TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す   作:緑茶わいん

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紅髪の公爵令嬢:リオネル誕生パーティ(後編)

 公爵令嬢ベアトリス・デュナンにとって、リディアーヌ・シルヴェストルは「突然現れた理不尽な障害」だった。

 

「宰相の長女リディアーヌ様がリオネル殿下と婚約なさるそうだ」

「そんな……!?」

 

 ある日突然、ベアトリスは父から第三王子リオネルの婚約を告げられた。

 本当に急な話だったのだ。何しろ、王子の婚約相手は今まで争いに参加してさえいなかった人物なのだから。

 それまで婚約者候補として最有力なのはベアトリスだった。

 

 ベアトリスは王子より二歳年上の十歳。

 公爵家の長女で、九歳の時に魔法の力に目覚めた才女。王子とは八歳の時から何度も顔を合わせていた仲である。我が儘なあの少年は年上の女に躾けられるべきだし、二歳も差があればリオネルが思春期にさしかかる頃にちょうど『身体の準備』が終わっているはず。

 長く伸ばしたダークブロンドの髪も金髪の女を尊ぶ王家の伝統に合致している。シルヴェストル公爵夫人のセレスティーヌほど見事な色合いでないのは残念ではあるものの、実際に王子をさらっていったリディアーヌはそもそも紅の髪である。

 これが、セレスティーヌの容姿を色濃く引き継ぐ次女のシャルロット相手ならまだ納得できたのだが。

 

「どうしてですの、お父様!? わたくしに何か不備がありまして?」

「いや……。どうやらリオネル殿下の強いご希望らしい。シルヴェストル公爵邸で初めて会ったリディアーヌ様をその日のうちに気に入り、婚約を望まれたとか」

「あの殿下が自分から婚約を望まれるなど信じられません」

 

 リオネルは少々素直すぎる性格だ。

 母である王妃が十分に愛情を注いでいることもあって母性に飢えておらず、女に興味を示さない。外を走り回ったり剣を振り回したり、チェスの勝ち負けを気にしたり、男性らしい娯楽を好んでいる。

 令嬢が気に入られること自体が難しく、多くの好敵手(ライバル)達が挫折を覚える中、ベアトリスは「またお前か」とうんざりした顔をされるのにも負けず逢瀬を積み重ねてきた。王子が恋愛を意識するようになった時、彼との繋がりにおいて他を突き放すために。

 だというのに、あのお子様が令嬢に興味を持ったとは。

 

「リディアーヌ様と言えばあの引きこもりの出来損ないでしょう? それがどうして急に……」

 

 リディアーヌ・シルヴェストルに関する情報は少ない。両親が揃って「他人様にお見せできる状態ではない」と詳細を伏せていたからだ。

 幼くして母親を亡くして以来、人が変わったように荒れるようになったという話であり、つい最近まで屋敷に軟禁状態だったはずだ。

 挙句、使用人から毒殺されかけるなどという事件まで起こしたのだから、少なくとも性格に難があるのは確かだと思っていたのだが。

 

「お披露目は殿下の誕生パーティーにて行うらしい。お歳がお歳だ。子供の参加も認められるだろう。どうする、ベアトリス?」

「もちろん参加するわ。リディアーヌ様が殿下に相応しい方なのかどうか見極めなくてはならないもの」

 

 母もベアトリスの決意に賛成してくれた。

 

「ええ、そうね。殿下のお相手に相応しくないようなら、リディアーヌ様には早いうちに舞台から降りていただかなくては」

 

 王家の行く末を案じるような言葉だが、実際は「潰せるものなら潰してしまえ」という意味だ。ベアトリスもそれを分かった上で「はい」と笑う。

 多少揺さぶりをかけられたくらいで潰れるようなら潰れる方に問題がある。困難の多い貴族社会においてはそれが真理であるとベアトリスは心得ている。果たして、今まで引きこもってきたリディアーヌはきちんと理解しているだろうか。

 

 誕生パーティーは約一か月後。

 当然その間、単に出席の準備だけを整えていたわけではない。ベアトリスは手紙を書いたり、あるいはお互いの家に出向いたりして友人・知人と連絡を取り合い、意思統一を図った。

 ベアトリスは子供世代における最大派閥のリーダーでもある。こういう時、公爵令嬢の立場は強力に作用する。対抗馬になりうるのはそれこそリディアーヌくらいだが、彼女には同世代との繋がりがない。

 

「わたくし、長年懇意にしてきたリオネル殿下を奪われた気分なのです」

「まあ。それはそれは。心中お察し致します」

「ベアトリス様にはリディアーヌ様へ文句をぶつける権利があると思いますわ」

 

