魔王vsパワードスーツ/魔王に滅ぼされかけた異世界の人々、26世紀のパワードスーツを召喚して反撃に出る 作:kadochika
7.1.天空の都市
マイレの日々の始まりは、他人と比べて特に早いということも、遅いということもないものだった。
アラームを止めながら起きて、息子のヴォルディを起こし、自分は作業服に着替えて朝食の準備をする。
準備といっても、パッケージに詰まった糧食をオーブンに放り込んでスイッチを入れるだけだが。
夫は仕事の時間帯が違うので、今はいない。
「おはよう」「おはよう」
寝巻から着替えたヴォルディが姿を現し、食卓の席に着く。
彼は端末で娯楽動画を見ており、マイレがオーブンから取り出した料理には目もくれない。
「ほら、冷めないうちに食べちゃいなさい」
「うん……いただきます」
少々厳しく躾けた甲斐あってか、彼は端末を脇にどけ、もそもそと培養肉に手を付け始めた。
マイレも自分の分の調理が終わるとトレイをオーブンから取り出し、温まったショートブレッドを齧る。
ウィッシェルの供給する規格糧食は味も良く、月に四回ラインナップが変わるため飽きも来ない。
ただ、個人的に気に入ったメニューも容赦なく更新されてしまうのが残念なところだ。
食べ終わって空になったトレイを回収袋に放り込むと、マイレは息子に呼びかけた。
「ほらほら、準備しなさい。もう送ってくから」
「うん」
二人で家を出てロックを確認すると、集合住宅の廊下を抜けて駐車場に置いてあった充電済みのビークルに乗り込み、出発。
学校の前でヴォルディを下ろすと、彼女は職場へ向かった。
ビークルを降りたマイレは改札を通って職場に入り、エレベーターに乗って数分を過ごした。
エレベーターを降りてゲートを通り、時間内に出勤したことが確認されると端末がぴろりと音を立てた。
「おはようございまーす」「おうお疲れー」
簡単な挨拶と共に前任と引き継ぎを終えて、彼女は一人、こっそりとため息をついた。
「あー……仕事かー……」
その程度の愚痴は許されている。
うんざりとした気持ちで、マイレは魔術炉の監視業務に入った。
縦横無尽に伸びた配管と配線によって繋がれた、巨大な動力源。
ごんごんと唸り、振動するその騒音には慣れたが、監視業務は退屈だった。
都市を支えるエネルギーを生み出すこの設備は、ほぼ完全に自動化がされている。
ごくまれに異常があっても、ほとんどは設備が自動でそれを解消する。
そんな業務に人間が必要なのかという疑問はあったが、それでも設備の想定していない不具合――ネズミが入り込むなどだ――は完全には排除できないらしく、伝統的に人間による監視が必要とされていた。
彼女のそれは、無くてはならないはずの仕事だったが、しかし、社会がうまく回っている間は、重要性を認知しづらいものだ。
ただ、それが義務であることはマイレも知っている。
ウィッシェルを司る三つの魔術意思は、全てを統御していた。
地下深くにあるこの巨大な魔術炉は、都市に分散する無数の配電設備や生産加工施設へと繋がっている。
それぞれの配電設備は各戸にエネルギーを供給し、生産加工施設は生産された品をロボットによって各戸に送り出す。
そうした繋がりと、その上に乗った人々の営みとが織りなすのが、この都市だと言ってもいいだろう。
とはいえ、マイレはそんなお題目のことを、初等学校で習う社会科の授業で習って以来、忘れていたが。
完全社会、ウィッシェル。
その都市は、およそ一万二千年前から天空にあった。
一万二千年――人間の感覚からすれば、それは悠久とも呼べる長さの時間だ。
そこに住まう者たちですら、 なぜ自分たちの住まう場所が空を飛んでいるのか、その経緯を覚えてはいなかった。
ただ、ウィッシェルという名前と、その維持管理の習慣だけが受け継がれていた。
***
かつて地上を、悪魔が襲った。
その結果人類はほとんど駆逐され、孤立した各地にわずかに生き残るのみとなってしまった。
多大な犠牲を払いつつも船団で孤島へと逃れた人々の末裔が、インヘリト王国だった。
それから150年の月日が経ち、王国の位置するノヴァン・インヘリト島には人が溢れつつあった。
かつての地獄のような逃避行は人々の記憶から忘れ去られ、歴史上の出来事となった。
今のインヘリト王国は概ね、平和で豊かな社会になったといえるだろう。
いつ再び訪れるかも知れない、悪魔の脅威を除けばだが。
その王国の中心地、インヘリト特別市。
