魔王vsパワードスーツ/魔王に滅ぼされかけた異世界の人々、26世紀のパワードスーツを召喚して反撃に出る   作:kadochika

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7.2.魔術の意思

 飛翔機械の誘導に従って飛んで行き、一行は扁平で巨大な円盤――ウィッシェルへと近づいて行った。

 その底部には、よく見れば六角形の穴が開いている。

 あれが、入り口か。

 通信が確立したのか、飛翔機械が通信装置を通じて彼らへとアナウンスする。

 

『ホウセ以外は初めまして、地上の人々。

 私はウィッシェルを統治する行政魔術意思、アヴァリク・ハルドクスです。

 ハルと呼んでいただいても結構です――』

 

 物腰柔らかで、中性的な音声が続く。

 

『――ようこそ、完全都市・ウィッシェルへ。

 我々は、ここまでたどり着いたあなた方を歓迎します。

 案内に従って与圧区画に入り、入国手続きを行って正式に入国してください』

 

 飛翔機械に誘導されたディゼムたちはそこに入って行き、広大な施設の中で保護セルを着陸させることとなった。

 まだ気圧も気温も低いままなので、内部のファリーハとエスコドゥスは、気密服なしに外に出ることはできない。

 保護セルの内部のファリーハが感嘆する声が、通信装置から聞こえる。

 

「……非常に高度な技術を備えた文明と見ました。

 悪魔に対抗する力も、間違いなく備えているのでしょうね……」

 

 それに答えて、ホウセが言う。

 

「でも多分、協力はしてくれないと思う。

 書簡の交換も必要性を感じない、って断ってるから」

「こうやって中に入れてくれんのにか?」

 

 ディゼムが問うと、彼女は肩をすくめて答えた。

 

「自力でここまで来られる者だけを歓迎する、ってことみたい。

 あたしとエリカレスにはこれをくれたけど、地上のほとんどの人たちのことは、あんまりよく思ってる感じじゃないね」

 

 左手首に着装したガラス球を見せながら、ホウセ。

 ディゼムは黒い鎧の中で、少しばかり俯いた。

 

「……俺の力が借りもんだって知ったら、ゴミを見るみてぇな目で見られちまうのかな」

「自信持ちなよ。呪文も紋様も、にわか仕込みとはいえそれなりに使えるようになったでしょ」

「そ、そうか……? 悪りぃ、ありがとな」

 

 ホウセのフォローに礼を言うと、飛翔機械はどこかに行ってしまう。

 それとは無関係なのか、行政魔術意思の音声が続いた。

 

『そちらの二着は戦闘用外骨格ですね?

 危険ですので、与圧区画の中での着用はご遠慮ください』

「あ、どうする?」

 

 ディゼムが尋ねると、彼らを包む鎧たちは答える。

 

『ならば、我々は保護セルの中で待ちます。

 超空間通信機は繋がっていますので、会話は問題なくできます』

『緊急時には、お前たちの体内の医療用マイクロマシンの座標を目印にして合流する』

「わかった。じゃあ市内に出る時は留守番、頼むよ」

 

 アケウが頷くと、行政魔術意思が礼を言う。

 

『ご協力に感謝します。エアロックまで案内しますので、このまま進んでください』

 

 保護セルは行政魔術意思の案内で、エアロック――空気のある市内と、そうでない市外とを出入りする際、空気が際限なく流出しないように設けられた小区画――に向かって車輪で移動した。

 全幅十メートルを超える保護セルが相応の規模のエアロックへと入ると、エアロックは前後の扉を気密閉鎖され、そこに呼吸可能な一気圧の大気が注入され、充満する。

 そして前方の扉が開き、合図が出ると、保護セルは大気と気圧が呼吸可能な状態にある与圧区画へと進入する。

 するとどこからか通信が入り、アヴァリク・ハルドゥスとは異なる電子音声がアナウンスした。

 

