コヨーテの歌   作:ねこや しき

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異変

 ■月△日(◎)

 ようやく権限を与えられるようになった。長かった。今までの時間に比べれば、この数週間はとんとん拍子に進んだようにすら思える。

 「コイルス」の研究データをようやく見れる。また膨大な研究の中から該当のデータを探し出さなくてはならない。勃発的なエラーの情報だとか、古い空間に関するレポートはあるだけあったほうがいい。メガマスとのやり方の差が分かれば、それも証拠の一つになるはずだ。

 勇子が大黒市に引っ越してきて、転校してうまくやれているらしい。お義姉さんは「いつも遊び歩いて、家になんてほとんどいないんだから」と言っていた。こっちでは友達ができたみたいだ。少しずつでいいから信彦のことを思い出にできればいいけど。……無理だろうな。目で見えるところに信彦がいるんだから。

 どうしたら。最善というのはどういうものなんだろう……

 

・・・

・・

 

黒いオートマトン

 

 朝のオフィス、ぼちぼちと人が集まって締切が近い人は始業前から動いたりもするが、そうでもない人たちはだらだらとおしゃべりをしている。コーヒーや朝ご飯のサンドイッチをつまんでる人もよく見る。

 今朝の話題の中心は「小学校の臨時移転先として、ビルの高層階というのはどうなのか」ということだ。幸枝は事前にメガマス内の関連データを漁っていたときに知ったが、事前連絡の際にはかなり意見が上がってきたらしい。授業の内容や、通学、施設費用も含めてメガマスが負担することでまとまった、というから何か裏がありそうな話ではある。ので、その裏ってなんだろうか、というのが話のタネだ。もちろん、話している人たちの中には自分の子どもが小学校に実際に通っているのだから笑い話にもならない。

 

「しっかし、ビルの上の方に小学校を入れてしまうなんて、本当に"普通"ではやらないことをメガマスはよくやりますよね」

 

「ねぇ。ちょっとびっくりするくらいだもんね」

 

「うちの子は喜んでましたよ、きっと眺めがいいって」

 

 そんな話しをしていた。幸枝もコーヒーを飲みながら輪の端っこにいたのだが、脳内で動いていたのは小学校の移転場所よりは昨日の動きのことだ。あれからできる限り優先データの読み込み、コピー、確認をしていた。過剰な情報のインプットで頭痛がひどい。寝たのも2時間程度で、業務に支障がでないように最低限だ。だから、昨日の夜の動きがどのように終息したのかもわからない。そこまで手が回っていないのだ。メガマスのこの時間で話題になっていないということは、誰かが緊急で呼び出しをくらうことはなかったのだろう。少なくとも、空間管理局で処理をしきることができたと推測できる。

 

 冒頭の、ポチと名付けられたサッチーが動いている様子は確認できた。どうも古い空間が開いたのは小此木さんのお宅のようで、なんとも因縁の感じられ出現パターンだ。偶然にしては小此木さん一家が関わりすぎているようにも感じるが、なにか原因があるのだろうか。

 発生時刻から見始めて、保存画質を向上させる前の記録を見ているとどうも気になることがいくつか出てくる。小此木一家のこともそうだが、フミエと呼ばれている少女も含めて使っている改造ソフトの存在だ。電脳空間に異物を召喚したり、まあキューちゃんに攻撃するのであればまだプログラム内容として想像がつく。しかしあの札、電脳空間自体に作用するプログラムが組み込まれているようだった。いったいどうやって作っているのだろうか。サガというべきか、幸枝はとにかくそういったことに興味を引かれやすかった。

 

 もしもこの時に、幸枝が昨日の記録をすべて確認していたのなら、ここまでゆっくりとすごしていなかっただろう。だが、幸枝の能力ではこれが限界であり、彼女でなくてもすべてを一人でこなすことは不可能なことだった。

