【プリコネ二次創作】クロエ勤労日誌番外/森の虜囚とエルフの小夜曲   作:神田徳一郎

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※一部それっぽい名称でごまかしているところがあります。
 騎士くんが働いてる配達屋の名称・騎士くんからのリンちゃんの呼称、どこかに出てましたっけ……。
 判明次第訂正します。

※女の子のファッションがさっぱりわかりません。誰か教えてください……。


1話 穏やかな一時と、森のしじまを破るもの

 穏やかな風が草原を吹き過ぎる。

 薄い雲が赤く染まり出していた。

 「リンリーン、ちゃんと働いてけろー!!」と叫ぶ声が奥の方から聞こえて来た。

 

(またサボってンのか、あの子……)

 

 長い金髪をツインテールに結わえたエルフ族の少女――クロエはバイト……有償ボランティアから帰る道すがら、【牧場(エリザベスパーク)】を訪ねていた。

 黒いシャツに灰色の薄い上着を羽織り、ベージュの綿製のズボンを穿いている。有償ボランティアをしていることが学院にバレるとまずいので、仕事のある時は地味な恰好で移動するようにしていた。

 【牧場】ではたまに仕事を募集することがあり、クロエは何度か働いてみたことがあった。温泉のリネンを洗濯したり、牧草を巻き転がしたり……あと謎の顔ハメ看板を磨いたりもした。知り合いの男子によるとここの温泉を掘り当てた人間が作ったものらしいが、ああいう自己顕示欲は理解に苦しむ。

 ともかく、ルピのもらいは少ないものの、おまけで牛乳やチーズも支給してくれるので家族が喜ぶ。単純ながら結構楽しい労働ができる場所だとクロエは思っていた。

 

 とはいえ、今日【牧場】に来たのはそのためではない。

 

「ちゃーす。シオリ、元気してる?」

 

 ベッドで小さくなっている獣人族(ビースト)の従妹――シオリに会うために来たのだ。

 

「あっ、クロエおね……さん……?」

「シオリ。うちの呼び方は何でもいいから。呼びたいように呼んでくれればそれで」

「は、はい……クロエ、さん」

「…………ま、いいけど」

 

 シオリは本を片手に、久しぶりに会う従姉の顔を見上げている。

 シオリが【自警団(カォン)】に入団して以来、クロエはシオリと会っていなかった。もらいの良い仕事に手を染めるようになってからは何となく気が重くなっていたのが原因だった。

 親戚付き合いのあった当時、クロエはシオリの持っている少年向け漫画の小説版(ノベライズ)を読ませてもらったり、たまに外に出られる時は身の安全を守ってやるために同伴したりもした。

 

(まあそれも父さんの蒸発で付き合いが無くなったんだけど)

 

「あ、あの……?」

「……あー、ごめ。なんかムショーに懐かしくなっただけ。ユウキからここで療養してるって聞いてさ。……もしか迷惑だった? だったらすぐにでも帰るけど……」

 

 顔のせいで怖がられることには慣れていたが、会わない期間が長かったのもあって、昔の、もう少し愛嬌のあった頃の顔付きよりもずっと怖くなってしまったのかもしれないという不安が頭を擡げていた。

 病弱な少女はわたわたと首を横に振って、

 

「いえ、そんなことはありませんよ。私もクロエさんと会うのを楽しみにしてました……」

「……そか、よかった。……そいや、ハツネは最近どうなん?」

「お姉ちゃんは……【フォレスティエ】で頑張ってます。たまに私のお見舞いにも来てくれて……。そうそう、こないだはユウキさんと一緒に三人でピクニックに行ったんです」

「ふーん……シオリも元気でやってけてンだね」

「はい。ユウキさんやお姉ちゃん、【牧場】のみんなのおかげで、毎日が楽しいんです」

 

 そう言うシオリの顔が眩しいのは夕日のせいだけではなかった。クロエはシオリの獣耳を撫でてやった。「撫でる」というにはちょっと荒っぽくなってしまったが、それはエモ散らかしたのをごまかすためだけではなかった。

 

「く、クロエさん……?」

「……あー、ごめ。この感触が懐かしくてつい」

 

 シオリの獣耳の触り心地は昔と同じだった。飛んで行った時間が改めて思い起こされる。とはいえ礼儀知らずな振る舞いだった。

 

「い、いえ……でもそういえば、昔クロエさんはこうやって私のことをからかってましたね?」

「それでハツネに怒られたっけなァー……よく覚えてるよ」

 

