TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す   作:緑茶わいん

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モレ伯爵家での問答

 サラの実家──モレ伯爵家の屋敷は高級住宅街の端近くにある。

 広さとしては我が家の1/4程度。前世の感覚で考えると十分豪華な庭に到着すると、俺はアンナの手を借りて馬車を降りた。同行しているもう一人のメイド、エマがすかさず日傘をさして陽の光から守ってくれる。

 

「ありがとう、エマ」

「いえ」

 

 微笑みかけるとクールな返答。

 彼女は我が儘娘時代から俺の担当だった。アンナ(最年少)にジゼル(問題児)と偏っていた人選の中でエマが選ばれた理由は、ジゼルと同い年であり若手であることが一つ。もう一つはおそらく、いまいち愛想が足りないせいだ。

 仕事自体は早くて丁寧なので笑えばもっと重宝されると思うのだが、

 

『今の待遇に不満はありませんので』

 

 と本人は全く意に介していない。ならばせめて、と、他家への訪問など人手が足りない時の応援をお願いしている。

 応援についてはエマも拒否していない。イベントに駆り出されるのは一般メイドの職務に含まれている、という考えらしい。

 

「ようこそいらっしゃいました。リディアーヌ・シルヴェストル様」

 

 到着した俺は中年に差し掛かったメイド長をはじめ複数の使用人によって出迎えられた。

 身分の差とは恐ろしいもので、家の中で冷遇されていた俺に対して「可能な限りの人を集めました」といった感じの歓待ぶりである。

 

「ごきげんよう。お招きいただいたお礼を持って参りましたので、受け取っていただけますか?」

「有難く頂戴いたします」

 

 貴族社会においては子供が友達の家に遊びに行くだけでも手土産が必要になる。もちろん品物の量や品質は家柄に合ったものが必要だ。

 複数の手土産は使用人を介して渡される。アンナの主導で受け渡しが行われる中、俺は先んじてエマと共に屋敷内へと招かれた。案内された先は通い慣れたサラの部屋、ではなく伯爵家の応接間だった。

 どうしてここなのかと思えば、

 

『──!』

『────。────』

 

 入り口まで近づいたところで複数人が言い争う声。

 サラの声も聞こえるが内容まではわからない。メイド長へ視線を送れば、彼女は困ったような顔で部屋のドアをノックした。

 

「リディアーヌ様がいらっしゃいました」

「お通ししなさい」

 

 返ってきた声を聞いて、そういうことかと納得する。

 魔道具の照明が取り付けられ、装飾付きの宝剣が飾られた応接間には(使用人を除いて)三人がいた。一人は薄紫色の髪と瞳を持った大人しそうな令嬢──友人のサラ・モレ。後の二人は略式の正装を纏った男性と、来客用のドレスを纏い化粧をした女性。

 

「ごきげんよう、モレ伯爵。伯爵夫人。こんにちは、サラ」

「リディアーヌ様……!」

 

 スカートを摘まんで会釈をすれば、浮かない顔をしていたサラがぱっと笑顔になる。同時に彼女は他の二人を気にするように視線を送って、

 

「これはこれは、リディアーヌ様。ようこそお越しくださいました」

「歓迎いたしますわ、さあ、こちらへ」

 

 娘の様子に気づいているのかいないのか、サラの両親は立ち上がって俺をテーブルへと招いた。

 

「それでは、失礼いたします」

 

 笑顔で応じ、エマの引いてくれた椅子へと腰かけながら思う。

 友達の家に遊びに来たと思ったら、当たり前のように両親が同席してきた。しかも入室直前のあの声。

 

『どう考えても楽しい話じゃないわね。いったいどういうつもりなのかしら?』

 

 

 

 

 伯爵夫妻は挨拶だけして席を外す……などという様子もなく、笑顔で天気の話題などを振ってきた。それに営業スマイルで応じている間にお茶の準備が整えられ、茶菓子と併せて供される。

 

「頂いた品で恐縮ですけれど、せっかくの上等なお菓子ですのでお出ししてもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろん構いません」

 

 手土産の中にはバターや砂糖をたっぷり使ったケーキもあった。八分の一サイズに切り分けられたそれが皿に載せられてそれぞれの前に置かれる。前世の俺なら「客に食べさせたら自分の取り分が減る」と心の狭いことを思うところだが、あまり日持ちしない物なので早く食べた方がいいというのもわかる。

 

「そうだ。せっかくですのでお渡ししたお茶の方も試していただけませんか?」

「お茶、ですか……? こちらは普通のお茶では?」

「いいえ。茶葉は同じですが製法が異なりまして、青茶と呼ばれているそうです」

 

