不意に胸を揉んでもシリアス顔すれば深読みされて許される説   作:バリ茶

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8話

 

 

 

 私は人間でありながら、魔物だった。

 

 聖騎士シャルティアという名を得たのも、つい最近の話だ。

 所属は魔王軍側であり、故郷も家族も、普通の人間のソレとは異なっている。

 捨てられた幼子である自分を育ててくれた、魔物の父に報いるために、スパイとして聖導国家エドアールの騎士団に潜入したのが、二年ほど前の話だ。

 受けた命令は、勇者と呼ばれる異世界人の監視。

 必要であれば、彼らの暗殺──それが主な任である。

 

 ……だったのだが、ここ数ヵ月の私は、魔王軍の一員としての自覚が、少々薄れていた気がする。

 勇者は事故で命を落としたり、四天王に討伐されたりで、私自らが手を下したことは一度としてなく。

 その状況を憂いて、もっと間近で監視するために勇者パーティへ加入したにもかかわらず、彼らとの日々が思いのほか楽しくて、とうとうタイガが勇者になってから、無事に半年が経過してしまった。

 ダメだ、これでは。

 父に合わせる顔がない。

 

 というわけで、勇者討伐の実績が一番高い幹部である、四天王のロモディンに、本日勇者が単独行動をする旨の情報を流した。

 これでいい。

 私は魔物。体は人間だが、心は人間ではないのだ。

 タイガたちと過ごす時間は、一時の夢に過ぎなかった。

 こうして裏切り、もう物理的に戻れない状況に自分を追い込んでしまえば、未練も躊躇も消え去ってくれるはずだ。

 

 聡明な彼のことだから、勇者墓地へ向かう情報を流した犯人が私だということには、既に気がついていることだろう。

 エレナは人類至上主義を掲げる大賢者の弟子にして、勇者パーティの最古参。

 アイリスは魔物が立ち入れない聖教会出身の聖女──と、ここまで来ればあとは、不自然なタイミングでパーティ入りした私しかいない。

 

 ので、もう覚悟は決まっている。

 次にタイガと相対するとき──私たちは命の奪い合いをすることになるだろう。

 既に騎士団は抜けてきた。

 私を慕ってくれていた、見習い騎士の少年にだけは別れを告げ、聖騎士の証である鎧と剣も置いてきた。

 このエドアールで、少なからず得た人間らしさというものを全て捨ててきたのだ。

 ここまですればきっと、タイガが相手でも戸惑うことはなくなるはずだ。

 

 

「さらばだ、私の友人、私の勇者──」

 

 

 居住区にある一軒家。

 現在、タイガとアイリスが休憩場所として使っている住居。

 そこへ、大爆発を引き起こす火球を放った。

 彼らがこれで死ぬとは思っていない。

 これは言うなれば、訣別の意味を込めた攻撃だ。

 今この時をもって、私は人間から魔物へと戻る。

 

 火球が直撃した木造住宅は、一瞬で大爆発を引き起こし、跡形もない焦土と化した。

 けたたましい爆発音を耳にして、騎士団とエレナが駆けつけるのも、時間の問題だろう。

 そのまま黒煙が霧散するのを、ただじっと待つ──すると、やはりその中からは、金髪の少女を抱きかかえた青年が、ほぼ無傷で出てきたのだった。

 

 殺気に反応して、バリアを張ったらしい。

 アイリスを抱きかかえているアレは、確か“お姫様抱っこ”というやつだったか。

 あぁ、懐かしいな。

 深手を負った私を、暴走したゴーレムの攻撃から守るために、一度だけタイガがあの形で抱えて逃げてくれたのを、よく覚えている。

 これまで生きてきた中で、私をまともに女性扱いしてくれた、数少ない存在……勇者タイガ。

 やはり彼は、いつ見ても、陰険な自分にとっては眩しすぎる存在だ。

 

「──邪魔をしてくれたようだな、シャル」

 

 タイガが、真っすぐに私を見つめて、いつもの落ち着いた声音で呟く。

 シャルティアと名乗る自分を、シャルと愛称で呼んでくれるのは、勇者パーティの三人だけだ。

 だが、きっとそんな事実も霧散する。

 国内に侵入していたスパイ、裏切り者のシャルティアと呼称され、愛称があった事実など、誰もが忘れていくのだろう。

 

「アイリスは気を失っている。爆発の衝撃もあるだろうが、お前から攻撃を受けた事実が余程ショックだったんだろうな」

「……そうか。それは、悪いことをしたな」

 

 心にもない発言だ。本当は、殺すつもりで撃ったのだから。

 

「シャル、今回の攻撃の意図を聞くつもりはない。お前にも事情があることは百も承知だ」

 

 タイガは極めて勇者らしく、平静なまま状況を理解し、余計な押し問答は不要だと告げている。

 やはり、彼は聡明な男だ。

 

「その上で聞くぞ。()()()()()俺と戦うつもりはあるか?」

 

 ──背筋が凍りつくような、殺気。

 裏切られたことへの憤りか。

 それとも魔物と相対すれば、相手が誰であっても、必ず向ける敵意なのか。

 

「もっ、もちろんだ。私も……覚悟の上で、ここにいる」

「……そうか」

 

 彼は小さく呟くと、アイリスをそっと地面に寝かせ、聖剣を携えた腰元に手を添える。

 

「──魂の色が、見える」

 

 ロモディンを倒したであろうタイガは、奴から獲得した指輪を眺めながら……いや、すぐさま私に視線を移し、鋭い眼光で睨みつけてきた。

 喉が鳴る。

 緊張と恐怖で、胃の奥底が痛み始める。

 今この瞬間まで、彼と敵対するということの本当の意味を、私は理解できていなかったらしい。

 心臓の鼓動はもはや爆発してしまうのではないかと錯覚するほどの速さを刻んでいる。

 私は、ここから、生きて帰れるのだろうか。

 

