【プリコネ二次創作】クロエ勤労日誌番外/森の虜囚とエルフの小夜曲   作:神田徳一郎

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2話 森のエルフたち

 クロエたちはハツネの部屋に降り立った。

 部屋の天井に据え付けられた魔石が、部屋の主の魔力に呼応して光を発する。

 

「……っとと。結構クラッと来んな……」

 

 トラの縫いぐるみやファンシーな小物の並んだ棚、ハツネのトレードマークである星の形の髪飾りなど、ハツネらしくまとまった内装が酔いかけた視界に飛び込んで来る。

 一瞬、何のために来たのかを忘れかけた。

 それでも、魔物の唸り声や地面を踏み荒らす音、逃げ惑う人々の声や応戦を呼びかける声――色々な音が、クロエの感覚をこの現実に引き戻す。

 

「……うし、三人とも揃ってんね。サンキュ、ハツネ」

「うん……どういたしまして~……ごめん、さすがにもうむりぃ……」

 

 ハツネは超能力を使いすぎると反動で強烈な眠気に襲われる。

 ユウキを探し回ったり、クロエの家に寄ったり、予定以上に力を使ってしまい、ハツネは既に限界だった。彼女の体は吸い込まれるように枕へ沈み込む。

 クロエは布団をかけてやると、荷物の中から何か取り出して、ユウキの方に放り投げた。

 中は温かい。葉っぱのようなものをめくると、ふっくらと炊き上がった米が現れた。

 

「おにぎり!」

「うちらメシ食ってなかったじゃん。戦の前の腹ごしらえに作っといた……って、あんままじまじ見んなし」

 

 普段から家に遊びに来たユウキに余り物をアレンジして食べさせてやってはいたが、こんな状況で食事を共にする日が来るとは思いもしなかった。

 

「いただきます」

 

 食前の挨拶をしてから、ユウキは勢い良くおにぎりを頬張った。

 

「おいしい!」

「そ? よかった。それじゃうちもさっそく――うま。我ながら褒めたたえたくなるわ」

「ごちそうさま!」

「ん。ごちそーさま。んじゃ、そろそろ――」

 

「ハツネさぁー-ん!! 大変ですうぅぅぅぅぅぅ!!」

「きゃああああああ!?」

 

 突然の闖入者に甲高い悲鳴を上げるクロエ。

 

「ぴゃああああああ!?」

 

 羽根付きの緑色の帽子を被った弓使いの少女も悲鳴の応酬をする。

 

「っ、あ……アオイ……?」

「く、クロエさん!? どうしてここに……!? ハツネさんはユウキさんを連れて来るって言ってましたけど……?」

 

 部屋に駆け込んで来たエルフ族の少女――アオイの様子は普段と変わらないように見えた。

 それでも普段と違ってどこかピリピリした空気を纏っているのを感じた。

 居るはずのない人間がここに居ることに強い困惑を覚えているようだった。

 

「僕もいるよ」

 

 能天気な返事が挟まる。

 

「や、あんたがいるのは当然じゃん。うちは……ハツネが大慌てでこいつを捜してるのを見かけて、事情を聞いて着いて来たってワケ。あ、あとハツネは力を使いすぎてベッドで寝てる」

「そうなんですか……わかりました。クロエさんはここでハツネさんを見守っていてください」

「あ?」

 

 記憶の中のぼっちエルフに相応しからぬ冷たい声音にクロエは神経を尖らせた。

 アオイはそれに臆することなく続ける。

 

「……今の森は本当に危ないんです。魔物の群れが湧き出るように現れて、兵士の方たちも大きな被害を受けています。それに森の草木さんも私の問いかけにまるで答えてくれません。今までに経験したことのない危機がこの森を襲っているんです……。クロエさんを巻き込むわけにはいきません」

 

 こちらを見据える目線こそ鋭いが、肩は震えて足も浮ついていて、懸命に気を張っているのはすぐにわかった。

 

