「折れてます。意識の方は疲労の影響なので、すぐに目を覚ますと思います」
診断室で俺はそう告げられた。予想はしていた……想定よりも長い距離を速いスピードでテイオーは走りきった。そのままの意味で限界を超えて走ったんだから。
「テイオーはもう一度走れますよね」
「そうですね。骨折自体も複雑な折れ方はしていないので……春が明ける頃にはレースに復帰出来ると思います」
「良かった……」
本当に最悪の事態は回避出来た……粉砕骨折や複雑な骨折だったら復帰も遅くなり、巻き返しも大変なことになるところだ。そもそも復帰出来ない場合もあるからな。
一安心したところで、ドタバタと廊下から騒がしい音が聞こえて来たと思ったら。バンッ!と診察室の扉が開け放たれた。
「トレーナーさん!テイオーさんが目を覚ましました!」
デジタルがそう言いながら診察室に駆け込んできた。急いでテンパっていたが先生と俺の目を見て我に帰った。
「すっしゅいません……病院の中なのに」
出来る限り急ぎ足でテイオーの病室に向かった。そこにはベットに座るテイオーと様子を見ているタキオンが居た。
「テイオー大丈夫か!?」
「も〜トレーナー。病院なんだからもう少し静かにしないと」
急いで俺が駆け寄ると、テイオーはニシシと笑いながら俺のことを見ていた。
とりあえず、お医者さんに診察してもらい。現状は特に異常は無いとのことだった。
「ねえトレーナー」
「どうしたテイオー」
お医者さんが席を外すと、テイオーは心配そうに俺に話しかけた。
「僕勝ったんだよね。無敗の3冠ウマ娘になれたんだよね」
「あぁ、菊花賞は1着でゴール。トウカイテイオーは無敗で3冠を取った。明日の記事の1面だろうな」
「良かった……」
テイオーは安堵して、ベットにもたれかかった。レース場で意識を失って目が覚めたら病室の中……1着も夢だったのではないかって不安だったんだな。
「それで、足のことなんだが……」
俺は言葉に詰まった。無敗で3冠というテイオーの夢は叶った。しかし、骨折をするまで追い込んで。トウカイテイオーの圧倒的才能を持ってして。その罪悪感で口が動かなかった。
「分かってる。折れてるんだよね……いやー困っちゃうなぁ!無敗の3冠に骨折なんて。明日はメディアのどこ見ても僕がいるよきっと!有名人だね」
テイオーの顔は笑っている。笑っているのに体は震えていた。初めての怪我が骨折。大丈夫だとは分かっていても、その不安は拭いきれない。
そして、その不安をケアするのもトレーナーの仕事だ……だけど、俺で……俺がやってもいいのか?
「まぁ、1ヶ月近くは入院してゆっくり休んでくれ。俺もその間にやっておかないといけない事がある」
俺は追い込まれていた。勝っても負けてもきっと追い込んでいただろう。
「1ヶ月も入院かぁ……暇になっちゃうな。デジたんとかお見舞い来てね」
「ひゃっひゃい!テイオーしゃんがいいのならぜひ毎日でも!」
「いっいやぁ……毎日は大変だと思うけど……」
そうだ。テイオーにはタキオンもデジタルもいる。精神面は大丈夫だろう。
「とりあえず、時間も時間だ。今日のところは1回帰ろう。タキオンデジタルもそれでいいか?」
「はい!」
「テイオー君も疲れてるだろうし。それがいいだろう」
荷物を持って俺たちは部屋を後にしようとした。
「トレーナー!」
その時、テイオーに呼び止められた。しかし、俺はその時にはもう振り返ることが出来なかった。
「どうしたテイオー」
「あっううん。またお見舞い来てね」
「あぁ。今日はゆっくり休んでくれ」
「うん……じゃあね」
その時のテイオーがどんな顔をしていたかは分からない。それでも俺の中ではもう決心はついてしまっていた。
部屋を出てからタキオンとデジタルにも今後のことを確認した。
「とりあえず1ヶ月はやることは無いが……2人はどうするんだ?必要ならトレーニングメニューも用意しておくが」
「「大丈夫さ(です)」」
そうだよな。このメンバーはテイオーの為に結成したチーム。そのテイオーがいなければ集まることもないか。
「私たちもすこ〜し用意するものがあるからねぇ……」
そう言ってタキオンたちは自分の寮に戻って行った。用意するものってなんだろうか……いや、もう俺には関係のないことだろう。
「みんな帰っちゃった……酷いな〜もう少し居てくれたっていいのにさ〜」
トレーナー1回も目を合わせてくれなかった。やっぱり無理に走ったの怒ってたのかな。でもさ、怒ってたならなんで怒ってくれなかったの?