『与圧区画へようこそ。

 現在、案内役を手配しておりますので、駐機場にてしばしお待ちください』

 

 保護セルはそのまま地上を移動し、駐機場と表示された広く平坦な場所へと辿り着いた。

 黒い鎧の中のディセム、白い鎧の中のアケウ、真紅の鎧を着装したホウセも、そのまま保護セルに追随する。

 保護セル以外に、駐機している機材はない。

 ディゼムは開けた周囲を見渡して、つぶやいた。

 

「……ここで、待ってりゃいいのか……?」

『いえ、案内役が到着したようですね』

 

 プルイナが言うと、そこにやや大型の自動車がやってきた。

 運転席のドアを開いて降りてきたのは、生身の人間のようだ。

 それなりに若い娘、ただしディゼムたち一行よりは二回りほど年上で、子供がいてもおかしくはない年齢だろう。

 彼女は帽子を脱いで、挨拶をした。

 

「初めまして、地上の人々。

 今回、行政魔術意思から任ぜられて、皆さんの案内を担当することになりました。

 マイレ・アクタイルと申します」

「よろしくお願いします、マイレ。今、機を降ります」

 

 ファリーハが言うと、保護セルが鎧の操作で搭乗者ハッチを開く。

 彼女とエスコドゥスがそこから降りて来て、入れ替わりに着装を解除した黒い鎧と白い鎧が貨物ハッチから内部に入って行く。

 ホウセも着装を解除して、生身の一行が保護セルの前に並ぶと、ファリーハが代表として名乗った。

 

「初めまして、わたくしはファリーハ・クレイリーク。

 地上の国インヘリトの大使として、ウィッシェルに国交を求めてやってまいりました。

 そして――」

 

 彼女は続けて、同行者を紹介していった。

 

「――わたくしの隣から順に、アケウ・ハーン――」

「よろしくお願いします」

「――ディゼム・タティ」

「どうも」

「――ホウセ」

「よろしく!」

「――エスコドゥス・ラビヒ」

「よろしく頼むぞ」

「以上となります」

 

 ファリーハが紹介を終えると、マイレは帽子を被り直し、彼女の横のエスコドゥスを手振りで指して訊ねてきた。

 

「失礼ですが、そちらのお子さんはだいぶお若い……?」

「訳あってこんな格好だが、この面子の中では多分一番年上です、お忘れなきよう」

「そ、そうですか……」

 

 両腕で力こぶを作る彼女の頭をぽんぽんと触りつつ、ホウセが言う。

 

「マイレさん、この人数で泊まる場所、大丈夫かな?」

「えぇ、早速ですが、まずは入国手続きを済ませましょう。

 この車両の中に入国審査設備がありますので、皆さん乗ってください」

 

 彼女は手ぶりで、自動車の中ほどに設けられた扉を指した。

 

「わしが先に入る!」

 

 手を挙げて跳ねるエスコドゥスを見て、ディゼムは苦る。

 

(身も心もガキになり切りやがって……)

 

 一行は保護セルを離れて自動運転車に乗り、入国審査を受けた。

 自動機械による聞き取りが行われ、入国の目的や期間などの質問に答えるといった塩梅だ。

 保護セルの中から、プルイナとエクレルはその様子を待機モードで把握していた。

 

『入国審査といいつつ、車両の中で遠隔審査をして済ませるのですね』

『まぁ、ホウセの話では入国者などほとんどいないのだろうからな。

 インヘリトの外務省が極小化されていたのと同じで、必要の薄い設備は縮小・削減されるものだ。

 あの車両も、実質ホウセのために維持されていたようなものなんじゃないか』

『とはいえ、これまでの国と異なり、入国審査の概念がある点では近代的です。

 行政魔術意思という存在についても、詳しく確認しておきたいところです。

 名称からして、魔術によって意識を生成しているのかも知れません』

 