「シャル。やはりデカいな、お前の(ちち)は」

「──っ!?」

 

 タイガは私を見透かしている。

 魂の色を通して、心の中を覗いている。

 確かに、そうだ。

 否定はできない。

 私の中で(ちち)は、とても──計り知れないほど大きな存在だ。

 しかし、違うのだ。

 父のために、という思いもあるが、私はあくまで自分の意志でここに立っている。

 

「ち……父は、関係ないだろう。私は元々きみとは相容れない存在だったんだ。だから──」

「違うな、間違っているぞ。シャル」

 

 彼は腰の聖剣を抜かない。

 何を思ったのか、一歩、また一歩と、武器を持たないまま私の方へ歩み寄ってくる。 

 

「大いに関係がある。お前のクソデカな乳は、どうやら俺を本気で怒らせたらしい」

「だっ、だから父は関係ないと言っているだろう!」

 

 私は魔物に育てられた。

 魔王が支配する区域こそが故郷だ。

 元々の種族が人間というだけで、私は身も心も魔物なのだ。

 確かに父は厳しかった。

 生きたければ従えと、死にたくなければ闘えと、幼い頃から暴力と血の臭いに囲まれて育ってきたが、決して闘うことしか知らないわけじゃない。

 私は父に支配されているわけじゃない。

 魔物として生きてきたから、人間と戦うべきだと自分で判断した。

 あれは、別に、そう、戦う理由の一部に過ぎないのだ。

 ちがう──違う、はずなんだ。

 

「お前の乳を許すわけにはいかない。そんな堂々と存在感を見せつけやがって、ふざけるな。必ずこの手で……」

「う、うるさい、うるさいうるさいッ!! 父ではない! おまえの敵は父ではなく、目の前にいる私だろう!? 闘えタイガっ!」

「──黙れ」

「っ……!」

「見えると言っただろう、魂の色が。俺がこの手で触れ、乳を浄化しない限りお前に未来はないぞ、シャル」

「浄化だと、ふざけるなっ! わたしは! ……わ、わたしは、わたしのっ、意思で……」

 

 魂の色──なるほど合点がいく。

 きっと、私の魂の色は混沌としているに違いない。

 人間にも、魔物にも染まり切れない半端者、それが私。

 だからこそ、タイガは一瞬で見抜いてしまった。

 私自身が否定している事実に。

 見て分かるほどに存在感を放つ父親の影を感じ取り、彼は一つの真実に到達してしまったのだ。

 シャルティアという女は未だ、魔王軍の優秀な戦士に育て上げようとしていたあの父親の、傀儡に過ぎないのだと──

 

「ぅっ、あ……」

 

 後ずさった。

 心根が揺らぎ、本気でタイガとぶつかり合うための、理由というものを見失ってしまった。

 もし、この姿を父が見れば、哄笑をあげるに違いない。

 どこまでも中途半端な奴だ、と。

 

「浄化してやるぞ、シャル。お前の乳を!」

 

 ダメだ、戦えない。

 戦場で志や戦うための信念を失ってしまった者には、敗北あるのみだ。

 逃げなければならない。

 体勢を立て直して、心を再び鬼にしなければ、今この場で負けて、二度と立ち上がれなくなってしまう。

 だというのに、脚が動いてくれない。

 

 あぁ、父上。

 私はどうすれば──

 

 

 

 

 

 

 もう少しだった。

 

 俺の夢が、叶う瞬間だった。

 比喩抜きに、あと一歩でアイリスのふざけたクソデカなロリ巨乳を、この手で掴めるところだった。

 翔太郎と考案した、不意に胸を揉んでもシリアス顔すれば深読みされて許される説が、今まさに立証される寸前だったのだ。

 魂の色だとか適当なことをぬかして、意外と思うところがあったのかアイリスが驚いた顔で固まったので、とりあえず様子見で一旦ひと揉みイケる──はずだったのに。

 

 許さんぞ、シャルティア。

 このくっ殺デカパイ生真面目ショタコン爆乳聖騎士デカ乳女め。

 もはや遠慮なしに、お前の乳を揉んで揉んで揉みしだくことでしか、俺の怒りは治まらない。

 あっ、なに後ずさってんだおまえおっぱいコラ!

 逃がすか!!!!!!!

 

「──いけませんっ、タイガ様!!」

 

 後ろから光の鎖が飛んできて、俺の手足に巻き付いてきた。

 十中八九アイリスの拘束魔法だろうが、こんなものでは止まらない。

 

「うぅっ……! シャル様、お逃げください……ッ!」

「あ、アイリス、どうして……」

「タイガ様は頭に血が上られてます! とにかく、今は逃げて──」

 

 うおおおおおおおお離せ!!!!

 あの爆乳揉んで泣かしてやる、くっころ騎士がァ!!!!!

 

「ち、違う……私は、きみたちを攻撃したんだ。なのに、なんで……」

「それは──……で、でもっ、わたしたち勇者パーティは、唯一無二の共同体であるハズです! まだ、話し合いだってしてない! だから、どうか今はお逃げください!」

 

 あっ! なんかエレナも来た! 邪魔すんなよお前!!

 

「ちょっ、何なのよこの状況……っ!?」

「エレナさん、鎮静睡眠魔法をタイガ様に! シャル様を一旦この場から離脱させなければなりません!」

「え、えぇ……!? ……あー、もう、とりあえず了解だけど! ──シャルっ! あんた、後でちゃんと連絡しなさいよ!」

 

 ああああぁぁぁァァ゛ァ゛ッ゛ッ!!!

 よくも、よくも俺のおっぱいチャンスを──グゥ……。

 

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