更にその目抜き通りにある百貨店の服飾売り場で、やや粗野な印象を与える造作の黒髪の青年が、女児向けの子供服をいくつも抱えて立っていた。
彼――ディゼムは、試着室の前で自問した。
(……俺は何やってんだ、こんな所で……)
その経緯を知ってはいるのだが、思い出せば長い。
試着室の中からは、二人の声が聞こえてくる。
「そうそう、そのままボタンとめて……うん、これでいいかな?」
「うーん、何かちょっとごわごわするが……」
そこに第三者がいたら、声質から若い娘と幼い女児を想像しただろう。
実態も、そこまで間違ってはいないのだが。
「はい、できたよ、ディゼム!」
若い娘の声が、彼に呼びかける。
声と共に試着室のカーテンが開くと、そこには小柄な黒髪の娘と、栗色の髪を長く伸ばした女児がいた。
黒髪の娘は私服で、女児の方はリボンやフリルのついた青いドレスを身にまとい、帽子まで被っていた。
女児は帽子のつばに手を当てて、不思議そうに鏡を見ている。
「うーむ、これがインヘリト様式というやつかのう……」
彼女の名は、エスコドゥス。
紆余曲折あって、彼らが面倒を見ることになった女児だった。
正確に言えば、元々はそれなりに高齢の男だったはずなのだが、事情があってこのような姿になっている。
黒髪の娘――ホウセが彼女に尋ねた。
「似合ってると思うけど、嫌なとこある?」
エスコドゥスは答えて、
「まぁ、特に気に入らんというものでもない……まだ少しばかり、この姿に慣れとらんだけさ」
「サイズは大丈夫?」
女児用の衣服を両手に下げていた、もう一人の赤毛の青年――アケウが、彼女に問う。
エスコドゥスは再び答えた。
「うむ、そこは問題なさそうだが……仕立ててもらうのも手間だろうし、こんなもんでよかろう」
試着室の側でディゼムとアケウが両手に抱えているのは、いずれもホウセがエスコドゥスに着せようと選んだ女児服だ。
ディゼムは嫌気を表に出さないよう注意しつつ、気になったことを口にした。
「それより気になるのは、このガキジジイがここから成長するのかってことだな」
「ちょっとディゼム、何かいやらしい意味で言ってない?」
「言ってねぇよ!?
いやホラこうやって、今後背が伸びるたんびにこんなお高い店で服買ってくのかってことをだな……」
半眼で訊ねるホウセに対し、彼は慌てて否定する。
アケウも思案しつつ、少し困ったように言った。
「うーん……僕には姪がいるけど、今のエスコドゥスより年下だからお下がりをあげてくってわけには行かないんだよなぁ」
エスコドゥスが、帽子のつばを指で弾いて言う。
「こうやって世話を焼いてくれるのは嬉しいが、わしは一応大人だからな?
自分の面倒くらいは自分で見て行くぞ」
「金も持ってねぇんだし、見た目ガキなんだから我慢しろ……
インヘリトはまぁ平和だと思うが、それでも良からん連中ってのはいるんだからな」
背伸びをした子供にしか見えないその有様を見ながら、ディゼムは懸念を口にした。
「じゃあ、これは確定ね。次はこれと……これを試着させるから」
一方、そんな心配はどこ吹く風といった様子で、ホウセが彼の手から女児服を取り去っていく。
ディゼムは半眼でうめいた。
「これ全部試すのかマジで」
「せっかく経費で落ちるんだから、使わせてもらわないと。ねーエスコ?」
「着せ替え人形扱いされているような気もするが、まぁいいわい。
わしもちょっと楽しくなってきた」
エスコドゥスが笑うと、ホウセが再び試着室のカーテンを閉めた。
ディゼムはカーテン越しに、女児の姿をした魔術師に呼びかける。
「危ねぇから一人でフラフラ出歩くんじゃねぇぞ、マジで。
ヒマな時なら俺らが付き合ってやるから、何かの拍子に誘拐なんぞされて世話を焼かすなよ」
「む、これがお姫様扱いというやつか。少々窮屈だが、悪い気はせんな」
「誰がお姫様だ誰が」
ディゼムは口を尖らせた。
その状況を客観的に見れば、平和そのものという有様ではあった。
***
インヘリト王国、官庁街の外れにある魔術省の官舎の会議室。
さほど広くはなく、十人程度まで人数での打ち合わせをするための設備だ。
そこで、ファリーハが、眼鏡の位置を直しながら言う。
「みんな、改めておはようございます。
本日は予定通り、次の目的地であるウィッシェルへ行く計画を立てたいと思います」
「早速ですけど」
と、ディゼムは手を挙げた。
「何でこいつがいるんスか……?」
彼の指さす先には、エスコドゥスがいた。
ディゼムたちも若いが、彼女はそれを通り越して外見が女児そのものだ。
ファリーハが答えて言う。
