TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す 作:緑茶わいん
こんなに早く卒業式を体験できるとは思わなかった。
黒い制服姿の生徒たちが整然と並ぶ様は前世における中学の卒業式を思い出こさせる。高校を卒業する前に死んでしまったので、俺にとってはそれが最後の式だ。
日本と違うのは髪や瞳の色が多種多様なこと、座り心地の良さそうなしっかりとした椅子が用意されていること、人と人の間隔が十分に取られていること、傍にメイドや執事が控えている生徒が多いこと、校歌斉唱がない代わりに卒業生全員による誓約が行われること等がある。
「国王陛下への忠誠と、国の礎を担う貴族の一員として誠心誠意尽くしていく事をここに誓います」
卒業証書の代わりとして与えられるのは魔石をあしらったペンダントだ。石の表面には国の象徴である天馬の刻印。受け取り後にブローチや指輪、髪飾りにすることも認められており、そういった加工がしやすい細工にもなっている。
ペンダントに封じられている魔法は攻撃から着用者を守るものだ。便利な自動防御である代わりに効果としては低め。定期的に魔力を補充する必要もあるため気休め、お守り程度の代物ではあるが、タダでもらえる物としては間違いなく破格である。
なお、今年のペンダント製作はオーレリアが担当しており、例年に比べて効果が高いという触れ込みである。なお、ペンダントに嵌めこむ魔石の製作には俺も関わっている……というか、おそらく三分の一くらいは俺の担当分である。
『あの女が作った魔道具が卒業生全員に配られるっていうのもちょっとぞっとする話よね』
そこは当然チェック済み。実際に卒業生に配られる品からいくつか無作為に調査したが、防御魔法以外は付与されていなかった。オーレリアの命令一つで全てのペンダントが爆発、とかそういう心配はない。
「続いて、成績優秀者の発表と表彰を行う」
壇上に数名の男女が上がってくる。その先頭に立つのは黒髪黒目の美女──オーレリア・グラニエ。
俺は、祝福のための大きな花束を抱きかかえて彼女に近づいた。
「最優秀、そしてご卒業おめでとうございます、オーレリアさま」
「ありがとう。貴女に祝ってもらえるなんて、これ以上ない喜びだわ」
微笑んだオーレリアは一歩前に進み出て花束を受け取ると、そこから更に身を寄せてきた。受け渡しのために背伸びしていた俺の前に跪くようにして身を屈め、顔を近づけてくる。
傍目からはキスしているような構図に講堂内がざわめく。
しかし、実際には唇は触れていない。ただ俺にだけ聞こえるように囁かれただけだ。
「わざわざここまで来るなんて、本気で警戒しているのね」
「ええ。……言って止まらないのなら力づくで叩き潰す。それがわたしの流儀ですから」
囁き返したせいで「実は二人はできているのでは」なんて噂が流れたらどうしようか。いやまあ、その程度の騒ぎだけで今日を終えられたのなら万々歳か。
自分の席へと戻った俺は何事もなく式が進み、そして終わるのを静かに眺めた。
さて、式が終わった後は三時間程度の準備を経て卒業記念パーティーに移行する。
建前上は自由参加の行事だが、今後のためのコネクションづくりや友人たちとの最後の語らいの場、本格的な大人への仲間入りに祝杯を挙げる席である。よほどどうしようもない用事があったり相当な変わり者でもない限りは全員が参加する。
パーティーが始まるまでの時間は自由時間なので、卒業生は在校生と交流したり、パーティー用の礼服やドレスに着替えたりと思い思いに過ごす。
なお、相当な変わり者である我が師オーレリアは主席卒業生という重要な立場なので否応なく参加が義務付けられている。
「では、副団長さま。最終確認の続きをいたしましょう」
「よろしいのですか、リディアーヌ様?」
「ええ。パーティーにはアクセサリーで対応するつもりですし、学生たちの時間を部外者が邪魔するのも無粋でしょう?」
「ははは、そうですな。では、お言葉に甘えましょう」
パーティー用に使用される食器やカトラリーは全て銀製に統一されている。一部の毒に反応して変色する性質があるからだ。他の毒が用いられるにしても参加者に毒物への警戒を意識づける効果はある。
調理段階での毒物混入は複数人での毒見を義務付けて対応する。それも、専用の毒見役を設けずなるべく持ち回りで。犯人一味は解毒剤を服用しているかもしれないが、一般の使用人はそうではない。何か異常があればその時点でパーティーは中止である。
