本気で将来とあるヒーローになろうと思っている男子高校生がどうしてそう思ったのかを、幼なじみの女子高生の視点で見ていきます。

誰しも『人生が動き始めた瞬間』てのはあると思うのですが、それを書いてみたくて。ヒーローとか怪人って普段はあまり書かないので色々と四苦八苦しながら書いたのですが……あれ?(;・∀・)

すぺしゃるさんくす:八百屋さん

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登場人物紹介

テツヒロ:男子高校生。進路希望は『デラスゴイマンになること』

   楓:女子高生。テツヒロの幼なじみ


デラスゴイマン:6年前にテレビ放送されていたヒーロー番組の主人公。
        その番組は低視聴率による打ち切りにより終了。


ヒーローになった幼なじみ

『さすらいの銀河系サムライ・デラスゴイマン』

 

 身長は177センチで体重は95キロ。出身は地球から500億光年離れた平和な惑星『デラスゴイ・プラネット』。武器は愛刀『デラセイバー』。必殺技は渾身の右ストレート『デラスゴイパンチ』で、なんでもインド象50頭ぶんの破壊力があるとか。インド象ってどんな単位だ。だいたいなんで刀を持ってるのに必殺技がパンチなんだ。意味がわからない。

 

 100年前に偶然日本にやってきたデラスゴイマンは、親切な日本人たちに感動し、彼らの笑顔を守るためヒーローになることを決意したのだそうだ。普段は一般人『早乙女イチロー』として社会人生活を送っているが、悪の秘密結社『暗黒ファンタズム』の怪人が現れると、デラスゴイマンに変身して、暗黒ファンタズムの暗黒改造怪人と戦う。

 

 真っ赤な全身タイツに三度笠、胸元には丸に『デラ』と書かれたデラスゴイ・エンブレムが金色にテラテラと光り輝き、背中には使うことのない愛刀・デラセイバーという変態としか思えない姿になる。右腕につけた虹色のブレスレット、『デラミサンガ』が悪目立ちして浮きすぎている。そのファッションセンスは本当に意味不明だ。

 

――私は日本の平和を愛し、守る戦士!

さすらいの銀河系サムライ! デラスゴイマンっ!

 

 そんな決め口上とともに決めるのが、ロンゴロンゴとしか思えない珍妙な決めポーズ。怪人たちと戦う前にこの恥ずかしいポーズを取るのが、デラスゴイマンの戦闘ルーチンのようだ。

 

 戦ってる途中に愛刀デラセイバーを『いらんっ!』と投げ捨て『いやぁぁぁああ!!!』と肉弾戦を繰り広げるそのシュールさは、視聴者に『ヒーローではなくお笑い芸人』という印象を強く残した。

 

 これ、私が小学4年生ぐらいのときにテレビで放送されていたヒーロー番組だ。妙に外した衣装と特にカッコイイとは思えない珍妙なポーズ、そして何よりその絶妙にダサい名前で視聴率が振るわず、1年は続く予定だったのに12話で打ち切りという憂き目にあった。それなりにおもちゃ展開もされていたそうだが、売上も芳しくなかったようで早々におもちゃ屋さんからその姿を消した。

 

 こんな体たらくだから、別に『幻のヒーロー番組!』というプレミアムがつくこともなければ『知る人ぞ知る!』といったカルト的な人気を博すこともなく、人々に『言われてみればそんなヒーローがいた気がする……』程度の記憶をかろうじて残すのみだった。

 

 そんな史上稀に見る影の薄い珍妙なヒーローに、未だに憧れ続けている男がいる。私の幼なじみ、金森テツヒコだ。

 

「いやー! 7話のデラスゴイマン、カッコイイよなー!」

「そ、そうだね」

「おっ! 楓もそう思うか! やっぱわかってんなぁ楓は!!」

「ま、まぁね」

「『ミサトちゃんの笑顔を! ここで曇らせるわけにはいかないッ!!』って、怪人ラッコザリガニに立ち向かっていくんだぜ? っか~! たまんねぇよ!!」

 

 今日も私はテツヒロと二人で学校から帰る。二人で学校から帰る間は、概ねデラスゴイマンの話題だ。といっても、テツヒロが一方的にデラスゴイマンへの愛を語り尽くすだけで、私はただ相槌を打っているだけだ。こんな下校時間が小学四年生の頃からだから、かれこれ6年続いている。テツヒコのデラスゴイマンへの愛は、この6年、まったく揺らぐことはない。

 

「あのとき怪人ラッコザリガニにお見舞いしたデラスゴイパンチ! すごかったよな!!」

 

 そういい、テツヒロは袖をまくった右腕で正拳突きをして見せた。10歳の頃と比べて幾分筋肉質になったテツヒロの右腕がビシイッと前に突き出された。

 

 その勢いと風圧で、テツヒロの右手につけているブレスレット、デラミサンガが揺れた。これはテツヒロの小さい頃からの宝物だ。

 

「ずいぶんひきしまったねぇテツヒロ」

「んあ? おお! なんせデラスゴイマンに憧れて、毎日正拳突きの稽古をしてるからな!」

 