(……ちょっとした義侠心のつもりだったのに、要らんことやっちゃったみたいじゃん。……なんか帰りたくなってきたな。や、帰れないんだけど。にしても――)

 

 横目で静かに待っている少年を見る。ユウキはアオイの切迫した雰囲気にもたじろがず、優しく彼女を見返していた。

 

(……こういう時、ユウキはナチュラルに巻き込んでもいいって思ってんのな。まぁ、確かにこいつなら頼りやすいんだろーけどさ……。さて、何て言うべきか……)

 

 考え事をするクロエに、アオイは言葉を重ねる。

 

「……それに、私、クロエさんに何かあったらと思うと怖くて仕方ないんです。……先輩に楯突くなんて、って思われるかもしれませんけど……」

 

 クロエは弁解の言葉を見失って、決まり悪そうに頭を搔いた。

 確かに今のクロエは、危険なところに面白半分で飛び込んで来たヨタ者と見られても仕方が無い。

 自分の振る舞いの軽率さや、アオイの精一杯の優しさに居たたまれなくなって来て、乙女みたいに顔を手で覆って逃げ出そうとすら考えてしまった。

 クロエが後ろを振り向きかけた時、

 

「――クロエちゃんなら大丈夫だよ」

 

 ユウキが突然口を開いた。

 クロエは足を止める。

 アオイは顔を上げてユウキをまじまじと見詰めている。

 

「クロエちゃんはアオイに危ない目にあって欲しくないって言ってた」

「……クロエさんが、ですか?」

「うん。ハツネちゃんから話を聞いた時、居ても立ってもいられないって感じだった」

「ちょ、あんた、何を――」

 

(別にうちはそこまで思ってなかったのに……)

 

「それに、僕もクロエちゃんがいてくれたほうが良いと思う。魔物の気配を察知するのが上手だし、魔物の討伐も得意なんだ。アオイやハツネちゃんたちの護衛にぴったりだと思うんだけど、どうかな?」

 

 ゆっくりと、引き込むような喋り方だった。

 最後に「もちろん、僕もみんなのために頑張る」と言い添えるとユウキはアオイににっこり微笑みかけた。

 クロエはユウキの説得をただ呆然と聞いていた。

 普段はチエルの駄弁りやユニの議論を一方的にぶちまけられているだけの男子が、きちんと自分の意見を言い出して、真剣に説得を試みている。

 今のユウキはテレ女にいる時の、言われるがままの頼りない男とはまるで違っていた。

 

(……なるほど。あの子らはユウキのこういうトコにも……)

 

 クロエの頭にある夏の日、たまたま知り合っただけの女子たちの顔が思い浮かんだ。大なり小なりユウキに思う所があったのは割とすぐに察せられたが、そうなる理由の一端が垣間見えたように思った。

 

「……あの、クロエさん」

「ひゃっ!?」

 

 声が裏返った。意識の外から突然言葉を投げかけられるのに弱い。

 

「こほん……どしたん」

「その、さっきの事なんですが……」

「あー……まぁ、やっぱり迷惑だったら、べつに……」

「い、いえ! その……く、クロエさんにも、ご協力をお願いしたいな、って……」

「――え、マジ? いいの?」

「は、はい……。確かに、私もハツネさんも近接戦闘があまり得意ではないので、クロエさんが護衛をしてくれるのでしたら心強いのです……」

 

 おどおどとクロエを見詰めるアオイの瞳には、それまでの張り詰めたものが霧消していた。

 ほどなくアオイがあわあわし始めた。殺し屋のような目に耐えられなかったのだ。

 

「で、ですが私なんかが生意気なことを言ったばっかりにやる気をなくさせてしまっていたらどうしようかと――」

 

 いつもの臆病なアオイが今は無性に懐かしかった。

 クロエは頬を緩めて、

 

「いーよ、それもアオイの責任感からの言葉なんだし、むしろ好ましげ。だーら気にすんなし。……むしろ、うちこそ心のどこかで浮かれてたんだ」

 

