不意に胸を揉んでもシリアス顔すれば深読みされて許される説   作:バリ茶

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6話

 

 

「はぁァ゛ーっ、ハァッ……だ、大丈夫か、エレナ……」

「え、えぇ……なんとか」

 

 魔物の軍団が暴れている居住区へ向かった直後のこと。

 

 戦場となったそこへたどり着いたとき、民家を襲う魔物たちと戦っているエドアール側の戦力が、実質エレナだけだったことに、俺たちは気がついた。

 どうやらロモ……ポコチンのやつは、俺の殺害計画に相当念を入れていたようで、勇者墓地に一番近い居住区からの援軍を強襲によって防ぐだけではなく、聖都の兵たちがその居住区へ向かうための道までも、数に物を言わせた魔物の大群で封鎖しているらしかった。

 そういうわけで、この居住区にいる味方は常駐している警備兵と、空を飛ぶことで道の封鎖を無視して現場に急行できる、魔法使いのエレナだけだったようだ。

 

 雑魚の寄せ集めとはいえ、物量だけは一人前な魔物たちが相手では、流石に大賢者の弟子であるエレナも一筋縄ではいかず、警備兵が民間人を避難させる都合上、ほぼひとりでここを任されていた彼女の負担は絶大なものであった。

 というわけで、勇者乱入。

 そこらへんで武器を拾った先輩たちの助力もあって、居住区を襲った敵は、だいたい片付けることができた。

 しかし、ホムンクルス錬成で、スーパー超絶に生命力を消費した直後の戦闘は、さすがに肉体が堪えたのか、俺はふらつきを抑えられないまま重力に従い、仰向けに倒れてしまった。

 

「勇者っ!」

 

 咄嗟にエレナが受け止め、そのまま膝枕に移行し、即座に簡易的な回復魔法を発動し始めてくれたため、大事には至らなかったものの、普通に肉体が限界なのでハチャメチャに眠い。

 あと膝枕されてる影響で、視界がエレナの下から見たデカおっぱいで真っ暗だ。

 

「ぐぬぬ……」

「大丈夫だぞ、十代目。残りはオレたちが始末しておくから、おまえは暫く寝てなさい」

「そうそう。あとはウチらに任せてねぇ」

 

 じゃあ、お言葉に甘えて、あとはよろしくお願いします先輩方──なんて返事もままならないまま、俺はエレナのちょっと蒸れた下乳の香りを胸いっぱいに吸い込みながら、下半身の一部が隆起するよりも早く、意識を手放してしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()、と。 

 

 視線の先で戦う二人の少女を前にして、そう思えてならないのだと、アタシの記憶が叫んでいた。

 タイガを新たな勇者として迎えてから、もう半年が経過しようというのに、未だ脳裏に焼き付いている、あの少年と少女の顔がチラついて止まらない。

 

 勇者の十代目にあたるタイガが、この世界へ召喚されるよりも前──アタシは三人の勇者とパーティを組んだことがあった。

 一番最初に行動を共にした勇者であり、妙に馴れ馴れしかった六代目こと、トウマ様。

 同じパーティに所属するも、仲間として関りを持つよりも早く、魔物との共存を目指すと言って聖都を飛び出し、遺体となって戻ってきた七代目勇者。

 そして大賢者の弟子でありながら、勇者を二人も死なせた愚か者として師匠に投獄され、一年間の幽閉を経てから、新たに出会った、八代目のサヤ様。

 

 誰も彼もが、中途半端なところで脱落した。

 腕は確かだった。それは疑いようのない事実だ。

 聖剣の力を存分に引き出せているという点を鑑みれば、勇者としての資質を疑う余地はなかった。

 しかし、ダメだった。

 だって、いつの間にか死んでいたから。

 自分がいるから大丈夫だとか、明るい態度で希望に満ちた発言ばかりしていたのに、アタシの見ていないところで、彼らは下級モンスターの群れの中心で命を落としていたのだ。

 

 ちぃととやらで、仲間を守り続けるんじゃなかったのか。

 復讐のためだけに生きるのはきっと辛いから、一緒に楽しいことを見つけていこうと、そう言っていたではないか。

 最初からそんなこと言わなければ、こっちも落胆なんてしなかったのに。

 

 ──この世界は理不尽だ。

 身に覚えのない歴史が因縁となって、アタシの生まれたときから既に、魔物と人間は戦争をしていた。

 聖剣が魔王によって制限をかけられ、この世界の人間には扱えない代物になってから、この国も手段を選ばなくなったらしく、気がつけば異世界人の召喚などという禁忌にも手を出していた。

 だが、そんなこと、アタシにはどうしようもない。

 アタシ一人では、人間と魔物の戦いは止められない。

 ちっぽけなただ一人の人間では、異世界からの実質的な拉致という、国の最高指導者が下した決定に対して、連れてこられた本人への同情だけで、命をかけて反旗を翻せる理由もない。