「彼女にも有識者として、意見を述べてもらおうと思っていまして」
「鎧たちに融合したメイエのことも気になるのでな」
「まぁ……姫様がそう言うんなら……」
子供の短い腕で腕組みをするエスコドゥスを横目に見ながら、ディゼムは引き下がった。
そして当初の話題を思い出し、言及する。
「てか、ホウセもほぼ相手にされてないって話ですし、ウィッシェルってのは放っといて、魔王のねぐらでも探した方がいいんじゃないスかね」
「探すって、どこをさ」
彼の言葉に疑問を投げかけたのは、その隣に腰かけた、赤毛の青年だ。
ディゼムの幼馴染の、アケウだった。
ディゼムは答えて、
「前に姫様が試してたけど、今度こそ位の高い悪魔をとっつかまえて、尋問するのがいいんじゃねぇかなって」
「人間用の魔術封じが効けばいいけど、こっちに犠牲が出ないように捕まえるの、すごく大変そうじゃないか」
「悪魔は痛みで怯んだりしないからね……」
彼らのやり取りに口を挟んだのは、同席していた小柄な黒髪の娘、ホウセだ。
「魔術抵抗がすごく高いから、人間用の魔術封じは効かないかも。
やるんだったらそこを試すとこからだね。でも――」
ホウセは首に巻いた真紅のマフラーを手で弄びつつ、続ける。
「それより、せっかくプルイナとエクレルがいるんだし、ウィッシェルの態度も変わるかも知れない。
あたしはそっちに期待したいかな」
「わたくしもそう考えています」
ファリーハはそう言って、話を続けた。
「まずホウセの話では、ウィッシェルは空高くに浮かんでおり、インヘリトよりも高度な魔術の結界に覆われている。
これによって結界の外からは目に見えない、とのことでしたね」
「うん」
ホウセが頷くと、ディゼムは尋ねる。
「エリカレスは、よくそんなとこを見つけ出したな」
彼女は椅子の背もたれに寄りかかって、答えた。
「あたしも気になって訊いたことあるけど、偶然だって。火山が噴火して、煙が高く上がることがあるでしょ。
あれが妙な形に遮られるように見えたことがあって、行ってみたら都市が浮いてたって話」
「更に、ウィッシェルは不定期に移動しているとのこと。
こうなると、ホウセがエリカレスから受け継いだ
「これね」
ファリーハの説明を受け継いで、ホウセが左手首を掲げる。
彼女が部分的に着装した真紅の鎧の、左の籠手の手首部分。
そこには親指の爪ほどの大きさのガラスの球殻のようなものが嵌っており、更にその中に、先端を青く染めた針のようなものが浮かんでいた。
「この針の指し示す先に、ウィッシェルがあるってわけ」
「今回は、技術的に劣位にあるわけではないということを示すために、我々全員で向かいたいと思っています。
エクレルたちの動力の残量という不安はありますが……」
『それについては、問題ないと認識しています』
ディゼムの後ろに佇んでいた漆黒の全身鎧が、赤い眼窩を明滅させながら音声を発した。
鎧の制御人格、プルイナだ。
落ち着き払った女の声で、彼女は続けた。
『メイエとの融合によって、本機の稼働制限は期限は不明ながら、延長されました。
各地に分与した自己複製プリンターからQGPコアを回収することも可能ですが、それは最後の手段、ということにしたいと思っています』
その一方で、アケウの後ろに佇む純白の全身鎧も、緑の眼窩を明滅させて回答した。
『当機も、同じ理由で対処可能な問題だと認識している。
こちらの世界の平均値よりも隔絶して強大な文明とやらには、興味もあるしな』
こちらは白い鎧の制御人格、エクレル。
鈴の鳴るような高い声で、彼女は提案した。
『交渉によっては、都市を飛行させるというあちらの技術を供出させることも考えるべきだ。
インヘリトが空を飛べれば、悪魔から攻められにくくもなろうし、魔王の拠点を探してそこへ攻め込むこともやりやすくなるだろう』
「何か、すげぇ話になってきたな……そんなことできるのかよ」
『可能性の話です。実際にインヘリト全土を飛行化させるとしたら、何年かかるか分かりません。
本音を言えば、そこまで時間はかけたくありませんね』
プルイナの意見に続いて、ファリーハが言う。
「全てはウィッシェルとの交渉次第ですが……
正直なところ、こちらから提示できるメリットというものが、考えつかないのが難点ですね。
魔術においても工業においても優越している相手を、時計程度で翻意させることは難しいでしょう。
あとは……」
その続きを待たず、再び黒い鎧からプルイナが発言した。
『あとは、我々本体の技術ということですね?
