リビルドワールド二次創作SSです。
もしもⅥ<下>終盤の戦いで■■■が■■■と共に戦う選択をしていたら?というIFストーリー

変わりゆく運命とその結末とは――

※ハッピーエンドルートです

PIXIVにも投稿しております


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リビルドワールドⅥ<下>IFルート2 彼女の選択

じゃり、じゃり、と少女が瓦礫を踏みしめながら廃ビルに向かって歩いている。

歩を進めているのはユミナだ。カツヤから廃ビルへの突入を聞かされたユミナはアキラへ投降を促すための説得に向かっていた。

ユミナの顔には悲壮な決意が浮かんでいる。これが最後の機会だ、だが投降を促してもアキラは退いてはくれないだろう。そうなれば残る道はもう――

 

「………」

 

なるべくゆっくりと歩きながら廃ビルに入りアキラと話した部屋に向かう。前とは違い銃から手を離してはいない。部屋に入りしばらくするとこちらに向かってくる足音がした。

永遠に辿り着かなければいいのに。ユミナはそう思った。

 

 

 

ユミナがアキラと対峙する。

 

「……アキラ。投降してくれない?お願い」

「……駄目だ」

「……そう」

 

断られるのは分かっていた。それでも聞いた。もうどうしようもないのだと、自身に理解させる為に。

 

「……ユミナ。退いてくれないか?殺したくない」

 

殺したくない。そのような言葉が自分の口から出たことに、アキラは内心で驚いていた。

 

ユミナは既に体感時間の操作を限界まで行っていた。ゆっくりと流れる時間の中でアキラの言葉を聞きながら懸命に思考を続ける。投降は拒否された、これが本当に最後だろう、自分の返答でアキラとの殺し合いが始まる。

自分がカツヤの下に戻ったのはカツヤを助ける為だ。カツヤに助けられる為ではない。カツヤが自分と一緒にアキラと戦えば、カツヤは自分を庇って死ぬだろう。

自分を庇ってカツヤが死ぬなど、絶対にあってはならない。そんな事態に絶対にさせない為には先に自分だけでアキラと戦えばいい。

カツヤの勝率を可能な限り上げる。そのために自身の生還を度外視してアキラに出来る限りの負傷を与える。たとえ自分がアキラのわずかな怪我と引き換えに死んだとしても、それでカツヤが死なずに済む確率がほんのわずかでも増えるのであればそれで――

 

(……?)

 

ユミナは自身の思考に微かな違和感を覚える。

 

(カツヤが死なずに済む確率…?)

 

それはカツヤの勝率を上げる事と同じだろうか。自分とアキラが戦えば間違いなく自分は死ぬ。そうなればカツヤはどうするだろう。

決まっている、自分の仇を討つためにアキラと戦うはずだ。自分の命を度外視して。

アキラの強さの片鱗はイイダ商業区で直に見た。今のアキラの装備はその時より格段に良いものに変わっている。連戦で大分消耗しているはずだがそれでも凄まじく強いはずだ。以前黒い人型兵器と戦うアキラの姿を動画で見た時は想像を絶する強さに自分は絶句した。今の自分はアキラの実力を正しく測れているだろうか?

 

(…もしアキラの強さを見誤っていたら?)

 

自分の覚悟も命もただの無駄死にで終わる可能性もある。例え負傷を負わせてもカツヤがアキラに勝つ保証などどこにもないのだ。むしろ自分が死ねばカツヤがアキラと戦う事は絶対に止められなくなる。それだけは確かだった。

 

(本当にこの選択が正しいの?もうどうしようもない。本当にそう?何か、何か他の方法は…?アキラと戦う以外の道は…)

 

カツヤは死なせない。絶対に。その想いで自分はここにいる。

そうだ、カツヤが勝つ確率ではない、カツヤが生き残る確率。それが最も高い方法は何だ。考えろ、考えろ、考えろ、自分が今できる事――

 

(…!)

 

ユミナの脳裏に閃きが走る。カツヤ、アキラ、彼らに関わる過去の記憶が対処法を導き出す。

 

(これしか、ない)

 

この閃きが正しい保証はどこにも無い。だがユミナはそれに賭けることにした。これが最善の選択だと信じて。

 

 

 

アキラは驚けなかった。

仮眠から目覚め、起きなければならないという何の根拠もない確信。自身の死の気配を掴む鋭敏さ、それが告げる感覚にゆっくりと落ち着いていく自分。ある種の諦観。

向かった部屋の先でユミナが悲壮な決意を浮かべた顔をしていてもアキラは驚けなかった。

 

この先に待つ運命などアキラには分かっていた。ユミナがどんな選択をするのかも。

 

自分に投降を進めるユミナ、拒否する自分。ユミナの気配が臨戦に近づいていく。

退いてくれ、殺したくない。そんな言葉が出たことにアキラは自分で驚く。

だがユミナは本気だ。退くことは無いだろう。きっと自分と戦う道を選ぶ。動いていないだけでもう戦いは始まっている。

だがユミナとの殺し合いを自分からは始められない。どうしても。

だからアキラは待った。ユミナの返答を。ユミナから動いてくれる事を。

 

「…?」

 

アキラが怪訝な顔をする。ユミナから臨戦の気配が徐々に消えて行き銃を下ろしたのだ。

ユミナが目を閉じ、深呼吸を繰り返す。そして目を開くとアキラを真剣な目で見つめ口を開く。

 

「…アキラ、今から私が話す事をよく聞いてて」

「…?あ、ああ、分かった」

 

予想外の返答にアキラが困惑しながら答える。

ユミナは通信端末を取り出しカツヤへ通信を繋ぐ。情報収集妨害煙幕(ジャミングスモーク)の影響も今ではほぼ失われていた。

 

「ユミナ、無事か!どうなんだ?アキラは投降を受け入れたのか?」

「いいえ、投降は拒否されたわ」

「…!それなら早く戻って来てくれ!なんでまだそこに居るんだ!そいつはもう完全に敵だ!殺されるぞ!」

「…カツヤ、最後にもう一度だけ聞くわ。突入を中止する気はないのね?」

「中止はしない。ユミナが戻り次第すぐに突入する。だから早く――」

「分かった。カツヤ、今から私が話す事をよく聞いて」

 

カツヤの返答をユミナが途中で遮る。そして一度深呼吸をするとアキラの方を見ながら決意と共に口を開いた。

 

 

「私は、今からアキラの側に付くわ。アキラの味方としてカツヤ達と戦う」

 

『―――』

 

 

ユミナの言葉にアキラとカツヤが絶句する。ほんの数秒二人の思考が止まった。

 

⦅ユミナは今なんて言ったんだ!?⦆

 

二人の思考が重なる。アキラもカツヤも自分の耳を疑っていた。

先に我に返ったカツヤが通信端末に向けて怒鳴る。

 

「何言ってるんだユミナ!アキラの味方になる!?冗談言ってる場合じゃないだろう!いいから早く戻って――」

「冗談でも何でもないわ。私は本気よ。アキラと戦う道を選ぶなら…私はカツヤと戦う」

 

悲鳴混じりの絶叫を上げるカツヤに落ち着き払った声でユミナは答える。

本気だ。カツヤは大切な幼馴染の声色からそう判断した。何故、と混乱する思考を抑えつつ必死で言葉を探す。

 

「本気…なのか…?俺達と…戦う…?何で…そんな…」

「…カツヤ、駆け出しの頃の巡回依頼の時の事、覚えてる?」

「い、いきなり何の話…」

 

困惑するカツヤにユミナが強く訴えかける。

 

「誰かを助けたい。見捨てたくない。そしてそれが出来なかったのなら、間に合わなかったのなら、せめて仇ぐらいは取ってあげたい。カツヤは昔からそうだったものね。でも、仲間の仇を取るのは、それでもっとみんなが死ぬとしても、どうしてもやらないといけない事なの?」

「それは…」

「確かにアキラには大勢殺されてるわ。でも私達は誤解で殺し合ってるだけなのかもしれない。突入すれば、アキラと戦う道を選べば、大勢死ぬわ。アキラは物凄く強いもの。それは間近で見た私が一番分かってる。私も、アイリも、カツヤも、皆死ぬかもしれない」

「………」

「いろいろ事情がある。カツヤはそう言ってたでしょう?ミズハさんかウダジマさんに何を言われたのかは知らない。アキラと戦わなければならない理由があるのかもしれない。でも、それが何であろうと、私はそれでカツヤに死んでほしいなんて思わないの。命懸けで戦うなら今まで通り私も付き合う。でも命を捨てて戦うなら、止めるわ。今のカツヤの行動は無謀すぎて自殺にしか思えない」

 

ユミナがその本気を口調で示す。

 

「カツヤが本気なら私も本気で止める。巡回依頼の時みたいにね。銃を向ける事になっても、本当に両脚を撃ち抜く事になってでも止める。そっちに居た時にそれをやらなかったのはそれをしても取り押さえられて拘束されるだけだったからよ。そしてカツヤ達だけがアキラと戦う事になる。そんな事にはさせない。だから私はこの手段を取った。ビルに突入するなら、私はアキラと一緒にカツヤ達と戦う。カツヤがアキラに殺される姿を見るくらいなら、カツヤが私を守って死ぬのを見るくらいなら――先に私が死ぬわ」

 

それで通信は切れた。カツヤが通信端末を取り落とし膝を付く。

 

「ユミナ…どうして…俺は…どう、すれば…」

 

カツヤはただ茫然と呟いていた。

 

 

 

通信を終えたユミナがアキラの方に意識を向ける。ひとまずカツヤは止めた、次はアキラを止めなければ。

 

「アキラ、聞いてたわね?私の提案に乗ってくれるなら――?」

 

ユミナが怪訝な顔をする。アキラは有り得ない事を聞いたという様子で驚き固まっていた。

 

(何だ…?ユミナは今なんて…俺の味方をするって言ったのか…?)

「アキラ…大丈夫?」

(ええと…幻覚とか幻聴とかそういうのか…?脳を酷使しすぎたせいか…?)

「ちょっと、アキラ」

(いや…ひょっとしてこれ夢か?仮眠からまだ覚めてなかったりするのか?)

「アキラってば」

(幻覚、夢、どうなんだアルファ、これ現実か?いや落ち着け、アルファは今居ないだろうが)

「…アキラ」

(待てよ…確か俺の偽物が居るとか言ってたよな…まさかこいつは偽ユミナで何かの罠とか――)

「アキラ!!聞いてるの!?」

「うおあっ!?」

 

余りの驚愕と混乱に支離滅裂な思考を始めるアキラをユミナの怒声が正気に戻す。

 

「だ、大丈夫だ。ちゃんと聞いてる」

 

実際は大丈夫でも無ければちゃんと聞いてもいなかったがアキラはどうにかそう答えた。

 

「ええと、それで、その、なんだ、あー…なあユミナ、実は幻覚だったり偽物だったりしないよな?」

「アキラ…?こんな時に何ふざけてるの…?ぶっ飛ばされたいの…?」

 

額に青筋を立てながら冷たい怒気を放つユミナを見たアキラが必死に冷静になろうとする。

 

「ま、待ってくれ!悪かったって!」

 

慌てて頭を振り深呼吸を繰り返しアキラはどうにか混乱から立ち直った。

 

「ユミナ…本気なのか?俺の味方をするとか聞こえたんだけど…」

「本気よ。冗談でもアキラの聞き間違いでもないわ」

 

本気さを滲ませたユミナの言葉にアキラも呆けた意識を切り替える。

 

「本気なんだな?何でそんな…」

「アキラみたいな凄く強い人と戦ってこれ以上仲間に犠牲を出したくなかっただけよ。それにまあ…いつもの事だしね」

「いつもの事って…」

「カツヤが突っかかって、アキラと険悪になって、私が間に入って止める。いつもの事じゃない。そうでしょ?アキラ」

 

軽い冗談を言うような口調のユミナにアキラの纏う空気が弛緩する。

 

「…そう、だったな。こういう時はいつも助けられてたんだった。ありがとな、ユミナ」

 

軽く笑いながら言うアキラにユミナも軽い雰囲気で返答する。

 

「どういたしまして。…だけど今回は流石に厳しいの。だから協力してアキラ、お願い」

「…俺はどうすればいい?」

 

ここからが正念場だ。そう思いながら緩んだ意識を引き締めつつユミナはアキラに提案する。

 

「カツヤ達が突入してきても殺さないで。銃や装備の破壊を優先して撃つにしても手足を撃って。とにかく殺害じゃなくて無力化を前提に戦って欲しいの」

「それは…」

 

流石にアキラの表情が険しくなる。無茶言ってくれるな。そう顔に出ていた。

 

「安心して。――私がアキラの盾になって戦うわ」

「はあっ!?」

 

予想外の言葉に再びアキラが驚愕する。

 

「カツヤだって流石に積極的に私を殺そうとはしないはず。私を無力化して拘束しようとするならその分向こうの動きも鈍る。アキラはそこを狙って。絶対に前に出ないでよ、私の事は生きた盾だと思って」

「落ち着けユミナ!何言ってるんだ!?生きた盾!?」

「最悪…死なない程度になら私ごと撃っても良い。回復薬ならもう限界まで服用してるからそう簡単に死なないはずよ。体が挽き肉になる程度ならアキラとの特訓で慣れてるもの、多少撃たれたって戦える。手足を吹き飛ばされても恨んだりしないわ。…いえ、むしろそうなったら私を人質にして時間を稼いで。とにかく私を盾でも人質でも好きなように扱って構わない」

「だから落ち着けって!自分ごと撃て!?言ってることが無茶苦茶だぞ!」

 

慌てるアキラに構わずユミナは言葉を続ける。

 

「私は落ち着いてるわ。カツヤは死なせたくない、アキラと殺し合いもしたくない。無茶を言ってる本人が無茶をしないでどうするの?安心して、アキラの事は私が守る。最悪でも…先に死ぬのは私の方よ。もう覚悟は決めた。そう――」

 

ユミナは言葉を区切ると深呼吸し決意と共に言葉を紡ぐ。

 

 

「覚悟は、私が担当するわ」

 

 

ユミナの決意にアキラが言葉を失う。

 

「―――」

「とにかく可能な限り時間を稼ぐ事が目標よ。長距離通信が回復すればアキラが建国主義者のボスだって誤解を解く事も出来るはず。分の悪い賭けだけど…1%でも可能性があるならそれに賭けるわ。…アキラ?」

 

言葉を失い固まっているアキラにユミナが声を掛ける。

アキラは大きく息を吐くと正面からユミナを見つめ決意を込めて答える。

 

「分かった。とにかく殺さずに時間稼ぎ、だな?正直難しいけど…やってみる」

「…!ありがとう!」

 

ユミナが顔に喜色を浮かべる。ひとまずカツヤは抑えた。アキラの協力も取り付けた。予断を許さない状況だが正念場を乗り越えた事に少しだけ安堵する。

 

「殺さずに無力化、か。まあ似たような事なら少し前にやったばかりだし今回も何とかするさ」

「…?何かあったの?」

「ああ、この前――」

 

アキラはユミナに総合捜査局とのいざこざを話していく。

 

「ア、アキラに建国主義者の容疑!?この騒動の前から!?総合捜査局の人間を殺したって…一体何をやって…」

「仕方なかったんだよ…。シェリルが殺されかけてたんだ、俺がずっと側に付いてる訳にもいかないし次を躊躇う程度の事はやっておかないとな」

 

顔を青くするユミナにアキラは平然と語る。

 

「ユミナだって都市には色々黒い部分もあるって事は知ってるだろ?キバヤシが大抗争の裏側を話してた時一緒に居たじゃないか」

「ま、まあ、それは、そうだけど…。シェリルも巻き込まれてるなんて…」

 

ユミナにとってシェリルは一時期護衛を務めそして先日第一奥部では命懸けで守った相手だ。殺されかけたと聞けば内心穏やかではいられなかった。

 

「ああ、シェリルも何度か危険な目に…待てよ、今俺が死んだらシェリルもヤバいのか?」

「え…?」

「俺は今建国主義者のボスって事になってるんだよな?冤罪を晴らせないまま死んだらシェリルも建国主義者の協力者って事になるんじゃないか?」

「…!」

 

アキラの推測にユミナが顔を険しくする。

 

「確かにその可能性はあるわね…。それに、間接的にだけど徒党の皆も危ないんじゃ…」

「ああ、言われてみればエリオ達もヤバいな。いきなりボスも後ろ盾も居なくなったりなんかしたらあっという間に他の徒党に食い散らかされて終わりだ。…ますます死ねなくなったな。シェリル達の事、助けるって約束してあるんだ」

「…その約束は守れるわ。きっと」

 

アキラの言葉にユミナはシェリルの徒党に雇われていた日々を思い出す。

ルシアに再会したときは友人のナーシャと一緒に散々平謝りされた。アキラには許してもらったし今はスリからも足を洗っておっかなびっくりだが何とか元気にやってるとも言われ丸く収まったことを嬉しく思った。

模擬戦で戦ったエリオ、その恋人のアリシア。お互いに想い合う幸せそうな二人の姿は少しだけ羨ましかった。

他にも大勢の人員がいたが徒党に陰鬱な雰囲気は漂って無かった。皆大きくなり成長していく自分達の徒党を見て未来に希望を持っていた。

 

(そうよね…最後の最後まで諦める訳には行かない。私は今シェリルの、徒党の皆の命も背負ってる。この場でカツヤもアキラも止められるのは私だけなんだから…!)