 そういい、見せろとお願いしたわけでもないのに、テツヒコは私に右腕の力こぶを見せつけてくる。こいつはデラスゴイマンに憧れるあまり、あの日から空手を始めた。今では道場でもトップの腕前になっている。先月なんか全国大会で好成績を収め、世界大会の選抜選手に選ばれるかも……なんて話も出ているぐらいだ。

 

 こいつのデラスゴイマンへの憧れっぷりはそれこそ筋金入りだ。なんせ未だに『将来はデラスゴイマンになる!!』と本気で言っている。鍛錬を毎日欠かさず行っているのはすごいと思うが、正直、その将来の夢は考え直したほうがいいんじゃないかと私は思う。危ないし。

 

「なんせインド象50頭分なんていうわけわかんねー破壊力だからな! サボってる暇なんかないんだよ!!」

 

 そんな私の心配を尻目に、テツヒロ本人は毎度こんな感じだ。私の心配を分かっているのかこの野郎。そもそもインド象50頭分の破壊力がどんなものかをテツヒロが知らないのなら、私に分かるわけがないなぁ……。

 

 だが、こいつが憧れる気持ちもわかるっちゃーわかる。こいつは、それだけの体験をした。それまでもこいつはデラスゴイマンが好きだったが、その後の人生を決定付けた経験と出会いが、テツヒロにはあった。

 

 ……そして、それは私も。

 

……

 

…………

 

………………

 

 それは、デラスゴイマンの放送が終わってまだ間もない頃。つまり私達が小学4年生だったころのことだ。

 

 その日、私は住宅地から少し離れた川沿いの公園にいた。当時の私は近所の海で拾った角が取れた水色のガラス片……いわゆるシーグラスってやつを宝物にしてて、いつもそれをポシェットに入れて大切に持ち歩いていたのだが……それが、近所の図体のデカい6年生のデブにぶんどられ、泣いていた。

 

「ふぇぇぇ~……返してよぉ私のガラスだまぁ~……」

「むははははは! 返してほしかったらダブルピースしながら『私はナオヤ様の召使いです』と言うのだぁぁあああ!!」

「やだよぉぉおお……返してぇえぇぇえ……」

 

 自称ナオヤ様とおっしゃるそのデブ少年は、私からぶんどったポシェットとシーグラス、そして泣きじゃくる私を卑猥な眼差しで交互に見比べている。

 

 私は途方に暮れていた。返してほしくば『私はナオヤ様の召使いです』と宣言する屈辱に耐えなければならないとは……しかもこんなデブ少年に……ッ!!

 

「うう……ひぐっ……」

「ほら言えよぉおお! 返してほしいんだろぉぉおお!?」

「うう……わ、私は……」

「んっん~? 声が小さくて、よく聞き取れんなぁぁあ!?」

「わ、私はぁぁああ! な、ナオヤ、様のぉ~……!!」

 

 デブナオヤの卑猥な眼差しに私が膝を屈し、負けを宣言しようとした、その時だ。

 

「デラスゴイキィィィイイイイック!!!」

「がふァッ!?」

 

 唐突に男子の叫び声が聞こえ、同時にデブナオヤがえらくケッタイな姿勢で吹っ飛んでいった(ロンゴロンゴの中からこの時のデブナオヤそっくりなポーズを見つけたのは、それから数年後の話だ)。

 

 どうやら誰かがデブナオヤを飛び蹴りでふっとばしたらしい。吹っ飛んだ拍子にデブナオヤは手を離してしまったらしく、私のポシェットとシーグラスは地面にコロンと転がった。

 

「意地悪は許さないぞ! いじめっ子デブめ!!」

 

 この声でハッとした。デブナオヤにデラスゴイキックを浴びせたのは、私の幼なじみのテツヒロだった。

 

「ち、ちくしょう! ママに言いつけてやるっ!!」

 

 突然のことでびっくりしたのだろうか。デブナオヤは目にいっぱいの涙を浮かべ、声をところどころ上ずらせながらそう言うと、立ち上がり、バヒュゥゥウウンと一目散に逃げていった。デブのくせに逃げ足が早く、約2秒後には姿が見えなくなっていた。本気で練習して痩せれば世界を狙えそうな脚力だった。

 

「ちっ……やっぱ悪者ってのは根性ねーな……」

 

 そういって、テツヒロは地面に転がったポシェットとシーグラスを拾ってくれた。

 

「ほら楓! 宝物、取り返してやったぞ!」

「うん……ありがとうテツヒロ……」

 

 差し出されたポシェットとシーグラスを受け取り、私は袖で涙を拭く。鼻水が出てなかったことに安堵し、ポシェットを肩にかけた。

 

 テツヒロが助けてくれた……その事実は、まだ幼かった私の胸を、ほんの少しときめかせるのだが……

 

「いいってことよ! なんせ俺は、将来はデラスゴイマンになる男だぜ? これぐらいわけねーや!!」

 

 そんな私の心に気付いているのかいないのか……テツヒロはこんな世迷い言を100万ドルの笑顔で返し、そして目をキラキラと輝かせていた。私に向けるグーサインの親指には、この上ない力が込められている。

 

「そ、そっか! そうだよね! テツヒロ、将来はデラスゴイマンになるんだもんね!」

「おうよ! お前もわかってきたじゃねーか! 楓!!」

 