給仕等で使用人が多くなるのはどうしようもない。そこは警備兵や騎士の数を増やすことで警戒する。
会場は屋内の大ホール。気温が下がり始める時間帯、冬の名残が残る時期とあって窓は基本締め切りになるため、気体状の毒にも要警戒。異常が発生した場合は躊躇なく窓を割るように警備人員に通達済み。
会場内に不審な魔道具がないかも複数回にわたってチェックさせている。この世界にはまだ火薬が存在しないため、爆発物は魔道具および魔法に注意しておけばいい。
生徒たちも「貴族を狙った事件が起こるかもしれない」くらいの噂は知っている。いつどのように起こるとは明言できないものの、学園からも注意を呼びかけているため、最低限の対策は取っているはずだ。
「ホールの天井、および地下は大丈夫ですか?」
「現在、異常がないことを確認しております。見周りも定期的に行い、異常があれば直ちに対処するよう指示を出しました」
何かあった時のために医者や、希少な治癒魔法の達人にも来てもらった。
「使用人を対象とした身体検査は?」
「実施しましたが、どこまで効果があるか……。裏方はどうしても慌ただしくなります。パーティーのための臨時人員もいますし、検査に代役を立てられれば確認は困難です」
「顔写真付きの身分証なんてありませんからね」
「? 写真とは?」
「あ、いえ、こちらの話です」
身体検査を徹底できるかも怪しい。全員を裸にして調べるなんて時間がいくらあっても足りないし、使用人の何割かはメイドである。貴族を相手にしているせいかセクハラ意識が高いので下手なことはできない。そして悪いことにメイド服や執事服は結構物を隠しやすい造りになっている。
学園は敷地も建物も広い。身体検査の間だけ荷物を隠しておくのは難しくないし、全てを捜索するのは非現実的。
肉を切り分ける用のナイフなど最低限の武器なら現地調達も可能だ。
「警戒を察して計画を取りやめてくれれば良いのですが」
「同意しますが、可能な限り対策を整えた場で本番を迎えるのと果たしてどちらが良いものか」
本当、こういう時に受けて立つ側というのはままならない。
どれだけ対策しても対策しきれた気がしない中、パーティーの開始時間が迫ってきて。
「リディアーヌ様、そろそろ会場に参りましょう」
「ええ、そうね。……では、副団長さま。ご武運をお祈りいたします」
「はっ。どうか有事の際には御身を優先されますよう。……ノエル。リディアーヌ様に始終付き添えるのはお前だけだ。何があってもお守りしなさい」
「了解しました、父上。……いえ、副団長閣下」
そして、パーティーが始まった。
真っ白なテーブルクロスに魔道具の燭台。天井には自ら煌めくシャンデリアの数々。見た目にも趣向を凝らされた料理の数々。コツコツと響く靴音も人々の話し声も高い天井に吸い込まれ、賑やかではあっても騒々しくは感じない。
「みなさま、ご卒業おめでとうございます」
「ありがとうございます、リディアーヌ様」
「殿下の婚約者でもある公爵令嬢様からお祝いの言葉をいただけるとは誠に光栄です」
正装に身を包んだ男たちは何割り増しかで凛々しく見え、華やかなドレスで着飾った女たちは目にも美しい。俺も両手に指輪、首にはネックレス、さらには髪飾りにイヤリングと自分を飾っているものの、黒いドレスのお陰でいい感じに脇役になれていると思う。
自分から声をかけにいくのは控えめにしようと思っていても相手から話しかけられた場合はどうしようもなく、結局、俺はほとんど絶え間なく卒業生からの挨拶を受けることになった。
「スパークリングワインはいかがですか、お嬢様」
「いえ、止めておくわ。お酒はもう少し成長してからの楽しみにしておきたいの」
この国に「お酒は二十歳になってから」という決まりはない。下町の平民なんかだと子供も平気で飲んだりするらしいし、貴族の子も「幼いうちから慣れさせるため」と親から酒を勧められたりする。
しかし、我がシルヴェストル公爵家に関しては両親ともに若いうちの飲酒に否定的である。理由は父が「健康を害する恐れがあるから」、養母が「思考が鈍るから」と別々だが、親の方針もあって俺もアランもシャルロットも酒の味をまだ知らない。
前世でも飲んだことがない(正月にお屠蘇を舐めた程度)のでとても興味は惹かれるものの、今飲んだらそれこそ後の行動に差し支える。給仕のメイドからの問いかけは丁重に断った。
