不意に胸を揉んでもシリアス顔すれば深読みされて許される説   作:バリ茶

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3話

 

 

 

「タイガ様、エレナさん、お夕飯ができました」

 

 現在寝泊まりに使用している聖都の宿──その二階の大部屋で、魔法使いのエレナと、次の討伐の旅に向けた荷物の準備をおこなっていると、エプロン姿のアイリスが部屋に入ってきた。

 時刻は夕日が沈んだ頃。

 今日中に斬首されるのかと身構えていた俺は、これがどうして未だのうのうと息をしていた。

 自分の首を触り、まだ胴体と頭が繋がっていることに安心を覚えたのか、不意に顔がほころんでしまう。

 そんな俺を見たアイリスもまた、嬉しそうな表情をして、居間のある一階へと降りていった。

 

 数時間前、翔太郎の墓が鎮座している草原に現れたアイリスは、なぜか俺の不審な発言を教会に告発することはせず、ただ『帰りましょう』の一言しか発さなかった。

 その時は彼女の行動の意味を察せなかったが、今ならわかる。

 

 これは、俺の背中に幸福の源を密着させてくれた時と同様、聖職者という立場からなる慈悲に他ならない。

 いわゆる最後の晩餐というやつだ。

 曲がりなりにも半年間、このパーティで冒険をしたのだから、最後に別れの挨拶と食事くらいはさせてやる、ということなのだろう。

 性的な目を向けられている、と発覚したというのに、それでもこんな行動に出るなんて、あまりにも優しすぎる。あいつ聖母の生まれ変わりか何かなのだろうか。その無駄にデカすぎる乳に詰まってるのは慈愛の心だったんですね。

 

 ──さて、頼れる仲間の気遣いによって、なんとか数刻の延命が叶ったわけだが、このチャンスを見逃すわけにはいかない。

 背中で幸せいっぱいおっぱいを堪能したときは死んでもいいと考えてしまったものの、助かる可能性が増えたのであれば話は別だ。

 俺の目的は変わらず、ホムンクルス錬成による翔太郎の蘇生と、元の世界への帰還にある。

 同情と憐みで心の救済を図ってくれたロリ巨乳シスターには悪いが、それでハイ罪を償って死にますと、素直にギロチン台へ身を捧げられるほど、殊勝な感性は持っていないのだ。

 

 しかし夜逃げを企てているとはいえ、それを察知されてはお話にならない。

 なので抜け出す逃走経路を頭の中で組み立てつつ、今晩の就寝前までは、敬虔な信徒の如く大人しく死を待つ男として振る舞うことに決めたのがついさっきだ。

 

「ふっ……最後の晩餐、か」

 

 悟ったようにそう呟いて立ち上がる。

 すると、すぐそばにいたエレナが、目を見開いて硬直していることに気がついた。

 おそらくアイリスによる情報共有で、俺が現在置かれている状況は把握しているはずであるため、大方俺が無様に抗うとでも考えており、その実態が意外にも殊勝なもので驚いたのだろう。

 

「……ね、ねぇ、勇者」

「どうした、エレナ」

 

 おずおずと、後ろから俺に声をかけてきた。

 彼女は俺を名前ではなく勇者と呼ぶ。俺個人になど興味はなく、あくまで勇者という立場だから仲間として振舞っているんだ、という意思表示なのかもしれない。多分この認識は間違っていない。この世界の魔法使いってだいたい他人に興味ないやつらだし。

 

「っ! ……いえ、なんでもない。先に行くわね」

 

 俺が返事をするよりも早く、エレナはそそくさと一階へ降りていった。

 あの余所余所しい態度も、相手が自分の胸を揉みたがっている変態だと判明したあとなら、当然の反応だ。

 むしろ普通に会話しながら荷物の準備を手伝ってくれただけありがたい。

 彼女と今生の別れになるのは、やはり寂しさを感じてしまうな。

 あのローブの下にあるハリのいい巨峰を揉みしだいてから、ここを去りたかった──

 

 

 ──ん?

 

 いや、待て。

 落ち着け。

 何か、おかしくないか。

 

 実際にこの目で見たわけではないが、きっとアイリスは他の二人のパーティメンバーにも、俺の処遇については事前に話してあるはずだ。

 ヤベーやつなので近日中に処刑しますぜ、と。

 だが、それだとこの状況はおかしい。

 エレナはどうして──わざわざ()()()()()()()荷物の準備を、手伝ってくれたのだろうか。

 殺されてパーティから永久離脱するメンバーの荷物など、バッグのスペースを潰してまで入れる必要はないはずだ。

 四天王の一人を討伐しに向かう旅が始まるのは、今日から数えてちょうど一週間後。

 近いうちに死ぬ仲間の荷物など、今のうちから処分を始めてもおかしくないはずなのだが──

 