 

ユミナは決意を新たにしアキラに提案する。

 

「アキラ、私が見張りをするからひとまず休息を取って。少しでも体調を万全に戻して頂戴」

「一人で大丈夫か?」

「安心して。私の強化服は総合支援システムにリンクしてるからある程度は皆の動きも分かる様になってるの。動きがあったらすぐに呼ぶわ」

「分かった。少し仮眠を取る事にするよ。ユミナ、頼んだ」

「ええ、任されたわアキラ」

 

ユミナと別れたアキラは元の場所に戻り再び腰を下ろし目を閉じる。危険な行為なのは変わらなかったが今のアキラには問題無かった。死の気配を掴む鋭敏さがあり、そして何よりユミナが居た。

 

(目を覚ました時に感じた気配。…あの時のユミナは俺と戦うつもりだったのかもしれない。だけど――)

 

最終的にそうなる事は無かった。ユミナ相手じゃ自分の勘も当てにならないな、とアキラは苦笑する。

 

(ユミナは…俺の予想なんか…簡単に覆してくれる…あの時だって…そうだったじゃないか…)

 

自身の心の奥底まで衝撃を与えた記憶。それを思い出しながらアキラは眠りに就いた。

ずっとアキラの隣に居たアルファ、今彼女は居ない。部屋に居るのはアキラ一人だ。

だがアキラは独りでは無かった。

 

 

通路で見張りを続けながらユミナは思う。

 

(ほんと、どうかしてたわね…)

 

アキラと対峙した時の自分を思い出し苦笑する。

 

(何の為に強くなったのよ、このブレードだって何の為に貰ったの?アキラに貰ったものをアキラを殺す為に使う?そんなの絶対間違ってる!)

 

そうだ、この選択がきっと正しい。アキラを殺してどうするというのか。

 

(カツヤだけ無事ならそれで良い?アキラが冤罪で殺されようがシェリルや徒党の皆が巻き添えになって死のうが構わない?そんな訳が無いでしょうが…!)

 

カツヤだけじゃない、アイリも、シェリルも、ドランカムの仲間も、徒党の皆も、そしてアキラも――

 

(皆死なせない!絶対に!)

 

ユミナのその決意に、悲壮さなど欠片ほども混ざって居なかった。

 

 

 

指揮車の中でカツヤが荒い息を吐いている。額に脂汗が浮かび心臓が早鐘を打つ。顔には迷いと焦燥が浮かんでいた。

突入を中断したカツヤは作戦変更の為待機とだけ仲間達に伝え一人思案していた。

 

(どうすればいい…俺は…どうすれば…)

 

ユミナの安否は総合支援システムを介して確認できる。バイタルサインは正常を示していた。戦闘中、負傷、死亡のどれでもない。

それを見てほんの一瞬カツヤは安堵するがそれだけだ。今は大丈夫でも次の瞬間どうなるかは分からない。

アキラの火力ならユミナを即死させる程度は簡単なはず。今廃ビルにいるのはアキラとユミナの二人だけだ。アキラがユミナを殺す気なら自分達が今から突入しても絶対に間に合わない。

アキラの気が変われば、選択を誤れば次の瞬間にもユミナは死ぬ。それだけは確かだった。

 

(どうする…ユミナの強化服も総合支援システムにリンクしてる以上こっちの動きは向こうにも伝わる。ユミナの分だけ接続を切る…駄目だ、バイタルサインが分からなくなる。それに接続を切られた事が突入の合図だと思われるかもしれない…そうなれば…)

 

落ち着け、冷静になれ、カツヤは必死に自分に言い聞かせる。

 

(そもそも向こうの状況はどうなってる?通信は…駄目だ、繋がらない。ユミナが接続を切ってるのか?ユミナはアキラ側に付くと言ってたけどそれをアキラは受け入れたのか…?今のところユミナにダメージは無い。だけど地下街の時みたいに人質にされてる可能性だって…)

 

カツヤの思考は纏まらない。時間だけが過ぎていく。

 

(仮に突入したらユミナはどうなる?即座にアキラに殺される。人質に取られて盾にされる。…ユミナと戦いになったらどうすればいい?どうにか無力化…駄目だ、ユミナは少し見ない間に凄く強くなってた。それに加えてアキラもいる。おまけに屋内戦だ、数の利は活かし難い。…駄目だ、どう考えても手加減できる余裕なんてどこにも無い…!最悪…ユミナと殺し合う事に――)

 

ぞわ、とカツヤに怖気が走る。

ユミナに銃を向ける自分。どうにか無力化しようと手足や銃を狙った射撃。だが不慣れな戦い方のせいで狙いが逸れる。ユミナの頭が柘榴の様に弾けた。

 

「―――っ!」

 

頭を振り一瞬想像した最悪の光景を振り払う。だがそれが幻でなくなる可能性は十分にあるのだ。

 

(どうしてこんな事に…俺は何でユミナを一人で行かせるなんて馬鹿な真似をしたんだ…!)

 

すぐにその答えは出た。ユミナは一度無事に帰ってきてる。大丈夫だろう。そう考えてもう一度アキラの下に行くユミナの我が儘を許したからだ。大切な幼馴染の懇願を拒否してまで自分の望みを優先した後ろめたさから目を逸らしたいが為に。

 

(そうだ…シェリルを助ける。俺はその為に突入する決断をした。けれどそのせいで…俺が自分の望みを優先したせいでユミナが…。俺は馬鹿かよ…!シェリルが無事ならユミナはどうでも良いってのか!?そんなわけ無いだろうが…!何か、何か無いのか、この状況から2人とも助けられる方法は――)

「カツヤ」

 

突然自分に掛けられた声にカツヤは驚きつつ視線を向ける。そこにはアイリが立っていた。

 

「どうしたんだアイリ、待機だって指示はしただろう?話なら後に――」

「カツヤ…突入を中止して。お願い…」

「……!?」

 

アイリの言葉にカツヤが驚く。付き合いも大分長くなってきたがアイリは控えめな性格で対応も受け身だ。今までも基本的にはいつも自分の提案に賛同してくれた。

その彼女が今は辛そうに、泣きそうな顔で自分に訴えかけている。

 

「話は聞いてた。ユミナがアキラの側に付いて私達と戦うって…。私達が突入したらもう止められなくなる。そうなったらどうなるの…?私は、私はユミナに銃なんか向けたくない!カツヤとユミナが殺し合ってる姿なんて絶対に見たくない!お願い…カツヤ…」

「それは…俺だって…だけど…」

 

カツヤの迷いを感じ取ったアイリが必死に言葉を続ける。想い人を、親友を死なせない為に。

 

「ユミナは!ユミナはいつだってカツヤの事を一番に考えてた!ユミナが裏切るなんてありえない!絶対に!今だってきっとカツヤを助けようとしてる!自分の命を危険に晒しても!カツヤに銃を向ける事になっても!」

「……!」

「ユミナが帰って来てからいろんな事を話した。アキラの話も一杯聞いた。ユミナはアキラの強さをよく知ってるはず。だから戦う選択を選ばなかった。戦ったらカツヤが死ぬかもしれない。だから銃を向けてでもカツヤを引き下がらせようとしている。ユミナの行動は、全部、全部カツヤを死なせない為にやってる事のはず」

「俺…は…」

「カツヤが決めたら私には止められない。さっきまでそう思ってた。でも、私はユミナを信じたい。ずっとカツヤの側に居たユミナの選択を信じたい。カツヤはユミナの事を信じられない?ずっと側に居た大切な幼馴染の選択を信じられない?」

「ユミナの…選択…」

「私達はドランカムの、組織の一員。ミズハさんやウダジマさんの都合だってあるのかもしれない。カツヤにもアキラと戦わなきゃならない理由もあるのかもしれない。でもそれは、ユミナが死ぬとしてもどうしてもやらなきゃならない事なの…?」

 

アイリは泣いていた。泣きながらカツヤに訴えかけていた。

 

「………」

「カツヤ…お願い…考え直して…」

 

 

 

ハンター稼業に死は付き物。多くの者が死に慣れて行く。それは自分達も例外ではなく自分もいつ死んでも不思議は無い。人間死ぬときは死ぬ。それは当たり前の事。それが昨日笑いあった相手であったとしても結局は慣れて行く。

それを当然とする感覚の中でアイリは生きて来た。

それでもアイリにとって、初めて好きになった人は、初めての友達は、初めての信頼できる仲間は、カツヤとユミナは特別だった。

 

(今ここでカツヤを止められなかったらどうなるの…?)

 

ユミナとの通信を終えた後、自分達に待機を命じ指揮車の中に入っていったカツヤを見たアイリが思う。

突入に成功し何事も無くアキラを倒しユミナは無力化して確保。自分もカツヤも生き残る。そんな何もかも都合のいい展開になるわけがない。例えカツヤもユミナも自分も無事だって、アキラが死ねばきっとユミナは悲しむ。

 

(ユミナはカツヤを止めようとしてる。それなら――)

 

皆、死なせない。その為には。

 

『アイリ。カツヤが勝手に入ろうとしたら止めておいて。お願いね』

 

ユミナとの最後の会話を思い出す。あの時は首を横に振った。だけど、今は――

 

(止めなきゃ…私がカツヤを止めなきゃ、ユミナの為にも。私がカツヤを止めて見せる。絶対に。あれをユミナとの最後の会話になんかさせない!)

 

ユミナの選択がカツヤの精神に与えた衝撃は凄まじかった。カツヤの迷い、自らの行動に対する疑問はカツヤが構成するローカルネットワークにヒビを入れていた。それにより自己とカツヤの同一視が薄れたアイリは自らの思いでローカルネットワークの呪縛を振りほどきカツヤの説得に向かった。人生で一番ではないかと思うほど言葉を紡ぎ、拙い対人能力の全てを振り絞り必死で訴えかける。

言葉も、思いも、全て吐き出したアイリはカツヤの反応を待つ。どうか考え直してくれと心の中で思いながら。

 

 

 

(アイリ…)

 

アイリの懸命な説得はカツヤの心に突き刺さる。

ユミナ。ずっと一緒にいて自分を支えてくれた大切な幼馴染、いつも突っ走る自分を宥め、叱り、時には殴ってでも止めてくれた。自分が危険な目に会っても。

 

(今だってそうだ)

 

自分を命懸けで止めようとしている。敵味方に分かれても。

 

(こんな事になったのは俺のせいだ。俺がユミナの願いを拒否して、自分の欲を優先させたからだ)

 

だから、ユミナにあんな事をさせてしまった。彼女の選択が間違っていた時などあっただろうか?

 

(シェリル)

 

けれど、とカツヤは思う。自分が退けば彼女はどうなる。仲間の死に囚われ過ぎていた自分を救ってくれた大切な恩人。自身が初めて得た欲、彼女と親密になりたいという自分で得た望み。

 

(シェリルを救えなかったら、俺は――)

『でもそれは、ユミナが死ぬとしてもどうしてもやらなきゃならない事なの…?』

 

アイリの言葉がカツヤの思考を押し留める。

ユミナはカツヤにとって非常に大切な人間だ。ローカルネットワークの外部に居るカツヤに多大な影響を与える事の出来る人間。ユミナに対する思いは成り上がることを、強さを求める声を、仇を討ってくれという声を抑えつけるほどだった。

 

(シェリル…俺は…)

 

ユミナの死体の前でシェリルを助けられて良かったと喜ぶ自分。その光景をカツヤは幻視した。

 

(駄目だ…それだけは…それだけはどうしても…!)

 

歯を食い縛る、悔し涙が流れる。カツヤは自分の無力さを呪う。だが、選ばなければならない。

 

(シェリル…すまない…)

 

カツヤが決断を下す。

 

「…突入は中止する。このまま長距離通信の回復を待つ、都市から直接降伏勧告が来たら向こうも流石に諦めるかもしれない。それまでアキラを逃がさないように包囲を継続…そう皆に伝えてくれ、アイリ」

「…!分かった。すぐ皆に伝えてくる!」

 

カツヤの言葉にアイリが顔を輝かせ涙を拭うと足早に外に出る。

カツヤは一人になると倒れこむ様に椅子に座り大きく息を吐く。ユミナのバイタルサインに変化は無い。

 

(ユミナは無事か…。それにまだシェリルを救えないって決まった訳じゃないだろう。きっと何か方法はあるはずだ。きっと何かが…!)

 

ギリ、とカツヤは歯を食い縛る。

 

(意識を切り替えろ…!冷静になれ、今はとにかく事態の収拾を最優先だ。今俺がシェリルの為に出来る事は無いんだから…!)

 

カツヤは大きく深呼吸をすると幾ばくかの冷静さを取り戻す。そして目の前の事態の対応に思考を割いていった。

 

 

 

(…?)

 

廃ビルの一室で仮眠を取っていたアキラは自分のすぐ側に気配を感じ目を覚ました。

目の前に誰かが居る。ユミナでは無い。驚愕と共に反射的に旧世界製のブレードを振るう。

だがその一撃は、余りにも容易く防がれた。

 

「……なっ!?」

「お久しぶりですね」

 

中指と人差し指でブレードを摘まみながら、ツバキが愛想良く微笑む。

 

「御心配無く。戦う気はありません」

 

そう言ってツバキはブレードから指を離した。

アキラが戸惑いながらブレードを仕舞う。自分の一撃をここまで易々と防がれたことにも驚いていたが、それ以上にこの場に突如ツバキが現れた事にどう対処すればいいのか分からず混乱していた。

戸惑うアキラにツバキがカプセル状の物を差し出す。

 

「どうぞ。お使いください。随分とお疲れのようですから」

「あ、ありがとうございます……」

 

アキラはぎこちない動作でその回復薬と思われる物を受け取って服用した。

一瞬だけ強い頭痛を覚えるがそれが治まると体調が一気に回復する。全身の痛みも和らぎ、疲労感が消え、意識もはっきりとする。

旧世界製の回復薬は流石に良く効く。そう思いながら、アキラは大きく息を吐いた。

 

「御気分はいかがですか?」

「あ、はい。大分良くなりました」

「それは良かったです」

 

アキラは今の状況に戸惑っていたがツバキは気にした様子も無く微笑んでいる。

 

「場所を変えましょう。あなたと交渉しに来たのですが、適した場所とは思えませんので」

「あ、いや、その、俺は……いや、っていうかユミナが見張りに立ってたはずなのに…」

「部屋の前の彼女でしたら御心配無く。迷彩を駆使して侵入したのでこちらには気付いておりません。この会話や音も私が空気の振動を遮断しておりますので彼女には聞こえていませんよ」

「あ、はい」

 

ツバキの説明をよく理解していなかったがアキラはどうにかそれだけ答えた。

 

「ではこちらへ」

「え、いや、ちょっと待ってくれ、待って下さい。ユミナを放っておく訳にも…」

「御心配無く。私と話している間のあなたと彼女の安全は、私が保証しますよ」

 

如何な技術かツバキが軽く腕を振るうと壁が音も無く塵に変わり屋上への道を造っていく。

そんなものを見せられてはアキラも流石に断り切れず、大人しくツバキの後についていった。

 

 

 

(クソッ…!何やってんだよカツヤ達は…!)

 

アキラが立て籠もったビルから少し離れた位置で様子を窺っていたティオルが苛立つ。

情報収集機器並みに鋭敏な今のティオルの感覚はその位置からでもある程度の状況を把握できていた。

 

(先に突入したハンター達は悉く返り討ち、カツヤと一緒に居た女がビルに入っていったがそのまま動きがねえ…アキラに怖気づいて突入はやめにしたってのか?クソが!)

 

相手がアキラでもカツヤ達ならばあるいは。ティオルはそう期待していたがそれにはもう期待できそうにも無かった。

 

(どうする…このまま待ってたって仕方がない…かといってどうすれば…。奥部のモンスター程度じゃ相手にならねえ、端末も全部使っちまったし…何か他に戦力…せめてあの巨人の身体があれば…ん?)

 

ティオルに閃きが走る。シェリルを手に入れる為にもアキラは殺しておきたい。偽アキラ作戦は失敗したがアキラは相当消耗しているのは確かなはずだ。今を逃せば殺せるチャンスは恐らく二度とないだろう。あと一押しの筈だ。目の前にあるチャンスがティオルのアキラへの恐怖を圧し潰していた。

 

(あの場所まではそう遠くない筈だ。カツヤ達だって所詮対人向けの装備…おまけに大分アキラにやられて消耗してる。アキラの方も今度はバイクも無い、人型兵器の援護も無い。だとすれば…行けるか?)

