コヨーテの歌   作:ねこや しき

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このてんびんは、

 ◇月○日(▲)

 仕事が増えていく。できることが増えていく。

近頃は街中のエラーが尋常じゃなく多いことがわかってきた。こんなことは大黒市特有のことらしい。他の自治体から視察にきた職員のひとりがそう言っていた。たしかに子どもがサッチーと追いかけっこをしている姿を見たことがある。そういう下地のある地域なのかもしれない。仕事としてはエラーの原因を追及していくことがだけど、それ以外にも修復を請け負うこともあった。それは空間管理局の仕事なのではないのか、と思う気もしたが手が回らないらしい。大黒市は一定の周期でバグが増えるとチーフが言っていた。古い空間が多いというのも原因のひとつだ、と。それと大黒市には一定の周期でエラーが多い年があるらしい。理由はまだ解明されていないが、人的なものと自然発生的なものが組み合わさっている、とも。それから、大黒市の電脳空間はデータが層になっているようだとも、チーフが話したことだ。

 ……メガマスの、年上の社員から意味深な目線を向けられるのが苦痛だ。はやく、証拠となりうるデータを得てしまいたい。きっと、事故以外にもたくさんの雑な対応があるはず……。

 姉はずっと眠っている。並んだ数値の基準は分からないが、医師の話では健康値らしい。だけど起きない。もしも、小此木先生が生きていらっしゃったなら、姉も治療してもらえただろうか。

 

・・・

・・

 

異界への扉

 

「小此木……宏文でしたら、私の父ですが」

 

 小此木医師と顔見知りであると話すと、小此木室長の態度が柔らかくなったように感じた。どうやら小此木医師とは親類であるどころか親子であるという。そんな偶然があるのか。驚きながらも、当時の会社で電脳ペットを受注しました、という話をすると今度は小此木さんが目を瞬かせる。

 

「デンスケは……、ああ。地村さんのところから来た電脳ペットの名前なんですけどね。うちの娘達の面倒をよくみてくれて、本当に助かっているんです」

 

 会社を去り際に、小此木室長とは連絡先を交換した。この後は金沢に出張があるとかで長い話はできなかったけれど、先のことを考えれば十分だろう。印象も悪くないはずだ。

 メガマスの正面口から、ゆっくりと研究フロアに戻る。メガマスの社内は広く、いくつものブースに分かれている。ただ、どのフロアにも電脳生物がいくらかいる。電脳生物が人の電脳体をすりぬけることはないが、メガネが無いと見えないので人々の反応は様々だ。視線をやって避ける人、撫でるしぐさをする人、デバイスの電源が切れていて電脳生物が慌てて避ける様子。それが面白くて、好きで、幸枝が見たかった未来の姿だった。

 

 きな臭くなったのはその後だ。どうも市内の特定の場所で障害が起きているらしい。幸枝が自分の座席に戻ると、フロア全体に落ち着きがない。どうにも空間管理局が全面的に保全するはずが、メガマスにも状況やデータが送られてきているらしい。なぜか。

 

「あー、またこの現象? 去年に引き続き、今年も随分と起きるね」

 

 チーフが一声かけて数人がデータの解析に回り出す。どうも何度かあることらしい。らしいが、幸枝がそれを知ったのは今回がはじめてだ。

 

「なーんとかして今回は原因までたどり着きたいところだけども……」

 

「いやー、チーフが入ってくれたら進むと思うんですよ! 」

 

 「君たちの仕事を渡そうとしないでくれる? 」なんて会話をしながら彼らは忙しそうに動き出した。

 休憩から戻ってきたらしい同僚のひとりが、幸枝の後ろから漏らすように話しかけてきた。

 

「ありゃ、珍しいね。幸枝さんとか聞くの初めてじゃない? ていうか、この件を大っぴらにしてるのが珍しいか」

 

「この件って、なんのことです? 」

 

「電脳空間の因子不明のバグの発生のことだよ。今までのバグはなんだかんだ言って解決してきたけど、これだけは違う。なんらかの恣意的な目的をもったバグで、定期的に起こってるみたいよ。おれも詳しくはないけど、分野によっては時々はなしを聞かれたりするみたいだね」

 

「……他の職員から聞いたこともないですけど」

 

 肩をすくめながら手に持ったマグカップからコーヒーをすすっている。幸枝が一度も聞いたことのない話しだ。

それに今まで見てきたメガマスの記録の中にも、大きく取り上げられているような問題でもない。おかしなことだ。定期的に起きて、交通障害にまで発展するのなら"普通"はきちんとした対策がとられるはずだ。それがずっと続いているうえに、資料がサーバーに上がっていない?