「う、うん……!」

 

 そんなテツヒロに対し、一体誰がケチをつけることができようか……少なくとも幼い頃の私には無理だった。ひたすら話を合わせ、そして愛想笑いすることしか出来なかった……

 

 ここまでなら、誰しもが経験のある幼い頃の思い出かもしれない。幼なじみにピンチを救ってもらった女の子が、その幼なじみに淡い恋心を抱く……よく聞く話かもしれない。

 

 でも、その時は違った。

 

 それは突然に起こった。10人ほどの黒尽くめの男たちが現れ、私とテツヒロの周囲を囲んだ。

 

「ヒョーイ! ヒョォォオオイ!!」

「な、なんだこいつら!?」

「て、テツヒロ……!」

「ヒョォォオオイ!! ヒョォォオオイ!!!」

 

 男たちは皆、手に鉄の棒やヌンチャク、大きな剣のような武器を持っていた。口々に『ヒョォォオオイ!!』と掛け声を上げ、私とテツヒロにその武器を向けている。

 

 よく見ると、顔が不思議なまだら模様にペイントされている。その模様の奥の瞳を見た。血走った目は焦点があっておらず、どこかうつろな眼差しだ。

 

「くそッ! お前ら! 何者だ!!」

 

 テツヒロが私の前に立ちふさがってかばってくれるけど、そのテツヒロも手が震えている。そうして暫くの間、黒尽くめの男たちとテツヒロのにらみ合いが続いた。

 

「あン? ガキがいやがンなぁ……」

 

 にらみ合いが始まってしばらく経った頃だ。男たちの背後から、人間とは思えない化け物のような風貌の男が姿を現した。その途端、黒尽くめの男たちは姿勢を正し、右手を上げて『ヒョォォオオイ!!!』と奇声を上げた。

 

「なんだァ……? このガキは……」

 

 異様な男の風貌を見た。顔は魚のフグのような顔で、頭のてっぺんからは大きなたんぽぽの花が咲いている。身体中にまるでフグのような色と模様がペイントされ、両肩には、たんぽぽの綿毛だろうか……ふわふわとした白いものが付いていた。

 

「おい。作戦だとこの時間にゃ人間は誰もいねぇンじゃなかったのか!?」

「そのはずだったのですが、我々がここを占拠したとき、なぜかこいつらもここにいまして……」

「!? この怪人トラフグタンポポ様になんでてめぇは言い訳してやがンだコノやろぉお!!」

 

 突如、異様な男……怪人トラフグタンポポは黒尽くめの男の一人を捕まえ、地面に押し倒した。ドタンという音とともに倒された男は『ヒョォオイ!?』と悲鳴を上げた。そして怪人トラフグタンポポは男に馬乗りになり、顔を殴り始める。

 

「てめッ! ノヤロッ!!」

「ヒ、ヒョオ……!」

「死ねッ! クソがッ!!」

「ヒョオイ! ひ、ヒョォオオイ」

「俺はなッ!! キレっと! 綿毛が!! 飛んでっちまうンだよッ!!」

 

 怪人トラフグタンポポの怒号と男の悲鳴が響くたび、グチャリグチャリと肉が潰れた音が鳴る。男の顔が、怪人トラフグタンポポの拳でひしゃげていく。私たちの目の前で。

 

「て、テツヒロ……死んじゃう……あの人、死んじゃう!」

 

 私と顔と声が恐怖でひきつる。あの怪人の拳が、次は私たちに振り下ろされるかもしれない……そう思うと、恐怖で身体が震えてしまう。

 

「大丈夫だ……! 楓は、俺が守るから……!!」

 

 そんな私の前に、テツヒロは必死に立ちふさがっていた。身体は震えているが、精一杯胸を張り、私を自分の陰に隠すように立ちはだかり、盾になってくれている。

 

 やがて男はピクピクと痙攣したきり、動かなくなった。怪人トラフグタンポポは満足げに立ち上がり、そして私たちをジロリと見る。

 

「おいガキぃ……」

「ひ……ヒッ!?」

「……ッ!!」

「見られたからには、ただで返すわけにはいかねぇ……お前らには、死ンでもらおうか……」

 

 そう言って、怪人トラフグタンポポは私たちの方にゆっくり歩いてきた。まるでフグのヒレのような両手を、これ見よがしにボキボキと鳴らしている。返り血がついているのが恐ろしい。

 

「……ッ!!!」

 

 恐怖で動けなくなった私の前に、テツヒロが立ちはだかってくれる。だけど。

 

「キャッ!?」

「!? 楓!!」

 

 私とテツヒロの意識が完全に目の前の怪人トラフグタンポポに集中していたスキを突かれた。いつの間にか背後に回っていた黒尽くめの男に私は捕まり、そして怪人トラフグタンポポの隣に引きずられてしまった。

 

「楓に……手を出すなッ!!!」

「ポッポッポッ。ナイト気取りか。威勢がいいなぁ小僧」

 

 震える声を張り上げるテツヒロ。その途端怪人トラフグタンポポは奇妙な笑い声を上げた。心持ち頭のてっぺんのたんぽぽの花が開いた気がする。

 