 しかし物事は常に起こり続けて、人は選択をし続ける。

天沢勇子が明け方にした決断が、後にどんな事態を引き起こすのか知る由もない。旧コイルスの執着を幸枝は知らないでいる。だから幸枝は後悔をし続ける。いつも一歩足りず、後手後手になる。

 

 

 

 日常は何気なく過ぎていく。

今日は昨日より収穫があった。情報の確認を職場でするほど肝が据わっていないので、幸枝は就業時間がはやく終わるように祈るような気持ちすらあった。家に帰れば、時間があればもっと資料を探すことができる。決定的な証拠をデータで残している可能性は低いが、それでも事実を隠ぺいしていたことは1つの証左だ。

 ああ、でも。気分がいいから、そろそろ「信彦」と姉さんの見舞いに行こうか。いい報告ができるはずだから。喜んでくれるだろうか。意識もまばらな姉と、意識も体もない信彦。報告するにはとびきり向いていないかもしれないが、決意を新たにするなら心ひとつあればいい。

 

 いそいそと退勤の準備をする幸枝を見て、同僚たちは顔を見合わせた。これまで退勤時間を喜んで迎える幸枝はかなり珍しかったからだ。幸枝に聞こえない程度に「珍しいね」「なにがあるんだろうね」なんておしゃべりをしていた。

 退勤の合図が出たら、幸枝はすぐに自分のデスクを離れた。かるく挨拶をしてまっすぐに自家用車に向かった。今は誰にも止められたくなかったし、就業時間すぐだったから社員は忙しそうにするばかりで幸枝に目を向ける者はわずかであった。

 

 久しぶりに会うような気のする姉は、随分と顔色が良くなって会話が成り立つところまで来ていた。どうもここ数日で一気に快方に向かっている、とは看護師さんからの話である。このまま経過が良好であれば、今年度中には退院することもできるということだった。姉は順調に自分の心を向き合っているという。やっぱり眠りに落ちている時間が長くなってしまうこともあるが、それも眠れないよりはよいことだと話された。

 見舞いの花を1つ花瓶に生けた。

姉が私を認識して話しかけるのも久しぶりのことだった。会話をきちんとできるのがこんなに嬉しいことだなんて、今までの私は思いもしなかっただろう。

 

「ねえ、ユキちゃん。……ごめんね」

 

「気にしなくていいよ、家族でしょ」

 

「――でもね、大変だったでしょう。私も、勇子も」

 

 目を伏せる姉に「そんなことないよ」と返したけれど、どことなく薄っぺらい響きがした。医師に気持ちが上下しすぎるような会話を避けるように言われていたので、幸枝はちょっとしたことにも気を使わなくてはいけなくて、それが少し難しかった。無難な会話をするには家族というのは距離が近い。

 

「姉さんはね、まずは退院できるのが目標だよ。それ以外は片付けるから気にしないでいいよ。なんかあったら連絡するし」

 

 窓際に立って目を合わせた姉の頬のラインが、あまりに柔らかさを欠いていて泣きそうな気持ちになった。本当にずっとこんなふうに話していたなかった。また話せてよかった。信彦のことを忘れられないのは幸枝も一緒なのだ。

 幸子は気まずげに頷いて幸枝の言葉に了承を返した。自分でもわかっているのだ。体が動かなければなにもできないことは。しかし、心がはやってどうにかして動きたいとも思う。今までの無気力な悲しみが、とって変わったように焦りがあった。

 

「……ありがとう。ねぇ、勇子は? 元気にしてる?」

 

「勇子はね、今は大黒市の小学校に通ってて友達もできたみたいだよ。休日もずっと遊びに行ってるって」

 

 「そう」とほっとしたように息をつく幸子だが、まだ心配の色が強い。それを見て経過が安定していることを幸枝はつくづく理解できた。今までのように過度に激昂することもなく、悲しみや怒りといった激しさが落ち着いている。久しぶりの見舞いになったが、近頃はカウンセリングなどの関係で会うのが難しいこともあったため、安心もひとしおだった。ただ、幸子は諸々の理由で、まだ勇子に直接会うことができないというのが気がかりだった。