機密事項が多いので、可能な限り避けたいところですが』
「えぇ」
ファリーハも頷いて、同意する。
「我々としても、あなた方は召喚によって味方につけた切り札、という位置づけは変わっておりません。
軽々しく交渉の材料にはしたくないと考えています」
『交渉が失敗した場合、どうする?』
エクレルの問いに、再び答えて、ファリーハ。
「……ホウセのように粘り強く働きかけたいと思っていますが、結果的に時間の無駄になる懸念もあります。
あまりに手応えが感じられないようであれば、やり方を変えてみる必要があるでしょう」
『ならば、ウィッシェルに向かうためにも保護セルの調整を行いましょう。
ホウセ、具体的な高度は分かりますか?』
プルイナに話を振られたホウセは、左手首のガラス球を見ながら尋ね返した。
「え、ごめんちょっとそれは……これ見て分からないかな?」
『念のため、有人宇宙機と同じ漏れ率にしておくか』
そこに、物欲しそうな顔でエスコドゥスが言う。
「あの乗り物、わしの席はあるかのう?」
「お前も行く気かよ!」
ディゼムが文句を言うと、彼女は頬を膨らませて抗議した。
「役に立つぞ? 言っては悪いが、お前さんたちは若すぎる。
わしの
「自分で老獪とか言うんじゃねぇ!」
そこから三日、ウィッシェルに向かうための準備を行い、一行はインヘリトを離陸した。
***
ディゼムはそんな話をしていたことを思い出しつつ、目の前に広がる丸みを帯びた大地と海と、そして深い青みを帯びた空とを見ていた。
現在、高度約2万メートル。
気温はマイナス56℃を下回り、約55.3ヘクトパスカルという気圧は地表の5パーセント程度でしかない。
こうした環境では水の沸点が大幅に下がり、人間の体温と同程度でも沸騰するようになる。
人間が生身で晒されれば、超低温と呼吸不全、そして全身の水分が体温で沸騰を始めることによって、死は免れない。
そうした極寒の死の世界に、ディゼムたちはいた。
異世界から召喚された鎧の加護によって、彼は支障なく生きている。
今のディゼムは、ホウセの後についてアケウと共に、保護セルを牽引していた。
ただ、気になって、通信を介して訊ねる。
「ホウセ、まだか!」
「角度的にはもう少しのはずだよ! 頑張って!」
既に先日訪れたメイエのあった地点から、更に東に二千キロメートルを進んでいた。
(このまま何もなしに通り過ぎちまうんじゃねぇだろうな……)
ディゼムが懸念し始めた、その時。
「――ッ!?」
不意に視線の先の上方に、横に広い楕円形の影が現れた。
ホウセが、通信越しに叫ぶ。
「結界、抜けたよ!」
「何か、すげぇな……」
ディゼムはその威容に、目を奪われていた。
その形態は青みがかった巨大な楕円――というよりは、丸みを帯びた分厚い円盤であるように思われた。
上部は透明な円蓋になっており、太陽光を内部に届けているらしい。
空気のほとんどない極寒の世界でそれはただ一つ、悠然と浮かんでいる。
ともすれば、現実感の無い光景でもあった。
だが、ホウセと、彼女に先導されたディゼムたちは徐々に、その分厚い円盤へと近づいていく。
しかし、そこでプルイナが、黒い鎧から警報を発した。
『接近物あり』
ディゼムの視界に映るディスプレイに、赤い輪郭線で強調表示されたそれは、保護セルのような飛翔する機械だと思われた。
魔術によってか、彼の知らない技術によってか、それは空に浮かんでいる。
そしてそれは彼らから五百メートルほど離れた距離で停止し、滞空した。
プルイナが、引き続きアナウンスする。
『眼前の飛翔体から、電波による通信を受けています。
プロトコルが異なるようなので解読に時間がかかります、少し待ってください』
「何か分からんが、頼むぜ……こっちは姫様を乗せてんだ」
だが、プルイナが解読を終える前に、ホウセが空中を進み出て、左手首を掲げた。
そこには、先端の青い針を収めた透明な球体が埋め込まれている。
すると、 飛翔機械が彼女に対し、ゆっくりと接近する。
彼女の首元の通信機を介して、魔術通信らしき音声が聞こえた。