 ヒレのような手で、私の頭が撫でられる。返り血のせいか、少しねちょねちょとした手触りだ。

 

「小僧。俺はお前のような威勢のいい奴は好きだぜぇ」

「……ッ!!」

「殺す前に名前を聞いてやろう。お前、名前は?」

「俺は金森テツヒロ! 大人になったら、デラスゴイマンになる男だ!!!」

 

 テツヒロは言い切った。その途端にこの場に一瞬の沈黙が流れ、そして次の瞬間……

 

「ポッポッポ!! ポォォオオオッポッポッポォォオオオオ!!!」

「ヒョォォオオイヒョイヒョイ!ヒョォォオオイヒョイヒョイヒョォォオオイ!!!」

 

 怪人たちの侮蔑の笑い声が響き渡る。皆がお腹を抱え、苦しそうに大声で笑っている。テツヒロの夢がバカにされた……私の直感がそう告げた。

 

「なンだてめぇ……あんなテレビの中だけの作り物のヒーロー、信じてンのかぁア!?」

「ち、違う! デラスゴイマンは本当にいるんだ! このあと俺たちを助けてくれて、そして俺も将来デラスゴイマンになるんだ!!」

「このガキ信じてるよぉおポッポッポォオ!! テレビのあのクソダセぇおこちゃま番組のヒーローをよォォオオポォォオオオッポッポッポォォオオオオ!!!」

「ヒョォオイヒョイヒョイヒョイ! ヒョォォオオイヒョォォオオイ!!!」

 

 テツヒロの必死の言葉を、怪人たちは再びあざ笑う。汚い笑い声が響き渡る間、テツヒロは悔しそうに歯を食いしばり、拳をギュッと握りしめていた。

 

「ポッポッポォオ! あー笑った……いいぜ。遊んでやるよ将来のデラスゴイマンさんよォ。もし俺を倒すことが出来たら、カワイイ楓ちゃんは無傷でここから逃してやンよぉ」

「……」

「おやぁあ!? 将来のデラスゴイマンさんは俺と戦うことも、この囚われた女の子を助けることも出来ない、腰抜けさんなのかなぁぁあアアア!?!?」

「……クソぉぉおおお!!!」

「ぉおお!! 来たか来たか来たかァァアア!!!」

 

 怪人にバカにされたテツヒロは、その震える右手を必死に握りしめ、そして怪人トラフグタンポポに殴りかかるけれど……

 

「うおぉぉおおおおおお!!!」

「来いよ来いよ来いよォォオオ!!! デラスゴイマンちゃんよォォオ!!!」

「デラスゴイパァァアアアンチ!!!」

「ポッポッポォォォオオオ!!!」

 

 怪人トラフグタンポポの身体にテツヒロのパンチは当たらなかった。トラフグタンポポが右手でテツヒロの顔を張り倒し、テツヒロをふっとばしたからだ。

 

「あうッ!?」

「テツヒロ!!」

 

 テツヒロは悲鳴を上げて地面を転げた。身体中泥だらけになり、口からは血が出ている。今の怪人トラフグタンポポの張り手で口を切ったのかもしれない。

 

「おいおいおいどーしたどーした!? デラスゴイマンちゃんよォォオオ!!!」

「……ッ」

「このままじゃあ俺も倒せねェし楓ちゃんも助けらンねぇぞぉぉおお!!!」

 

 怪人トラフグタンポポはそんなテツヒロを執拗にバカにし、手をこれみよがしにパンパンと叩く。テツヒロをバカにするのが楽しくて仕方ないようだ。

 

「来いよォォオ!!! デラスゴイマンちゃぁぁあああん!!!」

「……くそぉぉオオオ!!!」

 

 負けじと立ち上がり、再び怪人トラフグタンポポに立ち向かっていくテツヒロ。だけど……

 

「くらえッ! デラスゴイキッ……」

「ぽっぽォォオオオ!!!」

「ごふッ!?」

 

 怪人トラフグタンポポに思いっきり蹴られたテツヒロは、今度は真後ろに吹っ飛んでいった。あの蹴りは確か、前にプロレスで見たケンカキックとかいう蹴りだったはず……倒れたテツヒロはお腹を押さえて苦しそうに咳き込んでる……

 

「げふッ……ごふッ……」

「おいおい弱ぇなァ!!! これがデラスゴイマンちゃんの実力かよぉぉおお!!!」

「ごふごふッ……ごふッ……」

 

 お腹を押さえて苦しそうなテツヒロは見ていられない……涙目になるぐらい痛いんだ……

 

「いいよ! テツヒロ!! 私のことはいいからもう逃げて!!」

「ごふッ……ごふッ……」

 

 思わず叫んだ。私のことはもういい。それよりも、痛そうなテツヒロをもう見ていられない。もういいよテツヒロ。逃げて。

 

 テツヒロはよろよろと立ち上がった。お腹を押さえながらだけど、涙が流れそうな両目で怪人トラフグタンポポをギンとにらみながら。

 

「なに……言ってんだ……楓……ッ」

「テツヒロ……」

「逃げるわけ……ねぇだろ……! お前を助けるに決まってんだろ……!!」

「だって……!」

「ここで逃げたら……俺は、デラスゴイマンに、なれない……ッ!!」

「……ッ」

「デラスゴイマンは逃げない! 俺はデラスゴイマンになる男だから、絶対に逃げない!!」

 