 手続きが終わると、一行はそれぞれ、手のひらほどの大きさの光る板を受け取った。

 そこには、時刻が表示されている。

 マイレが、説明した。

 

「それらは携帯端末です。これで連絡を取り合ったり、政府からの指示を聞いたり、お金を支払ったりできます」

「……何か、ややこしそうっスね」

「端末自体に話しかければ、使い方を教えてくれるので大丈夫ですよ」

「え、じゃあ……使い方を? 教えてくれ」

 

 ディゼムが端末に向かってそう訊ねてみると、そこから合成音声が出た。

 

『チュートリアルアプリを開きます。画面の指示に従って操作してください』

「あ、今はいい。無しで」

 

 すると端末の表示が切り替わり、時計に戻る。

 

『その要領でいいでしょう。使い方はおいおい覚えて行けます』

「そ、そうスね……」

「皆さん、手続きは終わりましたね。それでは、座席に座ってください」

 

 運転席にマイレが座ると、彼女自身は何ら操作することなく、車両が動き始めた。

 アケウが感嘆する。

 

「勝手に動くんだ……本当の自動ってことか」

『この程度、太陽系にもあります』

「だから何を張り合ってんだお前は……」

 

 通信越しに主張するプルイナに対してディゼムがぼやくが、自動車は関係なく港を出て、市街地に出た。

 広い車道には高速で自動車が行きかっており、それぞれはその様子からして、インヘリト王国で主流だった外燃機関方式ではないように思われた。

 立ち並ぶ建物は巨大で、インヘリトの中心部より更に高い。

 空を見ようと思うと、ほとんど真上を見上げなければならないほどだ。

 しばらくはそわそわと外を見ていたエスコドゥスが、しかし飽きてきたのか、マイレに質問した。

 

「のうマイレさん。お主も言っておった、行政魔術意思、というもの。

 入国直後にも名乗ってきたが、何なのか教えてはくれんか?」

「そうね」

 

 マイレは頷いて、説明を始めた。

 

「行政魔術意思とは、ウィッシェルを統治する三つの意思の一つです。

 他に立法と司法が存在し、それぞれが独立して思考し、この国を統治しています」

「魔術意思……理論上は考えられていましたが、実在するのですね……

 しかも三権を執行しているとは……!」

 

 驚くファリーハに、マイレは肯定を返す。

 

「えぇ。魔術によって生成された独立の自我が、一万二千年の間、ウィッシェルを守り続けてきました。

 恐らく、あなた方が試みたいという国交樹立についても、最終的にはその行政魔術意思と話す必要が出てくるでしょう」

「人間の王様とか、市長だとかはいないんスか?」

 

 ディゼムの質問にも、マイレは答えた。

 

「緊急時の代行者としては存在します。

 当初は逆で、魔術意思は分立権力の補助装置として成立しましたが、行政官や立法官、司法官に対して多くの報酬を払うことに苦痛を感じた人々が、魔術装置による完全な代替を選択しました。

 まぁ、現状はそれでうまく回っているので、いいんじゃないかなと」

「すごい世界に来ちゃったな……」

 

 その意味を理解してか、アケウが驚嘆する。

 話題が逸れたのだろう、マイレは一行の長であると見たか、ファリーハに尋ねた。

 

「ところで、具体的な滞在のご予定はいつまでですか?

 もしや、移住をご希望ですか?」

「話し合いの進捗や成果によりますね……滞在できる期限は決まっているのですか?」

「特にありませんよ。ただ、私が案内を命じられているのは今日までなので、それより先は別の者か、ロボットが担当することになります」

「わかりました。しばし休憩したのち、行政魔術意思殿とお話をしたいのですが……

 空いているご予定を教えて頂けますか?」

「部屋の端末で今すぐに可能ですよ」

「はい……?」

 

***

 