 

そう考えるとティオルが左腕を伸ばし大口に変形させる。このような真似をするのは人をやめたようで気が進まない。だが今自分に取れる手段はこれだけだ。そう考えたティオルが決断する。

 

(賭けになるのは確かだ。だけど逃げたらシェリルは絶対に手に入らない。そうだ、そのためには…)

 

アキラさえ死ねば上手くいく。ティオルはその考えに囚われたまま行動に移る。近くに寄ってきたモンスターに念話で指示し背中に跨りしがみつく。そして全速でアキラに倒された巨人型の端末の下へ向かった。

 

 

 

「金も力もねえスラム街のガキが出せるものなんか、義理と命ぐらいだ」

「他に出せるものが無いからといって、それを差し出す者ばかりではありませんよ。投げ出す者は幾らでもいますが」

 

廃ビルの屋上での交渉でツバキは随分上機嫌な様子を見せていた。そして笑ってアキラに告げる。

 

「分かりました。これ以上交渉を引き延ばしてあなたの機嫌を損ねたくはありません。残念ですが引き下がります」

 

アキラとの交渉を終えたツバキが通信妨害を解除する。次の瞬間、アキラの側にアルファが現れた。

 

『アキラ! 大丈夫!?』

「アルファ?」

 

驚いたアキラが思わずツバキを見る。ツバキは笑顔を返した。アルファから物凄い顔で睨まれていたが、全く気にしていなかった。

 

「では、私はこれで失礼します。アキラさん、気が変わったらいつでも声を掛けてください。お待ちしていますよ」

 

そう言ってツバキはそのまま立ち去ろうとした。だが数歩進んだ所で立ち止まり振り返ってアキラに少し悪戯っぽい笑顔を向ける。

 

「ああ、交渉は終わりましたので、私があなたと彼女の安全を保証するのもここまでです。ここからは自分で対処してください。それでは」

 

ツバキはそう言い残すとアキラに笑顔を向けたまま迷彩機能を起動してその姿を完全に消した。

一人残されたアキラにアルファが話しかける。

 

『アキラ、とにかく今の状況と私が居ない間の事について説明して』

『あ、ああ分かった。ひとまず安全な所へ移動しよう』

 

アキラは屋上から元の部屋へと歩を進める。

 

(ツバキさんの回復薬で大分体調は戻った、それにアルファも復帰した。これなら…)

 

何とかなるかもしれない。そう思いアキラは意気を上げる。頭の片隅にある自身の運の無さからは敢えて目を逸らした。

 

 

 

『…アキラ、どうしてそんな訳の分からない事になってるの…?私と接続が切れていたのは精々数時間程度のはずよね…?』

『いや、その…どうしてなんだろうな…』

 

自身の説明に頭を抱えているアルファに若干の居心地の悪さを感じつつアキラは答える。俺が悪いのかよ、などと頭の片隅で思いながらも。

 

『まあでも、俺にも少しだけ運が残ってたぞ?ギリギリの所でユミナが助けてくれたし…そのおかげでアルファが間に合ったしな』

『まあ、確かにそうね。…私もユミナには感謝しないと』

『全くだ。ユミナにはデカい借りが出来ちまったな』

 

そう答えるアキラの様子にアルファはユミナに対する懸念を深める。だが今は現状を切り抜けることが先決だと意識を切り替えた。

 

『ともかく…カツヤ達が突入して来たらユミナの前には出ないようにしつつ相手の無力化を前提とした迎撃を行う、これでいいのね?』

『ああ、サポートは全力で頼む。少し前に似たような事はやったけど、やっぱりそんな戦い方には慣れないからな…』

『分かったわ、穏便に済ませられるように頑張りましょう。安心して、アキラも一人で持ち堪えたんだもの。私もアキラの期待に答えないとね』

 

アルファの答えにアキラは笑みを深める。

 

『そう言ってくれると助かるよ。アルファが居てくれれば百人力だ。…ところでやっぱり俺が前に出てユミナが援護に回った方が――』

『駄目よ、ユミナはアキラも向こうも死なせないようにするために敢えてアキラを後ろに下がらせて居るの。自分の身を盾にしてでもね。その覚悟に水を差せば間違いなく揉める。いつ戦闘が始まるか分からない状態でそんな事をしてる余裕は無いわ』

『…そうだな、分かった』

 

若干不満そうなアキラをアルファがフォローする。

 

『安心しなさいアキラ。私が居るのよ?アキラもユミナもカツヤ達も絶対に死なせないわ。私のサポートの凄さ…久々に見せてあげる』

『…ああ!頼んだぞアルファ!』

 

アキラの様子にアルファも満足する。この場を切り抜ければ自分への信頼は大幅に増すはずだ。カツヤとの潰し合いも避ける理由も自然に出来た。そう考えアルファはユミナへの対処を一時棚上げした。

 

『まあそんな状況にならないのが一番なんだけどね。長距離通信の方はどう?』

『おっと、そうだな。とりあえず繋がるかどうか試して…ん?』

 

アキラの端末に通信が入った。

 

 

 

急に部屋から出てきたアキラにユミナが驚く。

 

「アキラ、どうしたの?まだカツヤ達に動きは無いけど…」

「いや、長距離通信が回復したらしい。俺宛てに通信が来てる。とりあえずユミナも聞いてくれ」

 

ユミナが驚きつつアキラの情報端末に顔を近づける。

 

「繋がった!アキラ!聞こえる!?」

「エレナさん!?」

 

驚くアキラの声を聞きエレナはひとまず安堵した。

 

「アキラ!無事ね!?都市の依頼で今そっちに輸送機で迎えに行ってるの!勿論サラも居るわ!」

「とにかくそちらの状況を教えて!私達が着くまで持ち堪えられそう!?」

 

アキラとユミナが喜色を前面に出しつつ顔を見合わせる。何とかなるかもしれない。互いにそう思っている事ははっきりと分かった。

 

「俺の方はひとまず無事です!それで今の状況は――」

「エレナさん!サラさん!」

 

急に通信に割り込んできたユミナの方にアキラが慌てて情報端末を向ける。

 

「その声…ユミナね!今アキラと一緒に居るの!?」

「アキラは今建国主義者のボスだって誤解を受けてるんです!それでドランカムの部隊と他のハンター達の討伐チームに包囲されて廃ビルに立て籠もってて…私は投降を促す為の説得中って名目でアキラと一緒に居ます!」

「はあ!?アキラが建国主義者のボスって…いや、詳しい事は後ね。それで討伐チームの指揮は誰が取ってるの!?」

「ここに来るときに廃ビルの外に指揮車が見えるはずです!その中に居るカツヤが周りにいるハンター達の指揮を取っています!今の所私がどうにか時間を稼いでますけどカツヤがいつ突入の判断を下すか分かりません!急いで下さい!」

「了解よユミナ!全力で飛ばすわ!それまで何とか持ち堪えて!」

「アキラが誤解を受けてるならカツヤを説得する材料が必要になるわ!ユミナ、アキラに代わって!詳しい話を聞くから!」

 

サラの言葉にアキラがユミナの方に向けていた通信端末を自分の方に向け直す。

 

「アキラです。…取り敢えずこんな状況になった経緯を始めから――」

 

アキラがユミナの情報と自分の情報を併せた話をエレナとサラに話していく。想像以上の話を来た二人は非常に驚いていた。

 

「…アキラ、どうしてそんな訳の分からない事になってるの…?」

「いや、その…どうしてなんでしょうね…」

 

少し前にも同じやり取りをしたような気がする。と思いながらアキラはエレナとサラに細部を説明していく。アルファは揶揄うような笑みを浮かべていた。

 

「それよりも、その、エレナさんとサラさんは俺の話を信じてくれるんですか?自分でも無茶苦茶な事を言ってる自覚はあるんですけど…」

「無茶苦茶なのは確かだけど…アキラがこんな時に嘘や冗談を言うような子じゃ無いって事ぐらいは分かってるからね」

「今回の騒動は建国主義者側も無茶苦茶な戦力を繰り出して来てるもの。常識に捕らわれた考えはしない方がいいわ」

「…ありがとうございます」

 

自分の言葉を信じてくれる。それがアキラには嬉しかった。

 

「話を戻すけど…カツヤ達が建国主義者の拠点でティオルや偽アキラと戦っていた時、本物のアキラの方は巨人と戦闘中だった可能性が高いわ、この時のアリバイを証明するとなると…」

「それならネリアって奴を探してください。義体者の女で…ええと、確か吉岡重工って所の所属で黒い人型兵器の操縦者です。都市防衛隊に連れられて帰還した筈ですからそっちを当たってみてください」

「了解よ、都市防衛隊の方に当たってみるわね」

「エレナ!指揮車が見えたわ!…よし、汎用通信も繋がった!2人とももう大丈夫!後は任せて、必ずカツヤ達を説得してすぐに迎えに行くから!」

「分かりました。サラさん、後はお願いします」

 

エレナ達との通信を切ったアキラは大きく息を吐く。それに合わせる様にユミナも大きく息を吐いた。

 

「はあああぁぁぁ…。これで…どうにか…なりそうね…」

 

ユミナがずりずりと壁に寄りかかりながら座り込む。

 

(良かった…諦めないで本当に良かった…)

 

安堵の表情を受かべるユミナを見てアキラは軽く笑う。

 

『これでひとまず突入の心配は無くなったな。流石に包囲してるハンターもエレナさん達を攻撃するって事は無いだろうし長距離通信も繋がった。一安心ってとこか』

『アキラ、まだ気を抜かないで』

『アルファ?』

 

弛緩した空気にアルファが釘を刺す。

 

『勝った、終わった、そう思って気を緩めたらもう一騒動、前にも何度かあったでしょう?クズスハラ地下街の時のネリア、ヨノズカ駅遺跡の時のカツヤ達3人の崩落からの救出、イイダ商業区画の時の最後に現れた2体の自動人形。…いつもユミナが近くに居る時に起こるのよね。大抗争の時はともかく過合成スネークの時もユミナ達と共闘した後に本体に襲われてキャノンインセクトの時も巡回車両にユミナ達が乗っていたし…』

『…それもそうだな』

 

偶然と言ってしまえばそれまでだがアルファの言葉にアキラが緩んだ気を引き締める。

 

「ユミナ、最後の最後まで気を抜かないでくれ。まだ安全を確保した訳じゃないんだ」

「あ、ごめん。流石に緩み過ぎね」

 

アキラの言葉にユミナも気を引き締め体勢を立て直した。

 

「でもそんなに心配しなくても大丈夫じゃない?ティオルは私達が倒したしアキラが言ってた巨人達も人型兵器の部隊が戦ってるんでしょ?後は時間の問題だと思うけど…アキラは何か気になる事でもあるの?」

「そう言われるとな…うーん…」

 

ユミナの言葉にアキラが悩み始める。今日の出来事を最初から思い出しながら何か見落としてることは無いか、と記憶を探る。

 

(それから…ええと、あの巨人がティオルの筈で…ちゃんと殺せたか確かめようと建国主義者の拠点に向かってる途中で偽物に鉢合わせてこんな事になったんだよな。でもユミナがティオルを倒したって言ってるし…ちゃんと死んでるはず…なのか?…いや、待てよ)

 

眼前の状況から他の事に思考を移す余裕が出来たこともありゆっくりと長い時間を掛けて一つ一つ記憶を探っていたアキラがある事に気付く。

 

「…なあユミナ、偽物の俺なんだけどさ、装備も俺と一緒だったのか?」

「ええ、少なくとも見た目は今のアキラと同じだったわ」

「偽物を造ったのはティオルなんだろうけどさ、今の俺の装備なんてどこで知ったんだろうな?」

「え?」

「それに…偽物が逃げた先に俺が居たのって偶然なのか?奥部って言っても広いんだ。運が悪かった、で済ませるには流石に不自然じゃないか?」

「つまり…どういう事?」

 

ユミナに言えない部分は誤魔化しつつアキラが自らの推測を話していく。

 

「俺は巨人を倒した後に防衛隊の人に話を聞いて建国主義者の拠点に真っすぐ向かった。偽物の方は多分ティオルが操って、俺が居るかも知れない場所…巨人が倒された所へ向かわせた。それで鉢合わせになったって考えられないか?」

「…アキラが倒した巨人はティオルが遠隔操作してたって事?戦った時に得た情報を基に装備まで真似た偽アキラを造って、それを私達に追わせて本物のアキラと同士討ちさせる様に仕向けた…?」

「多分な、あの巨人は明らかに動きがおかしかった。防衛隊の大部隊と戦ってる時に戦力を割いてまで俺を殺しに来たぐらいだ。明確に俺を狙ってるってなるとティオルが動かしてたとしか思えない」

「まさかこの状況、不運が重なったんじゃなくて敵の策に嵌められていたの…?」

「その可能性は十分にあると思う」

 

アキラの言葉に何て事、とユミナが呟き顔を歪ませる。

 

「それと…ユミナ達の倒したティオルだけどさ、本物だと思うか?」

「え…」

「俺の偽物だって造れるんだ。偽ティオルだって造れるんじゃないか?」

「…!そんな…でも…待って、まさかあの時言ってたことは全部ブラフ?…ありえないとは言い切れないわね…」

「今のこの状況…死ぬ間際の最後の嫌がらせが当たったってだけかもしれない。でも本物のティオルが生きてて俺達を潰し合わせた上で纏めて叩き潰す作戦だったとしたら?」

「…もしそうなら…私達とアキラが戦ってる間に残った戦力を搔き集めて…気が緩んだところに奇襲をかける、とか?」

 

ユミナの言葉にアキラが大きく頷く。

 

「潰し合いはユミナが止めてくれた。長距離通信も回復した。エレナさん達も増援に来てくれた。ティオル側から見ればこれ以上待ってても不利になるだけだろ?逃げる気ならとっくに逃げてるはずだ、だけどもし仕掛けて来る気なら――」

『アキラ!警戒して!』

 

アルファの警告の次の瞬間、廃ビルの外から咆哮が響き渡る。

アキラとユミナは顔を見合わせ頷くと急いで窓に駆け寄った。

 

 

 

エレナとサラは指揮車の近くに輸送機を降ろしカツヤ達の部隊を退かせるための交渉を行っていた。

通信を繋いだイナベの近くに防衛隊の指揮官であるサエバが居たおかげで後方で義体の修理中だったネリアはすぐに見つかった。エレナ達の通信端末を通しカツヤ達に語り掛ける。

 

「アキラに関係するこちらの戦闘ログはこれで全部よ。そちらの戦闘ログと照合して頂戴」

「…分かった、今照合する」

 

カツヤが部隊の戦闘ログとネリアの戦闘ログを照合していく。

 

「…確かに俺達が建国主義者の拠点で戦闘していた時そっちの戦闘ログだとアキラは別の場所で戦ってたみたいだな」

「私が所属している吉岡重工の部隊は扱いとしてはハンターだけど都市の防衛隊ともデータリンクしているわ。改竄の可能性は皆無よ」

「…少し待ってくれ、今、上の方に通信を繋ぐ」

 

この場の隊長はカツヤだが上位者となるのはミズハでありウダジマだ。カツヤは最終的な判断を仰ぐために都市の秘匿回線を通じてウダジマに通信を繋ぐ。

 

「ウダジマだ。そちらの状況はどうなっている?」

「ウダジマさん、それが――」

 

カツヤが今の状況を説明していく、それを聞いたウダジマの表情は徐々に険しくなっていった。

 

(カツヤ…この馬鹿が!シェリルを餌にあれだけ焚きつけたというのに突入していなかったのか!アキラを建国主義のボスのまま始末できていればシェリルもイナベもその協力者としてどうとでもなったというのに…!クソが!)

 

今回の騒動はウダジマにとってイナベを抑えつける絶好の機会だ。

吉岡重工の部隊による建国主義者討伐成果の独占。裏からアキラに掛けた50億オーラムの賞金。カツヤ達へのアキラの確保或いは殺害の依頼。イナベの手駒であるアキラの排除の為に二重三重の策を打っていた。

建国主義者の拠点でティオルとアキラが行動を共にしていたという報告が届いたときにウダジマは内心ほくそ笑んでいた。このままアキラを建国主義者として始末できればシェリルをその協力者として排除することも容易い。そうなればイナベも両腕をもがれたようなものだからだ。

カツヤへ通信を入れたのはシェリルを排除することは仕方ない事なのだとカツヤへ納得させるためだ。だがその通信でアキラの偽物が居るという可能性を聞かされたウダジマに若干の焦りが生じた。

アキラの建国主義者疑惑は冤罪の可能性がある。ならば死人に口なし。濡れ衣を着せたまま始末できればそれでいい。そう考えたウダジマはシェリルを救う事を餌にしカツヤを焚きつけた。無論成功した所でシェリルを救う気など欠片も無い。所詮確約したわけでも無い口約束。なによりカツヤが自分に何かできるわけでも無い。そう思いながら。

 

(アキラ…奴を排除するためにどれだけの金と手間を掛けたと思っている!それが全て無駄に終わるのか…!?騙されて無関係なハンターに襲い掛かった事になればカツヤの功績にも傷が付く。賞金狙いのハンター達はアキラに返り討ちにされただけ…吉岡重工の部隊も被害が大きい、成果も正直期待外れだ。そもそも何故吉岡重工の人間がアキラを庇おうとする?クソが!訳が分からん…)

 

ウダジマは心の中で悪態を付きつつもこの状況からどう動くべきかと思考を巡らせる。

 

「こちらの報告は以上です。それでウダジマさん、どうしますか?」

「…カツヤ君、そこで通信を繋いでいるネリアという女性は吉岡重工の所属だそうだな?吉岡重工の部隊には私も関わっていてね、少し彼女と代わって貰えるか?」

 

何をするにせよアキラの濡れ衣を晴らす材料となる戦闘ログが邪魔になる。この女を買収し残りのデータを握りつぶせばまだどうにかなるかもしれない。ウダジマはそう考えネリアに話を持ち掛けようとする。

 

「ああ、悪いけれどあまり私に関わらない方がいいわよ?」

「何…?」

「貴方、カツヤと言ったわね。ドランカムの人間なら私の顔に見覚えは無い?」

 

端末に出力されたネリア側の映像にカツヤがどこかで会っただろうか、と記憶を探る。

 

「ええと…どこかで…あ、セランタルビルで幹部のヤナギサワって人と一緒に居た…」

 

カツヤの呟きにウダジマが身を強張らせる。

 

(ヤナギサワ!?何故ここで奴の名が出てくる!?このネリアという女は吉岡重工の所属だろう!?何故ヤナギサワに繋がりがある!?何故アキラを庇うような真似をする!?どういう事だ…クソッ、不確定要素が多すぎる…情報を精査する時間も無い。…致し方ないか)