 後から到着したアンナが淹れ方を実演してみせる。俺が飲みたがるので専属であるアンナはもう慣れっこである。

 名前の通り青っぽい色味の茶葉から抽出されたお茶は見た目上は紅茶とあまり変わらない。ティーカップに注がれたそれに俺は率先して口をつけた。

 出先での飲食は同行した使用人が毒見をするのが普通だが、今回はお持たせなので省略。ティーカップも湯で温めるついでに軽く洗われているので危険は少ない。

 念のために解毒の魔法も使った。魔法による毒対策は俺に限らず貴族では一般的らしく、大人になるまでに身に着けるべき魔法として知られている。

 

「中でもこの銘柄はわたしのお気に入りなのです」

「ほう。では……」

 

 伯爵家の面々も遅れて、恐る恐るという様子で茶を口へ。すると、サラがまず「とてもすっきりしていますね」と素直な感想を述べた。彼女の言う通りとても飲みやすいお茶に仕上がっている。烏龍茶に近い口当たりだ。

 

「青茶。そういえば、以前にも飲んだ覚えがあります。あの時飲んだものは独特の香りがもっと強かったと記憶していますが」

「そうですね。確か、他国の一部地方で薬として用いられていたお茶ではなかったかしら?」

 

 伯爵夫妻はあまり好みではなかったのか、早々に一杯を空けると普通の紅茶を注がせ始めた。残念だ。いくつも取り寄せた中から俺の好みに合ったものをリピートしているのだが。

 我が家の父も「これはいつもの茶とは別物だな」と言っていたので、紅茶が当たり前の人々からするとあまり飲みつけないのだろう。

 

「私は美味しいと思いますけど……」

「良かった。それじゃあ、迷惑でなければサラは飲んでね。冷やしても美味しいし、脂の多い料理と合わせると後味がすっきりするのよ」

「そうなのですね。是非試してみたいです」

 

 サラが目をきらきらさせながら頷く。彼女は素直かつ好奇心旺盛で読書好き、特に物語を読むのが好きという文学少女タイプだ。食が細い方で、脂っこい料理が続くと辛い、と以前に言っていたので多少なりとも助けになってくれるといい。

 そんなやりとりがあった後、ケーキを味わいながら俺とサラの近況を他愛なく語り合う。

 最近はこんな勉強をした、という俺の話に伯爵夫妻は笑顔で聞き入り、時には相槌を入れたり賞賛の声を上げたりした。彼らが本題に入ったのは話が一段落した頃だ。

 

「リディアーヌ様。娘を派閥に入れてくださったこと、本当にありがとうございます」

「?」

 

 突然何を言い出すのか、という意味を込めてにっこりと微笑めば、伯爵はどう解釈したのか上機嫌で話を続けてきた。

 

「宰相様の長女にして第三王子リオネル殿下の婚約者。類稀な魔法の才をお持ちとの評判も高いリディアーヌ様から庇護を頂ければ我が家は安泰でしょう」

「あの、伯爵さま」

「謙遜なさる必要はありませんわ。派閥入りを希望する方は日に日に増えていると聞き及んでおります。デュナン家のベアトリス様の派閥を追い落とす日も遠くはないことでしょう。どうか当家とも末永い関係を──」

「お待ちください。何のお話でしょう? そもそもわたしは派閥など作った覚えがないのですが」

 

 伯爵夫人まで一緒になって褒めちぎってくるので、俺ははしたないと思いつつも話をきっぱりぶった切った。

 途端、二人は目を丸くして、

 

「何を仰るのです。派閥が無いなどとご冗談を」

「冗談ではありません。少なくともわたしは『自分の派閥に入って欲しい』などと勧誘したことは一度もありません。サラとはお友達ですし、そうした交友関係を派閥と呼ぶのであれば納得はできますが、わたしたちの関係に庇護などという言葉を持ち出すのはあまり好ましくありません」

「な……!?」

 

 口をあんぐり開ける伯爵夫妻。サラは小さくため息をつくと首を振って、

 

「だから申し上げたのです。お父様、お母様。リディアーヌ様はベアトリス様とは違います」

「な、何を言うのサラ。い、いえ、お待ちくださいリディアーヌ様。派閥を肯定なさった上で庇護を頂けないというのはあまりにも酷い仕打ちではありませんか?」

 

 娘の落ち着いた様子とは対照的に母親は動揺を隠そうともしていなかった。

 十歳の小娘相手に下手に出すぎな気もするが、伯爵夫妻のこうした態度にも理由はある。

 

『モレ家は土地持ちの貴族ではないので、お金に余裕がないのです』

 