 「こらー! シオリンにイジワルしちゃダメなんだぞー!」とぷりぷり怒るシオリの姉――ハツネの顔を思い出す。決して苦手なわけではないのだが、過保護なくらいにシオリに甘いのにはちょっと辟易しないでもない。シオリに構っていると不機嫌になって、妹を抱えてどこかに行ってしまったこともあった。

 

「ふふっ、ちょっと渋い顔してますね?」

「あー、まぁ、あんまり仲良くやれてなかったなァー、って思ってさ。ほら、さっきみたいにイジり回したトキあったじゃん?」

「あぁ……その時のことなら大丈夫ですよ。お姉ちゃんもその後で『クロエちゃんに言いすぎちゃったよぉ~!』って落ち込んでたので……そうだ、今度みんなで一緒に――」

「こんにちはー、ランドソル郵便でーす!」

 

 二人に馴染みのある少年の声が、【牧場】のギルドハウスにこだました。

 

◆ ◆ ◆

 

 シオリの部屋の扉が開く。

 

「こんにちは、シオリ、クロエちゃん」

「こんにちは、ユウキさん。荷物の配達、いつもご苦労さまです」

「あんたもおつかれ」

「今日はシオリちゃんに荷物があるよ」

 

 軽鎧を身にまとい、配達員の帽子を被った少年――ユウキは郵便鞄から小包を取り出して、シオリのベッドのそばにある机に置いた。

 包装を解いたシオリの顔にぱあっと笑みが差す。

 

「これ、注文してた推理小説……それに少年向け漫画の新しい単行本……!」

「シオリちゃんはこういう本も読むんだっけ?」

「もちろん読みます……けど、これはむしろクロエさんに貸してあげたくて」

「え」

 

 クロエの口から声にならない声が漏れた。

 

「今日、久しぶりに会えるので、せっかくならクロエさんの好きな本を一緒に読みたいなぁ……って思ったんです。クロエさん、昔からこういう本が好きだったので、今もそうだったら……って」

「あー、まぁ……うん、今も……好き、だけど」

 

 絞り出すように出した言葉を、シオリの耳は聞き逃さなかった。

 

「それじゃあ一緒に読みましょう!」

 

 クロエの顔に漫画を突き付けて来る。

 

「や、今は――」

「読みましょう!!」

「えっ、何なんこの子……ちょっ、押しが……押しが強い!」

 

 シオリの圧の強さにすっかり気圧されてしまった。部活の面々のように力ずくで押し退けることも出来ないため、いつものツッコミが出来ない。

 

「よかったね、クロエちゃん」

 

 二人をにこやかな笑顔で見ながら、ユウキが言う。

 

「ハ? あんた、うちのこの顔が喜んでるように見えんの。どう見てもグイグイ来られて困惑してる顔でしょ」

「でもうれしそうだったよ?」

 

 まさか。

 

「……そんなわけないじゃん、きも」何故かユウキの顔を直視出来ない。

「さぁクロエさん、ここに来てください……!」

 

 シオリはベッドに面する壁に背をもたれると、自分の隣をぽんぽんと叩いた。躊躇っていると、だんだんシオリの頬がむくれて行く。

 

「……好きって言ってくれたのに」

 

 ユウキも物言いたげな表情でクロエを見詰めて来る。

 

「あーもう、わかったよ……よっと」

 

 呆れつつ、シオリの隣に腰を落ち着ける。

 久々に再会した顔の怖い従姉にもまるで怯まずにここまでさせる辺り、病弱じゃなかったらなかなかの暴君になっていたのかもしれない。

 

「えへへ……」

「何ニヤけてんの」

「クロエさん……ううん、クロエお姉ちゃんとこうやってお話しできるなんて思わなかったから」

「……ふーん。そう、なんだ」

 

 クロエは強いて本のページを見ようとした。耳は夕日よりも赤くなっていた。

 シオリの目は熱心にコマを追っている。クロエも感化されて段々と漫画にのめり込んで行く。話やキャラクターの感想を言い合って楽しむ二人の姿は、本物の姉妹のように仲睦まじかった。

 クロエの心配が杞憂だったと判り、ユウキは安心した。

 

「それじゃあ僕はこれで――」

 

 シオリの顔がいきなり持ち上がった。

 

「待ってください、今日はもうお仕事はおしまいですよね?」

「う、うん」

「でしたらユウキさんも一緒に読みましょう! あなたも私の隣に!」

「――は?」

 

 年頃の女子(シオリ)は異性との距離感が分からないのだろうか。いくら気安い関係だからと言って男子を自分のベッドに上げるのはいかがなものか。

 