「間宮、おい間宮」

 

 突然、聞き馴染みのある声が、鼓膜に響いた。

 聞こえた方向、つまり背後を振り返る。

 そこには、やはり見慣れた悪友の姿があった。

 

「翔太郎。どうしてここに」

「心配だから様子を見にきたんだ。あと、いろいろと情報を伝えにね」

 

 幽霊である彼と会話しているところを見られるとマズいため、部屋のドアを閉めてから向き直った。

 翔太郎の気持ちは嬉しいが、いまは時間がない。

 

「一階で彼女らが待ってるから、手短に頼む。遅くなったら怪しまれる」

「……少しだけ会話を聞いてたし、パーティメンバーの様子も確認していたから、状況は分かってる。だからこそ、一つ提案があるんだ」

 

 今の状態で、他に何かできることがあるのだろうか。

 

 

「逆転の発想だ。むしろ()()()()()()

 

 

 生粋のエロゲハンター、つまり百戦錬磨の恋愛マスターとも言い換えられる立場にある彼からの提案は、まさに目から鱗だった。

 

「まず前提として、あのアイリスという少女だが、僕らの会話が全て聞こえるような距離にはいなかった。物陰から早歩きで向かってきたから、聞こえたとしても最後のほうだけ……しかも、間宮の声だけだろう」

 

 確かに幽霊である翔太郎の声は、彼が幽霊になった術式の一部を応用した俺にしか聞こえない。

 あのドヤ顔で語っていた異世界おっぱい攻略作戦は、俺以外の誰かには絶対に認識されていないということになる。

 

「恐らく間宮が思っているほど、深刻な事態には陥っていないはずだ。内容が不確かな会話だけで殺されるほど、勇者という立場も弱くはない」

 

 言われて気がついた。

 俺、一応は人類側の主戦力じゃん。

 服従の紋章も仕込んであるし、そんな簡単に手放しはしないか。

 

「──だから、おっぱいは揉める」

「ッ!!!!!!」

 

 衝撃で尻もちをついた。

 翔太郎のそのセリフが、まるで確信しているかのような、あまりにも自信に満ちたものだったから。

 おっぱいが、揉める。

 それは本当なのか、友よ。

 

「あぁ、揉める。きみがシリアスに振る舞って、意味深な空気を醸し出せば出すほど、その確率は上昇し続ける。きみたちは仮にも半年間、何度も死線をくぐり抜け、苦楽を共にした仲なんだろう? 彼女らの様子を加味しても、間宮への”情”は少なからずあるはずだ」

 

 そうだろうか。

 いや、そうかもしれない。

 俺の親友は女装写真をSNSにあげて男を引っかけて弄ぶ性悪クソゴミ人間だが、人を見る目は確かなのだ。

 

「触れてくるに足る大きな理由があって、それには自分の献身が必要なのだとか、触らせなければきみの身が危ないだとか、そういった思い込みをさせる空気感を出せればそれでいい。罪悪感は何よりも強い武器になる」

「……いいのか。俺はまだ、あの栄光(爆乳)を掴むために、戦ってもいいのか?」

「あぁ、いいんだ。……ていうか、寧ろそうしないといけないんだぞ」

 

 な、なにっ。

 俺が胸を揉まなければいけない理由だと。

 

「間宮。きみ、やりたいことを我慢する際の、自分への言い訳は上手なくせに、結局直前になって『やっぱり諦められない』って開き直るタイプだろ」

「ど、どうして急にそんなひどいことを言うんだ」

「いや、だって前期の試験のとき、勉強がんばる!って気合い入れてたくせに、前日になって『ノート写させてくれ』って懇願しにきたじゃないか。つまりそういうことだよ」

「…………」

 

 ぐうの音も出なかった。

 こまった、ちょっと勝てない。

 

「どうせ我慢してても、この世界を脱出する直前になって、やっぱり揉みたいってワガママ言うに決まってる。だからきみに必要なのは、この世界における未練を綺麗サッパリなくすことなんだ」

「なるほど。──つまり、おっぱいを揉めばいいってことだな?」

「あぁ。当初の予定通りに、ね」

 

 そうか、なるほど。

 目標が明確化されて助かった。俺一人じゃ今夜の逃走ルートを考えるので手一杯だったからな。

 やっぱりお前がいてくれてよかったぜ、相棒。

 

「間宮……彼女らのおっぱいを揉むのに確実な方法はない。だからこそ僕たちで検証しよう」

「もちろんだ。俺たちの手で検証し、証明して見せる。──不意に胸を揉んでもシリアス顔すれば深読みされて許される説をッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は、ヒーローだった。

 