 サラから前に聞いた話だ。サラ自身は「もっとたくさん本が読みたい」とかそのレベルの愚痴を言ったつもりでしかないようだったが……。

 優雅で贅沢なのが貴族だが、先立つものが無ければ人も雇えないし物も買えない。

 貴族が収入を得る手段は幾つかあるが、その中でも大きいものとして「領地からの税収」がある。このため自前の領地のある土地持ち貴族とそうでない非土地持ち貴族との間には資産的な格差が発生しやすい。

 サラの伯爵家で言えば、土地持ちの男爵家や子爵家の方がむしろお金に余裕があるかもしれない。

 

 つまり、サラの家はお金に困っている。

 手土産を茶菓子に使ったのも賞味期限だけが理由ではなく、公爵令嬢に出すような高級な菓子をそうそう用意できないからだ。もてなす側に気を遣わせるのも悪いので、俺も意図して手土産を選んだ。

 お金が無いなら使用人を減らすとか、そこの宝剣を売るとか方法があるのでは? という話だが、貴族とは優雅なもの。優雅でなければ貴族ではない、というのがモレ伯爵家の考え方らしい。

 そこで彼らはこう考えたのだろう。「お金を持っている人間にたかればいい」。となれば、娘と懇意にしている十歳の公爵令嬢なんてうってつけの相手である。適当に褒めちぎって良い気分にさせ、現金なり高価なプレゼントなりを引き出そうと思っていたに違いない。

 金を寄越せと言いたいならそう言えばいいのに、と思いながら俺は微笑んで、

 

「つまり、公爵から無償の資金提供を受けたいということでしょうか?」

「な」

 

 伯爵夫妻が揃ってぽかんと口を開けた。

 しかし、彼らもさすがに場数を踏んでいるらしい。気を取り直したように笑顔を取り繕って、

 

「分かって頂けるのでしたら話が早い。どうかサラを助けると思って助けて頂けないでしょうか」

「このご恩は必ずお返しいたします。ですのでどうか……!」

「お父様もお母様も止めてください! そのようなことはリディアーヌ様に申し訳なさすぎます!」

 

 夫人に至っては涙まで浮かべ始めた。さすがに泣かれると「可哀そうだ」と思ってしまうのが人情。傍らで必死に表情を取り繕っている伯爵家のメイドたちや極めて理性的な対応をしてくれているサラへの同情も込みでなんとかしてやりたくなる。

 俺は小さく首を捻ると、背後に控えるアンナとエマを振り返った。

 

「ねえアンナ、エマ。お金の足りない貴族家はこういう時、一般的にどういう手段を取るのかしら?」

 

 すると二人は一瞬顔を見合わせてから答えてくる。

 

「そうですね……一時しのぎで良いのであれば家財を売ったり、縁のある家から借り入れたりではないでしょうか。私のように子供が働きに出れば仕送りもできるようになりますから、財政的には安定するはずです」

「支出と収入を改善したいのであれば、子供を行儀見習いや騎士見習いとして出すことも可能です」

 

 女の子であれば行儀見習い、男の子であれば騎士見習いになるのが一般的だ。

 前者はどこかの貴族家、後者は騎士団という違いはあるものの、ある程度若い年齢層から受け入れてもらえる上、最低限の教育と給金が与えられる。基本的に住み込みになるので口減らし+収入アップが見込める貧乏貴族の常套手段。

 そう考えると、娘に十五歳まで教育を受けさせた上で公爵家の正規メイドとして口を繋いだアンナの実家は貧乏ながらもしっかりとした愛情と根性の持ち主なのだろう。

 

「行儀見習いね。……サラさえ良ければ、お養母さまに頼んでみましょうか? 友達としては話ができなくなるからあまり気は進まないけれど」

「わ、私が公爵家で、ですか!? そんな良いお話があって良いのでしょうか!?」

「ええ。もちろん教育は厳しいでしょうし、いいことばかりではないけれど。ああ、でも、同じ屋敷に住んでいればわたしの本を貸してあげやすくなるわね」

「! お母様……!」

 

 サラが熱意を持って振り返れば、伯爵夫人は「信じられない」という表情で首を振る。

 

「そんなみっともない真似をさせられるものですか。……リディアーヌ様、意地悪を仰らないでください。何も高額をせびろうというわけでもないのです」

 

 お前にとっては大した額じゃないんだから黙って寄越せ、と言っているに等しいのを彼女は理解しているのだろうか。




【新しい登場人物】
◇モレ伯爵  :サラの父。貧乏だが見栄っ張り。
◇モレ伯爵夫人:サラの母。貧乏だが見栄っ張り。
◇サラ・モレ :夢見がちで本好きな伯爵令嬢。リオネルの誕生パーティーでいじめられていた子

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