 

予想外の名にウダジマが混乱するが直ぐに立ち直る。そして歯噛みしつつも決断を下した。

 

「…カツヤ君、ここは撤退してくれ。アキラの嫌疑は完全に晴れたわけではないが建国主義者のボスというのが誤解なのは確かなようだ。ティオルの討伐だけでも大戦果だ。…正直な所、その功績には傷が付くだろうがシェリルを救える可能性もゼロではない。私も協力を約束したのだ。やれるだけはやってみよう」

「…分かりました。部隊を纏めて撤収作業を開始します」

「ああ、まだ戦闘が完全に終わったわけではない、最後まで油断しないようにな」

 

それで通信は切れた。カツヤ達の撤退が決まったことにより張り詰めていた空気が弛緩する。

 

「私の役目は終わり、で良いのね?」

「ええ、助かったわネリアさん」

「アキラは私達が連れて帰るから大丈夫よ。ありがとう」

「分かったわ、アキラによろしくね」

 

ネリアの言葉にエレナとサラが笑って答える。

 

(今は私とアキラは同じ仕事を請け負っている味方同士。前は敵だったから殺し合って、今は味方だから助け合った。そして…次に敵になったらまた殺し合いましょうね、アキラ)

 

最後にネリアは心の中でそう思うと通信を切り義体の修復に戻った。

 

 

ネリアとの通信が切れるとふう、とカツヤが息を吐く。

 

(ひとまずこれでユミナの方は大丈夫か…。シェリルの事は気がかりだけどまずは無事に帰還しないとな)

 

今のカツヤの思考からアキラに関することは薄れていた。ウダジマとの通信で食い下がることが無かったのも通信が回復した時点で白い世界から少女がアキラとの潰し合いを避ける為に必死に干渉した結果だった。

 

「それじゃ私達もアキラを連れて撤収するわね。最近余り話す機会が無かったけど…アキラとカツヤが殺し合うような事にならなくて良かったわ」

「ユミナを大切にしなさいよカツヤ。アキラの説得に向かってくれたおかげで穏便に済んだんだから」

「…はい、ユミナとは後でちゃんと話してみます。アイリ、俺達の方も撤収の準備を――ん?」

 

カツヤの端末に付近を警戒していたネルゴから通信が入る。

 

「カツヤ君、聞こえるか!緊急事態だ!そちらに巨人の様なモンスターが向かっている!数は1体!奥部モンスターのデータには無い!おそらくアルフォト団が用意したものだ!」

 

ネルゴの言葉にその場の全員が驚愕の表情を浮かべた。弛緩した空気が臨戦の気配に満ちる。

 

「な…!巨人!?索敵機に反応は――」

「こちらも目視するまで気付けなかった!色無しの霧が局所的に発生しているのかもしれない、だが話は後だ!時間が無い、とにかく――ぐあっ!?」

「ネルゴさん!?」

「くそ…被弾した!奴め、無茶苦茶な射撃を…変異した!?まさかこれほどの…う、ぐああああああっ!?」

「ネルゴさん!応答して下さい!クソッ…!」

 

何かが嚙み砕かれる様な音と共にネルゴとの通信が切れる。そして即座にネルゴが指揮していた分隊の隊員からの通信が入った。

 

「カツヤ!ネルゴさんがやられた!俺達じゃ抑えきれない!とにかくそちらに合流する!皆を連れて逃げる余裕は無い!迎撃の指揮を頼む!」

「…っ!分かった!指揮車の周りに集合するように皆に伝えてくれ!」

 

カツヤが通信を切ると同時に指揮車の外に咆哮が響き渡る。

 

「クソッ!もう近くに来てるのか!…エレナさん!サラさん!」

「了解よカツヤ!私達も一時的にそちらの指揮下に入る!」

「こちらも奥部のモンスター用の銃は持って来ているわ!火力は任せて頂戴!」

 

退路を確保しなければアキラの回収も出来ない。そう考えたエレナ達が即座にカツヤに返答する。

 

「助かります!皆、迎撃の用意だ!指揮車の力場装甲(フォースフィールドアーマー)を利用する!指揮車周辺に展開してくれ!」

 

カツヤの指示に仲間達が即座に部隊の展開を始める。

 

(巨人の様なモンスター…俺達の装備で行けるか…?こちらの消耗も激しい…)

 

大型モンスターは基本的に防衛隊の人型兵器が相手取る事になっている。ウダジマからの支援によってカツヤ達の装備は強力な物になっていたが想定しているのは主に対人戦だ。それに加えティオルやアキラとの戦闘により損耗も少なくなかった。

 

(いや、それでもやるんだ…!やらなきゃならない…!)

 

ユミナを、シェリルを助ける為にも必ず勝って帰還して見せる。カツヤは防衛隊に援軍要請を出すと悲壮な決意を浮かべながら仲間たちの下へ向かった。

 

 

 

アキラ達が居る廃ビルに向かっているそれは体長二十メートル程の長い十数の腕を生やした異形の巨人だった。肩には両断された頭が半分だけ乗っており多関節の多腕が肩からだけでなく背中や腹からも生えている、加えて一部の腕は機銃や大砲と化していた。人型ではあるがそれは大凡の形状が似ているだけの生物系モンスター、それはティオルの成れの果てだった。

 

アキラに倒された巨人の端末、それを喰らっての変異。アキラを殺すにはもうこれしかない。そう思ったティオルはその手段を実施した。ティオルは気付いていなかった。今の自分は遠隔操作端末の一体に自身の意識を転送した存在にすぎないことを。それにもかかわらず元の体の感覚で変異を実施した結果、ティオルの体は暴走した。そしてティオルの精神もシステムに自意識を侵蝕された所為で暴走する。人の発声機構では上げられない咆哮を上げながら自分の名前すら思い出せないほどに侵蝕された意識のままティオルは思う。

 

アキラさえ殺せば全て上手くいく

 

それが意識に浮かんだ途端異形の巨人と化したティオルは猛然とアキラを目指した。

システムに侵蝕されて真面な思考も出来ない朧気な意識の中、その考えに囚われて。自分が何を望んでいたのかすら思い出せないまま、その望みを叶える為に。

 

 

 

「な、何なのあのモンスター…」

「あの頭の傷…!俺が倒した奴だ!」

 

アキラとユミナが廃ビルの窓から見ていた異形の巨人が歪んだ声で叫ぶ。余りに歪んだ声はこの場の誰にも殆ど聞き取れ無かったがその中にほんの僅かに意味を成す言葉があった。

 

『ア゙ァ』『ギィ』『ラ゙ァ』

 

巨人の叫びを聞いたユミナが驚愕する。

 

「あの巨人…今…まさか…アキラ、って…」

『恐らく暴食ワニの様な合食再構築類をベースに何らかの改造を加えたモンスターね。アキラ、心当たりはある?』

『ああ、念話でも俺の事を呼んでるしな!』

「間違いない!あいつ、ティオルだ!」

 

アキラの言葉にユミナが再び驚愕する。

 

「ティオルって…あれが!?」

「予想が当たった!本物のティオルが生きてたんだよ!俺が倒した巨人の所に行って死体を再利用したんだ!大分変異してるけど間違いない!」

「アキラが倒した巨人をティオルが取り込んで変異したって事…!?一体何がどうなって…」

「どうやったかまでは分からない。けれどこの期に及んで俺の事を狙ってるなら心当たりはティオルだけだ」

「あの巨人がティオルだとして…死体まで使ってるならもう真面な戦力なんて残ってないって事よね、つまり…」

「ああ、あれを倒せば終わりだ!」

 

アキラがそう言った次の瞬間、カツヤ達による銃撃がティオルに次々に着弾する。対人用とはいえ強力な弾丸が被弾箇所を吹き飛ばしその体を削っていく。

 

「効いてる…!これなら!」

「このまま押し切れるか…?」

『いえ、恐らく駄目ね、抑え込めてはいるけれど殺しきれる火力が無い。弾切れになればそれまでよ』

 

劣化しているとはいえ黒狼の部隊の集中攻撃にすら耐えうる巨人の耐久力と再生力は健在だった。被弾し吹き飛ばされた箇所が再生していく。

 

「噓でしょ!?あれだけの攻撃なのに…!」

『相手は遺跡から遠隔でエネルギーを得ている恐れがあるわ。これ以上変異する前に大火力で一気に押し切らないと駄目ね』

『大火力って…どうすんだよ、(チャージバレット)弾のエネルギーはもう少ないし人型兵器の武器も無いんだぞ?』

『やりようはあるわ。私に任せて。向こうに注意が向いている間に準備を済ませましょう』

『分かった!』

 

ティオルは自分を攻撃するカツヤ達を邪魔物とみなし指揮車に向けて攻撃を始めた。大砲に変化した複数の腕から放たれた砲弾が指揮車に向けて放たれる。それをカツヤ達は必死に迎撃した。腕や砲口に火力を集中させ狙いを逸らしあるいは砲弾を誘爆させる。残りの砲弾は指揮車と輸送機の力場装甲(フォースフィールドアーマー)で受け止めどうにかティオルの攻撃を凌ぎ切った。だが弾もエネルギーも限りがある以上このままでは押し切られることは目に見えていた。

 

「アキラ!私達も加勢しましょう!このままじゃ…!」

「いや、駄目だ」

「!?何を――」

 

振り向くユミナにアキラは決意と闘志を込めて答える。

 

「ユミナ!俺達であいつを仕留めるぞ!俺が行く、援護してくれるか?」

「…!策があるのね?」

「少し無理をするけどな。ユミナ、覚悟は良いか?」

「アキラこそ!覚悟は良いのね?」

「ああ、こんな時の覚悟は俺の担当だからな!」

 

 

 

ティオルの猛攻に指揮車周辺に展開しているハンター達から悲鳴が上がっていた。

 

「クソッ!弾切れだ!通常弾に切り替える!」

「強化服のエネルギーパックが切れた!誰か予備を回してくれ!」

「指揮車の力場装甲耐久値が二割を切った!輸送機のエネルギーをこっちに回してくれ!」

「了解よ!サラ!援護して!」

 

カツヤ達も連戦で消耗している、だが巨人の猛攻を凌ぐためには余力など気にしてはいられ無かった。ティオルを全力で銃撃していたが残弾もエネルギーも底が見え始めている。徐々に破綻が迫っていた。

 

「カツヤ…このままじゃ…!」

「ッ…!皆諦めるな!防衛隊に救援要請は出してある!到着まで耐えれば俺達の勝ちだ!」

 

おお!とカツヤの檄に一時的に士気は上がるがそれだけだ。押し切られる。時間の問題。絶望が全員の心に忍び寄って行く。

 

「総合支援システム及び力場装甲(フォースフィールドアーマー)発生機構に異常発生!指揮車の力場装甲(フォースフィールドアーマー)を貫いた!?まさか対力場装甲(アンチフォースフィールドアーマー)弾か!」

「なんだと!?」

 

力場装甲(フォースフィールドアーマー)に業を煮やしたティオルはハンターを捕食した事で得た対力場装甲弾を砲撃に混ぜ込み指揮車に撃ち込んだ。強力だがそれ故に繊細である総合支援システムはその被弾によりエラーを吐く、それにリンクしている力場装甲発生機構も一時的にダウンした。総合支援システムの停止により部隊の動きが大きく鈍った。その隙を見逃すティオルではない。多数の腕を砲に変えカツヤ達を包囲する様に配置する。

躱せない、防げない、駄目だ、死ぬ。誰もがそう感じた。

 

(ここまでなのか…ちくしょう…)

 

死の間際の感覚、ゆっくりと流れる時間の中でカツヤがそう思った次の瞬間――

 

「ティオルゥウゥウウ!」

 

戦場を貫く咆哮が響いた。巨人がピタリと動きを止め声の方向を向く。その場に居る全員が予想外の事態に思わず手を止め同じ方向を向いた。

 

その先に、廃ビルの屋上にアキラが居た。

 

 

 

『ア゙ァアア゙ァギィィィイラ゙ァァアア゙!』

 

念話を乗せたアキラの咆哮にティオルが反応する。その途端、ティオルはカツヤ達を無視し猛然と咆哮を上げながらアキラを目指し突進した。

 

「よし、釣れた!ユミナ!来るぞ!タイミングは任せた!」

「ええ!アキラも仕上げは頼んだわよ!」

 

最低限のやり取りで通信は切られる。ビルの上階に潜むユミナがアキラから説明された作戦は単純だ。アキラがティオルを釣る囮になりビルの直前でユミナが銃撃で動きを止める。そして動きが止まった所にアキラが止めを刺す。それだけだ。

 

『ティオルの狙いが俺なら俺が囮になれば釣れる。確実に仕留めようとするなら俺を逃がさない為にも遠距離戦じゃなくて接近戦を挑むはずだ。ビルに近付いたら銃撃して動きを止めてくれ、動きを鈍らせるだけでもいい。後は俺が何とかする』

『アキラのLEO複合銃…私が使っていいのね?』

『ああ、チャンスは一度だけだ。弾もエネルギーも全部使い切っていい。こっちの方も全部使い切る。ユミナ、頼んだぞ』

 

ゆっくりと流れる時間の中でアキラとのやり取りを思い返していたユミナは迫りくる巨人に意識を向ける。

 

(やらせない)

 

自分の覚悟も、アキラの覚悟もあんな化け物に踏み躙られてたまるか。

 

(私はアキラには色んなものを貰って来た)

 

強くなれたのも、カツヤの所に戻れたのも、アキラが居てくれたからだ。

 

(何度もアキラに助けられて来た)

 

自分だけじゃない。カツヤも、アイリも、他の仲間も。

 

(ここで、アキラを助けられなくてどうするのよ)

 

自分は、誰かに縋るために、守られるために、強くなろうとしたんじゃない。

 

(私は、皆を助ける為にここに居る)

 

だから

 

 

アキラは死なせない。絶対に。

 

 

その思いが、極限の集中が、ユミナの才をこじ開ける

時が酷く緩やかに流れる世界の中で、ユミナの視界が外側から白く染まっていく。

 

「…!」

 

輝くように鮮明になった世界の中でユミナがティオルを銃撃する。関節部を、変異しようとする部位を精緻極まるユミナの銃撃が襲い吹き飛ばしていく。そして(チャージバレット)弾の最後の一発を頭部に叩きこんだ時、ティオルが僅かに怯み足を止めた。

 

「あ…ぐ…!」

 

現実の解像度の操作が限界にきたユミナが激しい頭痛と共に膝を付く。

 

(アキラ…!後はお願い…!)

 

それに応えるかのように、眩い光がユミナの目に映った。

 

 

 

『ア゙ァアア゙ァギィィィイラ゙ァァアア゙!』

 

ティオルがアキラに向けて突進する。砲撃ではアキラを殺せない。これまでの戦闘からそう無意識に判断しビルの直前で大砲の腕を接近戦向けに変異させようとする。

だがユミナの射撃により変異させようとした部分が悉く吹き飛ばされた。

 

『ギィア!?』

 

アキラだけに意識を向けていたティオルが予想外の攻撃に驚き反射的に意識をユミナに向ける。その直後に頭部に向けて(チャージバレット)弾が叩き込まれそれに怯んだティオルが一瞬だけ動きを止めた。

 

その一瞬でアキラには十分だった。

 

『アルファ!』

『ええ!』

 

アキラがブレードを構える。アルファの操作により意図的に暴走状態となったブレードが発光し、光刃と化す。

10メートルを越える長さの光刃をアキラが咆哮を上げながら縦横無尽に振るう。一閃、二閃、凄まじい威力の光刃はティオルの頑強な肉体を易々と切り刻んでいく。

 

『ガ、ギ、ア゙ァア゙ァァアア!』

 

ティオルの腕が全て切り落とされる。胴も、頭部も、末端を切り飛ばされ他の部分も深々と抉られていく。それでもティオルは耐える。アキラは間近だ。これさえ凌げば自分の勝ちだ。その思いでエネルギーを全て再生に回し、光刃が自らの命に届く前に損傷を急速に修復していく。

そして、唐突にアキラが振るう光刃が消えた。暴走状態のエネルギーの負荷に耐えきれずブレードの柄が消失したのだ。

 

『ア゙ァアアァアアァア!』

 

全身を切り刻まれ、身体中から血を、体液を噴き出しながらもティオルが吼える。

耐えきった、俺の勝ちだ!

ティオルはそう判断すると頭部にエネルギーを集中させ頭を一瞬で大口に変異させる。

そしてアキラを食い殺そうと突撃し――

 

『――!?』

 

その目に、2本目の――ユミナのブレードを構えるアキラの姿が映った。

 

 

(させるかよ)

 

時間がゆっくりと流れる真っ白な世界の中でアキラは思う。

 

(偽アキラ。お前の仕業なんだろうな、ティオル)

 

ユミナと殺し合う所だった。そうならなかったのは

 

(ユミナの、覚悟のおかげだ)

 

諦めていた。敵対する。殺し合う。その道しかないと思っていた

 

(ユミナは最後の最後まで諦めなかった)

 

命懸けで、仲間に銃を向けてまで

 

(そして、違う道を切り開いてくれた)

 

その決意を、思いを、意志を、覚悟を

 

『覚悟は、私が担当するわ』

 

彼女の選択の全てを

 

(お前に踏み躙らせてたまるか)

 

だから

 

 

ユミナは死なせない。絶対に。

 

 

アキラの心は澄み切っていた。殺意も、憤怒も、憎悪も無い。ユミナを守る。その思いだけがあった。

アルファの操作でブレードが暴走状態になる。持続性を犠牲に先ほどよりも膨大なエネルギーの光刃が現れる。

 

「ティオル!これで本当に最後だ!」

 

アキラが屋上から跳躍しティオルに向けて全力で光刃を振り下ろす。

膨大なエネルギーによる光の奔流がティオルを正面から両断する。刀身から漏れ出すエネルギーがティオルの身体を内部から焼き焦がした。それは今のティオルを殺し切るのに十分なものだった。

 

ティオルの意識を転送する先はもう無い。今現在の体の死と一緒にティオルも死を迎える。死の直前、薄れていく意識の中で一瞬だけ我に返ったティオルがふと思う。

 

(…あれ?そういえば、俺は何の為に戦ってたんだっけ?) 