 十五歳の頃、生まれ育った故郷を、魔物の軍団に滅ぼされた。

 あの日、両親を目の前で殺されたその時から、アタシは復讐の炎でのみ生きていた──否、生き永らえていたのだろう。

 名のある大賢者の弟子入りを志願し、死に物狂いで認めさせ、魔法を極めて聖都入りしたあと、アタシは勇者パーティなる部隊に配属された。

 近く召喚されるであろう異世界人の勇者を支え、強襲による敵側の主戦力を殲滅することが目的のチームだと聞いたが、別にどうでもよかった。

 故郷を滅ぼした、あの巨大な竜を殺すことができれば、それ以外のことは何でもよかった。

 

 彼は、寡黙だった。

 

 聖導国家エドアールは、これまで異世界召喚を何度もおこなっていたそうだが、それはいつも無残な結果に終わっていた。

 聖剣との適性値が高い年齢の少年少女を召喚しても、勇者の称号を与えられた彼ら彼女らは()()()()()

 驕り高ぶり、”ちぃと”だなんだとのたまい、自分は強いと嘯き続ける。

 そして、つまらないところで躓き、命を落とす。

 なぜか、異世界の人間は、この世界に召喚されただけで、自分はまるで物語の選ばれし主人公のような立場だと錯覚し、聖剣の強力な加護に酔ってしまうらしかった。

 

 だが、あの青年は違った。

 寡黙で、冷静で、現実を見ていた。

 それでいて、どうしようもないほどに、アタシにとってのヒーローだったのだ。

 

 他の勇者たちとは違い、彼は、タイガは、真の意味で勇者だった。

 どいつもこいつも『復讐は虚しいだけだ』とか『オレが支えになってやる』だとか、唾棄すべき綺麗事やできもしない約束ばかりする中で、彼は何も言わず、ただ行動で示して見せた。

 故郷を滅ぼした竜を追い詰め──アタシ自身の手で討伐させてくれた。

 フォローしなくてもいい弱い魔物から庇っただけで、気安く撫でようとしてくる一人目の少年とも、ただ自分の力を誇示し続ける三人目の少女とも異なっていた。

 ただアタシの目的を理解し、それを支え、恩を着せるようなことも口にせず、淡々と仲間として戦い続けてくれた。

 

 勇者とは、彼のことだ。

 勇ましく、優しく、強い者のことだ。

 ──けれど。

 

『──ああああぁぁぁァァッ゛!!!!』

 

 彼も人間だった。

 アタシはひどい勘違いをしていた。

 物語から出てきた舞台装置ではなく、タイガはタイガというひとりの人間だったのだ。

 見知らぬ土地へ召喚され、死地へ赴くことを強制され、何も思わないはずがない。

 何も感じないはずがない。

 辺境の地で黒騎士を殺したあの日が、きっと決定打だった。

 アイリス曰く黒騎士は、彼と同じようにこの世界へ召喚された、かつての親友だったそうだ。

 

『どうしたらいいんだ親友ッ!! 教えてくれェッ!!!』

 

 その姿に、強く絶望を感じた。

 彼にではなく、自分自身に。

 勇者という幻想に、復讐と理想の妄執に囚われ過ぎて、大切な人のことが何も見えていなかった自分に、心底殺意が湧いていた。

 

『──わたしたちが必要なのです』

 

 アイリスは迷わなかった。

 アタシよりも幼いはずの彼女は、迷ったことを後悔して、今度は迷わないようにと、覚悟を決めていた。

 アタシは変わらず、ただ悄然と立ち竦むばかりだった。

 許せない。

 こんなことではいけない。

 きっと、アタシにもできることが、何か──

 

 

「ふっ。……最後の晩餐、か」

 

 

 ──あぁ、ダメだ。

 このままでは、きっと駄目だ。

 

「……? どうした、エレナ」

 

 彼の瞳の奥に、自らの生への諦観が映っている。

 親友を手にかけた自分への罪悪感と、勇者という立場そのものの重圧に耐えかねて、何もかもを諦めようとしている。

 最後の晩餐だなんて言葉が、無意識に溢れてしまうほどに。

 

「……いえ、なんでもない。先に行くわね」

 

 もう迷っている暇はない。

 きっとアイリスだけでは足りないのだ。

 気持ちの問題ではなく、まず彼自身を物理的に死なせないようにしなければならない。

 拘束魔法や催眠など、勇者が本気を出せば破れる枷はどれも無意味だ。

 

「死なせない。……絶対に、死なせたりしないんだから」

 

 階段を下りながら、今度こそ覚悟を決めて前を向いた。

 魔法を極めたアタシにしかできないことが、きっとあるはずなのだ。

 もう時間がない。急がないと、何もかも終わってしまう。

 

 ほんの少しだけ待っていて──アタシの、勇者。

 

 

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