(分かんないや……あぁ、なんか眠くなってきちゃった)
色々なことが頭によぎった。それでも疲労には勝てなくって、僕は眠りについた。
翌日、トレーナーとタキオンの2人は来なかった。ネイチャとか同級生はチラホラ来てくれたし、デジたんも来てくれた。でも、デジたんも誰かと連絡を取ったり、忙しそうにしててすぐに帰っちゃった。すごく申し訳なさそうにしてたなぁ。
「テイオー入るぞ」
夕方頃にカイチョーがお見舞いに来てくれた。いつもなら飛び跳ねて喜ぶのに、なんだかその時はその元気が出なかった。
「なんだ彼はいないのか」
カイチョーは病室を見回してトレーナーのことを探してた。良く考えれば、トレーナーが出来てから丸々1日会わないことなんてほぼなかったからなぁ……なんか、ちょっと寂しいかも。
「トレーナーがやることがあるって言ってた。僕のリハビリメニューを考えてたりして!トレーナーは僕のこと大好きだからさー」
そうだよ。きっとトレーナーも僕のお見舞いに来たくてたまらないに決まってるよ。
「そうか……」
トレーナーが居ないことを知ったカイチョーは凄く落ち込んでた。どうしたんだろう。
「トレーナーに用でもあったの?」
「直接彼に用事があった訳ではないのだがな……だがそうか……私たちの予想は当たってしまったのか」
カイチョーは悲しそうだった。トレーナーがいないことと何が関係あるんだろう。
「ねえカイチョー。何かあったの?」
僕がそう聞くとカイチョーは顔を上げて、僕の顔を見た。
「そうだな。テイオーにも心の準備が必要だな……元より隠すつもりはないさ」
そう言ってから少しの時間だけ音が消えた気がした。なんでだろう、それだけ緊張してたのかもしれない。そして、カイチョーが口を開いた。
「彼は……君のトレーナーはテイオーとの契約を解除するだろう」
え……?僕はカイチョーの言っている意味が一瞬だけ分からなかった。トレーナーが僕との契約を解除する?
「そっそんなわけないじゃんカイチョー。トレーナーは僕の為に頑張ってくれたし、僕だって頑張った。ついに無敗で3冠取れたばっかりなんだよ?」
終わりじゃない。むしろここから新しく始まろうって時なんだよ。たしかに、骨折しちゃったのは不安だしショックだった。だけどさ……これからもっと頑張ろうって思えてたのに。
「だが、彼はトウカイテイオーという天才を潰したと思っているはずだ」
「でも……!」
思い当たる節は多かった。タキオンたちも言ってたけど、トレーナーは僕たちのことを褒めても、自分のことを褒めることはないから。
「確信がある訳じゃないだが……一応覚悟だけはしておいてくれ。彼は……そういう人げ」
「カイチョー!」
僕はカイチョーが全部言う前に叫んじゃった。でも聞きたくなかったんだ。頭の整理がつかなくって。
「すまない……とりあえず私も帰るよ。またお見舞いに来る」
カイチョーはそのまま帰っちゃった。せっかくお見舞いに来てくれたのに酷いこと言っちゃった。でも、急にあんなこと言われても僕どうしたら良いかわかんないや……
体に力があまり入らない。燃え尽き症候群ってこういうことを言うのか。
テイオーが怪我をした次の日。俺は手続きの為の書類の用意していた。それ自体は早く終わり、正午くらいには作業を終えていた。その後、テイオーの悩んでいた。しかし、その後すぐに眠ってしまい今に至る。
(今日は東条さんのところに行かないといけない……)
俺が目を覚ましたのは日が昇った頃だった。昨日は急に眠りに着いたが、こういう習慣ってのは抜けないんだな。
俺は体を起こして学園に行く準備をした。そして、東条さんのトレーナールームの前までたどり着いた。