『ようこそ、ホウセ。後ろにいるのは新しい友人ですか?』
ホウセがそれに応えて、言う。
「そんなとこ。今日はウィッシェルの偉い人と、国交について話し合いがしたいんだって」
それを聞くと、飛翔機械は答えて、
『あなたの連れてきた友人であるならば、脅威は無視できると判断します。
ただし、希望が叶うとは限りません』
「いいよ、入れてくれるの?」
『はい。こちらの誘導に従ってください、まずは港に案内します』
「わかった、ありがと」
ホウセは後ろを振り向いて、右手を振った。
「みんな、入れてくれるって! あたしについてきて!」
それを聞いて、ディゼムはプルイナに言う。
「だってよ」
『念のため、通信プロトコルの解析は続けます』
ディゼムはアケウと共に保護セルを牽引して、飛翔機械の誘導に従うホウセの後を追った。
***
花咲く山々に聳える、魔王の居城。
そこにはまた、多数の悪魔が住んでもいた。
大多数は
まずは、城を護る者。
地上から人間のほとんどを駆逐してしまった今、その出番はほとんどない。しかし、それでも守護者は置かれていた。
他方、城の修繕や拡張の工事を行う者。
地味ではあるが、しかし悪魔がこの世界に姿を表して以来、仕事が途絶えたことはない。
また他方、食物を集める者。
悪魔は水の他に物質的な食料は必要としないが、唯一、魔力源である魔宝や、人間を魔術で加工した魔石を必要としていた。
人間の養殖地であったマフから細々と輸入されてくるのみだったが、それも途絶え、今では水集めの仕事しかない。
そして、最も従事する悪魔の少ない仕事が、魔術の開発だった。
カイフォスは、それに携わる悪魔である。
魔宝の作り手、と呼ばれる者だ。
「…………」
悪魔は、ガス交換としての呼吸を行わない。
よって、ため息をつくといった習慣もない。
だからカイフォスは集中を解いても、ため息をつくといったことはしない。
ただ、器に入った水を少し、口にするだけだ。
彼は作業机の上に置かれた、自身の作品を見た。
「…………」
一抱えほどの大きさの透明な球殻の中に吊るされている、先端の青い針。
それが北を指して、静止している。
彼は、この球殻の元となった魔宝の作り主のことに、思いを馳せた。
(エリカレスとかっていう作り手……裏切り者だって話だったが、魔宝作りについては話してみたかったなぁ……
ヒトを使わずにあれだけの魔宝を作るなんて、すごい奴だったに違いないんだ)
実際には、その魔宝はエリカレスの作ったものではなかったが。
そこに。
「進捗はどうだ、魔宝の作り手カイフォス」
翼を備えた銀色の悪魔が、足音も立てずに工房へと入って来て尋ねた。
魔王の最側近にして王配候補者、ヌンハーだった。
カイフォスはそれに少しばかり驚きつつ、答えた。
「分からないな。一応、再現はできたと思うが……」
ヌンハーが透明な球をしげしげと見て、言う。
「ならば、その針の指し示す先に、ヒトの住む場所があるということか?」
カイフォスは繊細な腕を組んで、答えた。
「破片を解析して、それを元に俺が推測する理由は、それだけどな……
絶対とは断言できねぇよ?」
「ヒトを匿っていた裏切り者の遺品だ。恐らく、間違いあるまい。
取っていくが、構わんな?」
「あぁ……うまく行かなくても、文句は無しだぜ?」
「魔の戦士ドロッズの、代わりの腕は上手く機能している。
これも期待するだけだ。うまく行けばまた礼をする」
ヌンハーはそう言うと、カイフォスの作った球殻を持ち去ろうとした。
「あ、待ってくれ」
「何だ?」
魔宝の作り手は、こうして魔の軍の力となる存在だった。
だが決して優遇されているとはいえない。
最側近であるヌンハーと懇意であるカイフォスは、才覚が優れていることもあるが、異例の存在だった。
彼はヌンハーに、要請した。
「今回は、俺も連れて行ってくれるか?」
「……これの面倒を見る者が必要ではあるな。何か乗る物はあるのか」
「おう、あるとも」
カイフォスはヌンハーを案内して、城の通路へと出た。