 

自分は何かとても大切なことの為に頑張っていたはずだった。消えかける意識の中でティオルが自身の想いを思い出す。

 

(そうだ…。シェリ――) 

 

ティオルは最後に自分の名前よりも想い人の名前を思い出した。そしてその意識もすぐに光に呑まれ消えた。

 

 

 

ティオルを倒し、アルファによる操作でどうにか受け身を取ったアキラが地面に倒れ伏す。

 

『…アルファ。倒したよな?』

『ええ。倒したわ』

『そうか…』 

 

アキラが自分の両手を見る。暴走したブレードの余波を受けて焼け焦げていた。短時間の使用だったためかブレードの柄が僅かに残っていた。

 

『…手が動かないんだけど。これ、強化服だけじゃなくて中身も駄目になってないか?二連続で使ったからな…』

『大丈夫よ』

『そうか?』

『ええ。後は帰るだけだからね』

『そうか…』 

 

笑顔のアルファに、アキラは苦笑いを返した。

 

「アキラ!大丈夫!?」

 

強化服の接地機能を使いビルの外壁を駆け降りて来たユミナが心配そうにアキラに声を掛ける。

 

「何とか大丈夫だ…。少なくとも致命傷じゃないから安心してくれ」

「そう、良かった…って良くない!この腕最悪両方とも炭化して…熱っ!」

「お、おい。気を付けてくれよ?」

 

未だ高熱を放つブレードの柄をユミナがアキラの手から引き剥がす。

 

「ええと、回復薬…この手じゃ飲めないか。アキラ、口を開けて。ごちゃごちゃ言うと無理矢理詰め込むからね?」

「わ、分かったって…」

 

気恥ずかしさを感じながらもアキラは大人しくユミナに回復薬を飲ませてもらった。

十分な量の回復薬をアキラに飲ませたユミナがこれで命に別状は無いだろうと判断して態度を少し緩める。

 

「…まったく、無茶するんだから」

「ユミナが居てくれたからな。おかげで安心して無茶が出来たよ」

「どういたしまして。アキラが居てくれて本当に助かったわ。アキラ無しじゃどうなってたか…」

「こちらこそ、だ。ユミナ無しじゃどうなってたか」

 

アキラとユミナは軽口を言いながら互いに笑いあう。そこに指揮車の方からエレナ達が駆け寄ってきた。

 

「アキラ!ユミナ!無事ね!?」

「大丈夫です。俺もユミナも命に関わるような怪我じゃありません」

「エレナさん、サラさん。カツヤ達の説得は…」

「大丈夫。ネリアさんが濡れ衣を晴らす証拠を持ってきてくれたから。後は帰るだけよ」

 

アキラとユミナが安堵の息を吐く。

 

「それじゃアキラ、ここからは私達に任せて休んでいなさい」

「ありがとうユミナ、後は私達がやるわ」

「はい。お願いします。アキラ、また後でね」

「ああ、また…後でな…ユミナ…」

 

それで緊張が完全に解けたアキラはそのまま目を閉じすぐに眠りに就く。エレナ達は輸送機までアキラを運び込むとすぐに輸送機を出発させた。

 

「はあああぁぁぁ…」

 

輸送機が飛び立つのを見たユミナの緊張の糸が切れその場にへなへなとへたり込む。

 

「ユミナ!無事か!」

 

負傷した仲間達の救助を終えたカツヤがユミナに駆け寄る。

 

「あ、うん。私は大丈夫。ごめんなさい。カツヤが隊長なのに私は勝手な事ばかり…」

「良いんだ。俺の判断が間違ってた。ユミナは悪くないさ」

「ありがと。そう言って貰えると…あれ?」

 

ユミナの視界がぐらりと揺れる。気が抜けたことで現実の解像度の操作による脳を酷使した反動が来たのだ。

 

「ごめん…やっぱり駄目みたい…。あと…お願いね…」

「ああ。無理させて済まなかった。安心して休んでくれ」

 

想い人の腕に抱き抱えられながらユミナは意識を失った。

 

 

 

ツバキが離れていく輸送機を見送っている。

 

「結局、あれにも私に声を掛けること無く対処したか…。惜しいな」

 

ティオルの発見が遅れる様に色無しの霧を局所的に発生させていたのはツバキだった。

アキラ達だけではティオルに対処できずこちらに支援を求めていれば再交渉の余地はあったはずだ。ツバキはそう考えていた。

アルファがかなり強引な手でティオルを倒したのはその辺りでツバキに付け込まれない為だった。

 

「次の機会があれば良いのだが…」 

 

当初の目的は達成したとはいえ残念だ。そう思いながらツバキはその場を後にした。

 

 

 

「…う…ん…」

 

次にユミナが目を覚ましたのは指揮車の中だった。周りを見渡すと静かに寝息を立てているアイリの姿が見える。

 

(アイリも無事か…良かった…)

「ユミナ、大丈夫か?」

 

ユミナが目を覚ました事に気付いたカツヤが心配そうに声を掛ける。

 

「大丈夫、まだ少し頭がぼーっとしてるけど。それで、今の状況は?」

「本部へ帰還中だよ。あの後すぐに前線基地から全部隊は第一奥部から撤退しろって通達が来たんだ。まだ暴れてるモンスターも居るらしいけど後は時間の問題らしい。援軍に来てくれた防衛隊が安全なルートを確保してくれてるからもう大丈夫だ」

 

カツヤの言葉にユミナが安堵のため息を吐く。

 

「これで本当に全部終わりね…良かった…」

「………」

「カツヤ…?どうしたの?何か気がかりな事でもあるの?」

 

自身の言葉に険しい顔をするカツヤにユミナが問いかける。

 

「全部終わりって訳じゃない。シェリルの事が気がかりなんだ。…口外するなって言われてるけどユミナにだけは伝えておく。シェリルの遺物販売店だけど…あそこは都市幹部のイナベって奴の裏工作の資金源になってる。それにシェリルが無理矢理加担させられているかもしれない。それにアキラも関わってて…あいつはこの騒ぎの前から建国主義者の疑惑を掛けられてる。その調査の為に送り込まれた都市の調査員も全員殺されたらしい。都市の職員すら構わず殺す様な真似をするんだ、アルフォト団には関係なかったみたいだけど潔白な訳がない。このままじゃシェリルも巻き込まれて――」

「ああそれ?シェリルが調査員に殺されかけてたから仕方なく殺したってアキラが言ってたけど」

「え…?」

 

予想外の返答にカツヤが狼狽する。

 

「私達の後ろにはウダジマさんが居てシェリル達の後ろにはイナベさんが居る。その関係でシェリルも巻き込まれてるみたいなのよね…。それで、カツヤはその話誰から聞いたの?」

「誰って、ウダジマさんから…」

「…それあんまり鵜呑みにしない方が良いわよ?都市の側にも色々黒い所あるんだから。嘘はついてなくても都合の悪い事を言ってないかもしれないし」

 

ユミナの言葉にカツヤがふとウダジマに言われた事を思いだす。

 

(ウダジマさんはシェリルも排除しようとしてたよな…?それを俺が止めて…ええと、都市の調査員にシェリルが殺されかけた?どういう事だ…?)

 

唸り出したカツヤを見てユミナが呆れたように溜息をつく。

 

「そんなに気になるなら直接聞いてみれば良いじゃない。シェリルの連絡先なら護衛してた時に教えて貰ったから…後で私から事情を話してカツヤに繋いであげる。それでいいでしょ?」

「あ、ああ。ユミナ、頼む」

 

確かにシェリルに直接聞くのが一番確実だろう、とカツヤが思考を打ち切る。

 

「あ、それとね。シェリルにちょっかい掛けちゃ駄目よ?シェリルはアキラの恋人って事になってるんだから」

「………え?」

 

この際だから一応伝えておくか、と軽い気持ちで言ったユミナの言葉にカツヤが硬直する。

 

「今、なんて…」

「シェリルが徒党のボスでアキラが武力の後ろ盾、それで二人は恋人同士。別に秘密にしてるわけじゃないし徒党の皆なら誰でも知ってることよ?」

「そ、それは建前上とかそういうのじゃ…」

「まあ一種の工作みたいだけど…少なくともシェリルがアキラにベタ惚れなのは確かよ?護衛中に愚痴混じりの惚気とか山ほど聞かされたもの。自分は何度もアキラに助けられてきたし徒党を大きくしたのも遺物販売店を始めたのもアキラの為だって言ってたわ」

「ベタ…惚れ…?嘘に決まって…」

「アキラの方も異性として云々はともかくシェリルの事は大切に思ってるみたいだしね。この前第一奥部でアキラがシェリルを助けに来た時カツヤだって一緒に居たでしょ?」

「いや、それは、確かに…だけど…」

「そ、ん、な、に、気になるならその事も聞いてみれば?ああ前みたいに徒党に乗り込んだりしないでよ?皆に迷惑掛かるんだから。もしそんなことしたら――」

 

カツヤの態度に若干ムッと来たユミナは一旦言葉を区切ると射抜くような目でカツヤを正面から見ながら言う。

 

「撃つからね。本気で」

 

冷たい怒気が籠ったユミナの言葉にカツヤの背筋が凍りつく。

 

「わ、分かった!分かったって!そんなに脅かさないでくれよ!」

 

ここまで釘を刺しておけば大丈夫だろう。そう判断したユミナは安心し気を緩める。そうすると再び睡魔が襲ってきた。

 

「分かって…くれれば…いいのよ……」

 

それだけ言うとユミナは再び寝息を立て始めた。

 

「…?カツヤ、どうかした?」

「あ、いや、何でもない…」

「?」

 

ユミナの怒気に反応して目を覚ましたアイリに対しカツヤは曖昧に誤魔化すしかなかった。

 

 

 

アキラが病院のベッドで目を覚ます。

 

「…まあ、そんな気はしてたよ」 

 

知らぬ間に再び病院送りになっていたことに、アキラは大して驚いていなかった。

両手を失い医療用の義手になったアキラがアルファとじゃれ合いをしているとイナベがシズカを連れて見舞いにやって来る。

 

「まずは無事で何よりと言っておこう。見舞いに来てこのような事を言うのも何だが、私は非常に忙しい。だからこの場での話は私が君に直接話しておくべき事柄を軽く話すだけにしておく」

 

イナベはそう前置きして話し始める。アキラがエレナ達に助けられてから既に1週間経っている事。アキラに掛かっていた建国主義者の容疑は既に晴れている事。シズカを同席させたのは妙な誤解を残さないための認識合わせだという事を。

 

「…私の話はこれで終わりだ。この件の詳細は後で君にも送っておこう。君の方からは何かあるか? この場で今すぐに私から聞く必要がある事でなければ後にしてくれ。初めに言った通り、私は忙しいのでね」

『アルファ。何かあるか?』

『無いと思うわ』

『それなら礼だけでも言っておくか』

「エレナさん達を救援に寄越してくれたのはイナベなんだよな?礼を言っておくよ。ありがとう、本当に助かった」

 

アキラの態度にイナベが若干驚きつつ返答する。

 

「奥部での戦況が思わしくなかったのでな、知人だという彼女達に君の回収を頼んでいた。役に立ったのなら何よりだ。君の戦果は見事なものだ。これからも色々と頼むかもしれんがその時はよろしく頼む」

「ああ、分かった。安請け合いは出来ないけど頑張ってみるよ」

「そう言って貰えると有難い。では、私はこれで失礼する。ゆっくり休むと良い」

 

イナベはそう言い残して一足先に退出していった。

病室に残ったシズカが苦笑する。

 

「アキラって、都市の幹部が相手でもそんな態度で通るのね。私は凄く緊張してたっていうのに、大したものだわ。高ランクハンターって、やっぱり凄いのね」

 

まずいところを見せてしまったかもしれないと思ったアキラが慌て出す。

たかがハンター向けの万屋の一店主に対してそのような態度を見せる高ランクハンターに、いつも通りのアキラに、シズカもいつも通りの笑顔を向け談笑を始めた。

その中でシズカがユミナの話を振る。

 

「あ、そうだ。アキラ。次のハンター稼業にはユミナを誘ってみたら?やっぱり同行者がいた方がアキラも助かるんじゃない?」

「ええ、機会があったらそうしてみます。話せば長くなるんですけど…ユミナには今回本当に助けられましたし」

 

そう言って穏やかに笑うアキラにシズカも軽く笑う。

 

「それなら後で私の店に来た時に話を聞かせて頂戴。今のアキラは病み上がりだし…この後もお客さんが来るみたいだから」

「はい、シズカさん。また後で」

「ええ、それじゃ私もお暇するわ。またねアキラ」

 

そう言ってシズカも病室を後にする。

 

『次の客か…誰だろうな』

『激戦後、病院送り、前にもあったパターンね?』

『ああ、そうだな…多分…』

 

アキラの嫌な予感は的中した。病室にドランカムのアラベと連れ立って現れたのはキバヤシだった。

自分を見て面倒そうな顔を浮かべるアキラの様子に、キバヤシが楽しげに笑う。

 

「酷えやつだな。見舞いに来てやったってのにそう邪険にするなよ」

「じゃあ何でそんなに楽しそうなんだよ」

「そりゃお前がまた無理無茶無謀を派手にやったからだ」

「好きでやったわけじゃない。その話を態々わざわざ聞きに来たのか?」

「そうだ、と言いたいところだが、仕事が先だ。紹介しよう。こちらはドランカムのアラベさんだ」

 

アラベがアキラに丁寧に頭を下げる。

 

「アラベと申します。本日はキバヤシさんに仲介をお願いしてドランカムとアキラさんの和平交渉の為に伺いました。よろしくお願いします」

 

キバヤシを交えつつドランカムとアキラの間に遺恨を残さないようにと和平交渉が進んでいく。アキラも色々とドランカムに対し思う所はあったがこれ以上揉める気は無かったのでティオル討伐の賞金の一部を賠償金として受け取る事を条件に和解書に署名してアラベに渡した。

 

「ありがとう御座います。では、私は社内の手続き等がありますので、これで失礼いたします」

「アキラ。俺も帰る。お前の無理無茶無謀話をじっくり聞けないのは残念だが、これでも結構忙しいんだ。じゃあな」

 

アラベは丁寧に頭を下げて、キバヤシは軽く手を振って病室から出て行った。

アキラが和解書の控えを見ながら和平交渉中にキバヤシから言われた事を思い出し感慨深げに呟く。

 

「そろそろ自分の評価を変に軽んじるのは止めろ、か…俺も結構強くなったんだな」

 

アルファが自慢げに笑う

 

『私が鍛えているのだから当然よ。でも、この程度で満足してもらっては困るわよ?』

『分かってるって』

 

アキラも軽く笑って答えた。そこには自身の強さを受け入れた者の姿があった。

 

 

 

「………」

 

送迎用の車両の中でイナベがアキラについて思案していた。

 

(シズカの件で恩を着せるのには失敗したが…まあいい。エレナ達の件が役に立ったからな。アキラのあの反応ならしばらく手綱を握るのに問題は無いはずだ。だが…)

 

イナベは病院の廊下ですれ違った人物を思い出し眉間に皺を寄せる。

 

(キバヤシ…奴の存在が少し気がかりだな。アキラという火種に際限なく油を注ぎかねん。だが奴もこれから忙しくなるはず…丁度いい、アキラの担当分けに動いてみるとするか)

 

自派閥に取り込めそうな人格的に問題が無く優秀な人物。それを頭の中でリストアップしながらイナベは防壁内に戻って行った。

 

 

 

アキラが病院で眠りに就いている頃、ドランカムの本部でカツヤがユミナを通してシェリルに通信を繋ぎ会話していた。

 

「…カツヤさん、いい加減にして頂けませんか?」

「ま、待ってくれ!だから…」

 

カツヤに対するシェリルの声色は氷のように冷たい。そこに親愛など一片たりとも込もっていなかった。

 

「ユミナさんが言っている事は全て本当です。カツヤさんはそこまで私の言う事が信用できませんか?」

「いや、そうじゃなくて…!」

「私がアキラの事を愛しているのも本当。徒党を大きくして遺物販売店を始めたのもアキラの為。アキラにもイナベさんにも自分の意志で協力してます。私が都市の調査員に殺されかけたのも、アキラが私を助ける為に調査員を殺したというのも事実です。巻き込まれているのは確かですが脅されているのでも無理矢理協力させられているのでもありません。カツヤさんが勝手に勘違いしてるだけだと何度もそう言ったはずですが」

「それは、だから、何か、その…複雑な事情があるとかじゃ…」

「…いい加減しつこいですよ?」

 

シェリルのカツヤへ向けた愛想が一段と薄まる。カツヤは端末越しに冷気が漂ってくる錯覚すら覚えていた。

 

