トウカイテイオーと帝王を目指す 【完結】 作:Tmouris_
最近のトレーニングは、熱の入り方が違う。
タキオンは日本ダービーに向けて。テイオーは宝塚記念の復帰戦。デジタルはNHKマイルCに向けて頑張っている。お互いがその空気にあてられて高め合ってる。
「デジタル、芝の走りもかなり仕上がってきたな」
「タキオンさんにテイオーさんが頑張っているのに、デジたんも負けてはいられません!お二人とトレーニングできるのが幸せしゅぎて……」
デジタルはここ最近、レースの観戦に同行していない。レースを観察するのはテレビだったり、録画を見返している。タキオンの調子の確認も現地に行けない分、前日に念入りにしているとか。
「無理して怪我したりするなよ~」
「もちろんです!」
そんな、軽いやり取りをしていた直後の事だった。ズサー!っと大きな音がグラウンドに響いた。
嘘だろ……脚の状態は完璧だった。トレーニング前にだってしっかりと確認をした。それなのに!
俺の視線の先には、脚を抑えて倒れ込んだテイオーが居た。すぐにテイオーのもとに駆け寄って、脚の状態を確認する。
「くそっ!タキオン!急いで救急車を呼んでくれ!デジタルは応急処置の手伝いを頼む!」
明らかに普通じゃない脚の腫れ方をしてる。下手したら骨に問題があるかもしれない!
テイオーは脚の痛みに耐えられず、言葉が出ずに唸っている状態だ。ここまでの痛みとなると……
「デジタル!テイオーの脚を固定して冷やす!脚を持っていてくれ!」
詳しい診断までは出来ない。けど、俺もデジタルもスポーツ医学を学んだ身だ。今の状態が異常なのは分かる。
応急処置を終えて、テイオーが救急車に運ばれたことを確認し、俺たちも急いで病院へと向かった。
「折れています。骨折ですね……」
「そんな、バカな……」
俺とテイオーが聞くことになったのは、衝撃すぎる診断だった。症状から見て可能性は高かった。でも、そんなわけがないと思いこんでいた。
「三度目の骨折です。医療に関わる身としてはこれ以上、走ることをおススメできません……癖になって再び骨折してしまうリスクが高いんです」
先生の言う通り、骨折は複数回経験すると、折れやすくなる。リスクが上がる……それは分かっているんだ……
俺が思い詰めていると、テイオーが俺の袖を引っ張る。テイオーの方を振りむくと、彼女はいつも通りの明るい笑顔で口を開いた。
「大丈夫!ボクは走るよ」
その表情からは考えられないほど、テイオーの手は震えていた。テイオーは怖いんだろう……それでも、自分に発破をかけている。そうしないと、テイオーは折れてしまいそうなんだ。
「そうだな。もう一度走れるさ」
俺はテイオーの頭撫でた。彼女に不安を悟られないように。
気が気じゃなかったんだ。再び骨折してしまうよりも、もっと恐怖すべき考えが俺によぎったからだ。タキオンの話した仮定が俺の中で確信に変わろうとしている。
「トレーナーさん!テイオーざんは大丈夫なんでずがああ!」
「あぁ、とりあえず大丈夫だ。直らない骨折でもなかったよ」
デジタルはそれを聞くと「よがっだあああ!」と泣き崩れてしまった。それを支えて、椅子に座らせる。
そして、タキオンの方を見ると、何か言いたげにこちらを見ていた。
「タキオン、話があるんだ」
「あぁ、私も丁度君に話したいことがあったところさ」
場所を移して、タキオンと二人きりで話をすることにした。
「単刀直入に聞く。テイオーはこれからどうなると思う」
俺がそう言うと、タキオンは目を一瞬細めて語り始めた。
「そうだねぇ、現実的な話をすれば、骨折は直ってもう一度走ることができる。イップスなどに悩まされる可能性はあり得るがね」
タキオンはそう言い切ったあと、「けれど」と付け加えて。
「君が聞きたいのはそういう事ではないのだろう?彼女の運命の話をしようか」
ゆらりと壁に腰を預けて、タキオンは続きを話始める。
「今回の骨折は、今までの比較にならないほどイレギュラーなものだ。本来なら骨折しない……いや、走っているだけじゃ骨折のしようがない状態だった」
「そうだ、テイオーの脚は健康そのものだった。前回の怪我も完治して残っていなかった。検査も万全を期して行ったはずだ」