 彼らが案内されたのは、滞在用の個室だった。

 今はファリーハに集められ、一行の全員が彼女に割り当てられた部屋にいる。

 マイレのレクチャーに従って部屋に備えられた端末機械を操作すると、壁に貼り付けられた画面に顔が現れた。

 人間を抽象化したような簡素な絵で、そこから音声が発せられ、挨拶をする。

 

『先ほどぶりですね、異邦の方々。

 私は行政魔術意思、アヴァリク・ハルドゥス。

 親しみを込めて、ハルと呼んでくださっても結構です』

 

 ファリーハは、多少面喰らいつつも挨拶を返した。

 

「えぇと、改めてこんにちは、ハル。わたくしはファリーハ・クレイリークと申します。

 地上の国、インヘリトから参りました」

 

 ファリーハはそこに続けて、尋ねる。

 

「早速ですが、ハル。マイレから、あなたがこのウィッシェルの統治を行う存在であると聞いて、この通話を行っています。

 それは正しい認識でしょうか?」

『ファリーハ、それは正しい認識です。

 ウィッシェルにおいて実行されている私は、魔術によって生じた、個別の肉体を持たない意思の表れと言えます』

「それでは、わたくしがインヘリトを代表し、あなたがウィッシェルを代表し……

 そして両国の間の協議とする、ということは可能ですか?」

『はい、可能です。私はウィッシェルの人々から行政を委託され、そして遂行しています。

 私の意見が、ウィッシェルから抽出された民意であると考えて頂いて、差し支えありません』

「では、早速話し合いに移っても構いませんか?」

『意思疎通、我が喜びの一つです』

「それでは……」

 

 彼女は意を決して、質問を投げかけた。

 

「我がインヘリトは、貴国と国交を結びたいのです。

 まずはそれに向けて、関係各所との調整を行いたいと思っています」

 

 だが。

 

『残念ですが、ファリーハ。我々は、地上の政体との交流を行いません』

 

 魔術意思の返答は、語調はともかく内容がすげない。

 ファリーハは更に、尋ね返す。

 

「それはなぜでしょう?」

『悪魔によって滅びる可能性が高いためです』

「まだ健在です!」

 

 言い返す彼女に、行政魔術意思はそっけなく返答した。

 

『我々は70%以上の確率で、百年後には滅びていると判断しています』

「そうならないために、協力して欲しいと頼んでいるのです……!」

『我々が技術や物資を提供すれば、インヘリト王国には利益があるでしょう。

 ですがその場合、あなた方が我々に利益を以て報いることは可能ですか?』

「……!」

 

 自己複製プリンターは、異世界の鎧たちの消耗を考えると使えない。

 使えたとしても、ここまで進んだ文明相手に、通用するかどうか。

 行政魔術意思は、さらに続けた。

 

『あなた方にとっては好ましくない話ですが、我々はあなた方の結界を透過して、インヘリトという国が生き残っていることを確認していました。

 遠隔ではありますがその産業・文化の強度を考慮した結果、あなた方と国交を結ぶことで得られる利益は、こちらにはありません。

 ここに辿り着いた個々人としては尊敬し、歓迎しますが』

「…………!」

 

 行政魔術意思の背景にあるのは、圧倒的な力の差だろう。

 アウソニアでは理事会長たちがインヘリトを大国と呼んで恐れていたが、逆の立場となればこう感じられるものか。

 ファリーハは自分の認識が甘かったことを悔やみつつも、冷静さを失わないよう心掛けた。

 

「ならば、どのようにすれば、地上世界の奪還に協力してもらえるでしょうか?」

 

 行政魔術意思の返答は、意外なものだった。

 

『そもそも、そうした要請が不要なのです。

 我々は、独自に地上の悪魔を駆逐する予定でいます』

「……!?」

 

 思わず驚いて、ファリーハは画面に近づいてしまう。

 

「それは……それはいつのことですか!?」

『準備が整い次第です。具体的な日程としては五日後です』

「どのようにして行われるのですか……!?」

『熱核融合爆弾の適切な投下によって達成される予定です』

「ねっかく……?」

 