 テツヒロは右拳を握りしめ、再びデラスゴイパンチの体勢に入る。

 

「そぉこなくっちゃなぁぁああ!!! デラスゴイマンちゃん!!! 泣いちゃってるけどカッコイイぜぇぇええ!!! ポッポッポォォオオ!!」

「うぉぉぉおおおおおお!!! デラスゴイ!」

「ぽっぽぉぉおおオオオ!!!」

「パァァァアアアンチぃぃぃいい!!!」

 

 そして怪人トラフグタンポポに殴りかかっていったが、その拳が届く前に、再びトラフグタンポポに殴り返された。

 

「ガッ……」

「ポッポォォォオオ!!!」

 

 ほっぺたをもろに殴られたテツヒロはその場にグシャリと崩れ落ちた。力なくぐったりと倒れ込むテツヒロの頭を、怪人トラフグタンポポは足で思いっきり踏みつけ、そしてグリグリと踏みにじる。

 

「ポッポッポッポォォオオ!!! ポォオオッポッポッポ!!!」

「テツヒロ!!! お願い離して!! テツヒロ!!」

 

 私はテツヒロの元に駆け寄ろうとするけれど、黒尽くめの男に腕をがっちりと捕まれ、動くことが出来ない。子供の私には、大人の手を振りほどくことは出来ない。テツヒロの元に行けない。

 

「くそッ……俺は、デラスゴイマンになるんだ……ッ」

「なンだぁあ? まだ立ち上がる元気があるのかァア?」

「デラスゴイマンは……お前なんかに、負けないッ……楓は、俺が助ける……!」

 

 ギリギリと歯を食いしばり、テツヒロは立ち上がろうと必死に頭をあげようとする。涙をポタポタと流しながらだけど、怪人トラフグタンポポの足を必死に持ち上げ、立ち上がろうとしている。

 

「俺は……! デラスゴイマンに……なるから……ッ!!!」

「そぉかそぉかぁ……じゃあ……」

 

 怪人トラフグタンポポの奇怪な笑い声が響いた。頭の上のたんぽぽの花が開く。テツヒロの頭をグリグリと押さえつけていた足を持ち上げ、そして……

 

「死ねぇぇえええええエエエエ!!!」

 

 ものすごい勢いで足を振り下ろした。あんな勢いで頭を踏みつけられたら、テツヒロの頭は潰れてしまう。

 

 私の直感が叫んだ。テツヒロが死んでしまう。

 

「テツヒロぉぉぉおおおお!!!」

 

 誰でもいい。誰か助けてください。私の幼なじみのテツヒロを、必死に私を助けようとしてくれたテツヒロを、誰か助けて。助けてください。

 

 助けて……。

 

 その時だった。

 

「そこまでだ!!! 怪人トラフグタンポポ!!!」

 

 男の声がこだました。凛々しい雄叫びのような声はよく通り、周囲に雷のように鳴り響いた。

 

「なんだァ?」

 

 あまりの雄々しい声に、怪人トラフグタンポポは踏み抜く足を止めた。黒尽くめの男たちも、周囲をキョロキョロと見回す。

 

「ヒョォォオイ!? ヒョォォオオイ!?」

「誰だ!? どこにいやがンだッ!? 姿を見せろ!!!」

 

 テツヒロも周囲をキョロキョロと見回していた。そして……

 

「あ、ああ……!」

 

 その男を見つけた瞬間、テツヒロの顔に笑顔が溢れた。

 

 私の目にも、いっぱいの涙が溢れた。

 

 私とテツヒロの目に溢れた涙は、悲しみの涙じゃない。先程までの悔しさも違う。

 

「ナッ……て、てめーは!?」

 

 怪人トラフグタンポポも、黒尽くめの男たちも、その男の姿を見た。真っ赤な全身タイツに三度笠、胸元には金色に光り輝く『デラ』のデラスゴイ・エンブレム。そして背中には、禍々しい日本刀、デラセイバー。右腕には、悪目立ちする虹色のブレスレット、デラミサンガが輝いている。

 

「今行く! とうッ!!」

 

 その男がジャンプする。その跳躍は凄まじく、5メートルぐらいの高さまで飛び上がっていた。てっぺんでキリモミ回転をしたあと……

 

「とあーッ!!!」

「ヒョーイ!?」

 

 その赤タイツを着た三度笠の男は、私を捉えていた黒尽くめの男に急降下キックを浴びせつつ着地し、その勢いのまま、瞬く間に周囲の男たちもなぎ倒してしまう。

 

「ポポッ!? な、何もンだてめぇえ!?」

 

 怪人トラフグタンポポは思わずテツヒロから離れ、三度笠の男から離れた。そのスキに三度笠の男は私の手を引いてテツヒロの元に向かい、そしてテツヒロを優しく立ち上がらせる。

 

 テツヒロを支えて立ち上がらせた三度笠の男は、立ち上がり、怪人トラフグタンポポをギンと睨みつけた。

 

「私の名が知りたいというのなら教えてやる! 冥土の土産に聞いておけ!!」

「ぽ、ポポッ!?」

 

