巻くアケウ。そうした生真面目さも、愛おしく感じる――
それを思い出し、ファリーハの未練は少しばかり強まった。
(そうでした……わたくしにだって、わたくしだけの、やりたいことが……)
だが、彼女は力尽きかけてもいた。
立ち上がりたいと思ってはいても、身体が動かない。
こんなはずではなかった――こんなはずでは。
彼女の意識は未練も空しく、湖水に溶けていく。
するとその時、声が、聞こえた。
「あらザンネ~ン? ま、働きづくめだったし、あんたは休んでたら?
そうやってバターみたいに溶けてるのがお似合いよ?
私が歌で国を盛り上げてくのを、そこで黙ってみてなさいな」
「…………」
今際の際に、もっとも聞きたくない声を聞いた気がする。
しかしその不快感も薄らいでいき――
「残されたアケウくんは私がお・い・し・く♡ いただいちゃうから!
お疲れちゃ~ん♪」
「こっ――」
ファリーハは激怒した。
「この、クソバカあばずれ女がぁぁぁぁぁッ――――!!!!!」
必ず、かの傍若無人の毒婦を除かねばならぬと決意した。
そこで、彼女の意識は一度、途切れる。
***
メイエの畔で一行がファリーハの分離復活を試み始めてから、一時間ほどが経った。
QGPカノンの爆発がもたらした噴煙も止んで、今の地底湖は再び、静寂が支配している。
湖水に浸かったまま祈り続けていたアケウが、ふと弱音を口にする。
「駄目なのか……?」
『諦めるな、何度でも呼びかけろ』
「あぁ……!」
エクレルの叱咤に、彼は気を取り直してメイエに対して祈り続ける。
そこに、湖水の中から黒い鎧が現れ、中からディゼムとプルイナが報告した。
「こっちは一区切りだ」
『転移の紋様は準備を完了しました。
あとはインヘリト側で受け入れ準備が完了すれば、メイエを丸ごと転移させることができます――
受け入れ準備にはまだしばらくかかりますが』
「お疲れ様」
彼らを労うホウセも、真紅の鎧を着たまま湖水に浸かっている。
魔術の鎧がそのまま思念を通すので、脱ぐ必要が無いのだ。
「あとはファリーハを元に戻すだけ、なんだけど……」
「殿下……!」
強く目を閉じて、アケウは更に祈った。
しかし、そこでプルイナが、凶事を伝えてきた。
『……残念ですが、時間切れのようです。悪魔の軍勢が接近しています』
「……ならば、転移をやってもらうかのう。インヘリトに行ったら、わしも改めて溶け直そう」
エスコドゥスが、幼い顔を無念に歪めて告げる。
ディゼムも、アケウに呼びかけようと、その肩に手を伸ばした。
その時。
「おい、アケウ、あれ!」
「――!?」
ディゼムの指さした先に、何かが浮かんでいる。
それはファリーハの着ていたグレーの色の作業着の、背中部分のように見えた。
「殿下ッ!?」
弾かれたように真っ先にそこに向かって泳ぐ、アケウ。
白い鎧がそこに続き、アケウの身体を包んでいく。
「殿下っ……!?」
彼はそこにたどり着き、それがうつぶせのまま湖面に浮かび上がってきた、ファリーハの肉体だと理解する。
が、しかし。
『呼吸をしていない。アケウ、彼女に頭と胴を貸すぞ』
「分かった!」
アケウがファリーハの身体をかき抱き、その頭が湖面から出るようにすると、白い鎧の兜と胴体部分がマイクロスラスターの作用でアケウから脱げて、ファリーハに覆いかぶさった。
同時、人工呼吸モードが発動する。
するとファリーハの身体がびくりと震えて、彼女の被った白い兜の顔面部分が展開した。
「ぶはっ! げほっ! えほっ……!」
ファリーハが水を吐き出し、むせた。
白い鎧の各部の装甲がスラスターを作動させているので、二人はすぐに岸へと戻り着く。
アケウが安堵し、涙を滲ませながら微笑んだ。
「殿下……!」
「まだ分からん、記憶や人格が戻っているかどうか……」
エスコドゥスの懸念を振り払うように、アケウはファリーハに呼びかける。
「戻ってるはずだ! 殿下! ファリーハ王女殿下!
お気をしっかり!」
「…………!」
彼女は目を閉じたままだったが、数秒もすると目を開き、周囲を見回した。
そして、
「あ、アケウ……?」
名を呼ぶと、それどころかファリーハは彼を抱き寄せ、唇を奪った。
「っ!?!?」
「えっ!?」
それを見たホウセの悲鳴が、地底湖に響く。
やはり数秒――いや十数秒ほども、二人は互いの唇を塞ぎ合ったままだったが、やがてファリーハが名残惜しそうに顔を離し、告白した。
「アケウ! わたくしも、あなたのことを愛しております!!」
「――!?」
衝撃を受けて固まる彼に、彼女は打ち明け続ける。
「メイエに溶けている間、あなたの想い、届いていました!
ならばもう、わたくしは迷いません! もう、後悔したくないから!」
「あ、その……殿下……!?」
「名前で呼んで!」
「あ、ふぁ、ファリーハ……!?」
圧倒されたままのアケウに、彼女は宣言した。
「あなたと愛し合う時間と場所を守るために、わたくしも、自分にできる戦いを続けます!
そして必ずや、完遂して見せます!!」
「……あ、その……」
戸惑う彼に、ファリーハが補足する。
「……あなたの迷惑でなければ、ですが」
「ありがとう……ちょっと驚いたけど、嬉しいよ。ファリーハ……!」
アケウは遠慮がちながらも彼女を抱きしめて、その濡れた髪を撫でた。