それでも、今回の骨折は起こった。おこりえないはずだったのに。
「きっと、トウカイテイオーというウマソウルの運命なのだろう。彼女は三度骨折をして、宝塚記念には出走できない……そういう運命」
「なら!テイオーの努力は無駄だったのか!?俺たちのしてきたことは!」
運命という理不尽。理解できない現象への困惑。それを受け止められずに、俺はタキオンに訴えかけた。
「無意味ではないさ。彼女が努力しなければ、君が彼女を支えなければレースで活躍することはなかっただろう。だが、レースで活躍してしまったからこそ、トウカイテイオーというウマは運命という軌道に乗ってしまった」
そんなの、俺たちじゃ防ぎきれないじゃないか……
俺は膝から崩れ落ちた。力が入らず、立ち上がる気力も湧かない。
「これから……テイオーはどうなるんだ」
「それは分からないさ。運命とは可視化できるものじゃあない。もしかしたら、骨折から復帰後、なにも問題なくレースに出走できるかもしれないし、もう一度同じことが起きるかもしれない。トウカイテイオーと言うウマソウルの運命はここで終わりで、走ることが叶わないかもしれない」
タキオンのその言葉に、俺は何も言えなかった。あるかもしれない無限の可能性ではなく、確かに決まった運命。でも、それを可視化できない……その不安に向き合えなかった。
その後は、タキオンとデジタルを寮まで送った。タキオンは何かを考えるように、デジタルはいつものように、俺は普通を装って不安を隠した。
その日の夜、考えるべきことは沢山あったが、考えがまとまらず、気が付いたら眠りについていた。
次の日から、チームの様子はおかしくなっていった。傍からみたらいつも通りかもしれない。それでも、たしかな違和感がそこにある。
「おい!デジタル。そのメニュー今ので終わりだぞ!」
「ありゃりゃ!デジたんとしたことがすみません……」
デジタルがペースを間違えたり、トレーニングメニューをしっかり把握できてなかったり。明らかな不調だ。
俺も、テイオーのことが不安で仕方がなかった。けど、それを隠して、いつも以上に慎重に二人を見ていた。デジタルのフォローもできる限りのことをしたし、テイオーの面会にも頻繁に訪れた。もちろん、タキオンの研究にも付き合った。
それでも、ダメだった……
「すいません……トレーナーさん」
「いや、デジタルが不調なのは分かってた。それを考慮した上でサポートするのがトレーナーの仕事だ。むしろ善戦したほうだ」
デジタルはNHKマイルCで7着。1着をとるポテンシャルは既にあったが、調子というものはどうしても付きまとう。不調の中でこの順位なら善戦したと言える。
(やっぱり無理なのか……)
この結果を見て、どうしても"運命"という言葉がちらつく。この結果も、全てアグネスデジタルの運命なんじゃないかと。
その日から、明らかにチームの活気は薄れていった。トレーニングはしているのに、どこか無気力で。唯一、タキオンだけが何かを考えてトレーニングに臨んでいたのかもしれない。
「タキオン、脚は大丈夫か?異常はないか?」
遂にダービーまで1週間。タキオンの調子や脚の状態をこれでもかってくらい確認した。多分……無意識にテイオーの骨折のことを考えていたからだと思う。
しかし、タキオンはそのたびに「安心したまえ」とか「大丈夫だとも」と軽く受け流すだけだった。
そして、ダービー前日の放課後の事だった。
「トレーナー君。少しお茶に付き合っておくれよ」
タキオンからお茶に誘われた。彼女もダービーという大舞台を前に緊張しているのだろう。そう思って、素直に紅茶を受け取った。
「覚えているかい。私たちのチームが最初どのようなものだったか」
紅茶を一口飲んでから、タキオンは静かに口にした。
「忘れないよ。互いに利用し合う関係。目的の為に集まったチームだったな」
「私もデジタル君も、君のチームはとても都合が良かったからね。だが、色々なことがあった」
彼女は窓の外の夕日を眺めていた。その表情は普段のタキオンからは感じられない、切なさと……それでいて力強さを感じる。
