不意に胸を揉んでもシリアス顔すれば深読みされて許される説   作:バリ茶

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2話

 

 

 

 

 

「──タイガ様」

 

 とても、マズい。

 

 何が良くないかというと、時節が良くない。

 神がかり的なタイミングの悪さだ。

 俺は早朝に一人で、こっそり聖都の宿を出ていった。

 今日は誰との約束も無く、勇者パーティの少女たちにも、休暇ということで好きに過ごしてもらうことになっていた──はずだった。

 

「……アイリス」

 

 にもかかわらず、彼女は何故かここに現れた。

 勇者パーティの後方支援担当こと、聖なるクソデカおっぱいで俺を惑わすロリ巨乳──アイリスだ。

 俺が神祇官からの命令で、勇者パーティという部隊に所属する前から、何かと聖都での生活をサポートしてくれてた恩人でもある。

 

 だが、それはそれ、これはこれ。

 コレはパーティのメンバー全員に言えることだが、彼女らは魔物に対して容赦がなく、討伐の旅に出ると途端に心に遊びがなくなる。

 何が言いたいかというと、そんな殺伐とした環境でのみ行動を共にする俺に対しては、勇者パーティの面々は『仕事場における上司』という認識以外、何の感情も持ち合わせていないということなのだ。

 ハーレムとは、あくまで男女の比率の話というだけであり、よくわからん神を崇拝し魔物をぶっころころしたい気持ちでいっぱいな彼女たちにとって、俺はただちょっと強いだけの知り合いなのである。

 

 ……アイリスに関しては、この世界での生活の面で多少気にかけてくれている、というのは分かるが。

 それも恐らく教会からの命令だろう。

 同じ部隊に所属する異世界人に対して、召喚云々について他より知識がある聖職者が、上から対応を任されるのはごくごく自然な流れだ。

 さて、そんな俺の世話を任されてしまった苦労人なロリ巨乳のアイリスだが、彼女がこの場にいるという事実が少々危うい。

 

「タイガ様っ」

「ま、待て。そこで止まれ、アイリス」

「えっ……」

 

 果たして彼女は()()()()()()()()()()()()()のか──それが問題なのである。

 本当にヤバい。

 おっぱい揉みたいと喚き散らしていたところを目撃されていたとしたら、下手すればアイリス本人の手で紋章を起動されて抵抗できなくなり、そのまま王城で斬首刑なんて流れも十分あり得る。

 ……というか、幽霊の翔太郎と話していたことがバレていたとしたら、計画がすべて台無しだ。

 仮にすべてを聞かれていたとしたら、教会に仕えるアイリスからすれば、世話してやっていた上司が実は自分を性的な目で見ていて、なおかつ魔王の討伐という大任も放棄して夜逃げしようとしている、という認識になってしまう。いや、事実としてそうなのだが。

 

 どうしたものか。

 泣いているところ見られていたとしたら、クールキャラも瓦解してしまうではないか。

 クソ、もはやこれまでか──

 

 

『いいかい、間宮』

 

 

 ハッとした。

 先ほど、翔太郎から貰ったヒントが、脳裏によぎった。

 念には念を入れて、彼本人はここから遠ざけて森の方へ逃がしたが、俺の心の中にはアイツの言葉が強く残っていたのだ。

 

『意味深に振る舞うんだ。まず何よりシリアスな雰囲気で、同情を誘う。これだ。きみが彼女たちのデカすぎるおっぱいを揉むためには、まずここから始めるべきなんだ』

 

 そうだった。

 アイツは言っていた。

 シリアスな空気感を纏え、と。

 ウソも言い訳も見抜かれるのが怖いのなら、その設定の”想像”を相手に任せてしまえばいいのだ。

 偽りの真実を語るよりも、相手に強い思い込みをさせる事こそが、この世界における攻略法だ。

 とはいえ、俺たちの会話の全てを聞かれていたとしたら、そこにはゲームオーバーの文字しか残されない。

 そこんとこどうなんだい、聖女さん。

 

「アイリス、何故ここにいる」

「……申し訳ございません。余計な気遣いだとお思いになられるかもしれませんが、タイガ様が心配だったのです。聖都の宿より、少し離れて尾行しておりました」

 

 意外なことに、彼女は取り繕うことなく白状した。

 さすがは教会の懺悔室を任される地位にある少女といったところか、どうやら嘘でこの場を乗り切るつもりはないらしい。

 虚言と虚栄で逃げ道を作ろうとしている俺とは、まるで正反対な光の存在である。まぶしい。

 

「……情けないところを見られてしまったな。失望しただろう」

「い、いえっ、そんな! ご友人を亡くされて、平然としていられるはずがありません。あれは、人として当然の──ですから、失望などあり得ません……っ!」

 

 探りを入れるつもりで話してみたが、こちらの予想とは裏腹に、アイリス本人はあまり余裕がなさそうだった。

 何を言うかは決まってないが、とにかく声をかけてみたとか、そんな雰囲気を感じる。

 

「どこまで聞いていた」

「それは……その。……タキガワ様に、懺悔を」

「……そうか」

 

 はい~!

 終わりました!