 狼狽える怪人トラフグタンポポ。黒尽くめの男たちも動揺しているようで、トラフグタンポポの周囲に集まった。

 

 三度笠の男は、怪人トラフグタンポポに向け、ロンゴロンゴとしか思えない絶妙にダサいポーズをビシッと決めた。そして、高らかにこう名乗った。

 

「私は日本の平和を愛し、守る戦士!」

「ヒョォオオイ!?」

「さすらいの銀河系サムライ! デラスゴイマンっ!」

「バカなッ!? あれはおこちゃま向けテレビ番組のッ!?」

「お前たち暗黒ファンタズムが悪事を働き続ける限り、私の使命は終わらないッ!!!」

 

 狼狽える怪人たちを尻目に、デラスゴイマンはポーズを解いた。テツヒロの前で片膝をつき、泥だらけの身体を優しくパッパッと払う。

 

「少年。たった一人で、よく戦ってくれた……!」

「う、うん……」

 

 そうして、テツヒロの腫れた右目に滲んだ涙を優しく拭いていた。格好はとても珍妙だが、その仕草と両目には、限り無い優しさと強さに満ちあふれているように見えた。

 

 テツヒロの涙を拭いたデラスゴイマンは立ち上がった。

 

「あとは私に任せてくれ。キミはここで休んでいるんだ」

「いやだ! 俺も一緒に戦う!!」

「そうか……キミも私と共に戦ってくれるか……ではキミはここで楓ちゃんを守ってくれ。私はあいつらを地獄に叩き落とす!」

「……分かった!」

 

 テツヒロの腫れた右目に再び光が灯った。そして私の手を、ギュッと強く握ってくれる。その手からは『俺がお前を守る』というテツヒロの声が聞こえた気がした。

 

「ポッポォオ!! デラスゴイマンが本当にいるなんて聞いてねぇぞ!!」

「ヒョォォイ! ヒョォォオオイ!!」

「構わねえ! ガキどもと一緒にやっちまえ!! デラスゴイマンなんか血祭りだァア!!」

「ヒョォォオオオイ!!!」

 

 怪人トラフグタンポポが声を張り、黒尽くめの男たちが不気味な雄叫びを上げる。各々の武器を振りかざし、私たち三人の方に走って襲いかかってきた。

 

 テツヒロが私の前に盾として立ちはだかる。握った手から伝わるテツヒロの体温が心地よく、頼もしい。

 

「行くぞ少年!! 一緒に日本の平和を……楓ちゃんを守り通す!!!」

「おう!!!」

「うぉぉぉぉおおおおおお!!!」

 

 デラスゴイマンも走り、黒尽くめの男たちに向かっていく。そして両者がひしめき合ったその瞬間。

 

「とあーッ!!!」

「ヒョイッ!?」

「でりゃぁぁあああーッ!!!」

「ヒョォオオイ!?」

「とぉおーッ!!!」

「ヒヨォォォオオイッ!?」

 

『バキッ』『ボゴォオッ』『ベキィイッ』と痛そうな音と共に、黒尽くめの男たちが吹き飛んでいた。さっきまで私たちが太刀打ちできなかったやつらが、いとも簡単に吹き飛ばされ、なぎ倒されていく。

 

「今だ! 愛刀デラセイバー!!」

「ヒョイィイイ!?」

「……刀なぞいらんッ!!!」

「ヒ、ヒョイ?」

「いやぁぁぁぁあああッ!!!」

「ヒョォォォオオオオオイ!?」

 

 その様子を、私たちは見守り続けた。特にテツヒロは、キラキラと澄んだ眼差しで、まっすぐに、デラスゴイマンの勇姿をジッと見つめていた。

 

「すげぇ……」

「うん……本当にいたんだ……デラスゴイマン……」

「当たり前だろ……でも、初めて見た……本物の、デラスゴイマン……」

「うん」

「すげぇ……デラスゴイマン、つええ……!!」

 

 いつの間にか、私はテツヒロの隣に立っていた。握った手に籠もる力が強くなる。

 

 初めて目の当たりにするデラスゴイマンの強さと優しさに、テツヒロは心を震わせていた。デラスゴイマンの一挙手一投足を一つも見逃すまいと、ジッとまっすぐにデラスゴイマンを見つめ続けている。その眼差しは、不思議と美しく輝いて見える。

 

 そして私は、そんなテツヒロの真剣な横顔から目を離せなくなっていた。この幼なじみの傷だらけだけど美しい横顔を、私は横目でジッと見つめ続けていた。

 

「あとはお前一人だ! 怪人トラフグタンポポ!!」

「ポォォオ!!! おのれデラスゴイマン! これじゃあ作戦が台無しじゃねぇかッ!!!」

「言ったはずだ! お前たち暗黒ファンタズムの悪巧みなぞ、この私がすべて叩き潰すと!」

「ぽ、ポォォオオオオ!!!」

「言ったはずだ!! 私と少年の二人が! 楓ちゃんを守り通すとッ!!!」

 

 黒尽くめの男たちがすべて倒された。全員がお腹や顔を押さえ、地面でうめいている。

 