 何人もの令嬢があっさりとベアトリスの味方につき、形勢はもはや戦いを始める前から明らかだった。その間、リディアーヌが何をしていたかと言えば、味方を増やそうとするわけでもなく、学園に出入りしては誰かを訪ねていた様子。

 気になって調べてみれば、会っているのは()()オーレリア・グラニエだとわかった。

 

(なるほど。常識から外れているのではなく、常識がないのね)

 

 よりにもよってこのタイミングで魔女と交流を持つなど、自分から悪評を広めに行っているようなもの。手ごたえがなさ過ぎて拍子抜けだが、手を抜いてやるつもりはない。

 

(リオネル様と結婚して王族入りを果たすのはこの私よ)

 

 王子は他にもいるが、ベアトリスとは少々年齢が離れている。また、第一王子と第二王子は側室の子であるため格が落ちる。

 地位とはそれを維持し、さらに上を狙ってこそ意味がある。

 次期王になるかもしれない男の妻には自分こそが相応しい。

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 そして、パーティ当日。

 父と共に会場入りしたベアトリスは挨拶回りの傍ら最後の根回しを行った。ついでにリディアーヌに関する情報も集めたが、やはり大した成果は得られなかった。

 

「とてもお美しい方だという話もありますが……」

「それならば引き籠もっている必要もないと思うのだけれど」

 

 それとも、母親が早死にしているくらいだし身体が弱いのだろうか。だとしたら引きずり下ろす手間がさらに省けるのだが。

 途中、鈍臭そうな伯爵令嬢に声をかけ、いざという時に「使う」準備をしたりしつつその時を迎えて、

 

「……な」

 

 高台に上がったその少女を見て、思わず絶句した。

 炎を思わせる苛烈さと紅玉のような華やかさ、さらに少女としての愛らしさが同居する美貌の少女。やや気の強そうな雰囲気がかえって人目を惹きつける。プライドにかけて「自分より美しい」とは言わないが、

 

「おお、あれが宰相殿の愛娘」

「屋敷に閉じ込めて人前に出さない癖に娘を貶されると不機嫌になるのが不思議だったが、もしや、単なる過保護だったのか」

 

 容姿だけでなく挨拶も堂に入っていて十分に見事な出来栄えだった。

 大人達が口々に褒めるのを見て、ベアトリスはひそかに唇を引き結んだ。それから「準備をしておいてよかった」と笑みを浮かべる。

 子供達が別会場へと移された後は派閥の令嬢達と感想を言いあいつつ、さりげなくリディアーヌへの敵意を伝える。直接的に「やれ」と命令するのは品の無い行いだ。誰かに聞き咎められた時のためにも明言は避け、誰かが自主的にやってくれるよう仕向ける。

 そんな時、さっき声をかけた伯爵令嬢が輪に入ってきて、呑気にリディアーヌを褒め始めた。

 たちまち責められて絶望の表情を浮かべる彼女。使えるかもしれない。ベアトリスは令嬢を炊きつけてリディアーヌへの嫌がらせを命じた。さっきと同じく、あくまでも匂わせる形で、だ。

 

(馬鹿な子)

 

 特定の上位貴族と仲良くするということはその者の派閥に入るということだ。覚悟も駆け引きを行う知恵も足りていない彼女は食いつぶされるしかない。大した繋がりのない伯爵令嬢一人で大きな結果が出るならこちらとしては大歓迎だ。

 

 ベアトリスが罪に問われることはまず考えられない。

 バレなければ何をやっても罪にはならない。そして、バレたところでベアトリス自身は()()()()()()()。明言しなければ命令にはならない。曲解して悪戯をしかけた者が愚かだっただけのこと。もしあの伯爵令嬢が糾弾してきても派閥のメンバーがベアトリスを擁護してくれる。

 他の参加者など所詮は群衆。致命傷にならない小競り合いごときでベアトリスとリディアーヌ、いずれかに肩入れするほど暇ではないはず。選択されるのが傍観であれば、有利は数の利を持つこちら側だ。

 

 勝てると思った。

 しかし、企みは上手く行かなかった。

 

「魔法の腕比べなら喜んで受けて立つから声をかけてちょうだい。ただし、挑戦したいからって周りの人や()()()()()()に迷惑をかけないでね。そんな奴は泣かしてやるから」

 

 愚かだと断じた伯爵令嬢は愚かすぎて思うように動かず、代わりに手を下した派閥メンバーの魔法もリディアーヌの魔法防御に阻まれてしまう。一度目は何かの間違いかとも思ったが、二度目の攻撃が失敗に終わったことで偶然でないことがわかった。

 リディアーヌは八歳にして魔法の扱いに慣れている。

 オーレリア・グラニエの元に通い詰めているという事実が途端に別の意味を帯び始めた。気に入った者にしか靡かないという魔女から教えを受けているのだとすれば。

 