「そもそもカツヤさんは私の事をどれだけ知ってるっていうんですか?何度か偶然会って話しただけでしょう?」

「そ、それは…シェリルの地位や立場とかもあるから…で、でも俺だって成り上がってるんだ!これからは普通に会うことだって」

「私はカツヤさんに二度と会いたくありません」

 

にべもないシェリルの拒絶にカツヤが固まる。

 

「ユミナさんから聞きましたが…カツヤさんはアキラと戦おうとしたそうですね?アキラが立て籠もってた廃ビルに部隊を突入させようとしていたと」

「それはあいつに建国主義者の疑惑があったからで…」

「それも結局誤解だったんでしょう?敵の策に嵌った結果だそうですね?」

「いや、でも、アキラには以前から建国主義者の疑惑があって…それにシェリルを助ける為には功績が必要で、ウダジマさんにも依頼されてたから――」

「…は?」

 

予想外の答えにシェリルが一瞬困惑するがすぐに頭の中で情報を整理すると冷笑しつつカツヤに答える。

 

「ああ、ウダジマに唆されてたんですか。アキラやイナベさんの下から私を救い出すには功績が必要だ。その為にも今回の騒動で功績を上げろ、できればアキラも倒せ。そんな所でしょう?」

「そ、そうだ。仲間の仇を討つためでもあったけどなによりシェリルの為に…」

「助けてくれなんて、私がいつ、どこで、カツヤさんに頼んだんですか」

 

今までよりも遥かに冷たい声、それにカツヤが口籠る。

 

「いや…頼まれた訳じゃ…でも…」

「政治的な後ろ盾はイナベさんが、武力的な後ろ盾ならアキラが居ます。カツヤさんの助けなんて欠片ほども必要ありません。勝手に一人で都合よく考えていただけでしょう?」

「それは…だけど…」

「倉庫の警備には失敗して、第一奥部ではユミナさんごと私を置き去りにしたあげくアキラに助けてもらって、今回の騒動では殺そうとしたアキラにあわや全滅という所を救われて、どれだけ恥の上塗りをすれば気が済むんですか?そんな有様で私を助ける?寝言は寝てから言って下さい」

「俺は…君の…為に…」

「くどい!」

 

代わり映えのしないカツヤの返答にシェリルが痺れを切らし令嬢の演技をかなぐり捨て激昂する。

 

「いい加減にしてよ!あんたは何も知らないまま何もかも自分に都合の良いように考えてただけでしょうが!ウダジマにもティオルにも踊らされてアキラに濡れ衣を着せて殺そうとした!そんな奴に私が靡く可能性なんて億に一つも無い!アキラを殺せば私が喜んでくれるとでも思ったの!?ふざけないでよ!アキラの代わりなんて私はいらない!あんたの救いも助けも必要ない!あんたなんかに縋って生きるぐらいなら死んだ方が遥かにマシよ!」

「お、落ち着いて――」

「何が仲間の仇よ!そっちが話も聞かずに襲い掛かって返り討ちにされただけじゃないの!アキラはね!自分を殺そうとした連中すら助けたのよ!?それなのにあんたはその恩も、借りも、何一つ返そうともせずに下らない戯言ばかりグダグダウダウダ!礼の一つでも言った!?詫びの一つでも入れたっていうの!?私に何か言う前にアキラに言わなきゃならない事が山ほどあるでしょうが!」

「ま、待って、待ってくれシェリル、頼むから話を聞いて――」

「話を聞け!?どの口が言ってんのよこのクソボケ!そもそもあんたが人の話を聞かなかったからこんな事になったんでしょうが!ユミナが死ぬ気で止めてなかったら今頃どうなったと思ってんの!?少しは自分が何をしてきたのか客観的に振り返ってみたらどうなのよ!この思い上がった考えなしの勘違い疫病神!」

「シェ…リ…」

「死ね!力も頭も足りない恩知らずの恥知らずの礼儀知らずのクソ野郎!お前なんかアキラに殺されてれば良かったのよ!二度と私の前にその顔を見せるな!」

 

 

完全な拒絶と共に通信が切られ同時にカツヤがゆっくりと床に倒れ伏す。

 

「―――」

 

あまりの衝撃にカツヤは気絶していた。

 

 

 

(どうなったかなー…っと)

 

自室で寛いでいたユミナに通信が入る。

 

「あ、シェリル。どうだった?」

「他人と話していて本気で殺意が湧いたのは初めてです。端末越しで良かったと思いました。…対面で話していたら反射的に撃っていたかもしれません」

「あ、あはは…」

「ユミナさん。二度とカツヤさんをこちらの拠点に近寄らせないで下さいね?次に近くで見かけたらシェリルファミリー総出で袋叩きにして荒野に捨てろと皆に厳命しておきますから」

(そこまでか…)

 

まあカツヤのせいでアキラが死にかけたなんて聞いたらこうなるだろうなあ、と引き攣った笑みを浮かべるユミナだった。

 

「まあそれはともかく…ユミナさん、アキラを助けてくれて本当にありがとうございました。第一奥部の時といいユミナさんが居なかったら私もどうなっていたか…」

「あ、うん。気にしないでシェリル。アキラには何度も助けられてるしね」

 

アキラと仲が良いユミナに対して複雑な感情を抱いていたシェリルだが第一奥部で助けられたこともあり今では大分蟠りも消え普通の友人同士の様なやり取りもごく自然に出来ている。

談笑が一段落するとシェリルが声色を変えユミナへ語りかける。

 

「今回はどうにか凌ぐことが出来ました。ですが幹部同士の権力争いはこれからも続くはずです。アキラは騒動に巻き込まれやすい体質ですしこれからはどうすればいいのか…」

「………」

 

自分もアキラも危うく死にかけた。そしてウダジマは死んだわけでも無く完全に失脚したわけでも無い。その事実がシェリルの心に影を落とし若干弱気にさせていた。ユミナも組織の人間、権力やしがらみに縛られる身だ。自分もイナベの協力者で徒党のボスだ、好き勝手に動けるわけではない。無論自分はアキラの事が第一だがユミナと敵対し殺し合うような事になるのは流石に御免だった。

そしてユミナも同じことを思っていた。

 

(やっぱりドランカムにこれ以上居たらもう…)

 

建国主義者の拠点でティオル達と戦っていた時に思ったことが再び脳裏をよぎる。

 

「シェリル、安心して。私に考えがあるから。…もう会えなくなるかもしれないけど」

「え?」

 

ちゃんとカツヤを説得しよう。ユミナは再びそう心に決めた。

 

 

 

「………」

 

意識を取り戻したカツヤが自室で項垂れている。シェリルとの通信でカツヤが受けた衝撃は凄まじかった。現実を正しく認識できなくなるほどに酷く混乱し、狼狽え、自身が完全にシェリルに拒絶されたことを理解すると死にたくなるほどの絶望がカツヤを襲った。

 

「シェリル…」

 

力なく自身が求めた者の名前を呟く。シェリルを救う、その為のはずだった。シェリルを救う可能性があるならそれでよかった。シェリルと一緒に居る為にしてきたことの果てにあったものは求め、執着したものからの憎悪と拒絶だった。

 

「どうして…こんな…」

 

何故こんな事になったのだろう、自分の何が悪かったのだろうか。

 

『自分が何をしたのか客観的に振り返ってみたらどうなのよ!』

 

シェリルの言葉が思い出される。

 

(俺は…)

 

カツヤは自分の行動や選択を一つ一つ思い返していく。

 

ティオル、アキラとの戦いで構成員を短時間に大量に失った事、ユミナの行動による精神的な衝撃とアイリの言葉による自身の選択への疑問、様々な要素が積み重なりローカルネットワークが不安定になっていた所にシェリルからの完全な拒絶による精神的な負荷が止めとなりカツヤのローカルネットワークは一時的に機能不全に陥っていた。そしてその結果今のカツヤは本当に久しぶりに自身を客観視していた。

 

(クガマビルでシェリルに仲間の事を相談したのが切っ掛けだったよな。それで…チーム全員を自分だと考えて最善を尽くす。指示に従い統率された行動を取る。決して仲間を見捨てずに窮地から生還する物凄いハンターになる。仲間の為にもそうしよう、そう目指そうって決めた)

 

だけど、とカツヤは思う。

 

(…あれから俺は随分強くなった。装備も、練度もあの頃とは段違いだ。…でも今でも俺の指揮下で死んで行く仲間は大勢いる。どれだけ強くなってもその分もっと危険な場所で戦う事になるんだ、当然だよな…)

 

『多分カツヤさんは、そういう大部隊の隊長とか、指揮官には向いていないと思います』

 

クガマビルでのシェリルの言葉がカツヤの脳裏をよぎる。

 

(俺は自分が抱え切れる少ない仲間だけでハンターをやっていくべきだったのかもな…。大勢仲間が増えれば、その分抱えきれずに助けられない仲間も増えるだけ、か)

 

カツヤの認識が書き換えられていく。これまでもシェリルの言葉はカツヤに大きな影響を与えてきた。そのシェリルからの拒絶と憎悪によりヒビの入ったカツヤの精神は今までに築いてきた自信を完全に喪失しておりそれを修復するための新たな認識を求めていた。

 

(シェリルともユミナとも一緒にいる為、その為に都市にもドランカムにも振り回されないような地位を求めて俺は成り上がってきた、だけど組織の一員である限り結局誰かのしがらみに縛られる。今回の一件だってそうだしな…。強くなる、成り上がる、俺はそう望んで今までやってきて…)

 

その望みの果てにあったものはシェリルからの完全な拒絶だった。ユミナは自分が助けるまでも無く新たな強さを得て戻って来てくれた。

はあ、とカツヤはため息を付く。

 

「俺がやってきた事は一体何だったんだよ…」

 

カツヤの気分は一段と沈んでいく。強さ、立場、それを得たからなんだというのか。仲間を守れる物凄いハンターにもなれず求めていたシェリルには拒絶されユミナも危険な目に会わせた。

 

(あそこでアキラと戦ってたら、廃ビルに突入してたらどうなってた?確実にユミナは死んでた。最悪皆返り討ちにされて死んでたかもしれない。…仮に無傷で勝ったとしてもあの巨人とアキラ抜きで戦う事になる。そうなってたら…)

 

全滅一歩手前だった状況を思い出しカツヤが身震いする。

 

(都合の良い奇跡が起きて俺達だけで巨人を倒せたとしてもアキラを殺したなんて知ったらシェリルは絶対に俺を許さないだろうな…。ウダジマさんもシェリルを救える可能性はあるって言ってただけだ。…思い返せばそれも只の口約束に過ぎない。最悪、俺の選択がシェリルもユミナも死なせてた可能性だって…)

 

カツヤは再び大きな溜息を付き頭を抱える。

 

「なにもかも俺の選択が間違ってるからこんな事になったんじゃないか…」

 

もっとシェリルの事を知っていれば、建国主義者討伐を引き受けなければ、アキラの弁明を聞こうとして居れば、ユミナの提案通り包囲を継続していれば――

 

「何も知らないまま何もかも自分に都合の良いように考えてただけ、か。シェリルの言う通りだったな…」

 

カツヤは、はは、と乾いた笑みを浮かべ自嘲する。

 

『本当に素晴らしいわ!これであなたはクガマヤマ都市のハンターの頂点に立ったも同然よ!』

(どこがだよ…)

『君の実力は申し分無い。並外れている。その上で、君はその力に溺れない高い品性と倫理観を持っている。本当に素晴らしい』

(こんなののどこがだよ、馬鹿馬鹿しい…)

 

ミズハやウダジマの賞賛の言葉もカツヤの心には届かない、自分の行動を客観視した結果、書き換えられた認識が自虐を生みだしそれがさらに自己嫌悪を生み出す。カツヤの思考がマイナス思考寄りになっていく。

 

(あの巨人を倒せたのだって殆どアキラのおかげじゃないか、同じ事が俺に出来たか?)

 

遠目に見た光刃で巨人を切り刻み両断するアキラの姿。同じ事をやれ、同じ成果を上げろ、そう言われた所で自分には絶対出来ないな。そうカツヤは自嘲する。

 

(そもそも何で俺はアキラの事をあんなに嫌ってたんだ…?今までも何度も一緒に戦って助けられたはずなのに)

 

単に嫌う理由は幾らでも思い付く。だが内心に渦巻く嫌悪を掻き立てる理由は出てこなかった。

 

(あれ…?本当に何でだ?確かにあいつは不愛想だけど…そんな嫌いになる理由なんてあったか…?)

 

いろいろと自問自答してみるが納得できる理由は思い浮かばない、大した理由も無しになんとなく嫌っているという子供じみた結論しか出なかった。

 

(はあ…こんな馬鹿げた理由であいつといがみあってたのかよ、仲間だって何度も助けて貰ってたのにアキラには碌に礼も言って無い。いくら気に入らなかったからってこれはないだろ…俺は一体何をやってんだ…)

 

自らの強さや決断への自信を完全に喪失しネガティブな感情に覆われた今のカツヤの心にはもう強さを、助けを、栄光を求める声は届かない。

旧領域接続者の構成するローカルネットワーク、その認証や承認に用いられるのは他者から中継機に対する正の感情だ。逆に中継器が負の感情に覆われ他者からの声を拒絶すればその認証や承認も失われていく。

機能不全に陥っていたカツヤのローカルネットワークは中継器であるカツヤの精神が負の感情に覆われた結果徐々に崩壊して行った。

 

(このままドランカムに居て何になる?強くなって、成り上がって、仲間が増えても俺の下で出る犠牲は無くならない、組織や権力者の都合に縛られて守りたいものも守れなくなる)

 

自分が本当に守りたいもの、それは――

 

「ユミナ」

 

カツヤの心にずっと傍に居てくれた大切な幼馴染の姿が鮮明に思い浮かぶ。

 

(俺は、ずっとユミナの選択に救われて来たじゃないか)

 

間違えて来た自分を、叱って、殴り飛ばして、命懸けで助けてくれた。

 

(あの時手を離さなければ、こんな事にはならなかった)

 

以前しがらみを全て捨てて一緒に行こうと手を伸ばしてくれた幼馴染み。

 

(俺はあの時ユミナの手を取れなかった。けど、今は)

 

やめろ、ここから離れるな、仲間を捨てる気か。その考えがカツヤの心に不自然な程に強く浮かんだ。

 

(………)

 

それを認識すると辛い気持ちになる。後ろめたさも当然ある。自分の決断はある意味仲間達を斬り捨てる様なものだ。

 

(けれど)

 

カツヤは心の中で決断を済ませるとゆっくりと立ち上がる。

 

(もう俺は間違えたくないから)

 

カツヤのその目は決意したものの目だ。

 

「いっそシェリルに拒絶されて良かったのかもな…」

 

何か頭がスッキリしたし自分を見つめ直す切っ掛けになった。カツヤはそう思いフッと微かに笑う。

 

「よし…行くか!」

 

シェリルへの未練を振り切ったカツヤはユミナの下へとしっかりとした足取りで向かった。

 

 

 

「…やはり、そうなのか…?」

 

ウダジマが防壁内の一室で顔を歪めていた。眼前の端末に表示されている情報はアキラとヤナギサワに関するデータを都市幹部の力を持って可能な限り収集したものだ。

ネリアの介入によりアキラを潰す事を断念せざるを得なくなったウダジマにはアキラへの新たな疑念を抱えていた。

 

「アキラ、奴はまさかヤナギサワのエージェントか…?」

 

ウダジマは口に出した仮定を検証するためにアキラに関する情報を見直す。

 

(スラム街の出身、身分証明も無くハンターランク1からの開始。比較的短期間でランク10に到達するとそこから最近の騒動に全て関わっている。大襲撃のモンスター撃退、奥部攻略の為の仮設基地構築補助…ヤナギサワは大襲撃の際所在が分からなかった、加えて奥部攻略に最も御執心なのも奴だ)

 

ウダジマはアキラに関する推察を続ける。

 

(クズスハラ街地下でのヤラタサソリの駆除作業…。ここでの奴の戦果は異常だ。重装強化服装備の遺物襲撃犯を撃退している。明らかにランク20のハンターの戦果ではない。あのネリアという女もこの時の遺物襲撃犯でアキラに撃退され今はヤナギサワの預かりで強制労働中という事になっている…偶然なのか?この時あのキバヤシもアキラに関わっている…気になるな)

 

都市職員の中で悪名高い無謀好きもアキラに関わっている事実はウダジマの懸念を高める。

 

(その後は…賞金首討伐に関わっている。ドランカムとも色々と関わっているようだがここは重要では無いな。ミハゾノ街遺跡の異変、モニカという賞金首、これの討伐に奴が関わっている…。そしてミハゾノ街の騒ぎを収めたのはヤナギサワだ、その時にネリアも同行していた。ミズハ達もその場に居た事は確認している。ふむ…)

 

アキラの近くにチラつくヤナギサワの影、重要なのはここからだ、とウダジマは目を細める。

 

(スラムでの大抗争。人型兵器のプレゼンを兼ねた目障りなエゾントファミリーにハーリアスの始末、これにネリアとあのヴィオラが都市側から関りアキラとシェリルがスラム側から関わっている…。そして二大徒党の壊滅後はシェリルファミリーが台頭、ヴィオラが徒党に参加し遺物販売店に例の旧世界製情報端末が持ち込まれイナベが後ろ盾になった…か)

 

ウダジマは目を閉じ今までの情報を元にアキラとヤナギサワについての仮説を立てる。

 