 そう言うと、クロエの顔が一段と引き締まる。

 アオイの肩にぽんと手を置いて、

 

「――うちに任しとき。この森のみんなも、アオイもハツネも、ユウキも……うちが守るよ」

 

 アオイは精神の限界を迎えて仰向けに倒れてしまった。

 

◆ ◆ ◆

 

 アオイの目を覚まして、三人は【フォレスティエ】のギルドマスターの部屋へと向かう。

 ハツネは布団を掴んで離さなかったので、また後で起こすことにした。

 木の匂いがする廊下を歩いていると、アオイが口を開いた。

 

「ここ数日見回りをして気付いたんですが、夜は魔物の動きが鈍るみたいなんです」

「ほーん。まぁこんな鬱蒼とした森じゃそもそも何も見えないだろーしね」

「その代わり、朝から昼には相当な数の魔物が襲い掛かってきます。兵士のみなさんが持ち堪えてくれてはいますが……みんなどんどん疲弊していってて。魔物たちがどこからやってくるのかもわからないから、みんなすごく辛そうなんです」

 

 声のトーンがどんどん暗くなって行く。

 神妙な面持ちになる二人に、アオイは急いで言葉を重ねる。

 

「そういうわけで、ユウキさんをここに連れて来たんです」

「僕を?」

「はい! 団長さんの不思議な力で兵士のみなさんを強化していただければ、守りが堅くなって見回りがしやすくなるということで、急遽お呼びしたんです」

「たしかにユウキの力があれば魔物くらいやっつけられそうだけど……」

「僕で力になれるならいつでも呼んでほしい」

「だーら安請け合いすんなっての。……お、ここかな」

 

 ギルドハウスの一階の中央の大部屋の前に、二人の兵士が立っていた。

 森に住むエルフ族は浮世離れしたところがあるとクロエは思っていたが、目元の隈とこけ出した頬のせいで仕事に苦しめられているランドソルの若者のように見えた。

 二人はアオイとユウキの姿を認めると駆け寄って来た。

 

「アオイ殿、心配しましたぞ。ユウキ殿もお久しゅう。ハツネ殿はお休みになったのですか?」

「ハツネちゃんは今ぐっすり眠ってます。僕を捜してあちこち飛び回ってくれてたみたいで」

「そうだったのですか。ともかくユウキさんが無事に参られたようで良かった。アオイさんは……あれ、アオイさん?」

 

 アオイの返事がない。

 振り返ると、アオイはユウキの背中に縋り付いて小さくなっていた。

 同胞とはいえ、駆け寄って来る人間を見ると怯えてしまうのはどうにもならないらしい。

 クロエはアオイたちと兵士たちの間に割って入る。

 

「ちょーちょー、この子が驚いてンじゃん、とりま落ち着いとき」

「む、あなたは……? 見たところエルフ族のようですが」

「うちは……アオイとハツネに依頼されて来たエルフ族の助っ人、クロエっす。シクヨロ……じゃなかった、よろしくお願いします」

 

 二人の男のクロエに向ける視線は当然ながら不審げだったが、ふと、一人がクロエをじっと見て、

 

「おや、あなたはいつぞやの……」

「え……すんません、どこかで会ったトキありましたっけ?」 

「ああ、私は森の門番だ。あなたが遠い先祖の御縁でエルフの森に参った時の……」

「あ、あぁー……サーセ、すいません。ちゃんと覚えてなくて」

「気にすることはない。それより、あなたはなぜここにいらしたのだ? 今この森を覆う重苦しい空気を御存じないとは思えないが」

 

 疲労の痕は見えるものの、依然としてその口振りには威厳があった。

 

(今度はちゃんと門番らしいことやってンじゃん……なんてさすがに言えないけども)

 

「……まぁ、なんというか……うちの先祖の遠縁の住む森が滅ぼされそうになってんのを黙って見過ごすわけにもいかないよなー……と、そう思って、ハツネに頼んで連れて来てもらいました。アオイとユウキはうちの実力を知ってるんで、その気があるならと仲間に入れてもらいました」