 意味を掴みかねたファリーハが語尾を上げると、そこにディゼムの首元の超空間通信機を介して、プルイナの音声が割り込んできた。

 

『失礼、二人とも。我々からも質問があります。

 ハル、本機はXTIAS-6ディグニティ、その制御人格のプルイナです』

 

 行政魔術意思の画像が視線を移動し、ディゼムの方へと向ける。

 

『こんにちは、プルイナ。あなたは戦闘用外骨格の制御人格であると見ました。

 あなたはインヘリト王国の製品なのですか?』

『申し訳ありませんが、先にこちらの質問に答えてください。

 熱核融合爆弾を用いた悪魔の駆逐作戦において、地上の人々にもたらす影響は考慮されていますか?』

『考慮する必要がありません』

『なぜです? あなたは人類を守るためにこの浮遊都市を統治しているのではないのですか?』

『我々が守るのは、ウィッシェルの国民だけです。

 自力で避難や防御のできない他の国々を守ることはありません』

 

 そこに、今度はアケウの首元の通信機から、白い鎧も加わった。

 

『こちらはエクレル、プルイナと出自を同じくする者だ。

 それよりまさか、お前たちは悪魔の侵入を許していないインヘリト王国まで爆撃するつもりか?』

『悪魔を確実に駆逐するには必要なことです』

『正確な規模は知らんが、悪魔を根絶しようと放つ攻撃だ。

 都市の一つ二つは容易に消し飛び、インヘリトが巻き込まれればひとたまりもないだろう』

「っ!?」

 

 それを聞いて、ファリーハは青ざめた。

 

「計画を延期してください、ハル! 我々にも反攻計画があります!

 それが終わるまでは待って!」

 

 そのような計画の具体的なことは何も決まっていなかったが、そこに縋るしかあるまい。

 しかし、行政魔術意思の返答は、やはり冷淡だった。

 

『三か月ほど前から、地上におけるあなた方による小規模な戦闘も観測していました。

 あの様子では何十年もかかった挙句、地上に蔓延り尽くした悪魔を駆除できないという結果に終わるでしょう』

「……っ!」

 

 何かを言い返したい気持ちがとめどなく湧いて出るが、ファリーハは自制した。

 そこに再び、プルイナが発言する。

 

『ハル、我々は異世界から召喚された存在です。本機の知る異世界の技術を開示します。

 それを対価に地上攻撃を中止し、インヘリト王国の反攻作戦に協力してもらうことはできませんか?』

『その提案には若干の魅力を感じますが、技術の内容次第です。

 技術の検分のために、どちらかの外骨格を供出していただきたい』

 

 行政魔術意思の要求に対し、ディゼムが激高した。

 

「プルイナたちを寄越せってことか!? できっか、ンなこと――」

 

 それを手振りで押しとどめて、ファリーハは彼の言葉を言い換えた。

 

「ハル、彼女たちは我々の客人でもあります。その身柄を譲り渡すことはできません」

 

 行政魔術意思はその返答にも調子を崩すことはなく、淡々と返事をする。

 

『わかりました、供出は不要です。

 互いの妥協点が重ならないことが明確となりましたが、会話を続けますか?』

「えぇ、もう少しだけ。

 ハル、交渉は決裂しましたが、わたくしたちはまだ、ここにお邪魔していて良いのですか?」

『我々とウィッシェルの国民に危害を加えない限りは、全く問題ありません』

「わかりました……皆は何か、ハルに話しておきたいことはありますか?」

 

 ファリーハが後ろを向いて仲間たちに確認するが、

 

「…………」

 

 ディゼムは首を横に振り、他の面々も今は発現する意志はないようだ。

 エスコドゥスも、空気を読んだか黙っている。

 ファリーハは前に向き直り、

 

「では、一度通信を終えます。失礼します、ハル」

『了承しました。よい人生を』

 