「でも、ユウキさんにも楽しんでもらいたいなって思って……」

「わかった」

「いや、何あんたもしれっとベッドに乗ってんの。うら若き乙女が二人も乗ってるベッドに当然のように入って来ていいと思ってんの?」

「でも、私もお姉ちゃんもユウキさんと一緒にお昼寝したことありますよ?」

「え、最近の婦女子ってみんなこんな感じなの? オトコを平然と寝床に連れ込んで無防備な姿を見せてんの? はー、おばちゃんには理解できない感覚だわ……」

 

 クロエの慨嘆をよそに、ユウキも漫画を読み始める。ちょうど一回読み終わったところだったので、もう一度最初から読み出すことになった。

 

「これはなんて読むの?」

「これは、主人公の異名ですね……『はくぎんのはやて』って読むんですよ」

「や、ここは『しろがねのしっぷう』でしょ」

「いえ、ここは私の読み方の方が――」

「何言ってんの、うちのが雰囲気に合ってるし――」

 

 ユウキは二人の言い合いを困惑しながら眺めていた。

 

「続き、読みたいなあ……」

 

 この後も何度か繰り返されることになる呟きだった。

 

◆ ◆ ◆

 

 落日の輝きが山の陰に隠れようとしていた。

 クロエとユウキは、シオリに見送られて【牧場】の坂道を下って行く。

 ユウキの手にはシオリから借りた最新の単行本と既刊分全冊があった。クロエは自分で持てると言ったものの、ユウキが持つと言って聞かなかったので、袋詰めして持たせてやることにしたのであった。

 「全部持って行って、弟さんの感想も聞かせてください!」と熱っぽく言ったシオリの顔が忘れられない。

 

(シオリって好きなもののためならあんな元気になれンのな……チエルに言わせれば「早口オタク」なんだろーけど、意外な一面って感じ?)

 

「シオリのやつ、『これを読んで、また私と語り合いましょう!』だってさ……しゃーない、しっかり読み込んでやるか。〈妹〉のためだしね」

「楽しみ?」

「……まあね。新しい〈お姉ちゃん〉として期待に応えてやンなきゃなってなってる」

 

 坂道を下り終えて、ランドソルへと続く大通りを歩いていると、

 

「……今日はあんがとね」

 

 ぽつりとクロエが言った。人気がないからかやけに大きく響いた。ユウキが振り向いた。

 

「シオリがうちの話をしてるのを聞いて、会えるって教えてくれたんでしょ? うちとしても、妹分が今どうしてんのか知りたかったしさ」

 

 クロエの言葉にユウキは嬉しそうに微笑む。

 

「クロエちゃんが喜んでくれてよかった」

 

 まるでクロエの本心を見透かしているかのように。

 

「ハ? うちはシオリのために【牧場】まで来たんであって……べつにうちがあの子と会うのが楽しみだったなんて――や、まあ、たしかに、ちょっとはうちも楽しかったけどさ……」

「僕も楽しかった。またみんなで本を読みたい」

「……そだね」

 

 屈託のない笑顔に、知らず知らず顔が熱くなるのを感じた。

 

(……こいつといるといっつもこうなンだよなァ……まるでうちのことを何でも知ってるみたいで……なんかムカつくな)

 

「……あ、そだ、ユウキ、今からうちんち寄ってかない? こんな大荷物持ってもらってるし、お茶くらい出すよ。それに、あんたにもこの本を一緒に読んでもらいたいしさ。最初から読むつもりだけど、時間だいじょぶ?」

 

 「うん」と言いながらサムズアップする。断られるとは思っていないとはいえ、結構忙しい身の上だとは聞いていたのでほっとした。

 

「そか。んじゃうちまでさっそく――」

「あーっ、ユウキくん! こんなところにいたーっ!」

「あ?」

 

 声のする方を見上げると、ピンク髪の少女がこちらをめがけて飛んで来るのが見えた。

 星が落ちて来るような速度。

 

「あぶなっ――」

「ハツネちゃん、止まって!」

「あわわわ、力加減を間違えちゃったみたいで止まれないよぉ~!?」

「なら――はあああああっ!」

 

 ユウキは剣を構え、プリンセスナイトの権能――対象となるものの強化――を放つ。

 それは飛来する少女の周りを取り囲むと、優しい輝きとなって包み込んだ。

 

「――ありがとうユウキくん! ハツネちゃん☆急ストーップ!」

 

 桃色の長い髪の少女――ハツネは二人にぶつかるすんでの所で止まり、くるりと旋回して着地した。

 そしてそのまま土下座した。

 