 

「そりゃあそうだ! メガマスとしては大っぴらにしたくない情報だろうね、人の口に戸は建てられないから。……ここだけの話だけどね、この件に関しては結構ナイーブなんだよ。言いたかないけど、なんだかんだいって派閥争いがあるからね。うちもチーフがトップじゃなきゃもっとギスギスしてたろうね」

 

「派閥? ……入ってからこっち、そんなの感じたことがないですけど」

 

「うそ!? 地村さんってば鈍くない? 旧コイルス派と、吸収合併後のメガマス派の話は有名よ。まー、そんなんだからチーフもそっとしてたのかもねー」

 

 そっと小さな声で告げてきた派閥の件に、幸枝は今まで見てこなかったものを知った。確かにこれだけ大きな組織が業績によって吸収合併されたのだから、派閥ができても不思議ではないだろう。そういうものが存在するのは分かっても、幸枝には派閥をつくることにまでは理解が及ばない。彼女にはそういう考えが心底分からない。

 

「まあでも、ここでオープンにして進めていく気になったってことでしょ。それならきっと、この問題もそう遠くないうちに解決するんじゃないの? 」

 

「そういうものですかね? 」

 

 「チーフの判断は確かだって地村さんも知ってるでしょ」控えめとはいえない笑い声を上げながら、彼は自分のデスクへ戻っていく。釈然としない幸枝をその場に残して。

 しかし、幸枝もそのままではいられない。できるなら、この問題をできるだけ詳細に知りたい。何が起きているのか。以前にも起きた時には何が起きたのか。この問題の原因は? その要求は好奇心から起きているものではなかった。まるで突き動かされるような、見えないものに背中を押されているような感覚だ。

 チーフに話しかけようと足を向けたときには、一本の電話が届いていた。コール音は本人にしか聞こえない、電脳メガネの基本的な機能のそれは現状が思わしくないことを伝えてくるものだった。

 

『佐脇君かい? 空間管理局から報告が上がってきてるかもしれないけどね、どうも電脳空間に穴が空いたみたいだよ』

 

「……、空間に穴? 」

 

 とんとん。チーフがペンの先をこめかみに当てている。周りにいた人たちも一様に動きを止めたため、フロアから音がほとんど消えてしまった。息を飲んで電話の先を気にしているようでもある。

 

「どういうことです? 私のところに来た話しでは、交通に不具合を起こすバグらしき動きがあるということだけですが? 」

 

『誰からの報告かわからないけどね、空間管理局も後手後手に回ってるらしいわ。どうも周辺の交通系システムにエラーが出てる。しかも大規模すぎて、"落ちてる"ことくらいしか分からない』

 

「それならそうとデータをよこしてもらいたいものですね」

 

『まあねえ、研究課に何とかしてもらうのは割とあるもんね。……うちの筋からはさっさと対応してもらえ、ってことでの連絡ね。データはこっちで抑えてる分は送るけど、どこまで役に立つかはわからんわ』

 

「えぇ、対応に当たらせてもらいます。はい。では結果がまとまり次第、折り返し連絡さしてもらいます」

 

 詰めてた息が自然とこぼれるように、張っていた糸がゆるんだようだ。自然と周りの音も戻ってくる。電話を気にしていた同僚たちは、チーフの指示を気にしてその場に棒立ちだ。それをよそに、チーフは手元の資料の裏に何事かをメモしている。

 

「……大黒市内で電脳空間の穴が観測されたらしい。空管理監理局は観測して、急いでサッチーを向かわせてるらしいがどうも処理が追いついていないらしい」

 

「は? なんのための空間管理局なんですか? 」

 

「まあ、これだけ突発的で広範囲なものだから? 」

 

 どうやら手元の資料には簡易的な地図と、それに障害が起きている範囲や穴の位置を記しているらしい。なぜ電子データで送られてこないのだろうか。それも不具合の一つなのか。

 

「全くねぇ。優秀だと仕事をどんどん任されて困っちゃうよ。周辺の電脳空間もいかれちゃってるから、おおよそのマッピングしかできないみたいでね。空間管理局も手を焼いてるみたいよ。復元はあっちに任せて、こっちは原因の特定にとりあえず動けって方針みたいよ、っと」