 映っていた像が消えて、画面が鏡のように変化すると、ディゼムが毒づいた。

 

「あの野郎……!」

「アヴァリク・ハルドゥスが今話したこと、知っていたのですか? マイレ」

 

 ファリーハが尋ねると、彼女は申し訳なさそうに言う。

 

「いえ……私も含めて、多分ウィッシェルのほとんどの人は知らないと思います。

 地上のことは、特に知らされたりはしないので……」

「地上人に同情的な人などはいないのですか?」

「いなくはないと思いますが、ウィッシェルの魔術意思に逆らってまで何かをしようとする人も……いないと思います。

 申し訳ありませんが、私も含めて……」

「ごめんなさい、あなたを責めるつもりは無いのです。

 どうか気になさらないよう」

 

 俯くマイレを、王女は椅子から立ち上がって気遣う。

 すると今度は、エスコドゥスが腕組みをしつつ発言した。

 

「……疑問なのだが、ウィッシェルはこの150年、何をしていたのだ?

 わしはメイエの人々を騙し討ちに近い形で湖に変えていたが、あやつらは? 高みの見物か?」

「言われてみれば、そうだね。地上の苦境を黙って見ていたのかな」

 

 アケウが顎を捻ると、栗色の髪の女児は更に続けて、

 

「マイレさんの話では、この国は一万二千年も前から空に浮かんでたそうではないか。

 そんな強い国が、ぽっと出の悪魔を恐れて隠れたままというのは不自然な話に思える。

 悪魔を地上ごと一掃できるような武器があるなら、150年前に使えばそれで済んだだろうに。

 なぜだろうな?」

「できない理由があった……?」

 

 ファリーハは軽く握った己の拳を胸に当てつつ、鎧たちに呼びかけた。

 

「ともあれ、エクレル、プルイナ。地上攻撃を阻止するために知恵を貸してください」

『いいだろう。だが、部外者が密談に参加するのは困るな』

「あっ……私のことですよね?」

 

 エクレルの発言に対し、そう声をあげたのは、マイレだ。

 プルイナが、ディゼムの首元の通信機から彼女に告げる。

 

『申し訳ありません、マイレ。あなたは我々から離れた方がいいでしょう。

 ここまでの道中で見た限り、この都市は高度に自動化制御されています。

 我々の行動を阻止しようと、有人部隊や自動機械が出動する可能性も考えられます。

 それはあなたの身の危険を意味することでしょう』

「そ、それは……そうかも知れませんけど……仕事だし……」

 

 踏みとどまろうとするマイレに、アケウの首元からエクレルが告げる。

 

『見たところ、ウィッシェル人のお前の身体能力は地上人と大差ないどころか、やや劣る。

 見ろ、そこの血気盛んな二本足の野獣を。襲われたらひとたまりもないぞ?』

「誰が野獣だコラ!」

 

 声を荒らげるディゼム、心なしか血の気の引いた様子のマイレ。

 

「そ、それじゃあ……早退しよう、かな……?」

 

 彼女は一行の見守る中、ゆっくりと部屋の出口へと移動していき、

 

「お、お邪魔しましたー!」

 

 そしてぱたぱたと走り去っていった。

 それを見送ったアケウが玄関の扉を閉めると、プルイナが提案する。

 

『まずは調べなくてはなりませんね、このウィッシェルについて。

 ホウセはどの程度知っているのですか?』

「表通りと、見ていいって言われた施設の部分だけかなぁ。

 あんまり長居したことがないのもあるけど、武器庫とか、そういうのは見たことない」

『では、まずは一日、調査に費やしましょう』

『監視が付いているだろうから、慎重に行かなければな』

 

 行政魔術意思は、自分たちとウィッシェル人に危害を加えない範囲でなら無期限の滞在を許すと言っていた。

 鎧たちの提案に従い、彼らはそれぞれ調査を開始した。

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