「ぽ、ポォオ! くらえデラスゴイマンッ!!」

「なにッ!?」

「綿毛キック!! ポォォォォオオオオオオオオ!!!」

「ぐぶッ!?」

 

 怪人トラフグタンポポがデラスゴイマンにケンカキックを入れた。さっきテツヒロに繰り出したときとは威力が桁違いだ。『ドボォォオッ!!!』と大きな音が鳴り、ケンカキックはデラスゴイマンのお腹にクリーンヒットする。その勢いでデラスゴイマンは1メートルほど後ろに立ったままずり動いた。

 

「……グッ」

「ポッポッポォ。どぅーだデラスゴイマンちゃんよぉ」

 

 ……だけど、デラスゴイマンは負けない。私たちの……テツヒロのデラスゴイマンは、この程度では、絶対に膝をつかない。

 

「これが少年が受けた痛みか……だが足りないッ」

「!? なにッ!?」

「この程度では! 私を倒すことも! 少年の心を折ることも出来ない!!」

「ポ!?」

 

 デラスゴイマンが、左手を開き、そして前に突き出した。その手を怪人トラフグタンポポに向ける。右手は後ろに引き、力いっぱいに拳に握りしめているのが、私たちにも分かる。

 

 この構えは、さっきテツヒロが何度も怪人トラフグタンポポに放ち、だけどけっして届くことのなかった、あの技だ……

 

「少年!!」

「!」

 

 デラスゴイマンがテツヒロに呼びかけた。テツヒロの身体がビクンと波打ち、反射的に背筋を伸ばす。

 

「刮目して見よ!」

「う、うん……!」

「これが私の最大の技!! ……そしてキミ自身の、魂の必殺技だ!!!」

「……!!」

 

 怪人トラフグタンポポがたじろぎ、後ずさる。その間にも、デラスゴイマンが握りしめる右腕の力が、ぐんぐんと上がっていることが私達にもわかる。

 

「くらえトラフグタンポポ!! 私の怒りと、子供の夢を嘲笑ったお前の贖罪!!」

「ぽ、ポッ!?」

「そして!! 少年の愛と勇気の一撃をぉぉおオオッ!!!」

 

 デラスゴイマンの拳が眩しく光った。『キィィイイイイイン』という耳に痛いほどの高温が鳴り響き、立っている私達の身体に風圧を感じる。成長した今なら分かる。あれは、強大な破壊力ゆえに感じる、一種のプレッシャーのようなものだった。

 

 でもその恐ろしい破壊力を秘めたものとは思えない右腕のその美しい輝きに、私とテツヒロは心を奪われた。

 

「喰らえ! ひっさぁぁああつッ!!」

「ま、待て……ッ!?」

「デラスゴイ!! パァァァアアアアアンチィィァアアア!!!」

「ポ、ポォォオオオオッ!!!」

 

 その瞬間、私たちの周囲は、目を開けていられないほどまばゆい光とデラスゴイパンチの衝撃波に包まれた……

 

 

 怪人トラフグタンポポと黒尽くめの男たちがいなくなったあと、デラスゴイマンは私たち……いや、テツヒロの前まで歩いてきて、片膝をついてしゃがんだ。

 

「少年。私と共に戦ってくれてありがとう。少年がいなければ、私は一人では楓ちゃんを守ることは出来なかっただろう」

「そんな……俺の方こそ、助けてくれてありがとう! デラスゴイマンが助けてくれなかったら、俺一人じゃ楓を守れなかった……」

 

 デラスゴイマンは力強く頷き、テツヒロはまっすぐにデラスゴイマンを見つめる。隣で見ている私には伝わった。二人の間に、固くて強い信頼の絆が結ばれたことが。

 

「……あ、あの!」

「うん?」

「俺、将来はデラスゴイマンになりたいんだ!」

「……」

「どうすればデラスゴイマンになれるんだ!? 教えてよデラスゴイマン!!」

 

 テツヒロの質問を聞いたデラスゴイマンは、チラとテツヒロの目を見た。テツヒロはまっすぐにデラスゴイマンを見つめてる。その真剣な眼差しは、思わず私が目を離せなくなるほどだ。

 

 しばらくの間のあと、デラスゴイマンはフッと微笑んだ。

 

「なんだ、そんなことか少年」

「そんなことって……?」

「キミは、すでにデラスゴイマンじゃないか」

「へ?」

「私は知っているよ。キミは楓ちゃんをいじめっ子から救い、楓ちゃんを助けるために怪人トラフグタンポポに立ち向かっていった」

「……」

「そして、たとえ相手に届かなくても、キミはデラスゴイキックとデラスゴイパンチを繰り出した。そんなキミは、立派なデラスゴイマンだ」

「で、でも……!!」

 

 デラスゴイマンはそう言ってテツヒロを励ますけれど、テツヒロ自身はちょっと不満げだ。

 

 なんせ、『デラスゴイマンになりたい』の問の答えが『キミはすでにデラスゴイマンだ』なのだから、体よく躱されているだけのようにも聞こえるからだ。

 

 でも、デラスゴイマンはどうやら本気でそう思っていたようで……

 

「……では少年」

 

 デラスゴイマンは、自分の右腕のブレスレット、デラミサンガを外した。そしてテツヒロの右手首をそのデラミサンガに通し、そして両手で大切に包み込む。

 