「待て。泣かせるとか物騒にも程があるぞ。お前、姉上から変な影響を受けているんじゃないのか」

 

 ベアトリスが寒気を覚える中、リオネルは呑気だった。

 淑女に対するものとは思えないほどざっくばらんに声をかけ、リディアーヌもまたそれに自然体と思える様子で答える。

 

「事後の宣言では物言いがつきそうですので、今のうちに宣言しただけです。わたしはオーレリアさまと違って最低限の分別はつきますのでご安心を」

「どうだかな。……とにかく、せっかくのパーティーを台無しにするな。決闘なら庭にでも出てからやれ。俺、いや私に声をかけるのも忘れるなよ」

「あら。リオネル様は決闘をご覧になりたいのですか?」

「お前の言う『泣かす』がどういうものか興味があるからな」

 

 何を言っているのかわからない。

 泣かすだの決闘だの、とても令嬢の発想とは思えない。むしろ精神的には男子に近いのではないだろうか。信じられない思いに捕らわれつつ、無関係を装って挨拶をすれば、一転してごく普通の挨拶が返ってくる。

 

「リディアーヌ・シルヴェストルと申します。どうぞお見知りおきくださいませ、ベアトリスさま」

 

 周囲から感嘆の吐息。奇妙な言動で注目を集めた上で己の能力を見せつける。嫌味なやり口に苛立ちは更に高まり──。

 

「ベアトリスか。どうだ、私の婚約者は? こいつはなかなか面白いのだぞ。チェスもお前より上手いのだ」

 

 他でもないリオネルからの自慢話が最後の決め手だった。

 ベアトリスは派閥の人間にさりげなく攻撃の指示を出した。傍から見ればちょっとした仕草。しかし、それを皮切りに容赦のない悪意が注がれ始める。

 そして、それも軽くいなされた。

 

 足を躓かせようとすれば、リディアーヌはよろけた先でリオネルにそっとしがみつく。「何をやっているんだ、お前は」と婚約者を支える王子の姿がむしろ二人の仲を強調してしまう。

 塩を混ぜた飲み物を掴ませれば、最初の一口目こそ顔をしかめたものの以降は何の反応も示さずグラスを空にしてみせる。残されたグラスを確かめれば塩気は全く感じられなかった。おそらく、魔法で不純物を取り除いたのだろう。

 毒殺を企てたメイドが処刑を免れた件を話題に上げれば、

 

「ああ、あれはわたしが嘆願したのです。死刑ではあまりに可哀そうですもの」

「リディアーヌ様は罪人に対してお優しいのですね」

「いえ。ただ、死刑とは罪を贖わせるためのものではなく、次なる罪を減らすための刑だと思うのです。それは理解できますが、次のための生け贄にされるだけで終わっては賠償金を負担させられるジゼルの実家が可哀想でしょう?」

 

 まるで「生きて償わせることが最も重い罰」と言わんばかりの態度。堂々と紡がれたあまりの意見に気圧される者まで現れてしまう。

 常識が違いすぎる。

 しまいには派閥の末端にある少女の一人が逆に「飲み物に塩を混ぜられた」と騒ぎ始める始末。しかし、リディアーヌはそのグラスに触れるどころか彼女に近づいてすらいなかった。物質生成の魔法を遠隔操作したのだとすれば、それはもはや高等技術の域である。

 

(これ以上の深入りは危険すぎる)

 

 ベアトリスはリディアーヌから距離を取り──結果、誕生パーティー中にまともな被害を出すことは叶わなかった。

 

「なんなのよ、あの女は!?」

 

 自室に戻ったベアトリスは「一人になりたい」と使用人を下がらせると大声で吐き捨てた。

 リディアーヌ・シルヴェストルはまともじゃない。

 美しい容姿を持っているかと思えばしっかりとした立ち居振る舞いを披露し、年齢に不釣り合いな魔法の力まで持っている。他人の悪意を認識した上でそれらを全て受け流し、更にはただの善良さではなくある種の思慮深さまで覗かせる。

 ただの引きこもりにできることじゃない。

 考えられるとすれば、シルヴェストル公爵家が敢えて隠していた可能性。冴えない噂によって油断させたところで鮮烈にお披露目し、その存在を認めさせる策だとしたら。

 

「認めない。認めてたまるものですか」

 

 その日から、ベアトリス・デュナンの一番の目標はリディアーヌ・シルヴェストルを痛い目に遭わせることになった。リオネルの妻になるのはその次。

 結果的にこの決断がベアトリスに長きにわたる苦闘を強いることになるのだが、この時の彼女は当然、まだそのことに気づいていなかった。


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