「このチームが今の形になれたのは、まさに君が私達3人と向き合い続け、努力した証明とも言える」
「タキオンが俺のことをそんなに褒めるなんて珍しいな。何かやらかしでもしたか?」
俺の冷やかしを聞きもせずに、タキオンは話を続ける。
「私は君から多くを受け取った。だから、今度は私が君に授けるとしよう……未来への可能性を」
「タキオン?一体何言って……」
あれ……?意識が朦朧と……
「君なら分かってくれるだろう……明日の私の付き添いはデジタル君に頼んである。彼女には必要な刺激だろうからね……だが、君はゆっくりとここで見るといい」
それを聞いたのを最後に、俺の意識は完全に暗闇に落ちた。
次に目を覚ました時には、既に日が昇っていた。目の前に時計があったので急いで確認すると、ダービーの出走まで時間がなかった。俺は混乱したが、時計の下にあった、「トレーナー君へ」という手紙を見つけて、落ち着きを少しだけ取り戻した。
その手紙はタキオンから俺に宛てられたものだった。
『やぁ、君がこの手紙を読んでいるという事は、しっかりと紅茶に入れた睡眠薬が効いたみたいだね?君の身体データを元に、ダービー出走前に起きるように量は調整しておいたよ。それに、最近疲れているようだから、疲労回復効果のオマケ付きだ。感謝したまえ』
たしかに、昨日に比べて体の疲労が大分取れている。
『前置きはさておき。本題に入ろうか。私たちが話したように、ウマ娘にはウマソウルという、別の世界の魂が宿っている。そして、その運命に私たちは縛られていると言ってもいい。実際に、私は皐月賞にそれを感じた。皐月賞というレースへの執着。レース中に感じた違和感。それら、全てがアグネスタキオンというウマソウルの運命だったのだろう。皐月賞に出走し、1着のとあるタイムでゴールする。そして、私のレース人生が終わる。きっと、それが私の運命だった。しかし、私は君たちに出会っていた。多くを与えられ、多くを経験した。それは、ウマソウルであるアグネスタキオンが持っているものでは無い。この世界のウマ娘としてのアグネスタキオンが得たものだ。それ故に、私はこの世界の理の中に生きている。君の努力と私の想い。それが、アグネスタキオンという運命から解き放たれた。きっと、気づかなかっただけで、テイオー君にもそういう瞬間があったのだと思う。だが、前にも言ったように、運命は可視化出来ない。それ故に証明出来ない。だから、私たちのチームに相応しい証明をしよう。私たちの積み重ねに意味があったのだと。情熱的で諦めの悪さが君の強さじゃないのかい?』
手紙を読み終えて、テレビをつけると、ゲートインは済んでいて、スタートする直前だ。
レース展開は順調。タキオンのポジション取りは完璧だ。このまま行けば、問題なくダービーに勝てる。
(運命は可視化出来ない……か)
そうだ、見えないものを気にしても仕方がない。俺はテイオーに走って欲しい。
結果が運命で決まってる?ふざけんな。あるのは無限の可能性だけだ。俺たちは見てきたじゃないか。データ以上の力を見せるウマ娘たちを。
レースは終盤。このタイミングでタキオン、ジャングルポケット、ダンツフレームの3人が仕掛ける。
予め集めたデータじゃ、2人はタキオンに勝てない。だけど、そんなものでレース結果は決まらない。
(俺たちらしいやり方ね……)
ラストスパートで、ジャングルポケットとダンツフレームがついにタキオンに並んだ。3人の誰が勝ってもおかしくない状況。本来、ここで3人が並んでるはずじゃなかったのに。
見ているこっちが手に汗握る展開だ。たった1歩、速く脚を動かした方が勝つ。そんなギリギリな勝負。
タキオンが1歩前に出る。それに対抗するようにジャングルポケットも前に。ダンツフレームも必死に食らいついている……
結果は、ジャングルポケットとタキオンが同着で1位。
(タキオン……これがお前の証明なんだな)
俺の中で、消えかけた炎が再び燃え上がるように熱い。やるべきことも、出来ることもいくらでもある。こんな所で立ち止まってる暇はない。
「あぁ……僕はもう……こんな風に走れないんだ……」
少し駆け足気味で許して欲しいです……