(アキラ…奴の強さが運と才能だけで築いたものと考えるには無理がある、本来の実力を隠している。そして裏に誰かが居ると見るべきだ。そして私の情報網にも引っ掛からないとなると候補はヤナギサワあたりしか考えられん。となると状況証拠からみて恐らく主な任務はスラム街の整地と再構築か…?シェリルは現地協力者兼表向きの代表。シェリルを表向きのボスとして育てる合間に怪しまれない程度のハンター活動、クズスハラ街遺跡関連の出来事に強く関わっているのはヤナギサワの意向か。数々のランク詐欺の様な戦果に優遇措置はキバヤシの無謀好きという悪名を隠れ蓑にしているのか?奴に見込まれて大成したハンターは多い。アキラのランクに見合わない強さを誤魔化す小細工にはなるはずだ)

 

ウダジマの思考はイナベが盛り返すきっかけとなった遺物に移る。

 

(例の旧世界製情報端末…今考えて見ると持ち込まれたタイミングが良すぎる。シェリルファミリー台頭直後だからな。総合遺物鑑定局の鑑定結果からすると出所はクズスハラ街遺跡の奥部の可能性が高い。…ヤナギサワは時折私兵を率いて奥部を探索しているという話も聞く。あれはアキラがヤナギサワを通じて得た物だったのか…?奴は遺跡の管理人格と交渉を成功させた、これからのクガマヤマには貴重な遺物が出回るはず、それを捌くにはスラム街の闇市場も必要不可欠…やはりアキラとヤナギサワが無関係だとは思えん)

 

無論自身の推測に誤りがある可能性もウダジマは当然考えている。だが潰そうとしたアキラの下にはヤナギサワという特大の地雷が埋まっている可能性。それを取るに足らないリスクだと捉えることは出来なかった。

 

(アルフォト団の騒動でもヤナギサワの所在は不明だった。恐らく管理人格と渡りを付けていたのだろうが…それを補佐するためにアキラとネリアは何らかの作戦行動中だった。そこにアルフォト団の策に引っ掛かったカツヤ達がアキラに襲い掛かりそれをネリアが庇った。そう考えるのが妥当か)

 

推察に区切りをつけるとウダジマはゆっくりと目を開けた。

 

(イナベめ…どこまで知っている?知っていてアキラ達と関りを持っているのかそれとも何も知らずにいるのか…。金もコネも今回の騒動で大分使った、しばらくは情報収集に専念するしかない、か。シェリルにも迂闊に手は出せんな。危ない所を私がどうにか救った、そういう事にしておくか)

 

手駒であるカツヤの手綱を握っておくためにウダジマはドランカムに連絡を入れる。

 

「ミズハか、私だ。カツヤに話が…何?カツヤの行方が分からなくなっただと?」

 

ウダジマはどういう事だ、と思いながら端末の向こうで必死に言い訳を並べるミズハの声を聴いていた。

 

 

 

腕の再生手術を終え無事退院したアキラは大事な用事があるとユミナに呼び出されていた。

シェリルの拠点の近くで真夜中にアキラは一人ユミナを待つ。

 

『ユミナは何の用事なんだかな、通話じゃなく直接話したいって言ってたけど』

『平和的な用件だと思いたいわね。今はアキラも丸腰に近いことだし』

 

今のスラム街にアキラを襲うような人間は全く居ないと言っていい。その事もあり今のアキラの装備は防護服にAAH突撃銃だけだ。以前の装備はティオルとの戦いでほぼ全損していた。

 

『アルファ、相手はユミナだぞ?流石に警戒しすぎだって。そこらのチンピラなら素手だって大丈夫だしな』

『…そうね』

 

ユミナを信頼しているアキラの様子にアルファがユミナへの警戒を一段引き上げた。

 

『ん?来たか』

 

足音が近づいてくると暗がりからユミナが姿を現す。今から荒野にでも行きそうな強化服姿だ。アキラは若干訝しんだが相手がユミナと言う事もあり警戒まではしなかった。

ユミナが軽く手を振りながらアキラに声を掛ける。

 

「こんばんはアキラ。待たせちゃった?」

「今来たところだ…って言っとくよ」

 

以前と似たような遣り取りを気安い遣り取りを笑って済ませるとアキラが話を切り出す。

 

「それでユミナ、大事な用事があるって話だけど…」

「うん。だけどその前に…はいこれ」

 

ユミナがアキラに回復薬の箱を手渡す。

 

「…?回復薬?何…ああ、もしかしてヨノズカ駅遺跡の時のか?」

「過合成スネークの時に返すの忘れててずっとそのままだったでしょ?ごめんねアキラ。カツヤも遅くなって悪かったって」

「あいつがそんな事を…?あ、いや、気にしないでくれ。ちゃんと返してくれたんだからそれでいいさ」

 

若干気まずそうに謝るユミナにアキラが軽く返す。

 

「それとカツヤからの伝言で…今まで碌に礼も言わずにすまなかった。この前もこっちがあんな真似をしたのにも関わらず皆を助けてくれてありがとう。って」

「はあ…?それ本当にあいつが言ったのか…?」

 

今までとはあまりに違うカツヤの態度にアキラが面食らいそれを見たユミナが苦笑しつつ返答する。

 

「アキラの気持ちは分かるけど本当よ。…カツヤもね、色々自分を見つめ直して反省したみたいなのよ。実は今日も直接会ってアキラに謝りたかったみたいなんだけど…まあ、そこは私が止めておいたわ」

「…そうしてくれて助かったよ」

 

ティオルの時だってエレナさん達はともかく他の連中まで助けたつもりは無いしな、とアキラは心の中で付け加える。

 

「あと最後に…シェリルの事をこれからも守ってやってくれって。自分じゃ全然駄目だったから、だそうよ」

「言われなくてもそうするよ。シェリルの事は助けるって約束してるからな」

 

事も無げに普通に答えるとアキラはユミナに向き直る。

 

「それで、ユミナの大事な用事ってのは何なんだ?」

「うん…それなんだけどね…」

 

ユミナはアキラを正面から見つめ躊躇いがちに言葉を発する。

 

「アキラ、今日はね、お別れを言いに来たの」

「―――」

 

ユミナの言葉に一瞬だけアキラが固まった。

 

「お別れ、って…何の話…」

「前々から考えてたの、ドランカムを抜けた方が良いかなって。どれだけ強くなったって組織の一員である以上色んなしがらみに縛られて、組織や権力者の都合に振り回される。…この前だってもう少しでアキラと殺し合う所だった」

「………」

 

そう言ってユミナは表情を陰らせる。アキラはただ黙ってユミナの言葉の続きを待った。

 

「カツヤがね、誘ってくれたの。逃げようって、このままドランカムに居たらまた権力争いに巻き込まれて守りたいものも守れなくなる。親しい誰かと戦う事になるかもしれない。囲い込まれて逃げられなくなる前に、事後処理でごたついてる今のうちに逃げようって。私はその誘いに乗ったわ。カツヤとアイリと一緒にドランカムを抜けてクガマヤマを出ていく事にしたの」

「出て行くって…いつ…いや、その恰好…まさか…」

「うん、今脱走してる最中。でも、どうしてもアキラには最後にお別れをちゃんと言いたくて…カツヤ達を待たせてるの」

「そう、か…それで、お別れ、か…」

 

アキラの心はざわついていた。ユミナの説明を受け、理解し、理由にも納得はした。

だが自身でも分っていない何かがアキラの心を搔き乱していた。

その様子を見たユミナがアキラに近付き話しかける。

 

「…アキラ、少し耳を貸してくれる?」

「ん?ああ…」

 

ユミナの顔がアキラに近付く。頬の近くに唇が寄る。ちゅっ、とアキラの頬に柔らかな感覚があった。

 

(…?何だ?ユミナは今何を…―――!?)

 

アキラがされた事に気付くと同時にユミナがアキラを優しく抱きしめる。強化服越しに驚くほど柔らかなユミナの身体の感触がアキラに伝わる。女性特有の甘く柔らかな香りがアキラの鼻孔をくすぐった。

 

「ユ、ユミナ…!?何を…!?」

 

アキラも異性に抱きしめられたことは幾度かある。だが今の抱擁は以前経験したもののどれとも全く違っていた。

心臓が早鐘を打つ。呼吸が浅くなり顔が真っ赤になっていく。体が硬直し何も考えられなくなる。動こうとしても全く動く事ができない。アキラの人生で初めての体験だった。

 

「ごめんね」

 

動けないアキラの耳元でユミナが囁く。

 

「私が好きなのは、一緒に居たいのはカツヤだから。私がアキラに出来る事は、これが精一杯」

「―――」

 

ユミナの言葉にそうだよな、とアキラの中で納得があった。自分はユミナを想っている。けれど、ユミナの心が誰に向いているかなど初めから分かっていた。

落ち着きを取り戻したアキラがゆっくりとユミナを抱きしめる。

 

「…ユミナ、俺はあの時諦めてたんだ。ユミナと殺し合う道しか無いんだろう。そう思ってた」

「………」

「けれど、ユミナが違う道を切り開いてくれた。最後の最後まで諦めずに、仲間に銃を向けてまで…ユミナの覚悟のおかげで、俺は救われたんだ。ユミナを、大切な人を死なせずに済んだんだから…」

「アキラ…」

 

アキラはユミナを強く抱きしめる。自身がユミナをはっきりと意識した瞬間を思い出す。

 

『盗んだ方が悪いに決まってるでしょ!』

 

蔑ずまれ、信じられず、踏みにじられる。スラム街の路地裏に蹲っていたままだった自分の心。

お前が悪い、ずっとそう嘲られてきた自分。

それを救ってくれた言葉、仲間の為に自身を犠牲に出来る者が、その仲間を殴り付けて言った言葉。

あの言葉が無かったら、自分の心はずっと――

 

「ありがとう。ユミナが居なかったら、出会わなかったら、俺は多分…全然違う人間になってた」

「私だってそうよ…アキラが居なかったら、出会わなかったら、私も全然違う人間になってたわ」

 

ユミナの言葉があの時の様にアキラの心の奥底に響く。

このまま離したくないと思う。行かないでくれという言葉が喉から出かかる。だが、その想いの全てをアキラは飲み込んだ。

 

これが、彼女の選択なのだから。

 

アキラとユミナはどちらともなくお互いの背に回した腕をゆっくりとほどく。そして正面からお互いを見つめ合った。

 

「どうか元気でね。―――さよなら。アキラ」

 

「ああ、元気でな。―――さよなら。ユミナ」

 

ユミナが後ずさる。アキラからゆっくりと離れて行く。

それをアキラはぼやけた視界で見ていた。何故こんなにユミナがぼやけて見えるのだろう。これが最後かもしれない。目に焼き付けておきたいのに。

ユミナがアキラに背を向ける。未練を振り払うように零れる涙を拭い走り去っていく。

その背をアキラはずっと見つめていた。大粒の涙を流しながら。ユミナの姿が見えなくなっても、ずっと。

 

 

 

夜明けが近い払暁の時間帯、カツヤ達3人が自前の車両でクガマヤマ都市近くの荒野を移動していた。目的地は東部ナノガミヤ都市、ドランカムからの脱走先に選んだのはカツヤ達のかつての故郷だった。

 

「それでユミナ、アキラは何か言ってたか?」

 

運転席のカツヤが助手席のユミナに話しかける。

 

「カツヤの変わりように随分驚いてたわよ?あとシェリルの事は言われなくても助けるって」

「そうか…それなら安心だな…。ユミナは何か言われたか?」

「ありがとう。元気でな。って」

「…それだけなのか?」

 

若干不安げなカツヤにユミナは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「んー?二人きりにして不安だった?安心してね。――アキラの事はちゃんとフッて来たから」

 

ユミナの言葉にカツヤが吹き出し運転がおろそかになる。大きめの石に乗り上げ車体が激しく揺れた。

 

「ちょっとカツヤ、運転に集中してよ」

「フ、フッたって何の事だよ!?あいつに言い寄られてたっていうのか!?あの野郎…!」

「カツヤが悪い」

「ア、アイリ!?」

 

動揺するカツヤを一刀両断したアイリが後部座席からよじよじと身を乗り出しごにょごにょとカツヤの耳元で囁く。

 

(ユミナの事ちゃんと捕まえておかないからこんな事になる。誰かに取られたり愛想尽かされてから後悔したって遅い)

(う…いや…そ、そうだよな…)

 

アイリの言葉にカツヤは決断する。深呼吸して気持ちを落ち着かせると覚悟を決めて言葉を口に出す。

 

「あー、その、ユミナ。ナノガミヤに着いて、生活が安定したら…ユミナに伝えたい、大事な事があるんだ。だから…その、もう少しだけ、待っててくれないか?」

 

顔を真っ赤にしながら紡がれるカツヤの言葉にユミナは驚くと穏やかな笑顔をカツヤに向ける。心が暖かなもので満ちて行くのが分かった。

 

「――うん、もう少しだけ待っててあげる。でも、私の目を見て言ってはくれないの?」

「い、今は運転に集中してるだけだって…。それに、その時が来たら、ちゃんと正面から…」

 

からかうユミナと口籠るカツヤを見てアイリが盛大に溜息を付く。

 

「意気地無しの根性無しの甲斐性無し」

「アイリ…何か俺への当たり強くないか…?」

「思い返して見ると最近カツヤの事甘やかしすぎてた。これからは少し厳しく行く」

 

二人のやり取りを見たユミナが軽く笑う。

 

「そう言わないであげてアイリ。カツヤだって最後はこうして手を引いて連れ出してくれたんだから」

「…ユミナがそう言うならそれでいい。2人ともナノガミヤに着いてからもよろしく」

「ああ、これからもよろしくな」

「うん、これからもよろしくね」

 

その言葉に付け加える様にユミナがカツヤに向けて話す。

 

「ああそうそう、安心してねカツヤ。――私の他にもう一人までなら許すから」

 

ユミナの言葉に再びカツヤが吹き出し今度は車体が蛇行した。

 

「ユミナ!?何の話だ!?」

 

ユミナの言葉にアイリも乗じる。

 

「カツヤ、安心して良い。――私の方ももう一人までなら許す」

 

間髪入れないカツヤへの追撃に今度は車体が跳ねる。

 

「いや、アイリも何の話だよ!?……ん?」

 

その時、車載された索敵機から警告音が響いた。

 

「索敵機に反応。12時方向にモンスター。間もなく射程圏内」

 

「よし…!二人とも、無駄話は終わりだ!戦闘準備!」

 

「了解!軽く片付けましょう!」

 

アイリの言葉にカツヤが即座に意識を切り替える。ユミナも慌てず後に続いた。

 

(………)

 

もう一度だけ、最後にもう一度だけユミナは振り返る。

 

小さくなっていくクガマヤマ都市。ドランカム、下位区画、スラム街、シェリルファミリー、荒野、遺跡、その全てに思い出があった。辛かった事、悲しかった事、苦しかった事、嬉しかった事。ハンターとして大勢の人と出会い、共に戦い、共に生きたその騒がしい日々。その全てが楽しかった。それは、本当に。

 

(アキラ…)

 

ユミナは胸元にしまったお守りをぎゅっと握りしめる。焼け焦げたブレードの柄の欠片。今では彼との唯一つの繋がりだった。

 

(アキラ、生きるから。私、生き続けるから。ずっと)

 

アキラもあの街で、この空の下のどこかで生きていくのだろう。共に居た時の様に、これからも無理無茶無謀を繰り返しながら。そう思うとどこか可笑しい気持ちになった。

登り始めた朝日がユミナの瞳から流れる一筋の涙を照らす。それを吹く風が拭い去った。

いつか、どこかでまた会えますように。ユミナはそう願いながらお守りから手を離す。

 

(だから…今は、さよなら)

 

ユミナは最後の未練を振り払い前を、未来を見据える。もう二度と振り返る事は無かった。

 

 

 

「カツヤがドランカムから脱走したあ?」 

 

防壁内の一室でヤナギサワが驚きの声を挙げている。頭の中は疑問符で埋め尽くされていた。

ネルゴからの情報ではない。ヤナギサワが独自に張り巡らせている諜報網からの情報だ。

 

(なんだ…?訳が分からない。ローカルネットワークの構築は順調。防壁内部にも手を伸ばし始めたはずだったが…なんでいきなり何もかも放り出すような真似をする?連中が憑いているならここから離れる理由などないはずだ。短期の遠征ならともかく…脱走?カツヤに何があった?)

 

眉間に皺を寄せつつヤナギサワは推察を始める。

 

(ただの考えすぎだったのか?カツヤの強さから考えて…そろそろハンターとして独立志向が出始める頃だ。カツヤのランクの頃から組織や権力のしがらみを嫌がり徒党から脱退したり拠点となる街を変えたりするハンターは珍しくも無い。引き止めやら脱退の妨害もよくある話でその関係で脱走したってのも十分ありうる。イナベとウダジマの権力争いにドランカムも巻き込まれてたようだからな、それにうんざりして…ってところか?)