 

「それじゃあね、また来るから」

 

 他愛ない会話を重ねて、その日はそれで帰ることにした。まだあまり負担をかけるような会話をするべきではないし、長話しすぎるのもよくないだろう。幸子も幸枝のことをわかっているし、忙しいだろうこともよくわかっている。忙しい中、自分の見舞いを欠かさず来てくれる気持ちも、なんとなくわかっていた。花瓶の中にいつだって咲いている花が答えだった。

 

 幸枝の見舞いは幸子で終わりではない。いつもどおり、信彦の見舞いもするつもりだった。一般病棟から特別病棟へ、勇子のための部屋に向かう。

 幸子の見舞いが久しぶり、ということは信彦の見舞いも久しぶりになるのだ。いつも一緒に見舞いをすることにしていたし、同じ病院にいるのだからそう手間もない。かつこつと進むうちに、今日は勇子と顔を合わせなければいいな、と少し思う。以前にここで顔を合わせた際には喧嘩別れになったものだし、その後に仲直りもなにも出来ていないので顔合わせが気まずいのだ。

 会いたくないわけではない。だけれど、会ったところでどう話せばいいかわからない。それが幸枝の素直な気持ちにあたる。

 

 運良くというべきか、道中で勇子に会うことはなかった。目的地が見えたあたりでほっと胸をなでおろす。安心と同時に、自分の情けなさがこたえた。

 夏とはいえ、日差しが大分傾いてきている。廊下に長い影が伸びていて、信彦や勇子と遊んだときはこのくらいの時間に帰ることにしていたな、なんてことを思い出す。

 

「――は、?」

 

 思わず間抜けな声が出たのは、思い出から急速に現実に戻されたからだ。いつもと同じ場所、同じ部屋だ。なのに部屋番号がなくなっている。焦って病室に入れば、そこには精巧なホログラムの影も形もない。むしろ倉庫としての運用が色濃く出ている。明かりの一切ない部屋、今までなかった用具も詰め込まれて用途として正しく使われている。

 

(いつから……、ここは病室ではなく倉庫になっているんだろう)

(勇子はこの状態を知っているんだろうか)

 

 ひんやりとした汗が手のひらを濡らしている。心臓の音が耳元でうるさい。どうしたらいい。まずは天沢の家に確認だろうか。私に連絡が来ていなくても、天沢の家になら連絡が来ている可能性がある。「信彦」は勇子の医療用デバイスの1つという認識だから、治療の経過によってはなくなることもある。だから、勇子の状態がよくなって「信彦」は消えたのかもしれない。

 

 でも、と。1つ前の季節の勇子の状態を思い出す。あれはそんな状態ではなかった。まだ受け入れるだけの心の準備ができていなかったはずだ。……もしかしたら、幸子のように急激な回復があったのかもしれない。でもそれなら、天沢の家から少なくとも連絡はくるだろう。

 どうしてこうなった? 何が起きている? 誰がこれを決めた?

 ……どうして私は肝心なことを何も知らない。メガマスという会社の中で働いて、核心にも近づいてきたのに大切なことはなにも分かっていない。

 

 私は、どうしたらいいんだろう

 私はなにをしたらいいの

 

「……連絡、しなきゃ」

 

 手の中の花束が折れる。まだ、まだだと自分を叱咤する。勘違いならいい、私だけが知らないのならいい。でも今折れて、最悪の状態に繋がるのなら、それは正さなくてはならない。まだ分からない。まだ分からないのなら、ここで止まっている暇なんてない。なにかしなくてはならない。何もしないでいれば何も変わらない。でも、もがいたら何かが変わるかもしれない。諦めるにはまだ早い。

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