 

 だから、思考を停止した。

 故郷を滅ぼした相手への復讐だけを考えればいいと、自分自身を極限までシンプルにした。

 優しかった母を、育ててくれた父を、暖かい居場所を与えてくれた村の人々を鏖殺した、あの憎き竜を殺せればそれでいいのだ、と。

 ただその判断が、自分自身を狭量な人間にするだけの悪手だったことに気がついた頃には、すべてが遅かった。

 タイガは墓石の前で泣き崩れ絶望し、トウマ様もサヤ様も故人となっていた。

 

「ふー……終わった。まだ割と残ってたな」

「そだねぇ。十代目が寝る前にバフかけてくれて助かったよ」

 

 故人となった──はず、なのだが。

 

「いこ、六代目。ウチら教会にバレたらやばいし」

 

 互いを”六代目”、”八代目”と呼び合い、タイガを十代目と呼称する、あの少女たち。

 彼女らの姿には、見覚えがあった。

 師匠の書庫にあった本の中に、ホムンクルスについての概要が、少しだけ記述されたものがあり、その一例として挙げられていた完成体の絵に、あまりにも酷似しているのだ。

 

「──待ってください」

 

 付近の無人となった民家にタイガを寝かせ、そこから出ていこうとする少女二人を、後ろから呼び止めた。

 二人は分かりやすく肩を跳ねさせ、玄関に向かっていた脚がピタリと停止する。

 

「……トウマ様と、サヤ様……なのですか?」

 

 その質問に、彼女らはあからさまな狼狽を見せつつ、首を横に振った。

 

「な、何のことだかサッパリだぜ。なぁ八代目?」 

「そっ、そのとーり。ウチらただの旅人なんで……」

「……八代目と、言っています」

「あっ!」

 

 あわあわと慌てて口を塞いでいるが、もう遅い。

 それ以外の互いの呼び方を考えていなかったのか、トウマ様もサヤ様も、これよりも前に何度かボロを出している。

 ので、疑惑は確信に変わっていた。

 どういうわけなのか、二人は肉体をホムンクルスに変えて、いまアタシの目の前で生きている。

 経緯は不明だが、事実としてそうなっている。

 困惑する心を無理やり押さえつけながら、アタシは玄関を塞いで、二人の前に立ちふさがった。

 

「……く、詳しく説明をしてください。とてもではないですが、アタシはいま冷静さを欠こうとしています。誤魔化されたら、このまま教会に連絡してしまうかも……」

「ぎゃー! わかった話す! ちょっと落ち着け、エレナ!」

 

 強めの脅しが功を奏したようで、二人は諦めて肩を落とし、ぽつりぽつりと事情の説明を始めてくれた。

 

 

 曰く、タイガが四天王の一人を倒した。

 

 潜伏先を発見し、約一週間後に強襲をかける予定だった、指輪の骸骨が勇者墓地で逆に襲い掛かってきたため、返り討ちにしてやったと。

 名前は知らなかったが、どうやらポコチ──い、いや、この名前本当か?

 そんなことあるのか。

 ……とりあえず、彼女らが言うのなら、そうなのだと割り切るとして。

 その、ポコなんとかを倒した結果、タイガは敵の指輪を入手し、使い方が分からず四苦八苦していると、その力によって偶然ホムンクルスが生まれた。

 結果的に、亡霊の状態でこの世を彷徨っていたトウマ様たちが乗り移り、現在に至る、とのことだった。

 

「……そう、ですか」

 

 後ずさり、全身から力が抜けていくのを感じる。

 知らなかった。

 異世界から召喚された人間が、この世界では死後も昇天することはなく、意識と魂を遺体のそばに拘束され続けるだなんて事実は、今この時をもって初めて知った情報だった。

 数年間、二人はあの薄暗い墓地で、時が止まったようにただ存在していた。

 いや、彼らだけでなく、この世界へ召喚された、タイガと九代目を除く、すべての勇者がそうだったのだ。

 その心境を察することは、この世界の人間である自分には叶わない。

 彼らは一体どんな気持ちで、あの墓地の亡霊でい続けたのだろうか。

 

「四天王、が……」

 

 そして、二人を葬った存在が、低級モンスターに化けていた、四天王の一人だった事実も浮き上がり、混乱で思考が止まりかけてしまう。

 勇者たちの死因に気づかず、ただ冒険を続けていた自分は、なんだったんだ──と。

 

「エレナちゃん、だいじょうぶ……?」

 

 少女の一人が寄り添おうと近づいたが、手を前に突き出して制止した。

 

「……そんなの、思わないじゃないですか」

 

 怪しい言葉遣いになっていることを自覚しながらも、感情がそのまま口から出てきて止まらない。

 