 

 それからの動きといったら、普段ののんびりしたチーフからは考えられないくらいあっという間だった。役割分担は的確で迷いがないし、割り振られた職員も心得たように仕事に当たっていく。周辺情報をピックアップしたモニターが新たに現れて、担当と情報のリンクが明示されている。どうやら専用の共有ネットワークも用意されたようだ。

 役割がない者たちはそれぞれの業務だ。それで、幸枝はというと。

 

「おー、地村さんもついにコッチのメンバー入りだね、ありがたいわ。チーフ、周辺の電脳ペットの収集を任せていいですか? メモリーから情報を吸い上げておけば、原因の特定に役立つと思いますし」

 

「いいねー。じゃあその方向で行こう」

 

 今までに全く触れてこなかった仕事に、とうとうたどり着くことになった。今までの仕事とは違って、この件は速度が重要になる。

 目まぐるしく点滅し、出現と消滅を繰り返す複数のモニター。会話をしながらも、手が止まらない職員の数々。今まで知ることのなかった一面だ。データ不足だったマップがだんだんと情報で埋められていく。調査結果がリンクで繋がっていき、個人の調査内容を繋いで次の調査を行う人もいる。統括画面は徐々に埋まっていき、原因はわからないものの現時点で事故などが起きていないことは明らかになっていく。

 おかしくなった電脳空間は、丸々一つの区画ほどもあった。GPSとセンサーは生きていたようなので交通事故までは起きないだろうが、早期の解決は求められる。そもそも研究課では回復までは行わないので、幸枝

 幸枝はそれで、自分の専門である電脳ペット、あるいは電脳生物の情報をひたすら洗っていた。そう難しくない作業だが、なにせ量がすさまじい。ペット用のメモリーは常に更新がなされているので、該当の区画に存在していればフィードバッグエラーが出るのだ。そういう個体をひたすら選んで、発生時間前後のメモリーをコピーコピーコピー。その繰り返しである。

 電脳ペットは値段と比例してメモリーの機能が増強される。現状で最もハイクラスの電脳ペットは、動画メモリーも残すので尋常じゃないデータ容量だ。だからこそ、そこに要因が映っていれば確実な情報になる。

 しかし、だからといってデータをコピーするだけなら幸枝はいらないだろう。電脳ペットの性質をつかって、できうる限りの情報収集をせよと言われているのだ。電脳ペットの性質と言えば、それは――

 

「電脳体への反応、とくに電脳メガネを装着した人に反応すること」

 

 電脳ペットは人に反応するようにできている。ペットという役割を持っているからか、彼らは電脳メガネを装着していない人にも反応するのだ。埋まっていく地図を見ながら、中心地点を割り出す。なんでもいい、近くに違法処理されていないペットマトンの1体がいればいいのだ。そうすれば視覚カメラから捉えたメモリーを発掘することができる。勝手に一地区が機能不全になるようなバグが起きるのは奇跡的な可能性だ。かならずきっかけになった何かがあるはず。

 メモリーのコピーをオートアシストに設定して、地図近辺で購入登録されている電脳ペットのデータを引き出しにかかった。

 

(今回の事件はおかしい。過去に前例のある大規模なバグ、修正しきれない古い空間。理由は分からないがチャンスでもある。秘密に触れることができるかもしれない)

 

 

 

side:小此木室長

 

 地村幸枝という人は、少し不思議な人だった。

どうも親父の知り合いということで、それを知って話しかけてきたらしい。「あの時は本当にお世話になりました」と言われたけれども、わたしの記憶に彼女は残っていなかった。お袋ならまだ覚えていたのかもしれないが、ここのところ記憶が怪しいので聞いても分からなかったかもしれない。

 口ぶりは普通だ。業務の内容もおかしなところはない。でも、どうも引っかかる部分がある。彼女の話しによると、デンスケのマトンは親父が彼女に特注したとか。随分と親しくしていたらしい。親父は電脳医療にかける熱量は大したものだったから、お眼鏡に適ったとなればそれなりの腕前なんだろう。

 メガマス本社を出て社用車に乗ると、助手席の同僚がぽつりとこぼした。今まではどうにか我慢していたけれど、やっぱり我慢できないといった体だ。

 

「地村さんは……、メガマスに恨みがあると一部に思われています。

あと、メガマスに業務契約で出向していて、本来は別会社の社員です。籍もまだそっちにあるはずです。腕は良いようですけど、あまり話にはなりません」

 