 翔太郎におっぱい揉みたいよぅと相談してるとこ、聞かれてました! 死んだ……。

 どうすんだこれ。

 本当に意味深ムーブだけで乗り切れるのか、この状況。

 

「理解しただろう、アイリス。俺はそういう人間なんだ。勇者と呼ばれるにふさわしい、高潔な人間ではない。……強い人間では、ないんだ」

 

 シリアスな雰囲気ってこれで合ってる?

 もう全部聞かれた以上、なんとか同情してもらってこの場を見逃してもらうしか方法がないんだが。

 きっと走って逃げたら追いかけられるので、ゆっっくりと踵を返し、ゆっっっくりと歩き出した。

 どうだ、俺の背中から『放っておいてくれ』というオーラがにじみ出ているだろう。

 シリアスムーブ講座その一。

 恥ずかしいところを見られても焦らないこと、だ。これ大事。

 徹頭徹尾クールなキャラ、という仮面は剥がれたが、それでも気難しい男だというイメージは崩さないように振る舞おう。

 

「──まってください、タイガ様ッ!」

 

 ワンチャンここから逃げればリカバリーできなくもないから、見逃してくれ、と。

 そう考え、背を向けて離れようとしたその瞬間──彼女が後ろから抱きついてきた。

 

「ひ、ひとりになっては、いけません」

「…………」

 

 何事。

 

「…………?」

 

 えっ、なにごと?

 あの、ちょっといいか。

 

 

 ──背中に、クソデカおっぱいが、当たっている。

 

 

「頼りないと、知ったような口をきくなと、そう思われてしまうかもしれません。ですが、どうか。どうか……一人で、抱え込まないでください」

 

 アイリスが何か言っている。

 それは分かる。

 だが、困ったことに、その何もかもが耳を通り抜けてしまう。

 たぶん、テメェ逃がさねぇぞとか、このまま教会に連れてって斬首だぜとか、そういう脅しの類だと思われるのだが、俺には何の声も入ってこない。

 

 ──お、おっ、おっ。

 おっぱいが、柔らかい感触が背中全体に広がっている。

 背中全体に感触が広がるって、どんだけデカいんだよその乳。ふざけすぎだろ、おっぱいオバケかよ。

 ちょっと待って、本当に集中できない。

 俺が逃げようとしたから、教会の人間であるアイリスは立場を優先して俺を拘束した。それはわかる。スゲーよくわかる。

 しかし抱き着いて引き留めるとはどういうことだ。

 アイリスに限らず、勇者パーティの面々はみんな拘束魔法が使えるはずだ。

 それを使って縛り上げればいいのに──待てよ。

 まさか、冥途の土産のつもりなのか?

 おっぱいおっぱいうるせェから、死ぬ前にこの感触だけ味わわせてやるよ、ということなのだろうか。

 

「ですから──わたしを──」

 

 神はここにいたのか。

 このロリ巨乳、聖職者の鑑かよ。

 慈悲ってのはこういうことを言うんだな。

 死ぬ前だろうと何だろうと、半年間も目の前にありながら、視線を外し一ミリも触れなかった憧れのシスターおっぱいを背中全体で堪能させてくれたのであれば、もう未練があっても死んでいい。

 

「タイガ様。……お願い、申し上げます」

「あぁ、そうだな。ありがとう、そうさせてもらう」

「──ッ!」

 

 とりあえず上辺の返事だけ返し、思考を殺して、ただひたすらに背中の感触に全集中する。

 胸の呼吸、乳ノ型、清廉なるロリシスターの聖なるホーリーおっぱい背中味わい──

 

 

 

 

 

 

「……ですから、わたしをお使いください。どのような要求であっても、喜んでご奉仕させていただきます。だからどうか、どうか──おそばに置いてください。わたしにも背負わせてください、タイガ様。……お願い、申し上げます」

 

 とても身勝手な要求だということは分かっていた。

 こんな、分かりやすい引き留め方をしても、首を縦に振ってはくれないのだろうと、最初から理解していた。

 それでも言わなければならなかったのだ。

 あのとき、黒騎士と相対したとき、私は彼に何も言えなかった。

 だからもう、後悔したくない。言葉にするべきことは、伝えられるときに伝えるべきなんだ。

 たとえそれが、無謀だと分かっていても──

 

 

「あぁ、そうだな。ありがとう、そうさせてもらう」

 

 

 ──まさか。

 こんな奇跡が、あり得るのだろうか。

 どうか必要としてほしいと、身勝手に願った。

 そうしたら、必要としてやると、彼はそう言ってくれた。

 わたしにとって、こんなに都合のいい、願ってもない展開がこの世にあっていいのだろうか。

 

「……は、あ。あぁ、ああ、ありがとうござます、タイガ様」

 

 幼い頃から教会への従事を強制されていたわたしを、冒険の日々へ連れ出してくれた、恩人にして英雄。

 タイガ様が、必要としてくれた。

 突き放すように、女性になどまるで興味を示さなかった彼が、わたしのことだけは受け入れてくれた。

 あぁ、信じられない。

 あぁ、こんな喜びが、わたしの人生にあったなんて。

 タイガ様、わたしの、勇者様──

 

 

 


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