「二人とも、楽観的だったから亡くなられたんだって、そう思ってたのに……」

「あ、あはは……」

「生きてる時のオレたちが、如何に軽薄そうなヤツだったかが、よく分かるセリフだな……」

 

 命がけの任務なのに、二人とも異様に明るいし。

 

「トウマ様は、事あるごとに頭を撫でてくるし、たまにこっそり着替えを覗きに来るし……」

「う゛っ──」

 

 少女が一人、膝をつく。

 

「サヤ様は、スキンシップとはいえ距離が近いし、アタシが口につけた水筒を欲しがるし、水浴びのときは『全身洗ってあげる』と言って迫ってくるし……」

「はうゥ゛ッ──」

 

 少女がもう一人、膝をついた。

 

「コソコソ……おい八代目、なにしてんだよお前……!」

「だ、だって男の子も女の子も、どっちも好きなんだもん……特にエレナちゃんかわいいし。ていうか六代目もヒトのこと言えなくない……?」

 

 それから、もうひとつ。

 

「……あの、相変わらずみたいなので、この際言わせていただきますが、冒険中も今現在も──アタシの胸を見過ぎです、お二人とも」

 

 バタバタ、と死んだように二人の少女が倒れ伏した。何やってるんだこの人たち。

 

 

 ──彼らが善良な人間だということは、最初から分かっていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()こそが、聖剣に適合できるため、召喚陣に反応してこの世界へ呼ばれた時点で、二人の根底にある属性が、ヒトにとっての”善”であることは明確だった。

 

 けど、二人とも、ちょっとばかり……というか結構なセクハラ人間だし。

 勇者パーティの一員として、拒否しないようにはしていたけど、こんなえっちな人たちが勇者なはずはないと、アタシは考え続けていた。

 アタシの中にあった勇者像は、清廉潔白な白馬の王子様という、最近の幼い少女でも恥ずかしくて思い浮かべないような、理想の人物だったから。

 タイガが寡黙で理性的な分、余計に彼女ら二人のアレさが浮き彫りになってきて、心のどこかでこの二人を嫌いになりたがっていたのかもしれない。

 

 でも結局、思い返してみれば、やはり二人は()()()()()だったのだ。

 

「……申し訳、ございませんでした」

「えっ」

 

 復讐だけを目標に、打ち解けようとしなかった自分を恥じた。

 

「待って待って、この流れで謝るのウチらのほう!」

「オレたちこのままだと、セクハラして相手に謝らせたヤバい勇者になる──」

 

 タイガが復讐を果たさせてくれたおかげで、狭まっていた視野を広げることができていたわけだが、もう少し早くこうなっていれば、どれほどよかったことか。

 アタシに気を遣って、トウマ様は先行した。

 復讐優先で自暴自棄になりがちなアタシを心配して、サヤ様は単独で群れを討伐しに向かわれた。

 もう少し、仲間として、接していれば。

 そんな後悔が胸の内からこみあげてくる。

 

 タイガに夢中だった。

 今も、きっとそうだ。

 この二人が目の前に現れさえしなければ、こんな気持ちになることは、おそらくなかったに違いない。

 ただ、墓標を何度も訪ねて、軽く贖罪した気になって、満足する日々だったかもしれない。

 

 肢体など、見ればいい。

 胸など勝手に触ればいい。

 自分の世界から切り離され、ここに呼ばれた彼らの気持ちは、帰るべき故郷を失ったアタシこそ理解しなければならなかったハズなのだ。

 

「こ、こっちこそゴメンねぇ……! あわよくばおっぱい触れないかなって思いながらスキンシップしてました……」

「すまなかった! 結局エレナを置いてく形で死んだのは事実だし……ごめんっ!」

「アタシが、む、胸なんか触ってもいいと、言葉にしておけば……」

「それは違うんじゃないかな!?」

 

 そうして、お互いに感情を、思いついた言葉を後先考えずに出し続けて。

 ようやくアタシと彼ら二人は、仲間としての距離を、ほんの少しだけ縮めることができたのであった。

 

 

 

 

 

 

 ──ハッ。

 意識が戻った。戦況は、現状はどうなっているんだ。

 

「でも、やっぱりタイガが一番好きです……」

「こ、こんな後輩のどこが……あ、いや、確かに良いとこしかない……? クッ、自慢の後輩め……!」

「ウチは六代目も好きだよぉ。十代目とエレナちゃんの次くらいに」

「ううぅっ……! 悔しいのに後輩が立派に勇者してて誇らしい……!」

 

 現状。

 どこかの民家のベッドの上で、仲間の魔法使いに膝枕されながら、少女三人の団欒の中心。

 上におっぱい。

 左右にロリの柔らかい肢体。

 即座に、これは夢だと断定し、俺は再び夢の中へと二度寝を決め込むのであった。おっぱい。

 


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