「ううっ、ごめんなさーい! 私、全速力でユウキくんを捜してて――って、あれ……クロエちゃん?」

「……ども、おひさ」

「わーっ、会いたかったよぉ~!」

 

 むぎゅ~、という音が聞こえて来そうな抱き着き方だった。

 

「わぷっ、ちょっ、ウザっ……頬を擦り付けてくんなし……」妙な押しの強さは姉妹共通なのか。

「えへへ……つい嬉しくって」

「ほら、離れた離れた。……つか、こいつに用があったんじゃないの?」そう言って親指でユウキの方を指す。

「はっ、そうだったよ! ユウキくん、すぐに【フォレスティエ】のギルドハウスまで来て!」

「わかった!」瞬時に快諾。

「よーし、さっそく――」

 

 ユウキとハツネの間に手を割り込ませる。

 

「いや待て。何の用事で連れてくか言え。というかあんたも安請け合いすんなし」

「でも、ハツネちゃんも困ってるみたいだし……」

「そうなの、クロエちゃん。今エルフの森が大変なことになってて……」

 

 そう言うと、ハツネは数枚の森の絵を二人に差し出した。

 転写魔法で撮影した風景を紙に写したものだ。

 そこには、へし折られた木々や魔物に襲われるエルフ族の兵士の姿がまざまざと刻まれていた。

 地面には魔物のものと思しい無数の足跡が刻まれており、この量が里になだれ込んだ時のことは想像したくもない。

 

「何コレ……」

「何がなんだか私にもわからないの。【フォレスティエ】の人たちも原因を調べてるんだけど、全然わかんないし……。ミサト先生の焚いた魔物除けのお香も効かないから、【王宮騎士団(ナイトメア)】に支援を要請しに行ったりもしたの。だけどすぐには動けないみたいで、私、居ても立ってもいられなくて……」

「それでユウキの所に来たってワケね……ちょっと待った、ハツネ、アオイはどうしてる?」

「アオイちゃん? 【フォレスティエ】のギルドハウスにみんなを誘導してるよ」

「……そかそか」

 

 【聖テレサ女学院(なかよし部)】の後輩にして大切な友人の安否が判って、クロエはひとまずほっとした。

 とはいえ安堵していられる状況ではないことも解っていたので、努めてテンションを落としてうなずく。

 

(……ハツネは真剣だし、ユウキはやる気マンマンだし、こんなんほっとけるワケないじゃん……しゃーない、うちが手助けしてやるか……それに、こーゆーの、ちょっと憧れるし……)

 

 意を決してクロエは口を開く。

 

「あのさ、ハツネ、もしかうちの力が必要になるトキもあンだろーし――」

「それじゃユウキくん、今から【フォレスティエ】のギルドハウスまでひとっ飛びで行くよー!」

「行こう!」

「――待てや」

 

 クロエの手がハツネの手を掴んだ。

 

「わっ、とと……どうしたのクロエちゃん、危ないよー?」

「あのさ、あんたさ、うちの申し出ガン無視するのやめてくんない。それにユウキも、何うちをほっぽってどっかに行こうとしてんの」

「えっ、でもこんな危ない事にクロエちゃんを巻き込むわけにもいかないし……」

 

 クロエは鞘から自分の得物の短剣――フロムダスク・ティルドーンを抜き出して、ハツネに見せ付ける。

 研ぎ澄まされた刀身が残光に赤くきらめく。

 ハツネは息を呑んだ。

 

「安心しなよ、うちはハツネたちの足引っ張んないからさ。ユウキもうちが戦えンのはよく知ってるしね」

「……そうなの、ユウキくん?」

 

 ユウキは力強くうなずく。

 

「それに、アオイも危ないとこで頑張ってンでしょ。テレ女での縁もあるし、大変な時に助けてやんないのはダメでしょ」

 

 そう言うクロエの頭には、退学の危機を救ってくれたユウキのことがちらついていた。

 

「うーん……すごく心強いけど、いいのかな? 本当に危ないし、クロエちゃんのお母さんや弟くんたちにも心配させちゃうし……」

「いんだよ、こういう時はお互い様ってやつで」

 

 ユウキは「お互いさまさま!」とサムズアップした。

 

「あいつも何か言ってっけど、まぁとにかく、うちも着いてくってことで」

「……わかった。でもその前に、クロエちゃんの家に行ってからにするよ。ちゃんと出かけることを言っておかないと、家族が心配しちゃうからね」

「……ああ」

 

 ハツネの心配りが嬉しかった。

 