「……なぜです? メガマス社内で派閥があるのはわかりますが、地村さんだけが恨みを、となると聞いたことがありません」

 

「……メガマスとコイルスの確執ではなくて、彼女の場合は個人的なものだからです。なんでも……、親戚の誰かがメガネの動作不良で亡くなられたとか。詳しい話はわかりませんが、事故の直後からメガマスへの出向を希望したそうです」

 

 駐車場をゆるやかに出ていく。地下に設けられたここは、広々としていて困ることはないが、長居したい場所でもない。彼は前方を見据えたまましゃべり続ける。まるでそこに用意された文章を読み上げているようだ。

 

「メガマスの中でも彼女に対する評価は割れます。馬鹿なやつだと笑う人もいれば、怪しい女を雇う理由が分からないと言う人もいます。知識と腕を買っている人たちは、彼女の関心の高さを評価していますし……」

 

「なかなか評価の分かれる人なのはわかりましたけど。どうしてそのお話をわたしに?」

 

「あまりよいことではないとは、思いますが。メガマスで働いていた時には、地村さんに助けてもらったことがありまして……。色々と陰口をたたかれたり、余計の仕事を回されたりしていましたので、あまり課長には誤解してほしくないなと思いまして」

 

 ちかちかと歩行者用信号が青から赤に変わるのを視界にいれて、ゆっくりとブレーキを踏みながらちらりと視線を動かしてみる。恥ずかしそうに顔をゆがめてるもんだから、これが青春かー、などとおっさんらしい思考にとらわれた。

 

「なるほどー? なるほどねー」

 

「課長、そういうのはもう古いんで……やめていただいて……。それに、そういう気持ちではありません」

 

 「あ、そう?」と軽く返したものの、古いと言われたことにどぎまぎしてしまう。こういうのが優子にも鬱陶しがられる原因なのかもな、なんて頭によぎった。昔はなんだって喜んでくれてたもんだけど、少しずつ好き嫌いが難しくなってきたもんなあ。

 一度切り替わったら軽い内容の会話が続く。メガマスの中で見聞きしたことを話題にすれば、あっちは元メガマス社員として分かることを教えてくれるし、どこが変わったかも分かってくる。以前よりもメガマスは建て増しが増えているし、サーバーの強化かなにかで電脳体のホログラムは鮮明になったし、電脳生物の種類もかなり増えたそうだ。そうやって会話を続けているうちに駐車場だ。楽しい会話は時間を縮めるもんだ。

 

 それにしても、と思う。

メガマス本社で会った研究課の佐脇さん。彼の協力のおかげで監査のための資料が集まりつつある。佐脇さんは今日の打ち合わせで「あんまり激しく動くと、痛くもない腹を探られて面倒になるんですよね」と言っていた。データの扱い方には注意をしろ、とも。

 本データの受け渡しには地村さんを、と言っていたが帰るまでに動きがなかった。ということは、まだ時期尚早と判断したのかもしれない。地村さんはそれらしい素振りをしなかったし、話から不思議な縁があるものだと思ったりもした。その後は現同僚からは地村さんの話を聞くことができた。一体どんな偶然を重ねたらこんなことが起きるんだ。

 それに地村さんは確かにメガマスで働くには不自然な人だ。恨みを持って働いているなら告発や訴訟が目的だろう。でも疑われたり陰口を言われるだけで、5年も真面目に働いている。それとも……、そうするしかないのか。

 なんにせよこの件は難しい話だ。

派閥・権力・名誉に金。組織を正しく保つというのも難しいのだろう。だが半官半民の、もはやインフラのひとつになった技術を持った組織がそれでは駄目だ。うやむやにすることなく、どうにかして白日の下にさらさなくてはならない。

 この後の出張が本当に面倒だ。旧コイルスの支部があった場所とはいえ、調査のために大黒市を離れるのは心配が大きい。空間管理局の管理職としても重荷だけど、電脳空間の度重なるバグやエラーが人為的に起こされているなら、原因を捕まえないことにはどうにもならない。ぼくが大黒市を離れている間に、フォローできないほどのなにかが起きないことを願うしかない。

 でも進んでいるのも確かだ。きちんと準備を進めよう。裏付けと証拠を確かに、調べたり確かめたり、まとめたり。そんなことばっかりやってるなあ。

 

 しかし、メガマスの中で派閥争いをやっているのはどんな連中なんだか。

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