そんな風にして一時間以上が経過。
空がだんだんと暗くなりはじめ、卒業生たちも酒が回ってきている。会話が活発になっていいことだし、耳から入ってくる情報だけでも後で精査したらなかなかの価値がありそうだが、今はそれよりも、
「そろそろ、頃合いかしら」
「あら? 何か余興でもしてくれるのかしら?」
「師匠」
オーレリア・グラニエは漆黒のドレスに身を包んでいた。下半身こそふわりと広がって華やかではあるものの、上半身は身体のラインがしっかりと出たシンプルなデザイン。しかも完全ノースリーブと完全に夜会向けの一品である。
これもナタリーの所属する工房製だろう。関係者としてはお買い上げありがとうございます、と言わざるを得ない。
彼女の動向はパーティー開始時点からチェックしていた。そろそろ声をかけたかったので向こうから来てくれたのはありがたい。
「できるだけ動きやすそうなドレスを選んだ、というようないでたちですね?」
「そうね。肌寒さは魔法でなんとかなるもの」
その手があったか、と思う俺だったが、子供がやったら「色っぽい」の前に「寒そう」が来るので周囲が「何か羽織るなりしろ」と言ってくるだろう。
師のグラスの中身、薄い色をした果汁を見つめながら使用人から水のグラスをもらう。コーラが飲みたい。仕方ないのでせめて炭酸を、と水を無糖のサイダーに変えたら師が食いついてきた。
「何をしたの? 少し飲ませなさい」
「構いませんけど……って、全部飲まないでください!」
仕返しに果汁にも炭酸を加えてやったら「ありがとう」と言ってぐいっとあおられた。
「なるほど、炭酸水ね」
「ご存じなのですね?」
「そういうものがある、ということくらいはね。人工的に作るという発想はなかったけれど」
天然の炭酸水が湧く地域があるので知っていたらしい。何やら指を動かしながら「すぐには再現できないかしら」とか呟くオーレリア。今はそんなことどうでもいいだろうに。
「遊んでいてよろしいのですか? 決行が近いのでは?」
「そう言われても、私は最終的な決行日時を知らないもの」
「は?」
マジか? じゃああの意味深な発言はなんだったのか。あるいは今の台詞こそが欺瞞なのかと疑惑の目を向ければ、
「しつこく監視されている状況で連絡を取り合うなんて簡単ではないでしょう? 知っているのは仮決定の作戦内容だけ」
「あなたならどうとでもなりそうですが」
遠話の魔法もある。最も容易とされる方法でさえ制約が多く扱いづらいものの、オーレリアなら指令を伝えることくらいできそうなものだが。
彼女が作戦を主導しているわけではない? あるいは、計画立案に関わっていたが騎士団に睨まれたせいで身動きが取れなくなったか。
だとしたら俺としては嬉しい話だ。できれば師には何もして欲しくない。俺は微笑んでオーレリアを見上げた。
「師匠。卒業祝いにもう一つプレゼントがあるのですが、受け取ってくださいますか?」
「何かしら?」
「アンナ」
「はい」
銀製のブレスレットをアンナから受け取る。表面には複数の魔石。それを見た《漆黒の魔女》は「仕方ないわね」と苦笑し、ゆっくりと腕を差し出してきた。
「着けてくれるかしら?」
「仕方ありませんね」
細く白い腕へとブレスレットを通す。
すると、金属製の輪はひとりでに縮んで腕にぴったりと嵌まった。これなら簡単には外せない。この形状変化はオーレリア自身から吸い取った魔力によって発動している。つまり、地下室で見た魔法封じの魔道具を俺なりに再現したものだ。
『自動型魔道具の
貴族には魔法防御がある。これは自身への悪影響を軽減する効果を持つため『魔法を封じる魔法』も普通ならその影響を受ける。師はその問題を「触れれば魔力が流れるようになっている」自動型魔道具の特性を利用してすり抜けたのだ。
まあ、この方法でも封じられる魔力量には限度があるのだが……。
俺は師が目を瞬いているうちにアンナから「二つ目」を受け取るともう片方の腕にも装着してしまう。魔石の複数搭載で性能不足を補った上で同じものをもう一つ。これだけやればおそらく、オーレリアの魔力を半分以下に抑えられるはず。
問題は、何故素直に受け入れてくれたのかだが。
「師匠。やっぱり、あなたは」
俺が続きを口にしようとした時、会場のあちこちから天井に向けて炎の球が放たれ、周囲をひときわ明るく照らし出した。