「このデラミサンガを、キミに授けよう」

「でも、これ……」

「そう。この宇宙でただひとつの、デラスゴイマンの証だ」

「……」

「誰も文句は言えない……私が言わせない。誰が何と言おうと、キミは、正真正銘のデラスゴイマンだ」

「ぐすっ……ひぐっ……ありがとう、デラスゴイマン……ッ」

「こちらこそありがとう、新しいデラスゴイマン……!」

 

………………

 

…………

 

……

 

 これが、私たち二人と……いや、テツヒロと、デラスゴイマンとの出会い。

 

 そして、テツヒロがデラスゴイマンになった日にして、テツヒロの生き方が決定した記念日だ。

 

 その日以来、テツヒロは『確かに本人からお墨付きはもらえたけど、俺はまだまだ自分のことをデラスゴイマンだとは認めてねぇ! もっと強くなって誰にも負けなくなって、本当のデラスゴイパンチが放てるようになったとき、デラスゴイマンだって名乗らせてもらうぜ!』といって、空手を始めて鍛錬を積むようになった。しばらくしてデラスゴイマンへの情熱を忘れ、今では冷静なツッコミが出来るほどに冷めた眼差しを送る私とは、雲泥の差だ。

 

 デラスゴイマンになることを約束されたテツヒロは、今では空手の達人に成長した。勉強だってがんばってる。『デラスゴイマンがバカだったら恥ずかしいだろ?』とのことで、今では成績は学年でもトップクラスだ。

 

 性格だって、私を助けてくれたあの頃から、まったく変わらない。

 

「あっ」

 

 私の隣を歩くテツヒロがピクリと動いた。テツヒロの視線の先を私も追う。たくさんの荷物を抱えたおばあちゃんが、人の往来が激しい横断歩道が渡れなくて困っているようだ。

 

「あのおばあちゃん、困ってんな」

「そうだね」

「ちょっと待っててくれ楓。助けてくる!」

「テツヒロならいうとおも……って、待ってよ!」

 

 私がぼやく間もなく、テツヒロはおばあちゃんの元に走っていく。そして笑顔でおばあちゃんの荷物を目一杯持ってあげていた。

 

 しゃーない……私も付き合うか。

 

「待って。私も手伝うから」

「おお! さんきゅー楓!」

 

 私はテツヒロが持っている荷物の一つを強引に奪い去り、そして三人で横断歩道を渡った。

 

「おばあちゃん! そこ段差あるから気をつけて!」

「へぇ。ありがとうございます」

「いいってことよ! なんせ俺は将来のデラスゴイマンだからな!!」

「デラス……ゴイ……?」

「無視していいよおばあちゃん……」

「へぇ……?」

「ナハハハハハハハ!!!」

 

 こうやって、セルフブランディングも忘れずにはさみながらだが……

 

 さて。テツヒロは、将来完璧なデラスゴイマンになるために日々努力している。その姿勢は素晴らしいと思うし、実際にテツヒロはその結果を出してきた。空手だって黒帯だし、学校の成績だって優秀だし。

 

 人にだって優しい。今みたいに困っている人がいれば必ず助けようとするし、いじめだって許さない。誰にでも別け隔てなく笑顔で接するし、捨て犬や捨て猫を見つけたら保護施設に連れて行ったりするぐらい動物にも優しい。

 

 対外的に見てデラスゴイマンへの情熱がどう映るかが若干の懸念材料だけれど……断言しよう。顔はどうあれテツヒロは、この6年でとても素敵な男子へと成長した。幼なじみとして、私もとても鼻が高い。

 

 とはいえ、そんなテツヒロに対し、私が不満を持っていないかといえば、そうでもない。

 

 その不満は、私とテツヒロがおばあちゃんにお礼を言われたときに顕在化した。

 

「二人共、ホントにありがとうごぜぇました……」

「いいっていいって! 人助けをするのが、デラスゴイマンだからさ!!」

「ところであんたがたはどういうご関係? 付き合っとるの?」

 

 突然のおばあちゃんからの勘違いツッコミに、私の顔が途端に真っ赤になってしまう。

 

「えッ!? いやあの! その!!」

 

 そんな私のしどろもどろの様子をまったく気にすること無く、テツヒロはカラカラと笑いながら言った。

 

「ぜんぜん! 俺と楓は幼なじみだから!」

「へぇ……」

「だいたい俺はデラスゴイマンになるための鍛錬に忙しいからさ!」

「そうですか」

「おう!!」

 

 その瞬間、私はげんなりしてやる気が萎えた。げっそりと痩せ細り、体重が10キロほど落ちた。

 

 まったく……私の気持ちにテツヒロが気づくのは、いつになることやら……デラスゴイマンに夢中なのは仕方ないが、いい加減、隣にいる私の気持ちにも気付いて欲しいものだ。私だって、あの日からずっと胸に抱いているこの気持ちを大切にしているのだから。

 

 私は隣でケラケラと笑うテツヒロを睨んだ。そのテツヒロの右腕には、虹色に輝くデラミサンガが、これ見よがしにギラギラと悪目立ちをしていた。

 

おわり

 

 

※すぺしゃるさんくす:八百屋



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