「それじゃ、頼んだ」

「行くよ! ハツネちゃん☆テレポート!」

 三人を不思議な光が包む。

 月の光に溶けてしまったかのように、三人の姿は消え失せていた。

 

◆ ◆ ◆

 

 ――同刻、エルフの森の奥深く。

 腹を空かせた魔物が彷徨う地。

 人の手が入り込むことのない秘境――それを踏みしだく跫音があった。

 音に気付いた毛むくじゃらの魔物が一匹、のそのそと向かって行く。新たな餌を待ちわびていたのだ。

 魔物は木々の奥深くへと進む。跫音が止まる。油断したのか。魔物は喜び勇んで駆け出して――斃れた。

 魔物の胸には鋭い剣創が一筋。

 

「…………」

 

 跫音が森の奥へと消えた。

 静寂が再び森を支配する。

 

◆ ◆ ◆

 

 クロエの家。

 ハツネは家の外で待機していた。上がったらクロエの母親や弟たちと積もる話で盛り上がってしまいそうだった。

 諸々の支度を調えたクロエは、ユウキとともにリビングにいた。

 

「――そういうわけで、ねーちゃんちょっと泊まりで出かけなきゃなんなくなったんだよ。だからその間、いい子にしててな?」

 

 クロエは努めて明るい調子で弟たちに言った。

 ユウキが持ってくれた本の袋を指さして、

 

「この本はねーちゃんがいない間、好きに読んでて良い。ただし、これはねーちゃんの大切な友だちの本だから、大事に読むこと。わかった?」

「うん!」「わかった!」

「よし。――母さん、行ってくる」

「……クロエ、気を付けてね」

 

 クロエは優しい面持ちで母親を見て、

 

「当然。母さんはゆっくり休んでて。うちがいない時はチエルこき使っていいから」

「大丈夫よぉ、お母さんもまだまだ――こほっ、ごほっ……」

「あーあー、だーら言わんこっちゃない。弟ー、母さんをベッドまで運ぶぞー」

「ラジャー!」

 

 クロエと弟たちは簡易担架をこしらえて母親を連れて行く。

 何も言わずに担架に乗せられていたが、「クロエ、ちょっと待って」と言って制止させるとユウキの方を振り返り、意味深長な微笑みを見せて、

 

「……ユウキくん、クロエをよろしくお願いしますね」

 

 ユウキはその意味合いには気付かずに、

 

「任せてください」

 

 今回もノータイムで請け負った。

 

「ちょ、何言ってんだこの母……っ、行くぞ弟!」

「おーっ!」

 

 担架の上で、クロエの母親は力なくユウキに手を振っていた。

 

「……あんたも振り返さなくていいの」

 

◆ ◆ ◆

 

 支度鞄を持ったクロエとユウキが家の外に出て来た。

 星を見詰めていたハツネが扉の音に気付いて、顔をめぐらせる。

 

「……お待たせ、ハツネ」

「あっ、クロエちゃん。お家の中がちょっと騒がしかったみたいだけど、大丈夫だったの?」

「あははー……まぁ、いろいろあったんよ」

 

 クロエは脱力感に呑まれかけていたが、「――シッ!」頬を勢いよくはたいて気を張り直した。

 

(こっからはガチで行かなきゃダメだ)

 

 目に刃の鋭さが宿る。

 エルフの森の惨状を思うに、気を抜けば一瞬で殺られるはずだ。

 それでもアオイやエルフの里‪を助けたいと思った以上は、やれる限りは本気で戦わなければならない。

 

「……クロエちゃん」

「……どしたの」

「……ありがとね」

「……礼はまた家に帰ってから聞くよ」

「うん」

「そだ、帰ったらシオリの部屋で祝勝会やっぞ。ユウキと弟たちも連れてって、菓子でもつまみながらみんなで漫画読んだりすんの」

「何それー……でも楽しそう……絶対やろう!

 それじゃ、行くよ。ハツネちゃん☆テレポート!」

 

 三人の姿がふっと消え失せた。

 その光景を、二つの目が確かに見て取っていた。

 

「……ここ最近、いやに森のざわめく声が頭の中に聞こえていたけれど、今日やっとその理由がわかったわ。ハツネちゃんが来てたのは、エルフの森に危険なものが迫っていたから……」

 

 ベッドに横たわりながら、クロエの母親は手を組んで祈る。

 

「お父さん、どうか、あの子を、あの子たちを守って――」




一話目が完成しました。
クロエの口調とか独特のテンションとかがちゃんと模倣出来ているのか、甚だ不安です……。
誤字脱字等がありましたらご教示を賜りたく思います。
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