「……」

「……ど、どすか」

 

 門番の男性はしばらく何も言わずに考え事をしていたが、やがて得心が行ったようで、

 

「……見上げた心意気、深く感謝いたします。クロエ殿」

「……そっすか。なら、まあ、良かったっす」

 

 門番は照れくさそうにするクロエに深く頭を下げた。

 

「そろそろ中に入ろうか」

 

 ユウキの一言で、石のようになっていたアオイがようやく動き出した。

 

「そ、そうですね……! それじゃユウキさん、クロエさん、ミサト先生に――っ!?」

 

 アオイの言葉が凍り付いた。

 ギルドハウスの扉から、エルフの兵士が這うようにして入って来る。

 血の轍を作りながら、目の光はあくまで爛々と輝いていた。

 

「――大丈夫ですか!?」

 

 ユウキは兵士の方に駆け付けると、剣を構える。優しい光が血みどろの兵士を包み込んだ。

 プリンセスナイトの権能を応用すれば、生命の維持を図ることも可能かもしれない――無意識のうちにユウキの体は動いていた。

 クロエはユウキの行動の意図が判らず一瞬戸惑ったが、ユウキが目配せするとすぐにその意図を悟った。

 

「アオイ。すぐに回復魔法を使える人を呼んで来て」

「み、ミサト先生なら……急いで呼んで来ます!」

「頼むわ。二人はすぐにベッドの用意を頼みます」

「わかりました!」「急ぐぞ!」

 

 他の三人が離れたところで、クロエはギルドハウスの外の様子を窺うことにした。繃帯や薬を持っていなかったから、せめて更なる被害者が出ないように警戒するくらいはしておきたいと思った。

 物音はない。ギルドハウスの明かりを頼りに目視。血の痕を尾けて来ている物影もない。

 血を目印に獲物を探す魔物もいるかもしれない。クロエは血痕を足で搔き消した。

 その周りの土に目をやると、大小様々な足跡が刻まれていた。既に何度もギルドハウスまで襲撃されていたのだろう。胸が詰まる思いだった。

 

(こりゃあ確かに何が来てもおかしくないな……塩撒いて退散してくれるとも思えんし、せめてもーちょい見回っときたいけど、そろそろ戻ったほうが良さげかね……)

 

 ギルドハウスに戻ると、薄緑色のローブを着た、神々しい雰囲気の女性が治療の魔法をかけているのが見えた。手から柔らかな光を傷口に翳すと、少しずつ傷が塞がって行った。血糊も溶けるように消え失せて行く。

 

「痛かったでしょうね……よく頑張りました。今はゆっくりおやすみなさい……」

 

 光の放出が止まった。苦痛の呻きに代わって、穏やかな寝息が聞こえて来た。

 兵士たちにいくつか指示を出して患者を奥の部屋に運ばせると、彼女は残った二人に優しく微笑んだ。

 

「ありがとう、二人とも。あの人が一命を取り留めることができたのは、二人のおかげよ」

「助かってよかった」

「私も本当にそう思います、ミサト先生……」

「数日ゆっくり休めばきっと良くなるわ。……それと、あなたもありがとうね」

 

 こちらを振り返ることもなく呼びかけられて、クロエは飛び上がりそうになった。

 平静を装いつつ女性の前に出て行く。

 ローブを着た女性――ミサトは、柔和な笑みを絶やさず、ここにいるはずのなかった少女を見つめている。

 

「や、うちはべつになんもしてないっす、マジっす……ホントです」

「見張りの人から聞いたんだけど、あなたが病棟の手配をしてくれたんですってね? そのおかげであの人も早めに回復できるかもしれないの」

「……そー、ですか」

「私はあなたの行動にはすごく感謝しているわ」

「クロエちゃんはすごく優しい」

「ちょ、やめやめ、ハズいから……てかあんたは横槍入れんなし」

「……それでね、もしあなたが……クロエちゃんが【フォレスティエ】に協力してくれるというなら、どうか私たちに力を貸して欲しいと思っているの。……どうかしら?」

 