 

カツヤが普通のハンターなら十分納得できる理由だ。不自然な所は無い。だが――とヤナギサワは考えを変える。

 

(カツヤに連中が憑いていたと仮定したらなんのためにこんなことをした?あの場所を集団で攻略するとしたら戦力はここで集めるのが最適なはず…何か…何か無いのか…?こんな事をする理由…駄目だ、どう考えても脱走する意味が分からない)

 

自分の考えすぎだった、現状その可能性が一番高い。ヤナギサワはそう結論付けるしか無かった。

 

(アキラの方もだが連中が取引を持ち掛ける相手としてはやはり弱すぎる。それに連中の姿が見えたとしても取引に応じるかどうかとは別問題…そもそも俺の考えも所詮状況証拠を基にした仮定と推測の積み重ね。こちらの考えが最初から間違ってる可能性も十分あり得るわけだ)

 

結局カツヤをどうするべきか、とヤナギサワは思案を続ける。 

 

(念には念を入れて始末するか?だが流石にそこらの木っ端ハンターじゃ相手にならない、ネルゴも先日の騒動に巻き込まれて連絡不能、ネリアも立場上あまり遠くには行かせられない、俺が動く…論外だな。この忙しい時にクガマヤマを離れたくはない。それに万一当たりだった場合連中に俺の存在が露見する可能性がある。いやそもそもカツヤが脱走してどこに向かってるか知らないが違う都市じゃどんな手段を使うにせよ手出しするのに手間がかかり過ぎる…)

 

あれこれと細かな事を考えつつヤナギサワは結論を出す。

 

(…放置で良いな。何も難しく考える必要は無い。大事なのは計画を邪魔されない事、このまま戻ってこなければそれでよし。連中がカツヤに憑いてるなら最終的にここを目指す。集団での攻略なら動きも大規模になりその分鈍重になる。戻ってくればすぐ網に引っ掛かるはずだ、動きが分かれば対処は容易だろう。ネルゴの方でカツヤの確保に移るなら一声掛けてくるはずだしな)

 

そう結論付けカツヤへの思考を打ち切るヤナギサワに通信が入る。

 

「ヤナギサワ主任。坂下重工よりスガドメ様がお着きになりました。至急専用区画にお越しください」

「わかった。すぐ行く」

 

ヤナギサワはそれだけ答えると通信を切り足早に専用区画へと向かう。

 

「お前達の好きにはさせない、絶対に。俺は必ずあれを手に入れて見せる」

 

そう、全ては俺の望みの為に。そう心の中で呟いた言葉には途方もない決意が込められていた。

 

 

  

深夜、クガマヤマ都市により立ち入り禁止区域に指定された第一奥部を慎重に進む人影があった。そこへの侵入者は都市も遺跡も即座に敵に回す事になる。それを承知の上でなお、そのサイボーグの男は目当ての物を回収する為にそこに足を踏み入れていた。

そして目当ての場所へ辿り着く。僅かに残ったティオルだったものの残骸、そこから小さな機械を取り出すと自身の頭に組み込む。そして静かにその場を離脱した。

 

『私だ、ポイント227へ到達、ひとまず危険地帯は離脱した。私は回収済み。意識の統合に問題は無い』

『了解した、同志。予定通りのルートで帰還してくれ』

 

この場にいるサイボーグの男はネルゴだった。そして通信相手はザルモだ。ネルゴは自分を回収するために第一奥部に入っていた。ザルモの方の回収は既に行われている。回収時期の差は未帰還になった状況の差だった。

 

『それで同志、未帰還の同志が帰還できなかった理由は何だったのだ?同志の機体であれば余程の事が無ければ問題ないはずだったが…』

『その余程の事が生じた。合食再構築類の類と思われるモンスターに捕食された。私の位置の特定に時間が掛かったのも恐らくその関係だろう。その場にいたハンターも襲っていたようだからな。情報収集妨害煙幕(ジャミングスモーク)の成分が付着したのかもしれない』

『合食再構築類…?同志の機体でも不覚を取るほどのか?』

『奥部のモンスター程度ならば問題ないはずだった。だがアルフォト団を名乗る者達がなんらかの改造を加えていたのだろうな、場違いな程に強力だった。私が不覚を取るほどに。通信に気を取られ雑な銃撃に被弾し動きが鈍ったのは運が悪かったと言えるが』

 

ネルゴの言葉にザルモが僅かに声を固くして答える。

 

『そこにはアキラもいたのだろう。同志。やはりあの例外は危険視するべきだ。未帰還の私もアキラに敗北して未帰還になった。…本格的な対処を進言する』

『ふむ…』

『それと同志、カツヤがドランカムから脱走したそうだ。行き先や理由は不明。権力争いのいざこざに嫌気がさしたのだろう、とドランカム内では噂になっているがな』

『カツヤが?』

 

カツヤの確保計画を進めていたネルゴは計画の修正を思案し始める。そこにザルモが再び声を掛けた。 

 

『同志、カツヤの身柄の確保だが一時凍結することは出来ないか?』

『…理由を述べてくれ』

『アキラへの対処のためだ。ただそこに居るだけで予想外の事態を引き起こす存在…私はアキラが大義成就の障害になることを恐れている。どう対処するにせよ最終的には戦闘になるはずだ。同志の戦力は対アキラとして頼もしいものとなるだろう。カツヤの確保よりアキラの排除にリソースを投入するべきだと判断する』

 

ザルモの言葉にネルゴはアキラの足跡を思い出す。自身がケインと呼ばれていた頃の地下街での騒動。ヤジマは殺され自身の襲撃を凌ぎ切りネリアさえ撃破した。過剰すぎるほどの戦力を投入してなお殺害に失敗するという不測の事態。

ヨノズカ駅遺跡でのカツヤとの接触失敗、後にカツヤ達との会話でアキラが近くに居たことが分かった。

ミハゾノ街遺跡での計画も断念せざる負えなかったがアキラが周辺に居たという報告がある。

大規模抗争ではザルモを容易く撃破し今回の騒動では過剰火力で完全に不意を突いたのにも関わらずそれでも生き延びザルモを2度目の未帰還に導いた。そして自身の未帰還にも関わっている。

 

『…確かに彼はもう見過ごしておける存在では無くなっている。これ以上成長する前に手を打つべきか』

 

ネルゴの言葉を聞いたザルモがそれを後押しするために言葉を重ねる。

 

『カツヤ側にも問題がある。我々には無関係とは言え建国主義者を名乗る者の騒ぎに巻き込まれたのだ、大義に賛同する可能性は低下したと言わざる負えない。加えて脱走先で何らかの組織に加入しローカルネットワークを構築し始めた場合、確保のための調査や潜入には相当手間取るだろう』

『…確かにな。組織に潜入するという事は長期間拘束されるという事でもある』

『カツヤを殺害し脳を確保するという手もあるが確保した脳がカツヤと同じ旧領域接続者としての能力を発現できるか出来るかどうかは不明だ、それに何より放置していても我々に害を成す存在となる可能性は低い。カツヤの確保はアキラの排除後でも可能なはずだ』

『…了解した。カツヤの確保計画は一時凍結、アキラの排除を優先しよう。帰還後具体的な計画の立案に移る』

『感謝する。同志』

 

ネルゴはザルモとの通信を終えると一人思案する。

 

(アキラか…あの異常なまでの成長速度、排除の計画は慎重に進めなければならない。正面からぶつかるのはリスクが大きすぎる。…長期戦を覚悟するべきだな。同志の計画との兼ね合いもある。最悪カツヤの確保は断念せざるを得んが…それも致し方ないか)

 

ネルゴはそう判断するとその場から慎重に帰還した。

 

 

 

真っ白な世界でアルファと少女が向かい合っている。上機嫌なアルファとは対照的に少女は浮かない顔だった。

 

「それで、そちらの試行はどうするの?まだ継続する?」

「…いや、駄目だ。今回の脱走を依頼破棄とみなし中止する。別個体の方も駄目だ。最早干渉自体が非常に困難になりつつある。このまま継続したところであの場所に辿り着ける可能性は限りなくゼロに近い」

「残念ね。お互い危うい所を切り抜けたのに」

 

そう軽く答えたアルファは余裕の態度を見せていた。少女が溜息を吐く。

 

「気楽なものだな。そちらの試行継続に支障は出なかったとはいえ…」

「まさか始末しようとしていたユミナに感謝する事になるなんてね。殺し合いになる一歩手前でお互いの個体を止めてくれて私達が復帰するまでの時間を稼いでくれた。それに加え穏便な形でアキラと別れてくれたもの。最良の結果よ」

「そちらにとっては、だろう。彼女は今回の脱走にも関わっている。基準個体のみならず別個体の方にもな。彼女に感謝するべきか余計な事を、と罵るべきか…」

「まあ今更よ。それで、これからどうするの?こちらと統合する?」

 

アルファの提案に少女は僅かに思考すると答える。

 

「いや、次の試行の基準個体の選別に移る。集団での攻略を前提とした方針での試行は始まったばかり、失敗したとしてもそれはそれで貴重なデータになるはずだ。…では、失礼する。そちらの個体の成功を期待しよう」

「勿論よ。任せておいて」

 

アルファは機嫌よく笑ってそう答えた。少女はもう一度深い溜息を吐いて姿を消した。

 

(カツヤ、ユミナ、私の試行の障害になる可能性がある人物は穏便に退場してくれた。試行の障害は著しく減ったわ。アキラはこの短期間でここまで成長した。私の依頼を完遂する強い意志も確認できた。これなら…)

 

今後こちらが致命的な誤りさえしなければアキラが自分を裏切る確率は十分に低い。試行498の二の舞にはならないだろう。もう少しだ。そう思い、アルファは笑っていた。

 

(これからも期待してるわよアキラ。そう、全ては私の望みの為に)

 

そう心の中で思うとアルファも姿を消す。そして真っ白な空間もすぐに消えた。

 

 

 

「そう、ユミナが…。淋しくなるわね、アキラ」

「いえ、ユミナが選んだ事ですから。…まあ、正直淋しいのは確かですけど」

 

アキラはシズカの店に新装備一式の調達に来ていた。ドランカムからの和解金で装備の注文を済ませるとアキラはシズカと軽い雑談を始める。その流れでユミナの事について話していた。

 

「エレナとサラからも奥部での件は聞いてるわ。随分とユミナに助けられたみたいね?」

「ええ、本当にユミナには助けられました。ユミナが居なかったらどうなっていたか…」

 

アキラはしみじみと恩を感じる。あそこでユミナが違う選択をしていたらどうなっていたか。改めて思い返しても身震いする。

 

「あれからハンター稼業に誘う機会が無かったのは残念でしたけど…ユミナは今もどこかで元気にやってるはずです。それだけで俺には十分ですよ。ちゃんとお別れも言えましたし」

「お別れ…か」

「シズカさん?」

 

僅かに寂しげな表情をしながらシズカがアキラに語り掛ける。

 

「ハンターの別れっていうのはね、当然だけど大半が死に別れなのよ。…ハンター向けの店なんてやってるとね、あの人最近来ないなって思ってたら既に死んでたっていうのは珍しくも無いの。長い間常連をやってくれた人でも何の前触れも無く二度と会えなくなったりする」

「………」

「だからね、アキラ」

 

シズカは纏う雰囲気を変えるとアキラを正面から見つめる。

 

「生きなさい。アキラの事だからこれからも色んな事に巻き込まれて沢山無茶をする事になると思う。それでも、何があっても生き延びて元気な顔を見せて。ユミナとの別れを死に別れにしない為に、彼女を悲しませない為に、彼女と共に過ごした日々を些細な事にしてしまわないように、彼女を忘れない為に、そしていつか、どこかでまた会えるように、ね」

「――はい、シズカさん。俺は、生きます。これからもずっと生き続けます。何があっても」

 

優しくも厳しくもある声で語るシズカにアキラは決意と覚悟を乗せて答える。その言葉を聞いたシズカはただ優しく微笑んだ。

 

 

 

シズカの店を出たアキラはぐっ、と伸びをするとアルファに視線を向ける。ただのスラムの子供だった自分に力を与えてくれた謎の美女。唯一無二の大切な存在。いつか彼女とも別れる時が来るのだろうか?

 

(いや、いつかは必ず別れる時が来るんだ。やっぱりいつまでも甘えてられないよな)

 

アルファの依頼遂行までどれほど途方もない道のりであっても、自分が強くなるたびに終わりには近づいているはずだ。アルファへの依存からは脱却していかないとな。とアキラは奥部で思ったことを再び思う。

 

『アキラ、どうしたの?私の美貌に見蕩れちゃった?』

『いや、自分で言うのもなんだけど俺も大分強くなったと思ってさ。アルファの依頼達成まで頑張らないとなって思っただけだ』

『嬉しい事を言ってくれるわね。アキラの成長速度は大したものよ。このペースなら意外と早くその時は訪れるかもしれないわ』

『嬉しい事を言ってくれるじゃないか。…さて、と。そろそろ行くか。キバヤシの奴、今度は何をさせるつもりなんだか…』

『簡単な依頼だと良いわね』

 

いつもの軽いやり取りの後アキラはクガマビルに向けて歩きだす。太陽が眩しくアキラを照らし思わず目を細めた。

 

(ユミナ…)

 

自分の大切な人、彼女はこの空の下のどこかで生きている。その事がアキラには嬉しかった。

 

『いつか、どこかでまた会えるように、ね』

 

シズカの言葉を思い出す。そうだ、アルファの依頼が終わっても自分は生き続けてみせる。何があっても。

いつか、遠いどこかでまた会える日がきっと来る。アキラは強くそう信じた。

 

(だから…今は、さよなら)

 

アキラは心の中でそう思うと僅かに残った未練を振り払う。そして力強く歩を進めていった。

アキラの物語は続いていく。アルファの望みの果てを目指して。

 

 

 

――同時刻、坂下重工旧領域接続者管理区画

 

「クガマヤマに貸出し?俺を?」

「そうだ、詳細は現地に着いてからだそうだが向こうの都市幹部からの要請でな。一旦ツェゲルトに向かいそこから大流通を隠れ蓑にしつつ都市間輸送車両でクガマヤマまで向かう手筈になっている。護衛は当然俺が付く。大人しくしてろよシロウ」

「分かってるってハーマーズ。まあでもこっちは久々の外出でしかも他都市への遠征なんだ、多少はしゃいで騒ぐぐらいは大目に見て欲しいね。ちょっとした観光ぐらいさせてくれりゃいいのに」

「出来るわけがあるか馬鹿。…まあそういう事だからそちらでも準備をしておくようにと専務からの伝言だ。ちゃんとやっとけよ?」

「へいへい」

 

軽口を叩きながらシロウと呼ばれた少年が護衛のハーマーズとの通信を終えると険しい顔で思考を始める。

 

(クガマヤマ…おまけに人の出入りが激しい大流通の時期…千載一遇のチャンスだ、リスクはデカいがこれを逃すわけには行かないな)

 

シロウはすぐさま脱走の計画を練り始める。だがそれは手段だ、目的ではない。

 

(上手くいけば暫くは自由に動けるはずだ。待っていてくれハルカ、…俺が必ずあの場所から助けてみせる!)

 

そう心の中で思うシロウの表情には強い決意が宿っていた。

 

 

 

――リオンズテイル東部三区支店某所

 

「どうしたのラティス?レイナの所のメイドが妙な動きをしてるって聞いたけど」

「はい、お嬢様。こちらをご覧ください」

 

ラティスと呼ばれた男が主である少女の情報端末にデータを送る。

 

「イイダ商業区遺跡…自動人形が起動して大規模な戦闘があってそこにレイナ達も居たって話だけど…まさかそういう事なの?パメラ」

「確証はありません、ですが万に一つという事もあるかと」

 

パメラと呼ばれた女が主である少女の質問に答えた。

 

「…良いわ、まずは裏を取りましょう。パメラ、ラティス、調査を開始しなさい」

『畏まりました。クロエお嬢様』

 

パメラとラティスが主人であるクロエに一礼し部屋から退出した。

 

(ただの勘だけど…何か匂うわね。この件、もしも上手く行けば…)

 

クロエは僅かに口角を釣りあげる。そして頭の中で自身の為の計画を練り始めた。

 

 

 

――クガマヤマ都市クガマビル一階化粧室

 

「…よし、身だしなみもバッチリ!準備完了ね」

 

鏡の前で都市職員の少女が身だしなみを整え気合いを入れていた。大仕事を前に気分を落ち着かせようと深呼吸をしていると通信が入る。

 

「キバヤシだ。そろそろだぞヒカル。準備は良いな?」

「勿論です。いまから来るアキラというハンターはキバヤシさんのお気に入りらしいですけど…最近そちらもお忙しいんでしょう?私が代わりにアキラの交渉担当をバッチリ務めて見せますから安心してくださいね?」

 

ヒカルの強気な態度にキバヤシは楽しそうに軽く吹きだす。

 

「その意気だ!俺に色々根回ししてまで担当分けを認めさせたんだからそれぐらい強気でなくちゃな!それじゃあ頑張れよヒカル。期待してるぜ?」

 

上機嫌になったキバヤシがヒカルを激励しつつ通信を終える。意気込みが高すぎて今のヒカルは忘れていた。キバヤシは無理無茶無謀の実行者が大好きでありその結果が栄光でも破滅でも同じように楽しめる人物だという事を。

 

(アキラ…最近急成長してるクガマヤマでも上位のハンター…しかもあのイナベ区画長と伝手もあるらしいわね…上手く信頼関係を築ければそれを足掛かりにして更なる出世も見込めるはず!)

 

ヒカルはいよいよだ、と思い。パンと両手で頬を叩いて気合いを入れ直す。

 

「よーし、やってやるわ!」

 

数ヶ月もしない内に自身の選択を呪う羽目になる事を知らない今のヒカルは意気揚々とアキラとの待ち合わせ場所に向かって行った。

 

 

 

この世界は続いていく。そこに生きる者達が、数多の出会いと別れの中でそれぞれの物語を紡ぎながら。

 

 

 

アキラとアルファ、二人の新たな出会い。そして新たな戦いの始まりまで――あとわずか。

 

 

 


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