 【フォレスティエ】ギルドマスターの声は、それでもどこか心苦しそうに聞こえた。

 クロエにもその理由は察せられたが、だからこそ言ってやらずにはいられなかった。

 

「……当然、やってやりますよ。てか……そうしなきゃ気が済まないんで。やるなって言われてもやらせてもらうんで、ヨロタノっす」

 

 言い終わってから素っ気ない言い方になっていたのに気付いて、クロエは己の口の悪さに閉口した。三度も繰り返されると苛立ちを招かずにはおかないものではあるが、それにしてももう少し愛嬌の一つぐらいサービスしてやれないものか。

 少しの間。

 反省に走るクロエをよそに、ミサトの顔が喜びに染まって行く。

 

「そうなの……! ありがとうね、クロエちゃん!」

「……ハイ、任せてくださいっす」

 

 クロエは俯きがちにそう答えるのでいっぱいいっぱいだった。

 ここまで純粋な喜びを示されると却って思い悩むのが馬鹿らしくなってしまう。

 クロエは微笑んでいるユウキを見て、時が許せば拳を振り上げてやりたいと思った。

 

◆ ◆ ◆

 

 森がざわめく。

 彷徨う跫音は止まらない。

 魔物の臭いが濃くなって行くのを感じる。空気は重く、濁っていた。

 それゆえに、求めるものがこの先にあるのだという確信も強まって行った。

 精神の高揚と裏腹に、腕が鉛のように重くなっているのを感じる。一度気付くと脚の震えにも意識が向いた。

 森の発する瘴気が肉体の疲労を助長しているのか。

 魔力も決して潤沢とは言えないから、迂闊に回復するわけにも行かない。

 長い耳を澄まして、安らう場所を探す。川のせせらぎが遠くから飛び込んで来た。

 歩を進めることしばし。小川が木々の合間に忍ぶように流れていた。

 

 腰の鞄から古ぼけたランプを取り出すと、炎の魔法を唱えてランプに閉じ込める。小川の流れは急激で、川幅の狭さを思うと氾濫する可能性もあった。川もまた森の異常に巻き込まれているのかもしれない。

 魔法で細工した小瓶に水を掬い、呪文を唱えて手を翳す。甘い水になった。傍の大きな木の陰で腰を休める。魔物の鳥の声が木々の天井を劈いた。

 自身の肉体にかけていた強化魔法を解き、小瓶の水を飲み下す。魔力を帯びた水がすうっと沁みて行き、体の強張りをほどいた。疲労に誘われて舟を漕ぎかけたが、まだ眠っている場合ではない。

 立ち上がり、幹に背を預けて耳を澄ます。何かが強く脈打つ音がはっきりと響いた。

 ――やはり、何かが寄って来ている。

 強化魔法をかけ直し、感覚を研ぎ澄ますと、短剣を抜いて身構えた。

 

 茂みを破る音。魔物は無造作に現れた。黒々とした毛皮にくるまれた、精悍な怪物。白い牙の隙間から、鼻を覆いたくなるような血の臭いをしたたらせていた。

 今度は一筋縄では行くまい。

 魔物が身を踊らせて飛びかかる。鋭い爪が射掛けられた。辛うじて身を躱す。木が抉り取られるようにして倒れ、鈍い音を立てた。

 あまり事を荒立てると他の魔物も覚醒しかねない。

 ――やむを得んな。

 男は矢のごとく放たれる攻撃を避けつつ、じりじりと川の方へと進んで行った。

 

◆ ◆ ◆

 

 無事にクロエが【フォレスティエ】と協力関係を結んだ後のこと。三人がハツネの部屋に戻る途中で、

 

「部屋割り、どうしましょうか……」

 

 アオイがぽつりと呟いた。突然やって来た義勇兵の部屋までは用意しておけなかった。

 

「うちはハツネの部屋で寝ようかと思ってる。ミサトさんにも言っといたよ。仮にもイトコだし、まさか嫌がりもしないでしょ」

「ああいえ、クロエさんがそうならそれでも良いのですが……ハツネさんの部屋にはユウキさんも泊まる予定だったんです」

「…………ハ?」

 

 凄い顔になってしまった。

 

「年頃の男女が? 同室で同衾? 何考えてんの? おばちゃんにはちょっと近年の異性交友のあり方が理解できないわー……」

「さすがに同衾まではしませんよ……多分。単純に部屋が足りてないんです」

「え、でも男の兵士と相部屋なら問題なくない? こいつが嫌がるとも思えないけど」

「うーん……エルフ族はどうも違う種族と共同で生活するのが苦手みたいなんです」

 

 曰く、聴覚に優れたエルフにとっては異種族の心音や脈動、些細な寝言も辛いことが多いらしい。慣れれば問題は無くなるとはいえ、根を詰めたい時に休息が十分に取れないのはまずいのだという。

 ユウキに深く感謝しているのは確かであって、これさえなければと悔しがる兵士たちも多かったのだとか。

 最後に「まあ、私もそうなんですけど」とボソリと呟いたのは聞かなかったことにしておいた。

 

「ハツネさんは妹のシオリさんとの生活で慣れていたので、ユウキさんと一緒の部屋で寝泊まりするのを了承してくれたんです」

「ふーん……なんか森のエルフも大変なんだね。あれ、てか、ハツネはどうだったん? めっちゃ恥ずかしがってそうだけど」

「ハツネさんは……『ユウキくんなら、良いかなぁ』って、すんなり認めてくれました。『も、もちろんベッドは別だよ!?』って慌てて付け加えてましたね」

「…………ふーん」

 

 アオイと別れて部屋に戻ると、ハツネのベッドとは別に、ユウキのベッドが部屋の隅に設えられていた。何の変哲もない、普通のベッドだった。

 眠っていた超能力少女は部屋に入った人影に気付くと布団を蹴上げて起きて来た。

 

「あっ、クロエちゃん。おはよう!」

 

 いかにも元気潑溂としていた。ぐっすり眠れたことに羨ましさを感じないでもなかった。

 

「や、うちらだいぶくたびれてンだけど。……そだ、ハツネ。うちもこの部屋に泊まるんで。よろしく」

「ええっ!? だ、ダメだよクロエちゃん……ユウキくんと同衾なんてしたら……」

 

 ハツネは顔を真っ赤にしてクロエとユウキを交互に見る。

 

「誰がするか。こちとら立派な乙女だわ。まだ不純異性交遊する気は無いわ。ハツネ、あんたと一緒に寝るの」

「な、なんだ……びっくりした。わかったよ、それじゃ一緒に寝よー!」

「無駄に元気だなこいつ……。寝るにしてもとりま風呂入ってからっしょ。ハツネもちょいちょい汚れてるし、うちと入っぞー」

「そうだね。それじゃユウキくん、また後でね」

「うん」

 

 クロエとハツネは着替えを準備して、風呂場へと向かった。ユウキはその後で風呂に入ることになっていた。

 ギルドハウスの浴槽は案外大きく、寛いで入ることが出来た。後がつかえるので体を清めるとすぐに出て行かなければならないのが残念だったが、それでもハツネとたわいもない事で喋れたのは結構楽しかった。

 

(森がこんな状況じゃなけりゃ、もっとくだらないことで盛り上がれたんだろーけど……。アオイも誘ってどっかでかい旅館に泊まって旅行するのも面白いかもね)

 

 そのためにも、森の平和を取り戻したいんだ。

 クロエが戦う理由がまた一つ増えた。




大分ぎこちない感じになってしまいましたが、顔見世が終わりました。
一万字も書いてないのに時間がかかりすぎていますが、次こそは早めに投稿したいと思います……。
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